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さしあたって狭くなりました。

 いやー、久々に晴れやかな気分ですね!

 青空に向かって手を伸ばす。そのまま大きく背伸びをしながら欠伸をする。

 本とか魔王とかそんなことは忘れて、久々の一人きりでの散歩だ。

 イリアスは騎士のお仕事、ウルフェはお城で鍛錬中。ウルフェもすっかりこの街に馴染んでいる。それどころか城への出入りを許される通行証を発行してもらっているのだ。

 ラグドー隊の面々にも気に入られつつ、訓練にも活気が出るとのことでラグドー卿がわざわざ用意してくれたのである。

 流石にこちらの持っている通行証より質は落ちるがそれでも一般人、いや黒狼族の中では異例と言っても良い優遇っぷりだろう。

 技に磨きをかけているお爺ちゃんズからすれば教え甲斐がありすぎるとのこと。そのうち様々な武器を扱い始めるのかもしれない。末恐ろしい。

 だがウルフェならきっとその力を抑えてくれるだろう。イリアスとは違うのだ。


「しかし良い天気だな……」

「しくしく」


 広場に用意されている椅子に座り日光を浴びる。この前はここで暗部達との戦いがあったのだが、現在ではそんな痕跡は一切残っていない。

 破壊された筈の箇所も綺麗に直っている。魔法の力って凄いよねー。

 そうそう、魔法だよ魔法。この世界に来てから魔力が絶望的に低いと言われ、魔法を使うどころか掛けることも無理って言われているこの身なれど、何かしらの魔法を使えないだろうか。

 ほら、最初はマッチの炎程度でも良いんですよ。魔力は体力と同じで、使い続ければ使い続けるほど回復量も絶対値も増えるそうで。なら特訓次第でそれなりには成長するのではないでしょうか。

 多少の魔力が身につけば魔法陣やら触媒のアシストを得て、大掛かりな魔法も使える可能性はある。

 しかし誰に指南してもらおうか、イリアスは論外。マーヤさんはそろそろ忙しくなる模様。祭りの準備も始まっているしね。

 お城にも魔法に特化した人がいるらしいしコネクションを築いておくのも良いかもしれない。


「あー、良い天気だなぁ……」

「しくしく」


 そういえばこの世界に来てからというもの、人とのコミュニケーションがいまいち取れていない。

 上は王様、下は街の居酒屋と幅広さはあるのだが、ポツポツとしたものだ。

 とは言え連絡先を聞きあって、はいそれで終わりって関係や社交辞令で酒の席に呼ばれる関係をわざわざ増やすと言うのもなぁ……。

 この世界ではそういった窮屈さを感じたくない。感じる必要もないわけだしね。

 とは言え人並みの恋しさはある。一緒に遊べるような女の子とかいないものかねぇ。


「良い天気、いや、良い天気だなぁ……」

「しくしく」

「……」

「しくしく」

「さて、昼飯でも食べに行くか」

「完全無視ですかっ!?」


 足をがっしりと掴まれる。人一人分の重量が足に追加される。


「離せラクラ、今日は気分が良い日なんだ」

「でしたら困っている私を放っておかないでくださいよ尚書様っ!?」


 先ほどからこれ見よがしにメソメソ泣いているラクラ。当然ながら無視を決め込みたかったのだがこうなっては逃げるのも手間だ。多少の負い目もないわけではない。

 本の一件では散々騙した上に利用させてもらったのだ。謝罪は後ほどマリトと共に行ったが、少しくらいはフォローすべきなのだろう。

 ちなみに結局正式に尚書候補としてマリトに登用されたため、この呼び方も変わらずだ。


「実はですね、マーヤ様の教会を追い出されたのです……」

「理由を聞いてないのに喋るなよ。そうかユグラ教破門されたのか。お気の毒様」

「そこまでじゃないですよっ!?」

「なんだよ、どうせエウパロ法王が来るまで待機と言われたのはいいけど、行く当てもなくマーヤさんの教会に世話になっていたところ、最近収穫祭の準備等で忙しくなり、手伝おうとしたら色々やらかして迷惑を掛けてしまい、最終的に逆に邪魔になるから出て行けとか言われたんだろう?」

