ゆえに読み解く。
巨大な魔物が現れたと報告を受け、俺達はダルアゲスティアに乗って即座にその場所へと向かった。
そこにいたのは巨大な蛇。いや、蛇の形をした化物と言うべきか。ダルアゲスティアに匹敵するほどに巨大な胴体に、無数の蛇の頭が生えている。
移動速度は遅く感じるが、それは巨体だからこそそう感じるだけ。実際には馬よりも遥かに速い。
兵士達は明らかに危険だと感じる存在からは距離を取るように行動している。被害こそ出てはいないが、上空から見れば陣形の崩れが目立つ状況だった。
巨大な相手には巨大、『蒼』は迷うことなくダルアゲスティアをぶつけることを選んだ。
「ロォォッ!」
「……嘘でしょ。なんなのよ、あの蛇の化物!?」
ダルアゲスティアは『蒼』の切り札とも言えるスケルトンドラゴン。自然発生したユニーククラスの魔物では、手も足も出ないほどの強さを誇っている。
そのダルアゲスティアが全力で攻撃を当て続けているのにも関わらず、蛇の化物はその動きを止めようとしない。
ダルアゲスティアの爪は蛇の首を斬り落とし、牙はその頭を噛み潰している。だがその傷は瞬く間に修復されていき、ダルアゲスティアへと反撃を行っている。
「アレだけの巨体で魔族のような再生能力を持っているとはな」
「浄化魔法の攻撃もダメね。頭は塵になっても再生するし、胴体の奥には届きそうにもないわ」
蛇の頭の一つを吹き飛ばしながらマーヤが近くに降りてきた。マーヤの戦闘スタイルは強化された拳により相手部位を破壊し、その部分に浄化魔法を叩き込むといったもの。ウルフェのような派手さや速度はないが、洗練さは上であり、グラドナにも匹敵するだろう。
「素手であの頭を吹き飛ばすのも大概よね……。ひょっとして大司教で一番強かったりするの?」
「戦闘力だけ優れていても、自慢できることじゃないわよ」
「否定はしないのね。あのイリアスの保護者だけはあるわ……」
ダルアゲスティアがその巨体を押し留めている間、俺達は様々な攻撃を試してみた。だが一向に効果を得られないでいる。
あの蛇の頭は俺達のような小さな対象でも捉え、反撃を行ってくる。大振りの攻撃のおかげで回避は問題ないが、一撃でもまともに受ければ無事では済まないだろう。
「ヨクス、周囲の様子はどうだい?相手からしてもあの蛇は切り札の一つ。ただ怪物を放って何もしないってことはないと思うのよね」
「それが……陣を用いて広域での魔力探知を試みてみましたが、付近にはそれらしい反応はありません」
剣で斬り込むわけにもいかないヨクスは補佐に回り、周囲の様子を調べていた。探知範囲を拡大させる魔法陣を見るに、視界に映る範囲は全て探知してみたのだろう。
その報告を受け、マーヤは通信用の水晶を取り出し、簡易的な報告を済ませる。
「……蒼の魔王とエクドイクはこのままアレをどうにかしてもらえる?デュヴレオリとヨクスは私と一緒にきて」
「それは構いませんが……何か思うところがあるのですか?」
「ガーネ魔界では既にイリアス達が魔族と戦闘に入っているそうよ。魔物の軍勢をそれぞれの魔族が率いているのなら、メジス魔界側にもいるはず。だけどこの周辺にはいない」
「――あの蛇は囮というわけか」
「そう。あの蛇を避けつつ魔物と戦闘をしている軍の陣形は、お世辞にも綺麗な状態じゃないわ」
魔族が蛇を囮にしてこちらの軍に打撃を与えるつもりなら、側面または後方への奇襲を行うだろう。
再生能力に秀でたあの蛇を倒すのならば、動きを封じるダルアゲスティアとそれを操る『蒼』は必須。多方面から討伐手段を模索するのならば俺も残った方が良い。
「了解した。アレは俺がどうにかする。魔族の警戒の方は任せた」
「最悪足止めだけでも十分よ。こっちには賢王がついているのだから、策なんていくらでも湧いてくるわ」
デュヴレオリはヨクスとマーヤを連れて飛んでいく。さて、こちらも本格的に蛇の魔物を倒す手段を模索しなくては。
「『蒼』、ダルアゲスティアはどれくらい保つ?」
「私のとっておきなんだから、甘く見てもらっちゃ困るわね。地力の差的にはこっちの方が上よ、それにあの蛇ほどじゃないにせよ私の魔力で傷の回復はできるわ。問題があるとすれば……重さね」
体格的には五分に見えるダルアゲスティアと蛇だが、ダルアゲスティアはスケルトンドラゴン。重量的には圧倒的に蛇の方が上だ。そのせいでダルアゲスティアも蛇の進行を抑えきれないでいる。
「鎖で足でも絡め取ることができれば良いのだが……」
「蛇に足はないものね。あっても余計なだけよ」
「……いや、そうでもないな」
「へ?」
蛇の周囲を囲むように鎖を展開し、そこから地中へと潜らせる。そして土魔法を発動し、蛇の足元を次々と砂場へと変化させていく。踏ん張る足場を失ったことで蛇の進む勢いが落ち、ダルアゲスティアの体によって完全に動きを止めた。
