ゆえに殴られる。
「んっふっふっ。久しぶりの妾であるぞ!待たせたの!」
「微塵も待っていないし、呼んでないわよ?」
「むしろ出禁よね」
「酷くないかの?」
互いに悪態をつける距離感くらいが丁度良いのだろうが、はっちゃけたヤツから杭を打たれるのは悲しい話。本日は『紫』の別荘に食事に来ないかと誘われたので、ふらふらと顔を出したところに『金』が現れた。これが本体なのか分身なのか、そのへんはあまり気にしないでおくとしよう。
「ガーネの方はもう良いの?『緋』の一件でアンタ自分が魔王だってことを国民にバラしてから、内側相当酷いことになってるって言ってたじゃない」
「うむ。支持率は落ちるわ、王の座を狙う輩が群れて嫌がらせをしてくるわと面倒だったの。じゃがそれも無事に一段落じゃ」
「へぇ?私や『紫』とかが原因とはいえ、魔王に対するイメージって最悪でしょうに」
「そうじゃの。ぶっちゃけ御主等のせいじゃよな。妾なんにも悪いことしておらんのに」
「今更恨めしそうな眼で睨まれてもね?でもよく解決できたわね?」
この世界は湯倉成也によって歴史が整えられている。禁忌である蘇生魔法に手を出し、人外となった魔王を人類共通の敵とし、その恨みや怒りを利用して平和を築いてきたのだ。
実際に湯倉成也によって六つの大国が作られてからは大きな戦争は起きていない。国内で意見の相違が発生し、内部分裂したスピネのような小国が生まれたり、多少の争いなどがちょくちょくあったりするようだが、基本的にはこの六つの大国が平和を維持してきている。
だが『金』は魔王、世界が共通の敵として憎んでいる存在だ。当然正体がバレた彼女を排除しようと動く輩は大勢出てくる。その状態で王であり続けるためにはそんな輩を黙らせる手段が必要となる。
「御主等がトリンやセレンデで盛り上がっていた間も色々やっておったからの。内も外も埋めてやったわ」
「外側についてはゼノッタ王やタルマ王に協力してもらったんだろ?」
「うむ。一応はターイズの方にも多少はの」
正体がなんであれ、『金』はガーネの国王だ。その人物を王座から引き降ろすにはそれ相応の力が必要となる。
力尽くでの排除は無理がある。ガーネ城は彼女にとっての魔界にも等しく、ガーネ城にいる彼女を殺せるような強者はガーネにはいない。
そもそも歴史で散々恐れられている魔王が相手なのだ。完全に把握されているガーネ内部の戦力などアテにしようという馬鹿はいない。それこそラグドー卿やグラドナといった伝説級の人物を抱き込まなければならないのだが、そういった人材は各国が既に抱え込んでいる。
ではどのように排除するのか。答えはシンプルで、『金』がガーネにとって不要な人物であることを証明すれば良い。誰もが『金』を王として認めない。そんな状況にさえ持ち込めばどれほど優秀な王でも政を続けることはできなくなる。
ガーネの貴族の中にはそれを実践しようと、国民や兵士を扇動して流れを作ろうとしていた者達がいた。兵士まで抱き込もうというのは『金』が強攻策を取らないと舐めていることの表れなのだが、その辺は当人が温和にことを済ませようとしていた姿勢も原因なのでとやかくは言わないでおく。
しかし連中にとっての誤算は、この扇動が思っていた以上に上手くいかなかったこと。『統治の金』の二つ名は伊達ではないのだ。
『妾を王と認めぬのであればそれも構わぬ。だがその者は他の皆が認める妾の代わりを用意せよ。それができるのであれば喜んで王位を譲ろう』
彼女が正体を明かした時、既にこの条件を公に提示していたのが連中の行動を大きく妨害した。『奴は魔王だ。だから王には相応しくない』という大義名分こそあれども、彼女の代わりになれる王を用意できなかったのだ。
