そんなわけで隠れてて。
「――さて、そろそろ俺がここに来た本題に入るか」
碧の魔王がマリトの方へと視線を向けた。いや、正確にはマリトではなくその背後にいるだろう存在にだ。暗部君の存在に気づいているかどうかは半々だったが、この様子だとどうやらバレているようだ。
「今までのは本題じゃなかったってことか」
「俺が直接警告した方がより効果があると判断したことは事実だ。ついでに貴様に俺の意図を理解させる為にもな」
碧の魔王が直接出向いてきた理由。『俺』に碧の魔王本人の意思を理解させようと言う思惑が含まれていることは確かだ。それはこの本題を穏便に済ませようと言う意図もあるのだろう。自らの力に絶対的な自信を持つ碧の魔王が慎重に行動せざるを得ない相手、そんな人物はターイズに一人しかいない。
「姿を見せたくないのであればそれでも構わん。そのままで聞け、ハイヤ=ユグラ」
「――ッ!?」
それが暗部君の名前であること、姓に湯倉が含まれていること、この場に姿の見えぬ第三者がいることと、随分と情報量の多い台詞だな、おい。ただこれは碧の魔王なりにこの場にいる者達に対する説明行為なのだろう。細かい質問には絶対に答える気がないと言うわけでもあるのだが。
「俺は貴様の落とし子としての才を管理しなくてはならない。だが俺から逃げるような者を配下にしたいとも思わん。故に貴様はその鎖を保て。そうすればあとは貴様の自由に生きれば良い。それが以前、貴様に伝え損ねた俺の意思だ」
碧の魔王はそれで満足したのか、返事を待つことなく立ち上がって部屋を去っていった。ポカンとしていたニールリャテスも自分の王が退室したことに気づき、慌ててその後を追っていった。
「言いたいことだけ言って帰ったな」
「そうだね。しかも混乱をばら撒けるだけ撒いて……」
事情を色々と知っている『俺』とマリトは、碧の魔王の言葉の意味を噛み砕いて理解できている。しかし他の連中は『解説、はよ』と言わんばかりにこちらを見ている。いや、説明してやりたいのは山々なんですけどね?そうすると『俺』の命が――
「こうなった以上、隠し続ける意味もなくなってしまいましたね」
マリトの背後から聞こえた声に、全員が視線を向ける。するとそこには軍服のようなデザインの服を着た一人の男性が立っていた。だが皆が言葉を奪われたのはその奇抜な服装よりも、その顔だろう。
「――ユグラ?」
湯倉成也がクアマに残した『勇者の指標』。そこで見た湯倉成也の顔に非常によく似ている。完全に一致というわけではなく、『勇者の指標』で見た二十代半ばの顔にもう十年ほど年齢が加算されているかのような大人びた感じだ。髪の色も黒を基調としているのだが、白髪交じりで灰色と表現したほうが適切だろう。
「こうして素顔を晒すのは陛下とご親友を除いて初めてですね。私の名はハイヤ、ハイヤ=ユグラと申します。普段はこうして陛下の護衛として傍に控えさせていただいております」
「いや、『俺』も初めて見るってば」
「悪戯心で何度か姿を見せてはいたのですがね」
「それを見たら殺されるって思ってたから全力で目を背けてたんだよ!?」
暗部君、いやハイヤは笑っている。その様子を見て『紫』と『蒼』が物凄くドン引きな顔をしていた。
「うわぁ。確かにユグラ本人じゃないわね……あいつこんな喋り方絶対しないもの」
「そうね?でもその顔は紛れもなくユグラと同じよね?」
「勇者ユグラは自らも魔王となっておりますので、このように歳は取りませんよ。その事実を知らない者が見てしまえば色々と思うところはあるでしょうから、姿を隠していたわけではありますが」
率直な印象を言えば、成長した湯倉成也本人にしか見えないのだ。『勇者の指標』で世界中に顔が知られている立場としては隠したくなるのも頷ける。
「ユグラ本人じゃないのはユグラを知っている私達なら直ぐに分かるわね?これまでの話から考えるに、ネクトハールが追っていた理に干渉する才能を持つ落とし子と言うのは貴方のことで間違いないのよね?」
「はい。その節ではターイズには多大な迷惑を掛けてしまいました」
「その辺の経緯をもう少し詳しく聞かせてもらえないか?」
