さしあたってするべきことを考えよう。
「ラッツェル卿、貴公には本日より要人警護の任を与える」
イリアスと共にマリトに呼び出され、執務室に通されるや否やイリアスの配属が変わった。
要人警護、その名の通り重要な人を護る任務だ。警邏などをする騎士の仕事もらしいと言えばらしいのだが、ファンタジーにおける騎士となればやはり護衛と言う立場は格好良い響きがあるものだ。
「私が、ですか」
「そうだ。ラッツェル卿、貴公の実力はメジスの暗部相手にも通用することを自ら証明してみせた。任せることに問題はないだろう」
確かに。警邏でぷらぷらと街を歩くよりも、イリアスの実力を発揮できるには良い機会だろう。
しかし要人警護か、誰だろうか。該当候補はいるものの、時系列を考えるとパッと思いつく人物が出てこない。と言う事は何か変化があると見てよいのだろうか。
「今日からということは、エウパロ法王はもうターイズについたのか?」
「いや、彼はまだガーネ領土あたりだろうね。一人で来るわけではない。それなりの人数で来るらしいからどうしても遅くなる」
「そうだよな。それじゃあ誰を護るんだ?」
「君だよ君」
「なんだと?」
マリトはこちらを指差す。周囲には誰もいない、どうやら自分のことのようだ。
「自覚がないようだね。君はチキュウの言語を読める貴重な人材だってこと忘れてないかい?」
「あー」
これと言った技能があるわけでもなし、あまり自覚はなかった。だがこの世界にとって重要な情報を持つ本を読めると言うのは確かに貴重だ。
専門的な技術を持っているのならばいざ知らず、日本語が読めるだけで重要人物という扱いはどうもくすぐったいものを感じる。
「このことが知られたら、ラーハイトのような輩が君の命を狙う可能性は極めて高い。狙われたら間違いなく身を守れないだろう?」
「間違いないな」
今まで敵対したどの敵にも勝てる気はしない。銃火器でもあれば……いやー無理かなー。
山賊くらいまでなら通用するかもしれないが、この世界の住人のことだ。多分目で見てから回避できるわな。
イリアスに至っては先日爆発に巻き込まれても怪我一つなかった。超遠距離からのスナイパーライフルの狙撃で、魔力強化の隙を突けばあるいはとも思うが多分対応されそうです。
「都合が良いことに君とラッツェル卿は同じ家に住んでいる。護衛の任を与えるには好都合だと思わない?」
「確かに都合が良いだろうな」
至極もっともな意見である。同居人であり知った仲、実力は言うまでもない。他の護衛が家にいたらさらに狭くなるわけだしな。
本来要人警護を受ける人物にもなれば、大きな建物に居を構えている場合が多い。民家にSPが住み込みで働くドラマはあまり見ない。
しかしイリアスが護衛につくのか……うーむ。
「イリアスかぁ……」
「待て、私では不服なのか」
「希望の人物がいれば替えてもいいけど、ああラグドー卿は貸せないよ」
そりゃあ騎士団長を護衛に付けるのは無理でしょう。むしろ恐れ多い。イリアスが何か言いたそうな目をしているがここは素直に考えてみよう。
「適任さで言えばイリアスだとは思うけどな」
「ふむ、では女性の護衛は嫌かい?」
割とイリアスの地雷を踏んできますねこの陛下。そりゃあ女性に護られることに思うところが全くないわけではないが、この世界の基準ならそんな偏見は捨てても良い。
「それはない。むしろ女性らしい方が歓迎だ。残念ながらイリアスからは色気を感じないがな」
「ほう」
怖い目で見られている。いや蔑まれているのか。しょうがないじゃない、男の子なんだもの。
「――まあイリアスは男女関係なく適任だろうよ。ただ相性がな……」
「相性か、君自身は誰と相性がいいと思っているんだい?」
「うーん、知っている騎士で言うなら……カラ爺が一番だな」