「水場でも泳げるだけあって、姿勢を崩すまではいかないか」
「足って足場のことね。でも悪くないわね。これなら時間稼ぎの条件は十分に満たせそ――っ!?」
胴体から伸びた頭部の部分だけで攻撃をしていた蛇が、全身を使いダルアゲスティアに絡みつこうとしている。動きを止められたことで、進むことよりも障害を排除することを優先したのだろう。
ダルアゲスティアの力は絡みつく蛇の頭部を次々と引き千切るも、超速の再生能力の前に徐々にその体を埋め尽くされていく。引きちぎれた部位すらも塵に還らず、近くの部位と融合しその体積を増やし始めている。
ダルアゲスティアの姿勢が崩れ、その巨体が共に地面へと倒れ込む衝撃で大地が大きく揺れる。
「まずいな。あれでは水の中で藻掻くのと変わらない。動きを逆に封じ込められてしまうな」
「冷静に分析しなくてもわかるわよ!ああもう!私の可愛い子になにまとわりついてくれているのよ!?」
危険な状況ではあるが、動きが止まったことは成果だ。ならばそこから可能となった手段を新たに考えていかなくては。
蛇は暴れてこそいるが、狙いはダルアゲスティアのみ。兵士達は危険を感じ取って後退しつつあるのでそこまでの被害は出ていない。魔物の動きも指揮系統が存在しないせいか、そこまでの勢いは感じられない。
動きの助けになるよう巨大化させた鎖を使い、ダルアゲスティアの関節部分を締め上げている蛇の部位を破壊していく。だがこれではただの時間稼ぎ、そう時間が掛からないうちにダルアゲスティアが完全に呑み込まれてしまうだろう。
横にいる『蒼』は集中し、目を閉じながらダルアゲスティアに念を送っている。感覚を共有することで、ダルアゲスティアに魔力強化などを行わせているようだ。
「振りほどけそうか?」
「できなくはないわ。だけどそれをやるとあの子の魔力をかなり消費しちゃうわ。時間を稼ぐのならこのまま維持した方がいいかも……」
「そうか……ならそのまま頼む。こちらで色々試してみる」
鎖を展開し、それぞれ異なる魔法を付与しながら攻撃を行う。毒や呪いなど様々な種類を試していくも、蛇の再生能力の前にはどれも効果が薄い。
蛇の肉体はそこまで頑丈ではない。毒で壊死させ、呪いで蝕むことができている。だが一定以上の損害を与えるとその部位の周囲が一斉に崩壊し、被害の拡張を抑えられてしまっている。次の攻撃を行う頃には新たな肉体が再生し、不毛な攻防を強いられることになる。
一度『蒼』の元に戻る。彼女の表情や魔力からはまだ余裕を感じるが、それでも好ましい状況でないことは互いに飲み込めている。
「ダメそうね」
「あの再生能力をどうにかしなければ、話は進まないな」
「『碧』辺りに連絡して、広範囲を焼き払えるドラゴンを何匹か借りた方が良いかもしれないわね。それくらいの時間は稼げるわよ」
「確かに再生能力は異常だが、魔力量には限りはあるか。足止めさえ出来るのであれば――」
『エクドイク!聞こえるか!』
懐に忍ばせておいた通信用の水晶からマリトの声が聞こえた。マリトから直接の連絡が来るということは、緊急事態が起きたということ。水晶を取り出し、返信できる状態に調整し直す。
「聞こえている。何が起きた?」
『金の魔王の仮想世界にて、メジス魔界付近にあった村が焼失しているのが確認された。その村にいるはずのウッカ大司教に連絡を飛ばしても、一切の反応が見られない』
「っ、魔族か!」
金の魔王の仮想世界は元々が考えついた政策の結果を観測するための力。ある程度までなら未来まで見通すことができる。ただし例外として魔王や魔族の干渉だけはその未来に反映させることができない。
焼失していることが確認されたということは、現実世界で既に焼失してしまっているということ。それを観測できなかったのは、魔族の干渉を受けた結果であるということだ。
背筋に嫌な汗が流れるのが分かる。メジス魔界付近の村ということは、軍が後退し態勢を整えるために準備を施している村だ。
「ちょっと!そこにはナトラさんが――」
『非戦闘員達の避難は戦闘が始まる前に済んでいる。移動中であることも仮想世界の方で確認済みだ』
「そ、そうなの……良かった……はぁ……」
『蒼』の安堵の息に隠れ、俺も息をつく。だが安心している場合ではない。もしも魔族が現れその村が破壊されたのであれば、軍の後退先が一つ失われたことになる。
陣形はより崩れ、士気も大きく下がるだろう。そして何より、村を消し終えた魔族が次に移動する場所はどこになるのか。
「魔族の移動先は掴めているのか?」
『上空にいるマーヤにも連絡を飛ばしたが、メジス軍の後方に変化は見られないとのことだ。未だ村にいるか、撤退したか、さらに内側へ潜り込んだかだ』
