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とりあえずよろしく。

 爽快な痛みと引き換えに夢が終わり、眠気も綺麗に覚めて起床です。

 痛む頭を撫でながら周囲を確認。状況判断。

 まず牢の中に見知らぬ女の騎士っぽい方がいらっしゃいますね。

 セクシーさなんて微塵も感じないしっかりした鎧を着こなしており、腰の下に届くであろう黄金色の髪は腰の上辺りで纏めている。

 腕には使いこんだ感がひしひしと伝わる剣が、鞘に収められた状態で握られている。めいびーこれで殴られた。

 年は十八歳前後といったところだろうか。年下なのだろうが凛々しいその顔は、十分な貫禄を感じさせる。

 まあ、若干冷ややかな目で見られているんですがね。人類みな笑顔が似合うんだからそんな顔しないでください。

 観察は十分、では状況を考えるとしよう。

 城前にて捕獲した不審者の前に現れたこの騎士、まあ普通に考えれば事情聴取とかそんなところでしょうな。

 これが頭巾を被ったマッチョの斧男だったら死を覚悟していたところだが、見たところ話を聞きたそうな雰囲気ではある。

 つまるところ立ち回りさえ間違えなければ、穏便に事は済むかもしれない。

 たたき起こされたことに関しての不満はあるが、それを表に出すことはよろしくない。笑顔笑顔。

 気にしてませんぜ、と言いたげなドヤ顔を披露するが、若干顔が引きつられた。

 殴られて起きて笑顔になったらそりゃ引くわな。失敗失敗。

 こうなったら大人のトーク力を見せて懐柔するしか――


「―――、――?」


 はい、言語通じないんでした。たぶん「それで、名は?」的なニュアンスなんでしょうけど正直分かりません。


「地球の日本から来ました、一般人です」


 当然困惑顔、そりゃそうだよね。こうなりゃジェスチャーによる肉体言語を使用せざるを得ないのか。

 だけど地球とか日本とか、相手の知らない単語をどうやって肉体で表現すればいいのだろうか。

 知らない言葉を表現するポーズなんて取れるのであれば、きっとボディビルダーとして元の世界でもやっていけると思うんですよ。筋肉つけるよりダンスやった方がいい気もしないでもないけど。

 手話とか習っておけば良かったな。いや手話にせよ言語にせよ互いに理解していることが前提条件なのだ。

 これらは優秀なコミュニケーションツールではあるのだが、同時にツールならではの不具合も多々あるのだ。

 などと感慨に浸っている場合ではない。ここは言葉が通じなくても誠意を見せるしかないだろう。演劇部助っ人の実力を見せるときだ。


「私は突然元いた世界からこの世界に飛ばされてきた。気づけば山の中、必死の思いでこの国にたどり着き救助を求めようとした。貴方達の国に対し悪さを働くつもりは無い。信じて欲しい」


 彼女の反応は――うわーリアクションねぇー! やっぱ暗幕の助っ人じゃ演技力足りなかったかー!

 小道具の仕事とかもっとやってれば良かった! いや木の役とか馬の役でも!


「―――――? ――」

「―――――――――――――、――――――――――――――――――――」


 何やら牢の外にいた牢屋番的なあんちゃんと会話しているようだ。


「――……―――――――――――――――――。―――――――――――?」


 あ、なんかあんちゃんが頷いた。処遇きまったっぽい。

 彼女はいったん牢から出て、すぐに戻ってくる。

 そして人差し指を自分の口に当てる。

 このジェスチャーが地球のものと同じならば『静かにしろ、さもなくば殺す』だった気がする。

 後半の部分は、そんな気配を感じかけているチキンなマイハートの副音声かもしれない。

 取りあえず頷く。すると彼女は優しく微笑んだ。どうやら意思が通じたことに満足したようだ。

 こちらも好感を得られたようで満足!

 と思っていたら目隠しに猿ぐつわをされ、巨大な袋のようなものに放り込まれました。

 あっれー? おかしいぞぉー?

 と子供っぽく振舞っている場合じゃない。少し暴れようとしたが軽く何かを言われた後、わき腹を軽く剣らしきものでグサリと突かれたのでサイレントモード。

 うーん、この状態を考えるにどこか運ばれるんだろうか?

