とりあえず就職。
「良くお似合いで」
翌日バンさんの商館にて式典用の礼服に着替える。
いやぁー目立たない感じでお願いしたはずなんですけどねぇ。
中世の貴族を思い浮かべるデザイン。こういったセンスは世界共通なのだろうか。
ただそうなると現代の一部の顧客に受けそうなセンスのサイラの将来が心配になりますね。
やはり独学だけではなく、基本を学べる師を見つけるべきなのだろう。
ウルフェはこちらの格好を見て興味深そうに尻尾を振っている。
「ししょー、なにかちがう!」
「だろうよ」
イリアスの父親の服とは違い窮屈さがとてもつらい。
コルセットやカツラが無いだけマシだと思うしかないけどね。
初めてスーツを着たときの窮屈さを懐かしみつつ、最低限の礼儀をバンさんから学ぶ。
そうこうやっているとカラ爺が馬車でやってきた。
「おう坊主、めかしこんどるの!」
「そっちはいつもの鎧で良いですね……」
「いんや、違うぞ」
と、鎧を見せてくる。
ああ、確かにデザインなどは同じだが所々の装飾が増えている。
鎧自体もほとんど傷ついておらず、綺麗な物だ。
「式典用の鎧とかあるんですね」
「埃を被っておったからの。洗ったり手入れしたりで大変だったわい」
わかるわかる。急な冠婚葬祭の時に普段履かない革靴を引っ張り出したりするよなぁ。
その後馬車に乗り込み、城へと向かう。
ターイズ国は巨大な城壁で囲まれている。
城門を潜って目に付くのは市場や国民の家が存在している地域。
『犬の骨』やイリアスの家はここにある。
そこを進んでいくと富裕層が住む豪華な建築物が増えてくる。
マーヤさんの教会は丁度その狭間。進んでいくとバンさんの商館や、カラ爺のような名のある騎士達の家が存在する。
そしてさらに進む事で城壁に囲まれるターイズ城が目に付く。
ターイズ城の城壁の高さは外壁の半分程度の高さで、周囲には水を溜めた堀がある。
正面の橋だけがターイズ城と行き来できる道だ。
橋の前での検問を済ませ、第二の城壁を越える。
城自体は中世を思い浮かべるのだが、周囲の印象は軍事施設だ。
馬屋や兵舎が多く見える。
騎士達の鍛錬場などもちらほら目に付く。
街では警邏か要所で番をしている騎士しか見なかったが、彼らは日々この敷地内で活動しているのか。
そして城の入り口前で馬車を降り、さらに検問を受ける。
入り口にある装飾品にそれなりの大きさの魔封石を見かける。
なるほど、魔法に対する防犯対策も考えられているのか。
魔法で姿を変えたりする者らへの牽制だろう。
城内を進み、式典の場へと到着する。
既に多くの騎士達と貴族がそれぞれの場に隊列を組んでいる。
始まってはいないようなので、話し声はちょくちょく聞こえる。
こちらに向けられる視線も少なくは無い。
騎士達のもそうだが多いのは貴族達だ。
カラ爺のような古参の騎士と共に現れた稀有な黒髪の青年、視線を向けるには十分な理由だろう。
カラ爺は貴族側のスペースに共に付いて来てくれる。
「もうちょいで始まるじゃろな」
耳には様々な話が聞こえる。
山賊が討伐されたことを喜ぶ声、今後の国の傾向についての話などだ。
ただし、『女の癖に』『どんな姑息な手を』『立場をわきまえていない』などの芳しくない声も聞こえる。
カラ爺をそっと見る。
表に怒りを見せていないが、普段から伝わってくる穏やかさは感じられない。
ここで彼らを叱責すれば式典に水を差すことになる。
それにこういったことは日常茶飯事なのだろう。
カラ爺達がイリアスの味方で良かったと心底思う。
やがて高官らしき者が前に出て式典の開始を告げる。
今回の山賊討伐の経緯、そしてその討伐した成果を語る。
そしてターイズ王が姿を現す。
若い男だ。
てっきり髭の整ったダンディな王様をイメージしたのだが、若手政治家のような印象を受ける。
だが流石に王とだけあってその佇まいは堂々としている。
うん?