国内の意見は半々に分かれ、扇動者は国民の舵取りが思うようにできなかった。それでも連中は諦めなかった。時間さえ掛ければ、徐々に自分達の仲間を増やすことができると確信していたからだ。
国民の意見が割れた状態が続けば、精神的に疲弊した者達は安寧を求め、どちらかに揺れてしまうものだ。それは受け身ではなく攻め手である貴族達に分がある。
だから『金』は国民の意見が不利な方に傾く前に、自分側に錘を置く策を取った。
「国内の支持率が下がり切る前に、他の大国に現ガーネ政権を支持させた。『ガーネの国王は彼女が相応しい』と各国が認めれば、貴族達もその意見を無視し続けることはできないからな」
仮に『金』を排除し新たな王を据えたとしても、周囲の大国はその結果を喜ばない。その事実は貴族達の勢いを大きく削ぐ要因になっただろう。国益に大きく関わる商売相手が難色を示すようならば商人だって渋い顔をする。国民達も他の国が認めている様子を知れば、新たな判断材料を得ることになる。
過去の言い伝えよりも実利を意識させてしまえば、『魔王だから』という大義が弱まるのは当然の結果となる。
「無論タダというわけではないがの。各国が新たな政策を検討する際に、妾の『統治』の力を利用させてやるといった取引はしておる」
「内政絶対成功券とかずっるいよな」
そもそも大国の王にとって、他国の王が誰かだなんて二の次なのだ。大事なのはその人物が自国にとって有益になるかどうかである。
「メジスやセレンデには交渉しなかったのかしら?」
「セレンデの王は新しくなるそうじゃからな。そのうち交渉はするつもりじゃ。メジスは……向こうは向こうで忙しいようじゃし、逃げ道を断つのものぅ」
ヌーフサは徹底した実利主義。セレンデを立て直すならば利用できる者は魔王であろうとも利用してくるだろう。
ただメジスはそう簡単には話が進まない。ユグラ教が中心となるメジスにとっては『魔王だから』の大義名分の影響力が他国よりも遥かに大きいからだ。
実際にメジスでは『金』を始めとした魔王達と和平を結ぼうとしているエウパロ法王と、敵視を続けるべきだと主張する一部の大司教の派閥に分かれている。
いくら得があるからと、エウパロ法王が『金』を支持してしまえば、国内での反発による損が得を超えかねない。
それでもエウパロ法王の権威が失われることはないだろう。聞いた話によれば、反エウパロ派の代表にウッカ大司教が推薦されたそうだ。
気持ちは分かる。単純に聖職者としてエウパロ法王の右に出るものはおらず、攻め口となるのは人脈とかそういった要素になってくる。その場合ユグラ教の資金の大半を集めている人脈に長けたウッカ大司教は非常に魅力的に映るのだ。
ただ致命的な点として、そのウッカ大司教はダントツでエウパロ派なのだ。ウッカ大司教はユグラ教の教え以上に、人としてエウパロ法王を尊敬している。反エウパロ派が政権を握ることはほぼ不可能だ。それこそセラエス大司教が存命ならば良かったのだろうが。
あと『金』がメジスを抱き込まなかった理由はもう一つあるのだろう。それはガーネ国内にいるユグラ教に強く依存している者達の逃げ道だ。いくら大国が次々に『金』を支持したからといっても、反対は必ず存在する。そんな人達を強引に抑えつけるくらいならば、いっそのことメジスに逃がしてしまった方が今後の憂いも減る。
「でも貴族連中は諦め悪かったろうに」
「外堀が埋まっておったのでな。少しだけ『統治』の力を体験させたら、大人しくなったの」
ああ、そりゃ本当にずるいや。外が埋まっている状態で『金』から王座を奪うには、それこそ彼女が言った条件を満たすしかない。少々劣っていたとしても、人間の王を用意できれば可能性はあるのだ。
だが『統治』の力は湯倉成也が用意した超越者の力。その差は少々どころでは済まない。それを目の当たりにすれば、途方に暮れるしかないだろう。
