ゆえに出直す。
魔王の魔力を色濃く受け継いだ者達は、時に理にも干渉する異能を保有する。緋獣の『闘争』の力にも匹敵するザハッヴァの自己進化能力、太陽の熱にも届くオーファローの発熱能力、他にもユニーククラスの魔物達が持つ異能とかもそうだ。これらの力は通常の魔力強化や魔法の構築でおいそれと再現できるものじゃぁねぇ。
だが連中はそれらを自らの才能として振るえる。必要な工程を本能的に理解し、知識を不要として行使することができやがるわけだ。
落とし子共の才能も似たようなもんだが、異能の力は傍目から見た時の化物っぷりがより顕著だ。そう、このラザリカタのような――
「無様ですのね、碧王。ああ、ずっとずっと、その姿が見たかったんですの。この光景を夢見ていたんですの、あたしは」
片足と片腕を失った碧王、それを見下ろすラザリカタ。昔じゃ到底想像できなかった光景がそこにあった。
ターイズ魔界は巨大な植物が生い茂る魔境、バカ正直に魔物を侵攻させてもターイズ魔界のドラゴン共に焼かれ食われで大惨事になることは想像に容易い。
碧王とその配下の魔族さえ始末できれば、魔物共の統率力は皆無となりほぼ素通りできるようにもなる。つーことで俺とラザリカタは、迎え撃つ魔物共をこっちの魔物共に押し付け、二人で碧王の居城へと乗り込んだ。
城の方にはニールリャテスやターイズの連中もいた。だがそいつらに下がっていろと命じ、碧王一人が前に出てきた。まあこっちもラザリカタに余計な真似はするなと言われてっからな。実質一対一の戦いになったわけだ。
そして今、ラザリカタは碧王を見下ろしている。碧王も大概なバケモンなんだが、そいつに膝をつかせるあたり、ラザリカタも強くなったもんだ。
「……このような光景が夢とはな。陳腐な願いもあったものだ」
「負け惜しみもいいところですのね。でもその減らず口がいつまで続くか、楽しみですの」
碧王が仕掛ける。周囲の植物が奴の魔力に反応し、急速な進化をもってラザリカタへと迫る。
植物は動かず、人間からすれば一方的に刈り取るだけの存在が普通だ。だがそれらが意思を持ち、圧倒的な質量を叩きつけてくるのであれば、それは紛うことなき脅威。
剣で斬ろうが、槍で突こうか、痛みを感じない植物の波は止まることはない。むしろその攻撃を絡め取り、容易く飲み込んでしまえるだろう。
「――捻じ曲がれ、植物風情があたしに触れることなど、決してありえない」
ラザリカタの言葉が空間を侵す。碧王の敵意を孕んでいたはずの植物が、まるでラザリカタを忌避するかのように分かれ、奥の壁へとぶつかっていく。
その光景を見た碧王は更に魔力を周囲へと展開し追撃を試みようとするが、それを嘲笑しながら見ていたラザリカタの言葉が届く方が速い。
「残る片腕よ、皮膚は破れ、骨は砕け、肉は余すところなく潰れてしまえ」
「――っ」
体を支えていた碧王の腕が見えない力によって爆ぜる。支えを失った碧王の体は倒れ、周囲に奴の血が流れていく。その姿を見て、ラザリカタは愉快そうな笑みをさらに歪ませる。
「先にも名乗ったでしょう?あたしはラザリカタ、矮小なる存在に突きつける残酷な真実。たかだか植物を操る程度で、あたしの相手になると?」
ラザリカタの力、それは言葉を現実へと侵食させ改変する能力。デュヴレオリの使う特異性、『頤使す舌』の完全上位互換だ。人だろうが物質だろうが、ラザリカタの言葉はあらゆる事象を引き起こすことができる。
色々と制約もあるし、弱点もある能力だが、化物として人間を圧倒するにゃ便利な力だ。つっても、相手はあの碧王なんだが。
「くだらん児戯だ」
潰れた碧王の両腕、片足の傷から新たな肉が生えてくる。それはすぐに人の形へとなり、破れた衣類となった。
魔族と同等に見える再生能力だが、碧王がユグラから与えられた力は『繁栄』、生物の成長を司る力だ。魔力で構築された魔族の体と違って、あれは完全な物質として再生している。
