さしあたって、いや確実に。
ちょっとややこしいですけど主人公がざっくりまとめるので深く考えなくても問題ありません。
「それで、何故ラッツェル卿がここに?」
当然ながらマリトの第一声は、イリアスを歓迎するものではなかった。
イリアスを関わらせないための最後の防波堤だ。多少は頑張って欲しいところ。
「関わらせろと言われたから連れてきた。食い下がられて説得は失敗した」
「君なら突き放すことくらい容易いだろうに」
「ああ、できなくはない。だが縁を切ってまで突き放すより、巻き込む方を選んだ」
「弱いね」
「強いといった覚えはないな」
マリトはふむと呟き、イリアスと向き合う。その顔はこちらに向ける軽い表情ではない。王が騎士に見せる顔だ。
「ラッツェル卿。今彼と共に抱えている問題は非常に厄介な問題だ。それに関われば懇意にしているユグラ教のマーヤ、ラグドー隊の面々との関係も崩れるやもしれん。出会って間もない彼と、今まで共に歩んできた者達を天秤に掛けることとなり、最悪両方失うこともあるだろう」
「そうなればその程度の器だったと言うだけのことです」
「惚れた弱みと言うわけでもないだろう。何がそこまで君を踏み込ませた」
「……分かりません。ただ決意だけが前に出てきました」
「――そうか、理由が分からないのであれば論破することもできんな」
マリトはこちらを向き、溜息を吐く。あ、表情が残念になってる。
「君が責任取るんだよ?」
「まじかよ。王様に任せようと思ったのに」
「ラッツェル卿が関わろうとした理由ははっきりせずとも、原因が君なのは明らかだ。彼女に見られた不甲斐無さを反省することだね」
「耳が痛いな……。まあ良いだろう。それじゃあ話を始める。イリアスは聞きたいことがあったら挙手をしてくれ」
「わかった」
「まずラクラが殺されること、これをどうにかしたい」
即座に手が挙がる。
「早いな、おい。ビックリしたぞ」
「いきなりぶっ飛んだ話題が出て来て、私もビックリしたぞ!?」
「そりゃあラッツェル卿は何も聞かされていないんだから、きちんと段階を踏んで説明しなきゃだよ」
「そうだったな。じゃあもう少し手前のところから説明するぞ」
「ああ、頼む」
「ユグラ教内にいる魔王信仰者の手によって――」
即座に手を上げられる。
「痛い。イリアス、痛いって」
「君はこの期に及んで私をからかいたいのか?そうなんだな?」
仕方がないので一から説明する。しかしマリトの奴、少しも止める気がないな。
「イリアスが理解できる地点からの説明となると……結構最初からだな。――面倒だ」
「最後の一言、小声でもはっきり聞こえているぞ」
「ドコラを討伐した後日の話だな。ドコラの残した餞別をカラ爺と一緒に回収した。それがラクラの探していた本だ。イリアスが一人で玄関に座っていじけていた日の話な」
「そんな時から……」
「表題からヤバイ書物だと臭わせていたから、読まずにラグドー卿に預けていた。だがその後、立食会にて本の解読をマリトから依頼された。禁忌を嫌うユグラ教の大司教であるマーヤさんに気取られたくない理由から最初は宮廷道化師、または尚書候補という体裁で城に通うことから始めていた。これが最近までの流れだ」
「そんなことがあったのか……しかし死霊術の本を解読するなどと……」
「当初はユグラ教が保管していた本なのかさえ分からなかったが、いずれかの国で保管されていたという可能性は高かった。それ故に隠されていた本の脅威度を調べるために――と言う感じだ」
「確かに。他の国が関与しているなら見過ごせる話ではないな」
「そろそろ解読を始めようと言ったタイミングで、ラクラがターイズにやって来た。驚くほどのポンコツっぷりのおかげで、本の所有者がメジスであることが判明。本をいつまでも隠し持っておくわけにもいかなくなり、本の解読を開始した」
そのポンコツっぷりが罠ではないかと本気でマリトと討論したことは言わないでおく。
「それでラクラ相手に時間稼ぎをしていたのか。……いや待て、ラクラはマーヤと同じく嘘を見抜ける力を持っていたはずだぞ?」
「嘘を使わずに真実だけで誤魔化した。おかげでマーヤさんには手の内がばれたけどな」
「そんな簡単に……」
