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異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
選択編

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だから扱いは丁寧に。

「俺には何が足りないのだろうか」


 食事が済み、ラクラと二人きりになったタイミングでふと思ったことをラクラにこぼすと、ラクラはポカンとした顔で飲んでいた酒をこぼしていた。


「はっ!?もったいないです!?」

「そこまで唖然とされる覚えはないのだがな」

「いえいえ、エクドイク兄さんからそんな質問をされたらぽかんとしますって。急にどうしたのですか?」

「急にというわけでもないが……『蒼』のことだ。俺はどうもアイツの機嫌を損ねてばかりだ。同胞からアドバイスを聞いて色々と参考にしてはいるのだが、いつも何かしら一言多いのだろうか。最後には不機嫌にさせてしまうのだ」

「……あーそうですね。一言多いということに関しては同意します」


 やはりラクラでさえもそう感じているのか。俺は人との交流の経験が浅いという自覚はあるが、具体的にどうすれば良いのかというのが分からない。同胞は慣れろと言っているのだが、その慣れるまでの間相手に負担を掛け続けるのはいかがなものかと悩んでいる。


「なるべく口数は減らしているのだがな……」

「そう言えばエクドイク兄さんって、以前私に対して接していたような感じはなくなりましたよね。いきなりフルネームで呼んで、もの凄い熱意を押し付けてくるような……」

「お前が俺に圧されていたことは理解していたからな。同胞や『蒼』、メリーアにそんな態度を取るつもりがないだけだ。そもそもお前の自堕落っぷりが目立っていたからこそ、それを改善する為に奮い立っていたわけだからな」

「うーん、嬉しくない特別扱いです」

「もしかしてあんな風に接した方がウケは良いのか?」

「今の方がまだマシですね」


 やはり過去のことを参考にしても仕方ないか。ただあの時は勢いがあったおかげもあって、日々としては充実していた気はするのだがな。


「どうすれば同胞のように無難に接することができるのだろうか……」

「尚書様も大概だとは思いますけどね。『蒼』さん高頻度で弄られていますし」

「それでも地面に叩き伏せられることはないだろう?俺はあるんだ」

「うーん。それとこれとは違うのですが……妹の立場でそれを説明したくないというのが本音です」

「妹だと説明することに支障が出るのか?」

「私が尚書様のことでエクドイク兄さんに相談したとして、エクドイク兄さんは男の立場として助言するようなものです」


 男の立場……そんなものがあるのか?確かに同胞は男だが、同じ男だからといって理解が深まるものなのだろうか。同胞やマリトのことを考えると、とてもじゃないが理解しきれる相手ではない。


「同胞のラクラに対する接し方なら、お前をある程度甘やかしてやっても構わないといった感じだろう?お前の本質を個性として認め、許容できる範囲内で受け入れているわけだ」

「うーん。そこまで分析できているのに、どうしてなのでしょうね……」

「『蒼』が俺に共に生きる者としての覚悟などを求めていることは理解している。だから俺は本心のままにその思いを告げているのだが……毎回機嫌を損ねてしまうのだ」


 ラクラが俺を見る視線が冷ややかだ。まるで何も分かっていない素人を見下すかのような、そんな雰囲気を感じる。


「はぁ……それ、照れ隠しですよ」

「……照れ隠し?」

「はい。エクドイク兄さんが『蒼』さんの要求する以上の回答をしてきたことが嬉しいのですが、それを素直にエクドイク兄さんに見せるのが恥ずかしいのです。だから機嫌を損ねたフリをしているのですよ」


 なんだと……。あれが機嫌を損ねたフリ……だと!?俺を地面に叩き伏せ、引きずり回すことが……!?


「いやしかしだな。実際に声を荒げたり、強引な力技で相手をねじ伏せたりだな……」

「そりゃあ勘付かれたくないのに、エクドイク兄さんがぐいぐいと感想を求めてくるからですよ」

「嬉しい時に嬉しいかどうかの確認をしてはいけないのか?」

「悔しい時に『悔しいか?』とか言われたら嫌でしょう?」

「……それと同じなのか」


 つまり俺が地面に叩き伏せられる直前に言った言葉は、『蒼』の感情を煽るような言葉だったということなのか……確かにそれなら強引に会話を終了させてくることにも納得がいく。


「エクドイク兄さんが学んでくれて何よりです」

「ん?だがそれでは説明できないこともある。以前『蒼』に食事を作ってもらったことを感慨深いと話した時、紫の魔王の話題が出たのだが……紫の魔王と『蒼』では立場が違うだろうと言っただけで地面に叩き伏せられたことがある」