今こちらと目があった気がしたが――気のせいか。
そして王からの賛辞、褒章を受け取る儀礼が始まる。
それぞれ作戦に参加した騎士団の団長が呼ばれ、王の前に跪く。
功績を称えられ、王からの贈り物を受け取る。
赤マントのレアノー卿、黄マントのフォウル卿なども目に付いた。
そして青緑のマントを羽織った老騎士が前に出る。
呼ばれた名前を聞く。なるほどあの人がラグドー卿なのか。
一度も見なかった相手だが、納得いく風格を感じる。
「最後に、ラッツェル卿」
どこにいたのか今まで分からなかったがイリアスが出て来た。
普段の鎧よりも幾分か立派な鎧を纏っている。
山賊討伐の時に何度か見た凛々しい騎士としての佇まい。
彼女の強さ、磨き上げてきた姿だ。
「此度の山賊討伐において様々な功績、そして何より山賊の首魁を見事討ち果たした武勇をここに称えよう」
代表で褒章を受け取っていた騎士隊長とは違い個人での表彰はイリアスだけだ。
彼女個人の功績が公に認められた価値ある光景。
微かに聞こえた舌打ちなど、ただの僻みでしかない。
いや、顔覚えたからな、お前。
その後も式典は淡々と進み、終了した。
式典終了後、会場は移動する。
風格ある広間から、煌びやかで美しい広間へと場面を移しての立食会だ。
カラ爺は他の隊の面々の所へと去っていく。
カラ爺曰く、好きに飲み食いしても良いと言われたので早速貴族達の食事を堪能することにしましょ。
塩を生かした料理はほとんど無い。だが食材のどれもが良いものであるのは見ても分かるし、食べればなおのことだ。
しかしこの巨大なピスタチオのような奴は味は良いが食べるのが手間だな。
こっちの香草に巻かれた焼き魚は好みの味だな。
酒はゴッズの店の方が好みなので程々にして、食事をメインで楽しむ。
それにしても視線がちょくちょく痛い。
気になるのなら話しかけてきてくれても良いんですよー?
しかしちょくちょく食事を皿に取っている男だ、話しかけるタイミングを計りかねている可能性もある。
それならそれで気は楽だ。
「ここにいたか」
ようやく声を掛けてもらえたと思えたらイリアスだった。
「なんだ、そっちの用事は終わったのか」
「ああ、一通りの挨拶はすませた」
軽い溜息を吐くイリアスから精神的な疲れを感じる。
今回の立役者として様々な相手との挨拶があったのだろう。
当然その中にはイリアスを支持していない者も少なくないだろう。
むしろラグドー隊以外の騎士達や貴族陣は大半がそういう手合いだ。
皮肉や嫌味も言われたに違いない。
帰ったらウルフェと一緒に祝ってやるのも悪くないかもしれませんな。
そういえばウルフェはバンさんの所で元気にやっているだろうか……。
ここの料理もって帰れないかな、タッパーないですかね?
「ラグドー卿が是非君に会いたいと言っている。来てくれ」
「ああ、わかった」
そういえばそうだった。ラグドー卿に招待されたのだから挨拶の一つくらいしておかねばなるまい。
会場の中央には料理や飲み物が置かれている。
その周囲は貴族達や騎士達が酒や料理を片手に対話をしているスペースだ。
その場所の一箇所へと案内される。
そこにいたのはラグドー卿、そしてターイズ国王だ。
え、まじかよ、王様いるの?
チラッとイリアスを見るとイリアスも予想外だって顔をしている。
……うん?