つか肉をどう進化させたら服になるんかね、ちょっと気になる。
碧王は何事もなかったかのように立ち上がり、膝を軽く払ってみせた。さっきまで流れていた血は跡すら残っていない。回収したか、地面に溶け込ませたか、何にせよ綺麗好きなことで。
「くだらない児戯……ですって?」
「貴様の異能は理に干渉し、理論すら無視して自己の意識を押し付けるものだ。貴様の想像通りの効果は得られても、その効果がどのようにして働いているのか説明もできまい。子供の理想を押し付けるだけの行為を児戯と呼ばずなんと呼ぶ」
「っ、その減らず口は不要ですのね。無価値な舌よ、猛毒となって体へと流れなさい!」
碧王の口から緑色の血が流れ出すが、奴は表情一つ変えないままそれを吐き出す。吐き出した液体は明らかに毒のようだが、碧王の体に巡っているようには見えねぇ。
「飲み込まねば効かぬものではなく、触れるだけで侵食するものを考えよ。もっとも毒が通用する相手と考えている時点で論外か」
「っ!」
もちろん舌を再生してるわけだから当然のように喋れている。まあ今のはただのバカだよな、バカ。毒は体の機能を狂わせる物。肉体を弄ることができる碧王に効くわけがねぇ。やるなら脳みそ全部毒液に変えるくらいやらねぇと。まだくっそ苦ぇ液体を舌に塗り込んだ方がマシだ。
後ろで見ていたターイズの人間共も、随分と緊張が抜けてきてやがるな。ニールリャテスに至っては最初から余裕の表情だしよ。
「大層な名乗りを上げたものだから、多少は期待もしたが……。『色無し』、貴様はいつまで子守をしているつもりだ?」
「過保護に面倒を見るつもりはねぇよ。そいつが泣きを入れたら、そん時は動くさ」
碧王の意識はとっくに俺へと向いている。そりゃもうヒシヒシと嫌悪感やら怒りやらが滲んでおられるわけですよ。理由は知ってっけどさ、もう少しくらいラザリカタを見てやれよな。
「なんですの?私を無視しようと?傲慢にも程があるっ!喉よ抉れよ!目よ溶けよ!臓物よ尽く引き千切れよ!」
見えない刃が碧王の喉を抉り、見えない液体が碧王の目を溶かす。碧王の体内から中身がめちゃくちゃに引き千切れる音が響いてくる。
普通の人間なら当然に死ぬ。だがなぁラザリカタ、そいつは魔王だ。ユグラが力を与えた存在で黒姉と同じく理に届いた化物だ。少なくとも今回の戦いにおいて、敵側で最強の男なんだよなぁ。
「話にならんな。再生能力を見ておきながら、それを阻害することもせず、同じ行為を喚き散らすだけか。脳を潰し思考を妨げろ、魔力を妨げ機能を奪え、自らの力くらい活かせ、この無能が」
「っ!?捻じ曲がれ!植物風情が私に触れるな!」
再生しながら放たれた反撃の植物を、ラザリカタは即座に逸して防ぐ。でもまぁ、もう弱点突かれてら。
「無能はどちらですの?通用すらしない攻撃を何度も繰り返すだけなん――」
ラザリカタの喉を鋭利な一撃が貫く。それは碧王の植物が破壊した城壁の欠片、意思を持った植物によって投げられた一撃だ。まあ要するに植物じゃねぇってことだ。
ラザリカタの能力は利便性こそあるが、咄嗟の対応力にゃ欠ける。言葉を紡いで対応しなきゃならねぇんだから、喋る間もなく予期せぬ一撃を叩き込んでやれば、それで完全に刺さるってわけだ。
「貴様に無能と言ったのだ。貴様に決まっているだろうが」
「――あ、が……ぐっ!?」
破片を抜き取り、傷口を再生しようとするラザリカタだが、傷の治りが遅いことにようやく気づいたようで。
碧王が飛ばした破片のあった場所、そこには毒の蜜が溢れ出す花が咲いている。ラザリカタの喉に刺さっていた欠片にも毒蜜がベットリとついてやがったわけだ。
魔力の流れを乱す類の毒なら、一応は魔族にも通用する。つっても毒が周る前にその部分を摘出しちまえばそれで事足りるんだが、ラザリカタの喉は今毒蜜でベトベト、傷口の上に毒蜜がたっぷりと陣取ってやがる。急いで拭き取らねぇと、いつまでも再生を阻害されちまうぜ?