「ただラクラが正直に報告したもんだから、ユグラ教の偉い人から素性を明かし本の捜索を協力してもらうようにとラクラに指示が出た。そこからはイリアスの知るところだ」
「泊り込みの理由は解読だったのか……。だが待てよ、何故君が解読を手伝っているのだ?」
そこでラグドー卿が件の本を取り出して机の上に置く。
「その本は地球、ついでに言うならこっちの故郷である日本国の言葉で書かれていたからだ」
「確かに……見たことのない言語だ」
イリアスは一旦話を止め、頭の中で整理を始めた。その間にマリトと細かい話を進めておく。
「よし、取り敢えず整理が付いたぞ。だがそれでも最初の流れには辿りつけないのだが……」
「本の完全な解読を抜きにしても、死霊術を取得するための情報が記載されているのは確実だ。ユグラ教の目的はそんな危険な本を見つけられないと報告していたマーヤさんへの疑心を解決すること。そしてそれをラクラのようなポンコツ一人に任せるわけはないだろうと言うのがここにいる全員の意見だ」
「それは……そうだな納得できる」
悲しきかなラクラの信頼度。イリアスだって説得できるぞ!
「つまりこのターイズにはラクラを囮として、別の捜索者が潜伏している可能性が高いと見られていた。だが先日の協力要請の際にそういった話はなかった。在ると想定した上で考えられる理由、それはその捜索者の素性が伏せなければならない立場であることだ。本を確実に捜索できる人材であると考慮すれば、メジスの暗部といったところだろう」
「そうだな。本を秘密裏に回収するのならばそういう者を使うだろう。その者が今朝の男を……腕前からすれば可能性は高いだろうな」
イリアスも良い感じに状況を理解出来ている。しかしここからがきな臭くなってくるのだ。
「ラクラに指示を出しているのはメジスのウッカ大司教。そしてその指示はラクラの報告の後に日を置いて切り替わった。つまりはラクラの報告を受けた後、ウッカ大司教はその上の役職から判断を仰いだと見て良いだろう」
「大司教の上となると……エウパロ法王か」
「そうだ。そのエウパロ法王がターイズとの関係を悪化させぬよう、本の素性を明かすようにラクラに命じたと見て良いだろう」
「いや待て、では今朝の男は――」
「そうだ。エウパロ法王の指示が出たのはガゼンが殺される前の日だ。組織のトップが平和裏にことを進めようと指示を出した後に殺人が起こったんだ」
「そんなことが――」
「ガゼンは普段から夜の街をふらついている男だ。恐らくは運悪く暗部を見つけてしまったのだろう。そして口封じに殺された。エウパロ法王の意思を尊重するのであれば、潜伏済みの暗部を即時撤退させるのが自然だ。暗部を使う理由はマーヤさんの目を掻い潜るため。公開した以上、最早必要がない」
「それが潜伏を続け、さらには国民の一人を殺めた……」
「そこから考えられることはだ、暗部に指示を出している別の人物がいる。ユグラ教にいながらエウパロ法王の意思に逆らうような奴がな」
「だがラクラを派遣したのはウッカ大司教だった。ならば暗部を派遣したのもウッカ大司教ではないのか?」
「いや、恐らくはウッカ大司教と繋がりのある別人だ」
「どうしてそう言えるのだ?」
「先も言ったがラクラを送り出したウッカ大司教はターイズに対し友好的なエウパロ法王に意見を伝え、その指示を忠実に仰いでいる節がある。だが暗部へ指示を出している者は、そのエウパロ法王の意思を蔑ろにしている。同一人物ではこの思考の差が矛盾しているんだ、前述のウッカ大司教の立場なら撤退させていなければおかしい。だから大本の作戦はウッカ大司教が指示していても、暗部の手配や連絡は別の人間がやっていると見て良いだろう」
「その者の目的は何だ?」
「十中八九本を狙っている。そして現段階で本を手に入れられる人間は誰だ?」
「それはもちろんラクラだな……そうかようやく繋がったか」
「お疲れさん。熱出てないか?」
そう、暗部をわざわざ潜伏させている理由は本をメジスに持ち帰ることではない。
「それじゃあここからもうちょっと危険な話題に入るぞ」
「あ、ああ」
「暗部の連中が本を狙っている理由、それはこの本の内容を知っているからと見て良い」
「そこは気になっていた。内容とは死霊術――ではないのか」