 などと考えていたら持ち上げられた。声的に彼女に持ち上げられたようだ。

 身長的に成長を終えた日本人男性を抱えあげるとは、しかも感触的に片手でも持ち上げなかったこの人?

 麗しい騎士と思ったが怪力ゴリラであったか。ははは、愉快愉快。

 女の子に片手で担がれるという貴重な体験を噛み締めつつも、この後の処遇を考える。

 わざわざ布に包んだということは、人目に付かないように運搬するためだろうか。ということは人気のない外の森や川に連れて行き、処分というわけでもなさそうだ。

 となると向かう先は――、やはり城門の中だ。

 周囲からにぎやかな声が響く。城下町に入ったようで、活気のある人々の声が聞こえる。

 何を言っているのか分からないが、元気があるのはよろしいことだと思いますよ、うん。

 そしてしばらく担がれて進むこと十分程。周囲の声が遠く感じた後建物に入る。

 建物の中には女性がいるようで、ゴリラ騎士と話している。話しついでにおろされ椅子らしきものに座らされる。

 そして袋から出され、目隠しと猿ぐつわを取り外される。

 しばしの暗黒から解放されたせいで眩暈を起こしつつも、周囲の様子を確認する。

 清楚な感じの建物。祭壇らしきものも見えるが教会だろうか。

 先ほど話していたのは四十代くらいの女性で、穏やかな顔つきにたおやかさを感じる。

 服装も独特でシスターのような聖職者っぽさを感じる。

 後十、いや五歳若ければストライクゾーンに入ったかもしれない。いや、今のままでも良いかも。

 暫し互いに観察しあった後、二人は少しばかり言葉を交わす。

 あまり緊迫した様子ではないが、素っ頓狂な会話でもしているのかシスターの声はあきれ声に変わったりしている。

 そして溜息交じりにこちらに歩み寄りこちらの額に手を当てた。


「えーと、何が始まるんです?」


 思わず質問した直後、何か頭が真っ白になった。


◇ 


 頭を小突いたことで青年は飛び上がり、頭を押さえながらこちらを見た。

 こちらも観察するがやはり珍しい風貌である。

 黒髪も黒い眼も、服装も。

 こちらの剣や鎧を観察したのち現状を把握したのだろうか。何故か余裕のある笑みを浮かべてきた。

 さて、獰猛な感じは見えない。魔族と言われて警戒していたがどう見ても人間だ。

 言葉も通じないと言ったが本当なのだろうか。


「それで、名は?」


 そう声をかけると凄く残念そうな顔をした後。


「―――――――――――、―――――」


 青年は未知の言葉を流暢に話して来た。

 確かにこれは聞いた事の無い言葉だ。

 適当に喋っているわけではない。しかしこんな言語をこの大陸で聞いた覚えは無い。

 亜人の中には共通言語を使わないものもいる。

 そのいくつかを知らないわけではないのだが知っているものとはだいぶ違う。 

 青年はそのまま言葉を紡ぐ。だが何を言っているのかさっぱりだ。


「どうします? これ」

「悪意があるようには思えない。だが言葉が通じない事には話もわからないな」


 牢屋番の気持ちも分かる。処遇に困る存在だ。

 よほどのことが無ければ旅人を迎え入れるわが国ではあるのだが、よほどのことだ。

 山賊がうろつく森に放逐するわけにも国に迎えるわけにもいかない。

 せめて会話ができればいいのだが――と思い、母の同職である女性の顔が浮かび上がる。


「言葉……もしかしたら方法があるかもしれない。身柄を預かっても良いか?」


 牢屋番もさっさとどうにかして欲しいという顔で快諾してくれた。

 さて、この青年を一度教会に運ぶ必要があるが、城下町を連れ歩くには目立つかもしれない。

 騒がれても困る。道を覚え逃げられても困る。

 そういうわけで私は青年の眼と口を塞ぎ袋に詰める。

 大人しくする様にと仕草で指示したら頷いたのでてきぱきと作業を済ませる。


「こら、動くな。入れにくいだろう」


 軽く鞘で小突くと静かになったので、ある程度の意思疎通はできるようだ。牢屋番が絶句したが仕方ない。こうするのが手っ取り早いと思ったのだからしょうがない。


「よし、では行くか」 

「い、行ってらっしゃい」


 私は青年を担ぎ上げ、教会へと向かった。

 教会に到着し扉をあけると彼女、マーヤが出迎えてくれた。


