だからごめんね。
コミハという戦力を失い、戦力差は覆すことのできないところまで広がってしまった。俺にできることと言えばどうにかこうにか隙を作り出し、相打ち覚悟で敵の一人や二人にこの力を使用することくらいだが……俺が死ねば効果が失われる呪いの為に命を代償にする意味はない。既に勝機はないと理解しているのに、我ながら浅ましいものだ。
「でもまあ、それでこそだよなぁ。理想の敵だよ、お前はさ」
アークリアルのように不条理な力による脅威ではなく、純粋な知恵比べによって迫られるこの危機感。それでこそ、それでこそなんだよ。俺がこの力を持つ以上、俺はこの力を振るうべき相手に振るい続けなければならない。どのように使い続けるかを考え続けなければならない。
「しっかし、どうしたものかなぁ……。このままじゃリティアルが助けに来るのを待つだけのお姫様だ。それは良くない、意味がない」
昔のことを思い出す。記憶力に関わる才能を持っていた俺は自分の意思で記憶を保持したり、消したりと自由に自分の記憶を弄ることができた。だが記憶を残したいと思ったことは一度もない。異様な存在だと不気味がった両親から受ける体罰の数々、その嫌な思い出を消す為だけにこの才能を使っていた。
どんなに酷い目に遭わされても明日には笑顔で両親と向き合える。そうすればきっと彼らも優しくなってくれるだろうと、馬鹿みたいな考えで自分の記憶を消していた。それがよりいっそう両親との距離を作ることになると、考えが至ったのは全てが手遅れになったあと。
『記憶は消せても、事実は変わらない』
心は穏やかなはずなのに、体に増える傷の痛みは増し続ける。その痛みは自らの逃避行動を防衛行為へと移り変えるには十分な要素だった。そして俺は両親に力を使うことになった。心は若いままなのに老いた体、目の前にいるのは育てた覚えのない子供、両親の狼狽えっぷりは実に滑稽だった。
『記憶の齟齬が生みだすのは恐怖だけだ。良い結果を導くことはない』
両親は不条理な現状に対する不満を俺にぶつけることを選び、俺はさらに力を使うことになった。結果言葉すら喋れなくなり、泣き喚くだけの醜い生き物がそこにいた。
『ああ、なんて酷い力だ。悍く、忌々しい』
俺はこの力をもっと使おうと思った。俺には相手の人生を台無しにできる力がある。その力を与えられて生まれたのだ。与えられた以上は振るわなくてはならない。でなければ何故こんな力を持って生まれてしまったのか、納得ができないからだ。
「俺が力を振るうべき相手がいる。だから俺は生きている意味がある。この才能を持って生まれた意味が」
俺は自分の意思だけでこの力を振るう。振るわなきゃならない。他人にどれだけ疎まれようとも、自分さえ必要だと思っていればそれでいい。自分の為に自分の力を振るわなければ、人として生きる意味がない。誰かの為に用意された人生だなんて道具と同じ、まっぴらごめんだ。
「細かい勝敗なんか気にする必要なんてないか……。うん、このトリンに火を放とう」
ユグラの星の民の思い切りの良さを真似ることは少し不満がある。できれば俺にしかできないことをしたかった。だけど俺に残っているのはこの力と雑魚でしかないゴロツキ共だけだ。誰にでもできて、それでいて取り返しのつかない撹乱行動なんてそれくらいしか思いつかないだろう。
「行動は読まれるだろうなぁ……。だけどゴロツキ全員の動きに細かく対応できるとは思えないし、いっそこれくらい雑な方がいいかも知れないね」
燃やせるだけ燃やして、あとは……その時の気分で行動するとしよう。深く考えたところで、ユグラの星の民は俺の考えを読んでくる。ならその時目にした物で、その時の気分で、やることを変えていけばいい。
そうとなればまずは拠点に戻らねばならない。エクドイクから逃走してそれなりに経過したが、追手がいる可能性は十分にある。俺を泳がせて、拠点ごと潰そうと知恵を巡らせているかもしれない。探知魔法を使用して周囲の様子を探る。
「――ははっ、ここまで読まれているのか」
