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ゆえに役割を。

 ギリスタの安否を確認するよりも早く、私はザハッヴァの元へと飛び込む。しかしザハッヴァはギリスタに刺さった二本の蜘蛛の足を動かし、その体を引き裂こうとする直前。剣を持たない体では奴に負傷を与えて動きを妨害することも難しい。


「イリアス、屈め!」


 後ろから響いたアークリアルの声に反応し、上体を屈める。直後私の背中を蹴ってアークリアルがザハッヴァへと斬りかかった。

 ザハッヴァも私達が飛び込んでくることは想定内だったようで、反撃の蜘蛛の足を構えていたが、直前に軌道を変えたアークリアルの動きに舌打ちをしながら反撃ではなく防御の薙ぎ払いを行った。

 空いている蜘蛛の足がアークリアルを遠ざけることに使われ、私は完全に自由な状態だ。ザハッヴァからすれば私の素手による攻撃を、警戒する必要がない微々たるものと考えているのだろう。確かにザハッヴァを殴ったところで、浄化魔法すら込めていない私の拳ではまともなダメージは期待できない。


「少し響くぞっ!」

「っ!」


 私はザハッヴァの肩へと飛び移り、そのまま蜘蛛の足に突き刺さっていたギリスタを蹴り飛ばした。刺さっていた蜘蛛の足が抜け、ギリスタは遥か遠くへと飛ぶ。そしてその先に悪魔の腕を大きく展開し、待ち構えていたハークドックが彼女を受け止めた。


「よしっ!流石姐さん!そうくると思ったぜ!」


 ハークドックが受け止めた衝撃に反応し、ギリスタが吐血をした。あの状況下でも剣を手放さなかったことから、生きていることは判断できたが、急いで止血をする必要があるだろう。


「ハークドックはギリスタの止血を!私は――」


 周囲を見渡す。私が駆けつける前に数名の騎士がザハッヴァによって殺されている。アークリアルと同じように、武器を拾ってでも手に入れなければ戦いにすらならない。

 しかしザハッヴァとの戦闘の余波で周囲は地形が変わるほどの惨状。武器を探し出すのはかなり難しい。かくなる上はギリスタの魔剣を――


「姐さん!これを使ってください!」


 いつから持っていたのか、ハークドックが一本の剣を私に向かって投擲した。回転して飛んでくるその剣を見た時、一瞬だけ思考が止まる。

 そして剣を受け取り、鞘から抜いた時、その理由がはっきりと分かった。


「この剣は……」

「レアノーのおっさんが姐さんに渡そうとしていた剣です!姐さんに渡せば、その剣が何なのかすぐに分かると!」


 剣を握りしめ、その重さを感じる。魔力を通し、体の一部として体感する。今日初めて握った剣だというのに、これまで使っていた愛剣以上にしっくりとくる。

 それもそのはず。私の剣は元々父が使っていたものを調整した剣だった。この剣は私が目指した騎士の象徴、父のために存在した一振りなのだ。

 魔具はその構造の複雑さから、強度を求められる武器としては利用されていなかった。特に身体能力に秀でたターイズの騎士達にとって、全力で振るうことのできない武器は選択肢に入ることがないのだ。

 だが私が幼い頃、魔具を創り出そうとしていた人が身近にいた。それはメジスの聖職者だった私の母だ。

 ターイズの強い剣と、メジスの魔法の技術。それらを組み合わせれば父が全力で扱っても壊れない魔具が完成するだろうと、母が言っていたのを思い出す。


「へぇ、良い剣だな」

「当然だ。これは私が目指した頂きなのだからな」


 その剣はターイズの名匠トールイドが打ち、母とマーヤの師であった聖職者へと送られた。

 しかし完成を待つ前に父が亡くなり、その存在そのものが有耶無耶になっていたが……まさかこんなところで出会うことになるとは。


「せっかく奪ったのに、また新しい武器だなんて。いいわ、何度でもへし折ってあげる!」


 ザハッヴァが狙いをこちらへと定め突進してくる。

 剣にさらに魔力を送ると、刃が白く輝く。これは浄化魔法の光、魔法を構築せずとも魔力を与えるだけでその刀身に破邪の力を帯びるのだ。

 込めた魔力に応じてその出力も変えられる。この力を扱うのに必要なのは魔力の瞬発力。魔力強化に秀でたターイズ騎士だからこそ十全に使いこなせる剣だ。


「この剣に込められた想い、折らせはしない!」


 突き出された蜘蛛の足の中へと剣を滑らせる。斬った手応えの少なさに驚くも、振り返ってその剣の力を結果として認識することができた。

 この剣はただ浄化魔法を自由に使えるだけではなく、その浄化魔法が刃先に鋭さを与えている。魔族の体が元々魔力の塊だからという点もあるのだろうが、それでも異常な切れ味だ。


