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異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
選択編

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だからじょきんと。

 剣を鞘へと戻し、息を整える。早朝から昼間までの特訓は流石に体力的に小休止を欲していた。


「ボル爺、食事にするとしよう」

「そ……そうじゃの……」


 陛下からの命令があるとは言え、ラグドー隊の皆は良く付き合ってくれている。もう若くないのに……と言うのは失礼だが、やはり体力的な差ばかりはどうしようもない。


「なんじゃ情けないのうボルは。他のもんもこれではイリアスの準備運動にもならんぞ?」

「うっさいわカラ!お前さんばっかり休みを貰いよって!本来ならわしの横で腰を抑えて痙攣している分際で、調子に乗るでないわ!」

「ふぁっふぁっふぁっ!ボロ雑巾が震えながら吠えとるわい!」


 カラ爺は緋の魔王との戦いで瀕死の重傷となっていた。今はこうして元気にボル爺達を煽っているが、今のところ戦線復帰の許可を貰えていない。陛下としては彼の暴走の原因となった要因の一つとして、カラ爺には無理をしてほしくないのだろうか。どうせ完治してしまえばまた平然と無茶をするのがラグドー隊の面々、どうにかできる問題ではないと思うのだが……。


「カラ爺、皆体に鞭を打って私の為に鍛錬に付き合ってくれているのだ。あまり追い打ちを掛けないでやって欲しいところなのだが……」

「下手な戦いをすれば逆にお前さんの勘が鈍る。本気でお前さんを強くするつもりで協力するのならば、歳を言い訳になどできんわい。例え準備運動だとしても、の」


 ラグドー卿から与えられた特訓、それは徹底した対人訓練の繰り返しだった。だがこれまでやってきた手合わせとは意味が違う。私の対戦相手となるものは皆、本気で私を殺すつもりで打ち込んできている。


『イリアス、純粋な強さで言えばお前はこのターイズで最も優れた騎士だ。だがその強さが緋の魔王に通用せず、私やカラギュグジェスタの方が善戦できた。その理由は実戦経験の差だ』


 私は鍛錬で身につけたものを実戦で披露しているだけに過ぎない。もちろん自らの最善を尽くすことは大事なことではあるのだが、想定した戦闘が常に起こるわけではない。目の前にした相手に合わせて自らの最善以上の結果を出さなくてはならないのだ。


「気を抜けば本当に死んでしまうのだ、準備運動なものか。皆から感じる殺気に嘘偽りはない。皆が私の成長を信じ、全力で向かってきてくれている。一つ一つが間違いなく私にとっての貴重な実戦となっている」


 事実特訓を始めて間もない頃は、ここにいる皆に死を覚悟せざるを得ないほど追い込まれていた。誰もが手合わせでは決して見せてこないような、個々が持つ最高以上の技を披露してきてくれた。


「……そう言って貰えるのは嬉しいがの。わしらは全力以上でやって、ついにはこれだけあしらわれるようになった。老いを感じずにはいられんわい」

「ふぁっふぁっふぁっ!そんなもん日頃から感じておるじゃろ、現実逃避も大概にせんか!」

「うるさいわい!お前さんこそ綺麗な身で帰っとるから、嫁さんに『しっかり働いてないのね!情けない!』とか言われとるくせに!」

「んなっ!?どうしてそれを!?」


 言うまでもなく『犬の骨』でのやり取りだろう、ボル爺の奥さんも働いているし。この二人が口喧嘩になれば長くなるし、先に休憩をとらせてもらうことにしよう。

 兵舎に戻ると既に昼食の準備が済んでおり、ウルフェとグラドナが食事をしているのが見えた。ウルフェは元気よく食べているが、グラドナは随分とくたくたになっているようだ。


