さしあたって先が思いやられます。
ラクラさんの目的がドコラの遺品狙いであることは予想の範疇である。それはもうマリトと一緒に『そうなんだろうなぁ』とか言ってたレベルに。
決め付けていたわけではないが、ユグラ教の動きを警戒していた状態で、いきなり本部から人員が送られて来ればそう考えが及ぶのは自然な流れである。
溜息が漏れる。この世界に来て初めて色っぽいイベントに遭遇したのにこのフラグ回収の早さである。
もうちょっとこう、数日間良い関係を作ってもらってからさ、こっちが信用しきったタイミングとか狙ってくれればこちらとしても楽しみようはあったんだが……。
「あ、あれ? 尚書様? どうして溜息を……」
「そりゃまあ、色っぽくこられて求められたのが情報じゃぁ……」
「そ、そうじゃなくて――ひょっとして魅了魔法効いて……ない?」
何それ、そんなの掛けられてたん?
「いやまあ、あんな風に接近されたのである意味魅了されかかってましたけど……」
「……」
おお、顔が見る見る真っ赤に。
「わ、忘れてください! お願いしますからっ!忘れてぇっ!」
久々に胸倉を掴まれ揺らされる。あーでも女性らしい腕力ってこの世界じゃ初めてかもしれないなー。
「ま、まあまあ、落ち着いてください。とても艶やかで良かったと思いますよ」
「違うんですっ! あれはそういう予備動作が必要なんですっ!」
ラクラさんは顔を真っ赤にして、涙目で訴える。これ以上弄っては本気で泣きそうな剣幕だ。
大人として調子に乗るのは程ほどにせねばなるまいて。
「大丈夫ですってちゃんと魅了されてますって。いやーどきどきさせられたなー」
「うわあああんっ!」
しかし、時には誘惑に負けるときもあるのであった。いろんな意味で。
「はい、水をどうぞ」
「うぅ……ぐすっ、ありがとうございます」
取り乱したラクラさんを宥め、ベッドに座らせる。悪ふざけはほどほどに。
さて、詳しい話を聞かねばなるまい。
「それじゃあ話を纏めます。ラクラさんは今回の査察とは別に探し物があり、その情報を得るために尚書候補であるこちらに近づいた。手っ取り早く情報を取り出そうと魅了魔法を使用したところ、何故か魅了できなかった」
「……はい」
「ついでに言うなら魅了魔法を使用すれば前後の記憶が飛ぶため、本来ならば恥ずかしくてやりたくない魅了魔法の所作を勇気を持って実行したと言うのに、失敗のせいで赤っ恥を晒してしまっただけだったと」
「……はい」
「そのまま普通に誘惑してくれたら、魔法なしでもいけましたけどね」
あ、また泣きそう。うーん、そんなに恥ずかしいならそもそも使わなければ良いのに。容易な手法に逃げた末の自業自得なのではなかろうか。
「確かに発動したのに……どうして効かないんですかぁ!?」
「あーうん。先に確認しますけど魅了魔法って相手の頭とかに魔法を掛けるタイプ?」
「え、あ、はい。厳密には相手の眼を通して相手の魔力に干渉してこちらに魅了させる魔法です」
「そこだなぁ。ほら魔力少ないって話をしたじゃないですか。多分所作とかは間違えてなかったんですけど、こっちの体内で構築しきれるだけの魔力がこちらには無いって感じかと」
ライの実のことを思い出す。食べた者の魔力を利用し支配状態を構築し、スライムのいる巣へと生物を誘う物だ。
魔力保有量が微妙な獣でも十分効果はあるのだが、異世界初心者の誰かさんはマジックポイントが1あるか程度でその影響すら得られないというね。
最初はラッキー程度に思えたのだが、治療魔法の大半を受けられないという話を聞いて保険未加入状態な気分を味わっている。
「そんな……じゃあどうやれば……そうだ! 尚書様に私の魔力を注ぎ込めば!」
「ちなみにその方法を聞いても良いですかね」
あ、今まで以上に顔が真っ赤になった。大体察した、そういう方法なのか。なんなんだこのポンコツ美人。
「そこまでするなら普通に誘惑した方が早いのでは……」
「そ、そんなこと、できるわけないじゃないですかっ!」
「がっつりやってたじゃん」
さて、二度目の休憩を挟み話を再開する。
「しかし何でまたこんな強行を……良ければ話してもらえませんか」
「うう……」
大まかな話はこうだった。
ユグラ教の本部には禁忌や魔王に関連する資料が封印されている。
いつの日か再び禁忌に手を伸ばし魔王が再臨するやもしれない。そういった事態に対抗する最終手段的な形での保管だ。
