そんなわけで、絵面が酷い。
恐竜アンデッドは咆哮により互いに情報を伝達する能力があるようで、ウルフェが最初に一体を吹き飛ばしてから次々と集まってきた。
個体的な強さは上級前後、アンデッドとして不死性があることを除けばそこまでの脅威はない。それこそ『紫』の悪魔集団をぶつけられるよりも安全ではある。
「たあぁっ!」
ただそのアンデッドとしての不死性が厄介なことには変わりない。半端に吹き飛ばしても、再生に掛かる時間が少し増えるだけで、むしろ背後を取られるリスクが増してしまうのだ。
それなりの巨体を再生不可能なレベルに吹き飛ばすにはそれなりの魔力を消費するようで、最初はイリアスも数体ほど倒していたが、すぐにウルフェに任せる判断をしていた。
「だがこうなると、適材適所ではあるかな。ウルフェ、まだ余裕はあるかな?」
「はい!全然大丈夫です!」
「魔力もそうだけど、体力の方も気にするように。……それにしても、これは異様だな」
「このようなアンデッドと戦う光景は異様で当然だとは思うが、他に何かあるのか?」
イリアス達は恐竜を知らないからこそ、今戦っている相手が正体不明の獣をアンデッド化した存在だということしか把握できていない。
だがもしもこのアンデッド達がセレンデの遺跡に保管されていた恐竜の化石だった場合、不自然でしかないのだ。
「――同じ種類しかいないと思ってね」
「どういうことだ?」
「恐らくこのアンデッド達はセレンデの遺跡にあった、先人達が遺跡建築の際に発見した化石――骨を元に生み出されたものだ。サイズを見れば戦力として使えるだろうとヒルメラが判断することはできるけど、その全てが同じ種類というのがね」
化石は特定の地層に眠るものだ。その地層を調べた場合、他の恐竜の化石が見つかっていてもおかしくない。それこそユウティラヌスよりももっと巨大なレックスのような化石がある可能性だってある。
なのに今の所遭遇した恐竜アンデッドは全て同じ、ユウティラヌスのような毛皮に覆われた恐竜だ。先人達が恐竜の化石を仕分けて保管していたから……とは考えにくい。
仮にそれぞれの場所に同じ恐竜の化石を保管していたとして、見つかったのが一種類分だけということはないはずだ。
先人達にとってこの恐竜が特別だった?いや、そもそも化石の状態で発見したのだから、他の恐竜の化石との思い入れの差はないはず。
「確かに、あの大きさほどある獣が存在していた時代があるのであれば、他にも戦力になりそうな獣が生息していた可能性はあるな」
「――今考えることではないかな。違う種類のアンデッドを温存しているかもしれない程度は考えておこう」
「そうだな。敵がどのような姿をしていようと、倒すべき障害であることには違いないのだからな」
今はこのサイズで収まっていることに安堵しておくとしよう。そしてウルフェが暴れ始めてから、そろそろ良い時間が経過した頃ではあるが――そう考えていたところに別行動を取っていたミクスが戻ってくる。
こちらも恐竜アンデッドの観察と、ヒルメラについての理解をある程度深めつつミクスが戻るのを備えていた。
「ご友人、戻りましたぞ!」
「よし、じゃあ早速頼むよ」
ミクスはセレンデ城の見取り図の上に次々と矢印を書いていく。これは見つけた恐竜アンデッドがそれぞれどのように動いていくかを意味するもの。どのアンデッドも同じようにこちらに向かっているように見えるが、一部のアンデッドが最短ではなく別のルートを進んでいることに気づく。
「ここに何か進路を防ぐようなものは?」
「いえ、特には」
ならこのルートを通ってほしくないということ。そこにあるのは城壁に付随する側防塔。位置的にヒルメラが居住する位置から見下ろせる場所にある。ならこの不自然な動きがある理由は……一つ。
「ならここだ。ここにワシェクトがいる。あのアンデッド達はイリアス達と戦闘する際に鼻を動かしている様子が見られた。敵味方を区別するための手段が嗅覚、仲間内での情報伝達に聴覚を利用している」
「ふむ?」
「ヒルメラがあのアンデッドを用意したのは自分を守るためじゃない。国に解き放って特定の臭いを持つ人間を殺すのが理由だ。それはヌーフサだ」
王族達が愛用しているのかはさておき、ワシェクトとヌーフサからは同じような香水の匂いがしていた。ヒルメラはこの恐竜アンデッド達にその匂いを覚えさせ、街に解き放っているのだろう。
通常のアンデッドならば人数差をつけることで対応もできるが、あの恐竜アンデッドが相手ではヌーフサの護衛には辛いものがある。彼には上手く生き残って欲しいが、生憎と手助けをする余裕はなく、咆哮による情報伝達を聞きつけたエクドイクやデュヴレオリが合流するのを祈るしかない。