「あ、イリアスお疲れ様!」

「ああ。グラドナの疲弊具合を見るに、朝から随分と飛ばしているようだな」

「老い先短い老人に無茶させ過ぎだっての……。ほんと俺、このターイズで死ぬと思うぜ?」


 ウルフェも私と同じように実戦を主体とした訓練を行っている。格闘術を主体とする騎士が少ない為、他の隊の者達にも協力をしてもらっているのだが『拳聖』グラドナに比べれば見劣りしてしまう。武器を持った相手に対する鍛錬についてはラグドー隊の皆も協力できるのだが、やはり似た戦い方をする相手から学べることの方が多いのだ。


「グラドナせんせーならあと百年は死にませんよ!」

「絶対安静で健康的に生きても死ぬわっ!ほんと、純粋な強さならとっくに俺を超えてんのによー!おかげで酒が夜しか飲めねー!」

「昼から飲んでいいのは休みの日だけだってししょー言ってました。だからそれでいいんです!」

「くっそぅ……髭を剃れとか、風呂にちゃんと入れとか、ウル坊はいつから俺のおかんになったんだ!?生まれ変わりか!?」


 特訓が始まってからというもの、グラドナは随分と清潔的になった。髭を剃り、髪も整えており普段よりも若返っているようにさえ見える。


「グラドナせんせーの長い髪や髭だとつい掴みたくなるからです!あと臭いますから!」

「加齢臭は勘弁だっての!?ボサボサの方が世捨て人っぽくて『拳聖』っぽいってのに……」

「歳の臭いは別に平気です。でもお酒まみれで何日も体を拭かないのは嫌です!」

「酒の匂いに包まれてないと寝れねーんだよー」


 ウルフェは碧の魔王の一件以来、随分と物事をハッキリと言うようになっていた。彼との間に何かあって、良い方向に成長したことはわかるが……昔のあどけない感じがちょっと恋しくなる時もある。まあ今でも可愛いことには違いないのだが。


「ところでグラドナ。単刀直入に尋ねるが、ウルフェの成長の程はどうだ?」

「どうだと言われてもなー。もうお前を超えてるんじゃね?」


 グラドナはあっけらかんと口にするが、その目は本気だ。ウルフェの方も着実に強くなっているようで何よりだ。


「以前の私ならもう敵わないということか。それは心強いな」

「それだけ言い返せるならお前も大したもんだけどな」

「もっとも、追いつかれる速度に焦りを感じていないとは言わないがな。だが私が超えるべきは今の私の限界だ。今は振り返らずに進ませてもらうさ」

「それでこそイリアス!ウルフェももっと頑張る!」


 昼食をとり、昼の訓練へと入る。訓練場にはラグドー卿を始めとする他の隊の隊長達。そう、昼から相手となるのはこのターイズで上位に位置する最高峰の騎士達だ。


「どうした、いまさら臆したというわけではあるまい?」

「臆さずとも、この光景には魅入ります」


 この方々ももちろん本気で私と戦うことになる。その重圧は先程のラグドー隊の面々よりもさらに上。騎士としての経験が私よりも上なのは言うまでもなく、ここにいる隊長達は皆全盛期の状態。自らの才能、努力、経験を、各々が騎士としての全てを余すことなく発揮することができるのだ。


「では先日に続き、一番手は私が相手になってやろう」

「――はい。よろしくお願いします、レアノー卿」


 剣を抜き、構える。直ぐにでも飛び出せる姿勢の私に対し、レアノー卿はその場でどっしりと待ち構えるかのような構え。

 初めて本気のレアノー卿と戦ったのは一週間前。その堅牢な護りにはまさか日が沈んでもなお打ち崩せないほどとはと舌を巻いた。他の隊長達も皆が私にはない何をかを持っており、私はひたすらに学ばせて貰ってきた。


「それでは……始めっ!」


 高みを目指す騎士として、今の私ほど恵まれた環境にいた者はどの時代にもいなかっただろう。この国の、この世界の為、私が強くなることが必要とされ、皆が支えてくれている。騎士としてそれに応えること、これほどの充実感はこの先得られることはないだろう。だからこそ今、目の前にいる方々に応えなければならない。


