だから選択する。
「ラーハイトも揃ったか。それでは話し合いを始めよう」
リティアル、アークリアルと共にネクトハールに呼び出された。実務的な話を考えればツドァリもこの場に居た方が良いのだが、ネクトハールとしてはこの四人だけで話を進めたいのだろう。この男は多くに情報を共有するということを嫌い、最小限の人数でしか情報を共有したがらない。情報を上手く薄めて部下に伝えることができるリティアルとは違い、他人との馴れ合いを好まない私や、そもそもまともに情報を覚えられないアークリアルは数に入っているかは悩ましいところではあるが。
「トリンの拠点が落とされて、次はいよいよここセレンデってことだよな?でもさ、ぶっちゃけツドァリがいるならこの場所がバレていても到達できないんだろ?ネクトハールの研究も目処が立ってるってんなら、食料を大量に補給して籠もってりゃいいじゃん」
ツドァリの力、それはツドァリ自身が細工を施した場所を認知させなくすると言ったものだ。その場所にはツドァリ自身が作った専用の鍵がなければ辿り着くことはできない。魔法を使用し固定化された魔力の性質としての効果を持つため魔封石の影響もない。
ソライドから奪われた鍵は全てトリンにある拠点でのみ使える鍵だから心配はない。この場所を含め、セレンデ側の拠点に入れる鍵を持つのはここにいる四人とツドァリだけとなる。つまるところ私達が外に出ない限りは鍵が奪われる心配すらないのだ。
「ユグラの星の民がツドァリの力を攻略できるかどうか、そこは定かではないがね。しかしソライドの力を受けてなお、彼はソライドを倒してみせた。破られるかもしれないくらいのつもりで動いておくのがちょうどいいだろう」
「慎重だなぁ」
リティアルが慎重過ぎると考えているのはアークリアルだけだろう。私やリティアルは言うまでもなく、ネクトハールも『リティアルが言うならば』と耳を貸す器量はある。
「では研究施設をあの場所へと移動するとしよう。出入りに不便はあるが、あの場所ならば攻めにくく、守りやすいからな」
「あの場所ですか。あの回廊ならば待ち伏せや罠も十分に用意できますし、備えやすいと言えばそうですね」
「つーかさ、そこだったら俺一人で護れるんじゃね?分かれ道はあっても一番先までは一本道だしさ」
「アークリアル。私達は別に貴方が負けるということを危惧したことはありませんよ。ですが時間稼ぎをされている間に他の者がすり抜けてくる可能性を危惧しているのです」
アークリアルが戦闘で敗北する光景は全くと言っていいほど想像できない。しかし、この間の抜けた男があのユグラの星の民相手に戦闘以外で出し抜かれないというのも考えられない。当然あちらの最大戦力はアークリアルによって防がれるだろうが、厄介な相手が一人や二人というわけではないのだ。
「俺がポカする前提かよ。ひでーの」
「貴方の失態で全てが終わらないように私達が尽力するのですから、感謝されることはあっても文句を言われる筋合いはないですよ」
「ラーハイトの言う通りだな。この先の戦いはアークリアルが抑えきれない分をどう対処できるかという問題になってくる」
アークリアルには最も重要な場所を守らせる、これは避けて通れない道だ。ユグラの星の民の戦力で言えばイリアス=ラッツェルと白い亜人、あの辺がぶつかってくるだろう。小手先の技で戦うエクドイクやミクス=ターイズは邪魔になるだけ、つまりは隙を縫って進み、私達が対処することになるのだろう。
「なぁ、ターイズの騎士ってのは例のイリアスって女しか来ないのか?俺としちゃサルベット=ラグドーと一回戦ってみたいんだよな。リティアルはそいつと縁があったよな?」
「サルベとグラドナなら来るかもしれないね。だがターイズもあまり戦力を割くことはできないはずだ」
「そりゃまたどうして?」
「なんのことはないさ。ただ各国で我々が何かしようとしている痕跡を残しただけのこと。我々がレイティスの者達を使って国を転覆させようとしていた事実を知っている者達からすれば、自国できな臭い痕跡が見つかれば余力を残さざるを得ないのさ」
ソライドが勝手にやっている間、暇を持て余しているだけかとも思ったがそうではなかったようだ。ユグラの星の民からすればこの行為はブラフであると読み取れるだろう。しかし少しでも可能性がある限り、下手な真似ができないのが国家だ。それこそセレンデに全力を注ぐようならばレイティスの者達や他人の体に憑依した私がその国で暴れてやればいいだけのこと。
「消極的な作戦だこと。数を増やすことに掛けては敵さんの方が早いだろうに」
「時間さえ稼げればいいのだよ。ネクトハールの研究も大詰めに入っている頃だ、そうだろう?」
「ああ。実際のところラーハイトの落とし子としての才能から蘇生魔法への道筋は驚くほど近かった。あとはユグラの残した壁の抜け道だが……これもそう遠くないうちに実現できるだろう」
その言葉に心の奥底にある何かが蠢くのを感じた。もう少しで完全な蘇生魔法を使用することができる。魔法の構築だけならば死霊術や私の落とし子としての才能を分析すれば解明することはできる。しかしそれだけではこの世界の人間は禁忌に手を伸ばすことができない。