「一息で言い切ったっ!? なんでわかるんですかっ!?」

「わからいでか」


 今マーヤさんの教会はユグラ教の人達でごった返しになっている。収穫祭も近くなり多くの人員が行き来しているのだ。

 ラクラは戦闘以外はポンコツだ。本の件では結界の設置などしていてそれなりに作業もできると思われたのだが、後からマーヤさんに聞けば普通の聖職者なら十分の一の時間で設置できるとのこと。えらい時間を掛ける物だなと思っていた自分が恥ずかしい。

 それは兎も角。そんなラクラが手伝いをしようものならかえって手間取るのだ。先日ウルフェを教会に送り迎えしていた時に奥から叫び声が聞こえていたからね。


「尚書様ぁ、助けてくださいぃー」

「どうしろってんだよ、お前のポンコツを直せるほど有能じゃないんだぞ」

「そこは良いんですっ! いや良くはないですけどっ!」

「ちなみに宿は貸せないぞ」

「なんでですかぁっ!? 私と尚書様の仲じゃないですかっ!」

「イリアスの家に居候してんだよ、勝手に居候増やせるかっ!」

「なんとまあっ!?」


 驚きと恥ずかしそうな顔を見せるラクラ。大体この後の台詞は予想できる。


「男性と女性が一つ屋根の下で二人っきりだなんてっ!」

「ウルフェもいるわ」

「くんずうほぐれつっ!?」

「お前自分に魅了魔法掛けてないか?」

「コホン、それはいけませんっ! 尚書様のような方とあの二人が一緒だなんて間違いがあったらどうするんですかっ!」

「起きる間違いは力加減のミスによる惨殺事件くらいだ。こっちが間違いを起こそうとしてもそうなる」

「……まあ、そうかもしれませんが。ですがあの二人はまだ二十にも満たない子なんですよっ!」

「逞しいもんだよな」

「いえ、ここは私がきっちりと監査せねばっ! 尚書様の下心からお二人をお守りするのですっ!」

「下心あるのはお前だろうが。素直に野宿してろ」

「夜空の下で寝るのは寂しいんですよっ!? 怖いんですよっ!?」

「山の中で寝たことあるから良く分かるわ。でも良い思い出になるさ」

「もう広場の椅子の下で寝るのは嫌なんですっ!」


 それでいつの間にか傍に居たのかこいつは。良く見れば茣蓙が椅子の下に引いてある。こいつ司祭じゃなかったっけ?マーヤさんは大司教だが司祭を教会から追い出すのって相当なことではないだろうか。