やはりカラ爺の有能性は高い。実力もさることながらこちらの策略などに最も組み込みやすい人物である。
やっぱあの槍投げは強いよ、うん。こう、頭の中で戦略を考える時に遠距離からスパッと決められる一手と言うのは気持ちが良い。
「ドミトルコフコン卿か、確かに相性は良さそうだね。だが彼は現在の職場の現場責任者的な位置にある」
「そっかー。まあラグドー隊のお爺様方は皆熟練だからなぁ……。要人警護より適任の椅子があって然りだろうな」
「レアノー隊から若い騎士を引っ張ってくることもできるけど、会ってみるかい?」
「いや、そうするくらいなら実力が分かっているイリアスの方が話も早いだろうさ」
イリアスを嫌悪している騎士達を家に招くわけにも行かないだろう。
「じゃあ決まりだね。ラッツェル卿、これは王命だ。彼を護りきれ」
「……はい、陛下」
これから先はイリアスと共に行動する機会が増えることになる。
思えばイリアスとはすれ違うことも多かった。職場の違う相手なのだから仕方ないこととは言え、常時連絡が取れると言うのは便利である。
この世界にも遠距離通信の技術はあるが、魔法ありきな上にユグラ教の秘儀レベルだ。導入は難しいよな。
ただイリアスは小言が多いからなぁ……。悪いこともほとんどできなくなるだろう。……不摂生な生活とかそんなことですよ?あ、でも夜の街とか遊びに行けないのは辛いかもしれない。
取りあえずはラグドー隊の面々に、イリアスの警邏の引継ぎの話をするべきだろう。
「それじゃあラグドー隊のとこにでも行くか」
「……ああ」
おや、イリアスさんなにやら不機嫌そうですね?そりゃあ要人警護という騎士らしいお仕事の対象がコレじゃ不満が出るのは分かりますが、露骨過ぎやしませんかね?プロ意識どうこうを言うつもりはないが、後で注意しておくべきかな。
そんなわけでラグドー隊の鍛錬場へと到着。ウルフェもセットで皆様元気で鍛錬しておられる。
「おお、坊主か。先日は良くやったのう」
カラ爺が声を掛けてくる。先日の暗部の件では本を狙う賊の討伐と言う名目でラグドー卿から呼び出されていた。重役とイリアスを除けば唯一事情を知っている人だ。
もとより本の表題を伝えてしまい、秘密を抱え込ませてしまった件で色々と申し訳なく思っていたのだが、ついに巻き込んでしまった。
それでも笑って加わってくれたのは心強いことこの上ない。当人曰く『死ぬ前にもう一波乱来るかもしれんのじゃろ? 騎士冥利につきるわい』とのこと。
「案を考えただけですよ。成果を得られたのはカラ爺達の培ってきた技術の賜物です」
「ふぁっふぁっふぁっ! それが分かってれば十分有望じゃわい。今日は鍛錬にでも来たのかの?」
「いえ、実はイリアスが――」
「そうだな、最近まともに手合わせを行っていなかった。カラ爺一戦頼もうか」
「――構わぬが……ちょっと坊主こっち来い」
カラ爺に強引に引き離され、イリアスから距離を取る。そしてヒソヒソ声で囁いてくる。
「なんかあったかの。イリアスの奴、殺気立っておらんか?」
「いや、実は要人警護の任をマリ――陛下から命じられまして。まあコレなんですが」
イリアスは準備運動代わりの素振りを始めている、素振りだけでもそのやばさがひしひしと伝わってくるのは流石である。
「ふむ。坊主があの本を読めると言うのは、確かに要人警護の理由にはなるのう。じゃがそれならあのようになるとは思わぬが……他に何を話しておった?」
「特には……イリアスなら適任だと言う話はしましたが」
「それでは喜びはするが怒る筈はないじゃろ」
「ですよねぇ。ああ、でも他に誰か希望者がいるかと聞かれたとき、相性ではカラ爺が一番かなぁと」
「……」
