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異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
選択編

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だからそれは飲みたくない。

 ツドァリの処置を施した地下室に入る為には、ツドァリの用意した専用の鍵を所持して扉に近づかなければならない。用意されている鍵は二つ。一つはソライドが、もう一つは私が所有している。

 この鍵がなければ地下室の入り口のある場所を訪れても、それを意識することすらできない仕組みになっている。逆に言えばこの鍵さえあればただの地下への入り口でしかないのだが。

 地下室に繋がる床の扉は先程の火災で焦げ付いており、あまり触りたくないので靴で数度ノックの要領で踏みつける。暫くすると、内側の閂が動いた音と同時にソライドが這い出してきた。


「随分と酷い有様じゃないか、ソライド」

「たかだか屋敷に火を放たれただけさ。それでリティアル、外の動きはどれくらい把握しているんだい?」


 ソライドは周囲を一瞥し、呆れたように息を吐く。これまで住んでいた屋敷が見事に全焼したともなれば、何かしら思うところはあるのだろう。


「トリン軍は撤退済みだ。スマイトスが捕縛され、ランドスレ達は事情聴取の名目で軟禁状態と言ったところだ」

「スマイトスがボロを出したのかい?そこまで馬鹿じゃないと思ったんだけど」

「ユグラの星の民だよ。彼は自分に対し敵意を持っている者とそうでないものを、人としての距離感で把握することができる。突如姿を見せれば敵だと認識している我々では反応を見せざるを得ない」

「てことはあの男、直接乗り込んで火を放ったってことか。なかなか思い切りがいいじゃないの」


 ソライドは笑っているが、今回は向こうの方が成果を出している。負けと言ってもいい状況だ。それになによりも懸念すべきなのは……。


「ユグラの星の民は君の力の影響を受けた筈では?」

「それは間違いないよ。ついでとは言え、しっかりと呪いの楔を埋め込んだのは事実だ。浅いとは言え、それなりの精神的若返りを起こしている。つまり、昔からこれくらいはやってたってことだね」


 あの男の性格からして、今回のような手段は取らないはずだが実際はこの有様だ。あの男は現在と過去で中身が違うのではないかとさえ思う。


「スマイトスが捕縛された以上、この場所の情報はそう遠くないうちに漏れることになる。発見される心配がないにせよ、この周囲は常に監視下に置かれることになるだろう」

「中にいる落とし子の人数と食料から考えると、一ヶ月ももてば上出来ってところだね。まあ俺は外に出るけど」

「私は一度セレンデに戻り、ツドァリを連れてくる。流石に住処を失っては落とし子達を保護することはできないからね。戦闘に使えないものは暫く地下室で過ごしてもらうしかないだろう」


 ツドァリさえいればこの前のセラエスの時と同様、追手の追跡を撹乱しつつセレンデの拠点に移動することができる。深入りしていない者を本部に連れて行くことは本意ではないが、この状態では仕方ないだろう。


「戦闘要員になりそうな落とし子は、もうコミハしかいないけど……まあそれでもどうにかなるとは思うけどね」

「この地の担当は君だ。だから戦える者を扱うことには言うことはない。ただ戦えもしない者達を何かしらの用途に使うことは避けてほしいところだね」

「そこは大丈夫。だってさ、戦えもしない奴らの価値ってトリンに住んでいる一般人と同じくらいだろ?なら後者を使うだけさ」


 拠点を焼き払ったことで、ソライドは逆に枷が外れることになった。手段を選ばない戦いになれば、それは周囲の者達が巻き込まれることになる。ツドァリを連れてくるまでの間、ソライドが暴れてくれれば敵の意識をそちらに向けておくことができるだろう。


「言っても無駄だとは思うが、私が戻るまでの間あまり無理をしないように。ツドァリに落とし子の避難を頼んだあとならば、私も君と共に戦うことはできる」

「君と手を組めば勝てる見込みは遥かに増すだろう。それは嬉しいね。嬉しいけどそれはリティアル、聞けない忠告だ。俺は待つつもりはないし、手を緩めるつもりもない。だってそうだろ?今を逃せば次は誰が俺の敵になるっていうんだい?」


