だから気軽に。
兄弟の心が若返った。最初に聞かされた時は何の冗談だと思ったんだが、詳しい事情を聞いてなかなかにやべぇことだってのは飲み込めた。
バラストスの屋敷に全員――つってもメリーアは別室で休んでいて蒼の魔王は隣の部屋にいるけど。とりあえず集合して話し合いをすることになった。
「なぁ兄弟。勉強をし直してるって聞いたけどさ、この世界の知識ってのは入れ直したのか?」
「最低限の範囲はね。それにしても兄弟って呼び方はどうも慣れないな」
「お、おう?」
「気にしなくていいよ。実の兄弟とは上手くいってなかった、それだけの話さ」
そういやそんな話を姐さんから聞いたような聞いてないような……。兄弟はこの世界に来る前は人間不信のような感じだったって聞くし……。
「別の呼び方にした方がいいのか?」
「いや、本物にもそういった呼ばれ方をされたことはなかったし、構わないよ。それで今後の方針だけど、手っ取り早く仕掛けようと思う」
「お、反撃に出るわけだな!ガンガン頼ってくれよ!そこまで強いってわけでもねぇけどな!」
「まずはエクドイクとミクス、二人は一緒にホルステアル商会に乗り込むことになる。次にケイールとハークドックはこの羊皮紙に書かれている仕事を処理して欲しい」
兄弟はポンと羊皮紙を渡してくる。内容は……ふむ?できなくはねぇけど……まあ、拍子抜けって感じだな。
「兄弟の字じゃねぇな。エクドイクの筆跡か?」
「流石に文字まで習得する時間はなかったからね。打ち合わせは以上だ」
「え、マセッタやラクラ、蒼の魔王はどうするんだよ?」
「んー必要ないかな。待機で」
あ、やっぱりいつもの兄弟とは違ぇや。すげぇバッサリと言いやがった。
「あ、あの尚書様、私達にも何かできることは……」
「ない。人手は必要だけど、それは別の方法で補充するから」
「ですが直接乗り込むのなら――」
「ラクラ、今回『僕』のやり方に君の力は必要ないって言っているんだ。マセッタと蒼の魔王も同じだね」
うおぉ……本当に同一人物なのか?姿形は全く変わってねぇから違和感しかねぇよ!?
「なぁ兄弟、その言い方はちょっと棘がねぇか?」
「そう?別に無能は必要ないとか言っているのとは違うつもりだけど」
「おい――」
「変な受け取り方をしないで貰えるかい?今回はラクラのような局所的に尖った戦力を使うタイミングがないんだ。それともラクラやマセッタはエクドイクと同等のマルチタスク、複数の作業をそつなくこなせるのかい?」
「それは……」
「本当なら乗り込むのに必要な人材はエクドイク一人あれば足りるんだ。だけどミクスはマリトだっけ?そいつから『僕』の警護を解くなと命令されているんだろ?だから仕方なくだ」
「だけどよ兄弟――」
「ピリピリしているのも、刺々しく感じているのも君らの緊張が起こしている症状だよ。そんな相手に気を遣って譲歩をして、作戦が失敗するデメリットを抱え込めと提案するのならさ、その責任は取れるんだよね?」
うおおお!?俺の考えていることも全部先読みされてやがる!ダメだ、俺の頭じゃこの兄弟に妥協してもらうことすらできそうにねぇ!だけどよ、だけどよ!?なんかこんな空気、嫌じゃねぇかよ!
「落ち着けハークドック。同胞はいつも以上に説明不足なだけだ。ラクラやマセッタを連れて行かないのはそのやり方が二人の性格に合っていないものだからで、ハークドック達に与えた仕事にも向いているわけじゃない。同胞の思惑通りにいけばまともな戦闘は起きない予定だ」
「……そうなのか?」
そりゃあ俺の方の仕事はラクラやマセッタにはちょっと向いてねぇ、ケイールはその才能を使うから仕方ねぇってだけだしな。
「確かに君らを使おうと思えば色々思いつくことはできるよ。人である時点で使い道なんていくらでも思いつくわけだし。だけど本当の無能というのは正しい使い道を考える立場でありながら、それらを怠る奴のことを言うんだ。君らは使い潰しできる人員じゃない。未来の『僕』が使い捨てにしたくないと判断している貴重な人材だ。そういう扱いを受けてきた自覚くらいはあるだろう?」
うおう、朗らかな顔のままよく喋りやがるな……。そりゃまあ……ここで死んでくれって言われた覚えはねぇけどさ。命懸けで戦うくらい、なんてことはないつもりだ。
「それとも君達は今の状態の『僕』に死ねと言われて死にたいのかな?」
「それはない。俺は同胞の為ならば命を危険に晒す覚悟はあるが、死ぬと分かっている仕事は受けられない」
「それでいい。でも命を賭けるとか、馬鹿みたいなことは『僕』に言わないことだ。本当にそのつもりで使い棄てるからね」
「む……では死なない範囲で善処させてもらおう」
エクドイクの奴、空気を読めてないっつーか、読んでないっつーか……。だけどおかげでちょっと頭が冷えたぜ。兄弟は別にラクラ達を役立たずだとか思っているわけじゃねぇ、多分本当に出番がねぇんだ。結局は適材適所を考えたやり方ってのは変わらねぇってことなんだな?
