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ゆえに達観する。

 意識が鮮明になり、自分が再び鏡の中に囚われている状態であることを認識できるようになった。この場所にオーファローが現れ、奴の勝負を受けてからの記憶の大半が抜け落ちている。

 視界の先には湯倉成也の姿、彼の姿を見ている内に脳内にいくつもの文章が流れてくる。これは仮想世界でウルフェが行った栞の記憶術か。

 仮想世界での時間の流れは現実世界とは違い、元の世界へ記憶をそのまま持ち越そうとすると、その負担は相当なものになる。そのため、仮想世界で得た知識や経験などは原則的には持ち出せない。ただし、簡易的な情報として持ち出す手段はある。

 ウルフェが行ったのは仮想世界で定めた記念日の名に、簡易的な情報を含めるといったものだ。『俺』はとっさにこのことを思い出し、似たような方法で仮想世界での記憶を文章として持ち帰っていたのだろう。


「記憶をある程度持ち帰れたようだね。なんというかせせこましいやり方だけど、確かにその方法なら最小限の情報は持ち帰れるか」

「それでも突然頭に情報が湧いてくるってのは、結構きついもんなんだがな」

「あの時点で君とオーファローの強さは対等だった。だけど君の方が『金』と接触していた分、仮想世界の扱いに秀でていた。勝因はそこだろうね」

「まぁな」


 記憶を回収できる仮想世界ならば、精神的な負荷も問題ない。そう判断した『私』がとった行為。いつもならば『俺』自身も自覚はあるのだが、ここまでくると完全に他人事だ。

 湯倉成也から力を与えられた『私』は、まず力の試運転として十数分の時間を貰っていた。

 そこで行っていたのはオーファローと同等の力を使いこなすための検証ではなく、空間に干渉する試みだった。

 湯倉成也はオーファローの我儘に付き合わされる形で仮想世界を構築した。その造りは理に干渉できる力を持つものからすれば雑なものだったようだ。

 だから『私』はまずその空間に干渉し、『金』の『統治』の力に近いものを再現した。必要だったのは時間軸の歪み、体感時間を伸ばす手法だ。

 世界を一から創ることは難しくとも、操作や干渉することはそこまで難しくないだろうという読みは当たった。

 集中するからと座る場所を用意してもらい、瞑想するフリをして仮想世界に干渉し、自身の周囲の時間の流れを限界まで引き伸ばした。その結果『私』は十数分どころか、数日に近い準備時間を得ていた。

 その後、対等の力を存分に発揮し、オーファローの狙いを阻止しつつ奴を負かすことに成功。対等な力しか持たない相手ならば、数日も綿密に計画を練れば望んだ勝ち方をすることは十分できる。


「僕としては、やせ我慢をしていた君の姿には苦笑いしかできなかったけどね」

「相当きつかったみたいだな。怖い怖い」


 当然だが時間軸の歪みが与えた『私』への精神的負荷は相当なものだったらしい。肉体的なダメージこそないが、内面は相当自己の維持に苦しんでいたようだ。『俺』への助言として『心が壊れるので、絶対真似をしないように。我々に魔族の適性はない』と記録を残してある。いくら持ち越されないからと、我ながら無茶をしたものだ。


「せっかくの力だったのに、勿体なかったね」

「……そうでもないさ」

「君は僕に動いてほしくないと、力を返却したけどさ。僕からすれば微々たるものだ。どのみちこの場所から出られないのだから、この戦いには何の意味もない。全てが終わったあとのことを考えれば、貰っておくだけ得だったろうに」

「確かにできることはたくさん増えるだろうけどな。そこにはなんの達成感も得られないんだ。虚しいだけだし、なんならさらなる力を求めて飢えかねない。今のお前がそうだろう?」

「――そうだね。できるようにしてしまったことに対しては、感情なんてほとんど湧かなくなったかな」

「それでも目指すものがあるならまだしも、こっちは平穏に生きたいだけなんだ。平穏に生きることになんの意味も見い出せなくなったら、その先はもう何もないだろ」


 しかしオーファローとの戦いは決して無駄ではなかった。湯倉成也から借りた理に干渉する力は『俺』にとって確かに有益なものであった。

 今『俺』が見据えている流れ、最終的な展開へは辿り着けると信じているが、その過程には様々なものを失うリスクがあった。

 想像を超える魔族の力、自身の力はなくとも軍勢を何度も復帰させられる黒の魔王の戦力の厚さ、そんなものを前に無傷で全てを乗り切れるとは最初から考えてもいない。だけどそれでもと、心に伸し掛かる重圧は常に感じ続けていた。

