そんなわけでまとめてやれ。
豹変したネクトハールに最早理性はなく、周囲にいる者全てに対して平等に攻撃を仕掛けてきている。距離を取っている主様、バンが標的にならないことから近くにいる者を優先しているようだ。
「たぁっ!」
ネクトハールの攻撃方法は肉塊となった自身の体を変化させ、触手の先端による刺突が主体。ただし触手による薙ぎ払いやある程度の肉塊を直接叩きつけてくるなど変化はある。
しかしそれらの攻撃を容易く潜り抜け、ウルフェが強力な一撃を叩き込んでいる。拳が命中した箇所を中心にネクトハールの体を四散させるほどの威力、それを連打している。
「――下がれ、ウルフェ」
「はいっ!」
威力としては申し分ないのだが、ネクトハールからはダメージを受けているような様子は見られない。飛び散った肉塊が集まり、一つへと再生を繰り返している。大悪魔以上の回復速度、それは頭部を破壊しても同様だ。
「ふぇー、ビックリしました。いきなり昔の仲間を串刺しとか、酷すぎません?」
「いきなり首を刎ねた貴方が言うのはどうなの?」
バラバラにされていたニールリャテスが主様の近くで再生をしている。あの程度で死ぬとは思っていなかったが、ネクトハールに比べれば回復速度に差があるように感じる。
「あれは必要な行為なので。あ、すいません。服の再生が終わるまで殿方は視線を逸して貰えます?我が王以外を喜ばせたくありませんので」
「おっと、これは失礼」
「ここに貴方の裸体に欲情する雄はいないわよ?いいからさっさと説明しなさい?」
「酷い、あそこの幼児趣味で無愛想な悪魔はさておき、バンさんならワンチャンあるでしょう!?ね!?」
「あ、いえ。見た目的にはあと二十年ほど年齢を重ねてもらえなければ。娘よりも幼いですし」
「熟女趣味だった!?って、歳相応ですね。ユグラの星の民さんくらいならいけたでしょうかね……」
「彼の前で脱ぐなら先に私が脱ぐわよ。ほら、さっさとする」
それもどうかと思うのですが。いや、今はそんなことよりもネクトハールの情報が欲しい。今のところ私やウルフェがネクトハールの攻撃に被弾する心配はないが、いつ攻撃方法を変えてくるとも分からないのだ。
「んっと、これでよし!あ、下着忘れちゃった」
「誰も得しない情報なんて要らないのよ?いっそ裸にひん剥いてあげましょうか?」
「冗談ですって。我が王の魔族達は皆己の肉体を弄ることに長けています。『繁栄』の力の影響もあるのでしょうね。ですがあのように心が歪になってしまえば、肉体を正しい人型に維持することすらできなくなるわけです」
「歪な心……ね?以前私が作った異形の魔物を思い出すわね?」
私が主様に呼び出される少し前、主様はガーネ魔界の一部を自分の魔界に塗り替えて魔物を創り出していた。誰の魔物とも分からぬように細工をし、ガーネにいる金の魔王に侵攻させようとしていたらしい。
「ああ、それに近いですね。おかげ様であの時は嫌な記憶を思い出しちゃいましたよ。ぷん!」
「それは良いことをしたわね?それで、具体的な対処法は?」
「貴方の悪魔と同じですよ。いくらでも再生できる臓器は生命を維持する為の器官ではなくなっていて、確実に仕留めるには頭部にあるコアを潰す必要がありますね!」
「さっきからウルフェやデュヴレオリがネクトハールの頭部を破壊しているように見えるのだけれど?」
主様に指示されるまでもなく、ネクトハールの人型の箇所には先程から何度も攻撃を行なっている。しかし少しも効果があるようには感じない。
「だーから、さっき言ったじゃないですか。必要な行為だったって。私達はコアを体内の方へと移動させることができるんです。ただ頭を潰される程度で死んでたら人間と変わらないでしょう?」
「つまりあの頭を切断してから潰せば良いのかしら?」
「いえ、それはまともに人型である時、それでいて意識の及ばないタイミングでやって初めて効果があります。ですから問答無用で首だけにしてから潰す必要があるんです。あの状態じゃコアは頭部にないと思いますよ」
頭部にあるコアを自在に移動させることができると言うことか、これは厄介だ。あれだけ肥大化した体のどこかにコアがあるとして、その位置を的確に把握する術がない。ウルフェの攻撃で運良くコアを吹き飛ばせれば良いのだが、どうも上手く回避されている気がする。
「ウルフェ、聞こえたな?」