「言っても聞かないようだから、イリアスに直接断ってもらうか……」


 止むを得まい。ラクラはこちらに対してえらい馴れ馴れしさがある以上、半端な説得は逆効果だ。

 多少なりとも恐怖を刻まれているイリアスから、きっぱり断ってもらおう。


「いいぞ」

「わぁーいっ!」

「ふざけんな!」

「何故怒られるのだ!?」


 昼食を市場の屋台で取っていたイリアスと遭遇。結果は即答でOKであった。


「広場なんかで聖職者が寝ている姿を見られてみろ。ユグラ教への扱いが問題になりかねん。それに女性を寒空の下で放置など騎士にできるか」

「あのな、冷静に考えろ。寝室は三つしかないんだぞ?」

「そうだな」

「まず居候達の心理状況を考えるに、家主に相部屋はさせられないよな?」

「そうですねぇ、イリアスさんのお世話になるのにそこまでさせるのも……」

「私は構わないが確かに相手が萎縮されてしまっては困るな」

「次に男女一室は避けるべきだ。そうだよな?」

「そうだな。君が手を出せる相手はいないだろうが、公序良俗に反するな」

「つまり二部屋は必然と譲れないわけだ」

「ウルフェと相部屋にすれば良いのではないか?」

「ウルフェちゃんなら構いませんね!」

「馬鹿野郎、ポンコツがうつったらどうするんだ!」

「酷くありませんっ!?」

「……」

「イリアスさんっ!?」


 流石のイリアスも真顔で悩むレベルである。いや、お前の脳筋も大概なんだがな。


「では君には屋根裏にでも」

「よし、世話になった。ウルフェは連れて行く」

「まて、冗談だ。物置になっている部屋を整理すれば部屋は空くだろう?」

「重い物多いから手伝わんぞ」

「なんだ、居候のくせに家主に重労働をさせるつもりなのか?」

「ぬぐ」

「ウルフェは文句言わずに手伝ってくれるだろうなぁ」

「ぬぐぐ」

「ふふん、形勢逆転ですね」


 ラクラが勝ち誇ったように胸を張る。このままでは我が家のカースト順位がさらに下がりかねない。本当に住処を変えるのも検討すべきだろうか。いや、それもラクラから逃げるようで癪だ。