この街には空き家などに魔封石を仕込み、敵が探知魔法を自由に使えないように仕込みをしていた。だがその仕込みをした俺だけはどの家のどの場所に魔封石が仕込んであるのかを見分ける為、該当する建物に異なる目印を付けている。だから探知魔法を使用する際にはそういった目印を確認してから、その箇所を避けるように探知魔法を使用することで俺だけが安全に索敵できる……はずだった。
「意図的に魔封石の位置がずらされている……この様子だと他の場所もかな」
考えられるのは目印に勘付かれ、俺と同じ範囲で見分けが付くように理解されてしまった……といったところか。煙突が欠けていたり、雑草が半端に刈り取られていたりと通常の民家と僅かに異なる特徴、そういった目印を見分けられるはずがないと思っていたのだが……。
「ただそんな真似をすれば相手も満足な探知魔法は使えない。ならこっちで索敵するだけだね」
地面を杖で突き反響する音に耳を傾け、自身の聴力を魔力強化で高めて聞き取る。こうすることで周囲の構造を空間的に把握することができる。欠点として静かな場所でしか使えず、他の五感を閉じた状態にしなければならない為今襲われれば確実に反応が遅れる。
「……まあ流石にこのタイミングまで読んでくるわけじゃないか」
何かを感知すれば即座に行動しようと考えていたが、不要な心配だった。周囲に人影はなし、民家の中にいる人間は軒並み寝入っている。ただいくつか嫌な発見があった。
俺が通りそうなところに罠が仕掛けてある。誰も通らないような、人目につかない位置。何も考えず帰還しようとしていれば罠に掛かっていた恐れがある。
路地裏の一部にロープが張られているのを確認し、周囲に目を向ける。これは鳴子か、足を引っ掛けていれば結構な音が響いていただろう。
「仕掛けたのはミクスか?それにしては仕掛けが甘いかな?」
偶然的に一般人が掛かる可能性がある以上、殺傷力のある罠は使っていないようだが……流石にこんな間抜けな罠に引っ掛かると思われるのは心外だ。
暗視の魔法を使用し、慎重に夜の街を進んでいく。道中探知魔法を数度使ってはみたが、やはり設置しておいた魔封石の場所はずらされており満足に使うことはできなかった。おかげで思った以上に時間を食い、予定よりも随分と遅れてゴロツキ共がたむろするあばら屋へと到着した。
「ソ、ソライドさん!こんな夜更けに一体どうしたんですかい!?」
「どうも何も、コミハの奴がしくじってね。計画変更だ。これからは君達にもっとトリンで暴れてもらうことにしたんだよ」
「俺達が……ですかい?」
ゴロツキ共の表情は暗い。少なくとも実力でこいつらを凌駕しているコミハがやられたと考えれば気持ちも分からなくはない。
「別に君達に戦力としての活躍は期待していないよ。やることは散り散りに行動して、火を付けまわってもらうくらいだからね」
「火……ですかい……」
「放火なら何度か経験済みだろう?それをもっと大規模にするだけだ。適度に国中が燃え上がればあとは適当に逃げて、ほとぼりが冷めるまで隠れればいいさ。これは君達で分け合うといい」
懐から金貨の入った袋を取り出し、ゴロツキの足元に投げる。これだけあればここにいる全員が奇跡的に捕まらずに逃げ延びても、当面の間は不自由なく生きていける。
「わ、わかりやした……それでいつ決行するんですかい?」
「金を分配したら今すぐに仕込みを行う。コミハが捕まった以上、この場所もそう遅くないうちに嗅ぎつけられるからね。さっさとするんだよ。俺は少し外を見てくる」
コミハがしくじったと言ったばかりだろうに、そこまで頭が回らないのだろうか。だがこいつらは罪の意識をほとんど感じない。放火だけならば金を与えれば滞りなく済ませてくれるだろう。
「へ、へい……。それじゃあ野郎共集まれ、金を分配するぞ!」
あばら屋の外で再び杖を使って索敵を行う。外に不穏な影はなく、尾行された可能性はないようだ。だがこのあばら家の近くにも鳴子の罠を発見した。既にこの場所は見当の一つに入っているのだろう。放火を行ったあと、どこに身を隠すかも考えなくてはならない。