「っ、切れ味はいいのね。だからって――っ!?」


 追撃に出ようとしたザハッヴァが何かに気づき、距離を取った。忌々しそうな目でこちらを睨んでいるが……いや、これは……。


「再生の速度が鈍いな。浄化魔法で切断面だけじゃなく、奥まで焼けてるって感じだ」

「なるほど。意外なオマケがあったものだ」


 通常浄化魔法は触れた箇所に作用する。魔力の流れ等を乱し、魔力で造られた体を持つ魔物や魔族などの再生能力を封じ、強い痛みを与えることができる。

 だがこの剣はただ浄化魔法をまとっているのではなく、切断時にも浄化魔法を噴出し続けている。より傷口の奥まで浄化魔法の影響を与えることができるようだ。

 しかしそれだけで完全に魔族の再生能力を封じられるというわけではない。ザハッヴァは浄化魔法が侵食した肉周りを切り離し、新たな肉を造りだすことでその効果の影響下から逃げることに成功している。

 だがその方法は一瞬では行えず、多少なりとも時間が掛かる。ザハッヴァが距離を取ったのは追撃を行おうとして、思うように蜘蛛の足が再生できなかったからだろう。


「煩わしい剣ね……でもね、たかが剣の一本で全て覆せるほど、甘くはないわよ!」


 再生を終えたザハッヴァは躊躇なく仕掛けてくる。先程と変わらぬはずの猛攻だが、随分と温く感じる。

 剣から伝わってくる剣の強度、その安心感が私の動きに余裕を与えてくれている。剣を折られる心配が薄れ、代わりに奴にどう反撃を入れようかと体が意気込む。


「俺たちもそこまで楽観主義じゃないさ。だがな、確実にその首までの道筋は縮まったぜ?」

「この――っ!?」


 私の背後から迫ってきたアークリアルを迎え撃とうと、数本の蜘蛛の足を構えたザハッヴァ。しかしその足は私の剣によって多くの傷が付けられており、満足な再生もされていない。

 意識せずとも浄化魔法を使用できるこの剣ならば、攻撃を受け続けるだけでも相手の体を斬りつけることができる。

 回避のできないタイミング、ザハッヴァの首めがけて剣を振るうアークリアル。しかしザハッヴァの体は土へと変化し、剣は土人形の首を刎ねるだけだった。


「魔具か……厄介だな」


 剣のおかげでザハッヴァの身体能力の高さには対応できるようになった。だがあの魔具の移動能力がある限り、こちらの剣が奴の首を取ることは難しい。

 今回彼女は脱皮を行わずに転移している。だから表面の変化からザハッヴァが転移したことにはすぐ気づけた。

 通常の転移魔法で地中に移動することは自殺行為だとモラリは言っていた。既に物質が存在している場所に転移すれば、その瞬間にその物質を貫通させられることになる。

 土の中に転移すれば、体の内部隅々に土が生成されるのと同じ状態となり、一瞬で全身が弾けてしまうだろうと。

 ザハッヴァは重力魔法こそ操るが、群を抜くような技能を持っているようには感じない。魔具によって与えられた力をただ利用しているだけならば、構築に関わるような細かい調整はできないはずだ。

 ならば事象をそのまま効果と受け止める。転移ではなく、入れ替わり、交換する能力と判断するべきか。


「あんまり難しく考えるな、イリアス。俺達にできることはそうじゃないだろ?」

「……それもそうだな」


 後ろからアークリアルに小突かれ、首を振って切り替える。この剣を手にしたことで得た余裕を余計な思考に回す必要はない。事前に話し合った通り、私は私としての役割を果たすだけだ。

 ギリスタはもう動けないだろうが、それで勝機を失ったわけではない。ギリスタが進めてくれた勝利への道筋、残りは私達で拓く!


