表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
決着編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

282/383

そんなわけで明日もお裾分けしよう。

 あの御方に命じられ、ワシェクト王子の監視を続けて数日が経過した。セレンデ王からユグラの星の民と呼ばれる男に協力するようにと言われたワシェクト王子、その目的があの御方にとって不利益になる可能性があるのだろう。


「(あの御方以外にも、ワシェクト王子を気にしている者はいるようだがな……)」


 ワシェクト王子の周囲にある気配、一般人を装っているが私には分かる。十中八九、他の王位継承者が送り込んだ間者なのだろう。正確な数を把握したいところではあるが、その気配を滲ませては私の存在まで気取られる恐れがある。私も他の連中も通行人やその場に居合わせた一般人として、今のところは目立つ行為は避けている。まあそれが正解と言わざるを得ない。

 ワシェクト王子の側付きは程度が低く、その気になれば好きなだけ情報を調べることができる。これはワシェクト王子が能力よりも性格的な相性で側付きを選んでいるからだ。しかし今は下手な行動はできない。ワシェクト王子が接触しているユグラの星の民、その側付きが非情に危険だからだ。

 まず『殲滅の刃』、ミクス。冒険者の情報に詳しい者ならば、あの女のことを知らないものはいないだろう。あのゲッシュヴァ盗賊団を単身で壊滅させたとされる実力が本物ならば、少なくとも私にどうにかできる相手ではない。

 そして白い亜人と、ターイズの女騎士……この二人は何かの冗談ではないかとしか思えない。あれが魔王だと言われても信じてしまう程だ。


「(監視だけの任務で何よりだ。あんな連中と事を構えたくはないからな)」


 救いなのはユグラの星の民だけは一般人でしかないと言うことだ。たとえ両手両足を縛られていようとも、問題なく勝てる。むしろ放っておいても衰弱死するのではと思うほどに魔力を感じない。一度は相当な技量で魔力を隠しているのではとさえ訝しんだが、その様子はないとすぐに判断できた。

 そのユグラの星の民とワシェクト王子は現在遺跡を見に行っている。そこで何かしらの情報交換を行なっている可能性はあるのだが、馬で移動している相手を尾行することはできない。遺跡に対して異常とも言える執着を見せているワシェクト王子のことだ、そこまで重要な話はしてないとは思うのだが……可能性がないとも言い切れない。

 なのでワシェクト王子の方は他の者に任せ、私はユグラの星の民を探ることにした。私は今、あの男が利用している治療施設、その隣室に患者として潜り込んでいる。設定としてはギックリ腰が癖になり始めたとのことで、集中して治療を受ける事になった一般人といったものだ。

 任務の為とは言え、魔法で自分の腰を破壊しての入院は複雑な気持ちにもなる。本当に癖にならなければ良いのだが……。だがこれならば聞き耳を立てずとも、壁越しの声程度なら簡単に聞き取れる。

 あの男が入院してからそれなりの日数が経過している。そう遠くない内に退院するだろうが、そちらも抜かりない。ミクスが手配している宿泊施設の隣室も既に抑えてあり、従業員にも私の仲間を仕込んでいる最中だ。


「ししょー、お疲れ様です!」

「いや、ほんとだよ。ワシェクトの奴、結局道中まで遺跡の話ばっかりだったからな」

「あと妹の自慢もしていたな。あれだけ溺愛されていれば、さぞ心強いだろうな」

「いやー、私も兄様を敬愛し、大切に扱われている立場ですが、少し羨ましく思いましたな!」


 噂をすればユグラの星の民が帰ってきたようだ。会話は問題なく聞こえる。相手が壁越しであろうともこちらの動きを探知できる可能性も考慮し、ベッドで安静にしているふりで静かに会話に集中する。


「ところで君は随分と遺跡に興味を示していたようだが、何か面白い発見でもあったのか?」

「ん、ああ。ユグラナリヤの手が入っていない文明の跡だからな。色々と面白い発見はあったぞ。ワシェクトから他の遺跡の話も色々聞けたし、もう少し暇になったらもういくつか回ってみるのもいいな」


 どうやら本当に遺跡を見て回っただけのようだ。そうなるとワシェクト王子からの情報提供があったとして、何かしらの書類を見せられた程度か?特にこれといった相談はなかったのだろうか。


「小旅行の思い出を語るのは結構だが、声は小さくすると良い。私は構わないが、隣の部屋の入院患者の眠りの妨げにもなるからな」

「っと。そうだな」


 メジスの騎士、ヨクス。相当な重傷を負って入院をしているようだが、余計な真似をしてくれる。日中は女と仲睦まじく、胸焼けする会話を延々と聞かされていたが、ここでも不快感を覚えるとは。

 まあ言っていることは至極当然のことだ。むしろある程度声を小さくすることで、人に聞かれる心配はないと警戒心は薄まる。訓練を積んでいる私にとっては多少の小声でもはっきりと聞こえるのだ。