「こ、これは陛下!」
「畏まらんで良い。食事会まで式典のようにピリピリされては酒の味も楽しめないだろう」
気さくな感じで笑うターイズ王。
そしてラグドー卿がこちらに歩み寄る。
「君が件の青年だな。イリアスやカラギュグジェスタから話は聞いている。私の名はサルベット=ラグドー。我が隊の者達が世話になった」
「こちらも遭難時の保護、黒狼族の件での救助隊などラグドー隊には非常に助けて頂きました」
既にこちらの素性は色々聞かされているのだろう。
例の本もこの人の手に渡っているのだ。こちらのことは色々思う所もあるだろう。
「そうかそうか、君がラッツェル卿の協力者か!」
そこにターイズ王が割り込んできた。
「マリト=ターイズ、この国の王だ」
人懐っこそうな笑顔を見せ、こちらに歩み寄ってくる。
「ラッツェル卿は武勇こそ優れているが他は未熟で見れる所も無い騎士だ。それを見事立役者に導いた君とは一度話してみたいと思っていた」
そう言ってマリト=ターイズは握手を求め、手を差し出してきた。
◇
式典で件の彼を見た時は心が躍った。
黒い髪、黒い瞳。
報告にあったその姿を見て思わず口がにやけそうだった。
この後の立食会にも参加してくれると聞いた。
早く話したい、彼がどのような人物か直接確かめたい。
そんなことを考えていた俺はある一計を考え付いた。
それが今差し出された握手だ。
彼がラッツェル卿と懇意にしている話は聞いている。
その彼女を小馬鹿にした上での握手の要求。
彼がどう言う人物なのか、これで見極めたい。
『彼をここに呼んできてくれ。挨拶するときに少し彼を試したい。ラッツェル卿には少し悪いが、演技に付き合ってもらえないか?』
と事前に打ち合わせも済んでいる。
今俺の背後には複雑そうな顔をさせたラッツェル卿がいる。
彼はそれを視界に捉えている。
取りうる行動の大きなわけ方は二つ。
この握手を拒否するか、応じるかだ。
親しいものを貶された事で怒りを覚えるのだろうか。
叱咤、彼女の助けとなる言葉を言うか、はたまた激昂して手を出すのか。
それらの感情を押し殺し、手を握るだろうか。
彼女の体面を考え笑顔で乗り切るのか、気の利いた皮肉を言うのか、王を前にして媚びへつらうのか。
いかなる選択だろうとも構わない。これは彼を知る為の行いなのだ。
さあ、どうでる、異世界の若者よ。
「……」
彼は少しだけ沈黙する。
――今視界にいるラッツェル卿とラグドー卿の顔を見た。
王である俺の行動を見た後、二人の様子を観察したか。
直情的な人間ではないようだ。だがまだ分からない。
ラッツェル卿の複雑そうな顔を見れば、湧き上がる感情もあるかもしれない。
「――?」
すると彼はさらに周囲に目をやり、振り返って歩き出した。
握手を拒否し、その場を離れる選択を取ったのか?
と思いきや食事の置いてある場所に行き、すぐに戻ってきた。
そして俺の手に、持っていた食材を渡した。
「……え?」
「どうぞお召し上がりください」
手を差し出したことを食べ物の要求と捉えた?
そういう皮肉なのだろうか?
そういう素振りには見えない。
しかしこれはどう反応すべきか……怒るフリをするか?
いや、待てそうすればこれで終わりだ。
とりあえず困惑の様子を見せながら食べ、様子を見よう。
「あ、ああ」
しかしこれは殻を剥いて食べるのだが、手間なのだ。
力を込めすぎると中の実が崩れ零れてしまう。
王が無様に食べ物を床に落す様を皮肉るつもりなのか?
だが、その程度どうと言うこともない。
丁寧に殻を外し、実を取り出して口にする。
普段食べている物だ。特段変わったことは無い。
では次はどうする?
「……」
彼は再び踵を返す。
またか!?
次は何を持ってくるつもりなのだ!?
