だから鈍い。
エクドイクの攻撃の余波により窓が破壊され、俺が寄りかかっていた壁にも亀裂が入っていた。鎖の太さを路地裏と同じだけの太さにできるってのはなかなかに無茶苦茶だ。だけどそれも想定内、コミハに指示していた作戦に支障はない。
「エクドイクの鎖は攻撃範囲が広く毒や呪いによりダメージを与えた時の威力も凄まじい。だけどそれは鎖を命中させれればって話だ。コミハの糸とぶつかりあえば突破力不足にどうしても大技に頼ることになる。鎖を太くするか、数を膨大に増やすか、どちらにせよエクドイクの視界からコミハが消えることになる。そうなれば鎖に接触することは簡単だ」
エクドイクの戦い方は一つの攻撃に対し、どれほど多彩な効果を加えるかを調整することを重視している。面積が広がったり数が増えたりすれば鎖に付与されている毒や呪いの数も減る。
結果としてコミハは鎖に接触できる条件を整えることに成功した。そうなればあとは才能による支配権の奪い合いだ。ユグラと同格であるコミハに勝てる者はいない。
「静かになったが……仕留めたかな」
路地裏を埋め尽くしていた鎖が徐々に元の太さへと戻っていき、亀裂だらけの路地裏にぽっかりと空いた穴から鎖を握りしめたコミハが這い上がってくるのが見えた。鎖の先には地面に倒れているエクドイク、全身を鎖で締め上げられていてピクリとも動いていない。
まずは一人、最も処理しておきたかったエクドイクを無事に倒すことができた。俺の戦い方で一番相手にしたくないのがこいつだったからなぁ。
「よしよし、よくやったねコミ――」
「まだ出てこないでください!私は確かに鎖の支配権を奪いました。鎖に命令してエクドイクの全身に鎖を巻き付け、全力で締め上げました。ですが鎖からは腕を潰した感触しか伝わってこないんです!」
コミハの大声に路地裏に出るのを止める。エクドイクが動かない理由、それはコミハを油断させる為じゃない。傍目にはコミハが勝ったからと油断して姿を現す馬鹿を誘い出す為だ。
「(良い判断だコミハ。既に戦闘が始まってからそれなりの時間が経過している。そろそろ援軍が現れても不思議じゃあないからね)」
コミハの声を聞き誘い出すことに失敗したと判断したのか、ゆっくりとエクドイクが起き上がる。全身に鎖を巻かれ不自由そうではあるが、腕以外に負傷している様子は見られない。
「鎖から伝わる感触まで把握できていたか。思った以上に慎重なようだな」
「……鎖がこれ以上締め付けられない。まるでがっしりと固定されているような……何を……」
「俺の『盲ふ眼』は自分の視界にのみ存在する物質を創造することができる。素早く創る為には慣れ親しんだ鎖である必要があるがな。お前が鎖の支配権を奪い、鎖を使って俺を殺そうとしてくることは読めていたからな。だから元々ある鎖の隙間を縫い、全身を覆うように鎖を創造した。一部透明な鎖帷子を着ているようなものだな。ただし体を圧迫されないように新しく創造した鎖は可動域を潰し固定している」
今の話が本当だとして、奴は腕を潰されてから自分の全身を攻撃されるまでの間に全身に鎖を構築して出現させたということになる。いくら複数の魔法を同時に多用できるとはいえ、そんな真似ができるのか?
「間に合うはずがありません。私はがむしゃらに鎖を巻き付けました。向きや角度、位置は全部バラバラで、あんな一瞬で全身を守るだけの対処ができるなんて……」
「できる。何故なら俺はこの構築の訓練を事前に行っていたからな。初めてならまだしも、慣れた工程なら十分に対処することができる。同胞は言った。順当に戦えば俺はお前に鎖の支配権を奪われるだろうと。その時お前の攻撃手段は単純なもの、鎖による締め付けによるものと」
同胞……ユグラの星の民か!まさかコミハがエクドイクをどのように倒すかまで読み切っていたというのか?コミハの情報はスマイトスからしか得られなかったはず、そこから得られる情報だけで?奴は今過去の精神状態で普段のエクドイクの能力すら正しく把握しているかも怪しいはずだ。
「そんな……」
「可能ならば俺の鎖で勝利したかったところではあるがな。結果は腕を潰され鎖の支配権を奪われた。誰がどう見ても俺の完敗だ。だが俺の敗北は最初から同胞の一手だった!」
鎖を掴んでいたコミハの右腕が飛ぶ。援軍か!?視界に映るような場所には人影なんてなかったはずだ。攻撃者は恐らく結界魔法による切断攻撃を得意とするラクラ=サルフ、一体どこに……!?