 ソライドは私と違い目的があって動いているわけではなく、動くこと自体が目的なのだ。今自分の前には力を振るうべき敵がいる。落とし子としての力を得た者として、その責務を果たそうとする者をどうして私が止められようか。


「――これまでのユグラの星の民の動きとは何かが違う。そこを分析した上で立ち回ることだ」

「それくらいなら、まあ聞いておこうかな。最後になるかもしれないしね」


 ソライドに任せた結果がこれか。私は彼を使い潰す算段を付けなければならないのか。ああ、そうするしかないのだろう。私はソライドの意思を曲げようとしなかった。だから最後までそれは貫かねばならない。


 ◇


 これまでは慎重に一手一手を進めていたご友人でしたが、今回のは凄まじく展開が進展することになりました。

 まずオデュッセ将軍に協力を依頼し、町で暴れたソライドの検挙の為にトリン軍の兵士を集め、ホルステアル商会へと乗り込みました。その騒動に乗じて私とエクドイク殿、ご友人の三人で内部を一気に調査するというのが最初に聞かされた内容でした。

 しかし過去ホルステアル商会はトリン軍による調査を退けている実績があり、何かしらの対策をしているのではと私やエクドイク殿は言ったのですが……。


『当時のトリン軍に被害はなかったんだろう?なら問題ないよ』


 と、準備を進めて当日に。私はご友人の警護の為にそこまで動けませんでしたが、エクドイク殿は屋敷内を可能な限り調査。結果としてソライドや他の落とし子を見つけるなどの成果はありませんでした。

 ですがご友人の目的は別にあり、用意していた魔封石の欠片の詰まった樽、その中には大量に可燃性の魔石の欠片が混ぜられていました。兵士達からすれば、実際に魔封石がある為に魔法が使用できないのですからそれが魔封石であると信じるしかありません。例えその中に少々色の違った欠片が混じっていても、汚れているものと誤解していたでしょう。

 そして最後の部屋の調査をしたあと、一室にあったベッドの上に本を積み重ね、その上に燃えた魔石を置いて時間差で放火したのです。ばら撒かれた魔石は次々と引火し、屋敷は瞬く間に全焼しました。


「まさか屋敷ごと燃やして炙り出そうとするとはな」

「ですが実際に捕まったのはホルステアル商会に紛れ込んでいた落とし子一名のみですぞ。ソライドは発見できませんでした……」


 ソライドは既に逃げておりました。トリン軍の動きをいち早く察知していたのかもしれないですな。しかしそうなると何処に逃げたのか、全く見当がつきません。やはりもう少し丁寧に調査を続け、ソライドが確実にいるタイミングを狙うべきだったのではないでしょうか。


「同胞のやり方に不満があるのか?」

「……ないと言えば嘘になります。今までのご友人が丁寧に準備していた計画を一気に潰してしまったのではないかと、そう思うと色々と悩ましくなって……」

「それには同意できるが、同胞はしっかりと結果を出している。何かを懸念している様子も感じられない」


 二人で話している間にも、トリンの駐屯所にある牢にてスマイトスという名の落とし子の尋問が始まろうとしております。スマイトスは壁から伸びている鎖で両腕を拘束され、自害できぬようにと口に器具を噛まされております。尋問を行うのは当然――


「さて、スマイトス。まずは何を話すのか、その目標を明確にしておこう。『僕』が知りたいのはソライド、及び他にいるだろう落とし子の居場所だ。逃げたのか上手く隠れたかは分からないけど、君なら何か心当たりがあるはずだ。教えてくれるだろう?」

「馬鹿なの貴方?どうして私が答えると思っているの?」

「ん?だってほら、君はソライドかリティアルか、その辺から『僕』のことを聞いているんだろう?なら君程度じゃ抱えている秘密を守りきれない、さっさと情報を吐いたほうが心穏やかに済む、そう思っているのかなと」

