そんなわけで、ちょっと重いのは内緒だ。
「いい動きだね。我流というよりは喧嘩慣れしてるって感じだけど」
こっちの人数が多いせいか、ムールシュトの攻撃には勢いがねぇ。ただそれでもやりあって分かったのは、こいつの剣技には少しの甘さもねぇってことだ。
「おうよ、冒険者と酒場での殴り合いは日課だったからな!」
国勤めの兵士や騎士様ってのは大抵が型を大切にして戦う。それが強いと学んだからこそだし、実際に隙がねぇ。でもそれをてめぇ自身のものにできているかはまた別だ。
だから大抵の実力者だろうと、そういった類の連中は崩せる。隙がなくても作らせりゃいいって話だからな。
近くにあった荷車を掴み、ムールシュトの方へと投げつける。当然のように回避されるが、その回避先の方へと回り込み、戦棍の一撃を叩き込む。
「うおっ!?」
ムールシュトは回避をしながら荷車の上に乗せられていた木箱を掴んでいたのか、回り込んでいた俺へと放っていた。咄嗟に戦棍で砕いたところに剣の突きが飛び出してくる。
「はははっ!凄い反応だね。いや、これは反応を超えているというのかな?まるで危険を事前に察知しているかのようだ」
「くっそ、お姫様の護衛ならもっと綺麗な戦い方をしろっての」
奴の剣技は何度か見たセレンデの兵士達のものに似ている。だがそれを洗練させるわけじゃなく、てめぇの感性に合うように弄ってやがる。つまるところ、習った剣技を型破りながらもてめぇのものにしてるってわけだ。こういう手合は対応力が段違いで厄介だ。
「それは君が言える台詞じゃないだろう」
「そりゃごもっともで……ってマセッタ!もうちょい援護できねぇのか!?」
戦闘が始まってから数度の衝突、最初は俺の攻撃の合間に牽制の魔法を打ち込んでいたマセッタの様子がおかしい。立ち位置的にも魔法を打ち込むことはできるはずだってのに、しっかりしてくれよ!?
「打てないのよ!急に魔法の構築が分解されて……!どこかに魔封石が仕込まれてると思うんだけど……!」
「まじか、どれどれ――ッ!?」
探知魔法を使おうとした瞬間、その構築が分解された。確かにこれは魔封石の効果で間違いねぇ。
「セレンデ本国の近くに保管していた戦争用の魔封石だよ。アンデッド達に運ばせておいたそうだけど、どうやら届いたようだね」
「自国領で魔法を使えなくするとか、正気なの!?」
「正気かどうかはわからないなぁ。わかるのはこれでユグラ教お得意の浄化魔法は使えない。隣国であるメジスに助けを求め、それにメジスが応えたとしてもそう簡単にこの事態は収束できなくなったということだね」
ぶっ飛んでやがるな、そのヒルメラって王女は。どうやって後片付けするつもりなんだか……綺麗好きな俺としちゃあ、仲良くなれそうにはねぇな。
ただこれでマセッタの助けは得られなくなったと考えていい。ユグラ教の聖職者達はどっしりと構えて魔法で盤面を制圧するのを得意とするが、その反面魔力強化を使っての近接戦とかはほとんどからっきしだ。それを補うための強固な結界も使えないんじゃぁ、こいつの相手を手伝わせるのは酷な話にしかならねぇ。
「仕方ねぇ。男らしく正々堂々と戦うとしますかね。マセッタ、お前は逃げてろ……つっても魔法が使えねぇんじゃ下手に動き回るのもよろしくねぇな」
「殺すのは君だけの予定だし、大人しくしてる分には見逃してもいいけどね」
「だ、そうだ。俺の方が人気者らしいぜ、羨ましいだろ」
「あんたね……」
こうなった以上、俺一人でこいつを倒すしかねぇんだが……魔法が使えねぇってことは極小の結界を使う奥の手も封じられたってことだ。
魔力強化と持ち前の技量、どっちもイマイチ自信がねぇ分野だが泣き言言ってる場合じゃねぇ。決め手を作るのならこの右腕、こいつに賭ける。
「基礎的な戦闘力が低い割に、反応だけは超一流だ。どうも君の肉体は一部常人とは違っているようだね」
「そいつはお互い様だろうけど……なっ!」
ムールシュトが斬り掛かってくるのをギリギリで回避し続ける。本能様の助けがあればこういった芸当は造作もねぇ。まずは剣の間合い、速度に慣れる。そこからどう繋げたもんか……よしっ!