いや、そもそもこれは握手なのだ。
しかしその場を離れた以上、声を掛けて呼び止めるのは気が引ける。
戻ってきたら口を挟まねば。
彼は食事の置いてある場所に行き、その場をすり抜け――
そのまま広間を出て行った。
「……えっ!?」
一瞬何事か分からず声を出す。
振り返りラグドー卿とラッツェル卿を見る。
当然ながら二人とも唖然としている。
それも当然。握手を求めたら食べ物を渡され、そしてその場から出て行かれたのだ。
何を言っているのか自分でも分からない。
戻ってくる気配は無い。
帰った……のか?
いやいや、待て待て!
せっかく会えたのにこれで終わりだと!?
この後も色々彼を計る為の話題や質問を考えてきたのだ。これで終わられては困る。
衛兵に連れ戻させ――いや騒ぎを大きくしてどうする。
傍目には彼が俺の前と食事の場所を往復して、その後に帰ったようにしか見えていない。
などと考えている場合では無い。早く呼び戻さねば。
広間の出口に向かう。
周囲が騒ぎにならぬように歩きで。
それでも僅かに急ぎ足になる。
入り口にいた衛兵が頭を下げる。
それに手で応え、広間を出る。
通路を見渡す。既に彼の姿は見えない。
人目が無くなったのを確認し、帰り道の方へ走る。
角を曲がり、入り口の方へ――
「お急ぎですか陛下」
とそこには彼が笑顔で立っていた。
◇
驚いているマリト王を前にしている。
「帰ったのでは……無かったのか」
「陛下が戯れを希望していたようでしたので、応じてみました」
あれが演技だということはすぐに分かった。
そもそもカラ爺からマリト王が男女への偏見を持つ人間ではないことを聞いていたのだ。
ラグドー卿の挨拶が淡白だったのもそうだ。
イリアスに非番を言い渡してまで招待させようとしたのだ。
ラグドー卿本人よりも、その上の人物が会いたがっていたのだろう。
それは誰かと言われればこの人に他ならない。
ちなみにイリアスの演技は落第点、違和感を覚え、あの握手を求められ、もう一度顔を見た時に演技だと確信できた。
良き王だと言っていたイリアスがその当人から馬鹿にされたのならその時に驚きを見せてなければおかしい。だが見せたのは辛そうな顔だった。
徹頭徹尾無表情なラグドー卿を見習うべきだったな。
握手に応じるか否か、その辺の反応を観察したそうだったのでまずは第三の選択肢をとる。
食べ物を手に取るウルフェの印象が残っていたのもあってか、すぐにこれを思いつく。
殻つきの巨大ピスタチオ的な物を渡し、食べさせる。
まともな王様ならこの時点で憤慨するか、握手の話へ修正しようとするだろう。
だがマリト王は食べた。
すなわちこちらの次の行動を待つ選択肢を取った。
そして再び食事を取りに行くフリをしてそのまま撤退。
呆気に取られたマリト王はこちらを慌てて呼び戻そうとするだろうとの算段であった。
「陛下が自ら来るとは思いませんでした。そこまでお慌てにならなくても良いのに」
個人的トトカルチョではイリアスが呼び止めに来ると踏んでいたのだが、余程こちらに会いたがっていたのだろう。
「逆に俺を試したのか」
「満足のいく結果は得られましたか?」
「……ぷっ、あっはっはっ!」
マリト王は噴出し、笑い出す。
「いやいや、まいったまいった。好奇心を抑え切れなんだ!」
「レアノー卿でも呼んでおけば良かったでしょうね」
「それでは演技で済まない、ラッツェル卿に悪い」
「悪戯好きな王だ」
「いやいや、悪かった悪かった。――それでは改めて語り合おうではないか、異世界の友人よ」
そして二人は立食会の場へ戻る。
イリアスだけが心配そうな顔で待っていた。
「いったい急にどうしたと言うのだ君は!?」
「下手な演技で笑いを堪え切れなくてな。外で笑ってきた」
「なっ!?」
「うむ、気に入った。こいつとは色々と話がしたい。しばし借りていくぞラッツェル卿」
「は、はぁ」
イリアスは溜息を、ラグドー卿は愉快そうに笑っていた。
カラ爺から聞いた通りの話だった。
ただマリト王に関してはもう少し愉快な性格のようだったが。
その後マリト王に連れられ、立食会の広場を見下ろせる個室に案内された。
傍にはラグドー卿がいる。
イリアスは広場でラグドー隊の面々と会話しているようだ。
「さーて、楽にして良いよ。言葉も砕いて、マリトと呼び捨ててくれ!」
えらい砕けてきた。
一体何がこの人の琴線に触れたのだろうか、ここまで好かれる要素あったっけ?
