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ゆえに重く。

 前線で戦う兵士を無視し、魔界を抜けてきた魔物の軍勢。それらが人々の避難する区域へと侵入するまでの猶予はもう殆どない。兵士達は必死に魔物達を追いかけ、その数を減らそうとしてはいる。実際に正面から受け止めるよりも効果的に、その数は着々と減っている。自身を狙わない化物を斬りつけるだけなのだから、効率が上がるのは当然だ。

 しかし、それでも魔物の数は多い。兵士が過去に見ない勢いで魔物を倒していっても、英雄達が一振りで百や千の群れを消し飛ばそうとも、それでもなのだ。


「だが、賢王たるマリト=ターイズがこの事態を想定していなかったのかと問われれば、否である」

『はーい!バラストスちゃんからの最終確認ー!うっかり避難を忘れている人のために、全ての通信用水晶に飛ばしちゃってるからねー!』

「ほ、法王様……」

「あまり気にするな、リリサ。一応はユグラ教の秘奥たる水晶なのだがな……。ラクラ辺りがもたせた水晶を調べたのだろうが、流石は大賢者よ」

『もう間もなく大防壁の術式を起動するから、近くにいる人は避難してねー!間違えても魔界側にいちゃダメよー!』

「法王様……」

「既に点検していた者達は避難させてある。前線の方は既にターイズ王が完璧な差配により対応済みだ」


 もう間もなくこのメジスの景色も大きく変わることになる。最後にこの光景を目に焼き付けつつ、心に刻んでおくとしよう。


『あ、ケイール!これが上手くいったら褒めにきてね!絶対よー!部屋の鍵開けておくからねー!』

「ほ、法王様……」

「……傑物とは、人格の方も常人とは異なるものだからな」


 何か色々と台無しになったが、ここは気持ちを切り替えよう。肩の力を抜く意味では、大賢者らしい天才っぷりだし、褒めておいたほうが精神衛生上よろしいだろう。

 考えるべきことは他にも色々とある。オーファローと名乗った魔族によって、ウッカとマーヤが重症を負わされた。ユグラ教の中で個としての戦力では上位に入るマーヤが敗北するとなると、各国の代表を含め徹底的に対策する必要がある。

 それにオーファローが語った内容もそうだ。ユグラ以外にも異世界から現れた者達がいて、彼等が私達の世界へと干渉を行い続けてきていたこと……この事実についても多くの意見に分かれることになるだろう。


『はーい、おまたせー!大防壁きどー!』


 水晶から響くバラストスの声に合わせ、大地が揺れる。超巨大な樹木による天然の城壁と、ドラゴンのような巨大な魔物によって圧倒的制圧力を持つターイズ魔界はさておき、平地続きであるガーネ魔界とメジス魔界からの侵攻を防ぐには簡易的な建築物だけでは足りない。

 ゆえにターイズ王とバラストスが提案したのは、ガーネの最西からメジスの最東まで続く大規模な土魔法による防壁の生成。魔物達が侵攻してくる方角の大地、その魔力を吸収し、土を移動させ防壁を造る。それを連鎖的に発動させることで一度の起動で一気に造り上げるといったものだ。

 広範囲に術式を展開するため各地点に術式を刻んで回り、紫の魔王の配下である悪魔達を糸に変化させ、魔力の流れを確保するための触媒としている。

 魔物達の前に現れるのは深い崖と、その深さに比例する巨大な防壁。人間に害を成すためにはこの大防壁を突破しなくてはならない。しかし歩兵にとってこの山にも並ぶ防壁を登ることは至難の業。飛行できる魔物ならば飛び越えることはできるだろうが、その数ならば対処できる術はある。


「碧の魔王の援軍、交戦に入りました!」


 魔物の数だけならば、碧の魔王と黒の魔王では黒の魔王の方に軍配が上がる。しかし飛行が可能な個体同士、空中戦となれば空を駆けるドラゴンの群れに勝てる軍勢は存在しない。敵として現れようものなら絶望的な光景でしかないのだろうが、今回はこの猛る飛竜達は我々の味方なのだ。