「……了解した。可能な限りこちらも急いで対処する」
『状況はマーヤから聞いている。俺の方からも知恵は出す。まずは一つでも多くの手段を試し、情報を得てくれ』
「ああ」
先に魔族を捕捉し、暴れられる前に倒すという最善の展開は潰えた。時間稼ぎさえできれば良い状況から、一刻も早く魔族を追いかけ止める必要が出てきたのだ。
「もう一度近づいてくる。『蒼』はこのままダルアゲスティアの援護を頼む」
「打開するにしても、撤退するにしても、なるべく早く結果を出してよね!」
飛翔して蛇の上空へと移動する。全ての頭部がダルアゲスティアの方へと意識を向けているのか、俺が攻撃範囲に入り込んでも動きに変化はない。
「この魔物には何か違和感がある。それは何だ?他の魔物とは何かが決定的に違う……」
この魔物を初めて見た時に、俺は奇妙な違和感を覚えた。敵としての脅威とは別に、この蛇には他の魔物にはない何かがある。
今は少しでも情報が欲しい。観察し、考察し、少しでも次に繋がるものを見出さなくてはならない。
同胞はどのように本質を見極めていただろうか。同胞は魔物を観察するだけで、その魔物に込められた感情を読み解くことに成功していた。そこまでいかずとも、こうして注意深く観測することで何かを読み解くことができるかもしれない。
「この魔物だけ特別な理由、黒の魔王が別の感情を込めて創り出した?いや、待て。感情?そうか、それか」
そう、この蛇は今ダルアゲスティアに対し明確な敵意を向けて攻撃をしている。他の魔物達は人間に対し、淡々と処理をするかのように攻撃を行っているが、この蛇からは殺意を感じ取ることができるのだ。
獣が獲物を捕食する時のそれに近いが、それでも感情はある。これは大きな違いだが……それを活かす手段は今のところ思いつかない。敵対心を向けられているダルアゲスティアを移動させ、蛇を誘導させるなどはできるかもしれないが、決定打にはならない。
「だがもう少し掘り下げて見る価値はあるか」
蛇の頭の一つの上に着地し、鎖を突き刺す。ダルアゲスティアに攻撃を仕掛けている最中、針が刺さる程度の刺激では反応すらされない。
鎖を徐々に奥へと滑り込ませていき、鎖へと神経を集中させていく。鎖からは蛇の体内の感触や温度、流れている魔力の感触が伝わってくる。
魔力の方へ意識を絞り込み、魔力の質を読み取っていく。ハークドックは探知魔法で魔力を感知するだけでも多くの情報を得ることができた。ならば俺もこの魔力を感じ続ければ、何か見えてくるものがあるのかもしれない。
「っ!」
ダルアゲスティアが絡みつく蛇の体を引き千切る衝撃で体が揺れる。複数の鎖で自分の体と蛇の頭部を結びつけて固定する。もっとだ、もっと集中しなくては。
魔力から感じ取れるのは、ダルアゲスティアに対する苛立ち。その奥には全ての人間に対する怒りのようなもの。いや、これは怒りだけなのか?まるでこれは――
「義務……感?この蛇は人間を殺さなくてはならないと、思い込んでいる?」
この蛇は現在愚直に進み、愚直に障害を排除しようとしている。そこに理性など存在するはずもない。
そんな化物がこのような人間的思考を持つものなのか?違う。考えるべきは持っていたと仮定し、そこから思考を広げることだ。
魔力の波長から、この蛇の感情を受け止め、理解する。魔力を扱えない同胞にできたことだ。魔力の扱いに長けた俺ならば、経験が浅くても……!
「っ!今のは……」
一瞬、何かが見えた。奇妙な光景、多くの人間……人の姿をした存在が跪いていた。
その先には一人の女が佇んでいる。黒い髪に黒い瞳。その光景から滲み出てきた想いから、その女が黒の魔王だと直感的に理解できた。
今の光景はこの蛇の過去の記憶なのだろうか。そうなのだとすれば……。
「そうか、お前は――」
久々で一部読者が忘れていそうな設定。
マーヤは元々ユニーククラスの大悪魔を倒すほどの実力者で、イリアスのお母さんと共にメジスで名を馳せた聖職者です。当時の二つ名は『一切撲殺』、ラクラやマセッタのような魔法による広域攻撃ではなく、浄化魔法を込めた拳を叩き込むモンクタイプでした。
ここからは捕捉です。
マーヤの戦闘スタイルは格闘ではありますが、器用な魔法の使い方を多用するため、出力にものを言わせたり、魔力そのものを利用するグラドナ流を叩き込まれているウルフェには少々敷居の高い技術です。
それでもウルフェならものにできる可能性はありましたが、膨大な魔力を贅沢に使った方がシンプルに強いと判断され、マーヤは自ら教えようとはしませんでした。MPがふんだんにある子にコスパの良い技を教えるのもなぁといった感じです。
逆にイリアスのお母さんは乾坤一擲型のゴリラ聖職者だったので、生きていればグラドナに続く第二の格闘の師になれたでしょう。