だから自重しろと。
「そうそう、元々あった腕をイメージしながら根本から再生させてね」
「なるほど。だんだんコツが掴めてきたな」
バラストスの指導の元、俺は失った腕の治療を行っていた。横には『蒼』とメリーアが揃ってその様子を眺めている。
コミハをトリン城へ預けた後、バラストスの屋敷で俺の腕の状態を見た『蒼』の表情は確かに複雑そうな顔をしていた。記憶を取り戻したメリーアにいたっては目覚めてすぐに固まり、その後自分のせいでと泣きそうになっていたほどだ。やはりラクラの言う通り、治癒できるからと負傷することを受け入れるような戦い方は避けた方が良いのだろうか。
「本当に元通りになるんですか……?」
「新しく肉体を作り直す事自体は魔族の専売特許じゃないわよ。傷を治療する際には不足した部分を再生させたりもできるでしょ?その辺の仕組みをきっちりと理解していれば普通の人間でも同じことはできるわ。でも魔族の体は魔力で編みやすいのよね、だから人間より高い再生能力を誇ることができるのよ」
「ええと……つまり?」
「普通の人間なら腕を生やすには相当な時間と技術が必要だけど、魔族の体なら治療魔法と同等の難易度で再生が行えるはずよ。エクドイクなら直ぐに習得できるでしょうね」
人間の頃にも肉体の再生を考えたことはあったが、独自で取得することは諦めていた。皮膚だけならまだしも、肉や筋、骨と言った部位を魔法で練り上げることは非常に困難だったからだ。だが今この体を再生させようとすることは可能だと実感できる。実際に骨や肉も再生できており、この調子ならば完全に治すまでにそう時間は掛からないだろう。
「ただ魔力と体力の消費が思ったよりも激しいな」
「それは当然よ。魔法の力で体を新しく作り出しているわけなんだし、その素材は貴方自身の肉体からも供給されているわ」
「そう考えると少しぞっとするわね。失った体の部位をどこで補完してるのって話だし」
「あら、それを言ったら髪や爪だって伸びているでしょう?エクドイクは魔族になってまだ日にちも浅いから魔力以外の消耗も激しいけど、完全に魔族の体に馴染んでしまえば体の構築そのものが魔力に大きく依存する形になると思うわ」
「魔力さえあれば十分な再生ができるというわけか。ニールリャテスの再生力の凄まじさもその辺からきているのだろうな」
結局俺自身の魔力が消耗し過ぎてしまい、手首の部分までの再生で本日の治療は終了した。まだ魔力の扱いに無駄が多い、精密な動作を必要とする指の再生ではより多くの魔力を消費することになるだろう。
「さて、同胞に頼まれていた仕事に戻るとするか」
「エ、エクドイクさん。今日はもう休まれた方が……」
「そうよ、あいつも直ぐにやれって言ったわけじゃないでしょ?」
「心配するな。同胞も俺の傷のことは理解している。仕事と言うよりは、ちょっとした試みのようなものだ」
同胞に任された仕事、それはコミハとスマイトスに今後どう生きていくかを決めさせろというものだった。リティアルの部下のような立場である以上、次のセレンデ攻略に加えることはできないが、できれば敵対しない道を選ばせてやってほしいとのことだ。本来ならば交渉能力に秀でた同胞が行えば何の問題もないはずなのだが、せっかくの機会だからと俺に譲ってくれたのだ。
戦闘能力を持つ二人は他の落とし子とは違い、トリン城にある頑丈な牢の中に隣り合わせの形で捕らえられている。コミハは服の繊維などから武器を用意できないよう、両腕に魔封石をはめ込んだ腕輪をしており、スマイトスは毒手を何重もの布で封じられていた。
「怪我の方はもう大丈夫かコミハ?」
「う、うん。大丈夫……凄く綺麗に切断されていたから、簡単にくっついた……」
「敵の心配をするとは、随分と余裕だな」
「ス、スマイトス……!」
「事実だろう。今日は何をしに来た?情報なら既に吐いたはずだ。これ以上お前達に付き合う意味はない」
落ち着いているコミハに比べ、スマイトスは随分と神経を尖らせている。先程から俺の背後にいる人物の顔を確かめるような目の動き、その後はさらに奥に意識を向けているようだ。
「情報を得る為に来たわけではない。今日は同胞――」
「ヒッ!?」
