表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
319/382

そんなわけで、決戦。

 迫りくる獣のアンデッドを処理していると、突如鎖に魔法が付与できるようになった。鎖に対しては普段から無意識的に魔法を付与していたため、魔封石の影響がなくなった瞬間に気づけたのだ。

 誰かが魔封石を破壊した。今この国にいて、それが可能なのはラクラかリティアル達と合流する予定だったヤステトである可能性は十分にある。

 魔法さえ使えれば、緋の魔王の軍勢よりも容易い相手。死霊術に長けた『蒼』や浄化魔法を取り入れた戦闘訓練を受けた聖騎士であるメリーア、そしてユグラの落とし子達とそれを束ねるリティアルの敵ではなかった。


「魔力探知の範囲内にはもういないようだね。モラリ、君はエクドイクと共に資材保管庫の方へと向かってほしい。高い確率でラクラかヤステトがいるはずだ。ヌーフサ王子は私と蒼の魔王で責任を持って避難させよう」


 そのリティアルの言葉により、俺はモラリの転移魔法でもう一方の資材保管庫の近くへと移動することとなった。

 俺がラクラと合流したいという気持ちを、リティアルは読み取った上でこの指示を出したのだろう。『蒼』とメリーアはやや不満そうな表情をしていたが、ヌーフサ王子を世界的に指名手配されている犯罪者の元に預けておくわけにもいかないと、リティアルと同行することになった。


「――ここが限界だな。これ以上先はまだ魔封石の影響範囲で繋げられないな」

「逆に言えばこの先で間違いがないということだな」


 視線の先には資材保管庫が見える。またここからは魔法が使用できない区域、気をつけていかなければならない。

 モラリもその辺を理解しているのか、周囲に対する警戒心が強まっているのを感じる。


「まったく。なんで私がリティアル様の元を離れて、お前の妹なんぞを探しに行かなきゃならないんだ」

「どちらかといえば、ヤステトを回収させるのが目的なのではないのか?」

「それこそヤステトなんぞを、だな。あんなの放って置いてもいいだろ」


 ヤステト……。やつはモラリのことを第一に考え、一度は仕えているリティアルに不利益な行動を取ったほどなのに……。

 資材保管庫までの道のりに数体、そして施設に入ってからも数体のアンデッドが壁に突き刺されて無力化されていた。これだけの力技、ラクラにはできないだろう。ならば考えられるのはヤステトの方だろうか。

 さらに進み、資材保管庫の入り口へと到着すると、そこには全身血塗れになりながらも何かに向かって柱のようなものを何度も突き立てているヤステトの姿があった。


「うわ、えぐ」

「――モラリか。それに……リティアル様と合流したか」

「それは……獣のアンデッドか」


 ヤステトは振り返りながらも手の動きを止めない。ヤステトの足元では獣のアンデッドが再生を繰り返そうとしながらも、解体され続けている。

 全身が真っ赤に染まっているヤステト、その大半は返り血や飛び散った肉片なのだが、本人の怪我も相当酷い。腕や足の一部に至っては肉が千切れ、骨が見えている部分すらある。

 それでも表情一つ変えずに作業に専念できるのは、やつの落とし子としての才能故なのだろう。


「こいつは柱程度では串刺しにできない。こうして絶えず攻撃を続けるしか時間を稼げないからな」

「時間を稼ぐ……ということは中に誰かいるのか?」

「ああ、ラクラが魔封石を破壊しているはずだが……二人で来たということは近くまで転移魔法が使えたということか」


 その名を聞き、急いで資材保管庫の中へと入っていく。ヤステトはあの獣のアンデッドの足止めで中の様子を知らないはずだ。魔封石の破壊に成功しているとはいえ、中に他のアンデッドがいないとは限らない。

 ラクラの姿はすぐに見つけられた。相当巨大だっただろう魔封石の残骸の中にその背中があった。


「無事か、ラクラッ!」


 最初に出した声はラクラの近くで発生した衝突音によって遮られた。今の音は結界による斬撃が魔封石に衝突したもの……いや、それはおかしい。

 いくら砕かれたからといって、この周囲にはまだ十分な大きさの魔封石がいくつもある。この状況下では魔法の構築は使えないはず。

 正面にあった大きめの魔封石が砕けると、ラクラはふらふらと左右へと歩き始める。手を前に突き出し、まるで眼が見えていないかのように――っ!