「おいおい、喋れずに助けを請えなかったなんてのは勘弁だぜ?」
「ぐっ、がっ、あああっ!」
迫りくる植物を前に、自らの喉周りを素手で抉り出すラザリカタ。それくらいの気概はあったようで何よりなんだが、見ている方は食欲が失せるんだわな。
喉周りの蜜を喉ごと取り払ったことで、魔族本来の再生力を取り戻したラザリカタは素早く喉を修復し、言葉を紡ぐ。
「害あるものは何も近づくな!私に触れるな!」
植物が逸れ、影に潜んで飛んできた破片も見えない壁に弾かれるように軌道を変えた。碧王はその光景を見ても眉一つ動かさず、対するラザリカタは血走った目で睨み返している。
「数百年も猶予がありながら、その程度か。加えてその程度の力で傲慢になるその器量、貴様を拒否した過去の俺を褒めてやりたいところだ」
「碧王……っ!」
黒姉がユグラによって封印された時、魔族達はそれぞれが異なる行動を取った。ザハッヴァはユグラを憎みながら黒姉の復活を待ち、オーファローは一人魔界の奥へと籠もっていた。
オーファローにその気があったかは怪しいところだが、魔族達は基本的には黒姉の復活に備えた行動を取っていたわけだ。だがラザリカタだけは自らの保身に動いていた。
ラザリカタはターイズ魔界に足を運び、自らを配下に加えて欲しいと碧王に願い出た。高貴な出自を持つラザリカタからすれば、村のまとめ役だった黒姉よりも本物の王族として生きていた碧王の方が好ましかったってのもあるだろう。
ま、一蹴されて追い払われたんだが。プライドの高いラザリカタは碧王を恨んだし、その時の経験が理由で以降他の魔王への接触を行わなかった。
覚醒し、力を得てからは誰かの下につこうとはせず、命令ができるセレンデ魔界の魔物を従え陣地を拡大していたようだが……力の使い方を磨く努力を怠ってんな。
「向上心を持つことに是非は問わん。だが貴様の野心は他者の上に立つことだけにしか向いておらぬ。先も見据えぬ者の末路などその程度よな」
「あたしを……あたしを下に見るなっ!実の妹に謀殺された不人望者が!」
「ならば見上げ羨望する眼差しを向けぬことだな。亡国の姫君よ」
「――っ!潰れろ!頭蓋も脳髄も跡形もなく、肉塊と化せ!」
ここにきてようやく頭を狙い出したか。遊びを捨てて殺しにいくことは正しいんだが、それは最初の一手で詰めるからこそ意味があるんだわな。少なくとも手の内を散々見せてからやる手段じゃぁねぇんだよ、ラザリカタ。
ラザリカタは碧王を殺すための言葉を紡いだ。だがその言葉は何の結果も起こすことなく虚しく響くだけだった。
「……どうして、どうして、なんで、なんで、なんでですの!?」
「貴様の力は言葉を媒介に干渉を行う異能だ。対処だけならば同類の魔法と同じもので十分事足りる。既に貴様の魔力は俺に届いておらぬ」
少しばかし眼を弄って観察すりゃわかる話なんだが、ラザリカタの周囲に巡らされている植物が大気中に漂っている奴の魔力を吸い込んでいる。魔力が届いてなきゃ、言葉を紡いで発動しても干渉が届くことはねぇ。
魔法を使った戦闘でも、相手の魔力が流れているところには近づかねぇのがセオリーなんだが……ただの女だったラザリカタにゃ知るよしもなかったか。
成長した魔族の魔力は何もしなくても広範囲に広がるもんだから、視界全てに効果があるもんだと勘違いしてたんかね。そりゃそうか、黒姉を嫌うラザリカタに真面目に戦闘の知恵を与えてくれる仲間なんざいなかったわけだからな。
そもそもの話、碧王の奴は最初から脳だけは最大限に警戒をしていた。初手で頭を潰しにいっても、通用しなかっただろう。手足や目、内臓をくれてやったのはラザリカタの能力を少しでも丁寧に分析するため。異能の応用レベルを見極める下見だったってわけだが、その様子見ももう終わりか。
ラザリカタの頭上から急成長した植物が降り注ぐ。速度はこれまでの比じゃねぇ、容赦なく潰しにきやがった。
「っ!害あるものは何も近づくな!私に触れるな!」
先程と同じセリフ、なんて負け色濃厚。もちろん自分の周囲ならラザリカタの言葉は通じる。降り注いできた植物の先端はラザリカタを避けるように曲がり、地面へと叩きつけられていく。
だが植物の成長は止まる様子を見せてねぇ、攻撃はなおも続いてやがる。降り注ぐ植物とラザリカタの体までの距離は徐々に縮まりつつある。
「っ!?近づくな!近づくな!近づくなぁっ!」