「ええ、そのつもりで姿を見せたわけですからね。そうですね……やはり最初から説明しなければなりませんね。私が勇者ユグラによって創り出された経緯から」
◇
私は物心ついた時から両親や兄弟がいないことを理解し、村の者達に支えられるように生きていました。何処にでもありそうな辺鄙にある村、特徴があるとすれば他の村との交流を一切行おうとしなかったと言う点が挙げられますかね。
『ハイヤ、お前は学ばねばならない。それがお前に与えられた運命なのだ』
自分が他の子供と違う扱いを受けていることはすぐに気づきました。彼らが農作業を手伝っているのを横目に、私は大量の本を読まされて魔法の勉強をしていましたからね。その理由は自分の才能を自覚した時にすんなりと受け入れられました。――ああ、私は人と違う才能がある。この才能を伸ばせと言う村長の言葉に間違いはないのだなと。
ですが同時に不思議にも思いました。私は才能があるからこそ、魔法について学ぶべきだと理解できた。では村長は何故、私にその才能があると分かったのか。彼には何の才能も感じないのに、私をどのように区別することができたのかと。
興味を持った私は覚えた魔法を駆使し、村長の記憶を覗いてみました。するとそこには赤子の私を抱えたユグラの姿があったのです。
『この子は遠い未来に僕と同じ存在になることができる。新たな勇者として育てて欲しい』
その時の私はあの勇者の子供なのだと、その才能は間違いなく引き継がれており、自分もまた勇者と呼ばれる存在になれるのだと誇らしくも思いました。私が素直に成長できるようにと仕込まれた、子供騙しだったのですがね。
私が村で学ぶことがなくなった頃、村長は私にある洞窟に向かうように命じました。そこには勇者が残した新たな叡智が封印されていると。
洞窟には特殊な結界が張られていましたが、私にとっては特に問題もない障害。その奥に進むと、そこには『勇者の指標』と同じようにユグラの記憶が残されていました。私はそこでユグラの思惑を知らされることになりました。
『やぁハイヤ。君がこの記憶を知ることができたと言うことは、君は無事にその才能を自分のものにすることができたんだね。この世界にとって、その才能がどれほど価値のあるものなのか、それが理解できるようになった君に少しばかり酷な話をしよう』
ユグラの記憶は全ての経緯を話してくれました。ユグラ本人が魔王を生みだし、自らも魔王となって他の魔王を一度殺めたこと。遠い未来、魔王によって人類が滅ぼされることを防ぐ為に『落とし子』のシステムを作り出したこと。
『落とし子の調整としては、緋の魔王を倒せるくらいが理想なんだよね。それ以上は僕にこの力を与えた奴がケチを付けてくるだろうし。だけどさ、正直な話この調整って失敗したんだよね』
もしも落とし子の才能が血によって遺伝してしまった場合、選民思想に目覚める人類が現れるだろうと危惧したユグラは落とし子の発生に偶発性を持たせました。ですがそれにより必要な時に欲しい落とし子が存在していられると言った確実性が失われてしまったのです。
『肝心な時に世界を救える勇者がいないんじゃ意味がないからね。だから僕は君を創り出した。僕の血を使い、始まりの才能を確実に受け継ぐことができるクローンを』
私はユグラが残した最終手段でした。もしも魔王が再び世界を襲う時、その時に勇者がいなかった場合にのみ世界を救う存在。勇者の予備として作られた人間、いえ、人間のような何かだったのです。
『君がもしもこの世界への興味を失ったのであれば、それはそれで構わないよ。君を創り出したのは僕自身のけじめのようなものだからね。最低限の義理は果たしたってね』
その時は情報に残されていませんでしたが、ユグラは時空魔法に着手する前に私を創り出していたのでしょう。新たな禁忌に手を伸ばす為、人類と魔王に関わっている暇がないからと。
私が村に戻ると、村はなくなっていました。大人達が自らの手で子供達を殺し、家に火を放って心中していました。ユグラは私を育てる為だけに村を用意し、私が十分に育ったのであればと痕跡を残さないようにしていたのです。その時の村人達も創られた存在なのか、それは今でも調べる気にはなれません。
