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異世界でも無難に生きたい症候群【完結】  作者: 安泰
選択編

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だから揺れない。

 通信用の水晶による連絡では、俺とラクラがバラストスの所で診断を受けている間に同胞とメリーアが敵の落とし子と遭遇。短時間ではあるが戦闘になったと聞かされ慌ててトリンへと戻った。

 ミクスは二人を連れてトリンにあるオデュッセの住む家に避難していた。ホルステアル商会から戻ったメリーアが尾行されていたことを考慮して、手を出しにくいトリン軍の将軍の住処を利用するのは悪くない選択だ。拠点はハークドックとマセッタに任せ、ラクラと『蒼』を連れて目的の場所へと到着した。


「同胞!メリーア!無事か!?」

「おお、エクドイク殿。お待ちしておりましたぞ!」


 出迎えてくれたのはミクスとオデュッセ。同胞とメリーアの姿は見えない。ただミクスの表情から困ったことになっているのはすぐに察することができた。


「ミクス、二人におかしな変化が表れたと聞いたが、どんな状況だ?」

「メリーア殿は今お休みになられております。ご友人は……直接見た方が早いかと」


 案内された部屋の一室に同胞はいた。これといった変化は見られないが、俺の姿を見た瞬間直ぐにあの目になって観察をしてきた。この目で見られることは久しいが、やはり背筋が凍るものを感じる。


「こいつがさっき言っていたエクドイクかな?その奥にいるのがラクラと……蒼の魔王?魔王っていう割には普通の亜人っぽいね」

「……俺のことを覚えていないのか?」

「うん。覚えていない、そう表現すべきだろうね。少なくとも『僕』は君達を知らない状態だ」

「尚書様、割と普通にしていますね……雰囲気は大分違いますけど……」

「現状を信じきるのは気が進まないけど、魔法や亜人が存在している時点でここが異世界なのは受け入れるしかないからね。とりあえず君達に害意や敵意がないことは理解できた。ミクス、説明ありがとう。とりあえず現状起こったことをまとめるとしよう」


 同胞は今自分とメリーアに起きた状況を説明し始めた。ソライドと名乗る落とし子の魔法により、同胞とメリーアはある地点から現在までの記憶を失っているらしい。同胞は数年前、メリーアはおそらく十数年前まで遡った状況らしく、この差はソライドの攻撃対象がメリーアであったこと、同胞は間接的に巻き込まれたことが考えられるそうだ。


「そうなるとメリーアは姉を失って間もない時期まで戻されたということか……」

「『僕』としてはついさっきまでニホンで生活していた状態でいきなり異世界だ。しかも『僕』のことを知っている連中に囲まれているといった素敵な展開だからね。それにしても随分と体が逞しくなったものだ。異世界の生活がどれだけ不便かよく分かるよ」


 同胞は体の調子を確かめるかのように動かす。この世界に現れた時に比べ、随分と体力や筋力が増しているらしい。


「ご友人には私が知る範囲の経緯を説明したのですが、驚くほど適応しておりますな」

「内心は色々複雑なんだけどね。それにしても言語の壁やら簡単にクリアしてくれる辺りご都合主義だよなぁ」

「しかし記憶を奪う力か……かなり危険な力だな……」


 体に変化は現れていないものの、これまでに経験した記憶が消えるということは大幅な弱体化に繋がる。十年もあれば人は様々なことを学び、成長する。元々戦闘技術のない同胞は大丈夫だとしても、メリーアは……。


「ただソライドの力が具体的にどのようなものなのか、その辺はまだハッキリしていないんだよね。記憶を奪うのか、消すのか、取り戻すことはできるのか、内容によっては対応を変える必要があるんだけど。バラストスだっけ?大賢者って奴ならもう少し調べられるかもしれないね」

「ふむ……当面の方針は調査をしてからということでしょうかな?」

「そうだね。だけどミクス、君はソライドに正体がバレたんだろ?亜人に変装していてもバレたってことはそれなりに雰囲気が出てたんだろうけど、これで『僕』達が亜人に変装していることも伝わってしまっている。『僕』のことも含めてね」