「これは――」
ムールシュトが横に払った剣を跳躍で回避し、右腕の悪魔を変化させる。大雑把に、ただひたすらに広がれと念じ、巨大な黒い布状へと。
「――包めっ!」
右腕の悪魔は俺の念じた通りにムールシュトに覆い被さるように襲い掛かる。回避が難しいと判断した奴は剣を悪魔へと突き刺し、自らを包もうとする布に大きな亀裂を作っていく。
「強度が全然ない――拘束じゃなくて目眩ましか」
「おうよ、大ぶりをしっかりと当てるための………なっ!」
布の部分を切り離しつつムールシュトの正面に陣取り、渾身の力を込めた戦棍の一撃をムールシュトの胸元へと叩き込む。鎧が潰れ、武器ごしに奴の胸の骨をへし折る感触が伝わってきた。
魔法が使えねぇ以上、このダメージはこいつにとってもかなりでかい。傷を治すことはおろか、痛みを和らげることだって――っ!?
「うおっ!?」
本能様の前蹴りが腹に入ったかのような感じで、体がムールシュトから離れる。視界に映ったのは俺がいた位置を通り過ぎる剣の一閃。
くそ、筋を少し痛めた。普段は本能様の無茶を受け入れられるよう覚悟をしている状態だが、今のは完全な不意打ちだった。
「このタイミングでも避けちゃうか。油断が微塵もないね」
「……骨、折れただろ。なんで平気そうな面してんだよ」
剣で布状にした悪魔の部位を切り払い、ムールシュトの全身がはっきりと見えた。俺の一撃は間違いなく奴の胸に打ち込まれているし、ムールシュトの口から僅かな血がこぼれ出ているのも見える。
ムールシュトは自分の胸元を確認し、凹んだ鎧の胸の部分を取り外していく。
「痛いと言えば痛いけど、これくらい支障はないよ」
俺だって骨が折れた状態で戦ったことはある。それこそ腕が吹き飛んでも立ち上がることはできた。
だが立てはしても、満足に動くことはできねぇ。無理に動けば折れた骨が肉を抉り、激痛が走る。体がその痛みから逃げようとして動きが鈍るんだ。
なのに今の反撃は今まで以上に鋭いものだった。それでいて涼しい顔をしてるってのは不気味でしかねぇ。
いや、そうか。これがこいつの落とし子としての才能なのか。詳しくは分からねぇが、意識がある限りこいつは平然な顔のまま戦えるって考えたほうがいいな。
「ったく、我慢づえーにもほどがあるぞ……」
「この前仕留めそこねた相手の時と比べたら、かすり傷のようなものだよ」
「それがかすり傷って、どんなバケモンと戦ったんだよ……」
「アークリアルとかいう人なんだけど、知ってる?」
ムールシュトを挟んで奥側にいるマセッタの顔がすげーことになってる。多分俺も似た顔をしてんだろーな。
いやいや、アークリアルと戦った!?しかも仕留めそこねた!?嘘だろ、あいつ伝説の勇者ユグラと同格の戦闘センスもってる奴だぞ!?
以前セラエスを捕まえようとした時、俺達はアークリアルを見て逃げることしかできなかった。本能様も絶対に剣の間合いに入るなって、全身の皮膚をつねるように後ろに引っ張ってたってくらいだ。
「なんで生きてんだよ……」
「心臓まで刃が届いた時は流石に不味いかなーとは思ったけどね。いやぁ、強かったけど脆くて助かったよ」
刃が心臓まで届いてたら普通死にますがね?あれ、こいつ人間じゃねぇんじゃ?そう思っとこ、うん。
「……命乞いをしちゃ、ダメですかね?」
「それは難しいかな。今君の攻撃を受けてわかったけど、君の行動はなかなか読めない。多分ヒルメラ様も君がいると予想外の行動を取られて調子が狂っちゃうだろうからね」
よし、勝つことは諦めだ。まずはこの場を切り抜けることだけを考えよう。奥の手も封じられた状態でアークリアルを追い詰めるような奴を相手にしてられっか。
まずはマセッタを先に逃して、その後俺が追われながらセレンデ中を逃げ回る。本能様をフルに活かして全力で逃げ回りゃ、それなりに時間は稼げるだろう。その間にマセッタにウルフェやイリアスの姐さんを呼んでもらえれば、どうにかなるかもしれねぇ。それがダメでも逃げ続けりゃ、兄弟がヒルメラ王女をどうにかしてくれる。
「さて、この剣にも慣れてきたし……そろそろ踏み込んでいこうかな」
「マセッタ、お前は先に――っ!?」
突然左足の腱が千切れた。ムールシュトの攻撃じゃなく、本能様がありえねぇ力で俺の姿勢を崩しにかかった。当然立っていられるわけもなく、体は沈み、地面へと――
「がっ!?」
崩れていく際に、体の上側にあった右肩が弾け飛ぶ。続けて全身にえげつねぇ衝撃がぶつけられて体がぶっ飛んだ。視界が回っている間にどこかに叩きつけられ、そのまま地面へと崩れる。
「ハークドックッ!?」
何が、何が起こった?一瞬、ムールシュトがでかく見えたかと思ったら……っ!