しかしメジスの暗部であったドコラがその本の一冊を盗んだ。詳しい内容は聞かされていないが、死霊術に関する記述がある物らしい。
蘇生魔法に比べれば劣るが死霊術も禁忌の一つ。それが広がる事を避けたいとユグラ教はドコラの足取りを追っていた。
そしてガーネにいた時の拠点を発見。そこでドコラが死霊術を身に着けようとしていた痕跡を見つける。
その後足取りが途絶えたが最近になってメジスに対しマーヤさんからの資料要請があった。
隻腕であり、死霊術を使用している可能性のある男。それは紛れもなくドコラである。
メジスで追手から逃げる時には既にドコラは片腕を失っていた。その後ユグラ教本部はマーヤさんに本の捜索を指示する。
ドコラが高水準の死霊術を取得していたことから本はターイズに持ち込まれた可能性が高いからだ。
しかし全ての拠点を捜索しても本は発見されていなかった。本部は引き続きマーヤさんに捜索を指示、しかし成果は無し。
あるはずなのに見つからない。このことからマーヤさんへの疑惑が持ち上がる声も出始めた。
それを解消するために、本部から有能な人材であるラクラさんが秘密裏に派遣されたとのこと。
「有能?」
「ほ、本当ですっ、あらゆる上位魔法を取得し、特に浄化魔法の専門家でアンデッド相手なら軍隊規模でも単独処理できるんですっ!」
そりゃ有能だ。数十体のアンデッド相手でも、この国で最も数を誇る騎士団が攻めあぐねていたのだ。
それなのにこのポンコツっぷりはおかしい。実はこれは演技なのだろうか。そうだとしたらなんと巧妙な……いや、最初から誘惑成功させればええやろ。
しかしこういう話を聞いていると相性って大事なんだなって思う。ラクラさんの腕力は正直弱い、こちらと同じ程度だろう。……悲しさはひとまず捨て置く。
そうなると騎士達のような尋常ではない動きから繰り出される攻撃は捌ききれないだろう。
しかしその騎士達はアンデッド相手では決定力が無い。だが聖職者ならばアンデッドを一方的に虐殺できる。もう死んでるけど。
なお、それらを一撃で吹き飛ばしたゴリラは相性の枠に収まらないので例外としてカテゴライズしておく。
「そしてターイズに来て、早速マーヤさんの目から離れて行動できるチャンスが訪れた。さらに丁度いい感じに魅了魔法を使えば有益な情報を得られそうな誰かさんと出会って今に至ると」
「はい……」
「功を焦って自滅しただけじゃねーか!」
「だって、だってだって! こんなにトントン拍子だともう神のお導きとしかっ!」
「仮にそうだとしてだ。魅了魔法を使ったまでは良い。その後の魅了が掛かったかどうかの確認を怠って本題に切り込んだのはどうなんだ」
「今まで失敗なんてなかったんですよぉっ!」
正直ユグラ教には凄い警戒心を持っていましてね。マリトとも細心の注意を払って行動しようと、何度も相談して色々な対策を考案していただけにこの雑さは辛い。
「ううっ、隠密の任務は失敗するし恥ずかしい姿は晒してしまうし……私はもうダメです……かくなるうえは……」
「自決するなら自分の部屋でやってくれ。最後の勇姿は酒の席で語っておいてやる」
「本心で言っていますねっ!? そんなこと言われたら死んでも死に切れないですよぉっ! アンデッドになっちゃいますっ!」
ホワイトな聖職者のジョークにしてはなかなかのブラックだ。どうにか安らかに眠って欲しい。
とは言え死因にされては寝覚めも悪くなる。フォローするとしよう。
「別に隠密に拘る必要はないだろ。マーヤさんだってこのタイミングで本部から人が来れば自分が疑われていることは察しているはずだ。ならさっさと宣言して堂々と探せば良いだけだろう。なんで秘密裏に探そうとしているんだ」
「禁忌が記された本の存在が明るみに出れば、欲する者達も出てくると危惧されているのです」
「マーヤさんには本部から本の存在を説明されているんじゃないのか」
「……そうでした」
ぽんと手を叩くラクラさん。午前中の社交辞令の労力を返せこの野郎。こちとらやり手の刺客が来たつもりで応対してたんだぞ。
「ああ、でももしマーヤ様が本を隠しているのだとしたらっ!?」
「そうだとして、隠しているのは変わらないだろ。むしろ宣言した方が動きを封じられるだろ」
「……なるほど」
ぽんと手を叩くラクラ。こいつを任命した奴は誰だっ!? そいつに策略を考える資格はねぇっ!