ラザリカタが叫ぶ度に植物は左右に大きく分かれる。だがそれでも植物の迫り続ける勢いは止まらねぇ。逸れた先で枯れ、霧散していく魔力が再び天井へと上り、新たな植物へと変化していやがる。いやぁエコだね、ほんと。
ラザリカタの表情に余裕はまるでねぇ。このまま植物に潰された場合、続く植物に延々と押し潰され続けることになる。
即死しなくてもすり潰され続けりゃ魔族だって死ぬ。ラザリカタもそれくらいは理解している。もっとも魔族の魔力を吸い取る植物だ、想定の数倍は早く殺されるんだろうけどな。
さて、完全に覚醒すりゃもうちょい戦いにはなるんだろうが、守りに必死になっているあの状態じゃ成り果てるのはちょっとばかり難しい。
ザハッヴァのような魔具でもありゃ、緊急離脱もできるんだろうが、黒姉を嫌っているラザリカタは黒姉の施しの魔具の受け取りを拒否しちまっているから奥の手もねぇ。
お、詰みじゃん。やったね、このまま死んでくれりゃ色々と気も楽になるぜ。
「――っ!テドラル!あたしを助けなさいっ!」
ですよね、ちくしょー。プライドが高い女を気取ってんだったら、最期くらいプライド高く死ねってんだよ。そんなんだから黒姉にも相手にされねーんだぞっと。
異空間から大鎌を取り出し、ラザリカタ周辺の空間に斬撃を置く。斬撃を維持し、植物を遮る壁を展開。その間にラザリカタの背後に転移し、首根っこを掴んで離脱。
理想としては城から脱出したかったんだが、碧王は俺を逃さないようにこの部屋、いや城全部を植物で覆ってやがる。植物の表面には特殊な結界が施されていて、俺の転移手段を妨害する効果があるのが分かる。
まぁ何度か移動しているとこを見せちまっているからな、対応くらいはしていて当然だよな。
置いといた斬撃を維持していた魔力が植物に吸い切られ、ラザリカタがさっきまでいた場所が植物によって埋め尽くされる。それを見たラザリカタの顔にちょっとだけ欲情しそうになる。クズな女でも追い詰められりゃいい顔にはなるからな。
「余興は終わりか『色無し』。次からはもう少し愉しげのあるものを寄越すことだな」
「それにゃ同意だが、あいにく人材不足でな。一応黒姉には伝えとくぜ」
転移系の魔法は他にも複数レパートリーがあるわけだが……どれもダメだな。城に侵入してから気づいたんで対応もクソもなかったんだが、本当馬鹿みてぇに結界が用意されてやがる。下手に転移しようものなら俺の体内の魔力が暴走してドカンとかいくぜ、これ。
ここから逃げるとなりゃ、ドでかい一撃でも壁に叩き込んで突破なんだが、その隙は作ってやらねぇよって顔だ。まあ俺だって俺みたいな奴は逃したくねぇ、可能ならここで殺しておきてぇだろうよ。
だからといって戦うのはナシだ。勝てねぇわけじゃねぇんだが、ラザリカタが死ぬ。ラザリカタが助けを求めた場合は必ず助けろってのが黒姉の言葉だ。
なら仕方ねぇ、切り札を使ってでも隙を作るとしますかね。
「逃げる手立ては用意してあるか。見せてみろ」
「お気に召すと良いんだがね」
右腕を体内に潜り込ませ隠しておいたモノを取り出すと、碧王の表情が僅かに険しくなるのを感じた。
俺が取り出したのは黒い魔力の結晶、とある女の心臓に埋め込んだ呪いの核だ。碧王があの女の呪いに気づき、分析していたことは知っている。ならこの結晶を見せるだけで意味は理解できるだろうよ。
「……貴様」
「ご察しの通り、これはある勇敢な女の心臓に掛けられた呪いの核だ。壊せば良いって話じゃねぇのは言うまでもねぇよな。むしろ壊せば呪いは暴走するからな?解呪する方法は少し調べりゃ分かるが、まあ当人にこれを握らせりゃ良い。それくらいはサービスで教えてやる」
結晶を碧王の方へと放り、大鎌を振って斬撃を飛ばす。碧王は迷うことなく周囲の植物を使い、その斬撃を止めに動いた。
その瞬間、奴の意識、集中は全てが結晶へと向けられたのを感じ取る。その隙をありがたくいただき、大鎌に魔力を込め特大の一撃を植物まみれの壁へと叩き込む。
衝撃は複数枚の壁を貫き、外の景色が穴から覗く。ラザリカタを掴んだまま壁に空けた穴へと飛び込み、振り返りながら碧王へと視線を向けると、奴さんは静かに俺を睨みつけていた。
「心配すんな。この荷物を置いたら、きちんと相手にしてやるからよ。鬱憤はその時まで取っててくれや」
城壁に巡らされていた結界を抜け、転移魔法が使えるようになったことを確認。俺は転移魔法を使ってこの場から離脱した。
こんな扱いですがラザリカタはかなり強い部類です。
色無しと碧が先に行き過ぎているだけです。