そんなわけで、岩を転がす。
「エクドイク、後方から二体、さらにくるわよ!」
愚直に攻め立てるものと、回り込みながら攻撃の合間に割り込んでくるもの。獣のアンデッド達の動きは狩りのそれに近い。
攻城兵器の格納庫へは順調に進んでいる。しかし直線的に移動すると、俺の移動方法ではどうしても追いつかれてしまう。
幸いなのは狙いが完全に俺、いや俺が抱えているヌーフサ王子に絞られているということだ。だから『蒼』やメリーアが先回りをし、ロープなどを使った簡易的な罠などを仕掛ける余裕ができている。
もう間もなく追いつかれるというタイミングで、後方の地中から張られたロープが現れ、獣のアンデッドの脚を絡めとる。多少の悪路はものともしない健脚だろうと、脚そのものを引っ張られては転倒を免れることはできない。
「良いぞメリーア!次の場所へ向かってくれ!」
「は、はい!」
狭い路地への移動なども含め、囲まれないように意識をしながら足止めを行う。この調子ならば攻城兵器の格納庫までは無事に辿り着けそうだ。そんなことを考えていると、何やらぶつぶつと呟きながら考え事をしていたヌーフサが、俺の肩をつついてきた。
「これ以上の速度はでないのか?」
「そうだな、魔法が使えればまだまだいけるのだが……」
「そうか、このままでは不味いな。この先は居住区ではなく、国の保有する施設が多くある区域だ。必然的に建物の間隔が広くなる。この速度ではそこで追いつかれるぞ」
確かに俺が獣のアンデッドに捕まっていないのは、上下の移動が可能だからだ。連中は多少の跳躍力はあるが、建物の屋根伝いに飛び回るような身軽さはない。
しかしこの先は攻城兵器などを移動させる都合上、道や建物同士の間隔が広くなるため、連中の移動速度が上がり、こちらは下がる形となる。
「ならば俺達はここに残り、『蒼』達を――」
「それは愚策だ。あの二人は魔法が使えないことでお前以上に弱い立場なのだろう?ヒルメラが格納庫に魔封石を隠していたとしたら、間違いなく獣のアンデッドの一匹や二匹、配備しているだろう」
「……つまり、お前を格納庫前まで運び、そこにいるアンデッドを含めて注意を引く必要があるわけか」
しかしそれには俺達が後方から迫る獣のアンデッドに追いつかれないようにする必要がある。
メリーア達の仕掛ける罠は助けにこそなるが、その全ての個体の動きを阻害できるようなものではない。何かもう一つ、手が欲しいところだ。
「――ないものねだりをしても仕方ない。区画が変わるのと同時に自分を降ろせ」
言われるまま、区画の切り替わりの地点でヌーフサを降ろすと、ヌーフサは自らの体に魔力強化を施す。魔力の流れに淀みはなく、相応の鍛錬を積んでいるようだ。ヌーフサはさらに体に装着していた簡易的な鎧を外し、腰につけていた小さめの剣を俺へと放り投げた。
「走れるのか?」
「体を動かすのは数年ぶりだが、このくらいの距離程度ならばぎりぎりいけるだろう。自分は後ろを見ずに全力で走るから、お前達全員で足止めをしろ」
「それは構わないが……区画を移動した後はどうするつもりだ?」
「格納庫には多少頑丈に作られた部屋もある。そこに逃げ込み、事が終わるまで引き篭もる」
そう言ってヌーフサは走り出した。ターイズの騎士や熟練の冒険者達に比べれば随分と遅いが、それでも一般人のそれとは明らかに別格の速度だ。これならば追いかけてくるアンデッド達を数回足止めすれば、ヌーフサは格納庫までたどり着けるだろう。
「『蒼』!メリーア!此処から先は俺の移動方法が使えない!ヌーフサが格納庫に到着するまでの間、時間を稼ぐぞ!」
「うっそ!?あの王子あんなに速く走れるの!?」
並ぶように建てられていた民家という名の壁がなくなり、獣のアンデッド達は次々とその速度を上げてヌーフサへと駆け寄る。その近くにいる俺達には目もくれない。だが、それが俺達の目的にとっては好都合だ。
鎖を二箇所に同時に投擲し、それぞれ違うアンデッドの脚へと絡ませる。互いの脚力を以て互いの脚を引っ張らせることで二体のアンデッドは転倒した。
即座に鎖を回収し、次の個体の妨害へ。鎖だけでは間に合わないか、ならばとヌーフサから預かった剣を抜き、アンデッドの足元へと滑り込む。すれ違うのと同時に脚を一本切断し、転倒させる。
「け、剣の扱い上手いじゃない……」
「獣の足を斬る程度ならば、な。メリーアも同じように頼む!『蒼』も何かしら妨害を!」
「わ、わかってるわよ!」
こうしている間にも獣のアンデッド達は次々と現れ、ヌーフサへと襲いかかろうとする。
メリーアは正面、俺は左右へと移動しながら向かってくる個体の足を切断し妨害を行う。『蒼』はエードに乗りながら、民家から回収した油の入った壺を進行方向へと投げつけて転倒させた。