「ただ純粋にラクラに絶望と後悔を与えたい気分だ」

「本心で言ってますねっ?」


 イリアスはこの後も騎士のお仕事。ラクラを連れて我が家へ――というわけにもいかない。

 二階の物置には大きな箪笥以外にもイリアスの父母が生前に使っていた物などが保管されている。一階の物置にはその他、遺品と雑品を階層別に保管していたわけだ。

 その中には剣や槍、鎧といった武具もある。それらを一度一階に運び整理したいとのこと。

 聞けば前の家を引き払う際に運べる分を適当に持ち込んだだけで、ろくに整理すらしていなかったらしく、この機に分別しようと言う話だ。

 当然ながら重労働。ラクラをこき使っても良いのだが絶対やらかす。力持ちが必要だ。そういう訳でウルフェを迎えに行く。


「あ、ししょー」

「鍛錬中に悪いなウルフェ」

「いえ、いちだんらくしました!」

「そうか、じゃあいきなりで悪いが悲しい話がある」

「かなしい……」

「ラクラがうちに来る」

「どこが悲しいのですかっ!?」


 悲しい話だよ。何せ男女比率がさらに広がるのだ。肩身が狭くなることこの上ない。

 そりゃハーレムならば喜ばしいけどね、そういう関係の奴一人もおらんのです。いやハーレムものでも余程のパワーバランスがないと男って肩身狭いよね。


「ラクラがくる……かなしいの?」

「そんなことないですよウルフェちゃん! 尚書様の性格が悪いだけですっ!」

「それを言ったらお前を追い出したマーヤさんも性格が悪いことになるが」

「……マーヤ様も少し酷い方です」

「ウルフェはラクラすき、だいじょうぶです」

「なんていい子っ!」

「ラクラ、くるしい」


 くそー、ウルフェの寛容力は半端じゃないからな。多数決の暴力で追い払うのは難しいか。

 諦めるしかないようだ。物置の整理の話をウルフェにしつつ共に帰る。


「ただいまー」

「ただいま」

「ただいまですっ!」


 もう住人気取りがいるぞ。ウルフェだって初日は遠慮気味だったというのに。だがここで一々小言を言っていては埒が明かない。早いところ作業を済ませるとしよう。


「それじゃあウルフェは指示した順番に物を一階の居間に運んでくれ。イリアスの大事な物があるから丁寧に運ぶんだぞ」

「はいっ!」

「私はどうしましょう?」

「何もするな」

「酷いっ!?」

「いや、冗談抜きでだ。武器や鎧やらはウルフェ以外じゃ重くて階下に運ぶのは危ない。二人で持てばいけなくもないがお前とはやりたくない」

「一瞬納得しかけて酷いっ!」


 頭の中で数回シミュレートしたが漏れなく怪我人が出ます。ウルフェには申し訳ないが力仕事は任せよう。


「でも何もしないというのは……」

「じゃあ風呂にでも入っていろ。野宿してたんだろ」

「……覗きません?」

「信用しろ。誘惑には耐えるし、虫はしっかり投げ込む」

「止めてくださいねっ!?」


 そういう訳で危険なラクラを浴室に閉じ込めることに成功して作業開始。

 遺品は主に衣類、武具や鎧、あとは聖職者向けの仕事道具、そして日用品などに分かれている。ある程度バラバラにおかれているようだから分別して並べておくとしよう。


「ウルフェ、まずはこの辺の武器と鎧を居間の右端付近に集めてくれ。衣類棚は左端、中央に日用品――まあこれはこっちで運ぶ」

「りょうかいですっ!」


 さて、やるからには迅速且つ徹底的にやるとしよう。腕を捲くり、ウルフェが運搬しやすいように入り口まで道具を運ぶ。

 以前は一人でやっていたが、人手があるというのはやはり楽で良い。特に魔力強化を覚えているウルフェの力ならば一番重い家具でも軽々なのだ。

 羨ましいなー、こちとら筋肉痛との闘いの日々だったと言うのに。


「きゃあああっ! む、むしぃ!? おのれ尚書様ぁっ!?」


 なんか浴室で叫び声が聞こえた。しかも冤罪を掛けられているっぽい。向かっても良いがろくな結果にならないのは目に見えている。


「ウルフェ、行って来てやれ。あと何もしてないと説明しとけ」

「はいっ! ししょーにはぜったいのありばいがあります!」


 その言い方どこで覚えた。しかもその言い方だと犯人っぽい。

 無事に戻ってこられれば良いのだが……と思いつつも案の定。戻ってきたウルフェは濡れた誰かに抱きつかれていたのか所々濡れていた。


「浴室に閉じ込めても邪魔になるとは恐れ入ったな……」


 これは急いだ方が良さそうだ。合流されて手伝われると酷い事になりかねん。久々に本気を出すとしよう。


「――よし、終わったぞ」

「おわりましたっ!」


 無事道具の運び出しが終了。次は掃除だ。とは言え大まかな掃除は以前もやっていたので大した労力は要らない。

 風呂から上がったラクラがこの程度はやってみせますと豪語していたので任せることにした。

 多分バケツとかひっくり返すだろうし、終わる頃には汚れているだろう。二階で聞こえる叫び声を無視してさっさと浴室にて汚れを落す。

 その後ウルフェに浴室を使わせ、こちらは二階で聞こえる泣き声を無視してお茶を淹れる。


「あがりましたししょー!」

「おう、お疲れ様。お茶を淹れておいたから飲んどけ」

「ありがとうございますっ!」

「掃除、終わりました……」

「おう、風呂残させてるからもう一回入って来い」


 風呂に一度入ったはずなのに、来る前より汚れているラクラをもう一度浴室に押し込む。


「もう虫を投げ込まないでくださいよねっ!?」

「まだ初犯もやってねぇよ」


 あとはどうしたものか、布団がないが今日は諦めてもらおう。明日にでもバンさんの商館で買えば良い。どうせ色々日常品は必要なのだ。

 となればラクラについてはもうどうでも良い。後はこの居間に並べてある物をどう処理するかだな。

 ウルフェも日用品などを興味深そうに眺めている。貴族階級が利用している物が多く、庶民生活からスタートのウルフェには物珍しいものばかりだろう。

 イリアスが小さい頃はそれなりに大きな家に住んでいたらしい。それが今では修行僧のような生活だ。鍛錬だけで言うなら仙人クラスじゃないだろうか。

 興味本位で最も小振りな剣を手に取る。それでもずしりとした重さにやはり非日常感を覚える。

 試しに鞘から抜いてみようとするが引っかかり、上手く抜けない。一分近く格闘し、ようやく抜けその刀身を目にすることができた。


「――良い剣だな」


 素人でも良く分かる。手入れされた刃は刃こぼれ一つない。実戦ではほとんど使われていない儀礼用の剣だろうか。シンプルであるが刃には綺麗な装飾が施されており、磨きこまれた刃はこちらの姿を鏡のように映し返している。