「あ、あああ、ああああっ!?」
「さっきの一撃はお前を倒す為だけのものではない。仲間に攻撃を行わせる為の合図でもあった。上空に鎖を伸ばし俺の座標を捉えさせ、ある程度までの接近と大まかな狙いを定めさせた。そしてこうして会話をしている間も、お前の頭上には俺が創り出した鎖が正確な位置を示している。だから俺と同じ眼を持っているラクラには、お前の位置が手に取るようにわかっている!」
コミハがあとずさるのと同時に、下がるのが遅れた右足が切断される。姿勢を崩したコミハはそのまま仰向けに転倒する。二度も攻撃の瞬間を見ればその位置は十分に把握できた。だがその攻撃先は民家を挟んだ別の路地裏からでこちらから発見することはできない。周囲に撒き散らしてある魔封石も、細く縦に襲い掛かる結界では無効化できる範囲をすり抜けられてしまう。
「いっ!?痛い!痛い!痛い!」
「こちらの援軍が現れてもソライドが奇襲に成功すれば、優位を失わないまま戦闘を続けられるか安全に撤退することもできただろう。だからこちらも奇襲を行わせてもらった。どうだソライド、お前は出てこれるか?」
不味い、この状況で飛び出したところでできることがない。エクドイクは既に鎖の支配権を取り戻し、少し先にはラクラが遠距離攻撃の用意を済ませている。
位置をずらしながら戦闘を行ったとしても、ラクラが合流しにくるだけだ。コミハの負傷状態から共闘や無事に逃走できるかと言われると……無理だね。
「先手を許さなきゃどうにかできる自信はあったんだけど、それすら許しちゃくれないか。……やるなぁ、ユグラの星の民」
コミハがどれほど戦えるのかを読み切っていた男だ。俺がラクラ相手に奇襲を仕掛ければ勝機があることも読んでいたに違いない。あーあ、完全に采配で負けてるじゃないか。
「ソライド!助けて、助けてよぅ!」
あの馬鹿、出てくるなって忠告してきた時は感心してやったのに。何で俺のいる方向に向かって助けを求めているかなぁ。エクドイクも色々と察して攻撃準備に入っているし、ここはさっさと逃げなきゃだ。
◇
頭上に構築した鎖を変化させ、ラクラに攻撃を中断するようにと合図する。コミハは既に戦意を喪失し、ソライドは……同胞の読みでは逃走しているはずだ。まずはコミハを拘束し、治療を施す必要があるだろう。鎖で拘束しようとしても支配権を奪われては意味がない。ミクスから借りた麻痺毒を塗ってあるナイフを取り出し、コミハの太腿へと投げつける。
「ひぃっ!?お願い、もう止めて!もう戦えないから!負けを認めるから!」
コミハは先程まで俺のことを殺そうとしていたというのに、随分と弱々しい態度になってしまっている。スマイトスからの情報では戦闘に向いた性格ではないとのことだったが、どうやら本当のようだ。仲間の為に勇気を奮ってこの場まで現れていたのだろう。
「……心配するな。それは麻痺毒だ。暫くすれば体の自由が効かなくなるのと同時に痛みも麻痺する。それが確認できたらお前を治療する。麻痺毒が回りやすいように全身の魔力強化を解け、止血にだけ意識を集中しろ」
「わ、わかった。お願い、もう痛くしないで……ひぐっ……」
「ソライドが完全に撤退したか判断がつかない状態だ。ラクラは遠方からお前を狙い続けているが、それも他の援軍が来るまでの辛抱だ」
演技などではないのだろうが、万が一にも油断はできない。隙を見せてしまえば機会とばかりに反撃をしてくる可能性だってあるのだ。まずは自分の腕の応急手当から済ませるとしよう。
「ソライドをおびき寄せる為、鎖の支配権を奪われてからある程度まで受け入れたが……腕一本か……」
これほどの損壊、人間の時ならば後遺症が残る可能性もあっただろうが、今の魔族の体なら十分に元通りになるだろうとバラストスは言っていた。同じ魔族であるニールリャテスは首以外を潰されても平然と回復していたが、あそこまでの破壊を試してみる勇気は今のところない。
「――俺もすっかり化物になりつつあるな。だがおかげでできる無理も増えそうでなによりだ」
「無理をすることを前提で動いたら駄目ですよ、エクドイク兄さん」
気配で気づいてはいたが、攻撃の中断を指示されたラクラがこちら側に現れた。ソライドに発見されにくいように黒いローブを羽織っているが、着心地が悪いのか歩きながら脱いでいる。
「ラクラか。せめてハークドックが合流するまでこちらに近づかない方が良かっただろうに」
「魔封石が撒かれているせいで、こちらの様子が分かりませんでしたから。合図だけを頼りに見えないところに攻撃し続けるのってなかなか怖いんですよ?少しでもずれれば縦に両断しちゃいますし」
