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ゆえに下る。

 手応えはあった。ザハッヴァの頭が完全に消滅する感触が剣を通して伝わっていた。僅かに残った胴体の部分も崩壊を始めており、この体からコアが失われたことを指し示している。

 しかしこれまで培ってきた騎士としての直感が、この戦いがまだ終わっていないことを告げていた。


「ハークドック、周囲の探索をっ!」

「お、おう!ええと……っ!」


 ハークドックが反応した方向、そこには先程アークリアルが斬り落とした蜘蛛の足が落ちていた。蜘蛛の足の切断面の肉が蠢き、一気に膨張を始める。それは瞬く間に人の形を造り出し、最初に出会った時のザハッヴァの姿へと変貌していった。


「しぶといってレベルじゃねぇな!?」

「いや、これは向こうが上手い。自身の体質を完全に活かしてやがる」


 アークリアルの言う通り、私達はザハッヴァに謀られたのだ。私が奴の頭を吹き飛ばす直前に、悪足掻きのように振るった蜘蛛の足、あれこそがザハッヴァにとっての起死回生の策だったのだ。

 ザハッヴァは魔剣によって動きを封じられ、魔具による転移もハークドックによって阻止されていた。その状況下でもザハッヴァは冷静に対処をしてみせた。頭部にあっただろう自身のコアを、蜘蛛の足の先端にまで移し、アークリアルや私に斬り落とされる前提で振り回したのだ。

 私達はこれまで奴の足を切断する際、切断面積が少なくなるよう側面から斬り落としていた。それを学んだ上での手段なのだろうが、もしも私達が斜めに斬り落としたり、反応の誤差により先端を斬ってしまえば、その刃がコアに届いたりする危険性もあった。判断力と覚悟、そのどちらも備わってなければできない芸当だ。

 魔族として、蜘蛛として、魔具を与えられた者として、ザハッヴァはあらゆる手段を駆使して戦っている。ただ人を殺すのが目的と声高に叫んでいる狂人からは考えられないほどの冷静さだ。

 だが悪い展開ばかりではない。今回の私達が行った攻撃で、ザハッヴァは多くの魔力を失っている。不意を突かれた魔剣での攻撃もそうだが、何よりも足先にコアを移しての回避のために、捨てた体の方に多くの魔力を残していたからだ。

 ハークドックが魔力感知に秀でいることを学び、コアの移動に感づかれないようにとった行動なのだろう。蜘蛛の姿を失い、人としての姿に戻っていることからもその消耗の激しさを窺える。


「……そう。あなた達、人間のくせに強いのね」


 これまでとは違うザハッヴァの冷めた声に、奇妙な悪寒が奔る。私達を殺すだけの対象から、排除すべき敵として認識したのだろうか。見下されていた視線が真っ直ぐに向き合っているような、そんな錯覚を受ける。


「勘違いしてもらっちゃ困るな。人間だから強いんだ」

「そんなことはどうでも良いので」

「良くはないんだけどなぁ……」

「このまま続ければ、あなた達を殺せるかもしれないし、殺されるかもしれない。だけどそれじゃあたしの役目は果たせない。やっぱり完全に成り果てないとダメなのね」


 突如ザハッヴァの体に亀裂が奔ったように見え、思わず目を凝らす。冷静に見れば、そんなことはない。今見えた亀裂は錯覚で、ザハッヴァの姿はまだ何も変化してはいないのだ。

 しかし、それを錯覚して見てしまったことには意味がある。私個人の本能が告げているのだ。ザハッヴァは全てを捨てようとしている。全てを捨て、その先にある力へと足を踏み入れようとしている。


「姐さん!ヤベェぞ!」

「俺でも感じ取れた。どうやらいよいよ本気を出すようだな」


 他の二人もその空気を感じ取ったのか、これまで以上に真剣な表情を見せている。私もそれに倣い、剣を強く握り直した。

 だが気合を入れたのにも拘わらず、突如ザハッヴァ側の空気が緊張感を失った。禍々しさが急に薄れ、彼女自身も集中力が乱されたような表情をしている。


「……そう、魔王様の命令なのね。なら仕方ないわ」


 ザハッヴァは小さく溜息を吐き、両腕をだらりと降ろした。魔王の命令……撤退の指示が出たとでもいうのか?事実ザハッヴァから感じる戦いへの意欲は完全に失われており、私達への関心すら失われている。