うーん、無いよな『こやつやりおるわ!』くらいには立ち回った気はするが……。
何と言うか恋愛ゲームをプレイ中、選択肢一つで好感度が一気に激増してドン引きした時を思い出す。
どうしたものかとラグドー卿に視線が泳ぐ。
「こういう王なのだ。合わせてやってくれ」
「そういうことなら……」
先ほどとは違い、楽な姿勢で椅子に座るマリト。
若くしてやり手の王というより、若い友人のようなスタンスだ。
「まずは王として礼を言わせてねー。うちの騎士達はどうも騎士道に縛られてて悪賢い山賊に良い様にあしらわれちゃっててさ」
「いや、あれはドコラの手腕が良かった。それと偶然が味方したものだ」
ほんと、この口調の砕けっぷりはどうなんだろうか。ラグドー卿はこっちを見てくれない。
実質初めの遭遇が無ければ山賊を拿捕することもできず、情報も引き出せなかったわけだ。
「そこはそうでも、情報を引き出し、ラッツェル卿に首魁を討ち取らせたのは君の知恵あってのことだろ?」
「それは――まあそうだけどな」
「自慢したがらないんだね」
「人の弱みにつけこむ様な方法を堂々と自慢できるわけないだろ。褒めるべきはイリアスだ」
「ふむ、ラッツェル卿のどこを褒めろと?」
「理想である父親を目指し騎士道を歩みながらも、こういった手段を受け入れた覚悟をだよ」
イリアスはこちらの取った手段を好ましく思っていなかった。
それでも事を成し遂げたのはそれが必要であると理解し受け入れたからだ。
「卑怯な手を使ったと誹謗中傷されるかもしれない。自分の騎士道に泥をつけるかもしれない。そういったことを理解しながらもいち早い解決を優先したんだ」
「確かにレアノー卿や他の騎士団に手柄を分け与えようとも、その国を思う献身の心はなかなかできることではないよね。あの立場ならなおさらに」
「マリトの立場で是正はできないのか?」
「一喝すれば表立って言うことは無くなると思うよ。だけどそれやっちゃうと裏での動きがより陰湿になりそうなんだよねー」
そうだよねぇ……。
「なーに、実力は認めざるを得ないのは事実なんだ。後は功績で黙らせれば良い。それでも吼えるならそれは負け犬の遠吠えさ」
「そう本人が割り切れれば良いんだがな」
「そこに関してはまだ未熟だよねぇラッツェル卿は」
酒を注がれる、一口だけ飲んで話を続ける。
「黒狼族の件についてはこちらからも礼を言いたい。この国の戦力ならば制圧して支配することも簡単だっただろう」
「そんな物騒な王にしないでくれよ。賢王の評判下がっちゃうじゃないか」
「……」
いや、もう、なんて言うかね?
