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異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
選択編

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だから少し近く。

「お、やっぱりここにいたのかラーハイト」


 数少ない憩いの場である書庫。そこに本とは全く無縁としか考えられない騒音、アークリアルが姿を現したことでつい舌打ちをしそうになってしまった。


「何か用ですか?」

「ははっ、すげー嫌そうな顔。そんなに一人で本を読むのが好きなのか?根暗な奴だなー」

「別に本を読むのが好きなわけではありません。ついでに言えば貴方がこの場所に現れたことが不快なだけですよ」

「なんだよ、別に本は読まなくても読むものだってことくらいは知ってるぞ?」

「それは驚きですね。貴方への偏見を一つ改めなくてはなりませんね」


 私がこの場所を気に入っているのは本があることではなく、人気がないこと。そして何よりアークリアルのような者が寄り付かないことだ。


「どれだけ偏見まみれか、ちょっと気になるところだけどな。まあついさっきトリンに向かったリティアルからの連絡だ。ソライドが死んだそうだ」

「……そうですか」


 リティアルが一度こちらに戻ってきた際、大まかな事情は聞かされていたがやはりこうなったか。リティアルと協力すれば勝機があったかもしれないというのに、自己満足に走る者はこれだから……。


「驚かねぇんだな」

「ユグラの星の民が姿を現したことで、ソライドでは敵わないだろうと判断していましたからね」

「そんなに厄介なのか?あのリティアルも警戒してっけど、戦闘能力は皆無なんだろ?」

「貴方がリティアル相手に舌戦や知略で勝てますか?」

「そりゃできねーけど。そんなもん無視して斬ればいいんだろ?」

「私が送り込んだ刺客も、恐らくはソライドも似たような真似をしていましたよ」


 あるいはアークリアルならば小賢しい策など踏破して、その剣をあの男まで届けることができるかもしれない。だがそれを試すには時があまりにも遅過ぎる。


「俺ならあるいはとか思わねーの?」

「思いますよ。ですが貴方がダメだった場合。我々は戦闘手段で完全なる敗北を受け入れなくてはなりません。それこそネクトハールの計画も大きく狂うことになるでしょうね」

「そんな目で睨むなよ。分かってるって、勝手に切り込みに行くような真似はしないって」


 信用したくはないが、最低限の自制はできることは知っている。それすらできない獣ならば、とっくにリティアルとネクトハールに見限られ処分されていただろう。


「戦力となる落とし子、コミハやスマイトスなどはどうなったか聞いていますか?」

「二人ともダメらしいな。死亡は確認してないらしいが、ツドァリの地下室が完全に制圧されてたってよ」


 ソライドの性格から考えて、コミハやスマイトスを使い潰すくらいの真似はするだろう。その上でソライドが死に、地下室に隠れていた落とし子達まで捕らえられたのであれば死亡、または捕虜となっているのは間違いないだろう。


「トリン側の戦力は綺麗に壊滅ですか。地下室にあった資料も調べられたのならトリンの領土にある隠れ家などの情報も筒抜けでしょうし、いよいよ退路が断たれましたね」

「やりあう前から逃げ道なんて気にしてたら勝てるものも勝てねーぞ?」

「私の勝率は元々低いので。慎重過ぎるくらいがちょうどいいんですよ」


 またこの体と別れることも考慮に入れ、次の憑依先を準備しておかなくてはならない。女子供に憑依して暗殺ができれば言うこともないのだが、もしもあの男と遭遇してしまえば高確率で看破されてしまうだろう。


「ソライドみたいに死なれても困るしな。俺はソライドのこと嫌いだったが、仲間意識くらいはある。敵討ちくらいはしてやらないとな」

「ならスマイトスやコミハの分だけで良いのでは?」

「んーあいつらはなぁ……ほとんど接点がないからピンとこねー」


 ネクトハールと最初に接触した人間はリティアルで次が私だ。アークリアルとソライドは私達三人が落とし子の捜索を初めてから同じ時期に発見された。そういう意味では親近感があるのだろう。


「せいぜい死なないようにしてくださいね。私は貴方の敵討ちなんて決してしませんので」

「おう、俺もお前の分はしないつもりだ。死んでも死なねぇ奴だしな」

「死ぬ時は死ぬんですがね」


 憑依の仕方は二種類ある。一つは専用の道具を使って自害することで事前に用意した憑依先へと魂を飛ばす方法。これが最も安全且つ、魂への負担がない。二つ目は……避けねばならない手段で最悪の場合、自分の魂が使い物にならなくなる可能性がある。そうなれば私は真の意味で死ぬことになるのだろう。

 ともあれこれでユグラの星の民はセレンデに乗り込んでくることになる。戦力としてみればアークリアルの個の強さの優位は依然変わりない。だが盤面上で決して奪われない駒があったとしても、相手は交互に指してくるわけでも、ルールに沿ってくるわけでもない。それこそアークリアルという駒が健在でも私達の敗北となる可能性もあるのだ。