「ラクラッ!」


 ラクラに近寄り振り返らせると、ラクラが何をしていたのかを全て悟ることができた。

 ラクラは両目から出血していて、その眼はもう通常の機能を果たしていない。だがそこに込められている魔力から真なる『盲ふ眼』を使っているのがわかる。

 この症状は母さんの時と同じ、悪魔の力に蝕まれているようなことはないが相当に眼に負担を掛けてしまっている。


「へふぇ!?そ、その声はエクドイク兄さん!?」

「……随分と無茶をしたものだ」


 眼の中で構築すれば魔封石の影響を受けにくいと判断し、それで結界を構築して叩きつけていたのだろう。同胞とこの眼について話していた時、理論上は可能だという話にはなっていたのだが……それはあくまで理論上の話だ。


「そ、その、少しでも小さくしておいた方が、皆さんもやりやすいかなぁと……っ!そうです!エクドイク兄さん!ヤステトさんは大丈夫なんですか!?あの人は外で――」

「深手は負っていたが、命に別条はない」

「よ、良かったぁ……」

「それだけやれれば十分だ。早くこの場を離れるとしよう」

「わわっ!?」


 ラクラは体に力が入っておらず、今にも崩れ落ちそうな状態だ。眼への負担もそうだが、魔力の消耗もほぼ限界に近づいている。自力での移動は困難だろう。ラクラを抱え、資材保管庫の外へと出る。


「あ、あの、重くないですか?」

「『蒼』よりかは重いが、鎧を装備しているメリーアよりかは軽いな。鎧がなければメリーアの方が軽いのだろうが。だがまあ重くても人の範疇だ、気にするな。しかし筋肉をつけているわけでもないのだから、間食は控えた方が良いだろう」

「あ、この人デリカシーが尽く欠如してる……知ってましたけど」


 外ではヤステトが自分の傷を布で縛っており、モラリがアンデッドの残骸の上に瓦礫を乗せていた。再生力を考えれば無力化はできずとも、この場を離れるだけの時間は稼げそうだ。


