だからしんみりと。
オデュッセにアポイントメントを取ったことで、特に問題もなくトリンの国王と謁見することができた。同伴者は案内役のオデュッセ、護衛のミクス、そして一緒に連れて行く約束をした『金』の四名だ。
亜人の比率の高い国ながら歴代の王を通常の人間が取り持っているというのはなかなかに癖のある話ではあるが、肝心の王様の性格はどういったものなのか。
「よく来てくれたなユグラの星の民よ。余がこのトリンを治める国王、タルマ=トリンである。此度はオデュッセ共々、トリンに巣食う悪の排除に協力してもらい感謝している」
「……」
「どうかしたかな?」
「あ、いや。これでもかと普通の王様のイメージだったから少し意表を突かれたと言いますか……」
マリトは若い賢王、『金』は狐っ子、ゼノッタ王は甘え上手なおっさんと王としての器はともかく、印象としては王様とは少し離れた連中ばかりだったのでこのタルマ王の姿は逆に新鮮だった。長くウェーブの掛かった白髪に、髪との境目のない長い髭。そして王様らしい豪華絢爛なマントに宝石が散りばめられた杖。ファンタジーゲームに登場するお爺ちゃん系王様そのもなのだ。
「ふ、普通なのに驚かれるとは。他の国の国王達は変わり者が多いということか」
「否定できないですね。だけど皆王として相応しい人物ではあると思いますよ」
「その言葉がするりと出るのであればそうなのだろう。隣国のゼノッタ王とは手紙でのやり取りは何度かしているが、なかなかに愛嬌のある王だと思っている」
やっぱりあのおっさん、愛想をばら撒く才能はあるよな。嫌われない才能とかなかなかあるもんじゃないし。
「隣の者はかの賢王の妹君か。良い目をしておる。そして……噂には聞いていたがガーネ国王がそのような可憐な少女とはな」
「んっふっふっ、褒められるのは嬉しいが妾は御主より遥かに年上じゃぞ?」
「余のような渋さを持ち合わせぬ以上、年上ぶることは無理であろうな。この風格、簡単に真似できるとは思わんことだ。ほれ」
タルマ王は杖を両手で持ち、なんか渋いポーズを取る。確かに凄く王様っぽいオーラがひしひしと伝わってくる。そしてそれに圧されるミクスと『金』。
「うおお……何という計算しつくされた構え……!どの角度から見ても王としての威厳が伝わってきますぞ……!」
「う、うむ……愚王やゼノッタよりも遥かに王として完成されておる……!」
「……なんだこの光景」
オデュッセを見るがタルマ王の姿に感動しているのか、目尻に涙を貯めて震えている。なんだこれ。
「別に茶番を見せているわけではない。これが余の、トリン王としての役割なのだ。この亜人を多く抱えたトリンと言う国で、人間が王であることの意味。賢いそなたなら理解できるのだろう?」
「……ああ、そういうこと」
トリンという国が作られ、誰が王となるのかという点で亜人達は人間を王にすることを選んだ。それは亜人より人間が優れているからというわけではなく、亜人でないことが重要視されたからだ。緋の魔王の『闘争』の力。それは亜人の本能的な闘争心を呼び覚まし、凶暴な獣へと変質させてしまう効果があった。彼らはその恐怖を知り、亜人が王であることを恐れたのだ。
だが人間によって統治されることを受け入れる以上、その人間には大きな見返りを求めたのだろう。王には王らしくあって欲しいという強い期待を皆が持ち続け、このトリンは歴史を紡いでいった。その結果が今のタルマ王なのだ。
「余はその統治だけではなく、外見、仕草、あらゆる面で王として認められるようにと先代から厳しい鍛錬を施されてきた。人によっては体裁を整えるより、知恵や能力を磨けという者もいるだろう。だが王とは国の象徴、体裁を整えてこそ民が見上げるに相応しい存在なのだ」
「形から入る姿勢を全力でやってる感じですか」
「もっとも、風格だけならばどの王にも負けない自信はあるが、統治に関しては大した腕前はないと自負している」
「自負することじゃないぞ。それでいいのか」
つい素が出る。だがタルマ王やオデュッセは特に気にした素振りは見せていない。
「それで構わぬのだ。この国は亜人の国、政は国民達の思うように選ばせている。私がすることは象徴としての威厳を保ち、彼らが選んだ責任を全て背負ってやることだけだ」