あ、それっぽい。カラ爺が呆れた顔をしている。その後カラ爺は大きく溜息を吐いて、続ける。
「それじゃよ……騎士からすれば護衛は誉れ高い仕事じゃ。それを適任とは言え、他の者が良かったと言われれば不満も持つわい」
「まじですか」
単純に性格的な相性の話をしたわけなんですが、そう捉えられちゃいましたか。あーでも確かに、護衛と言うよりは組む相手として誰が良いかという発想で語っていた気がしますです。
「やれやれ、酷いとばっちりじゃわい……。何とか諌めてやるが今度酒を奢ってもらおうかの」
「すみません、頼みます」
「まあ任せい。わしとしては誉れをもらったわけじゃしな。その活躍見とるとええ!」
うむ、やはりカラ爺は頼りになります。そんなわけでカラ爺とイリアスの対戦が決まった。周囲の者達も鍛錬を中止し、その様子を見守りに寄ってきた。
イリアスは強豪ひしめくラグドー隊の中でも二番手の実力を誇っている。だが二位と三位の差は広く、まともに鍛錬もできないと聞いている。
しかしカラ爺の実力は良く知っている。山賊討伐、黒狼族の村で見せた演舞、そして暗部討伐での活躍。イリアスが規格外の化物であれどその卓越した技術は引けを取らないはずだ。
事実、急成長を遂げているウルフェが未だにカラ爺には攻撃を当てたことがないのだ。
そうこう思っているうちに戦いが始める。
「ぬんっ!」
カラ爺が大地を蹴る。物凄い速さでイリアスを槍の射程内に捉えた。続いて目にも止まらぬ一閃が放たれる。しかしイリアスは構えることなく、鞘でその一撃を難なく防ぐ。
カラ爺の速度は黒狼族で見た演舞と差し障りがない。鋭さだけならばあの時以上だ。
「おおおっ!」
咆哮と共に繰り出される猛乱舞。その全てが的確にイリアスに向かっている。だがイリアスはその場を一歩も動かない。手の動きだけで槍を捌く。
どんな動体視力があればあの見えない攻撃の雨を防げるのだろうか、全く持ってわかりません。
「がんばれイリアスっ! からじいなんかやっちまえー!」
ウルフェ、そんな言葉遣いどこで覚えた。いやこのお爺ちゃん達と一緒にいれば仕方のないことなのかもしれないが後で言っておこう。
なおウルフェはカラ爺をあまり好ましく思っておらず、鍛錬の際には本気で攻撃しているとのこと。一応誤解は解いたつもりなんだがなー。
周囲は両者を応援している。さてどちらを応援すべきか。
……迷うまでもない、自分のために勇敢に化物に挑むカラ爺を応援せずしてどうする!
「頑張れカラ爺! 速度なら負けちゃいないぞっ!」
「……ほう」
突如両者の動きが止まった。いや、止められたのだ。
イリアスは鞘を握っていた手の方ではなく、空いた方の手で槍を掴んでいる。しかも使っているのは親指と曲げた人差し指のみ。片手での白刃取りである。
なんだその絵面は、魔王みたいな風格出してませんかねイリアスさん。
カラ爺は槍を動かそうとするがビクともしていないようだ。と言うよりカラ爺が浮いている。指の力だけで巨大な槍とカラ爺を持ち上げているのだ。
「……おう、じーざす」
ほんの僅かだけイリアスがカラ爺を宙に放る。それは手を離してすぐに自由落下しないためのコンマ数秒に過ぎない。だがその間にもう片方に握られていた鞘を槍の上から叩きつけた。
「むおっ!?」
大地に足をつけていなければその衝撃は全て本人に伝わる。槍の硬度とカラ爺の防御技術ならダメージこそ防げるが、その勢いまでは殺せない。
結果カラ爺は遥か後方へ吹き飛んでいく。以前蹴飛ばされた暗部の悲惨さを思い出す。
咄嗟に視点をカラ爺の方向へ向ける。数度回転するもカラ爺は受身を取っていた。最終的には槍を地面に突き立てその勢いを完全に殺しきる。
「なんちゅー馬鹿力じゃ、ボルが赤子じゃわい」