「無事だったか。魔封石の影響範囲の縮小化には無事成功した。早くこの場を……眼は大丈夫か?」

「どいつもこいつも夢に出そうなえぐい負傷をしてんな」

「魔封石の影響が切れた時からずっと目に負担を掛けていたと考えると、急いで治療した方が良いだろうな」

「……モラリ、お前はラクラさんを連れて先に転移魔法で離脱しろ」

「命令すんな。お前だって止血サボって戦ってたせいで瀕死だろ」

「問題ない。俺は魔法が使える場所まで移動して応急処置を済ませれば戦闘に加われる」

「あのな――」

「リティアル様がユグラの星の民に協力をすることになった場合、俺には新たな任務が生じる手筈となっている。それを遂行するだけだ」


 モラリは数秒ほどヤステトを睨んでいたが、やがて舌打ちをしながら俺の方へと歩み寄り、抱えていたラクラを受け取った。


「うわ、胸の分重いな」

「この人も!?」

「おい、エクドイク。お前はヤステトの治療を手伝ってやれ。こいつは私が最速で治療ができる場所に届ける」

「任された。それとラクラを頼む」


 モラリは返事をすることもなく、ラクラを連れてこの場を離れていった。魔法が使える場所まで移動すればそこからの移動は誰よりも早く目的地に向かえるだろう。

 それを見届けたあと、ヤステトがこちらの方へとゆっくりと歩み寄ってくる。


「エクドイク……さん。すまないが肩を貸してもらえるか?」

「あ、ああ……」


 肩を貸すと、ヤステトは自重の殆どをこちら側に預けてきた。ラクラもそうだったが、ヤステトの方も体に殆ど力が入っていない。

 魔法が使えない状況で、あの獣のアンデッドを肉体だけで倒したのだ。その消耗は相当なものだったのだろう。


「すまないな。ラクラさんのあの眼、あれは相当な無理をしている。俺が彼女に負わせたようなものだ」

「お前を責めるつもりはない。状況を見れば、これが最善だったと俺でもわかる」


 身体能力の高いヤステトならば、魔封石を自力で破壊することも不可能ではなかっただろう。だがその場合、獣のアンデッドの足止めをする役目はラクラが背負うこととなる。

 その結果は間違いなく今以上に凄惨なものになっただろう。この程度で済んだことを感謝こそすれども、恨むことはできない。


「モラリの態度は悪いが、受け持った仕事はしっかりとこなす。そこは保証しよう」

「そこも疑うつもりはない。だがリティアルから新たな任務が与えられるというのは本当なのか?」

「……モラリがその気になれば、一人二人増えても転移魔法に大した影響はないさ。任務があるのは本当だ」

「そうか……。なら治療までは手伝おう」

「エクドイクさんの治療技術は耳にしている。協力感謝する」

「エクドイクでいい。互いに兄として苦労している分、仲良くはできそうだ」

「……ああ。だがラクラさんは十分まともだと思うがな。モラリに比べれば――」

「いや、あいつはあいつで同胞に対して散々迷惑をだな――」


 周囲への警戒を忘れず、ヤステトを支えながら移動をする。蠢いているアンデッド達は未だ俺達の命を狙おうと、もがき続けていた。


 ◇


「これで――最後っ!」


 万全の状態で戦えるイリアスは強かった。アークリアルの時とは違い、格下の恐竜アンデッドでは苦戦する要素すらなかった。

 恐竜アンデッドは『私』を集中的に狙おうとするも、イリアスは私を連れて距離を取り、素早く反転して敵の首を刎ねた。

 囲まれている状況下でも、敵の動きを全て把握し、圧倒的な実力を持って『私』を守り通した。

 しかしそれだけの成果を見せつけられたのにも関わらず、ヒルメラの表情に変化はない。『私』への怒りは変わらずとも、彼女に戦局的な意味での不利は訪れていない。


「流石ね。貧弱な御使い様だけを狙ったのに、もう少しくらい苦戦してくれたら良いのに。そもそもターイズの騎士がなんで浄化魔法を使えるのよ」

「ユグラ教縁の者が後見人だっただけのことだ」

「真面目に答えなくていいわよ。貴方には興味なんて微塵もないのだから」


 いつものイリアスならば複雑な顔の一つでもするところだが、ヒルメラの見せる余裕が気になっているのだろう。

 ヒルメラにとって、この場での戦いは抵抗すること自体が勝利条件なのだ。首謀者として暴れ、最後の最後まで惨劇を止めようとしない。全ての元凶としての役割を果たそうとしている。

 時間を潰すことが今の彼女の目的だが、それはこちらも同じ。時間的には十分ではあるが、そこにヒルメラが気づく前に、こちらから言葉で場をつなぐとしよう。


「ヒルメラ、君は満足のいく結果に終わったと思っているようだが、それは本当だろうか。君は恐らく街にこれらのアンデッドを解き放ち、街で避難誘導を行っているヌーフサ王子の命を狙っていた。だがその狙いはあまりにも不確か。成功率は低いだろう」

「ええ、そうね。あの憎い男が死んでくれるのが一番だけど、何でも思い通りにいくとは思っていないもの」

「そうだね。だから君が本命として狙っている避難先に送り込んだアンデッドの軍勢も失敗するだろう」

「――」


 彼女は冷静だ。だから街に恐竜アンデッドを解き放つ行為にも何かしらの計算がある。それは街で避難誘導をしているヌーフサをあわよくば仕留めるといったものではない。


「特殊なアンデッドを街に放った理由はヌーフサを狙うこと。そこに間違いはない。だけどその真意はヌーフサ本人の行動を制限するためのものだ。いくら有能な指揮者でも、自分がいない場所までは適切に守ることは難しい。君はヌーフサが国民を逃がす場所を先読みし、そこにアンデッドを送り込もうとしていたのだろう」


 ワシェクトを王にするのであれば、ヌーフサの存在は避けて通れない障害となる。国民の多くがワシェクトよりもヌーフサを支持する現状をどうにかしない限り、ヒルメラがいかに暴れようともワシェクトが王になることはない。

 だが今回の一件でヌーフサの避難誘導が裏目になる結果となればどうなるか。避難させた先に現れるアンデッドの群。兵士達の大半がおらず、まともな施設もない状態で第二波の襲撃を受ければその被害は相当なものになるだろう。