 だがオーファローとの戦いを経て、『私』はより精確に今後の展開を見据えることができた。これは人間側と黒の魔王側、両方の視点を持っている『俺』達にしか見えない光景だ。


「向上心が足りてないなぁ。でも、それで良いとも思うところもあるんだけどね。やっぱり寂しいものだよ。振り返った時に、近くに立っている人が誰もいないってのは」

「せいぜい残った人間性を大切にしろよ、湯倉成也。魔王へと成る代償として『資格』を失ったお前には、もうこの世界しかないんだろう?」

「――なんだ、理解していたんだ」

「そりゃあな。名前以外にお前が対価にできそうなものなんて、それくらいだろ」


 白の魔王となった湯倉成也。だけどこいつは自身の名前を失っていない。他の魔王達は魔王になる対価として名前を失ったが、こいつは別のものを対価とした。それはこいつに残された人間性と、覚悟の表れなのだろう。その人間性があるうちは、まだ望みがある。


「ところで、君はなんで僕をフルネームで呼ぶんだい?」

「……その理由は『俺』にとって、お前が歴史上の人物でしかないからだな。だってお前、この時代に生きようとしていないだろ」


 無意識的に、同じ時代に生きる人間として見ていなかった。それが今自分を分析した結果だ。こいつはこの時代に多くのものを残しながら、この時代にはいない。湯倉成也にとって、自身が生きている時代は……黒の魔王がまだ人であった時のままなのだろう。


「そうだね。ちなみにその理由、今思いついたでしょ?」

「言われてみればで考えたわけだしな。別に湯倉って呼ぶことには抵抗はないぞ」

「そこは親しみを込めて成也でも良いんだけど」

「その呼び方をされたいのは一人だけだろうに。虚しくなるぞ」

「違いない。……君、少し元気になった?」

「まぁな。オーファロー相手に憂さ晴らしできたからな」


 憂さ晴らし以外にも希望が見えたのだ。元気にもなるさ。きっとお前なら『俺』が描いた未来以上の結果を出せるはずだ。頼んだぞ、エクドイク。


 ◇


 エクドイクの施術を始めてからそれなりの時間が経過した。経過は順調、『碧』が本気でやっておるのだから、肉体の方が失敗するとは思ってはおらんが。


「エクドイクさん……」


 現在エクドイクは『碧』の用意した装置に寝かされ、『繁栄』の力を受けている。左右には『蒼』と『紫』が控えており、新たな体を構築する魔力を注ぎ続けている。

 その光景はこの世界に生きるものからすれば異様な光景にしか見えないじゃろう。それこそエクドイクに恋心を抱いているメリーアからすれば、気が気でないはず。


「調子の方はどうじゃ、『碧』」

「肉体の方は問題ない。あと二千回ほど創り変えれば、条件は満たせるはずだ」

「二千回て……。まあそうじゃな。お主が失敗するとは微塵も思うておらん。問題があるとすれば、エクドイクの心の方かの」


 エクドイクの精神は妾が創り出した仮想世界の中にある。本来ならば現実世界に残る肉体と仮想世界に送られる精神のリンクは完全に断つのが普通、そうでなければ時間の歪みが肉体的にも精神的にも大きな負荷を与えてしまう。

 だが今は違う。エクドイクは仮想世界で何度も創り変えられている肉体を実感しながら、膨大な時に心を流されている。

 魔族が覚醒状態になる最低条件は、肉体が魔王の魔力に完全に馴染むこと。これは現実世界で『碧』が『繁栄』の力を使って、尋常ではない速度で行っている。『蒼』と『紫』、両者の魔力を使い、体の細胞を何度も創り変え、数百年の時の流れを再現しているというわけじゃ。

 もちろんそれだけではエクドイクが覚醒状態に至ることはない。肉体の変化に精神がついて行けず、心が壊れてしまう。

 そこで精神を肉体とリンクさせたまま仮想世界へと送り、精神が受ける時間の流れを極限までに遅くした。今エクドイクは魔族達が実際に経験した感覚を再現し、時間の流れを生き続けている。


「適性はある。だが成功例は『黒』の配下である三体のみだ。保証などどこにもない。奴を信じる他あるまい」


 最大の難所は、エクドイク本人が数百年の時の流れに耐えられるかどうか。『黒』の配下の中には強靭な精神を持つ者達も数多くいた。それでも時間の流れに耐えきれたのはたったの三人じゃ。

