そんなわけでズルします。
「たーだいまー!あー腹減った。リティアル、飯食いてー!」
計画が大詰めとなりつつある今でも、アークリアルの気の抜けた調子は変わらない。私にできることは理詰めの言葉でアークリアルが納得できる範囲で説得し、その行動を調整するくらいのもの。彼の性格に対して余計な思いは不要だろう。
「思ってたよりも遅くなったようだね。面白い相手にでも出会えたかな?」
「あーどうだろうな。聖騎士団のヨクスって奴なんだけどさ、最初は結構面白い技を見せてくれたんだよ。でも十回くらい斬り倒した後は気合で立っているだけの置物だったな」
先の拠点で起きた出来事はアークリアルを監視させていたツドァリから聞いている。ユグラの星の民よりも先にユグラ教の聖騎士団が現れ、アークリアルがその相手をしたと。
理想としてはユグラの星の民を迎え撃ち、その戦力を削げれば良かったのだがこの結果も悪くないものではある。ヨクスの実力は高く、正面から打ち負かせることができるのはアークリアルとネクトハールくらいのもの。場合によっては個の戦力としてユグラの星の民に協力する可能性もあったのだから。
聖騎士団の団長が敗れたことで、ユグラ教の聖騎士の士気も落ちていることだろう。万が一の逃走の際にもこういった出来事は効いてくるものだ。
「欲を言えば、その場にいた者を全て始末してくれた方が良かったのだがね」
「敵なら斬るけどな。剣も握らないような奴を斬るのは気分が悪くなる。リティアルなら分かってんだろ?」
「もちろんだとも。だが、君の戦いの様子を伝えられては面倒な相手がいる。私の懸念はそこだよ」
ユグラの星の民は相手の情報を得れば得るほどに、相手への理解度を増していく。そして私と同等の読みや誘導を行えるようになるのだ。アークリアルは最強ではあるが万能の神と言うわけではない、むしろその思考そのものは簡単に読めてしまうのだ。
「ユグラの星の民に俺の動きが読まれないかって心配してんのか?そりゃあ俺の頭はそこまで回るわけじゃないけどな、だからこそ愚直にリティアルの指示に従えるんだ。リティアルが読み負けなきゃ問題ないんだろ?」
「その通りだがね。責任を背負う立場の私としては思うところもあるのだよ」
アークリアルは小言を聞きたくないと言わんばかりに顔をしかめる。どうせ残るはユグラの星の民との決着だけ、これ以上の勝手な行動はないのだからこの話は終わりでも構わないだろう。
「ちなみにだが、俺の戦いを覗いている奴がいたぞ。ありゃ人間じゃなかったな、この前やりあった悪魔みたいな奴だった」
「聖騎士に先を越されたユグラの星の民が、紫の魔王に送り込ませた魔物だろう。その姿はツドァリも確認している」
可能ならば助力するように言われていたのだろうが、相手はアークリアルだけだった。ヨクスとの戦いから意味がないと判断し、観察することに努めていたのだろう。
「帰りはツドァリと一緒だったからな、尾行はされてないよな。連中、ここまで来れるのかね?」
「ツドァリの隠匿を施した前の拠点にも聖騎士が現れた。可能性は否定できないさ」
せっかくだ、少しばかり再分析を行うとしよう。クアマで出会ったユグラの星の民の顔を思い出しながら、現在に至るまで向こうが得たであろう情報を加えていく。
あの男の理解する力は護身の為に身についたものだ。あの若さであれだけの処世術を身に着けなければならなかった世界を思うとめまいもするが、今は関係ない。大事なことは彼の今の状態をイメージすることだ。
ツドァリの隠匿を破った手段はおおよそ察しが付く。だが逃走方法まで対応されていることはないだろう。ならば現在のところこの場所へと辿り着くことは可能なのか、その切っ掛けを得られるかどうかを分析する。
「まあた頭回してるって顔してんな」
「――今結論が出た。ユグラの星の民は数日中に現れる。ツドァリやラーハイトに備えるように伝えておかなければね」
あの男が碧の魔王と接触していた場合、ネクトハールの心情を理解している可能性が高い。この場所を拠点として選んだのはネクトハール、その思考はセレンデの歴史などを分析すれば紐付けすることができる。そしてユグラの星の民ならば確実にこの場所を調べることになるだろう。
「敵のことをそこまで信用できるってのは、凄いもんだな」
いっそ何も知らないままでいた方が、気兼ねなく接することができることもある。バンやグラドナのことを思い出す。彼らは互いのことを深く知らずとも、気の合う仲間だった。そんな仲間に囲まれた人生も悪くないと思っていたことは事実だ。
だが私は今この場所にいる。彼女の為、そして自分の為、こんな道を選ばねばならなかった。排除すべき相手のことを見続けなければならないような、色褪せた場所に。
「敵だからこそ理解することが必要なのだよ。味方なんて、気が合えばそれで十分なのだからね」
◇
考えなければならないことはいくつもあるが、今最も重要なのはネクトハール達が何処に移動したのかと言うことだ。この場に及んで知られている通常の拠点を選択することはないだろう。何せ今までいた拠点が一番規模の大きい場所なのだ、この場所を放棄する理由は必ずある。