「じゃあ俺はこの仕事をやりゃいいんだろ?いくぜケイール!」
「は、はい!」
「待てハークドック」
「ととっ!?エクドイク……人が気合い入れたばっかりだってのに、すぐに止めんなよ……」
「それをラクラ達に見せておけ。『蒼』やラクラ達には向いていない裏方の仕事であることをきちんと説明してやってくれ」
あーそっか。そうだよな。俺はこれがあったから納得してんだし、ラクラ達もこれを見といた方がいいよな。それにしてもエクドイクの奴、随分と周囲に気を遣えるようになってんじゃねーの。
「――それじゃあ『僕』も仕込みを済ませよう。いやぁ明確な敵がいるってのはさ、本当にいいことだよね。追い詰め甲斐がある」
「……」
……強ぇ奴の覇気とか殺気とか、そういう感じの怖気はいくらでも感じてきた。本能様のおかげで気を失うレベルの危険も察知できるわけだしな。だけど今は背筋に冷たい剣でも突っ込まれたような気分だ。本能様は今の兄弟を危険とみなしちゃいねぇ、だけど俺個人がビビっちまった。なんでコイツはこんなに朗らかに笑ってられるんだ?
◇
コミハと共にソライドの部屋へと入る。いつ嗅いでもこの甘い薫香の匂いには慣れそうにない。この場所に長く入れば、それだけで脳が麻痺してしまいそうだ。
「やあスマイトス、それとコミハ。随分と緊張した顔をしているじゃないか」
「そ、そんなことは……ないです……」
誰のせいだと思ってるんだ、誰の。仲間だろうと躊躇なく人の記憶を奪って愉しむような奴を前に、堂々とできるほどコミハの心は強くない。
「スマイトスもそんなに警戒しなくていいだろう?別に女に困ってはいないんだ。二人に手を付けようとかそんなつもりはないよ。むしろ二人には朗報を教えようと思ってね?」
「朗報……?」
「以前軽く説明したユグラの星の民だけどさ、このトリンの拠点にちょっかいを出そうとしているのが確定した。君達にはその対応としての戦力になってもらいたい」
「そ、それの何処が朗報なんですか!?」
戦力と聞いて、コミハの目には既に涙が浮かんでいる。争いを嫌う彼女にとっては仕方のないことだ。
「もしも君達が成果を出せた場合、君らをセレンデの方へ回してもらえるように交渉してあげるよ」
「――それは本当?」
「嘘じゃないさ。君達が俺を嫌っていることは知っているし、俺からしても君らは邪魔なんだよね。俺はこのトリンの気候が好きだから、君達にいなくなって欲しいってことでリティアルに報酬として交渉を済ませてある」
ソライドはトリンにいる落とし子の管理を行っている。だがリティアル様と違いその扱いは暴力的で、自らの力で相手に恐怖を植え付け歯向かうことや逃げる勇気を奪ってくるのだ。コミハも私もソライドには一度記憶を奪われた経験がある。突如全てを思い出せなくなる恐怖は記憶が戻ってもなお、簡単に忘れることはできないだろう。
「他の落とし子達はどうするつもり?」
「自分の才能すら満足に引き出せていない連中なんてどうでも良くない?」
「貴方にとってはね。だけど私にとっては同じ境遇の姉妹のような者達よ」
「トリンにいる限り、俺の管理からは逃れられないからなぁ……。なら一緒に連れて行ってもらえる?正直どうでもいい奴らの面倒を見るのって精神的苦痛でしかないんだよね」
「わかった。なら協力するわ」
ソライドは確かに管理者としては優秀だ。人の恐怖を的確に操り従え、歯向かうものは容赦なく処分することができる。だが管理される側としては堪ったものではない。それこそ世俗から浮いていた頃よりも居場所があるというだけで、まともな自由などないのだから。
「一応確認だけどさ、スマイトスの才能は免疫力だったよね?」
「ええ。私はあらゆる毒や魔力干渉に強い耐性を持つわ」
毒で死ぬことはなくとも、毒で苦しまないということではない。この才能に気づかれた時、私は薬師である男に実験道具のように扱われた。新薬の開発の為と劇薬を飲まされ続け、拷問のような日々を味わった。リティアル様に救われていなければ、私の心はどうなっていたか……考えることすらしたくない。
「敵の中には『殲滅の刃』、ミクス=ターイズがいるんだよね。毒ナイフやらを多用してくる相手だから、君なら相性いいだろう?」