 国民の多くは深くを見ようとはせず、結果を元にその価値を決める。ヌーフサは兵士を使い、強引に民達を危険な場所へと移動させた無能な王子と認識されることになるだろう。

 そんな王子に今後の国を任せるよりも、捕まっていたとはいえ、この地獄から現セレンデ王と共に生還できたワシェクトの方に期待せざるを得ないと。


「この子達を見たのはこの城に来てからでしょうに、対応なんてできたのかしら?」

「結論そのものはこの城に来てから至ったよ。だけど避難先にも襲撃がある可能性は最初から折り込み済みだ。国民達の避難先には紫の魔王と、その配下を待機させている。魔封石の妨害もない状態ならば、アンデッド程度なんの問題もないさ」


 その場に『蒼』はいないが、街に送り込めないダルアゲスティアを始めとした『蒼』側の兵力も待機させている。伝令や偵察で使われているベラードは元々『紫』の配下、悪魔同士での連携は十分に取ることができるだろう。

 事前に用心していたものが噛み合っただけの偶然に過ぎないが、読んでいたと思わせておいた方が得なのは言うまでもない。


「……そう。でも襲撃自体は防げないでしょう?印象操作としては十分意味はあったと前向きに受け止めておくわ」


 内心的にはそれなりに複雑な気分なのだろう。だが踏み込んだ立場上、どの道後には引けないのだ。ならば最後まで悪役として開き直ったフリを続ける……といったところか。

 頃合いとしては十分、そろそろ仕掛けを――


「ああ、良かった。まだ首は繋がったままなんですね、ヒルメラ様」


 声に体が反応する。ああ、来てしまった。できることならば『私』のままでヒルメラを止めておきたかったのに。だが来るのだろうと確信はしていた。こうなる運命だとか、ロマンチストのように予言していたわけではないが、理解はしていた。


「ムールシュト……」


 ムールシュトがそこにいた。これまで接してきた時と同じ顔で、会えたことを純粋に喜ぶ子供のような男がこちらを見ていた。


「遅かったじゃない。もう私の駒は貴方しか残っていないのよ?」

「苦戦するような相手ばかりでしたから。鎧を着替えていたら遅くなっちゃいました」

「そこは着替えずに来なさいよ……」

「最後の舞台なんですから、めかしこむくらいは、ね?」


 ムールシュトは窓の方へと歩き、身の丈の数倍はあるカーテンを開いていく。その先にある大きな窓からは夜の空を紅く染めるセレンデの街並みが見える。


「僕はここから見る景色が好きで、いつか君にも見せたいと思っていたんだ。ああ、小さな願いではあったけど、叶ってよかったよ」

「ムールシュト……ヒルメラ王女を止めるつもりはないのだな?」

「おかしなことを聞くね、イリアス。僕はヒルメラ様の剣、彼女が振るうままにその先にあるものを斬る存在だ」

「仕える主君が道を誤っているのであれば、それを正すのも仕える者の役目ではないのか」

「誤っているとは思っていないさ。愚かだとは思うし、正気を疑うような行動ではあるけど、これはヒルメラ様がやりたいと望んで引き起こした事だ。僕はヒルメラ=セレンデではなく、ヒルメラという一少女のためにここにいる」


 ムールシュトはそういう人物だ。自分が守ると決めた主が破滅の道を歩もうと言うのであれば、その道を共に歩み、主の意思を守り通そうとする。

 たとえ今この場でヒルメラがイリアスによって斬り殺されていたとしても、きっと笑顔のままで労いの言葉でも掛けていただろう。


「別に義理立てとしてここに来たわけじゃないのでしょ?私はもう命令はしないわよ」

「あは、思ったよりも上手くいかなくて拗ねちゃってるなぁ。でも悪くはなかったんじゃないかな、この道は」

「そうね。ここまで取り返しのつかないことをしたのは初めてだけど、それなりに達成感はあるわ」

「それは何より。じゃあ次は僕の番だね」


 ムールシュトは剣を抜き、こちらの方へと向き直る。それに応じるかのようにイリアスが前に出て同じく剣を構えた。


「戦う意味はあるのか」

「あるさ。君にないというのであれば、理由くらいは用意できるよ」

「理由だと?」


 ムールシュトが何かを投げた。金属音を響かせながら転がってきたそれはなにかのスクラップのようなもの。だけどその歪な金属片の中には見覚えのある形と、その持ち主であった人物の血と肉がこびりついている。