「あら、こんな時間に来るなんて珍しい。なんだい、それ? 食べ物の寄付にしては随分大きいね」

「これを食べるようなら教会に来るものなんていなくなるだろうさ。椅子を借りる」


 袋を開けながら彼を椅子に座らせ拘束を解く。


「あんた、嫁の貰い手が無いからって男攫うなんて……」

「違う! 城門で捕まった者なんだがどうも我々とは違う言葉を話しているようなのだ」

「言われて見れば奇妙な格好ね、魔族――じゃないわね。体内構造は人間そのものだし」


 マーヤは聖職者、神に祈りを捧げ、人々の傷を癒し、生み出された呪いを解き、魔を滅するのが生業である。

 視察するだけで人か否か見極めることができるのは、彼女が熟練の聖職者であることの証明だ。


「あらやだ、この子ライの実食べてるわ。あれ酸っぱいのよねー」

「コホン。それでだ、この者に以前私に見せた術を使ってもらえないか?」

「え、あれ? 家畜管理用のやつよね?」

「もしかすればいけると思うのだが」

「そりゃあ……まあやってみましょ」


 マーヤは青年の頭に手を置く。青年は何かを呟くが、それを聞き届ける前にマーヤの魔法が発動する。


「あら? 失敗したかしら」

「えぇ……」


◇ 


 何度目の目覚めだろうか、ここ最近ろくな目覚めがない。そろそろ元の世界の布団と枕を恋しく感じる。


「おい、起きたか? 話せるか?」


 声が聞こえる。視野をクリアに保ち声の先を見つめる。

 そこには先ほどのゴリ――騎士が話しかけていた。


「あ、ああ。なんとか……うん?」


 今この人日本語話さなかった?


「どうやら効果は無事機能したみたいだね」


 あ、奥にいたシスターも。


「日本語話せたのか」

「ニホンゴ? それがお前の国の言葉なのか?」

「……うん?」


 思考、そして察する。

 何らかの方法で言葉が通じるようになっているのだ。

 だが何故? まあ考えてもしょうがない。せっかくなので質問しよう。


「言語が通じる理由を知りたい」

「名前はない術なんだけどね。精霊を一時的に憑依させ、対象の意識を組み込み共通語に翻訳して発する。また受け取るときは相手の意識にあわせて伝わるようにする憑依術だよ」


 精霊、憑依、当然のように出ているがついに魔法に触れる機会が来てしまったか。


「なるほど、某ロボのコンニャクか」

「なんだいそれ」


 異世界転移にとって、最も欲しい術の一つが掛けられるという素敵イベントだったようだ。

 何せこの後どうするか、脳内リストのトップがこの世界の言葉を勉強する、だったからそれが省略できるのは非常にありがたい。半年くらいのショートカットである。

 まあ袋詰めにされた結果と言うのはロマンもあまりあったものではないが。


「本来は家畜に使って、病気の原因を聞きだしたりするためのものなんだけどね」

「そこは小鳥や動物達と戯れるためのモノとか言って欲しかった」


 ロマンなんて無かった。


「その手があったわね」

「マーヤ、そろそろ話をしたいのだが良いだろうか」


 騎士の方が会話に割り込む。そういや彼女が話を聞くためにここに連れて来たんだった。


「話が通じるのなら早い。こちらには聞かれたことに正直に答える用意がある」

「そ、そうか」

「だが自分でも理解ができていない事が多くて、話すことに関して信憑性が問われる内容になってしまうと思う。それでも嘘を言わずに話すが良いか?」

「大丈夫さね、私は嘘を見破るのが得意でね」


 マーヤと呼ばれているシスターは得意げに語る。嘘を見破るとかかっこいい! その力欲しいな! おい!

「都合良過ぎて感動ものだ。抱きしめても良いだろうか」

「あらやだよ、おばさんをからかっちゃだめよ」

「……あー、いいか? 話してもらっていいか? マーヤは静かにしてくれ、な?」


 そして説明をするのであった。


「実は他の世界からやってきたんだ。名前は――」


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[一言] 主人公、大物だぁ
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