「って逃げるのかよ!?逃がすわけねぇだろ!」

「ちゃんと逃げるわよ。あなた達のためなんかに手段を使うなんて、とても不本意だけれど――」


 ザハッヴァは大きく息を吸い込んだかと思うと奇妙な言葉を叫んだ。いくつかの単語が重なる不可思議な言語。彼の扱っていた言語に近いものを感じたが、恐らくは違う言語。黒の魔王の魔族達が使っているという独自の言語、魔族語と呼ばれるものだろう。


「なんつーでけぇ声だ……つか、この場ででかい声を出す意味って……」

「ええそうよ。今のはこの辺にいる魔物達への最後の命令よ」


 視線を遠くで戦っている魔物へと向ける。人間側が優勢を維持したまま徐々に下がりつつある戦場に、ある変化が生まれている。それは魔物達の動きが突如激しさを増していることだ。

 だが攻撃が激しくなったわけではない。むしろその逆、魔物達はまるで騎士や兵を無視するかのように駆け出している。その方向は魔界ではなく――


「……まさか」

「『建物にいる人間を殺せ』。それが下した命令よ」

「っ!」


 魔物達は武器を持った者達を無視し、駆け出すように魔界を抜け出そうとしている。その動きに気づき、騎士達も阻止しようとするのだが、全ての魔物の動きを封じることができないでいる。

 魔物達が前衛で体を張る騎士や兵達を攻撃対象に含んでいたからこそ、維持できていた戦線だ。魔物達がそこにいる者達に意識を向けないのであれば、数が圧倒的に多い魔物を押し止めることは難しい。


「急いで止めなきゃ被害がでかくなるってか。だがな、俺達がここでお前を逃せばそれこそ多くの仲間が殺されることになるからな!そんなことで――」

「何を言っているのよ、これはあたしが逃げる前の最後の仕事。人間共の住む土地に魔物達を届けるのが事前に与えられた命令なの」


 逃げられる。一歩、私達が踏み込んだ時には既に、ザハッヴァの首は自らの肩から生やした蜘蛛の足によって切断されていた。切断されたザハッヴァの首は私達に向けて舌を向ける。そこには消し飛ばしたはずの魔具があった。

 コアを蜘蛛の足に移動させた際に、魔具も移動させていたのだろう。そして魔具が健在ということは、再びザハッヴァは自らの魔力と自身の位置を入れ替えることができるということで――


「獲物を譲るのは業腹だけど、あたしが最優先すべきなのは魔王様から与えられた命。また会いましょう、次の機会に互いに生きていられたらね?」


 ザハッヴァの体が首を遥か頭上へと放り投げる。さらにその体が破裂し、その肉片と魔力が周囲へと飛び散った。いち早く反応できた私とアークリアルが放り投げられた首へと飛びかかるも、こちらの剣が届く前にその首は転移した。

 地面へと着地し、周囲を見渡す。ザハッヴァの体の残骸は所々に残っていたが、首は見当たらない。恐らくは周囲へと解き放たれた魔力のどこかに転移したのだろう。肉の残骸と違い、飛ばした魔力は視界に映る範囲の外まで飛んでいる。逃亡することから方向こそ絞れるが、ここから捕捉して追いつくことは……不可能だ。


「……逃げられたな。ハークドック、生きてるか?」

「な、なんとか……」


 ハークドックは咄嗟に魔剣を盾にして、胴体の破裂の衝撃を防いでいたようだ。ギリスタの方は……ハークドックの右腕の悪魔の一部で全身が覆われている。距離もあり、横たわっていたおかげで被害はないようだ。


『ラッツェル卿、応答せよ』


 通信用の水晶から陛下の声が届く。こちら側の声は常時向こうへと届くようになっているが、陛下の側から連絡がくるときは緊急時のみとなっている。慌てて水晶を取り出す。


「はっ、こちらラッツェル!申し訳ござい――」

『よい、状況は把握済みだ。敵が撤退した理由は概ね推測がついている。恐らくは魔族達は皆退くことになるだろう』

「それは一体――」

『まずは魔物の処理だ。二足で走る魔物ならば全ての馬で追いつけるが、四足で走ったり翼で飛んだりすることのできる個体はターイズの馬かワイバーンのような飛竜に限られる。アークリアルと共に殲滅に動け』