「懐かしいな、父が先代の王より賜った剣だ」


 背後から聞こえたイリアスの声に驚き、剣を落しそうになる。だが剣の重みのおかげで手元で暴れることはなかった。


「急に声を掛けるな、危ないだろう」

「一応声は掛けたのだがな」

「見入っていたか。おかえりイリアス」

「ああ、ただいま。しかしこう見ると随分とあるのだな」


 居間に並べられた遺品の数々を見てイリアスは溜息をつく。少なくともこのままでは満足に食事もできませんね。


「処分するにも思い入れがあったりするだろう。どうするつもりだ?」

「悩ましいところではあるが、ある程度は分別しなくてはな。母の服は将来着るかもしれないからな。防虫対策の魔法を掛けて保管するとして……父の服は……いるか?」

「そうだな、サイズ的にはピッタリだ。派手好きじゃない点も気が合う」

「父は厳格な騎士だったからな。君も少しは父の服を着てその影響を受けてくれると良いのだが」

「そんな効果のある遺品は呪われてるって言うんだ」


 着ただけで性格の変わる服とか誰が着るかってんだ。でも冷静に考えるとサラリーマンのスーツも性格のスイッチにはなるよな。うん。


「武具も使いたいなら好きな物を選んで良いぞ」

「鎧は着れる体力がない。武器も振るえる力がない。こいつで十分だ」


 腰に装備しているのは以前森で拾った相棒の木材。せっかくなので木刀にまで改造した。


「それでは訓練もできないだろう。一合で砕けるぞ」

「良いんだよ。剣をぶら下げてちゃ相手が萎縮するってもんだ」


 日本じゃ木刀を携えているだけで職質を受けるんだぞ!通行人も白い目で距離を取ってくるね!


「いや、でも魔力を込めればそれなりには使えるか? うーむ、結局一合で砕けるか」

「取り敢えずお前にはこの相棒は絶対に貸さねぇ」

「人生の相方にするならもう少し良い物を選んだらどうなんだ……。子供の玩具みたいなものだろう」


 イリアスの言う通り、この世界では木刀を持ち歩いていたら子供扱いされる時もあるのだが、そこは知らん。


「これはこの世界に来たときの初心を忘れないための物だ。自分の慢心と戦う武器だ」

「……そうか、それなら仕方ない」


 自分に振るえる武器はこれだけ、周りの味方がいくら強かろうと自分はこの程度でしかないのだ。

 それを忘れてはいけない。仲間に依存しすぎてはいけない。この世界で自分は弱者なのだから。


「本当は初代を持ち歩きたかったんだがな……」

「灰なら残っていると思うが、兵舎から取ってくるか?」

「野菜の肥料にはなりそうだな」


 相棒の遺灰を使って作った野菜を食べる。人に話したらドン引きされるレベルだ。

 ともあれ衣類の対処は終了。武具は儀礼用はそのまま保管。使わない武具はラグドー隊に寄付することになった。母親の商売道具はマーヤさんの方へ寄付するとのこと。日用品は使えそうな物は商館で引き取ってもらうことに。ただ一部の物、両親が特に使っていたものはイリアスの自室に保管することになる。


「君も欲しいものがあれば貰ってくれて構わないぞ。物も使われた方が喜ばれるだろう」

「服だけで十分だ。荷物が増えるとここを出る時にかさ張るしな」


 引越しだけでも大変なのだ、この世界ではミニマリストで行くつもりだ。思い出の品などを保管している宝物入れだけでも結構かさばる予定ではあるのだが、その辺は目を瞑る。


「……出て行くつもりなのか?」

「すぐにってわけじゃないけどな。そりゃあどっちかが結婚して家庭を持てば、一緒に暮らすというわけにもいかないだろう。イリアスはまだ成人したてだがこっちはいい年なんだ」