 妾達は『名』を捧げることで、心身共に魔王として転生している。だからこそ時の流れにも耐えられるような造りとなっている。だが魔族達の心は人のまま。数百年という時の流れを前にして、『個』を維持するには常人離れした感情が必要となる。

 エクドイクは自らの精神が時に押しつぶされる前に、それを自身の中に見い出さなければならぬ。それができなければ、エクドイクが現実世界に戻ってくることはない。


「もっとこう、ためになる助言とかはできんかったのかの?」

「アレが最善だ。他者の余計な言葉はいずれ時に流される。心に刻めるのはせいぜいが一言だ」


 仮想世界に送られる前、『碧』はエクドイクに簡潔な助言を与えた。


『変わるな。奴ならお前にその一言だけを伝えるだろう』


 その言葉の意味をエクドイクは理解できないまま仮想世界へと向かった。覚醒状態へと至った魔族を倒すには、自身も同じ領域へと辿り着かなければならぬというのに、変わるなとは一体……。


「……」


 部屋の空気は重い。『蒼』もメリーアも、エクドイクの帰還を祈る以外にすることがないからの。

 メリーアにも事情は説明してある。失敗すればエクドイクの心は失われ、成功したとしてもそれは数百年もの時を経た先のものとなることも。


「――そこの女。こっちにこい」

「わ、私ですか!?」

「貴様の魔力を寄越せ。エクドイクの体を再構築する材料に使う。どのみち俺やそこの二人の魔力だけでは足りんと思っていたところだ」

「そ、それは構いませんけど……」


 メリーアは『碧』の方へと恐る恐る歩み寄る。見た目こそどこかの愚王と一緒じゃが、その威圧感だけは魔王の中でもダントツじゃからな。


「魔力に貴様の想いを乗せろ」

「想い……ですか?」

「魔力には感情が乗る。魔王達の感情が起因となり、魔物達の姿が異なって生まれるのと同じようにな。ただ祈るよりは、意味があるだろう」

「私が想いを込めても……大丈夫なんですか?」

「『紫』はさておき、そこの『蒼』から送られてくる魔力には嫌というほど感情が乗せられている。一人程度の雑念が混じったところで問題はない。むしろ多少混ざってもらわねば、俺に囁かれているようで胸焼けになりかねん」

「ちょっ!?」


 メリーアを含め、全員の視線が『蒼』へと向けられる。何を想いながらエクドイクに魔力を送り続けていたのか、『碧』には全部筒抜けだったわけじゃ。うーむ、何を囁き続けていたのかなんとなく察してしまう程度には真っ赤な顔をしておるの。


「こらー蒼の魔王ー!我が王に対して、なにを囁いてるんですかー!?」

「こいつにじゃないわよ!エクドイクによ!エクドイク!あんたも勘違いするんじゃないわよ!?」

「煩い。こんな未熟の果実のような感情、貴様が俺に送るわけないことくらい言われなくとも分かっている。だがな、想いを込めるにしても、もう少し饒舌に込めたらどうだ?何度も何度も同じことの繰り返し。早く会い――」

「わー!わー!わー!」


 あー……妾もあんな甘酸っぱい感じ、やりたいのー。でも無理じゃろうなぁ、あそこまで乙女になれるかと言われると、年齢的にちょっと厳しい気もするしの。


碧も悪気があったわけじゃないんだ。一応言っておかないと、あとあと蒼が受けるダメージが大きくなると思って、言ったんだ。多分。


コミカライズ版三巻が12月14日に発売が決定しました。

笹峰コウさんのTwitterアカウントにて、購入特典等の情報がありますので、是非ご覧になってみてください。

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― 新着の感想 ―
変わったって、同胞なら、受け入れてくれるでしょ。 蒼よドンマイ ヽ(´・∀・`)ノ 気持ちはダダ漏れだから気付かぬは当人のみだw
[一言] エクドイク、見た目変わるな…かな? エクドイクの恐怖って何だろうって考えた時、「人肉」って思っちゃったよ… 「主人公」だったら面白いなぁ
[良い点] 自分は碧さんとニャルさんがすごく好きな人達の中に含まれるのですが、碧さん、今回もすてきです…!自分のつぼです。威圧感があるところもすてきです…! もしかして、こんなものをニャルさんも抱い…
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