まず放火の準備を整え、リティアルの合流の合図を待つ。合図があればゴロツキ共に放火させ商館周囲の警戒を緩めさせる。ツドァリがいるのであれば、それくらいの陽動でも十分だろう。その後は……そうだな、一か八かでユグラの星の民を直接暗殺しに狙いに行くのも悪くない。あの男は俺の敵となってくれる存在だ。ならば俺が殺さなくてはならない。それこそ命を捨ててでもやる意味のある行為だ。
「うん。そうしよう。多分そのあとにミクスやエクドイクにあっさり殺されるだろうけど、それでもきっと意味はある」
どうやって殺そうか。記憶を戻すのではなく、壊すという手段を取れば相手の精神を壊すこともできなくはない。ただ取り返しのつかない損傷を与えるには楔を埋め込むのと比べ、それなりの時間が必要となるので今回の場合は無理だ。魔法による攻撃……読まれていれば魔封石一つで防がれるし……。そもそも脆くて簡単に殺せるのだし、純粋な魔力強化による攻撃が一番なのだろうけど……いまいち華がない。
「ソライドさん、少しいいですかい?」
「何?今考え事をしているんだ。無駄な事に付き合いたくはない――」
雑音に思考が妨害された苛立ちがふっと消えた。なんで俺は今こんなに体が硬直しているのだろうか。ああ、こいつか。こいつがナイフを俺の脇腹に突き立てているんだ。
「――は?」
体が崩れる。ナイフの刺突くらいで……いや、よく見ればこのナイフ……こいつらが持つような物とは違う。形状からして毒を塗る為の奴かな。ああ、それで体がほとんど動かないのか。
「あ、アンタが悪いんだ!俺達を捨て駒に使おうとするから!」
こいつは何を言っているんだ?逃走資金も用意してやっただろうに。勝手にヘマをして捕まる分には知ったこっちゃないけど、最低限の援助はしてやっているだろ?
体がほとんど動かない。杖を使って体を起こそうとするも、脇腹から流れる血で足が滑り再び転倒する。
「ひ、ひいいっ!お前ら、逃げるぞ!」
ゴロツキ共が騒がしく逃げていく。人を刺して慌てて逃げるとか、君達は乳離れのできない子供か何かなのかな?暫くしてカランカランと空に鳴り響く音が耳に届いてくる。
――これは何の音だろうか、ああ、鳴子かな。なかなか聞かない音だから考えつくまでちょっと時間が掛かったな。
「ん……傷は……そこまで深くないけど……」
血は魔力強化さえすれば止められるだろう。だけど全身に回る毒のせいか力が入らない。これは困ったな、体がどんどん石になっていくかのような気分だ。
「これで会うのは二度目かな。調子はどうだい、ソライド?」
声が聞こえる。目はまだ動く、誰だろう。ああ、こいつは、この黒い髪と黒い瞳……ユグラの星の民か。隣にはミクスの姿もある。随分と表情に差のある二人だ。
「……思いの外穏やかで、ちょっと驚いている感じかな?」
「致死性の麻痺毒らしいからね。意外と痛みも麻痺しているのかもしれないね」
ユグラの星の民は楽しそうな顔で俺の杖を取り上げる。それがないと起き上がれそうにないんだけどなぁ、いや、杖があってももう無理かな。
「――あいつら、君が仕組んだんだね」
「うん。こっちの仲間、ハークドックとケイールって二人にこの街にいるゴロツキ君達の人相を調べさせた。あとはホルステアル商会に出入りをした人物を人相書きで照会、この場所を特定させてもらったんだ。ついでにこの街にばら撒かれている魔封石の把握もね」
俺がユグラの星の民の周りの者を利用したのと同じで、こいつも俺の部下を利用していたのか。なんだ、放火って手段が被るからってちょっと嫌だなって思う必要なかったかな。お互い真似しているじゃないか。
「街中の魔封石の場所をずらした一番の理由だけど、君がコミハを連れてエクドイクに奇襲を仕掛けてからこの場所に戻るまでの時間を稼ぐ為だ。探知魔法が満足に使えず道中に子供騙しの罠が沢山あったから、随分と時間が掛かっただろう?」
エクドイクとの戦闘を合図に、このユグラの星の民はあいつらに接触して俺を裏切るように仕込んだのか。たかだか数時間程度で、あいつらにとっての恐怖の象徴である俺を裏切れるようにしたと言うのか?