俺が同胞と口にした瞬間、スマイトスの緊張が一気に高まった。強気だった姿勢もすっかり見る影がなくなっている。なるほど、神経を尖らせていた理由は同胞の姿がないか探していたのだろう。
「同胞なら今日はいない。そもそも情報なら十分にもらった。これ以上お前達を尋問する理由もない」
「それって……もう用済みだから処分するってこと!?」
「落ち着け。今日はその辺のことについてお前達に考えてもらうために来た」
「考えて……もらう?」
「ああ。まずお前達以外の落とし子についてだが、こちらはクアマの方で保護する形となった。厳密には浄化している最中のクアマ魔界の敷地でだが」
落とし子は何かしら特出した才能を持つ。戦闘に関しての才能がなくとも、その力は世の中に大きな影響を与えることができる。各国がその存在を知れば、各々が保護を申し出てくることは想像に容易い。だがその落とし子の存在を巡って国々で対立するようなことになれば、今俺達が戦っている意味すら無駄になってしまうことになる。
「保護ね……隔離の間違いじゃないの?」
「各国が落とし子のことを知った以上、放任すれば直ぐに手を伸ばしてくるだろう。国の長が良識を持っていたとしても、その使いがその限りとは限らない。お前達も離れ離れになるのは不本意だろう」
セラエスのような存在もある。国の利益の為ならば泥を被ることを良しとする者も出てくるだろう。そういった者達の策略に巻き込ませること自体、俺達の本意ではない。
「でも結局管理されることになるのよね?」
「それぞれが独立して生きていけるようになれば、あとは自由にしてもらっても構わないとのことだ。ただそのことについてお前達二人に対して要望がある」
「……要望?」
「保護された落とし子に対してもっとも理解を持っているのは、同じ落とし子であるお前達だ。だから二人のうちどちらかにはその落とし子達の傍にいてやって欲しい」
クアマ魔界を開拓しているジェスタッフは落とし子であるハークドックを部下として従えていた。だから特異な才能に対する理解はあるだろうが、やはり落とし子同士の方が分かる話というものもあるだろう。この話を聞いてコミハが恐る恐る手を挙げる。
「どちらかって……二人はダメなんですか?」
「そんなことはない。ただお前達はラーハイト達との一件が済めば自由の身だ。自立することができるお前達からすれば他の落とし子の面倒を見る必要はないだろう?」
「……え、私達自由になるんですか!?」
「ああ。といってもコミハ、お前はトリン軍を襲っていた罪がある。その分の償いとして何らかの対価を支払ってもらうことにはなるだろうがな」
立場からすればソライドの命令に従っていただけではあるが、スマイトスや落とし子を助ける為に自主的に戦っていたことは間違いないだろう。負けた以上は敗者としての責務を果たさなければならない。
「う……それって、落とし子達の面倒を見るってことで……」
「帳消しにはならないだろうな。それとこれとは話は別だ。だがこの話を受け入れてくれるのであれば、落とし子達の世話をしながらできる償いの方法を用意する準備はある」
「……それでいいです。あの子達の傍にいられるのなら……」
「そうか。ではそう伝えておこう」
「ちょっと待ちな。その話、私も加わっていいのよね?」
今度はスマイトスが牢の鉄格子を掴みながら聞いてきた。先程の怯えた表情はすっかりと消えている。
「ああ。構わない。だがもうリティアルの命令に従う必要はないのだぞ?」
「確かに私達はリティアル様に頼まれてあの子達の面倒を見てきた。だけどそれは私達が望んだことでもあるんだよ。あの子達はこの世界で嫌でも目立ってしまう。奇異の目で見られ、忌避され、悪意の矛先になるんだ。私もコミハも、あの子達には私達のような凄惨な生き方をしてほしくないと願っているんだ」
「凄惨な人生を送ってきたからこそ、か」
「私の人生が大したことないとでも言いたいのか?エクドイク、お前の素性は聞いている。だけど――」
「そういうつもりで言ったわけではない。俺の人生とお前の人生は違う。お前が凄惨な人生を送ってきたというのであれば、それは事実なのだろう。そこを他者と比べる必要はないはずだ」
人は誰もが違う生き方を進んでいる。そこに差はあれども、優劣を求める意味はない。必要なのはその先にどれだけの価値を求めるかだ。
「……そうかい。調子が狂うわね、あんたと話していると」