無色の魔王、ユグラによって禁忌に手を伸ばす者を抑止する役割を与えられた存在。だがこの男の抑止が働くのは世界の理に組み込まれた、禁忌を察知する結界に反応した場合のみだ。その結界に引っ掛かりさえしなければ、敵対行動を行えない無色の魔王は何もすることができないのだ。
「以前ターイズを襲った時に逃したという、理に干渉する才能の持ち主は未だ見つかっていないのでしょう?」
「以前も言ったが他の才能への干渉の仕方さえ分析すれば、それなりの成果は導き出せる。あの男がいればあと数年は早く我々の悲願は叶っていただろうがな」
「優秀なようでなによりです」
「優秀ではないさ。私は碧の魔王の魔族として長年魔法の研究を続けていた。魔族となった日から、その下を離れる直前まで百年を超える年月の間ずっとだ。それでようやく辿り着けたのだから、私は凡才の枠に留まっていると言えるだろう」
確かに、真に天才と呼べるのはユグラだろう。ユグラは異世界から現れ、魔法という概念を学んで瞬く間にこの世界の理を掌握した。ユグラの星の民の他人を理解する能力は、環境の違いから育まれたものだとリティアルは分析している。だがいかなる環境や思考の差異があったとしても、ユグラの偉業は常人に為せるものとは到底思えない。
「その執念だけは非凡だと思うがね。だからこそ私やラーハイトは君を信用している」
「そうですね。自分一人で目指すよりも効果的だと判断できるだけの材料はありましたから」
「――褒められることには慣れていないのでな、生憎と感傷が湧かない。だが二人には万が一に備え、現在までの研究成果を渡しておこう」
ネクトハールは私とリティアルに魔石を手渡す。ソライドの記憶に干渉する能力を参考に、物体に必要な情報の記憶を埋め込む技術を応用したものだ。ネクトハールは私達を出し抜くつもりが一切ない。それを証明する為にこうした行動で示している。
「一度に膨大な知識が流れ込みますからね。暇を見ておいおいと理解しておくとしましょう」
「そうだな、今はユグラの星の民を迎え撃つ準備の方を優先するといい。それで他の落とし子やレイティスの戦力はどのように分散する?」
「俺はいらねぇよ。誰が一緒でも噛み合わねぇ自信がある」
「私も必要ありませんね。いつ裏切るか分からないような者達に背中を預ける気にはなれません」
私の言葉にリティアルが少しばかり眉をしかめる。これまでにユグラの星の民の側に寝返ったヤステト、モラリ、スマイトス、コミハといった戦闘要員としても扱える落とし子達は皆リティアルが見つけ出し、その力を引き伸ばした者達だ。
「おいおい。あんまりきついことを言ってやるなよ。相手はリティアルと同格なんだろ?」
「私は一度捕まっていますが寝返ってはいませんよ」
「自分だけ特別扱いってか」
「それを言えば協力者を不要とする貴方もでしょう。そもそも特別扱いしているのはリティアルの方ですよ。同じ落とし子だからと無条件に信用し過ぎなんです」
リティアルの才能を見抜く力は確かなものだ。しかしリティアルは落とし子達に対して甘い感情を持っている。決して裏切れないよう調教でもすれば良いのに、忠誠心という不確かなもので満足している。その結果がこの有り様だ。
「否定はしないがね。だが裏切らなかったとは言え、君からジェスタッフ達の活動が露呈したことと、ヤステト達が情報を漏らしたこと、大差はないだろう?」
「……っ、そういうことにしておきましょうか」
この男を相手に理屈を並べて言い争うことは、つまらない自己満足を満たすだけで時間の無駄だ。そもそもこんな屁理屈の化物相手ではまず満たされないだろう。私の失態が少しでもある以上、それを受け入れなくては意味がない。
「あまり剣呑な空気にしてくれるな三人とも。悲願が達成される直前で袂を分かたれては、私が出し抜くような形になってしまうからな」
「俺も含まれるのかよ!?」
「そもそも口を挟んだのは貴方でしょう、アークリアル。それでは私は準備に取り掛からせてもらいますよ」
部屋を離れ、魔石を操作しておおよその情報を読み解く。なるほど、確かにあと一歩といったところだ。これならばユグラの星の民がこちらに攻め込む準備を整える前に終わるかもしれない。
「……希望的観測は止めておきましょうかね」
希望通りに望んだ結果が手に入ったことなどなかった。目標を達成することはできても、その達成感は思い描いていたものとはいつもかけ離れていた。それでもなし得なければならないことがある。その為だけにこのドブ沼のような人生で足掻いてきたのだ。
ネクトハールやリティアルが蘇生魔法を手に入れたのち、どのような行動に出るかは予測がついている。アークリアルは興味を示すか怪しいが、最終的には邪魔になるのだろう。
「――もう少し、もう少しでその時はくる」
もう間もなく選択の時はくる。私が選ぶのはより多くの困難が待ち構えている人生だろう。選択をすると言うことは、既に選ぶものを決めているということだ。選択があることを理解した時点で、選ぶという結末は確かに存在するのだ。ならば迷う必要はない、自らが望んだ道を直向きに進むだけのこと。
これにて選択編終了です。
次章は主人公とラーハイトの因縁に決着を付けていく予定です。
多分次を含めてあと二章で完結すると思います。来年までに完結なるか……!?
余談ですが3/30にマグコミでコミカライズの二話が掲載される予定です。更新日的にもう一度告知するとは思いますが、最近少し忙しいので少し早めに。