正直な話、私は自分の出生の意味を知ってもそこまでショックは受けませんでした。むしろしっくりきたくらいです。この世界の者達ではまず持ち得ない特異な才能を持つ意味、ユグラが用意した勇者の代理品として生きる以外にこの力を振るう機会はないと自覚していましたからね。これだけの力を持つ私が平和な人の世に混じれば、きっと取り返しのつかない混乱を生むと。
そして私はユグラの思惑通り、その時がくるまで待ち続け、こないのであれば静かに老いを待てば良いと山奥で暮らすことにしたのです。
◇
「とまぁ、私の出生に関してはこんなところですね」
ハイヤは自分がこの世界に勇者が現れなかった時の為のスペアとして、湯倉成也によって創り出された存在であることを淡々と語ってくれた。思うことは色々とあるが、本当に人道に反したことをしてるよな、湯倉成也って奴は。
「それでそのあとは碧の魔王と接触したって感じか」
「ええ。ある日、落とし子を探していたネクトハールが私の前に現れたのです。あの男は自分が碧の魔王の遣いであると話し、碧の魔王が私を探していることを伝えました。私と類似した存在、落とし子を創り出した魔王。彼と話せば何か得るものがあるのではと、私はターイズ魔界へと向かうことになったのです」
碧の魔王は湯倉成也からハイヤのことを知らされていたようで、ハイヤの持つ力が世界に過度な干渉を行うことを防ぐために管理下に置こうとしていた。
「それで管理されるのが嫌で逃げ出したと?」
「確かに私は魔王に対する人類の切り札。魔王に管理されることに思うところはありましたが、碧の魔王の言い分も理解できました。ですが……その部下のネクトハールからは不穏な空気を感じたのです」
悪いようにはしない、そう言われながらもハイヤはネクトハールから何か陰謀のようなものを感じ取った。それが碧の魔王も噛んでいることなのか、そうだとすればこの場所に居続けることはきっと良くないことになるだろう。そう考えたハイヤは碧の魔王の申し出を拒否してターイズへと身を隠した。
「その結果、ネクトハールは魔物を引き連れ強引な手段でハイヤを捕まえにきた……と」
「当時の私はネクトハールの意図をはかりかねていましたからね。ですから暫くは姿を隠して様子を見ることにしたのです」
ネクトハールが碧の魔王の下を去ったあと、ハイヤはマリトと契約魔法を結び絶対服従の下マリトの護衛となった。そこまでしたのは情報収集の為というより、巻き込んでしまったターイズへの償いをしたかったのだろう。
「んでマリトはそれらの事情を一切知らされていなかったと」
「知っていれば魔王が復活する話を聞いた時にもう少し冷静にいられたんだけどね」
ドコラに託された本を解読した時のマリトの狼狽えようは酷かったよな。『俺』をメジスに売ろうとした時の表情は実に真に迫っていたのを思い出す。
「先程の言葉で碧の魔王には裏表はなかったと確信が持てました。私がこの力を行使しない限りは見逃すと、陛下の傍で契約魔法に縛られたまま無難に生きよと」
ハイヤが碧の魔王の申し出を拒否した時、碧の魔王はハイヤにその力を使わない限りは好きに生きろと言うつもりだったのだろう。しかしハイヤの力を欲したネクトハールの意思により、その言葉を伝えることは今まで叶わなかった……と。
「それにしても碧の魔王と瓜二つのマリトの部下になるって、趣味の悪い意趣返しだよな」
「いやぁ、あの時は陛下ももう少し若かったですからね。年を経る毎に碧の魔王に似ていくのはなんとも言えない気持ちになりましたよ」
「それは確かに」
「ですが陛下を信用に足る人物だと理解できていたからこそ、陛下と似ている碧の魔王を信じられる日がきたのだと思います」
ハイヤの言葉にマリトは少々複雑そうな顔をしている。マリトは碧の魔王に対し、同族嫌悪に近い感情を抱いているようだ。実際に碧の魔王とマリトは育った環境は違えども、物事に対する構え方がよく似ている。『俺』が碧の魔王を何処となく信用できそうだと思えるのも、マリトに近いものを感じているからだろう。
「それにしてもムカつくくらいにユグラに似てるわよね。ちょっと殴らせなさいよ」
「あらあら、私も混ぜてほしいわね?」
「お前ら……」
実は『俺』も少しだけ思っていたりする。私情込みでもハイヤには姿を消したままでいてもらいたいものだ。