「……それは普通に怒っただけだと思いますよ?」

「そ、そうなのか……判断が難しいのだな」


 つまり『蒼』は喜んでいても、怒っていても、同じように俺を地面に叩き伏せてくるということか。感情の表現の幅が狭いということなのだろう。


「……ん?ということは紫の魔王が同胞を異性として求めているように、『蒼』も俺を異性として求めているということか?」

「えっ」

「えっ」


 ラクラが初めて見る驚愕の表情を浮かべていた。こいつにもこんな顔ができるのだな。しかしこの反応からして、そういうことだったのか。


「……その発想ができるのに、気づいていなかったのですか?」

「人間社会の知識はある。ただ『蒼』の行動はとてもそういったものとはかけ離れていたからな……」

「照れ隠しの延長線上とは思わなかったのですか?」

「……まったく」


 沈黙が訪れ、何を話すかと悩んでいると同胞がふらりと姿を現した。酒瓶とグラスを持っていることから、ラクラと一緒に飲むつもりなのだろう。


「ん、なんだ空気が重いな」

「き、聞いてください尚書様!エクドイク兄さんって――」

「ああ、その様子だと『蒼』がエクドイクに恋愛感情を持っていることにようやく気づいたってとこか」

「なんでそこまで察しがいいのに、ここまで放っておいたんですか!?」


 当然ではあるが同胞は全て理解していたらしい。だが掴みかかるラクラを無視しながら座り、酒をグラスに注いでいく。


「そりゃあエクドイクだって人間社会のことは学んでいるし、一時期は冒険者として生きていたんだ。それくらいの知識はあるだろ。でも恋愛とかそういった経験があるわけじゃない。何が悲しくて二十代後半の男に恋愛のレクチャーをしなきゃいけないんだよ」

「うっ」

「それに『俺』がそんなことを言っていたら、どの口が言っているんだってなるだろ」

「……それもそうですねー」


 掴みかかっていたラクラだったが、ため息混じりに手を離し冷ややかな目で同胞を睨んだ。同胞は酒を飲みながら、俺のグラスにも酒を注いでいく。


「エクドイク、別に急に態度を改める必要はないぞ。言葉では分かっていても相手を異性として認識するという実感がないまま行動しても、それは本質を理解しない薄っぺらなものにしかならない。演技で接されても嬉しいことには違いないだろうが、演技だとバレたらその全てが崩れるだけだ」


 実感、か。『蒼』のことを大切に想っていることは否定しようのない気持ちではあるが、これが人間社会における恋愛感情なのかと言われると確信を持つことはできない。そうなのだと思い込もうとしても、やはり納得を得られないだろう。


「……感情というのは難しいものだな」

「そうでもないさ。まっすぐ生きてればその感性に従うだけでいいんだ。むしろそうやって悩むことで哲学的な要素を生み出し、複雑な問題に発展させてしまう。定義を求め、疑問を抱き、行動を躊躇ってしまうわけだ」

「成り行きに身を委ねろということか」

「ああ。そりゃあお前に女心を理解しろとか言ってくる連中はこの先いっぱいいるだろうよ。だけどな、女心を理解したつもりになっている奴と理解してない奴なら後者の方がモテるんだぞ?」

「そういうものなのか」


 同胞の言っている言葉の真意は計り知れないが、自然体でいけということだけは理解できた。悩みながら接するよりも、本心の赴くままに向き合えば良いのだと。


「あ、でもなエクドイク。相手の反応を見て行動することは覚えて損はないぞ?視線を逸らされたり、会話を強引に切ったり、それは相手の気持ちに変化があったということだ」

「……なるほど。心当たりは多いな。今度意識してみるとしよう」

「ちなみに尚書様は女心を理解しているのですか?」

「したくないと考えている」

「ずるい回答!?」


 ◇


 自分が素直になれないことへの苛立ちをエクドイクにぶつけても意味がないことは分かっている。でもね、仕方ないでしょ?他の連中にはバレバレなくらいなのに、あいつったらまるで気づいていないし、それどころかどんどん周りに女が増えていくし!


「……私に魅力がないのかしら」


 なんて乙女チックな悩みを抱いてしまうほどに、私は馬鹿になっている。エクドイクが私に人生を捧げたことに甘えて、さらに望んだ光景を期待してしまっている。自分からは何もしないくせに、随分と厚かましい女になったわよね、私。

 死を望んでいた時よりも重いため息を吐き出していると、あの男がふらふらと近寄ってきた。少し赤い顔をしており、飲んでいたようだ。


「ん、そこにいたのか『蒼』」

「いちゃ悪いの?」

「むしろ助かった。ちょっと手伝ってくれ」

「どゆこと?」


 言われるままに移動すると、そこにはラクラとエクドイクが酔い潰れていた。ラクラはソファの上で気持ちよさそうに寝ているけど、エクドイクの方はうんうんと唸りながらテーブルに突っ伏している。


「ご覧の有様でな。こいつを運ぶのを手伝ってほしい」

「はぁ……ラクラはともかく、エクドイクが潰れるのって珍しいわね。こいつその辺自制できてたのに」

「お前のことで悩んでいたからな。悩んでいる隙に飲ませていたら簡単に潰せた」

「何やってんのアンタ!?」


 私のツッコミを笑いながら無視している。こいつ、本当に記憶戻っているんでしょうね?実は戻っていないんじゃないの!?