ああ、そうか違和感の正体が分かった。
こいつ頭の中が似てるんだ、テンション高い時の誰かさんと。
「そっちの世界の話もいろいろ聞きたいところだけどさ、先に本題を済ませようか」
マリトが手を上げる。それに応じてラグドー卿が歩み寄る。
近くまで来たラグドー卿は懐から本を取り出す。
見覚えのある本、ドコラの残した本だ。
「避けてた話題をぶっこんできやがった……」
「いやーごめんごめん。でも重要なことだしね。自分の世界の言葉なのに読まなかったんだろう?」
「こっちの世界では蘇生魔法を欲しがるだけで死罪になるって聞かされてたからな」
「こっそり見りゃばれないだろうに」
「カラ爺がそこにいたんだ。嘘の共犯にしたくない」
「ちなみに中も全く読めなかった。間違いなく君の世界の言語だろう」
「そうだろうな」
「だけど時々挿絵の様に魔法の構成などが書かれていた。解析では山賊が使用したとされる死霊魔術の基礎になるらしい」
ドコラはあの本、もしくは死霊術が原因で暗部としての職を失ったと見ている。
あの本が魔王に関係するものならば禁忌である蘇生魔法、同種の禁忌である死霊術に関する情報が載っていても不思議ではない。
「実際今でも蘇生魔法の研究は大陸間の協定で禁忌とされている。ここが禁忌に厳しい国であるメジスなら君を見つけ出してそのまま死刑だ」
「読んでなくてもか」
「読めるなら問答無用だろうね」
なんつー恐ろしい国だ。魔女狩りレベルじゃねーですか。
「えげつないな」
「メジス領は魔王によって今でも人が住めない地域が多く残されているからねー。魔王の被害が大きかった地域はそれだけ過敏なんだよ」
なるほど、言われて見ればそうだ。
核兵器を落とされた日本は核へのヘイトが特に高い。
その恐怖を、身をもって知っているからだ。
今でもその放射能が残っていて住めない地域が残っていようものなら、その活動はより強い物になっていただろう。
「ただね、山賊の首魁であるドコラがかつて暗部として働いていたのもメジスだ」
「……きな臭い話になったな」
禁忌に対してより過敏な筈の国の暗部が、その禁忌を入手して国を追われた。
その国にあったのか、隣国から奪ったのかは定かではないがドコラはそれを入手し、中を見てしまったのだろう。
そして国に追われ、ガーネに流れ着いた。
ガーネで潜んで盗賊をしているうちに死霊術を身につけ、次はターイズに流れ込んで来たという流れか。
「この本が封印されていただけならば良いんだけどね。もしも研究の一環で存在していたならばそれはこの大陸での問題になる。そういう訳で今はこの本の流れを調査している」
「できれば関わりたくない話だな」
「そういう訳だからこの本の解析を依頼したい」
「直前の話聞いてたか!?」
「まあまあ、君の安全は保障するからさー。割と必要なことなのはわかるだろう?」
「……知りたいのはこの本がどれだけの情報を持っているかって話だろ」
彼は頷いた。
マリトはこの本が禁忌にどれだけ迫れる危険性があるかの程度が知りたいのだ。
これがただの魔王の伝記ならばさしたる問題ではない。
しかし中には死霊術を得るだけの情報があるのは確実となった。
さらに禁忌である蘇生魔法に関する記述もないとは言えない。
それを研究していた国があるとなれば――という話だ。
「この事を知っているのは誰がいる?」
「俺とラグドー卿だけだよ、ユグラ教のマーヤには伝えていない」
「マーヤさんにも?」
「ユグラ教の聖地はメジスにあるんだ」
なるほど、そりゃ迂闊には言えないな。
ドコラを追っていた国、メジスはドコラがこの本を持っていることを知っている可能性がある。
マーヤさんの立場はユグラ教のターイズにおける最高責任者だ。
ユグラ教の聖地があるメジスとの交流も少なからず存在しているだろう。
いや、それ以前にマーヤさんに頼んでドコラの資料を手に入れたのだ。
メジスからその資料を得た可能性は高い。