「隣の部屋って誰かいましたかな?」

「君達がワシェクト王子と一緒に出かけている間、入院手続きを済ませた者がいるようだ。リリサに確認してもらったが、ギックリ腰の治療らしい」


 意外と抜け目がないようだな。私の入院理由までこの短期間で調べ上げていたのか。だが実際に治療を行なっているのだから、私は何一つ焦らずにこのベッドに居続ければ良い。


「カラ爺も腰を痛めるのが癖になってるらしいからな。魔法でぱぱっと完治するわけじゃないんだな」

「治療する技術にもよるだろうがな。治癒魔法は当人の魔力を利用し、自己治癒能力を高めて行うものが大半だ。だが治療を受ける側は自身の肉体の仕組みなどはあまり詳しくはないだろう?元通りに近い形にはできても、理想とした状態にすることは難しいのだ」

「傷痕が残ったりするのはそういう理由なんだな」

「そうだな。腕の良い術士でも、他人の体を理想とした状態に治療するにはそれなりの時間が必要となる。その大半は自身の魔法構築と、患者の治癒反応の調整がほとんどだな」


 その通り。だから医者を騙すことはそう難しいことではない。実際に壊れた腰を見せ、しっかりと治したいと要求すれば問題なく入院することができる。部屋割りについては金を握らせつつ、窓からの景色への拘りでも訴えれば十分だ。


「そうなるとヨクス、お前の退院も結構遅くなりそうだな」

「そうでもない。リリサが回復魔法に長けていてな。彼女は私の体のことならば治癒魔法の反応を含め、十分に熟知しているからな。私の体力が戻りさえすれば通常よりも遥かに早く回復することができるだろう」

「これって惚気に入るのか?」


 惚気に入っているな。まさか恋人がいない状態でも胸焼けすることになるとは。今度壁でも叩いて抗議してしまおうか。いやいや、折角潜り込んだのに自分の存在をアピールしてどうする。


「そうだ、ご友人。この大量の果物、お隣さんにもお裾分けしてはいかがですかな?」

「お、そりゃいいな。ギックリ腰の入院なら別に食べ物の制限もないだろうし、見舞いに来る人もそんなにいないよな。ウルフェ、適当に色形が良い奴を籠に入れてくれ」

「はーい」


 まさかこっちに来るつもりか。いや、焦る必要はない。見舞いで送られた果物が多く、処理しきれないからと私にお裾分けをしようと言うだけの話だ。人の良い一般人を演じ、適度に驚き、適度に感謝をする。下手に仲良くなろうとはせず、適度な距離を保ち続ければ意識されることもないだろう。


「そんなに入れるのか?」

「いや、もうちょい。もうちょいいけそうな気がする。もう近場の入院患者にはお裾分けし終えたんだ。これがラストチャンスなんだよ」

「いや、だからと言ってその量は……」


 ちょっと待て、どれだけ寄越すつもりだ。私はそこまで果物が好きと言う訳ではないんだぞ。

 暫くするとユグラの星の民は自室を出て、こちらの方の扉の前へとやってきた。そして数度のノック。


「どうぞ」


 私の返事に対し、扉がゆっくりと開かれる。若い顔立ち、そして黒い髪と瞳……ここは純粋に物珍しそうな表情をしつつ、疑問の表情へと作り変える。


「夜分遅くに失礼します。隣の部屋に入院している者です」

「ええと、どうかされましたか?」

「先程まで出かけていまして、さっきこちらの話を聞いたもので挨拶をと」


 温和な表情、特に意識をしなくても余計な力が抜ける。セレンデ王がワシェクト王子に協力するようにと命じた相手、どれほどの切れ者かとも懸念していたが人当たりは良さそうだ。