 ◇


「妾がちょっとおらん間に、面白いことになっておったとは。昔の御主かぇ、会ってみたかったのー」


 トリンにあるレイティスの拠点などを色々と調べていると、再び『金』が遊びに来た。誰かさんが記憶を過去に戻されている間にやってこなかったのは実に幸運である。


「会わなくて良かったと思うぞ。いつも以上に冷たい態度をとられるだけだったろうしな」

「好いておる男の過去の姿を見たいと思うのは悪いことではないじゃろ?」

「見た目は一緒だったっての。んで、また来たってことは何か問題でも起きたのか?」

「こっちは今のところ上手くやっておる。その一環で少々トリンの王と対話をしようと思っての」


 トリンの王様か……そう言えばトリンに来てからというもの、特に挨拶とかもしてなかったんだが……流石に国内でそれなりに暴れたし色々と説明をしに行ったほうがいいのかもしれない。


「なら一緒に行くか?明日にでもオデュッセに頼んでアポを取ってもらってさ」

「アポ……言わんとしていることは分かるがの。たまに妙な言葉を使うの」

「略語は正しく翻訳されない時もあるからな。精霊さんも万能じゃないってわけだし」


 まあ精霊さんに頼りっぱなしで言語取得を完了していない奴が偉そうにするなって話ではある。いや、でもね?ヒヤリングで学習する機会がないと本当に捗らないんですよ?


「ちなみに妾は最初から御主と一緒に行くつもりじゃったがの。流石に分身の身だけで会いにくのはちょっとの?今ガーネから本体で会いに行こうものなら、帰った時には王が入れ替わっているかもしれんしの。おまけとして付いて行くくらいがちょうどよい」

「そこまで悪いのかよ」

「んっふっふっ、それでもどうにかできる算段があるからここにいるのじゃ」


 笑っている『金』からは虚勢を張っているような印象はない。疲労などは感じるが、悩んだ末に名案を思いついたといった感じか。ならもう少し傍観していても大丈夫だろう。


「ガーネ王のお手並拝見ってところだな。マリトに笑われないように頑張れよ」

「うむ。それでは意識を向こうに戻すかの。分身を毎回送りつけるのも面倒じゃから、しばらく体を置いておく。保管は任せるぞ?」

「分身を遠くに作り出すとかできないのか?」

「分身を維持しておるからここまで遠方にも運べるのじゃ。魔力だけをここまで運ぶことはできても、この位置で分身を構築するのは流石に無理があるの」


 ラジコンを組み立てて操作しているようなものか。そりゃあパーツを遠くで組み立てるのは無理だよな。普通のラジコンは遠隔で分解できないけどさ。ちなみにガーネで分身を作り、箱に入れて商人とかに運搬させていたらしい。場合によっちゃ人間売買に見られかねないやり方である。


「魔力の維持とかはどうするんだ?」

「あと数日は問題ないがの。いざとなれば『蒼』にでも補充させれば良い」


 あいつが素直に応じるとは思えないが、まあなんやかんやで了承はしそうではある。しかしターイズに遊びに来ていた時は分身の方をガーネに残していたのに、今は分身の方を送り込んでくるんだもんな。たしか分身じゃ尻尾を撫でられる喜びが満足に味わえないとか言ってなかったっけか。王としての自覚が出てきていると褒めるべきなのだろうか。



「――そうだな。ターイズに戻る前に一度ガーネに寄るか。本体の尻尾に櫛を入れてやらないとな」

「んっふっふっ、分かっておるではないか!その殊勝な態度の褒美としてこの体、好きに弄んでも構わぬぞ!」

「そうか。じゃあ鋏を取ってくるか」

「やめよっ!?」


 結局『金』の分身体はラクラが抱き枕に使うことになった。ターイズでも何度か一緒に寝ていたのだが、ラクラ曰く『癖になると言いますか、ないと暫く夜に震えてしまうほど抱き心地いいですね』とのこと。流石に気になったので尻尾だけ切り取れないかと言ったら涙目で拒否された。


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