ラクラは自分が攻撃したコミハの方へと近づき、治療を始める。麻痺毒はそれなりに回っていて、コミハは抵抗らしい様子を見せていないが念の為に近くで様子を見る。
「見えない位置への攻撃で、相手を殺さずに戦意喪失できたんだ。上出来だろう」
「上出来って言いますけど、エクドイク兄さんの腕が酷いことになっているじゃないですか!原型わかりませんよ!?」
「魔族としての回復能力を試す良い機会だ。そう考えれば悪い結果ではない」
「もう……メリーアちゃんや『蒼』さんもいい顔しませんよ?」
ラクラは不満そうな顔で睨んでくる。それにしてもメリーアちゃんって……いつの間にか親しい関係になっていたのか。
「む、そうか?メリーアは分かるが、『蒼』は俺が魔族として成長した方が嬉しいのではないのか?」
「そう思うのでしたら、その腕を初めて見る時の『蒼』さんの顔をしーっかりと見ていてください」
「あ、ああ……」
本当ならばこのままソライドを追跡したいところではあるのだが、相手の戦力をしっかりと削ることが最優先だと同胞は言っていた。ここでラクラを一人にしてソライドが戻ってきた場合、ラクラが倒される危険性がある。
ソライドの攻撃手段は音、ラクラの結界は音を素通りしてしまうという欠点がある。正面からやり合えば互角以上に戦えるかもしれないが、奇襲となれば対処は難しい。ソライドは戦闘に向いていないコミハを使い、俺を倒しただけの知略を持っているのだ。戦略性はラクラを倒したハークドックよりも上と考えるべきだろう。
「ところで痛くないのですか?」
「痛みはあるが局部的なものだ。以前お前に敗れた時は全身の骨が折れていたからな」
数を限界まで増やし圧倒的な質量にまで展開した鎖を切断され、その全てで押し潰されたのも今となってはいい経験だ。しかし鎖を利用されての敗北はこれで二度目か……もう少ししっかりとした対策をしなければならないな。
「今思い出すとよく生きていましたよね。おかげでお母さんに酷い報告をしなくて済みましたけど」
「それは俺も同じ気持ちだ。あの時少しでも鎖がかすっていれば、原型が残らないほど凄惨な死体になっていただろうからな」
「ほんっとうに、私が勝って良かったですね!」
「そうだな。負けて良かったと思えることもあることを知れたのはいい経験だ」
俺とラクラ、かつては互いに殺し合った関係ではあるが、今では普通の兄妹として悪くない関係を築けているのではないだろうか。多少の競争心は残っているが、それ以上にこいつを支えてあげたいと思える自分がいる。
「でも尚書様も強引な方法をしますよね。一つ読み間違えたらエクドイク兄さん死んでいたかもしれないんですよ!?」
「そうならないようにバラストスの元で訓練をしたんだ。何度も鎖を巻かれ、鎖帷子を構築する練習はなかなか新鮮だった」
「傍目から見たら何をしているんでしょうかって、『蒼』さんと心配していましたよ……。それに、それだけやっても腕がその有様ですし……」
「相応の覚悟がいると事前に言われていたからな。再生する見込みのある腕一本なら安いものだ」
鎖の支配権を奪われたことに動揺し、腕の防御は純粋に間に合わなかった。さらには全身に鎖を巻かれ、殺意を持って絞め殺される寸前にまで追い込まれた。覚悟を促した同胞は俺に訓練を施す前からここまでの展開を読んで……いや、導いていたのだ。
「それはそうですけど……あれだけ冷たい対応をされると、信用していいのかと悩んでしまいますよ……」
「……お前でもそこまで悩むことがあるんだな」
「当たり前ですよ!心配しない方がおかしいじゃないですか!?」
「すまない、少し言い方が悪かったな。だが今の同胞は――」
ある程度まで話して、しまったと気づいた。これはミクスには自分で気づくべきだと言っていた内容だというのに。案の定ラクラは非常に複雑そうな顔をしてしまっている。
「そ、そんなこと……でも、そう考えると色々と見えてくると言いますか……。どうして気づかなかったのでしょう……」
「あの同胞だしな。当人にはわからないようにしているのかもしれないな」
「それじゃ分かるわけないじゃないですか……ずるいですよ……」
む、それもそうか。俺でさえ気づけたのだからと、ミクスにも自分で気づけと言ったのは無理難題だったのではないか?事が一段落したら話しておくとしよう。逃走したソライドの方は同胞が既に手を回している。ならば俺は早いところメリーアの様子を見に戻るとしよう。