さっきまで俺が立っていた位置にムールシュトがいる。剣を突き出した姿勢をゆっくりと解いて、俺の方を見ている。
「――凄いや。この速度にも反応できるんだ」
「なに……しやがった……」
「ただの魔力強化からの一撃だよ」
斬られた?いや、突かれたのか。それだけで右肩が抉れて、全身が吹っ飛ばされた!?確かに魔法が使えねぇ以上、今のは魔力強化による飛び込みで間違いねぇ。だが今の速度、姐さん達と同等……いやそれ以上じゃ……。
こんな速度、普通ならありえねぇ。ウルフェだって膨大な魔力を噴出させてようやくあの速度が出るんだぞ。それ以上の出力を出すとなりゃあ、俺の奥の手のような……っ!
「超高密度の圧縮……か……」
「あは、やっぱり君はそういった使い方を知っているんだね。その右腕はその技の暴発の影響とかかな?」
こいつの強さの仕組みが色々と見えてきた。
俺が危機回避能力の才能に引っ張られ、探知魔法といった索敵技能が伸びたように、こいつも落とし子の才能と組み合わせた独自の才能がある。
魔力強化による身体能力強化には、その負荷に耐えうるだけの肉体強化を合わせなきゃならねぇ。その肉体強化の練度が高ければ高いほど、身体能力の上限を伸ばせる。
イリアスの姐さんは肉体強化の練度が異常に高く、ウルフェの場合は肉体強化以外に魔力の噴出といった外的な要素を取り入れることで補っている。
そしてムールシュトの場合、こいつは落とし子の才能としてひたすらに頑丈なんだ。骨の強度は並でも、筋肉の柔軟性とかが異常に優れている。
体を斬られても、肉を自在に操れるのなら即座に血も止められる。心臓を斬られても力技で元の状態に押し留めることができるってわけか。素の状態で肉体強化されているようなもんだ。そりゃあ身体能力の向上だけに注ぎ込めりゃ、この異常な速度にも納得がいく。
「が、ふ……」
右肩が吹き飛ばされた衝撃で、周辺の骨もかなり折れてやがる。口から流れる血のせいで呼吸も上手くできねぇ、ちょっとばかしこいつは不味いな……。
本能様が俺の足の腱を無理やり切ったのも、俺の動きじゃ避けきれねぇって判断したんだろう。それ以外じゃ確実に死んでたってわけだ。
最適な動きを直感的に把握できるアークリアルが敗れた理由もそこか。ムールシュトはきっと今以上の速度で攻撃ができる。そんな速度を回避しつつ反撃ができるのがアークリアルだが、その速度についていくために動かす体への負担は相当で、スタミナが切れて掴まったんだろうな。どれだけ斬ってもくたばらねぇ奴が、延々と物凄い速度で斬り掛かってくるとか、そりゃあ冗談じゃねぇよな。
「肉体強化は意思の強さに比例する。より洗練し研ぎ澄ませるか、爆発的な感情を以てその域へと押し上げるか……僕の場合は後者だ。これが才能なのか、病なのかは……どうでもいいか」
奴は感情を爆発的に増幅させ、身体能力の強化を行っている。それこそ体の中で魔力を爆発させるかのようなレベルでの加速だ。常人なら一回で再起不能になるっての。
ムールシュトはゆっくりとこちらの方へと歩み寄る。逃げてぇが、体が思うように動かねぇ。
この体の震えは、ダメージによるものじゃねぇ。いつもなら根性だなんだので、無理やり起きれるはずなのに、さっきの一撃の際に感じた奴の圧に押されちまっている。
「……おい、やめろ、マセッタ」
俺を庇うように、マセッタがムールシュトの前に立ち塞がっている。顔は見えねぇが、その足が震えているのははっきりとわかる。そりゃあ目の前で格の違いを見せつけられたんだ、怖えに決まってる。