 流石にイリアスが結婚して家庭を持っているという中で、成人男性が同居と言うのはどうかと思うんですがね。逆もまた然り。


「そ、それもそうだな」

「それにこの国に居続ける必要がなくなれば、他の国を回るのも良いかなと思っている」

「ターイズに不満があるのか?」

「ない。知り合いは良い奴だらけだし、王様だって良くしてくれている。こういった良い環境は他の国じゃそうそうないだろう」


 都合よく宿を与えてくれる者、自分好みの飯を提供してくれる店、話の分かる商人に自分を取り立ててくれる王様、正直でき過ぎだ。

 いつまでもこれが続くとは思えない。などと考えるのは慎重さゆえか、心配性なだけか。――どっちもかな。現代日本じゃ十年あれば景色は一変するのだから。


「ではどうして国を出ようなどと――」

「元の世界に帰る方法を探したいからな」


 この世界に住むのも悪くないと思いつつも元の世界のことを諦めたわけではない。本を解読したが元の世界に帰る方法なんざ欠片も乗っていなかった。

 だが地球人が禁忌である蘇生魔法と言うこの世界における頂を編み出したのだ。元の世界に帰る方法もないとは言えないだろう。

 ただ少なくともターイズにはこれ以上の情報は眠っていない。いずれは舞い込むかもしれないがそれも怪しいところだ。


「……チキュウには友人や家族はいるのか?」

「どうだろうな。人間関係だけならこっちの方がマシかもしれない」

「それでも元の世界に帰る方法を探したいのか?」

「今はこの生活も楽しんでいる。ウルフェの面倒も見たいと思っているし、イリアスへの恩返しもしたい。だけど将来的に考えるとどうなるかは分からない。元の便利さが恋しくなるかもしれないし、この世界で生きていく気力をなくすかもしれない」


 実際この世界は自分に合っていない。ファンタジー世界に来てもリアリストなのは変わらない。

 周りの者達は超人だらけでふとした切っ掛けで命に関わる大怪我を負うだろう。

 現代日本ではそういった危険は事故に気をつける程度で済む。詐欺や強盗と言った犯罪もあるが、司法立法行政はそれなりに機能している。

 自分がこれまで身に着けた身を守る術を活かしやすいのは明らかに後者だ。


「イリアスのように、これだと決めた生き方を持っているわけでもない。だけどいつかはそういった道が見えるかもしれない。その時のために取れる選択肢は多い方が良いって考えるのが地球(こちら)の世界の癖なのさ」


 夢や野望に一直線な者は良い。だが誰もが信ずる道を持っているわけではない。だからこそ備える。いずれ自分が歩みたい道を見つけた時に少しでも有利に入れるように。


「ま、恩を返すのを忘れたり、無責任にことを投げ出して帰ったりはしないさ。後味の悪い思いを残すのは無難な生き方じゃないからな」

「そういうことを心配しているわけではない、ただ……」

「なんだ?」

「……君がいなくなればウルフェは寂しがるだろうな」

「そうかもな。こっちも多分寂しくなるだろう。それまでにもっと良い出会いや経験を積ませてやりたいもんだ」


 ウルフェは懐いてくれている。元の世界に帰ることになったら付いて来ると言い出すかもしれない。

 だからあの子が一人前になって、この世界に残れる理由を作ってやるべきだろう。それくらいの責任は取るさ。


「――ウルフェが君を一番に求めた時はどうするつもりだ」

「その時はまだ世界を教えきっていないだけのことだ。気長に連れまわすさ。無論ろくでもない奴にウルフェは渡さんがな」


 今はウルフェの一番になれているだろう、多分。だが年が近いのはイリアスだ。きっとそう遠くないうちに二人はよりいっそう仲良くなれるだろう。

 人間関係に慣れれば友情だけでなく恋も覚えるかもしれない。そうなればもっとマシな男を見つけられるでしょうよ。


「はぁ……君は本当に父親気質なんだな」

「そりゃ年上だからな。面倒も見ると決意したんだ」

「せめて父の服が似合う佇まいをして欲しいものだ」

「それは難しいな。生前に会えてりゃ真似くらいはできたかもだが」


 その後残った遺品を分別し、後日それぞれの処分をすることで作業は終了。なお布団を欲しがったラクラはウルフェの部屋で一緒に寝ることになる。


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― 新着の感想 ―
「よし、世話になった。ウルフェは連れて行く」 うーん、会話が既に夫婦だw
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