ある意味他の王よりも化物だ、この人。トリンの政治を全て亜人達に任せつつも、最終的な決定権だけを行使する。他人に全てを委ね、王として振る舞い、王としての責任だけを背負う。他人の責任を背負うことだけでも精神的負荷が大きいというのに、国民全ての責任を背負うことを是としているのだ。
「支持率高そうだな。この王様」
「ああ、亜人ならば人間に対して偏見を持つことは珍しくもない。だがタルマ様はこの国の誰もが支持する程の素晴らしい方なのだ」
オデュッセの言葉に嘘はないとはっきりわかる。タルマ王は人ではなく王として、国の象徴であり続ける生き方を何の迷いもなく貫いている。その覚悟が嫌でも伝わってくるのだ。国の為に人生の全てを捧げて柱となる人間を誰が非難できようか。第三勢力の立場がなければそのまま圧されて丁寧語で喋ってしまいそうだ。
「しかしの、王として国を導くという責務を放棄しているのは気になるところではあるがの」
「余にターイズ王のような知恵があれば、ガーネ王のような先を見通す力があれば、確かにさらに優れた王として君臨することはできるだろう。だがそうなってしまえば余は国民にとって恐れられる存在となってしまう。恐怖により人の王を選んだ国に、優れた治世を与える王は重荷となるのだ」
ガーネはさておき、ターイズの光景を考えればその意味ははっきりとわかる。誰もがマリトの手腕を認め、王として認めている。だがもしもマリトという優れた王がいなくなってしまえば、ターイズという国は一気に傾くことになるだろう。だから誰もがマリトを慎重に扱い、恐れてしまう。
「ゼノッタのような統治でも良いではないか」
「クアマの政治を整えているのはゼノッタ王だけではない。ギルドの力があってこそだ。ゼノッタ王の真似をするだけではこの国はクアマよりも劣化した国になるだけだ」
「……思いつきの意見では言うだけ無駄じゃな」
「このような問答は歴史の中で、何度も繰り返されているからな。減らず口なら余はどの王よりも上手いと自負している」
「自負していいのか、それ」
軽い挨拶は済んだので、ソライドとの一件を大まかにまとめて説明することにした。捕らえた落とし子達は後日クアマ魔界へと連れていき、保護という形でジェスタッフの監察下となる。ラーハイト達がトリンで使用していたとされる施設は全て抑え、ある程度の調査はしたがさほど目ぼしい情報は得られなかった。落とし子の研究を行っているネクトハールがセレンデの方にいるのだから、重要な研究資料などは向こうにあるのだろう。
「ユグラの生み出した落とし子か。生まれながらに罪があるというわけではないのに、忌み嫌われる存在というのは不憫な者だな」
「各国がその存在をしっかりと認知し、受け入れてくれる姿勢を取れば問題はないと思うんですけどね」
「優れた個というのはどうあれ目立ってしまう。良き目で見られるだけならば良いが、その逆も必ず付きまとう。誰もが強い心を持つわけではないのだからな」
タルマ王の言う通り、落とし子の才能は人の目には異質に映ってしまうのだ。その力があれば大きな変革をもたらせてくれると考える人がいる一方、自分にはない才能に嫉妬や恐怖を覚える者も多い。その全てを解消することはそう簡単なことじゃない。
「その辺はおいおいということで。こちらとしての報告は以上ですね」
「ご苦労であった。国を傾けようとする者達の策謀を打ち砕くこと、期待している」
そのあとは『金』がガーネとの外交について、タルマ王にいくらか提案をすることになった。タルマ王はその全てを悪くないと言い、議会の場で推すと約束をしてくれた。
トリン城を出てオデュッセと分かれたあと、クトウに乗って『金』に案内された場所へと向かう。用件ははぐらかされているが、どうも本人が『俺』を連れて行きたそうな顔をしていたので何も口を挟まずに承諾した。
「うむ。多分この辺じゃな」
「多分て」
ついたのは何もない見晴らしの良い草原。本当に何もなく、せっかくのいい天気だというのに寂しさまで感じてしまうほどだ。
「百年以上も訪れなければすっかり変わってしまうからの。もう目印になるようなものも見つからん」
「もしかして……」
「うむ。妾の生まれた村が、この辺にあったのじゃ」
魔王が誕生する少し前、戦乱の日々に消えていった金狐族と呼ばれた亜人の一族。『金』はこの場所で全てを失い、ユグラと出会った。