「ナイフに耐性があるわけじゃないのよ。まあ、そういった小細工をするナイフ使いなら純粋な戦闘力は低いと思うけど……」
私の左手は毒手だ。皮膚からでも浸透し、相手の自由を奪うことができる。この毒手を相手に命中させるための訓練を、血反吐を吐くほどに繰り返してきた。一介のナイフ使いならば十分に仕留めることができるだろう。
「あとエクドイクって鎖使いもいるらしい。コミハ、物に対する操作力は君の得意分野だろう?」
「は、はい……」
コミハは物質に対する干渉能力がずば抜けている。本人が操る糸の絶技も戦闘力として申し分ないし、魔法で操作している物があるのなら、その支配権を奪うことすら可能だ。ただ彼女の性格的欠点として、近接戦をまるで行えないというものがある。そこは私が徹底して補佐しなくてはならないだろう。
「イリアス=ラッツェルという名のターイズ騎士、ウルフェという名の白い亜人と遭遇した場合は逃げて構わない。その二名なら俺が相手をすることができるからね」
ソライドの戦闘力は群を抜いて高いというわけではない。この男の強さは純粋な戦闘能力ではなく、相手の心理すら掌握する冷酷さにある。今この場で私が仕掛ければ、もしかすれば勝ち目があるかもしれない。もっともそれをして失敗してしまえば、私の心は一生あの拷問のような日々の記憶から抜け出せないままになるのだろう。その恐怖を背負ったまま、この毒手を振るう勇気は……私にはない。
部屋の扉を乱暴に開け、一人の男が入ってくる。ホルステアル商会の者ではなく、ソライドの私兵として扱われているゴロツキの一人だろう。
「ソ、ソライドさん!トリン軍がこの場所に向かってきてやすぜ!?」
「トリン軍が……?あーあれかな?この前ユグラの星の民を襲った時、町中で魔法を放ったからね。それなりに被害者はいただろうし」
この男は……リティアル様に自粛して生きろと言われていないのか!?そんなことをすれば流石のトリン軍も動くに決まっている。この場所に向かっているということは、先程のユグラの星の民と関連している可能性だってあるのだ。
「ど、どうしやすか!?」
「どうもこうも、ここにはツドァリの用意した地下室がある。俺はそこに避難しているよ。君は帰りなよ」
今はセレンデにいるが隠密行動に長けた才能を持つ落とし子、ツドァリ。彼女がこの商館に施した仕掛けにより、あらゆる探知手段を掻い潜ることのできる地下室が存在している。
その地下室に対しての魔法による探知は勿論のこと、入口の近くでは探そうという気分すら失われてしまう。以前トリン軍がこの場所を調べに現れた時も、私達はその地下室に避難することで発見を回避することができた。その能力は信頼に値するだろう。
「コミハ、他の落とし子達の避難を頼む。私は商会の人間に紛れ様子を伺う」
ホルステアル商会に寄生しているだけのソライドとは違い、私は商会の人員としても仕事の手伝いをしている。外の様子を確認し、どのような名分でこの場所に現れたのか、今後の行動を把握しておく必要があるだろう。
従業員としてホルステアル商会の顔役、ランドスレの傍へと向かう。ランドスレは正面からやってきたトリン軍と話をした後、この商館にいる従業員全てに招集の命令を出した。程なくして全員が集められると、トリン軍の将軍オデュッセが事情の説明を始めた。
「数日前に町中で魔法を使用し、複数人に危害を加えた者がこの商館に匿われているとの報告があった。これよりこの商館内の調査を行う」
やはりソライドの一件か。本当にあの男は面倒事を引き起こしてくれる。だがあの地下室が見つかることはまずないだろう。兵士達は直ぐに商館に入るのかと思いきや、荷馬車から樽を降ろし始め商館内に運び込もうとしている。流石にその不審な様子を見てランドスレは声を掛けた。
「その樽は一体?」
「この中には魔封石の欠片が入っている。犯人は魔法に長けた人物であり、何かしらの魔法で我々の調査の目を掻い潜る可能性があると指摘があった。ゆえにこれらを撒きながら調査を行う。清掃に関しては調査が済んだ後に別の人員をここに派遣する」