「マセッタ、僕はまともじゃない部類に入るけど、誰も彼も殺してしまいたいと思うわけじゃないんだ。そこのハークドックは殺さないといけないと判断したけど、君は生かしても良いと思っている」
「……」
「君を殺すのも殺さないのも、大して変わらない。だけど、気分的には殺したくないんだ」
「……じゃない」
「君にできることは他に沢山ある。ここで無駄に――」
「はいそうですかって、見捨てるわけないじゃない!」
ああ、くそ。その気持ちは分かる、分かるんだマセッタ。俺だって立場が逆なら殺されたって構わねぇってお前を守るだろうよ。だけどな、それをされるのは嫌なんだよ、これが俺のわがままだとしても、そこは汲み取ってくれよ、畜生。
「まいったな……そんな心を見せられちゃ、やり難いったらありゃしないんだけど……。まあ、いっか」
「――っ!?」
マセッタの体が崩れていき、その先には剣についた血を拭い、鞘へと戻すムールシュトの姿。倒れたマセッタから血が滲み出し、どんどんと広がっていく。
「マセッタ……!ムールシュト……!この野郎……!」
奥歯が砕けそうになるほどに食いしばり、体を起こしていく。折れた骨があちこちに突き刺さり、肉が裂けていくのがわかるが関係ねぇ。
ああくそ、情けねえ。遅えんだよ、なんでこうなる前に立ち上がらねぇんだ俺。今更立ち上がったところで、何が変わるってんだ。だけどこいつは許せねぇ、何が何でも――
「殺してはいないよ。放っておけば死ぬだろうけどね」
「なん……」
マセッタの方へと視線がいく。かすかに痛みに反応して震えている。まだ死んではいねぇ。
「僕の目的は君をこの騒動から遠ざけることだ。君達を見逃した場合、マセッタは君を魔封石の影響のない場所まで運んで治療する。そうなると良いタイミングで戻ってくるかもしれないからね。それは避けたい」
ムールシュトは背を向けながら、一つの方角を指差した。その方向はセレンデ城から遠ざかる向きだ。
「あっちの方角に向かえば魔封石の範囲から早く抜け出せることができる。それまで彼女の意識が残っていれば、自分で応急手当くらいはできるかもね。君の治療はできないだろうけど、まあ君はそのくらいの怪我じゃ死なないだろう、多分」
「どういう……つもりだ……てめぇ……」
「彼女の気持ちが理解できたからね。理解できてしまった以上は殺したくない。だから生かす道を用意しただけにすぎないよ」
ムールシュトはそういってその場を去っていった。はっとしてマセッタの方へと近づき、容態を確認する。
臓物は斬られてねぇが、傷は全然浅くねぇ。右腕の悪魔を布状に変化させ、マセッタの体に巻きつけて止血をする。
「おい、マセッタ……。聞こえてっか?」
「……一応は」
返事はあったが、かなり苦しそうなのがわかる。魔力強化に集中し、体内の出血を最小限に抑えてはいるようだが、そう長くは持ちそうにねぇ。
治療をするには魔封石の効果範囲から出る必要がある。マセッタを背負い、ゆっくりと立ち上がる。
「いっぎっ!?」
右肩の痛みもあるが、痛みのヤバさで言えば千切れた腱が段違いにやべぇ。自分の体重だけでもやべぇのに、二人分ともなれば足への負担も相当だ。だが逆にありがてぇ、こいつならうっかり気絶する余裕もねぇだろうからな。
「……置いていっては……くれないわよね」
「お前が俺の前に立ってなきゃ……置いていったかもな」
「……じゃあ無理ね」
マセッタはそれ以降口を開こうとはしなかった。それだけ余裕がねぇってことだ。早いところ移動しなきゃな。
俺は一歩ずつゆっくりと進み、ムールシュトが指した方向へと進んでいった。
今後アークリアルは体力作りに専念しそう。