「はぁ……もう寝る」
「そんなっ、手伝っては下さらないのですかっ!?」
「さっき自分のした事思い出そう。な?」
「それは忘れてください。忘れましょう」
「絶対忘れてやんねぇからな!?」
「なんだか言葉使いが乱暴になってきてませんかっ!?」
「余所行き用の態度ってのは、使うべき相手に使うものなんだ」
「うう、尚書様は素敵な方だと思っていましたのに……」
「それはどうも。ラクラも素敵だったさ、さっきまでは」
「本心が突き刺さって痛いですっ!」
「全く……分かった分かった。『本を探す手伝い』はしてやる。それで良いな?」
「本当ですかっ!? ありがとうございますっ!」
その本を既にマリトが所有していると言う情報を共有するつもりはないのだが。
流れでうやむやになったが『本のことを知っているか』と言う質問への答えははぐらかせた。
「あ、ところで本について何か知っていませんか?」
そうでもなかった。つくづくこちらの思いを裏切ってくれる女だ。
「逆に本について聞かせて欲しい。見た目とかの情報はあるのか?」
「ええと、古びた本で見たことのない言語で表題が書かれているとか」
「中身も?」
「はい。簡単には解読できないそうです」
「ターイズではそういった本は読んだことがないな」
「そうですか……」
セーフ、一瞬迷った。表題なら既に見たことが何度かある。だが中身はまだ読んでいない。
問題は『そういった本は読んだことがない』と言いそうだったこと。これは嘘になる。
日本語で書かれていることを知っているからだ、日本語の本は当然日本で読んでいる。
『ターイズでは』という言葉を後で付け加えてしまった場合、嘘を後から撤回する形になるから嘘発見センサーに反応があるかもしれない。
どこまでが有効で、どこからがアウトなのかその見極めは試さねばなるまいが、こういった危険な時には避けたいものだ。対処できるとは言え、厄介な力であることには違いない。
「探す方法とかはないのか?」
「ええ一応あります。その本には特殊な魔力が含まれていて、専用の結界を張れば反応します」
「なるほど。それで村の教会に結界の仕組みを配置して回っていたのか」
「はい……ってどうしてわかるんですかっ!?」
「ウルフェが言っていた。ラクラの荷物が少しずつ減っていたと。中身は食べ物の匂いはせず、それでいて石のような物が入っていたと。教会のない村にはせめて祈りを捧げられるようにと、簡易的な祭壇まで用意していただろう。想像はつく」
ウルフェの鼻と耳は常人のそれではない。流石は狼の亜人だけあると感心する程だ。
色々な違いや変化を言わせていたら、ラクラの荷物の話も出てきていたのだ。
ラクラの目的と、その手札を見れば取りうる行動は予想しやすい。
「その結界は一つで村一つを覆える程なのか?」
「はい。あ、でも皆さんに害はないです。それどころか結界が持つ魔力によって、体内の魔力の乱れを正し、疲労回復の効果などが微弱に得られる便利なものです」
マイナスイオンの商品って最近見ないよなぁ。とか言う感想しか出てこない。
「ターイズの騎士達は武器に魔封石を仕込んでいる者も多い。その仕組みは魔封石とかの影響は受けないのか?」
「そうですね。結界の核は魔封石の影響を受けて解除されてしまいます。ただ結界から発せられる魔力はそういった性質を持つだけですので大丈夫です」
教会に武器を持ち込むような真似をされなければ大丈夫と言うことか。
ドコラがとった手段と似ているな。いや元々は同じ国なのだからそういった手法もある程度似通っていて当然なのかもしれない。
「遠距離でも反応した際には分かるものなのか」
「はい。該当する本の魔力と結界の魔力が触れ合えば共振を起こし、超広域に特有の魔力の波のようなものを発します。それを受け取ればどの位置の結界が反応したのか判断できます」
複雑な使い方が増えてきたな。それにしても何と言うか魔力の性質を利用するというのは、魔封石という存在に対する脱法手段な印象を受けるな。
しかしこれ悪用したらかなりヤバイ兵器とか作れるんじゃないんですかね?