「聖騎士とバトラー・アーミーから得られる情報はこんなところか」
聖騎士から得られた情報はアークリアルの情報だけ、これは今使う必要はない。ヨクスとの戦闘を観察していたバトラー・アーミーからはアークリアルが去った方向、その追跡を行った際の報告を得られた。
ヨクスに助け舟を出して欲しかったところではあるのだが、デュヴレオリが一方的に負けた相手だ。寡黙なれども知性のあるバトラー・アーミー達には荷の重い相手であることには違いない。加勢したところで結果は変わらなかっただろうし、むしろ必要だった情報が得られなかった可能性もある。
「アークリアルはある程度移動したのち、突如煙のように姿を消した……か。手掛かりはなしだな」
「そうでもないさ、イリアス。アークリアルはある程度移動してから消えたんだ。最初から消えられるならヨクス達の前で消えれば良かった。そうしなかったのはできなかったからだ。バトラー・アーミーの追跡を振り切ったことから、ツドァリと合流したんだろう。アークリアルの行動は私情によるもの、なら小細工はしてないだろうからな。消えた先に方向は絞られる」
些細なことだとしても、得られる情報は必ずあるのだ。大切なのはそれらの情報から必要な要素を抽出し、そこから全体像を浮かび上がらせることのできる想像力だ。
ワシェクト王子に頼み、セレンデの地図とセレンデが管理している遺跡に関する書類を用意してもらった。分析すべきなのはこの方向で間違いないだろう。
「もっと詳細な地図でなくて良かったのか?他国の者に詳細な地図を見せたいとは思わんが」
「これで十分。ありがとうな、ワシェクト。必要なのは流れ付いた人物が得られる情報だからな」
「ふむ?まあお手並み拝見といこう」
移動を提案したのはリティアルかネクトハールで間違いない。その理由は『俺』達が来ると読み、迎え撃つ為に有利が得られる場所を選択したからだ。だがそれだけ有益な場所がありながら、普段からその場所を拠点として利用していなかった理由は?
「出入りが不便、それでいて広さがある……普通の遺跡と言うよりも……これか。そっちの書類も取ってくれ」
「あ、ああ」
書類の中から、イメージにしっくりくる遺跡が複数見つかった。この中でアークリアルの去っていった方向、この場所を訪れたネクトハールやリティアルが選びそうな場所を絞り込む。
「――ここだな。ネクトハール達はこの遺跡で待ち構えている」
地図の上で指し示した遺跡、そこはかつて黒の魔王が侵攻を始めた際、ドワーフの一族が造ったとされる地下の避難施設だ。地下を進む回廊、最下層に辿り着くまでにいくつかある適度に広い空間。ダンジョンと呼ぶほど複雑ではないが、待ち構えるにはうってつけの場所だ。
「待て、本当にそこなのか?そこは……セレンデ城の目と鼻の先だぞ!?」
地図上に記されている地下遺跡のすぐ傍には、セレンデの中心とも言えるセレンデ城が記載されている。この遺跡は遠い未来、他国や魔物による侵攻があった際に避難用としてセレンデの王族が利用するつもりもあったのだろう。それだけ実用性のある場所ならば、ネクトハールが利用しない手はない。
「他にも候補はあるけどな、多分ここで間違いない。イリアス、出発する準備を。『俺』は念の為他の候補も洗っておく」
「ああ、わかった」
鍵の複製はいくつか用意してある。それぞれの候補先にバトラー・アーミーを派遣すれば確認は取れるが、その必要はないだろう。それだけこの場所は奴らにとって好都合な場所だ。
ワシェクト王子が用意してくれた遺跡の地図を眺めながら、リティアルやラーハイトの思考へと立ち位置をずらす。
既にリティアルとの勝負は始まっている。リティアルは『俺』が来ることを予測した上で備えている。対するこちらは今しがた相手の拠点の地形を把握したばかりだ。差がある相手にハンデを背負っての読み合いの勝負だが、一方的な不利という訳でもない。リティアルは万全の準備を進める為に、過去に見繕った地下遺跡を利用した。その代償はこのセレンデが調べた遺跡の調査書がここに用意されたということだ。
そうなるとリティアルは『俺』が地形の情報を得た上で行動してくると読んで、罠を仕掛けてくるのだろう。性格の悪いラーハイトや、隠密に長けたツドァリも同様だ。実に考えることが多い。いっそ遺跡を爆破して埋めてしまえとか安直な愚策すら思いつくくらいだ。
「馬鹿広い地下遺跡で、食料もある。出口を塞いだところで蘇生魔法を完成させるだけの時間は得られるよな。いざとなれば魔法で地面を掘れば出られるんだし、ずりーの」
結局のところ、直接無力化しない限り安心はできない。皆には危険な道を進んでもらうことになるだろう。だからこそ、リティアルに読み負けることだけは避けなければならないのだ。
「そんなわけだからな、リティアル。少しズルをさせてもらうぞ」
「……どっちが悪党か判らん顔をしているな」
あ、ワシェクト王子がいるのを忘れて悪い顔をしてたわ。