 ソライドからすればミクスが亜人の姿をしていたことで、自分が攻撃を仕掛けた対象が同胞であることを確信していても不思議ではない。商人として潜り込む作戦は瓦解してしまったと考えるべきだろう。


「それでは早速バラストス殿の所へ向かいましょう」

「その前に、『僕』らの拠点に『僕』の私物があるよね?誰かそれを回収して欲しい。数年経っても『僕』は『僕』だ。今後の方針を考えるのに必要な情報をまとめているはずだ」

「では私がご友人、メリーア殿を連れて行きますので、エクドイク殿、ハークドック殿とマセッタ殿も一緒に頼めますかな?」

「ああ、わかった。だが同胞は今の状態で飛行できるのか?」


 クトウへの命令はそれなりに複雑だった気がするのだが、記憶がない同胞では満足に飛行することはできないのではないだろうか。


「この木刀に取り憑いている悪魔、クトウだっけ?」

「イエッス、アルジサマ。クトウ、ベストパートナー!」

「君の使い方とかまるでわからないんだけど」

「オウ……。クトウ、カッテナコウドウ、デキナイ。アルジサマノメイレイ、イエスマン」


 クトウは悪魔、当然ながら自我を持っている。だが紫の魔王の手によってクトウは自発的な行動を制限されている。これは同胞の為というより、マリトを含めた協力者に対する配慮だ。常に同胞が携帯しているクトウが自己の利益の為に動くようなことがあればと、保険を掛けているわけだ。


「『僕』らを運んで飛べとかで良いの?」

「チョットチガウ、デモダイジョーブヨ。ニュアンストカ、ナントナクツカメルヨ!」

「大分不安になる回答だね」

「そもそもクトウじゃ定員オーバーでしょ。トリンの王都の外にダルアゲスティアを潜伏させているわ。あの子で移動しましょ」


 それが妥当だろう。クトウでの移動の方が目立ちにくいが、今は敵の手が迫っている可能性もある。戦力の高いダルアゲスティアならばそう簡単に手を出されることもないだろう。


「確かご友人はクトウへの命令のマニュアルを作成していましたな。後ほどそれを確認すればよろしいかと」

「ああ、そういうの作ってるんだ。思ったより順応しているんだね、未来の『僕』は」

「……」


 同胞達はバラストスの所へ向かっていった。現在の記憶を失ったことでどれほどの影響が出ているかはわからないが、同胞の能力としては然程失われていないように感じる。ただ実際には見知らぬ者達から長い付き合いのある仲間だと言われているのだ。それ相応の負担を掛けているだろう。俺達に対する距離感がいつも以上に離れているのがはっきりとわかった。

 それにメリーアの方は……。彼女は父親に続き最愛の姉を失ったばかりの精神状態に戻されてしまっている。元に戻す方法があれば良いのだが、これまでの経験全てを失ったままだとすれば……。あの時メリーアに掛けられた言葉や思い出が全てなかったことになるのだろうか。聖騎士を目指し、心を鍛えたメリーアだからこそ、俺のような男を許してくれたのだ。もしもまた同じ懺悔をしたとして、俺は許されるのだろうか。


「……いや、そもそも許してもらうつもりはなかった。俺は償うべき罪を償えばいいだけのことだ」


 俺はメリーアに救われた、ならば今度は俺が救わねばならない。そうでなければレイシアに顔向けすることができない。傲慢だと思われるかもしれないが、レイシアが護ろうとしたものを俺が護ることが俺にできる償いなのだから。


 ◇


 自室に戻ると、リティアルがお茶を淹れている最中だった。その様を見るに、本当にネクトハールのお茶くみとしての期間が長いんだろうなって思う。


「そろそろ戻ってくる頃だと用意しておいたよ」

「別に喉は乾いちゃいないけどね。ただ収穫はあったね、ユグラの星の民と接触した」

「おや、見つけ出すことに成功しましたか」

「そう難しい話じゃなかったよ。確かにユグラの星の民との騙し合いとなれば俺の方が不利なようだったけど、奴は自分で全てを行うわけじゃない。その協力者を狙うことに専念すれば思ったよりも楽だったね」


 人には得意不得意が存在する。ユグラの星の民が主軸となっている理由はその知略の高さだ。ならばその周りにいる連中はその分野以外を得意としている可能性が高い。知略家は二人いても場が上手く回らないものだ。