性質同士から生まれる新たな魔力に狙った特異な性質を持たせられるかと言えば、専門家ではないのでさっぱりですけども。
「全ての村に設置できて反応がなければ、ひとまず村々にはないということで良いんだな」
「はい。最後はターイズ本国に仕掛ければ、人のいる場所全てを確認できると言うことになります」
「まあそうだが。許可下りるか、それ」
自国に結界を設置して回って良いですかって言われて、ハイOKを出す国がどれだけあるだろうか。
一応マイナスイオン的なものは出してくれるのだが……。
「……尚書様のお力でどうにかなりませんか?」
「候補だからな、そんな実権はない。王に相談することはできると思うが了承を漕ぎ着けられるかは聞いてみないとな」
「それだけでも十分ですっ!」
「あとはそうだな。街に設置するにしても、手頃な場所やらを一緒に探すとしよう。しかしこれだけの物があるなら、もっと慎重に行動すれば良いものを」
「それはその……尚書様の魔力量を見て、安全そうだし良いかなぁって……」
「おいラクラ、いつか裏切ってやるからな」
「ああっ!? 本心から言ってますねっ!?」
かくしてラクラとよく分からない協力関係を結ぶことになった。
「はっ!? 気付いたら呼び捨てにされていますっ!? 年上なのに!」
「もうそのネタは良い」
そして翌日以降も村を巡り仕掛けを済ませていく。二日かけて西側の村を巡り、三日目には東側の村を巡る。
しかし全ての村に仕掛けをしたにもかかわらず本の発見には至らなかった。そりゃ城にあるから当然だ。
こちらとしては現段階で協力することもないので、尚書候補らしい仕事を続けておいた。
「しかしこれだけの村に常駐して本国の仕事もとなると、騎士団も忙しいだろうな。人手足りないんじゃないのか?」
「そうだな。本国においては騎士見習い達も色々雑用を頑張ってくれているが……」
「ラクラ、メジスでは魔物の出現率が高いと聞いたが、どう対処しているんだ?」
「そうですね。魔物の体の部位に懸賞金を掛けて、冒険者達に処理をお願いしています。村々でも一定期間の契約をして護衛として雇ったりしていますね」
「なるほど。魔物退治の専門家に任せているわけか」
「我が国でも真似をしたい所だが、ターイズにはあまり冒険者は来ないからな……」
魔物が稀にしか来ないため、冒険者としては安定した狩猟ができない。
メジスと同じ運用法は難しいか。何か冒険者を呼ぶ要素がターイズに欲しい所。
「ところで、二人はいつの間に親しくなったのだ?」
「いや、別に親しくはなっていないが」
「打ち解けたように話しているではないか。名前も呼び捨てになっている」
「それはこいつの――」
「それはですねっ!? 私も尚書様とイリアス様のような友好関係を築ければと、尚書様に無理をお願いしてそのように呼んで貰ったり、砕けた言葉使いをお願いしたのですっ!」
「そ、そうなのか」
「いや、単純にこいつの評価が下落していっただけだ」
「どうして合わせてくださらないんですかっ!?」
「合わせて感謝されてもそこまで嬉しくないし、むしろ誤解されたままの方が不愉快だと思った」
「どうして本心からそんなことを言えるんですかっ!?」
「……本当に何があったんだ」
「ししょー、ウルフェもイリアスたちとおなじかんじがいいです」
無言の手招きでウルフェを近くに座らせ頭を撫でてやる。
「いいかウルフェ。確かにウルフェの立ち位置は少数派で皆と違う。だけどな、わざわざ評価を悪くする必要は無いんだ。真似する相手は選ぼうな?」
「でも……ししょー、いつもウルフェにだけやさしい」
「ウルフェに特別優しくしているわけじゃない。他が低いだけなんだ、だからウルフェは自然なままでいるんだぞ」
「……はいっ!」
「ちょっと待て、それは私の評価も悪いと言うことか!?」
「良いと思っていたのか!?」
「驚くな!」
「こちとら頭脳派なんだ。何でもかんでも力技で解決している奴の評価が簡単に上がると思うなよ」
「う、ぐ、だが別に馬鹿と言うわけではない、私だってそれなりの頭脳派だ!」
「毎回『だが力ずくの方が早いな』とか即断即決しているうちは絶対に頭脳派だと認めねぇぞこの脳筋ゴリラ!」