「あんまり気負うなよラーハイト?お前も十分すげーんだし、こっちには俺を万全に使いこなせるリティアルだっている。ネクトハールだって相当なんだろ?大丈夫だって!」

「楽観的過ぎますね。貴方が剣で負けることだってあるかもしれないのですよ?」

「それはない。相手が人である限り、俺は誰にも負けないさ」


 この断言には一切の迷いがない。絶対的な強者としての自信がそう言わせているのだろう。この男ならあるいは緋の魔王すら正面から倒しきれたのかもしれない。それだけの才をリティアルの頭脳で使いこなす……確かに敵からすれば絶望的な切り札とも言えるだろう。

 だがそれでも、私はあの男相手に万全だと思えることができないでいた。


 ◇


 ソライドに襲われ、目覚めたら随分と日数が経過していた。エクドイクから聞いた話ではどうやら数年前の精神状態に戻されていたらしいとのこと。よりによって誰かさんが最も危なっかしい時に戻してくれるとは、ソライドって奴はとんだ迷惑野郎だ。

 だがその状態の『俺』の協力によりソライドは死亡、トリンにいた落とし子達も皆捕獲することに成功したとのこと。精神的な負荷が大きいだろうから数日は安静にしておけとバラストスに言われ、今はバラストスの屋敷に世話になっている。

 まあほとんど健康体だし、『俺』と同じく被害にあったメリーアも元通りらしくひとまずは良かった良かったと……。


「じぃ……」

「おい、いつまでそうして睨んでいるつもりなんだ?」


 食事を運んできたはずのラクラが扉越しに非難の視線を向けてくる。過去の『俺』の行動はミクスとラクラには特に塩対応だったらしく、未だに引きずっているとはラクラの本人談だ。

「ほんっとうにいつもの尚書様ですよね?」

「いっそ違うと言った方がいいのか?その方がお前も甘え過ぎずに済むだろうし」

「むぅ……その皮肉っぷり、しっかり元に戻っていますね……ふぅ……」

「何がふぅ……だ、いいからさっさと飯を寄越せ。こっちは食事くらいしか楽しみがないんだぞ」


 エクドイク達は現在ホルステアル商館跡地を調査している。ソライドから奪った鍵を持って行くとこれまで発見できなかった地下室を視認することができるようになったらしく、その中には戦闘能力こそないが落とし子と思われる子供が数名潜んでいた。

 抵抗する様子もないようなので今はトリン城にて保護されている。それよりも地下室からはトリンや隣国のクアマの領土内にある臨時の避難施設などの情報をまとめた地図などが発見され、さらなる情報獲得の為にエクドイク達は頑張っているのだ。


「だってぇ……尚書様の顔と声ですっごく冷たいんですよぉ!?」

「今飯が冷めたら同じ目に遭わせることも思慮に入れなきゃならんぞ」

「酷いっ!?……でも、少し若返るだけで随分と違うのですね」


 一人称『僕』、正直三十路前後の人間にもなれば使いたくはないだろうが、実際には別の理由で存在が消えてしまっている立ち位置だ。


「他者からの悪意に対し、悪意を持って抗っていた時期で一番荒れていた頃だからな。『俺』や『私』の立ち位置だとどうしても精神的な負担が大きくて、どうにかしないとって考えた結果に生まれたのがあの立ち位置だ。精神が摩耗してしまわないよう、悪意を向けることを愉しめるような人格……の予定だったんだがなぁ……」

「予定?」

「結局のところ、多重人格者とは違うんだよ。どの立ち位置がしたことも記憶には残る。愉しんでやっていたという自覚が残るだけで、自分のやってきた結果は何一つ変わることはなかった」


 結局無難に生きたいと願うようになり、そうなった以上は愉しんで悪事をするような立ち位置は不要だ。『僕』という存在はその場凌ぎのような儚い存在として消えていったのだ。


「でもその立ち位置があったおかげで、荒んだ時期の尚書様でも私達の為に協力してくださったわけですよね?」

「……まあ、そうだな」


 それこそ異世界に呼び出される直前にまで戻されていたら、『金』の世界でイリアスを追い詰めたサブロウのような立ち回りをしていた可能性だってあったかもしれない。まあ仮想世界の存在と過去の記憶の状態とじゃ価値観も結構変わるので、なんとかなったとは思うが。