「ドコラの素性に関してはマーヤさんに調べてもらっていた。ドコラがその本を持っていたことを知っている可能性は高い」
「実際彼女らにはそういう動きがあった。君が手配してレアノー卿の支援に彼女達を選んだんだろう?」
「ああ、聖職者ならば死霊術への対処法を知っていると聞いたからな」
「レアノー卿の報告によれば、彼女達はアンデッドの処理の際に本拠地の捜索を行っているフシがあった」
「……」
「さらに後日の拠点調査にもアンデッド対策にと同行を願い出てきたよ」
「だが本はそこにある」
「ああ、君が先んじて回収してくれたおかげでね」
「……」
「そう複雑な顔をしなくても良い。ラッツェル卿や君がマーヤと懇意にしてることは知っている。別に彼女は諜報員というわけではないさ」
「それは――」
「ユグラ教として死霊術に関する何かを持っているかもしれない相手のことを調べることは当然の流れだ。義務と言っても良い」
それもそうだ。メジスが禁忌魔法に触れるものを断罪するというイメージが先行しすぎてマーヤさんのイメージまで塗り替えられていた。
「君に何も言わずに動いていたのは、君をそういう話から遠ざけたい気持ちがあってのことだと思うよ」
「――そうだな」
マーヤさんは死霊術や蘇生魔法に対して拒否反応を見せていた。
誰だろうと関わって欲しいわけがない。
「ただその本のことをこっちでマーヤさんに話していたらどうするつもりだったんだ」
「その時はマーヤが直接こっちに話をつけに来ただろう。ならばそれ相応の対応をしたさ。来てないって事は話していないんだろう?」
「そうだな。他に知っているのはカラ爺くらいか」
「ドミトルコフコン卿にはラグドー卿から口外するなと命令してある。個人的に気にしていたのは君がラッツェル卿に話すかどうかというところか」
「イリアスには話してないな」
あの時は咄嗟に散歩していたとだけ説明していた。
あれだけ落ち込んでいたイリアスに更なる問題を与えるのは避けたかったからな。
「ラッツェル卿の母親はマーヤの親友でね。だからこそ今でも交友がある。本の話をして心配したラッツェル卿がマーヤに相談する可能性が一番高かった」
「なるほどな。だが本の存在を隠す理由はなんだ?」
「一番の理由はメジスが信用しきれないと言うことだ。メジスが追っていたドコラをターイズが討伐した話は、マーヤから十中八九メジスに伝わっていると見て良い。だがメジスはこの本について何も言ってこない」
ドコラが追われた理由がこの本ならば、メジスがこの本を探している可能性は高い。
事実死霊術を使っていたドコラの所持品を探そうとしたマーヤさんの行動を見ても、メジスの指示があったと見て良い。
メジスが潔白ならば本の事をターイズに伝え、共に捜索を願い出てもおかしくないのだ。
無論、用心深いマーヤさんが念のために捜索して見つからなかっただけと言うこともある。
メジスが余計な混乱を避けるためや、ターイズが死霊術の知識を得る危険性を考慮して情報を伏せている可能性もある。
「マーヤさんは信用できても、その背後のメジスやユグラ教は信用しきれないって事か」
「そうだね。彼女の人格に関しては良い人物だと思っているよ」
「そうだな」
「そういうわけでこの本の危険性、それを所有していた国を独自に調査したいと思っている」
どうしたものか。
地雷度は増しているのだが、それでもこの本を読みたいという欲求はある。
それに王であるマリトの許可と保護つきなのだ。
マーヤさんやその背後のユグラ教、果ては一国家のメジスに目を付けられる可能性もあるが……。
だがこの機を逃せば読むタイミングはほぼ無いと見て良いだろう。
「分かった、それでどう協力すれば良い?」
「君にはこれを翻訳して欲しい。こっちの世界の言語にだ」
「危険じゃないのか?」
「書物として残すのは危険だ。だがその情報はここで管理する」
マリトは自分の頭を指で差す。
「そういう訳で今後君には都度ここを訪れて欲しい。ただし翻訳だけを行っていてはユグラ教に怪しまれる可能性も高い。故に名目を考えた」