「ゴリラってなんだ!?」
その後ターイズ本国へと帰還。ラクラは早速マーヤさんに事情を話した。
「そりゃそうよねぇ、仕方ないわ。私としては早く疑いを晴らして欲しいからラクラも頑張ってね!」
「あ、はい……」
と自由にやっていいよとの許可を得た。これで街での活動する上での支障はなくなることになった。
「というかマーヤさん、ほとんど最初から分かっていましたよね?」
「そりゃもちろんよ。分からない方がどうかしてるわよ」
「ですよねー」
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メジスに存在するユグラ教の聖地。嘗て勇者が魔王討伐を誓った場所であり、ユグラ教の大聖堂が建築されている。
その巨大な大聖堂の一室の中で最も狭く、質素な部屋が私、ユグラ教の法王、エウパロ=ロサレオの部屋だ。
私は豪華絢爛を好まない。しかしユグラ教は世界で最も人口の多い信仰。
それ故に大聖堂こそ世界有数の建築物として聳え立っているものの、私の執務室は青年時代の頃にあてがわれた作業部屋を再現して作られている。
そして今その部屋に一人の大司教が呼び出されていた。
ウッカ=ケヌク、ユグラ教の中で左翼側にいる人物であり、ラクラをターイズに送り込んだ人物だ。
「それで、件の本の回収にラクラ=サルフを送り込んだと言うわけか」
「ええ、その通りでございます法王様」
「……私の記憶が正しければ彼女は超一流の聖職者だ。あの若さでユグラ教の真髄である浄化魔法をほぼ全て体得していて、悪魔狩りの実績も確かだ」
「はい、その通りでございます」
「そしてその才に全てを奪われたと言われるほどに、他の才が悲惨な者だと覚えている」
「はい、その通りでございます」
「何故彼女を選んだのだ……」
溜息を吐く。ラクラのような戦闘型の司祭に果たして本の回収が勤まるのだろうか。いや、無理だろう。だって一度ラクラ見たことあるもん、わし。あの子はちょっと無理じゃろー。
「ターイズのマーヤに、その目的が筒抜けになるのが目に見えているのは私だけか」
「いえ、それは最初から狙い通りであります」
「……わかった。問答する手間が惜しいからまとめて話せ」
「ラクラはあくまで表立った立場の上で本の捜索を行わせるつもりなのです。ターイズの大司教であるマーヤは頭の切れる女です。恐らく誰を送っても彼女を疑った上での監査役だと気付くでしょう」
「そうだな。あの若さで大司教に上り詰めたのは伊達ではあるまい」
「ですのでここは開き直れば良いのです。意図がバレて当然なラクラを送り込むことで早い段階でマーヤに気付かせ、その上での捜索を行わせます」
「だがラクラである必要性はあったのか? もう少し捜査向けの司祭辺りを送れば――」
「ふーふふ、ラクラである必要があるのですよ。あれほどうっかりしている者が監査役に送られれば、マーヤとてこちらがそこまで重要視していないものだと気を許す事になるでしょう。そこが狙い目なのです!」
「……別の者を秘密裏に送っているのか」
「さすが法王様!」
ウッカは大げさなリアクションで褒め称える。誰だこいつを大司教にしたのは、わしだったわ。
いや、こいつこんなんだけど人脈は凄いからなほんと。
ユグラ教の金策の大半を担っているのがこのウッカだ、彼はその性格から他者に警戒されにくいという長所を持っている。
つまり大抵の人間と懇意になれるのだ。その辺の実績が洒落にならないほど大きい為、色々と言いたい大司教達も口を噤むしかないと言った現状である。
「既にメジスの暗部の者をターイズに送り込ませております。ラクラが表立って粗雑な捜索をして目立っている間、その裏で優れた暗部の者が本を手に入れる。これぞ我が策なのです! 人は答えを見出すことでその警戒を緩めてしまう。そこを突くのです!」
「……まあ、そうだな。きちんとした能力を持つ者を使っているのであれば文句は言うまいよ。だがターイズとの関係を悪化させるような真似は避けるように」
「ええ、お任せください」
しかし、こいつ人脈は広いけどメジスの暗部までつながりがあったか?