「承知致しました。他の魔界でも同じ様に?」

『そうだ。対応は既にしてある。尽力せよ』


 陛下からの通信はそれで切れた。ターイズ魔界、メジス魔界でも同様に魔物達が兵を無視して移動を始めている。黒魔王殺しの山がある以上、ターイズ魔界からターイズへ魔物が流れ着くことは難しいだろうが、ガーネ魔界経由で現れないとも限らない。魔族が撤退し、脅威が魔物だけとなっているのであれば、今はそれを排除することだけを考えるべきだろう。


「アークリアル、走れるか?」

「おう。疲れるからあんまりやりたくないけどな、平らな土地なら飛竜よりも速く走れるぜ」

「走れるのかよ……。じゃあ姐さん、俺はギリスタをワイバーンに乗せて運べば良いんだな?」

「ああ、頼んだぞ」


 ザハッヴァを逃してしまったことに対しての後悔はあるが、あのまま戦いが続いた場合、はたして勝てたのだろうかという気持ちもある。それほどまでに、あの時に私達を敵とみなしたザハッヴァから感じとったものは不気味だった。

 だが魔族はこの戦いで勝つ上で避けられない障害、私は再び魔族を前に剣を構えることになるだろう。


「……辿り着いてみせるとも。君が待っているのだろうから」


 ◇


 ラザリカタをセレンデ魔界に投げ捨て、そのまま黒姉の命令を受けてメジス魔界へ。魔物に命令を飛ばした後はオーファローを回収しにきた。ザハッヴァは楽でいいんだけどな、黒姉の命令ならどれだけブチ切れててもしっかり聞きやがるし。いや、楽じゃねーわ、比較的マシなだけで今後一切関わりたくねぇランキング上位だっての。


「さて、オーファローはっと……」


 戦っている最中のオーファローを見つけることはかなり簡単だ。なんせあいつは自分が認識している空間をごりっと自身の干渉した理の中へと引きずり込んじまう。上空から使い魔の目を使って探しゃ、ほらこの通り。

 綺麗にすっぽりと消えた空間が一つ。今頃逃げようのない日光浴でもしてんのかね、誰かさん達。俺のような小麦肌は悪かねぇと思うが、キャラ被りはしたくねぇんでそのまま燃え尽きちまってくれるとありがてぇ。


「内部の様子はどんなもんかね……。ん、温度が下がり始めてんな」


 恐らくはオーファローが力を解除して、空間を戻そうとしているとこか。ある程度までは温度を下げねぇと、現実世界の自分自身まで焼けちまうからな。手に負えねぇ力を扱う術を手に入れてるのは感心なんだが、やり方がどうもおっかねぇ。その辺の雑魚を殺すだけなら、魔具の力だけでどうにでもなるだろうに。

 なんて思ってたら、削り取られていた空間が元に戻った。つっても向こうに持っていかれた大地とかはすっかりと溶けきっちまって、ガラス状に変化しちまっている。やだ綺麗、スカートの女とかこの上歩かねぇかね。中央にいるのはクソ嫌いなオーファローなんだけどよ。


「よう。こんなところでそこまで力を使う相手でもいたのか?」

「――テドラル……か。次世代の力を持つ者がいたからね、少しだけ遊んでみただけさ」


 次世代の力……ユグラが編み出した新たな次元の魔法。理に直接干渉することで、絶対的な影響力を及ぼすことができる力。魔封石によって弱体化した世界の進化の先……やっぱこんな力あるべきじゃねぇんだけどな。しかもこんなどうしようもねぇロクでなしが持つもんじゃねぇ。

 つか誰かいたっけか。あー、エクドイクとか紫姫んとこの大悪魔とかその辺かね?そうそう、そこの物体から感じる魔力的に――


「なんだ、手加減でもしたのかよ」

「……?」


 少し先に焼け焦げた炭が転がってやがる。その中からは見知った顔、鎖使いのエクドイクの姿が見える。炭の内側に残っているのは……悪魔の肉か、なるほどそういうことね。

 生命探知、生存確認。エクドイクは間違いなく生きている。そりゃあ原型残ってるほどだ、魔族なら生きてるに決まってるよな。やるじゃねぇの、デュヴレオリ。太陽相手に護りきったかよ。