「大まかではあるが本の内容を解読した。この本は死霊術に関する本じゃない。魔王に関する書物だ」
「魔王……最大の禁忌である蘇生魔法か!」
流石のイリアスも魔王の名前が出れば分かりやすく動揺するな。
「ああ、だが蘇生魔法については大した情報はなかった。内容は蘇生魔法によって生まれた魔王の一人、『蒼の魔王』の誕生とその観察を記したものだ」
「魔王の観察だと……」
「詳細は後日説明するとしてだ。この本には魔王にとって重要な情報が満載だということだ」
「あまり知りたくは――いや、なんでもない」
「追い出す口実ができそうだったが、惜しいな。んでこの本だが、エウパロ法王達は恐らく解読はできていない。最大の禁忌に関する情報の流出にラクラなんぞ使っている場合じゃないからな」
「そうだな。最初から死霊術の本として協力を要請するか、秘密裏に暗部だけで捜索させるだろうな」
「だが元々はメジスにあった本だ。メジス、またはユグラ教の関係者しか知らない本があり、そしてエウパロ法王すら知らない本の真の内容を一部の人間だけが知っている。ユグラ教の中から魔王の事情に詳しい者の存在が浮かび上がってくる」
イリアスは頷きながらハッとする。ちょっと水が飲みたくなってきた。
「それが先に言っていた魔王信仰者か」
「信仰者かは知らないけどな。法王の指示を無視し、暗部をターイズに潜伏させ、ラクラから魔王に関する本を奪おうと虎視眈々と息を潜めている。ろくな奴じゃないな」
「ところで、少し良いか?」
「なんだ」
「ちょっと話が長くてややこしくなった。まとめてくれないか」
「ユグラ教の中に勝手に暗部を動かしている奴がいて本を狙ってる。どうにかしなきゃだ」
「よし分かった。最初からそういえば良いのに」
「詳細が分かるように精一杯砕いて解説した労力を返せ!」
本の危険度を知らなければここまでの推測は強引なこじつけに過ぎなかっただろう。だがこの本を解読できたからこそこの推測は正しいと判断できる。
暗部君から教わった暗部の知識、本を読んで得た歴史の裏、それらが告げているのだ。
未だ見えぬ敵がいるのだと、牙を研ぎ潜伏しているのだと。
「それで、今日はラクラに宝物庫に本があったということで渡す予定の日だけど。どうするんだい?」
「本を返したらそれはもうメジスの管轄になる。ラクラを護衛するだけなら問題はないんだが……」
「国民を殺した暗部の存在もうやむやになりかねないね」
「メジスにとっても良いことじゃないだろう」
「ではどうするのだ?」
「考えがないわけじゃないんだがな……まあイリアスがいるなら成功率は上がりそうだ」
「私か?」
ちょいちょいと面子を集めてひそひそ考えを話す。
「ふむ、俺は構わないけど君は良いのかい?」
「ああ、正直知人を殺されて少なからず怒りはある。敵討ちくらいはしてやらないとな」
「そうか、分かったよ。君に任せよう」
「……」
「イリアス。難しい仕事だができそうか?」
「侮るな。君が望むなら私は剣を握る。そして期待以上の成果を挙げて見せよう」
無難な生き方を望んでいる筈なんだけどなぁ……。
いや、この世界で本当の意味で無難を望むなら、それなりの先行投資は必要なのだ。
貧弱なこの身なれど、運は自分に味方をしてくれた。理解の深い王に、優秀な騎士が味方をしてくれる。ああなんて恵まれているのだ。
こんなに恵まれているのならば、その感謝の気持ちを以て応えなければなるまい。
自身の平穏だけでなく、他の者達の無難な未来をも護る手助けをしなくてはならない。
「よし、じゃあ決まりだな。『俺』が奴らの企みを露呈させてやる」
さあ、将来のために精々目立ってやろうじゃないか。
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その後城を出てイリアスと別れ、ラクラを街にある広場に呼び出した。
「尚書様、急にどうなさったのですか?」
「本の場所を教えておこうと思ってな。今は城の宝物庫にある」
「まあ!尚書様の推測通りお城にあったのですね!」
ラクラは嬉しそうに飛び跳ねる。あまり嬉しそうな顔をしてくれるな。
覚悟があるとは言っても、やはり良心というものは痛むのだ。
「その手に詳しいラグドー卿が言うには、確かに死霊術を身に付けるのに必要な情報が記載されていたとのことだ」