カラ爺が顔を上げる。そこには既に鞘を振り下ろしているイリアスが――っていつの間に。五十メートルはあった筈だ。走っている姿は視界に映っていない。一足で来たというのか。
速さで負けていないと言われて、もしかして対抗心燃やしちゃった系ですかね。
「ぬおおおっ!?」
カラ爺は槍を素早く抜き剣を受ける。轟音と共に地面に亀裂が奔り、爆ぜる。
「カ、カラ爺っ!?」
周囲が土煙で良く見えない。カラ爺は無事なのか。目を凝らして土煙が消えるのを待つ。
土煙の中からシルエットが浮かび、間もなくして両者の姿が映る。
カラ爺はイリアスの攻撃を防ぎきっていた、あれほどの衝撃を耐えたのだ。しかし様子が変だ、両者とも動いていない。追撃する様子も反撃する様子もない。
「手合わせ感謝する」
そういってイリアスが戦闘態勢を解除し鞘を腰に戻す。
カラ爺は防御の姿勢から動かない。まさかと思い駆け寄る。
「だ、大丈夫かカラ爺?」
「……ふ、腰が死んだわい」
そこには剣の一撃により、持病の腰が天寿を全うしていたカラ爺の姿があった。老兵の散る姿と言う物はやはり心に響く物がある。
「カ、カラ爺ぃぃっ!」
その後カラ爺は担架で治療施設へ運ばれた。治療魔法を使えば治るとのことだが、腰の最大体力値はさらに減ったとのこと。
すまないカラ爺、今度好きなだけ酒奢るから……。
「イリアス、つよいっ!」
「強いのは分かるが、もう少しご老人を労わる心を持って欲しいところだな」
「何を言う。カラ爺は搦手の熟練者だ。半端に打ち合えばカラ爺の戦略に持ち込まれていた」
「相手のペースに持ち込まれた時の鍛錬もできるだろうに」
技のカラ爺を剛の一撃で両断だ。熟練の技を披露することもできずあまりにも可哀想である。ボル爺なんて運ばれるカラ爺に向けて両手を合わせていたぞ。
「それでは……その……どちらが上かはっきり証明できないではないか」
なるほどそういうことなのか。カラ爺の言いたいことも本格的に理解できてきた。これは早めに誤解を解いておく必要がある。
「相性ならカラ爺が一番って言っていたことを気にしているのか? あれは策略とかを考える上で組みやすいと言う意味だぞ?」
「……どういうことだ?」
「何度か見ていたならわかるだろ。こちとら理論派でスパッと型にハマる作戦が好きなんだ。カラ爺は役割がはっきりしていてその上で安定感がある。要所で決める一手として魅力的なんだよ」
「それでは私はどうなのだ」
「強すぎる。置くだけで戦況が有利に傾く反則技だ」
カラ爺は将棋で言う香車や桂馬のような存在。相手を追い詰める上で詰みの一手に関わる重要な要素である。
対してイリアスは飛車と角を合わせ縦横無尽に駆け回り、さらに踏まれようものなら逆に相手の駒を取ってしまう反則駒だ。
「それは評価しているのか?」
「頼もしさなら言うまでもなく一番だ。ラグドー卿の実力は知らないが、イリアスの強さなら何度も見せられているからな」
「そ、そうだったのか。だが私では不満があるように感じたのだが……」
「護ってもらうだけならイリアスで悩むことはない。だけどこっちの持っていたイメージでは、今後こちらの行動を補佐してくれる相手という形で捉えていただけだ。お前は相手との駆け引きで、一方的に相手を倒せる切り札をバンバン使ってやりがいを感じるか?」
「む、それは……」
「そりゃあ国民の未来が掛かっていたり、国の情勢などが関わることなら手段を選んでいる場合じゃない」
最初イリアスを抜いてことを進めようとしたが……それはそれ、これはこれである。
「だけど何事においても、イリアスを頼れば頼りになり過ぎるんだ。適度に頼るのは良いとしても、頼りっきりになったらこの世界で生きていく上で自分のためにならない。悪いんじゃない、良すぎるんだからな」