「そりゃあ危険な奴って話は聞いているわよ。だからってハイそうですかって情報を渡すわけがないでしょ」


 ご友人は朗らかな表情のままで話しかけております。普段のご友人を知っている者からすれば、それだけでも寒気はするのでしょう。ですがスマイトスからすれば何の覇気も感じない素人の尋問にしか映っていないのでしょうな。


「じゃあ軽く尋問みたいな真似をするけど……こういうのは加減がいるから好きじゃないんだよね。まあいいか」

「尋問に軽いも重いも――」

「段階的に話そう。まずは君を分析した内容だ。君のその左手、毒手だよね?だからといって他の相手が用意した毒がほとんど効かないってのは不自然だ。ということは君の落とし子としての才能は毒に対する免疫力とかかな?」

「……」

「君の性格、随分と挑発的だよね。どちらかと言えば虚勢なんだろうけど、そういう人種は過去に怯えた日常を送ってきた傾向がある。その才能に目をつけた貴族とかに何かされた?君を使えばさ、色々な劇薬の実験とかできるよね?」


 スマイトスは必死に表情を崩さないようにしておりますが、後で見ている私でも動揺しているのがわかりますな。


「次に『僕』がこの先の局面について思っていることを話そう。『僕』が行いたいのは敵の排除、あとはリティアル辺りが企んでいる良からぬことの阻止、まあそのくらいなんだ。後者はさておき、前者の敵の排除というのはいくつかの意味合いがある。例えば君がリティアルを裏切り、情報提供者となれば君は敵ではなくなる。今後監視はつくだろうけど、それだけだ。もちろんこのままなら君は敵として排除しなくちゃならない」

「……だから何だって言うのよ」

「ただ君を殺したいほど憎んでいるってわけじゃないんだ。君個人にそこまで思い入れがないとも言うけど。だから拷問して楽しんだり、慰みものにしたりしてしまうのもちょっと気が引ける」

「あら、随分と優しいのね」

「そんなわけで君を道具として使い潰そうと思う」

「――ングッ!?」


 ご友人は取り出した革水筒をスマイトスの口の中に押し込み、中身を注ぎ込みました。スマイトスはそれを直ぐに吐き出すも、苦しむようにえずきます。


「がぇ、げっ、あっ、何、の、毒よこれ!?うぐっ、あぇっ」

「わぁ、本当に毒に耐性があるんだね。凄い凄い。でもまぁ、やっぱり想像通りだ。君は毒で死ぬことはなくとも、毒で苦しむんだね。なんて都合がいいんだ」

「……ど、どういう意味よ」

「この毒は殺すための毒じゃないんだ。苦しませる為の毒、こういった尋問の時の為に捕虜を殺さずに楽に苦しめる発明なんだ。最終的には死んでもいいんだけどさ、自白を促せるくらいには苦しめなきゃダメだろう?とはいっても罪人で試し続けようにも限りはあるからね。君をどういう風に苦しめるとか、そういった悪趣味な考え方はしない。君はただ感じたままに苦しんでくれればいい。それだけでいい調査結果が得られるからね」