「こんな感じが続くのは、つくづく嫌になるのね。まだあたしは殺し尽くしちゃいない。魔王様のためにすべきことを、全然成しちゃいない。嫌になる、嫌になる、嫌になる」


 ザハッヴァが攻撃を仕掛けてくる。力に任せた乱打では、こちらの剣に蜘蛛の足が削られる。それを学習したのか、彼女は蜘蛛の足の軌道を次々と変化させてくる。しかし直線的だからこそ、追いつくのに苦労していた攻撃だ。技に頼ったところで、それはこちら側、人間が得意とする分野。

 ザハッヴァの攻撃には無駄が少ない。変化をつけるにしても、確実に当てるための攻撃でしかない。脱皮や転移、魔法による牽制によって虚を突くことはあっても、通常の攻撃そのものには技の冴えというものがない。

 己の力を高めることだけに尽力し続け、対等以上の相手と技を競い合うようなことはしてこなかったのだろう。

 ならば食い下がれる。相手が人外の域を出た怪物であろうとも、人の粋を集めた技の極地にて迎え撃つことができるというもの。


「そこっ!」


 同時に迫る蜘蛛の足の軌道を完全に読み切り、剣で払う。変則的な動きを付与するために勢いを失った蜘蛛の足、対するはその一瞬に備えた剛の技。

 ザハッヴァの上体が弾かれた蜘蛛の足によってのけ反る。その瞬間を待っていたと言わんばかりに飛び込むアークリアル。しかしこのままでは再び転移で逃げられるだろう。

 だがアークリアルもそれを承知の上で飛び込んでいる。本来ならば私が蜘蛛の足を払った直後にはその首めがけて剣を振るえていた。それをあえて遅らせて、ザハッヴァに反撃を行うか、指輪の力を使うかを考える時間を与えた。


「俺に釘付けなその瞳、良い視線だ」

「っ!?」


 今度の振りは攻撃のためのもの。剣へと送る魔力の量を爆発的に増加させ、その軌跡を伸ばす。

 剣で払った勢いをそのままに。体を一回転させ、踏み込みを以て再加速。ザハッヴァの体を支えている蜘蛛の足へ二度目の剣撃を叩き込む。

 地を踏みしめていた足を同時に全て切断。姿勢が崩れ倒れ込むザハッヴァの頭上に影を落とすアークリアル。


「この……っ!無駄だと悟りなさいよっ!」


 ザハッヴァの体が土へと変化する。再び地中へと転移したのだろう。時間差を与え、動揺させてみたは良いものの、私やアークリアルだけで詰めるのはやはり難しいか。


「――無駄じゃねぇんだな、これが」


 振り返ると私達の背後に移動していたハークドックが、ギリスタの大剣を地中へ向けて勢いよく突き刺していた。

 ハークドックの右腕に取り付いた悪魔は自身の体積を増加させ、より強い右腕として、そして全身を補強する鎧としてハークドックの体に纏わりついている。思うように動くことはできなくなるらしいが、その反面腕力だけはターイズの騎士にも匹敵するようになるとか。

 ギリスタの剣は非常に重く、常人では運ぶことすら困難だ。しかしハークドックの右腕に宿った悪魔の力があれば、大地に向かって振り下ろすくらいは容易いこと。


「ギッ!?」

「おう、ドンピシャだぜ!」


 大剣を突き刺した先には転移したザハッヴァがいた。胸元から胴体の奥底まで深々と刺さっている。大剣はその力を解放し、荒々しく脈動し眼前の獲物の魔力を飲みほそうとする。


「上手くいったようだな。転移させる状況を作らせながら、ちょっと余裕を持たせてくれとか、妙な指示を出すからどうしたもんかと思ったんだが」

「おう、完璧だったぜ、アークリアル。姐さんもナイスです!」

「ぐっ、あなた……どうして……っ!?」

「おっと、転移はもうさせねーぜ?二時と四時と九時の方角、そこにタネを仕込んであったんだろ?とっくに潰させてもらったぜ」


 ハークドックは魔剣をさらに奥へ、奥へと突き立てていく。魔剣はご馳走にありつけたことを喜ぶかのように、その魔力を喰らう力を振るう。


「あああぁっ……!」

「指輪の転移の力だがな、なーんでわざわざ地中に移動する必要があるんだろうなって思ったわけよ。脱皮を使った奇襲のためならまだしも、二度も三度も同じ方法だしよ。実際には地中じゃなくても転移はできるんだろ?ただそれをやっちまうと簡単にタネがバレちまう」