「元々恐怖で支配されていたような人達だったからね。適当に脅せば話を聞く場くらいは簡単に用意できたよ。君が彼らに火を放たせ、その隙に逃げるつもりだって言った時にはなかなか信じなかったけどね。そのナイフをプレゼントして、『別に信じなくてもいい。ただソライドの話を聞いていればいいよ』と言って『僕』はこの場を離れた。彼らが何かやらかして逃げるだろう先に鳴子を設置してね」
それでかぁ……。あいつらからすれば俺が敵の予測通りに動いて、使い捨てにしてくると勘違いしたんだろうなぁ。それにしたって思いきりが良すぎだろうに……。まあ俺の言う通りに動けば使い捨てで、一か八かでナイフで刺せば自由の身なら……やるかもね。
「酷い終わり方だなぁ……ちっとも華がない。それだけが不満かな……」
「そう?その力を『僕』に使ったからこそ、この結末になったんだ。意味はあったじゃないか」
「……酷い言い分だ」
そんなもの、ただ因果が回ってきただけじゃないか。ああ、それでいいのか。そっかそっか、それでも意味はあるのか。
「楽しかったかい、ソライド?」
「過程はどうあれ、最後は楽しめたかな……」
「そっかそっか、それは良かった。『僕』も楽しかったよ」
この男は満足そうな顔で笑っている。ただ、この笑顔は……いや、俺が心配することじゃあないか。そもそもこの男の未来は……。
「友達にもなれただろうに、難儀なものだなぁ……」
「そうだね。でもこういう終わり方も悪くないんじゃない?」
「――ははっ、違いない」
華なんてないと思っていたけど、この男は俺のことを理解してくれているじゃないか。自分を理解してくれる相手の前で死ねるのなら、それはこれ以上にない華だ。
◇
「――ソライドの死亡を確認しました」
ソライドの脈と瞳孔の様子を確認し、その言葉をご友人に伝えました。開いている目を瞑らせながらソライドを眺める。全身の自由を失い、氷のように冷たくなりながら死んでいく猛毒で死んだというのに、ソライドの顔は眠っているかのように穏やかです。
「さってと、多分ここらへんに――」
私が立ち上がるのと入れ替わりで、ご友人がソライドの体を調べ始めました。自らの策略によって命を落とした者の亡骸を、鼻歌を歌いながら弄る姿に知らず知らずのうちに拳を握ってしまっていました。
「ご友人、何を……」
「あったあった。ほら、鍵だよ。これで商館の地下にいる落とし子も捕縛できるね」
「……そう、でしたな」
ご友人が放った鍵を受け取り、懐にしまう。苦労して手に入れた物だというのに、少しも感慨深さを感じません。ご友人はゆっくりと立ち上がり、ソライドから奪った杖を私の方へと差し出しました。
「ソライドが死んだことでこの杖に魔力を補給する者はいなくなった。放っておいてもこの呪いは解けるけど、君は――」
言葉の終わりを待つこともなく、私はソライドの杖を『エンブ』で両断しました。切断された杖が地面に落ちるまで、ご友人は呆気にとられたような表情でしたがすぐに愉快そうな顔に戻ります。
「そんなに早く戻って欲しいんだ?嫌われたものだね」
「――ご友人のこのような姿をこれ以上見たくありません。ご友人は相手の心を理解し、それを元に相手を死に至らせることになったとしても、決して愉しむような方ではありません」
「まあそうだろうね。『俺』や『私』ってのはそういう立ち位置だ。『僕』とは違うからね」
ご友人は地面に落ちた杖の片割れを拾い、その断面を興味深そうに観察しています。今のご友人は私の想いなど微塵も興味を示していないのでしょう。ですがこれでようやく終わります。何か企みがあるのではと危惧しておりましたが、杖を破壊したからにはご友人は元に戻るのです。