 それがウルフェのガントレットであることを、『私』もイリアスもすぐに気づくことができた。


「貴様――っ!」

「イリアスッ!ウルフェは死んではいない!」


 飛び出しそうになったイリアスを大きな声で呼び止める。ムールシュトが今行っているのはイリアスに対する挑発、その内容がなんであっても、彼女を冷静なままにしなくてはならない。


「へぇ、それは希望的観測かな?それとも何か根拠があるのかな?」

「ある。ムールシュト、君がウルフェと遭遇し、戦闘し、深手を負わせたことは事実だろう。だけど君はウルフェを殺していない。殺すことができなかった。殺すことができていたのであれば、君は迷うことなくウルフェの首を切り取ってきたはずだ。そして今以上に清々しい表情をして現れていただろう」


 ムールシュトにとって、ウルフェは実力的にも立場的にも殺したいと思う障害だ。それを成し遂げたのならば、ムールシュトはその時の達成感を隠さない。


「……うん。そうだね。仕留める直前に邪魔が入ってね。まんまと逃げられちゃったよ。でもまあ片腕が吹き飛んでいるわけだし、治療が間に合わなければ死ぬんじゃないかな?」

「……っ!」


 立ち位置が『私』だからこそ、イリアスよりも冷静なままでいられるが、『俺』の方はそうではない。ムールシュトを前にして、ウルフェの話を聞いて、『私』の鼓動を早めている。

 ここで代わることは合理的ではない。きっと『俺』としてムールシュトと相対すれば、深い傷を負うことになるだろう。

 そういった役割は今までのように、『私』が受け持てば良い。だが、だからって、こんな時にまで達観したままでいられるかってんだ!


「そんなにも『俺』にご執着かよ。殺し合いなんて、趣味じゃないんだ。巻き込んでくれるなよ、ムールシュト」

「――あは、でも君は僕を理解してくれている。だから僕が何を望んでいるのかも理解しているんだろう?」

「理解していても、叶えてやりたいとは微塵も思ってないっての」


 ムールシュトが『俺』を気に入った理由、それは『俺』自身の不安定な在り方、そのバランスの危うさなのだろう。それはまるで儚げな少女に恋心を抱く少年のような純粋さで、向けられている分には悪い気持ちもしない。まあ、誰が儚げな少女だってんだこのバカって気持ちはあるんだが。


「ああ、僕は歪で儚い形の心を持つ君が好きだ。愛している。だから、誰かに壊される前に壊したい」

「壊される前提で人の未来を左右させるな。生きたいからこそ、ボロボロのグシャグシャで雑魚いメンタルでも健気に生きてんだからな」


 ここまで愛情の籠もった殺意を向けられたことはどんな人生においてもなかったことだ。地球に住んでいた時ならば、その狂気に恐怖以外の感情は覚えなかっただろう。

 だがこの世界に馴染んできたせいで、恐怖以外の感情を覚えてしまった。全てを受け入れて殺されてやるつもりはまるでないが、その純粋な思いに向き合うべきだと、要らない肝が据わってしまった。


「そんな女に守られている程度じゃ、君の心はもたないよ。それを今証明してあげるね」

「イリアス、言われてるぞ」

「……色々と言いたいことはあるが……ムールシュト、お前がどのような意思であろうとも私は彼を守ると決めている。狂気の証明に付き合うつもりはない」


 この騒動を終わらせたいという願い、ムールシュトの想い、ウルフェを傷つけられたことへの怒り、まともに整理する余裕なんてあるわけがない。

 今はシンプルに考えよう。ムールシュトは敵。だから倒さなくてはならない。この男をここまで追い込んだのは『俺』なのだから、この男を止める責任があるのだと。


ラクラとモラリはこのあと兄二人に対する愚痴を言い合っております。どっちもどっち。


前向きに向き合っているように見えますが、主人公も説得の可能性を投げ捨てて「やったらぁ!」くらいにはキレてます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お兄ちゃんsは苦労性
[一言] 頭では理解していても心が追いついてこない主人公。ここまで感情が揺れたのは緋の魔王以来? ラクラ組はどこまで行っても何故かゆるゆるな雰囲気が流れてるような…シリアスな展開なのに…とはいえ負傷し…
[気になる点] 回復魔法を使えるようになってムールシュトがどれくらいHPを回復できたのでしょうか。 さすがに全快では無いでしょうが。 [一言] なんでここまでイリアスは見下されて?いるのかな。 自分の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