 ただ隣にいる女騎士、こちらは常に周囲に気を張っている。あまりジロジロ見ない方が良さそうだ。


「わざわざ急がなくても、明日の日中にでも来てくだされば良かったのに」

「そうしたかったのは山々なんですけど、ちょっとこれがですね」


 ユグラの星の民は果物が大量に入れられた籠を見せてきた。ちょっと一人の相手に譲る量じゃないぞ。どれだけ送りつけられているんだ。


「ええと、それは?」

「実はちょっと見舞いに来る人が多くてですね、見舞い品の果物が溢れていまして。傷む前にお裾分けしておこうかなと」

「そ、そんなにですか?ありがたいのですが……食べ切れるかどうか……」

「食べ切れる範囲で構いませんよ。こっちの部屋にはまだまだありますので……食事の比率が逆転しそうなんですよ、ははは……」

「そ、そういうことでしたら……いただきます」


 私の返事に喜んだのか、ユグラの星の民は嬉しそうな表情で近くのテーブルの上に果物の入った籠を置いた。本当に処理に困っていたのだろう。


「ところで、貴方は誰の差し金でここに潜伏しているんですか?」


 ◇


 反応は黒。このおっさんは間違いなく『俺』から情報を得ようと潜入した人間だろう。おっさんの反応よりも早く、剣を抜いたイリアスが間に入ってきた。


「待て待て。病室で暴れるのはダメだぞ、イリアス」

「いや、だがな……」

「な、何が!?何の話ですか!?」


 中々の演技派。『俺』がカマをかけていると判断し、無害な一般人を貫き通すことにしたようだ。だがそれじゃあ及第点はやれないなぁ。


「しらを切る前に、剣を向けられたことにもっと動揺した方がいいぞ。一般人はもうちょっと刃物を怖がるもんだ」

「ですから何の話ですか!?」

「自然に会話できているように思ってたんだろうが、普通これだけ果物を入れた籠を見せられたら一人分とは思わないだろ。この後他の病室を回ると考える方が自然だ。なのにあんたはこの籠の果物が全部自分に向けて持ってこられた物だって理解している反応をしていた。つまりは隣の部屋で『俺』達の会話を盗み聞きしてたんだろ?」

「っ!?」


 なおそこまで大きな声は出していないし、病室の壁もそこまで薄いわけじゃない。壁に耳を当てるか、よほど耳が良くなければ聞こえない程度の声量だった。仮に耳が良いだけの一般人なら、最初から察していた顔をしていれば良かったものを。


「それだけじゃないぞ。夜分に見知らぬ人がやってきて、しかも一人は帯剣をしている異国の騎士だ。一般人として反応するなら視線を向けずに物珍しそうな表情をするんじゃなく、チラチラ視線を送りつつ危機感を覚える表情の方がベターだ。今日の日中に入院していた奴がイリアスの姿を知っているわけがないからな」

「そ、それはこの施設の人に話を――」

「そこは入院前にイリアスの姿を街中で見たくらいは言ったらどうだ?今からこの施設の連中を全員集めて、あんたにイリアスの外見を説明したか確認してもいいんだぞ?」

「それ……はっ!」


 反省点を指摘されたことで、咄嗟に余計なことを言ってしまったようだな。ここにいるお医者さんやその従業員の方々とは入院中に何度か話しているが、これといった怪しい素振りは見られなかった。そもそも入院すること自体が不測の事態だったわけだしな。


「本当にこの男は私達のことを調べようとしているのか?」

「別にそこを疑問に思う必要はないぞ?もう黒寄りの灰色以上の判定はしたんだ。調べればすぐに分かる。例えば、そのギックリ腰と言っている怪我が自傷によるものかどうかとかな」


 ちょうどギックリの奴がいたからそいつに潜入を命じた。その可能性よりは潜入を命じられたこのおっさんが自分で怪我を負って患者を装っていると考えた方が自然だろう。

 元々腰が痛みやすくて、重い物でも持ってギックリ腰になれば自然だったのかもしれないが、そんな奴が暗部のような潜入捜査をするかって話だ。

 外傷があれば医者が怪しむだろうから、魔法とかでギックリ腰に近い状態に腰を痛めたって感じだろう。


「拘束して、デュヴレオリに記憶を確認させるか?」

「別にそこまでする必要もないだろ。そのおっさんが腰痛めて入院してるのは事実なんだし。どうせこっちの身辺調査を命じられただけでそこまでの情報は持ってないと思うぞ」


 考えられるのはセレンデ王に『俺』の手助けをするようにと言われたワシェクトの監視の延長線上だ。ならばその内容を知っているのはセレンデ王と、その場に居合わせた者。それと元からワシェクトを監視していた連中となる。


「だが誰の命令かくらいははっきりさせておいた方が良いのではないか?」

「それも必要ない。おっさん、ユミェス王女によろしく言っといてくれ」

「――」


 これはカマをかけたんだが、当たりだったか。ワシェクトから貰った資料を見る限り、バレても構わない立ち回りでどんどんきそうだったのがユミェス王女だ。人の病室の隣にスパイを送り込むとか、本当にアグレッシブだよな。


「ま、明日には病室を移ってもらうくらいで良いだろ。正体がバレた以上は今後自分が監視されるリスクを背負うことになる。もうこのおっさんは監視の任務を続けることはできないさ」

「君がそれで良いのなら……仕方ないな」


 イリアスは剣を鞘へと戻す。おっさんからは何かをしでかすような気配を感じなかったようだ。自分で腰を壊して入院してくる時点で、バレた瞬間に逃走したり攻撃してきたりするようなことはしないだろう。

 つまりこのおっさんは捕まるリスクをそこまで恐れていない。なら大した情報は持ってないと言うことになる。ユミェス王女がこちらを調べてきたって情報だけで御の字だ。


「何も……しないのか?」

「監視くらいはつけるかもな。それじゃあおっさん、その果物よろしくな。体は大事にしなきゃダメだぞ?」

「あ、ああ……」


 ワシェクトと接触したことで、他の王位継承者が何かしらのアクションをしてくることは想定の範囲内。ユミェス王女がネクトハールの協力者かどうかは定かではないが、話をする口実としては申し分ない。まあその程度でしかないわけだが。正直果物を無駄にしないで済んだことが一番の成果だな。うん。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