「う、そ、そうだな。確かに頼って欲しいとは思うが、全てを頼られてばかりでは君のためにならないのだな……」
「今の関係でさえ盛大に甘えてるんだ。これで普段から一緒になったらと思えば悩みもするさ」
イリアスの頭に手を置く。本当にこいつはしっかり言わないと伝わらないタイプなんだ。気恥ずかしいが言っておかねばカラ爺が報われない。
「イリアス、お前を自分がダメになる原因にしたくないんだ。それで気を悪くしたのなら謝る。すまなかった」
「……そうか、いや私も……カラ爺の所に詫びを入れてくる」
そういってイリアスは治療施設へ戻っていった。うーん、これで大丈夫だろうか。
「ウルフェ、今の言い方大丈夫だと思うか?」
表に出している感情の上澄みを理解することはできても、その本心までは理解しきれるわけではない。
イリアスとは些細な意識のすれ違いが何度も起きているように感じている。互いに良い関係を望んではいるのだが、やはりどこか相手に求めているものに違いがあるのだろう。そう思うと第三者に尋ねてみたくなってしまうものだ。
「うーん、カラじいはいいきみでしたっ!」
「そろそろ仲直りしてあげてくれ……」
「まえむきに、けんとうしますっ!」
「誰がそんなことを――ああ、教えてたわ」
特にイリアスの前でよく使ってる、反省。一応言葉通りの意味では自分にできる範囲で好ましい方向へと進んでいく意思を示すものだ。しかし実際は断り文句の定番なのだが……。
「ウルフェも、ししょーにイリアスみたいなこといわれたいです」
「イリアス程じゃないにせよ、ウルフェも頼りにしているさ」
「おなじようになりたいです」
ウルフェも成長している。そして欲を持ち始めている。欲は人が生きる上で活力となる意思だ。ウルフェが独自の欲を持つことは好ましい。
強欲になれば周囲が見えなくなり他者への悪影響もあるが、ウルフェの段階ならばまだそういったブレーキを与える必要はない。思う存分欲を抱いてもらうとしよう。
「そうか、すぐには無理でも必ずなれるさ。頑張れよ」
「はいっ!」
「あ、でも暴力に訴えるのはなしだぞ? 師匠との約束だ」
「まえむきに、けんとうしますっ!」
言葉の使い方を地球の世界の基準で理解しているのではないのかと本気で思い始めてきた。
しかしイリアスと接しているとついつい思ってしまう。彼女は他者との意思疎通があまり上手ではない。いや、誰かさんが分かりにくいだけと言う可能性もあるのだが、それにしてもである。
幼少に両親を無くし、周囲はお年寄りだらけ。近い年代の騎士達からは疎まれ、友人らしい友人もいないときている。ああ、そりゃあ対人下手になるのも頷けるな。
こちらも対人スキルが高いと言うほどではないが、当たり障りのない対応はできている。と信じたい。
やはりここは例の計画を進めていくべきなのだろう。覚悟しておけよイリアスめ。
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彼と別れた後、カラ爺の様子を見に行く。カラ爺はベッドの上でうつ伏せとなり、背中には痛みを和らげる魔力を放つ魔石が置かれている。
既に治療は終わっているが、痛みなどは完全に引くわけではない。そのための処置である。
「なんじゃイリアスか、坊主と一緒に帰ったのではなかったのか?」
「いや、カラ爺にはちゃんと詫びを言っていなかったと思い戻ってきた。私情に駆られて手痛い思いをさせてしまった……申し訳ない」
「ふぁっふぁっふぁっ! その様子からして坊主に何か言われたようじゃの。気にするでない、事情は聞いておる。わしとて騎士の立場から同じような真似をしていたじゃろうて」
あの時ヒソヒソ話をしていたのはそれか、カラ爺はこちらの心情を察した上であえて勝負を受けてくれたのか。口で諌めることもできただろうに、自分の浅はかさを恥じるばかりだ。