「未練とかないんじゃなかったのか?」
「ないの。ただ感傷に浸るくらいはするかの。ユグラに解き放たれ、他の魔王達が暴れる最中、妾も寂しいからと魔界を創った話は覚えておるかの?」
「ああ。速攻でユグラに倒されたおかげで名前すら存在しない魔界の話だろ?」
「ちなみにその場所はもう少し海岸に近い場所なのじゃが、最初はこの場所で魔界を創ろうと思ったのじゃ。じゃがいざ実行しようと思ったら、少しだけ気恥ずかしくなっての」
魔界は簡単に広げることができるらしい。もしもユグラが魔王を倒して回るのが一月遅れていれば、今のトリンの大地には『金』の生み出した魔界の傷跡が深々と残っていたのだろう。
「てことはこの辺で復活もしたのか?」
「うむ。ユグラの奴め、妾を殺したあと近場の湖に捨ておって。目覚めたらいきなり窒息死するところじゃった」
リスポーン地点でのキルは良くないよな。今のところ二人ほど同じ手段でリスキル状態だけど。
「それで、なんでまた『俺』を連れてきたんだ?」
「御主の昔話を聞いたからの。妾も過去のことをお主に見せたくなっただけじゃ」
「なんにもないけどな」
「なにもないことを見せたかったからの」
「……そっか」
こと『金』には過去から残るものは何もない。他の魔王達に自覚があるかわからないが罪の爪痕となる魔界すら残っていないのだ。彼女の中には『今』しかないのだろう。
「さて、少しは良い雰囲気にすることもできたし、帰るとするかの」
「良い雰囲気だったか?」
「御主が想像だけでなく、こうして実感と共に理解することができた。密接になったと思うがの?」
「――ふむ、一理あるな」
この場所で長々と感傷に浸るには『俺』も『金』もやることが多すぎる。これくらい味気ないくらいの方がいいのかもしれない。そう思って振り返ると、ミクスが何やら地面の数カ所にナイフを突き立てていた。
「何をやっとるんじゃ?」
「ここには『金』殿の家族が眠っておられるのでしょう?ならせめて簡易的なお墓でも用意しようかと思いまして」
「こんなところに墓を建てても、将来この辺に人が住めば何も思われずに壊されるだけだぞ。そもそも風雨で――」
「ふふふ。私の魔法の腕を甘く見てもらっては困りますな!それ!」
ミクスが魔法を使うとナイフで囲まれた箇所の大地が隆起し、人の身長ほどある丘のようになった。しかも騎士達が使うような魔法とは違い、凄く整地された感がある。
「また随分とでかいな」
「表面の土を乾燥させ、軽く焼きを入れたので簡単な風雨ではびくともしないですぞ。名前も掘れますが、いかがしますかな?」
完全に墓である。これを何も考えずに壊すような奴は……いるにはいるだろうが、ある程度の常識を持つものなら自粛するに違いない。
「――名前はいらんじゃろ。数百年前からこの土地では多くの者達が死んでいった。誰か数人の為だけに墓を用意するよりも、その者達の分も兼ね備えた方が良かろう」
「そうですな。ではあとはお供え物を……ナイフしかないですな」
「それは止めておけ。こっちも携帯食料くらいしかないが……まあこれでいいか」
縁もゆかりもない連中へのお供え物なんて、こんなものでいいだろう。これで罰が当たるなら不条理にもほどがあるしな。
「妾も手ぶらじゃ、気にせんで良い」
「あ、なら『金』殿の尻尾の毛を少しばかり」
「嫌じゃ。金狐族はの、戦場に赴く恋人に贈る小物を作る素材として自らの尻尾を大切に手入れする習慣があるのじゃ。この場所にはそんな者は眠っておらん」
女性が自分の髪の毛などを使ってお守りを作る話と同じようなものだろう。動物の尻尾のお守りの話も混ざってそうではあるけど。というかクトウの柄頭にこいつの尻尾の毛で作った飾り紐があるんだけどな。しかも最初は鞘を作ろうとしてたし。
「そ、それは失礼しました。……私も髪を伸ばそうかな」
「他の者達が真似するだけじゃ。コヤツがうんざりした顔をするじゃろうし、止めたほうが良いぞ」
「そうなのですか、ご友人?」
「人の体の一部を持ち歩くのはちょっと気が引けるな」
「『金』殿の尻尾は持ち歩いているのに?」
「……毛並みが良いからな」
「そこまでの毛並みはないですからな……残念ですぞ」
「んっふっふっ」
予約投降ミスりました。
ガツガツ行く感じも嫌いではないですが、このくらいの距離感が落ち着く相手もいますよね。