「各員防壁の上側へと移動を開始せよ。僅かな討ち漏らしも逃すな!」


 地上に残っている魔物は碧の魔王の軍勢が一方的に焼き払っている。私達が対処するのは僅かな飛行型の魔物のみ。既に魔法兵と弓兵の多くを展開し、対処を始めている。


「法王様……まるで夢のような光景ですね」

「悪夢のような光景を払ってくれるのだ。喜んで受け入れようではないか」


 黒の魔王の軍勢はあまりにも強大。人間だけの力ではここまで対抗することはできなかっただろう。だが、一人の臆病な者によってこの光景は繋がれてきたのだ。

 これまでユグラ教はメジスの国を動かしてきた。王政が存在しているはずの国家を、一つの宗教が掌握し続けてきていた。私は法王としてだけではなく、国を守る王の代わりとしても数多の判断をしてきたのだ。私が取った選択は法王としては間違っていたものだったかもしれない、セラエスのように世界の平穏のために冷徹になるべきだったのかもしれないと悩むこともあった。

 だがもしもあの時、ターイズで紫の魔王を庇った彼を敵として処分しようとしていれば、この光景は見られなかっただろう。この光景を見て、私が抱いていた悩みは払拭されていたのだと実感できた。


 ◇


 全身に魔力が纏わりついている感覚。それが自身を治療している行為なのだと気づく頃には、周囲にいる『蒼』や紫の魔王の存在を感じ取ることができた。


「うっ……」

「エクドイク!?『紫』!エクドイクの意識が戻ったわ!」

「大声を出さなくても分かっているわよ?むしろ大声を出せば聞き取りにくいじゃない?」


 体をゆっくりと起こす。下半身に被されている布、ほんのり感じる寒気、どうやら自分は服を着ていないらしい。記憶を呼び戻し、こうなった経緯を推測する。そうか、自分はオーファローとの戦いの中、命を捨てるつもりでデュヴレオリを守ろうとしたが……逆に守られたのだ。本来ならば灰すら残らないほどの熱、それでも俺は意識不明になる程度の負傷で生還することができたというわけだ。


「……オーファローはどうなった?」

「撤退したわ?『碧』がターイズ魔界で魔族を逃したあと、メジス魔界に移動しているのを悟られたようね?」

「……そうか」


 さらに詳しい戦況を確認していく。魔族達はそれぞれが撤退し、魔物達に強引に魔界を抜けさせた。だがバラストスが発動した大防壁により、その侵攻を押し止めることには成功したらしい。今は大防壁に残っている魔物の殲滅に皆が対応しており、それも間もなく沈静化するとのこと。


「デュヴレオリは……」

「説明しなくても、その胸を見れば分かるわ」

「胸……?」


 自分の胸元を見ると、そこには紫色の水晶らしき物体が肌の内側から覗いていた。僅かだが魔力を帯びており、その魔力は間違いなくデュヴレオリのものだ。ならばこれは――


「デュヴレオリのコア……貴方を『迷う腹』に取り込んだ際に、ついでに寄生させたようね?」

「寄生……ハークドックの右腕のようなものか」

「そうね?デュヴレオリは貴方に全ての特異性を託したみたい。駒の仮面に近しい形で、貴方に力を与える様にしてあるわ。拙いけど」


 悪魔の特異性、そう言われて瞳を閉じながら自身の体の状態を確認すると、確かにこれまでになかった不可思議な何かが全身のいたるところに感じられる。その感覚は『盲ふ眼』のそれに近く、これこそデュヴレオリが大悪魔達から回収した特異性なのだろう。


「……なぜ、デュヴレオリはこのようなことを」

「さぁ?デュヴレオリがその時に何を思ったかだなんて、想像するつもりはないもの?でも貴方は託された。その結果だけは受け止めなさい?」


 大悪魔の特異性を託されたからといって、俺が即座にデュヴレオリのようにこれらの力を使いこなせるわけではない。多少の能力の向上は期待できたとしても、あのオーファローを相手に勝てるかと言われると……かなり厳しいだろう。

 死ぬべきは俺だった。だが今この場でその言葉を呟くことは、『蒼』や紫の魔王を不快にさせ、そしてここにはいないデュヴレオリを侮辱することにもなるだろう。


「分かった。受け止めた」

「――そう、良かったわ。私も『蒼』も貴方に張り手をする手間が省けたわ」

「ふ、二人分くる可能性があったのか……」


 俺は生き残った。そしてデュヴレオリは体を失った。まずはこの事実だけを受け止め、この後どうしていくかを考えていく必要がある。

 碧の魔王は単身で魔族を退かせ、イリアス達は協力してギリギリまで追い詰めることに成功している。オーファローの強さが他の魔族に比べどれほどのものかは、未だに判断基準が足りていないのだが……まるで望みがないというわけではない。

 だがマーヤやデュヴレオリが戦えなくなった以上、俺は再び魔族と対面する役割を担わなくてはならない。オーファローや他の魔族相手に勝てずとも、時間を稼ぎきるだけの手段が必要となってくるだろう。