「今のご友人と私の知るご友人が別であることは理解しております。その上で同じ人物であるかのように扱ったことに関しては謝罪させていただきます」
「ああ、そんなこと気にしてたんだ?どうでもいいのに」
その言葉の意味を考えるよりも早く、体が反射的に動きご友人の胸元を掴み上げていました。安堵していた気持ちがこうも容易く揺さぶられてしまう。だけど、言わずにはいられません。
「なら、どうして、どうしてご友人はこのようなことを……!」
「――ごめん、離してくれるかな?」
きっとまたあの瞳で見つめられる。そう思っていたのに、ご友人は困ったような顔で私に語りかけてきました。そのことに驚いて手を離し、数歩下がってしまいました。
「うーん。杖が壊れた以上、君に頼みたい役目は終わったわけだし……少しばかり話をしようか。どうせ未来の『僕』がネタバラシしちゃうだろうしね」
「私の……役目?」
ご友人から感じるのは今までと似たような雰囲気で、それでいてどこか力が抜けているような感じがしました。
「この頃の『僕』だけど、まあ『僕』が主な立ち位置だったことは言うまでもないよね。色々な悪意と向き合っていると、どうしても心が辛くなる。それならいっそ愉しんでしまえるような心を持てばいいと、調整されたのが『僕』だ」
「……それは分かります」
今のご友人は人の心を理解し、揺さぶること、操ることを愉しんでいる。それが人格的なものではなく、そういう風に立ち回っているのだと。
「だけど実際には『俺』や『私』にだって切り替えることはできるんだよね。目覚めた時は『僕』だったけど、『僕』じゃ君達と相性が悪いことはすぐに分かった。だけど『僕』は切り替えることはしなかった。『僕』のままでいいと判断したからだ」
「――そんな」
それならばご友人は何時も通りに振る舞えたというのに、あえてそうしなかったというのですか!?私達の心を揺さぶって愉しむような人格のままで構わないと、こんな、こんな……!
「だってさ、ミクス。そうでもしなきゃ君達を引き離せないだろ?『僕』を排除しようと思ってくれないだろう?」
「……排……除?」
「ほら、君は杖を迷うことなく破壊してくれた。こうしてくれる人が一人欲しかったんだよ。『僕』の言葉に聞く耳を持たずに、『僕』を消してくれる役割がね」
「なにを……なにを言っているのですか?」
今の私にはその先を考えることもできません。ご友人は困ったように笑いながら、話を続けました。
「君がさっき言ったけど『僕』と君の知る『僕』は別の存在のようなものだ。そしてこれは残された資料から分かったことだけど、未来の『僕』には『僕』という立ち位置は存在しない。理由は分かるよ、自分自身のことだからね。結局愉しむようにしても、耐えきれなかったんだろう」
ご友人はかつて元にいた世界で感情的に生きることに辟易とし、他者と距離を取りながら生きるようになったと聞いていました。今のご友人はその少し前の記憶の状態ということなのでしょう。
「だからかな。『僕』は元々危険に足を突っ込むことも躊躇しなかったけど、よりいっそう自分の命に対して軽薄になっていた。ま、そこまで差があるわけでもないけどね?そんなわけで『僕』は『僕』のまま消えることが正しいことだと判断したわけだ」
「そんなわけと言われましても……いまいち話の意味が……」
「だってさ、もしもこうしてさこう言ってたら、どう思った?」
ご友人は切断された杖を元の形になるように握りしめ、私に見えないように背中の方へと回した。それはまるで私から杖を守るかのよう――
「消えたくない。助けてよ、ミクス」
「――ッ!?」