「なるほど、あのおふた方からは似た匂いが漂っていましたからな。うっかり監禁しているワシェクト殿が襲われないように、対応をしているわけですな」
「おそらくはあのアンデッドが近づかないよう、何かしらの匂いがするものが設置されているはずだ。……さて、どうしたものかな」
あの側防塔には恐竜アンデッドは近寄らないのだから、ワシェクトの安全を確保するのであれば下手な救助はしない方が良い。
下手に外に出してしまえば、嗅覚だけでしか敵味方を区別できない恐竜アンデッドに襲われる可能性が高い。
そうなればミクス一人では危険だし、だからといってワシェクトを助け出すためだけにイリアスやウルフェを回すわけにもいかない。
最優先にすべきなのはワシェクトの救出よりも、この事態の収拾だ。ならばいっそ……。
「助けにはいかないのか?」
「……ああ、救出は後回しにしよう。ただミクスは側防塔に向かってもらうけどね」
「それは構いませぬが……何をすればよろしいので?」
考えた策の内容をミクスに説明する。ミクスは一緒に聞いていたイリアスと共に複雑な顔をするも、すぐさま側防塔の方へと向かっていった。
「さて、と。ミクスの仕事が終わるまでに、こちらもやることを進めておこう」
「……ワシェクト王子を救出し、ヒルメラ王女を説得してもらうことはできないのか?」
「ヒルメラの性格からして、この一件を起こす前にワシェクトと話をしているはずだ。ワシェクトならその場で説得を試みるだろうけど、事が起きたということはそういうことだよ」
ワシェクトの性格を考えるに、豹変したヒルメラの行動に唖然とし、現実的な意見での説得を行っただろう。しかしヒルメラには死霊術という禁忌、非現実的な力があるのだから軽く流されてお終いとなる。
「君が入れ知恵をし、ワシェクト王子にヒルメラ王女が求めている言葉を――」
「言わせることはできる。だけどヒルメラは言わされていることを見抜ける程度には冷静だ」
行動が狂気に染まっていたとしても、それは客観的なものに過ぎない。アンデッドを複数の場所で展開させたり、保管されていた魔封石を街に運び入れたり等、その思考には筋が通っているのだ。
彼女にとって予想外だったのは、得られるはずの王座をワシェクトがヌーフサに譲ってしまったことくらいのものだろう。だがそれももう彼女の中では再分析を済ませ、今のワシェクトへの理解を深めているに違いない。
「こんなこと、ワシェクト王子の望むことではないだろうに……」
イリアスもワシェクトが自慢気にヒルメラのことを語る姿を見ている。仲睦まじい兄妹の姿はイリアスにとっても羨ましいと思えるものなのだろう。
ただワシェクトは献身的過ぎた。あらゆる優位を捨て、ヒルメラの味方になろうとする姿は彼女にとって影響が強過ぎたのだ。
ヒルメラはどうにかして、受け取ってきたものを返そうとしてきた。その気持ちが募りすぎて、拗れてしまい、拗れ過ぎた。その結果が今だ。
あらゆる環境が混ざり合ったからこその経過、誰かにその責任を追求するようなことはできない。しかし、起きてしまった結果の責任は当事者が取らねばならないのだ。
◇
獣のアンデッドが狙いを定めていたのは、避難誘導を行っていた兵士達。その中にはヌーフサ王子の姿もあった。
彼らは長い槍を使い応戦するものの、その質量を抑え込むことができないでいる。通常のアンデッドならばその腕が届かない距離で抑え込むこともできるだろうが、人間の四~五倍はある巨体が相手ではそれもかなわない。
数は全部で五匹、しかし時間が経てばさらなる援軍が到着するだろう。
「エクドイク、どうするの!?」
「――恐らくあの獣のアンデッドの狙いはヌーフサ王子だ。彼をこの場から引き離すぞ!」
鎖を家屋の部位に巻きつけ、その引き寄せる反動で屋根の上へと移動、応戦している兵士達の頭上を越え、ヌーフサ王子の傍へと着地した。
「お前はユグラの星の民の――」
「エクドイクだ。奴らの狙いはヌーフサ王子、お前で間違いないだろう」
「そのようだな。それで、魔法が使えない状態であれらをどうにかできるか?」
「無理だ。だが逃げ足には多少自信がある」
「――よし、連れて行け。お前達は避難誘導を続けろ!自分はこの者らと共にその獣を遠くへと誘導する!」
ヌーフサ王子の指示が出るのを確認し、彼の体に鎖を巻きつける。魔法で細かい調整ができないせいで加減が難しいが、鎧を着込んでいるようなのでそこまで気にする必要はないだろう。