「……ごめんなさいね、『紫』。デュヴレオリの分は私達が役目を果たすわ」

「そうしてくれるとありがたいわね?新たに用意していた下級中級の魔物は大防壁を起動させる触媒に使っちゃったし、バトラー・アーミーも魔物の相手で手一杯だもの?」

「やっほー!ここに奇特な重傷患者がいるって聞いて、遊びに来たわよー!」


 扉を蹴破る勢いで開いて現れたのはバラストス。その横にはノラの姿もある。ノラはバラストスの大防壁の発動を補佐するために、バラストスと行動を一緒にしていたと聞いている。

 バラストスは俺を見ると興味深そうに観察し、ノラは数度周囲を見渡し、俺の胸へと視線を向け硬直した。


「ノラ、これは――」

「……言わなくても大丈夫なのだ。ノラがその魔力を見間違うことはないのだ。事情も大体察したのだ」


 ノラはこちら側へと歩み寄り、デュヴレオリのコアをそっと撫でた。コア越しに、小さな手から伝わる温もりが、彼女の感情までも乗せているようだった。


「ノラ……」

「無茶はするだろうと思ってたのだ。それがちょっと想像よりも上をいってただけなのだ。よく頑張ったのだ、デュヴレオリは」

「そうね?色々と褒めてあげたいのは分かるけど、彼を復活させるのはもう暫く待ってもらうわよ、ノラ」

「……復活させられるの!?」


 ノラや俺も反応していたが、一番に声を出したのは『蒼』だった。それに紫の魔王も驚いたのか、少しだけ目を見開いて『蒼』を見ていたが、小さく笑って説明を続けた。


「コアが無事なら、魂もあるってことだもの?人間は脳を失えば記憶すら紛失するけど、悪魔なら十分再生可能よ?」

「なら――」

「だけどこの戦いにはもう間に合わない。それに無茶な移植のせいで、コアにも結構な負担が掛かっているわ?取り出すまでにも時間は掛かるし、そこから再生をして再び肉体を取り戻すにはさらに時間が必要……」

「どれくらい掛かるのだ?」

「さぁ……十年か二十年か、もっと掛かるかもしれないわね?」


 その言葉を聞いて少しだけ固まったノラだが、やがて紫の魔王と同じ様に笑ってみせた。


「それくらい、全然待てるのだ。よろしく頼むのだ、『紫』」

「――ええ。貴方が寿命を迎えるまでには間に合わせてみせるって、約束してあげる」

「約束なのだ。それじゃあ師匠はこのままエクドにーちゃんの面倒をよろしくなのだ。ノラは師匠の先の予定を片付けておいてあげるのだ」


 ノラはもう一度だけこちらに振り返り、小包を一つ俺に渡した。装飾が丁寧に施された、贈り物のような小包だ。


「これは……?」

「デュヴレオリの特異性を活かすための魔具なのだ。『紫』と一緒に研究していたけど、完成が間に合わなかったのだ。今はエクドにーちゃんが持っていた方が役立つのだ」

「……良いのか?」

「良いのだ。デュヴレオリにはもっと良いもの用意しておくのだ」


 ノラは少しだけ無邪気そうに笑うと、そのまま部屋を出ていった。それを皆が見届け、バラストスが小さく息を吐いた。


「私、もうこの後仕事ないんだけどね。ケイールとしっぽりしようと思ってたくらいだし……はっ、まさか!?」

「ないない。ちょっとは空気読みなさいよ……」

「冗談よー!わかってるわよー!ま、この戦いが終わったら、師匠としてちょっとくらい弟子のために奮闘してあげちゃうかー」

「……本当に強い子ね?数十年の別れを突きつけられても、平然と笑えるなんて」

「そりゃ私の弟子だし?」

「そっち方面では貴方が弟子になった方が良いんじゃない?」

「えー……いや、ありか?」


 バラストス達が話している最中、俺は手にした小包に視線を落とした。鎖や剣に比べれば全然と言って良いほどに軽いものだ。それでも俺の腕はこの小包に確かな重さを感じていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] ノラにとってデュヴレオリと再会するまでは、才色兼備、女を磨く期間であれればいいですね。
[良い点] 常識人の部下と悟りを開いた法王とのやり取りがいい味出てますね(笑)
[一言] デュヴレオリファンだったので退場が悲しいです。 エクドイクさんのヒーロー化が進みまくってますね。
2020/10/25 09:54 退会済み
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