「魔王やってるなぁ」
「んっふっふっ!魔王じゃからの。超えるべき壁はきちんと示さねばの。どうじゃ?御主が考えそうな策を妾一人でビシっと決めてみせたぞ?」
「おうおう。やるもんだ、やるもんだ」
人の膝の上に乗り、得意げな顔の『金』の尻尾に櫛を入れてやる。褒められたがっている奴を褒めるのは、そいつが本当に頑張ったと認めた時くらいだが、今はその時だろう。
「御主も頑張っていたようじゃからの。存分に尻尾を堪能すると良いぞ!」
「今日くらいは大目に見るけど、私の家に毛を散らさないでほしいわね?」
「気苦労があったか、生え変わりの時期なのかは知らんが、結構抜けてるんだよな。尻尾の毛」
「な……なんじゃと……」
櫛についた毛を見せると、これまでで一番の真顔になった『金』であった。ご苦労さまです。
「ところで『金』は貴方のような策を決めたと言っていたけれど、貴方だったらどう対処していたのかしら?」
「ん?私欲で実権を欲しがるような連中だろ?そりゃあ私欲で実権を諦めたがるようにするだけだ」
それこそ反エウパロ派のように魔王を敵として排除したがっている連中とは毛並みが違う。大義名分に涎を垂らし、息を荒くするような連中の心を折る程度なら他国の王と交渉するまでもない。間で揺れている国民だって、揺らしていた発言力のある存在がいなくなれば沈静化させるのはそう難しい話ではないのだ。
「だそうよ、魔王様?」
「……妾、思ってたよりも真人間だったんじゃの……」
「魔王でしょうに」
◇
セレンデでの戦いが終わり、俺はジェスタッフの兄貴のところに戻ってきた。本当なら兄弟に別れの挨拶の一つでもしたかったんだが、兄弟は兄弟であのムールシュトって野郎に酷い目に遭って、心の療養中ってんだから仕方ねぇ。
「ハークドック、こっちの資材はどこに運ぶのさ?」
「それ工具だよな?だったら向こうの納屋だな。俺が運んどくわ、スマイトス」
「馬鹿言いなよ。いくら私が女でも、隻腕の男に荷物をもたせるわけないっての」
あの戦いでムールシュトの野郎に右肩を吹き飛ばされたせいで、兄貴からもらった右腕が上手く動かせなくなっちまった。今は紫の魔王が右腕を預かっていて、肩周りまで繋げるように加工してもらっている。
ウルフェも俺と同じように両腕を失ったそうだが、向こうは兄貴と同じで芯を必要としない腕で代用しているらしい。てめぇの魔力を通せねぇってんで、戦闘にはほとんど使えない反面、調整やらなんやらが楽なんだとか。
俺はこの先ジェスタッフの兄貴と一緒にこの国を立派な国にしていかなきゃならねぇ。魔王と手を組んでいる兄貴の敵は多い。多少面倒でも性能の高い腕は欲しいところなんだよなぁ。まぁそもそも兄貴の腕を粗末にするって選択肢が俺にゃねぇんだが。
「よっと。ここで良いかい?」
「おう、助かるぜ。そういやコミハはどこにいるんだ?」
「コミハなら子供達の面倒を見てるさ。エクドイクが来た時に堂々とサボれるように、みっちりと仕事をこなしているよ」
「――ちょっと意外だったな。リティアルと合流したんだから、てっきり向こうに着いていくとばかり思ってたんだが」
「子供達を見捨てるわけないだろ」
「兄貴と一緒にいたなら、大丈夫だって分かってただろ?」
ジェスタッフの兄貴が落とし子のガキ共を乱暴に扱うようなことは絶対にねぇ。兄貴の下で働いていたスマイトス達ならそれはハッキリと分かっていたはずだ。
理解のある人手もそれなりに補充が済んでいたし、この二人がいなくても落とし子達の心配はねぇ。落とし子の未来だけを考えるなら、リティアルのところに戻った方ができることが多いだろうに。