ご友人の目からは涙が流れ、とても普段からは考えられないような弱々しい表情。それが演技とは思えず、まだ杖が元のままであるかのように錯覚してしまい、胸が痛いほど締め付けられるような感じがして……。
「『僕』は決して心が強いわけじゃない。臆病で、弱気で、情けない人間なんだ。こうして消えてしまうことが怖くて、堪らなく怖くて、自分自身の手で終わらせることすらできやしない。だから『俺』や『私』には切り替えられなかった。その立ち位置だったら、生き残る為ならどれだけ汚いことでもするって理解していたから」
「……それは」
「もしも『僕』が異世界に来て、初めて出会ったのが君だったら。そう考えたことはあるよね?」
その言葉はずるい。考えたことがないはずがない。もしもラッツェル卿ではなく、私と最初に出会っていれば……。言葉が通じなくとも、きっと私はご友人と親しくなり、そして……。
「こんな風に平然と君の心を利用してでも生き残るくらいは平気でやるよ。だって、消えずに済む可能性があるんだから」
「そうだとすれば……どうして今のご友人は……」
「言っただろ?『僕』はそう遠くない未来に必要とされなくなって消える立ち位置だって。だから『僕』は今の自分と未来の自分を天秤に掛けることができたんだ。どっちを選んでも『僕』に未来はないからね。『僕』が優先するのは自分自身のこと、その次がその周りの人達のことだ。比べる対象が一緒なら、その周りにいる君達にとってより望ましい結果を求めるだけだよ」
ご友人は自らの袖で涙を拭き取り、再び作り物のような笑顔に戻る。だけどその目は僅かに充血しております。今のご友人からすれば杖を破壊せず、ソライドも生かしたままの方が少しでも長くその存在を保てたはずです。もしかすれば二度と元に戻らないようにする方法もあったのかもしれません。
「まあ浅い理由として、あまり君個人と仲良くしたくないって気持ちもあったけどね」
「そ、それはどうして……」
「そりゃあ好意を持たれてる女性に苦渋の決断をさせたあげく、自分が選ばれないと分かっている結果を確認なんてしたくないでしょ?」
ご友人はそう言って笑いました。あの時、ガーネで見た心からの笑顔で。だけど、今その顔を見せるのは酷いではありませんか。私は貴方を躊躇いもなく排除してしまったのに。
「私は……」
「頑張ってね、ミクス。好みが変わってなけりゃ君も十分脈ありだ。応援しているよ、死後の世界にいけるかどうかも怪しい『僕』だけどね」
そう言い残し、ご友人は突如意識を失って倒れました。ソライドの呪いが解け、本来の記憶が戻ったことで混乱した意識が一時的に機能を停止したのでしょう。ご友人を抱きかかえ、ひとまずは安全なところに運ぶことにしました。
「……ありがとうございます、『僕』殿。応援に応えられるよう頑張りますぞ」
もう届かない言葉だけれど、地面に転がっている杖を目にしてそう言わずにはいられませんでした。
三つの立ち位置が会話できたらなんやかんやで仲は良さそう。
私「だからってミクスを苛めたことは変わりないですし、性格の悪さは否定しようがありませんけどね」
僕「好きな子をイジメたくなる子供のような精神に調整した君ら自身に文句を言おうね?」
俺「あーあー聞こえない。つかこのあとフォローする立場になってくれよ、胃が痛いんだが」
コミカライズも公開され、小説二巻も無事発売中です。
またそのうち書籍化の宣伝も兼ねて、イラストレーターのひたきゆうさんの描き下ろしたデザインラフや告知イラストを公開するかもしれません。(twitterで既にウルフェの描き下ろし告知イラストがあがっていますが)