「あ、中を見てしまわれたのですね……」
「中に書かれている言語はこの世界の物ではない。メジスでもまだ解読されていないのだろう?」
「ええ、そう聞いています。ただ図示などの情報で死霊術の構築法を知ることができるとか」
「ああ、あったなそういう感じの挿絵」
「覚えちゃダメですよっ!?」
この禁忌に対する反応、やはりユグラ教の教えを大切にしている者ほど禁忌への忌避感は強いのだろう。
「わざわざ道を踏み外す真似はしないさ」
「……それで本は返してもらえるのですよね?」
「ああ、元はメジスが保管していた本だ。持ち出された管理体制には追々口を挟むそうだが、本の所有権を主張するつもりはない」
「それは良かったですっ!」
「ただその前にウッカ大司教に伝えてほしいことがある」
「それは構いませんけど……一体どのようなことを……?」
「ターイズには本に書かれている言葉を解読できる見込みがある。そちらが望むならその内容を共有したいと伝えてくれ」
一瞬言葉の意味を理解できていなかったのか、ラクラは呆然と固まる。
しかし、少しずつ意味を理解し、その危険性を理解した。
「それは……だめですっ!死霊術の知識を無闇に知るべきではありません!」
「死霊術の知識だけならこういう提案はしない。本にはそれ以上の禁忌について書かれている。本を改めた時に確信した」
「なぜ尚書様が……」
「それが尚書候補になった理由だ。『俺』はこう言った言語の解読ができる人物としてマリトに雇われている」
「……嘘ではないのですね」
「ああ。ユグラ教が本の内容をただの死霊術の知識程度にしか思っていないのであれば、この提案は呑むべきだ。それ以上の禁忌に備えるにはな」
「ですがっ!」
彼女を見ていれば嫌でも伝わってくる。ラクラは本当にこちらのことを心配してくれている。
ああ、チクチクする。早くこの話題を切り上げてしまわねばならないだろう。
「ラクラの判断を聞くつもりはない。ウッカ大司教に伝えてもらえれば良い。その上で協力を拒否するのであれば本は即座に返却すると」
「本当ですか?」
「今日の零時にこの場所で答えを聞かせてもらう。答えの是非にかかわらず本は持ってくる。そこは陛下とも話し合って決めたことだから心配しなくて良い」
「――そうですね。わかりました。では早急に連絡をして来ます」
嘘を見抜ける聖職者達、だがそれは裏を返せば容易に信用を得ることができるということだ。
だからこそ深く疑わない。その先に何を考えているのかを邪推しない。
「ああ、だがウッカ大司教には伝えておいてほしい。この話はエウパロ法王の立場に関わりかねないことだと」
「……はい」
ラクラの表情からはいつもの能天気さが薄れていた。あれなら間違いなくお使いを済ませてくれるだろう。
さあ、詰めて行こうじゃないか、黒幕さん。
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ラクラからの急ぎの連絡、それはターイズ側からの提案だった。
その提案を聞いた時、思わず拒否をしようとして固まってしまう。
確かに死霊術への対策として保管していた本が、それ以上の禁忌について書かれていたともなればその価値はより大きくなる。
死霊術以上の禁忌ともなればその数は限られる。その中には最悪の歴史を生み出した蘇生魔法だって含まれている。
それらに備える機会を自分の一存で決めてしまって良いものか。いや、ありえない。
先日も法王様には迷惑を掛けたばかりではないか。ここは相談すべきであろう。
ラクラには夕暮れまでには結論を決めると伝え、一度通信を切る。
「急いで法王様にお伝えせねば――」
「ウッカ様、どうされましたか?」
また呼び止められた、こいつはいつも私の周りにいるな。
ええと、誰だったか。
「ああ、そうだラーハイト司祭であったな」
「まだお若いのですから、そういった物言いは心配になりますよウッカ様」
確かに。普段人の名前を忘れるなど、そんなことはないのだが、どうもこいつの名前は忘れがちになってしまう。
耽美な顔立ちのラーハイト司祭、顔は忘れそうにないのだがなぁ。
やはり覚えるのなら可愛い子が良いな。ラクラのようなぼんきゅっぼんっ!