「それは?」
「意見係だ」
「……説明を」
「異世界の話や知識を吟遊詩人のように俺に語ってくれると言う立場だよ。傍目からすれば宮廷道化師のようなものかな」
宮廷道化師か。
小粋なジョークや与太話で偉い人を楽しませる為の役職だ。
確かにそれならマーヤさんへの言い訳も立つ。
「異世界の政策がこちらにどれ程適用できるかは分からないが、全く無いと言うこともないだろう。役に立つ話が聞けるかもしれないから語ってくれと言う形かな」
「そりゃあまあ……だが向こうじゃ一般人だったんだ。色々と専門知識には乏しいぞ?」
「別に過度な期待はしてないさ。単純に楽しみとして聞くだけだよ」
そういうマリトの眼は輝いている。
それも理由の一つになっていそうだな、うん。
「――わかった。ただそうなると頻繁にマーヤさんの所に訪れるのは気が引けてくるな」
「どういうことだい?」
ウルフェと共にマーヤさんの所で常識や言葉を習っていることを伝える。
「なるほど。こちらでそういう場を用意することは簡単だけど、急に鞍替えするのも恩知らずだね」
「そういうことだ。マーヤさんは嘘を見抜けるからそういう話を振られるだけでも辛い」
「心配は無いよ。ユグラ教が主体となって行う祭りの準備がそろそろ始まるんだ。彼女も忙しくなるだろうからね。その辺から切り替えていけば良い」
「そうなのか」
「念のため本の解読はしばらく後にしよう。君も言語取得を急いだ方が良さそうだしね」
ふと、気になることが頭に湧いた。
だが、それは余りよろしくない発想だ。
こそこそと悪巧みのような相談をしていたせいでそういう思考回路になっているのだろう。
とは言え、思いついてしまったものはしょうがない。
「それとは別に手配して欲しいこともある」
「なんだい?」
詳細をマリトに話す、マリトはなるほどと頷く。
「それはやっておく価値はある。手配しておこう」
「助かる、それじゃあよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ末永くね」
こうして無職は宮廷道化師的な立場へと異質なランクアップを果たしたのだった。
◇
彼が帰った後、マリトとラグドー卿は二人で部屋に残った。
「随分とはしゃがれましたね、陛下」
「ああ、期待以上に面白い男だった」
先ほどの砕けた態度はもうない。今は目の前にいる最古参の騎士団長と対話する王の姿だ。
「口調は可笑しくなかったか?」
「抱腹絶倒でした」
「……まあ彼と二人きりのときはあれで行く。息抜きにも丁度良い」
あんな言葉遣いで話したのはいつ以来だろうか、少なくとも王位を継いだ時からは使っていない。
下品だと叱られ使わないようになった言葉遣いも使いようはあるものだとマリトは笑う。
「先ほどの件、手配は任せる」
「御意に」
マリトは先程彼が座った場所に座る。
彼にとって俺の姿はどう映ったか、信用が置ける人間だと思ってもらえただろうか。
酒を傍の容器に注ぐ。
目を閉じ、彼との会話を思いだす。
「うむ、やはり欲しいな」
「既に協力者として獲得しているように思われますが」
「その点はな。だがこの国に欲しい」
ターイズは騎士を中心とした由緒正しい歴史のある国だ。
それ故に固さが残っている。
事実この国には世界を股にかける冒険者達が集まらない。
冒険者ギルドもあるにはあるのだが非常に小さなものだ。
誰もが歴史的に信頼を持っている騎士を頼る為だ。
そういった頭の固さのせいで悪知恵のある山賊にも苦戦を強いられた。
領土内に生息していた亜人の存在にすら気付いていなかった。
それらを容易く変えたのがたった一人の男だ。
彼の能力が優れていると言うわけではない。彼という緩みがこの国に動きをもたらせたのだ。
マリトは王になる前からも、この国の固さに窮屈さを感じていた。
「あの男はこの国の未来にとって有意義な存在になるだろう。だから俺のモノにしたい」
そう言ってマリトは酒を飲み干すのだった。