「うんっ!どうしよう!?」
「コアにまで攻撃を届かせるか、あの肉塊をまとめて消し飛ばす他ないな」
打撃や刺突では効果が薄い、ならば『焦がす角』の雷ならばどうか?ウルフェが距離を取ったタイミングで雷をネクトハールへと叩き込む。巨大な肉塊すら包み込む広範囲の攻撃、その全身は瞬く間に炭へと焦げ付く。
「デュヴレオリ、それ奥まで届いてない!」
「そのようだな」
魔法などの範囲攻撃ではその表面しかダメージが入らない。続いて『轟く右脚』で肉塊全体に衝撃を届かせるように一撃を入れてみるも、命中した箇所が即座に崩れ、奥まで届ききっていない。
「ならこれで!」
ウルフェが飛び込み、左右の拳を無数に叩き込む。その一撃一撃全てがネクトハールの肉体を吹き飛ばし、巨大な肉塊をバラバラにする。しかし肉塊の再生が止まる様子はなく、ウルフェは反撃から距離を取る。
「攻撃そのものは悪くないのだがな」
「むうぅ!デュヴレオリ、ちょっと時間稼いで!」
ウルフェが距離を取り、その腕に膨大な魔力を練り込んでいる。イリアスが使用した技と同じように、膨大な魔力を叩き込むアレか。だがこの肉塊の質量を吹き飛ばすにはかなりの魔力を練り込む必要があるが……ウルフェの魔力量ならば十分可能だろう。
「準備ができたら私ごと巻き込め、こちらは勝手に避ける」
単身でネクトハールの正面へと飛び込み、『削る尻尾』を縦横無尽に振り回す。飛び散る肉塊が刃となって降り注ぐも、『焦がす角』で焼き払う。やはり引き千切った箇所にコアがあるようなことはない。外部からの攻撃に対して本能的にコアを守っているのだろうか?
「飛んで、デュヴレオリッ!」
「――ッ!」
ウルフェの合図に反応し、『駆ける左脚』で横に飛ぶ。同時に飛び込んできたウルフェがネクトハールの手前の地面へと拳を叩きつける。圧縮された魔力が爆発し、ネクトハールの全身を吹き飛ばした。威力、範囲共に申し分なかった。これならば――ッ!?
「そんな……」
ネクトハールの体は全て消し飛んだ。だが何もない空間から、ネクトハールの体が再生していく。文字通り塵にまで分解されてなお再生すると言うのか……!
「ちょっとニールリャテス?あれ、どういうこと?」
「いやぁ……強くなりましたねぇ、ネクトハール。あ、いた、いたたっ!?ちょっと、無言で耳引っ張らないでっ!?千切れても平気だけど、そのミチミチされるのって結構辛いんですぅっ!?」
「どう見ても全身を跡形もなく消し飛ばしたのに、再生しているわよ?」
「そこなんですよねー。あの一撃がコアまで届いていれば、間違いなく勝負が付いているはずなのになー」
ニールリャテスでさえその原因が分からないでいる。これはどうしたものか……再生に魔力を消費しているのならば、魔力が尽きるまで徹底して破壊し続ける手段もあるにはある。しかしあれほどの魔族相手に耐久戦を持ち込むのは……。
「デュヴレオリ、多分コアが目の前にないんだと思う!」
「どう言うことだ、ウルフェ」
「今のネクトハールには理性がないし、今の戦い方も無意識でやってる。だけど元々からコアを護るような戦い方なら、無意識でもできるはず!」
なるほど。私とて意識がなくとも、闘争本能さえあれば全身の特異性を発動させることはできる。ネクトハールもまた魔族としてコアを護る技を持っているとして、それを無意識下で行なっていると考えるのは間違っていないだろう。
「確かにな。ウルフェ、今度は貴様が時間を稼げ」
一度距離を取り、意識を集中させ、『嗅ぎ取る鼻』と『聡き耳』の精度を上げていく。過敏になる鼻と耳の影響で全身の神経が麻痺していく。
「貴方も時間を稼ぎなさい?それともここで全身をつねられたい?」
「痛っ!?胸は止めてくださいーっ!?もう、私よりも立派なものを付けてるのに、つねるなら自分のをですね……あだだだっ!?それつねるんじゃなくて、もぐって言うんですよ!?」
……聴覚は必要ないな、カットしよう。『嗅ぎ取る鼻』は物の匂いだけではなく、事象の兆しさえも嗅ぎ取ることができる。それこそ最大限の状態ならばハークドックの危機回避能力にも匹敵する精度を出すことができる。
周囲にはネクトハールの匂いがあちこちに散布している。探すべきは目の前にあるネクトハールの肉体とは別の位置、そこ以外に漂う奴の残滓を探れ。あれだけの再生速度、必ず近くにコアがあるはず……っ!