「そりゃあね。リティアル様ほどじゃないにせよ、ジェスタッフさんは良い人さ。だからこそ私達は真面目に手伝いたいって思ったのさ。この国は人種の差別が生まれないように必死に頑張っている。亜人だけじゃなく落とし子にだってその手を差し伸べてくれる良い国になるだろうからね。私にとっちゃ良い働き口なんだよ」
「リティアルの方が上って意見以外にゃ同感だな」
「そこはお互い拾われた相手の差さ。言い争う気はないよ。ま、上司も悪くないわけだし、不満はないよ。あ、上司ってのはエクドイクのことな?あの笑顔で人の古傷を抉ってくる嗜虐趣味の魚眼野郎じゃないからな?」
「お、おう」
スマイトスのやつももう少し兄弟と触れ合う機会があれば、それなりに懐くとは思うんだがなぁ……。そこまで接点がある関係でもねぇだろうし、俺が気にすることでもねぇな。
「それよりもさ、私の心配をするよりも自分のことを心配したらどうだい?」
「俺?右腕ならそのうち新しくなって返ってくるぜ?」
「いや、彼処の二人」
スマイトスが顎で指した方向には、マセッタとツドァリが黙々と屋敷のシーツを干していた。元々俺の仕事だったんだが、この腕だと綺麗に干せねぇってんでマセッタが代わりにやってくれることになったんだが……なんでか顔を出していたツドァリまでやると言い出したんだよな。
「すげぇな。あそこだけ空気がピリピリしてやがる。もうちょっと仲良くできねぇもんかね?」
「アンタのせいでしょ」
セレンデでムールシュトに敗れた後、俺がマセッタを担いで歩き続けているとリティアル達と遭遇することができた。俺は頭を下げてマセッタを助けて欲しいと懇願し、リティアルはその願いをすんなりと受け入れてくれた。
その後はツドァリが俺とマセッタを連れて安全な場所へと運び、二人共無事に治療を受けられて大事には至らなかったわけだ。
ただどういうわけか、その後のツドァリがマセッタに対して妙に刺々しく、マセッタもそれに反応するように険悪な関係になっちまっている。
「俺のせいって言われてもな……。俺が弱かったからマセッタは死にかけたわけだし、ツドァリもリティアルの下で活躍する機会がなくなったってのは悪く思ってっけどさぁ……」
「いや、そこじゃないっての。アンタさ、ツドァリやリティアル様の前で何言ったか覚えてないの?」
「んあ?何か変なこと言ってたっけか?……『俺のことはどうだって良い、こいつを助けてくれ』とかそんなことは言ったけどな」
「……『こいつは何よりも大切な奴なんだ!』って言ってたわよ」
あー、そんなことも言ったような、言ってないような。まあ、嘘じゃねぇよ。マセッタはてめぇの命の危険を顧みずに俺を助けようとしてくれた。あの時マセッタがムールシュトの前に立たなきゃ、俺は死んでいたわけだからな。
「そりゃあマセッタが死んじまったら、俺に立つ瀬はねぇ。何よりも優先して助けてぇと思ってたんだが……それの何が不味いんだ?」
「……よし、忘れな。色々面倒臭い。こっちの方も鈍感が過ぎて苦労するのが目に見えてるんだし、人のことなんか気にかけてる暇なんかないね」
「お、おう……?まあとりあえず俺が頑張れば良いわけだよな?……んじゃ、今日はあの二人を飲みに誘ってみるか」
「よし、面倒は見てやる。だからとりあえず一発殴らせろ」
「お、おう――べふっ!?」
仲良くなるにゃ、同じ席で酒を飲むのが一番だと思うんだがなぁ。あとスマイトスの拳からは、俺に対するイラつき以外に何か個人的な感情も混ざっているような気がした。
余談ですがリティアル陣営にいるツドァリがハークドックのところにわざわざ通っている時点で、ハークドック以外はツドァリの気持ちに気付いています。マセッタも気付いているので、命の恩人ではありますがピリピリしているのです。
なおハークドック本人はツドァリの『命を粗末にするなら、私が殺す』を真に受けているので、ライバル視されてるんだろうなくらいの気持ちです。こいつ兄貴LOVE勢なので。