鎖を使い、家屋の屋根へと飛び移る。二人分の重量ともなるとやはり動きは落ちるが、逃げる分には問題なさそうだ。
こちらの動きに勘付いたのか、獣のアンデッド達は更に強引に突破を試みようとしている。
「特に策はない。諸々任せる」
「ならばまずは西だ。そっちの方は避難を済ませてある」
言われるままに屋根伝いに移動を開始する。獣のアンデッドは咆哮を繰り返し、後を追ってくる。
塀程度ならば破壊して進んでくるが、家屋は岩のように捉えているのだろう。最短距離ではなく迂回しながらの追跡の分、逃げることに専念すれば追いつかれる心配はなさそうだ。
ある程度の距離を放し、屋根の上で様子を伺っていると『蒼』とメリーアを乗せたエードが屋根の上へと飛び乗ってきた。
「アンデッドの……いや、それよりも馬で屋根に飛び移れるのか。便利だな」
「貸さないわよ」
「ふん、セレンデの王子がアンデッドの馬に跨がるなぞ、階段で滑って死ぬよりも滑稽だ」
「鎖で縛られた状態で持ち運びされておいてよく言うわね。それよりも、周囲の獣達がどんどんこっちに集まっているわ。数は十を超えるわよ」
ヌーフサは自分の足で立ち、周囲を見渡した。こうしている間にも獣のアンデッドはどんどん距離を詰め、すぐにでもこの家屋を破壊して攻撃を仕掛けようとしてくるだろう。
「両手で数えられない数だからと、悲観にくれることはない。連携が取れるのはこの三人だけか?」
「ああ、そうだ」
ヌーフサは俺達を順番に観察し、そのまま溜め息を吐いた。
「泣けてくるな」
「片手で数えられる数だからって、悲観にくれることないじゃない。私はこう見えても魔王だし、そっちのエクドイクは魔族なのよ」
「わ、私は一応聖騎士です!」
「泣けてくるな」
「地味に腹が立つわね、この王子」
ヌーフサ王子、セレンデの王子の中でこの男が最も秀でていると同胞は評価していた。独特の雰囲気はあるが、確かに同胞やマリトのような頭のキレる類特有の目をしている。
「本来なら避難誘導を続けたいところではあるが、あの獣達が自分を狙う以上、自分も遊撃に加わる他ないようだ。なればまず行うべきは運び込まれた魔封石の撤去だ」
「確かにそうだな。魔法さえ使えればアンデッドの除去は可能になる。メジスからの援軍も効率良く動けるだろう」
「この街全域に効果を及ぼせるのであれば、運び込まれた魔封石の大きさは小さめの民家ほどの規模だろう。運ぶには相応の人手と道具が必要になるわけだが……あの獣共に運ばせればその必要量は半分以下にはなるか」
アンデッドの強みは肉体の限界を無視した力を発揮できるところだ。それが元々人よりも力のある獣ならば、その運搬能力は格段に上がっていると考えていい。
「しかしあの獣のアンデッドには知性などは感じられない。運び込むにはその習性を利用した何らかの手段を使っているのではないのか?」
「そうだな。魔封石を乗せた荷車に括り付け、何かしら追いたくなるような何かを先行させて街へと誘導したと考えられる」
「でもベラードが空から見た限りでは発見できなかったって言ってたわよ?」
「建物の中に移されたんだろう。逆を言えば民家ほどの大きさの魔封石を格納できる入り口のある建物のいずれかが当たりだ」
そんな建物はそうそうあるものではない。それらを順々に巡れば、そう時間が掛からない内に見つけ出すことはできるだろう。
「ならば近くにある場所から向かうとしよう。ここからならどこが近い?」
「馬車ごと中に入れる資材保管庫か、攻城兵器の格納庫辺りだな。先に攻城兵器の方を目指すとしよう」
「そうだ、あの獣のアンデッドに通用しそうな兵器があったりしない?」
「泣けてきた理由の一つがそれだ。城壁や門を破る兵器があったところで自分を含めた四人でどう扱えと」
「……それもそうね」
相手は物言わぬ建築物ではなく、縦横無尽に動き回る獣だ。あまり期待はしない方が良いだろう。
俺はヌーフサと一緒に屋根伝いに移動し、『蒼』達はある程度の距離を取りつつ並走して向かうこととなった。
結局ラクラとは合流できなかったが……巻き込まれていないだけ良かったと考えよう。きっと何かしらやるべきことを見つけ動いているに違いない。
「しかし絵面が酷いな。まるで拐われの王子だ」
「アンデッドの馬に乗るよりマシなのだろう?」
「最悪よりマシなら何でも良いと言うわけではない」
「意外と似合っているぞ」
「自分でもそう思えてしまうからこそ、嫌悪感が増すんだ」
もっとも、誰かに抱きかかえられる姿は同胞が一番絵になっているのだが。
2月を越えてリアルの方は余裕ができ始めたのですが、絶賛風邪中なので更新が遅れております。
皆もお大事にね!