「これは……そういうことかっ!」
周囲にある装置へと『穿つ左腕』を放ち、そして装置の中から一握りの肉塊を掴み出した。奴は我々がここに来る前から、自らの体の一部を周囲の装置の中に隠していたのだ。リティアルやラーハイトが敗れ、蘇生魔法の構築途中に奇襲されることを想定したのだろう。
最初から体外にコアを移す、にわかには信じがたいことだがこれならば全身を吹き飛ばされても再生を行える理由にも納得がいく。
肉塊を握り潰すも、目の前のネクトハールに反応はない。これはハズレか、だが必ずどこかにコアが含まれる肉体があるはずだ。
「ウルフェ!周囲の装置を破壊しろ!どこかにコアを含んだ奴の肉体が隠されている!」
「――ッ!わかったっ!ほら、ニールリャテスもっ!」
「わ、わかりましたよー!」
ウルフェとニールリャテスがネクトハールの攻撃を掻い潜り、周囲の装置を次々に破壊していく。私はその中から奴の匂いを嗅ぎ取り、『穿つ左腕』を放って肉塊を抜き取っていく。
これも違う、これも、これも……違う!まさか、これすらネクトハールの仕込んだ罠なのか?まだ、この他に我々を謀る策があると言うのか!?いや、迷うな。今はただ無心で隠されている肉塊を破壊することだけを考えろ。
「――デュヴレオリッ!今そこの肉塊、他の肉塊を盾にした!」
「――ッ!でかしたぞ、ウルフェッ!」
無意識下の中でも、自分のコアに迫る脅威に対し防衛行動を取ったか。だがその些細な動きの違いをウルフェは見逃さなかった。
装置の一つに一つずつ、そう思わせておいてさらにその奥に隠していたのか。危うく自分の考えが間違いではないかと方針を変えそうになっていた。
ウルフェが指示をした肉塊を『穿つ左腕』で掴む。確かにこれは違う、他の肉塊はどれだけ潰そうと反撃の意思しか持っていなかった。だがこの肉塊は確かに私の腕から逃れようと足掻いている。
「これで――ッ!?」
力を入れようとした矢先、左腕の感覚が途切れた。先程まで近くにいたウルフェやニールリャテスを襲っていたネクトハールの肉体が、伸ばしていた私の左腕へと狙いを変えていたのだ。理性がない状態で、ここまで的確に守るかっ!?
左腕はズタズタに切断され、コアを握りしめた左手も地面へと落下してしまっている。そしてその左手目掛けて全ての肉塊が集まっている。
不味い、もしもコアがあの肉塊に取り込まれれば次はどのように守ってくるか分からない。もしも周囲に四散してしまえば、その見分けをつけるのは……!
「ごめん、デュヴレオリッ!」
群がる肉塊よりも早く、私の千切れた左手の元へと飛び込んだのはウルフェだった。既にその振りかぶった右腕には膨大な魔力が圧縮されている。私が勝利を確信した時、既にウルフェは周囲の肉塊が防御行動に移ることを予期していたのだろう。
「構わん、消し飛ばせ!」
私が腹から出した声と同時にウルフェがその拳を叩きつけ、魔力の衝撃波が周囲の肉塊もろとも飲み込んでいった。