酒場で意気投合したとかそんな感じなのだろうか。
「ふーふふ、我が策は決して気付かれることはありません。何せ完璧ですからな!」
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「まあ、別の奴が送り込まれているよな」
「そうだね、そうとしか考えられないよね」
その夜、流石に報告をせねばとマリトの元へ訪れ、メジスの取りうる行動を相談していた。
「流石に同じ聖職者と言うわけにもいかないだろうね。可能性としては商人や冒険者に成りすますことかな」
「見ない顔での調査は難易度が高そうだからな。メジスの暗部を使っている可能性もあるか?」
「そうだね変装の技術があれば、城に忍び込んでくる可能性もある」
「対策を練る必要がありそうだな。そうだ、ラクラに協力することになったんだが泳がせても大丈夫だよな?」
「そうだね。上手く利用するといいよ」
「利用か……わかった。それで本の扱いはどうする」
「話の内容だと城の外は結界を設置してまわるんだろう? そうなると外には持ち出せないよね。引き続きラグドー卿か俺が保持するとしよう」
「最悪本が回収される事も想定して、解読を始めても良いかもしれないな」
「そうだね。しかしラクラを送りつけた奴は余程大胆な性格をしているよね。禁忌に関する書物を持っていることをターイズに公表したようなものじゃないか」
「マーヤさんにバレる覚悟はしていただろうが、ラクラからターイズ国に情報が漏れる事は考えてなかった……いや、そんなはずはないな」
「恐らくはある程度の妥協の姿勢を見せて、ターイズとの関係の悪化を防ごうと言う魂胆だろうね。そういう点は潔くて好感を持てるかな」
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「ターイズの尚書候補に事情を話しただとっ!?」
ウッカはラクラからの報告を聞いて驚愕していた。水晶を使ったユグラ教の秘術の一つで遠距離の相手に言葉を届けるものだ。
使用できる場所が限られているが、司教以上の立場が存在するユグラ教の教会にはほとんど設置されている。
「だ、大丈夫ですよっ!事情を話したら本の捜索を手伝ってくれることになったんです」
「おお、それは素晴らしい」
「とても真面目に仕事をなさっている方で、それにマーヤ様とも懇意にされている方です。きっと事の深刻さを理解して下さったんだと思います」
「うむうむ。良き協力者に恵まれたのだな!だが口止めはしっかり忘れぬようにな」
ここにエウパロがいたら頭を抱えるであろう会話だが、そこに突っ込みを入れるものはいない。
「ラクラ、本に書かれている死霊術が世界に広まれば大惨事は免れぬ。心して頑張るのだぞ!」
「はい、ウッカ様の期待に応えられるよう頑張ります!」
通信は途絶える。ウッカはラクラの予想外の行動に驚きつつもその成果に満足している。
ひょっとすれば暗部より先に本を見つけ出すかもしれないとさえ考えていた。
「ウッカ様、よろしいですか」
「うむ、お前か。構わんぞ」
そこに一人の来客が現れる。一人の若い青年である。
「ラクラとの通信ですか?」
「そうだ。ラクラの奴思いの外好調に事が進んでいるようだ。お前が手配してくれた暗部の者よりも先に本を見つけてしまうやもしれんな」
「それはそれは。ですがそれならそれで構いません。表立ったユグラ教の司祭の一人が成果を上げるならば、それに越したことはありませんからね」
「うむ、そうだな。それで何か用件でもあるのか?」
「ええ。裏側で動いている彼の補佐をもう数名増やしておきたいと思いまして。その許可を頂きに参りました」
「ふむ、ラクラも現地で協力者を得ている。裏で動けば現地の人間の協力を得られないのは大変だろう。速やかに手配してやるといい」
ウッカは来客の用意した書類にすらすらとサインをする。
「はい、それではそのように」
そういってその来客は部屋を去る。それを見送った後ウッカは暫し虚空を見つめる。
「……はて、今誰かいたか?」
ウッカは首を傾げるのであった。