「もどかしい気持ちはわかるけどな。今お前が求めているような理想の立ち回りをエクドイクがしてみろ。きっと違和感しかないぞ?」

「……それでこいつが考えるのを邪魔したってこと?」

「『俺』に誘導されたエクドイクなんかに口説かれたくはないだろ?」


 そりゃそうだけど、言い方!もう少し私を不快にさせないような言い方はできないのかしら。


「あ、そうだ。アンタ私の名を紙に書いてるでしょ!?そういう危ないものを量産しないでよ!」

「過去の『俺』に脅されでもしたのか、それはハッタリだぞ?」

「……本当に?」

「この世界にいるニホンジンが『俺』だけとは限らないからな。わざわざ仲間を危険に晒すリスクを増やすわけないだろ」


 ということは私、過去のこいつにも弄られて遊ばれてたってこと!?あんの僕っ子!


「あーもう!昔のアンタって今以上に可愛げないわね!?」

「丸くはなったがな。男に可愛さを求めてどうするんだ」

「エクドイクは可愛いわよ!……今のは忘れて」


 酔っぱらいのテンションに引っ張られて余計なことを口にしてしまった。でもまあコイツには私のエクドイクに対する想いなんて全部バレてるだろうからいいんだけどさ。うん、そういうことにしておかないと我を忘れて襲いかかりそうだし。


「忘れてやろう。その代わりエクドイクを寝床に連れて行ってやってくれ」

「普通そこはアンタがエクドイクで私がラクラじゃないの?」

「そいつ寝たフリしているからな。まだ運ばなくていいぞ」

「ぎくっ……すぅ、すぅ、すぅー……」


 寝ているはずのラクラの体がビクンと反応する。こ、こいつ……!


「ラクラァッ!?」

「ひぃっ!?お、落ち着いてください!私はただ、ちょっとくらい面白い言葉が聞けないかなぁーって思っただけで!ほ、ほら、エクドイク兄さんが起きてしまいますよ!」

「その行動全てが断罪に足るわよ!?……余計なことを喋ったら……覚えていなさいよね?」

「だ、大丈夫ですよ!私この通り口は固いんです!」


 どんな通りでも信用できないっての。まあエクドイク本人に伝わることはないと思うからいいんだけど……大丈夫よね?

 これ以上酔っぱらいの会話に付き合っていたらまた余計なことを口走りそうだし、さっさとエクドイクを連れていこう。何を言っているか聞き取れないけど、酔い潰れながら何を言っているのかしらこいつ。


「はぁ……。酒臭い……。アンタらも程々にしなさいよ」

「『俺』は自制できるから大丈夫だ」

「私も大丈夫です。あ、尚書様、私ってやっぱり『蒼』さんのことを姉さんと呼んだ方がいいのでしょうか?」

「せめて私がいなくなってからしてくれない!?」


 危うくエクドイクを投げつけそうになった。魔力強化をしていれば別に重くはないんだけど、こいつの体って本当に鎖でじゃらじゃらしているのよね。おかげで変な気にならなくて済むけど、この安心は喜んでいいものなのかしら。


「ん……同……胞……」

「こいつ、寝言でも同胞同胞って……」


 私はエクドイクの出生を知っている。こいつがまだ恋愛感情に疎いことも理解しているつもりだ。だからこそこの想いを今ぶつけようとしないのだろう。その癖に嫉妬するような真似をしているのだから我ながら手に負えない。


「……教えて……くれ……『蒼』が……笑顔になるには……」

「――お互いもう少し大人になればできるわよ」

「……そう……か……」


 こいつがいなければ誰かを妬むようなこともなかっただろう。素直になれない自分にやきもきすることもなかっただろう。こんなじゃらじゃらした酔っぱらいを抱えて歩くこともなかっただろう。鏡の前で、笑顔の練習をしなきゃと思うこともなかっただろう。


「……ありがとうね、エクドイク。おかげで毎日心が忙しいわ」

「……同……胞……。メリーア……の件でも……」

「ほんとにね!?」


 とりあえずこの鬱憤はこいつをベッドに投げつけることで晴らすことにした。


エクドイクにとってのメインヒロイン、久々に良い雰囲気。ただコミハやスマイトス、メリーアのターンがくるわけですが。

そろそろこの章も終わります。コミカライズ二話とどっちが早いかなぁ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうエクドイクと蒼の関係が最高すぎる(笑)
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