「そう思いつめた顔をするでない。負けて酷い目にあったのはわしの方じゃぞ。わしの立場まで奪う気かの?」
「いや、そういうわけでは……」
「わしからすればお前さんがあの坊主から評価されたいと固執することは嬉しいことじゃて」
「固執……そうかもしれない」
確かに彼と出会ってからというもの、彼に頼られたいと思う気持ち、護りたいと思う気持ちがあることは自覚している。そして今回もまたカラ爺と比較されて劣っていると思い、自制することができなかった。
「しかしあの場でわしの方を応援するあたり、坊主もえぐい真似をしよる。おかげで死ぬかと思ったわい」
「重ねて申し訳ない……」
応援の声が響く中、彼の声が私ではなくカラ爺に向けられたことに熱くなってしまっていた。手合わせだと言うのに相手の立つ瀬を奪うような振る舞いをしてしまった。
未熟もいい所だ。だがなぜそうなってしまうのかどうも分からない。
「その様子では何故坊主に対して拘っているのか自分でも分かっておらんようじゃの。知りたいなら教えてやってもええがの」
「分かるのか? ならば是非聞きたい」
「ずばり恋じゃな」
「カラ爺、その頻繁に壊れる腰だが、一度完全に壊せば却って良くなるのではないか?」
「待て、冗談じゃ、剣を握るでない!」
全く、人が本気で悩んでいると言うのに。
「わしとて妻子持ちじゃ、恋心くらいは分かるとも。お前さんが坊主に抱いているのはまた別の感情じゃな」
「それは……?」
「憧憬に近いものじゃな。先に言うがお前さんが父に抱く騎士としての憧れとはまた別の物。持ちえぬ物を持つ者への憧れじゃ。父のような騎士を目指すその憧れは、今は届かぬがいずれは手にするであろう境地じゃ。じゃが坊主の場合は違う。あれは騎士の生き方とは根本が違っておる」
「持ちえぬ物……」
「必要と在らば悪の心すら理解する。その道を歩くことを厭わない。騎士の精神とはまた違った強さよな」
そう、彼の生き方は私が信条とする騎士のそれとはだいぶ異なる物だ。少なくとも私はその道を進もうとは思わないし思えない。だが彼は躊躇無くその道を進むのだ。
だがそれは外道を進む彼の生き方に憧れを持っているということなのか?
「そうすぐに葛藤するでないわ。お前さんの騎士道精神は本物じゃて、そこは保証してやるわい。外道に憧れている訳ではない。外道に進める覚悟に憧れているわけでもない。どちらにでもいられる、その在り方に憧れておるのじゃよ」
「もう少し分かりやすく話してもらえないだろうか……」
「お前さんは今の騎士道を抱きながら悪の道も進めるか?」
「それは……できない。できる筈も無い」
「そうだとも。それをしてしまえばもはや騎士道ではないからの。じゃがあの坊主は騎士道も理解し、外道も理解できる。お前さんにはできないことができておる。そこにお前さんは差を感じて憧れておるのじゃ」
彼が悪の道に進むことを恐れていた。それは私ならば戻れぬ道だと理解していたからだ。だが彼は平然とその道とこちらの合間を揺らいでいる。
確かにそれは真似しようと思ってもできるものではない。そこに憧れに近い感情を抱いていると言うのか……。
「要するに自分にできぬことを平然とやっておるあの坊主に、お前さんは認められたいのじゃよ」
「それは……そうだな、そうだと思う」
頼って欲しい、一番だと思われたい、それはつまるところ彼に認められたいと思っているのだ。
自分にできないことをできる彼だからこそ、そんな彼に認められたいと。
「結局は私の未熟さ故なのか」
「そう僻むでないわ。わしとてあの坊主から評価されるのは嬉しいと思っておるぞ。じゃからこそお前さんの手合わせに本気で応じたわけじゃからな」