「よく言われる。それでスマイトス、お前も落とし子達の面倒を見てくれることに賛同で構わないのだな?」
「コミハ一人に任せていたら、甘やかし過ぎるからね」
「ひ、酷いっ!?」
「二人共面倒見が良いのだな。だが助かる。ありがとう」
環境が変わるというのは子供にとって多大なストレスとなる。少しでも気の知れた仲間が傍にいてくれるのであれば、それは大きな助けとなるだろう。年端もいかない落とし子達にとって、この二人はかけがえのない存在……俺にとってのレイシアのような立ち位置になってくれるだろう。
「――だから調子が狂うっての……。変な顔なんかして」
「む、変な顔をしていたか?」
「い、いえ、そんなことは――」
「腑抜けた顔だったわよ」
「スマイトス!?」
少し気が楽になったからと、気持ちを緩めすぎたか。確かに人前で気を抜きすぎるのは良くないだろう、引き締めねば。
「では二人は今後同胞の部下という立場になるわけだが――」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?あ、ああ、あの男の部下になるの!?」
「何か問題があるのか?」
「あるに決まってるわよ!あんな外道の部下なんてごめんよ!?」
むう……。同胞が俺にこの話を任せた理由はこれなのだろうか。スマイトスは同胞にされた尋問の記憶を思い出しているのか、すっかりと牢の隅で震えている。
「あの気丈なスマイトスがこんなに……一体どんな酷いことを……」
「いや、まあ……そうだな……」
実際には苦い薬を飲ませただけに過ぎないのだが、スマイトスにとっては苦しむ猛毒を飲まされ続けたものとして記憶されていることになる。その辺の誤解は今後解いていかなければならないだろう。
「で、でも私はスマイトスには傍にいてほしいし……。エクドイク、貴方の部下になるとかじゃダメ?」
「……俺?」
俺自身を指差すと、コミハは少し赤い顔でコクリと頷いた。
「貴方は自分を殺そうとした私を、とても丁寧に扱ってくれた。生死の奪い合いの中で、あれだけ相手のことを尊重できる人はそうはいない。それに……ううん、それだけ」
「そ、それよ!あんたなら信用できるわ!それくらいの融通は効くでしょ!?」
「いや、俺は部下を持つような立場では……」
思わず俺の主人的な立場である『蒼』の方を見る。何故か『蒼』は冷ややかな目で俺を見ており、メリーアもなんとも言えない表情をしている。
「いいんじゃない?私の部下が部下を持っちゃいけないとか、そんな決まりはないんだし?」
「それはそうだが……。ところで何故そんな目で俺を見ているのだ?」
「別に、ちょっと今後の方針を真面目に考えようと思っただけよ」
そう言って『蒼』はこの場を去っていった。明らかに不機嫌なのだが、いつものように人を地面に叩きつけるような真似はしなかった。これまでと違う怒らせ方でもしてしまったのだろうか。
「なぁメリーア、何か今の交渉に不備でもあったか?」
「ええと……エクドイクさんは同胞さんのようにはできないんですね……と……」
「なっ……」
俺はコミハとスマイトスの気持ちを最大限汲み取り、同胞のように協力関係になれるようにと交渉したはずだったのだが……。メリーアから見たら及第点すら貰えないということなのか……。
「何が足りなかったというのだ……」
「いえ、むしろ足り過ぎたといいますか……」
今回の結果を同胞に伝えたところ、コミハとスマイトスは今後俺の部下としてクアマ魔界での建国の仕事を行ってもらうことになった。同胞は『あの二人を加えることで色々大変なことになるだろうが、頑張れよ』と励ましてくれた。だがその顔はメリーアと同じようになんとも言えない表情をしていた。
メ「同胞さん……どうしてライバルを増やすようなことを……」
主「わりと真面目にごめん」
コミカライズの第二話のネームを見ると、だいぶイリアスさんがヒロインしてました。それが今では主人公のように修行していますね。代わりによろしく、エクドイク。
そう言えば最近『覚醒してください、勇者(魔王)。』といったタイトルでコメディ寄りなものも書いています。なるべくギャグやラブコメはそっちの方で消費するつもりですが、それでも漏れてくるかもしれません。