……そういえばこいつの下の名前なんだったかな、まあ今度思い出そう。
「――いかんいかん。法王様にお急ぎ伝えねばならないことがあったのだ」
「おや、ひょっとしてラクラに探させている本の件でしょうか?」
「察しが良いではないか。……まあ最近この話題ばかりだから仕方ないとも言えるのだが」
うん?そんなに話したっけかな?何か大事な事を忘れているような……。
「差し支えなければお話し願えますか?」
「いや、流石にこれは……まあお前なら構わんか」
「ええ、何かしら気付ける点もあるでしょうから」
「実はだな――」
ラクラから聞かされた話をそのままラーハイト伝える。
「なるほど、それはそれは」
「大変であろう?だから法王様にいち早く伝えねばならないのだ」
「おかしなことを仰りますねウッカ様」
「なんだと?」
ラーハイトはくすくすと笑っている。子供のように笑う奴だな。そういう笑い方は嫌いではないがな。
「ウッカ様はもうそのことを『法王様に話してきた』ではないですか」
「何を……あ、ああ、そうだったな、それで法王様の意見を――」
「『得体の知れぬ者の戯言など信じるものか、協力を破棄し本を取り戻せ』と法王様は仰ったのでしょう?」
「――そうだ、そうだったな。ラクラに早く伝えねばなるまいな」
「ええ、それで急いでおられたのでしょう?」
「お、おお! そうであった! では失礼するぞラーハ――」
あれ、なんて名前だったかな?ええと、あれ、今誰かと話していたか?
いやいや、誰もいないではないか。ううむ、ボケてきたのか?
「おっと、そんな場合ではなかったな!」
--------------------------------------
ラーハイトと呼ばれた男は一室にある水晶を起動する。
程なくして水晶から男の声が響きだす。
「追加の注文でもあるのか?」
「今日の零時、ラクラが本を取得する手筈となりました」
「へぇ、すげぇな。こちとら本の場所を掴みきれてもいなかったのによ」
「本は城にあったようですね」
「なんだよ、やっぱりターイズが隠し持っていたんじゃねぇか。それでいつ奪えば良い?」
「帰還中にでもと思っていたのですが予定を変えましょう。ラクラが本を手に入れたらその場で殺して奪ってください。その場でターイズの者と交渉があるのですよ。その者の仕業に見せかけて殺せば良い隠れ蓑になるでしょう」
「ヒデぇ話だな。だがその交渉相手はどうするんだ?」
「当然殺してください。万が一ラクラが生きていても許しますが、その者が生きることは許しません。死体はこちらに持ち帰ってください」
「事情は分からないが知りたくもねぇ。了解した。運びやすいようにバラしても良いんだよな?」
「ええ、ただし脳は壊さないように。他は道中の獣との戯れに使っても構いません」
「首だけな、了解了解。好きだねあんたも」
通信が途絶えた。ラーハイトは息を吐く。
「協力者の姿形は確か黒髪で黒い瞳……ひょっとするとひょっとしますかね。チキュウ人だとすれば面白い」
ラーハイトは再び水晶に手をかざし起動する。
再び水晶から声が響くがその声は先程の男ではない。
「ラーハイトか、何用だ」
「ドコラが持ち去った本の場所を特定できました。今夜手に入れる予定ですので報告をと」
「そんなものは手に入れてからにしろ」
「いえ、それとは別に報告しておくべきかと思われることがありまして……『緋の魔王』様」