 ご友人は笑いながら革水筒と羊皮紙を用意されていた机の上に並べ、鼻歌交じりに羊皮紙に何かを書き込んでいきました。


「今回は嘔吐感を促す毒を何種類か用意してきた。食事は食べたばっかりだっけ?まあ後で用意させるから、それでいいよね?」

「――ま、待て、取引だ、取引を持ちかけたい!」

「うんいいよ。じゃあ明日同じ時間にさっきと同じ質問をしてあげるね。今日はもう君を実験道具に使うと決めたから、明日まで君の話は一切耳に入れない」

「なっ――」

「あ、エクドイク、確か無理やり水を飲ませる拷問器具ってこの駐屯所に置いてなかった?あるならちょっと持ってきてもらえる?できれば同じ分量ずつ飲ませたいからさ」


 ご友人は笑いながら私達の方へと振り返りました。ご友人は最初から最後まで朗らかな笑顔のままで、まるでこの状況を楽しんでいるかのよう……。


「わかった、少し見てくる。俺達が戻るまでは捕虜には近づかないようにな」

「最初の観察記録を書き終えるまでには戻ってきてねー」


 エクドイク殿は近くの衛兵にご友人が囚人に近づくようなら止めるようにと念押しし、言われた道具がないかを私と一緒に探すことになりました。


「しかし同胞は流石だな。既にスマイトスは取引を持ちかけようとしていた。情報を引き出せるのも時間の問題だろう」

「エクドイク殿!?正気で言っておられるのですか!?ご友人があのような真似をしていたのですぞ!?」


 エクドイク殿はポカンとした顔をしてから、何かに気づいたような顔で説明を始めました。


「あれはただの薬だ。イトエラ蝶の幼虫をふんだんに入れているおかげで、生半可な毒よりも飲みたくない代物ではあるがな」

「……え、薬?」

「今朝調合を手伝った俺が保証する。あの薬はどれも体に害のある物は入っていない。ただし、物凄く苦かったり、不味かったりすることで有名な薬の材料を自重せずに入れている。劇薬や毒の実験台になっていたスマイトスからすれば新鮮な体験だろう、毒に幾ら耐性があっても不味さばかりはどうしようもないからな」

「ど、どうしてそのようなことを……」

「スマイトスを尋問する為だろう?同胞は早い段階からスマイトスが毒に強い免疫力を持つ落とし子だと見極め、ハッタリで脅しを試みたわけだ」

「ハッタリ……あれが?」


 言われてみれば、ご友人が短期間で人を苦しめる為の毒を調合できるはずがないですな。いやいや、あのような光景を見せられたら誰だって――


「事前にスマイトスに過去の話を持ちかけ、毒に対する嫌悪感を強めてからの演技だ。やはり実際に見ると同胞のやり方は参考になるな」

「……エクドイク殿は、今のご友人が異常には見えないのですか?」

「ふむ?異常なのは当然だろう?今の同胞は数年前の状態になっているのだから」

「いえ、そういうことではなく……こう、まるで別人というか……」

「性格としてはそうだろうな。だがやり方自体はいつもの同胞とそこまで差を感じないぞ?」


 そんなはずは……あれ?思い返すと普段のご友人も結構酷いことをしているような……。ならば何故私はここまで……?


「ご友人に対する不安は私だけではなく、ラクラ殿やハークドック殿も持っております」

「……そうか、いやだがハークドックは……ふむ」


 むしろおかしいのは私ではなく、エクドイク殿の方ではないでしょうか。エクドイク殿だけがご友人の変化に疎いような、そんな感じがするのです。


「何か思い当たる節でも?」

「あるにはあるが……すまない。これは俺が話すべきことではない気がする」

「えぇっ!?」


 あのエクドイク殿がはぐらかすような真似を!?いつも言いたいことをズバズバ言って『蒼』殿を赤面させているエクドイク殿が!?


「凄く意外そうな顔をしているな……。だがすまない、これはミクス達が自分で気付いた方が良いと思う」

「し、しかしですぞ!?ご友人の異常をこれ以上放置しておくというのは、兄様やラッツェル卿を心配させてしまうことに――」

「いや、多分マリトもイリアスもそこまで心配しないと思うぞ?」

「え……」


 エクドイク殿には分かっていて、私には分かっていないこと?今の話しぶりからして、兄様やラッツェル卿も直ぐに気づくということでしょうか?


書籍化作業等で少々忙しくなるので更新頻度を少し遅らせます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごいですね。ハッタリで相手をここまで追いつめるとは。 [一言] 文字通り苦い薬、嫌だよなぁ。 人の弱みを見抜く天才か。
[気になる点] そもそもが記憶飛んだ振りって事かな?
[一言] 三話くらい前から、ミクスの残念っぷりが高止まりしてる気がする。
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