そういって兵士が樽を開くと中には小石くらいの大きさの魔封石が敷き詰められていた。なるほど、悪くない手段だ。もしも並の魔法による隠匿ならばこれで破られていただろう。だがツドァリの施した処方は他国の暗部の仕込みに更に改良を加えたもの。地下室に魔法の構築はあれども、特異な効果を施しているのは発生している魔力でありこの程度の規模の魔封石ならばまず影響は受けない。
「調査の間、皆様にはこの場で待機してもらいます。既にこの商館の周囲は兵士で包囲してありますので妙な真似はしないようにお願いします」
その周囲がこれといって騒がしくないことから、先程情報を伝えに来たゴロツキは無事に逃げられたのだろう。包囲するまでの間にそれなりの時間は掛かっただろうし、商館の近くにはゴロツキの溜まり場が存在している。近くにいたところでそこまで怪しまれるかと言われれば半々ではあるが、確信を持たれるほどではないだろう。
調査自体は滞りなく進み、一時間もしないうちに商館内に入っていった兵士達は戻ってきた。落とし子達が見つかった報告などはなく、地下室の発見には至れなかったのは間違いない。
「報告します!内部にある全ての部屋を探索しましたが、人の姿は一切確認できず!」
「む……そうか……それで、どうするのだ?」
「とりあえず従業員に話を聞いたら解散でいいかと」
今オデュッセが別の兵士に質問していたように見えたが……この現場の指揮はオデュッセが執っているのではないのか?オデュッセは兵士に命令し、従業員達に人相書きを見せながら簡単な質問を始めていく。
「この人物に心当たりはないか?」
「殺してやりたくなるほど不摂生そうな男ですね」
質問は簡素でこれ以上の追求はなかった。ユグラ教の聖職者の姿でもあれば色々と対応を考えなければならなかったが、軍を用意した割には随分と抜けた調査だ。
「お、おい、あの煙はなんだ!?」
兵士の一人が商館を指し示しながら声を上げる。その場にいた者達が商館の方を見ると、その箇所から黒い煙が立ち込めていた。そして直ぐに黒い煙の中から火の手が上がるのを確認できた。
「か、火事だ!誰か火の始末を忘れていたのか!?凄い勢いで燃え広がっているぞ!」
「落ち着け!従業員は全員外に集めていて無事だ!手配している人員の中には水魔法を扱える者もいる。全員商館から離れるんだ!」
兵士達の誘導の下、従業員達は商館から距離を取る。その間にも火の手は広がり、商館全体が焼け広がってしまった。これは意図的な放火なのか?トリン軍がこのような動きをするとは考えられない。ならばユグラの星の民が噛んでいると考えるべきだろう。
幸いにもツドァリが処理を施した地下室は石造りであり、商館が燃えていようとも中に避難している者達に影響はない。煙は多少入ってくるかもしれないが、ソライドとコミハが入れば魔法で対処できるだろう。
「いやぁ、それにしてもこの距離でも熱いですね。オデュッセ将軍」
「そりゃあそうだが……これはまさか……」
「火の手が上がった時、我々は外にいましたからね。誰か火の始末を忘れただけかもしれませんよ?」
一人の兵士が火の気に当てられて、暑苦しそうに兜を脱ぐ。黒い瞳に黒い髪、報告にあった特徴と完全に一致している。間違いなくユグラの星の民だ。ユグラの星の民は従業員側を眺め、私と視線が合った直後、私の方を指差した。
「――エクドイク、ミクス、その女だ。『僕』を敵と認識している」
その言葉の意味を理解し体が反応するよりも早く、全身の動きが封じられ地面に組み伏せられた。全身には鎖が巻かれており、さらには脹脛にナイフが突き立てられている。ユグラの星の民だけじゃない、その味方までトリン軍に変装して……!?
「む……毒の効きがいまいちですな。エクドイク殿、少し拘束を強めにお願いしますぞ」
「了解した」
「他にはいない感じかな。もう少し従業員に落とし子が混じっていると思ったんだけどな」
「こ、これは何の真似ですか!?」
突如従業員を攻撃されたことでランドスレが抗議を行っているが、兵士達が抑えてしまっている。ユグラの星の民はゆっくりと私の方へと歩み寄り、朗らかな笑顔を向けてくる。だがその笑顔は何かがおかしい。何の深さも感じない。強者特有の余裕も、敵が滲ませる敵意や殺意も。そう、まるでただ知り合いに対して微笑んでいるだけのような……。
「やぁ、君は敵だよね?『僕』とお話をしよう」