「エクドイク兄さんや陛下も大丈夫だって言って、ろくにアドバイスもくれなかったんですよ!?」

「マリトには『僕』の話はしていたからな。エクドイクは……まあ、なんやかんやで『俺』を良く観察しているってことだな」


 人として『俺』をリスペクトしてくれているランキングを決めれば、トップはエクドイクとウルフェの争いになるだろう。理解度ではマリトがトップなんだろうが……。


「むぅー……あ、でもお別れするのが辛くなるからと、冷たい態度を取るってところは可愛いなーって思いました」

「ハハハ……」


 否定しきれないのが辛いところだ。そりゃあラクラやミクスは黙っていれば美人なんだからな、こんな奴らと仲良くなれば別れが惜しくなることは想像に容易い。『俺』が書き残していた情報を読めば信用に足る相手だってことも理解していただろうしな。


「でもそうなると尚書様も私に甘えられるのも満更でもないってことですよね!」

「全否定はしないでやるが、調子には乗るなよ?」

「あ、はい。こんな時でもそんな目はできるんですね……」


 さて、そろそろ食事をだな。冷めた飯より温かい飯の方が美味いのは当然だ。ラクラとの話はそれからでも構わないだろう。そんなわけでいただき――


「ご友人!体調はどうでしょうかな!?」

「……悪くはないな」


 今度はミクスか……。飯だからあとにしろと言いたいところではあるが、こいつには過去の『俺』が相当きつくあたっていたんだよな……。


「うんうん、やはりご友人はそのくらい気の抜けた顔の方が素敵ですぞ!」

「それは褒めてないよな?『俺』は真面目な顔をしている方が多いぞ」

「またまたぁ!過去のご友人に比べれば日夜緩みっぱなしと言っても過言ではないですぞ!」

「痛いて」


 病み上がり相手にもバンバンと叩いてくるよな、こいつ。

 過去の精神状態になった『俺』やメリーアを元に戻す為の条件、ソライドの杖を破壊させる役目として過去の『俺』が選んだのがミクスだ。護衛として常に離れず、それでいて最も距離を作りやすいと判断されたのだろう。

 他に候補であったエクドイクは例え過去の『俺』でもきちんと評価してきて、引き離そうとしても上手くいかなかっただろう。ラクラはラクラで直感が鋭いから精神的な距離感を作る前に、物理的に距離を作られる可能性がある。


「ミクスちゃんもすっかりと元気になりましたね」

「色々と辛い目には遭いましたが、それ以上に得るものはありましたからな!」


 距離感を正しく把握できる『俺』だからこそわかるが、ミクスとの距離感が微妙に近くなっている。まるで口説いてしまったくらいにだ。


「ま、お前には迷惑を掛けたな。あの立ち位置はもう出てこないから安心しろ」

「いえいえ。それどころかまた『僕』殿とお話したいくらいですぞ!」


 ああうん。これは間違いなく吹き込んでいるな。多分好みのタイプだとか、そんな甘言を吹き込んだに違いない。最後の最後で甘やかしやがったな、過去の『俺』。


「残念ながら今の『俺』は『私』にも切り替えられない現状だ」

「それって精神的な問題なのですよね?」

「文字通り死にかけた出来事だったのを自覚できないようにしているからな。その辺の記憶を思い出していけば安定してくるとは思うんだが……気が重くなるんだよな……」


 もう一つの立ち位置、『私』はセラエス大司教によって捕まった際の凄惨な記憶を封じる為に記憶を持ったまま精神から隔離されてしまった状態だ。何をしたのかまでは感覚として記憶にあるわけだから、徐々に詳細を思い出していけばきっと元の状態に戻るはずだ。

 ただ人として認識できなくなるほどの拷問を受けた記憶を今すぐに取り戻そうものなら、間違いなく廃人になるだろう。その勇気は今の所ない。


「無理しなくていいですぞ!今のご友人のままでも十分優れていますからな!むしろ殿方としては今のままが一番!」

「痛いて」


 過去の自分がとは言え、ミクスに酷い態度を取ってしまったことは事実。その埋め合わせをしてやりたいところではあるのだが、慎重に行動を選ばないと今以上に距離感が近くなってしまうだろう。


「――本当に無理をしなくていいですぞ。今のご友人のままで、私は十分満足しておりますので」


 これである。時折ミクスが『俺』を見る目がどうも色っぽく感じてしまうんですよ。マリトとかに相談したら絶対縁談に持ち込まれてしまう。


「……ヘタレで苦労掛けるな」

「そこもご友人の魅力の一つですからな!」

「むぅ……なんだかミクスちゃんがちょっと大人になったような感じがしますね……。でも私だってこうして甲斐甲斐しく食事を用意して頑張っていますから!」

「自分で言うな」

「くすん」


 まあこの様子ならそこまで本腰を入れてフォローする必要もないだろう。それにしても最近色々あり過ぎてちょっと精神的な余裕がなくなり始めている気がする。このあとはいよいよと本丸のセレンデ攻略が控えている。一度英気を養うイベントでも挟む必要があるかもしれないな。なお飯はすっかり冷めた。





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