「計り損なったな。料理じゃねぇんだから、焦がしきれってんだ」

「……」


 オーファローは倒れているエクドイクの方へと近づこうとする。何が起きたのかを調べるのか、トドメを刺すのか、その両方か。だがまあ、もう遅い。


「っと、そこまでだ。黒姉からの命令、『魔物を人間界に向かわせ、即座に帰還しろ』だ。帰るぞ」

「その命令には従っても良いけど、別に死にかけにトドメを刺すくらい良いだろう?」

「ダメだ。ちょっと前にラザリカタが碧王に負けてな。奴さんここに向かってんだ」


 ラザリカタを連れ帰る際、黒姉から魔物を解き放つように言われたが、大怪獣だらけのターイズ魔界を突破することは流石に無理がある。その余裕があってか、碧王は既にターイズ魔界を離れてこっちに向かってやがる。それも転移魔法使いと一緒に、だ。

 あのモラリって女は空間把握能力こそ高いが、魔法の腕と魔力量から一度に長距離の転移は苦手としている。つっても連続で転移すりゃあっという間にここまでくるわけなんだが。

 なのでここは一秒でも早く逃げなきゃなんですわ。アレから逃げるのってマジでしんどいからな!


「……別に、ここで殺しあってもいいんだけどね。でもそれじゃ『黒』様の命令に背いちゃうか。ユグラに殺されたくはないから、素直に応じるよ」

「おう、そうしてくれ。お前性格はクズだけど、こういう時は聞き分け良いよな」

「性格の悪さは認めるけど、馬鹿じゃないからね。ラザリカタは今頃悔し泣きでもしているのかな?」

「してんじゃねぇの?クズ同士、慰めてやれよ」

「僕に慰められたら、それこそ憤死しちゃうよ、彼女」


 違いねぇ。人の上に立ちたがっているラザリカタが一番蔑む人種がオーファローだ。そんなことをしたらラザリカタはユグラに殺されてでも、全てをめちゃくちゃにするほどに暴れるだろう。ユグラと俺がいりゃ、ラザリカタくらい速攻で殺せるが、アレでも貴重な戦力だ。遊びで消耗するわけにもいかねぇよな。

 オーファローと一緒に空間を転移する。向かった先はセレンデ魔界とガーネ魔界の境界付近。俺の計算が正しけりゃ、そろそろザハッヴァの奴もこの辺に撤退してくる頃なんだが……っと、きたきた。ザハッヴァが蜘蛛の足を使い、地面を跳ねるように飛んでくる。蜘蛛ってなんであんなに速く移動できるんかね、羨ましい。気持ち悪ぃから真似はしたくねぇけど。


「よう、お疲れさん」

「……撤退の理由は?」

「ラザリカタが思った以上に時間を稼げなくてな。碧王がお前らの方に向かっちまったんだ」

「そう、じゃあ仕方ないか。あの男と殺し合ってたら、他の人間を殺す暇がなくなっちゃうもの」


 オーファローもザハッヴァも、よくもまあ碧王と殺し合えるつもりでいるよな。ついさっきお前らの同僚が惨敗しかけてたってのによ。こいつら基本的に互いをナメまくってんだよな。多分お互いに殺し合ったらすぐに決着するんだろうけどさ。


「つかなんで俺様が一人であっちこっちに飛んで雑用しなきゃならねぇんだ!?」

「あたしがいるところで文句を垂れないで。怒声は聞くだけで不快なんだから。あなたの声、そもそも嫌いだし」

「転移魔法が使えるからでしょ。少しでも『黒』様に並ぼうと、考えなしにできることを増やしたのが悪いんじゃない?」

「お前らいちいち一言多いっての!死にかけても絶対に助けねぇからな!潔く死ねよな!」




真面目な魔族が生きていた場合、多分ザハッヴァかオーファローかテドラル辺りに文句を言って、殺されてそう。


そういえばマグコミでのコミカライズ版でもラクラさんが登場しておりますね。ニコニコ静画の方ではマリトが登場したところです。どちらもコミカライズならではの個性が出ていて実に良きです。

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― 新着の感想 ―
「はっ、こちらラッツェル卿!申し訳ござい――」 自分に対して「卿」はつけない、はず。
[一言] ラクラのできる女ムーブの短さはいつ見ても悲しいな…
[一言] 紫の魔王の力でデュヴレオリさんは肉片から再生出来ませんかね……? こんなに傲慢な黒の魔王の魔族たちにも(舐め腐ってるけど)認められてる碧の魔王ってやっぱ凄いんですね。
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