妨害そのものはそこまで難しくはない。だがその数の多さばかりは対応の限界があった。
「っ!すいませんエクドイクさん!抜けられました!」
「メリーアの方、三匹抜けてきたわよ!」
間を縫うように抜けようとした個体に鎖を絡ませ、自分の体を引っ張らせる。鎖を手繰り寄せる勢いで接近し、足元へと潜り込み足を切断。残り二体、鎖を投げ――
「っ、遠い!ヌーフサ王子っ!」
魔法が使えていれば制限などなかったのだが、今の鎖の長さは有限。絡ませようとした鎖は空を切り、抜けた二体の獣のアンデッドがヌーフサの背後へと迫る。
「――人手が足りないようだね。手を貸すとしよう」
ヌーフサの背後にいたアンデッド達の頭上に巨大な岩が降り注いだ。その衝撃には流石に驚いたのか、ヌーフサも唖然とその足を止めてしまった。
「今のは城壁破りの――」
「格納庫にあった兵器だがね、少々お借りしたよ。この国のために使うのだから、罪には問わないでもらえるとありがたいね。もっとも、元々指名手配されている立場なので、些事ではあるがね」
「お前は……リティアル=ゼントリー!?」
俺達の前に現れたのは間違いなくリティアル=ゼントリーだった。俺達に敗れ、このセレンデから逃亡していたはずの奴らがどうして戻って……。
「ただの打算的行動だよ、エクドイク。今後彼に協力してもらう上で、こういった助力は大きな譲歩を生み出せるからね」
「……っ!まだくるぞ!」
「問題ないとも。既に格納庫は我々が掌握している。誰よりも空間を精確に把握でき、誰よりも物の操作に長けている子がいるからね」
続けて飛んできた大岩が正確に獣のアンデッド達を押し潰す。あの距離から突進を行っている獣に攻城兵器の一撃を当てることができるとは……そうか、モラリとコミハがいるのか。
モラリは空間認識、コミハは物質に対する干渉能力、ひいては器用さがずば抜けている。常人を越えた才能を組み合わせることで、このような神業を披露できるわけか。
「リティアル、格納庫は掌握したと言ったな?つまりそこには魔封石はなかったと」
「すぐに本題に入れる現実主義は話が早くて助かるね。お互い読みは外れたというわけだ。まあ私達の場合は攻城兵器を利用することも想定した上での判断ではあるのだがね。まずは格納庫へと移動しようか。彼女達に間違いはないだろうが、私達がここにいては神経を擦り減らしかねないからね」
後続のアンデッド達も次々と飛来する大岩に押し潰され、その体の大半が岩の下敷きになっていることで上手く再生できないでいる。完全に仕留めることはできずとも、これならば暫くの間無力化できるだろう。
「おいスマイトス、さっさと次を装填しろ。まだちらほらこっちに向かってきてるし、何体か岩の下から抜け出した連中もいるんだ」
「あのね、魔力強化だけで岩を持ち上げるのって結構大変なんだよ!?偉そうに指図するならちょっとは手伝いなさいな!」
リティアルの後を追い格納庫へと到着すると、そこには攻城兵器を操作しているモラリとコミハ、その横には必死に岩を転がしているスマイトスの姿があった。
「もう、二人とも喧嘩は……っ!エ、エクドイク!良かった!無事だったんですね!」
「おうコミハ、よそ見してないでちゃんと狙え。距離はフタマルフタフタゴ。今より右にナナとロクニだ」
「問題ありません!てー!」
コミハが微調整を行い、新たな岩が放たれた。岩は放物線を描き、遠くに見えた獣のアンデッドを見事に押し潰してみせた。巨大な岩を綱の弾力で打ち出す仕組みのようだが、この大雑把な兵器をまるで熟練の弓のように精確に打ち出している。しかも俺の方に手を振りながら……。
「す、凄いなコミハ……」
「えへへ……それほどでもありませんよ!あ、でもあと三発くらい打ったらこれもうダメですね。スマイトス、次の奴格納庫から持ってきて!」
「それ使わなくなるならお前も手が空くだろ!?なんで私ばっかり肉体労働させられるんだい!?」
「だってこの中で近接戦ができるほどに魔力強化ができるのって、スマイトスだけだもん」
以前は戦闘をする前に捕縛され、戦う機会すらなかったスマイトスだが、話によればヤステト相手に組手をできるほどに近接戦に優れているらしい。魔力強化の練度がターイズの騎士に近いものを感じる。
「モラリだってできるだろ!?」
「私は周囲の警戒も並行してやってんだ。探知魔法なしでこの周囲の状況を認識できるなら、代わってやっても良いぞ」
「ああもう!なんでこんな時に男手のヤステトとアークリアルがいないのさ!?」