「カラ爺でもそう思ったのか」
「自分にできぬことをできるのは何も坊主に限ったことではない。例えば陛下とてそうではないか?」
確かに、剣を握り戦う騎士とは違い陛下は国を導いている。それは私にはできないことだ。だからこそ陛下に認めてもらえることはより優れた誉れであると認識しているのだ。
「お前さんは今まで騎士とばかり顔を合わせておったからの。そこへ急に身近な存在としてあの坊主が現れた。お前さんからすれば認めてもらいやすい立場じゃ。欲が出て力が入るのは自然なことじゃし、今のお前さんなら悪いことではない」
未熟な私にとって陛下はまだまだ遠い存在だ。実力を認めてもらっていることは聞いているが、漠然とした実感しか湧いてこない。本当の意味で認めてもらうには遥か先の話になるのだろう。
その点彼はすぐ傍にいて認めてもらうことの実感が強い。遠い目標より近い目標の方が意識しやすいのは当然のこと、なのだろう。
「……感謝する、色々と心の整理がついた」
「じゃがその様子では男女としての関係はほとんど進展しておらんようじゃの」
「まだ言うか」
「お前さんはべっぴんじゃからの、坊主とてそういう想いを持っても不思議ではないんじゃがのう」
残念だがそんな気配はさらさらない。いつも人を暴力人扱いするわ面倒だと言わんばかりの態度ばかりである。私から見ても綺麗なウルフェでさえも父親のように接している。……む、残念だがってなんだ。
「アレは年上ぶるのが好きなようだからな。私の年齢では守備範囲外なのだろう」
「そうなるとあのユグラ教の美人さん辺りかの?」
ラクラか。彼のラクラへの対応はどうだろう。気はあっているようだが男女の関係としては……いや、あの扱いは女性に対するものではないだろう。
最初はラクラの方が彼に魅了魔法を使用したとか言う話もあったがそれはあくまで情報を聞き出すためであって……。だがある意味では親しいと見ても良いのだろうか、いやでも同居を心のそこから嫌がっていたわけだし……。
「女性として扱っている様子はないな」
「そうなるとマーヤさん辺りの年上派なのかのう」
マーヤ、私の母と近い年齢だ。本の一件では距離を置いていたが、思えば最初から仲が良さそうな雰囲気はあった。
彼のマーヤへの接し方は非常に温和であり、口調も丁寧だ。そうか、そうだったのか……。
「ありえるかもしれない……」
「そうか……まあ頑張るんじゃぞ」
「頑張るって何をだ」
「そ、そりゃあ坊主が大きく離れた年上の女性を好むのなら、年下のお前さんへの評価はだいぶ低いじゃろて」
「む、確かに……。男女のハンデは今まであったが、年齢でのハンデを受けたのは初めてだからな」
彼は私をちゃんと評価してくれてはいるが、普段の態度はそっけない。つまりはそういうことなのか。
色々と合点が行き始めてきた。しかし分かってくれば色々と試してみたい気持ちが湧いてくる。
「よし、色々活力が湧いてきた」
「ううむ、なんだか致命的な誤解を与えた気もするが……まあええか。ただ忘れてはならぬが、坊主とてお前さんへの憧れは持っている。そこは忘れぬようにな」
「なに、そうなのか?」
「お前さんが外道に走れぬのは騎士道をしっかりと抱いておるからじゃ。それは坊主にはできぬことであると理解するが良い」
「そういうものなのか……」
彼も私と同じで、互いに持ちえぬ物を持っていることに惹かれあっている。そう思っても良いということなのだろうか。
「もっとも、坊主が騎士として尊敬している程度で言うのならば、わしの方が上じゃがな。そこはお前さんの精進次第じゃて」
そこに関してはぐうの音も出ない。カラ爺は歴戦の騎士、こちらは未熟な騎士なのだ。
「それでもお前さんは騎士、胸を張って進むが良い」
「ああ、わかった」