 ハークドックが口にした方角を見ると、それぞれに切り離した悪魔の体が地中に突き刺さっている。突き刺さった部位からは悪魔の魔力が溢れているのか、漏れてくる魔力が地表へと流れているのが見えた。その魔力に混ざり、別の魔力……ザハッヴァのものと推測されるものもある。


「原理は簡単だな。その魔具を介した魔力を展開し、魔力で包まれた空間を作る。後はその能力を発動させれば、その空間にある物質と自分を入れ替えることができるってわけだ。もちろんてめぇの形をした魔力が大気中に揺らいでりゃ、そこの達人の二人なら即座に気づく。だからテメェは自身の魔力を地中に送り込み、転移先を用意してたってわけだ」


 ザハッヴァが変身してから威圧のように垂れ流していた魔力には、転移先を用意するといった役目も含まれていたわけだ。確かに戦闘中に地中深くまで魔力の有無を注意深く観察することは早々ない。

 しかし仕込んでいた魔力の空間に転移できるのであれば、ハークドックが的確に次の転移先を読み切ったのはいかなる根拠があるのだろうか。


「転移先を読むのは簡単だったぜ。レアノーのおっさんからの助言でな。てめぇは意識した場所を見る時、視線がその左右を僅かに確認してるってな。アークリアルが飛び込んだ時、この場所を見回していたのがバッチリ見えたぜ。地中でもテメェの魔力がバッチリ形で残ってっからな、剣を突き立てるのも簡単ってわけよ!」


 ザハッヴァの視線が時折ブレる時があったが、あれは特に意識した箇所を狙う時の癖だったというわけだ。ハークドックは転移の仕組みを理解し、その癖を利用するためにアークリアルに指示を出していた。

 元々この遊撃隊は役割が決まっていた。正面から敵の攻撃を受け止める私、戦況に応じて戦い方をお膳立てするアークリアル、細工と後詰めを行うギリスタ、そして後方から観察し、敵の弱点を見つけるハークドック。

 アークリアルの耳にはハークドックの右腕から切り離した悪魔の一部が付着している。後方から観察したハークドックが策を練り、それを念話で飛ばして行動として実行するためだ。

 本来は私も欲しかったところではあるのだが、『雑念を持ったら死ぬ相手だぞ。落とし子の力で対処できる俺に任せろ』とアークリアルに釘を刺されてしまっていた。だがその判断は間違っていなかったと今なら断言できる。


「ああっ、このっ、長々と喋ってるんじゃ……ないわよっ!」

「俺だって好きで喋ってるんじゃねぇよ。少しでも俺に気を引いてもらうための小技だよ、こ、わ、ざ」

「っ!?」


 当然この隙を見逃すつもりなどない。既に私もアークリアルも距離を詰めており、アークリアルはハークドックを狙った蜘蛛の足を的確に斬り落とし、私は剣にその魔力を集中させている。


「腹に剣が刺さりっぱなしは痛えだろ?いくら魔族が相手でも、俺にゃ女の子を痛めつける趣味はねーんだわ。そんなわけで姐さん、介錯を頼みますぜ!」

「ああ、介錯のつもりはないが、全力でいかせてもらうぞ!」


 ザハッヴァが暴れるように残った蜘蛛の足をこちらへと放つ。しかし苦し紛れに放った攻撃はアークリアルによって容易く斬り落とされた。

 私はありったけの魔力を込め、ザハッヴァの頭へとその白き刀身を叩きつけた。



イリアスの母親のフィリアさん。悪魔を狩る聖職者でしたが、『ターイズの武器は無骨過ぎる』とイリアスの父親に溢していたそうです。その父親ですが『いや、悪魔を素手で殴り殺す方がどうかと思うが』と返したら無言の笑顔をされたとか。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ハークドック、グッジョブ!です。 [一言] イリアスのお父さんとお母さんのお話が読んでみたくなりますね。
[良い点] イリアスの両親の微笑ましい(?)やり取りが見れて満足です。 [一言] イリアスが人類最強クラスなのも納得の会話。
[良い点] 武器を失った直後、両親の思いの篭った新しい武器を使い、それをもって巻き返す。 イリアスほんと主人公より主人公(というよりヒーロー枠)の活躍してるなあ。 ハークドックとレアノー卿もさすがの…
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