セレンデ本国がこの有様だというのに、彼女達はいつものような感じで話をしている。よほど精神的に落ち着いているのだろうが、それを維持しているのは他ならぬリティアルの影響なのだろう。
「ところでエクドイク、ヤステトは見ていないかな?」
「いや、見ていないが……奴もここに?」
「彼にはセレンデ国内の監視を頼んでいてね。迎えに来たのだが、この魔封石の影響でモラリの転移魔法で合流地点まで移動することができなくなっていたのさ」
「なるほど……あの男なら並のアンデッドには不覚は取らないだろうが、そうなると何かしらの行動をしているのだろうな」
ヤステトはリティアルの仲間の中でも一歩下がった位置で物事を見ることができた男だ。あの男がこの状況下で行動しているのであれば、それはこの事態を収拾するためのものだろう。
「ヤステトの性格的に、居場所が分かっているハークドック辺りと合流すると思ったのだがね。ハークドックとマセッタ君はヤステトとは会っていないとのことだった」
「っ!ハークドック達と会ったのか!?」
「ああ、この国に向かっている最中、マセッタ君を担いで歩いていたハークドックと出会ったよ。二人とも重症だったからね、ツドァリに二人を魔封石の影響圏の外へと連れ出させて治療を行わせている」
二人が無事なのを聞いて安心したが、それと同時に疑問が湧いてきた。ハークドックとマセッタが重症だった?あの二人なら魔法が使えない状況でも通常のアンデッドに遅れを取るとは考えにくい。
獣のアンデッドの襲撃も考えたが、あの辺にいた獣のアンデッドはほとんど真っ直ぐにヌーフサの元へ向かっていたはずだ。
「……誰が二人を襲ったんだ?」
「ハークドックに聞いた話では、ムールシュトという男の仕業だそうだ。君もその男ことはよく知っているだろう?」
その名前を聞き、少し複雑な気持ちになった。この事態はヒルメラが引き起こしたもの、ならばその護衛であるムールシュトもまたヒルメラのためにこの国を混乱に陥れる行動をしているのだろう。
同胞は言っていた。ヒルメラ王女が敵になるのであれば、ムールシュトは躊躇いなく俺達の敵になると。
だが俺が見てきたムールシュトは、同胞のことを気に入り、同胞と仲良くすることを心の底から望んでいた人物だ。
一体あの男はどのような心境で、この国を歩いているのだろうか。
「格納庫に魔封石がない以上、次は資材保管庫に向かう必要があるな」
「そうしたいのは山々だが、あの獣のアンデッドはヌーフサ王子、君を狙っているのだろう?攻城兵器は小回りが利かないし、打ち出す岩もそういくつも運べるわけじゃない。ある程度の数はここにいるうちに減らしておく必要がある」
次々と獣のアンデッドを無力化してはいるが、それはセレンデ国の攻城兵器をユグラの落とし子の才能で本来以上の成果を出しているからだ。
コミハ達は落とし子としての才能は健在だが、それを活かすための魔法は使えない。獣のアンデッド達と正面から戦うことが危険なのは俺達と変わらない。
「ならば自分はここに残る。自分が引きつけている間に――」
「その提案は飲めない。この先このセレンデを立て直すには優れた人物が必要だ。君の代役を務められる者がいない限り、君を護る以上にこの国を救う行動は存在しない」
「……仕方ない。ならばさっさと数を減らすしかないな」
今回の騒動を起こしたヒルメラ王女は論外として、私欲に走っていたチサンテ王子やユミェス王女は適任ではない。現セレンデ王とワシェクトは未だ安否が不明な状態だ。
リティアルの言う通り、このセレンデの未来を考えるのであれば、ヌーフサには命懸けといった行動は控えてもらった方が良い。
「話は決まったね。まずはこの場所に集まりつつある獣のアンデッドの無力化に専念だ。運が良ければヤステト辺りが他の誰かと協力し、魔封石を破壊してくれるやも……まあ期待を多めに含んだ願望ではあるがね。モラリ、コミハ、スマイトス、もう少しばかり頑張ってもらうよ」
「はい!リティアル様!貴方の命令ならば、私はなんだってこなしてみせます!おい、スマイトス、さっさと次の準備だ」
「だから私ばっかり重労働させてるんじゃないよ!?エクドイク、あんたも手伝いなよ!」
「あ、ああ」
正しく運用できればチートが目立つ落とし子勢。
コミハは自身への魔力強化はそこまでですが、魔力を通すことで道具のポテンシャルを精確に把握できます。多分近代兵器とか一番上手に使える子です。
モラリは本人があまり器用ではないですがスナイパーの観測手とか天職です。
毒手の出番がまるでないスマイトスは不憫ですが、腕力はギリスタとかと同等なので、単純な戦闘力では女性陣の中でも上位だったりするし、毒手が決まれば人間相手なら誰にでも勝てる可能性を秘めている。でも扱いが不憫。