「それは何より。私の出番がないのはありがたいことだ」

「最初は情報にあった黒狼族かと思ったけどさ、魔法か何かで亜人の耳と尻尾を生やしていたね」


 あの『殲滅の刃』、ミクス=ターイズが亜人の耳と尻尾を持っていたことでその仕組みには気づけた。あれがなけりゃ黒狼族の協力者かもしれないって疑惑が拭えなかった。


「それで、結果は?」

「奴の仲間の一人に俺の力を使った。ついでにユグラの星の民も巻き込んだ形になったな。片方はガキの頃にまで心が戻されたけど、あの男はどれくらい戻っているかは悩ましいところかな」

「いつ聞いてもその呪いの力は恐ろしいものだね。記憶に対する干渉力、本来ならば自分の記憶を鮮明に保ち、不要な記憶を綺麗に忘れることができる程度の才能だというのに。音を媒介にして他者に強制的にその改竄を適応させるまで昇華しているのだから」

「俺としちゃ、説明もしてないのにそこまで把握してる君の方が恐ろしいけどね」


 元々この力は嫌な経験を忘れる現実逃避の為に磨いた技だ。俺は苦痛のない日々を過ごせればそれでよかった。だけどまあ、ある日思った。『なんで俺に不快な思いをさせた奴のことを忘れてやらなきゃならないんだ』って。その発想が浮かんでからは簡単だった。相手にとって大切な記憶や経験を奪うことでそいつの人生全てを無価値にする。そんな便利な武器を手にすることができたのだから。


「だがソライド。君の力は有限だったとネクトハールからは聞いているが」

「ああ、他者に与える力に関しちゃ呪いとして組んだものだからね。呪いが解除されればそれまでではある。ただユグラでもいないと、俺が解除しない限りは一生解けやしないさ」


 俺の杖を媒介にして、相手の過去の記憶に楔を埋め込む。そうすればその相手はその過去の地点からの記憶から現在の記憶を新たに取得し直すことになる。この呪いは付与する時には魔力を消費するが、結果を維持する為に魔力は必要としない。杖と連動して楔を維持し続ければ効果は永続する。


「杖を破壊されるか、君が死ぬまではってところかな。魔封石による魔法の構築の解除の影響は受けるのかな?」

「俺が付与する楔は魔法の構築とは違う。直接的な概念付与のようなものさ。呪いを仕掛けるタイミングなら無効化できなくはないけど、楔そのものを解くなんてことはできないだろ?」

「落とし子の才能というのはつくづく魔法の粋を超えているものだね。まるで魔王に与えられた超越的な力と同じだ」

「そりゃあ用意した奴が一緒だからね。仕留めきれなかったのは惜しかったけど、オマケでユグラの星の民の記憶を奪えたのは大きい。奴らは手の内を暴かれ、弱体化した。今頃見知らぬ仲間相手に疑心暗鬼になりながらちぐはぐな方針を立てているころだろうさ」


 俺の力は相手の経験を奪うだけじゃない。不和の種を植え付けることも可能だ。周りは自分のことを知っているのに、自分は誰一人として周囲との関係を思い出せない。その恐怖は進む足を鈍らせるには十分過ぎるものだ。周囲の者との連携が満足にできない知略家なんて取るに足らない存在でしかない。


「あまり油断はしない方がいいだろう。人間の本質というものは幼子の頃から変わらないものだ。ユグラの星の民の記憶が過去に戻ったからといって、無力化できたわけではないからね」

「油断するつもりはないさ。だからミクスとやり合うことを避けて戻ってきたわけだしね」


 あの女の噂は耳にしている。格式高い冒険者ギルド、モルガナに身分を隠したまま加わりランク2まで上り詰めた実力者。単身でいくつもの盗賊団などを壊滅させた逸話も有名だ。まともにやり合えば間違いなく俺の方が殺されるだろう。

 ミクスだけではない。ユグラの星の民が回復しトリンに姿を現したということは、蒼の魔王の魔族となったエクドイク、ターイズで行われた剣術大会で優勝を収めたイリアス=ラッツェル、大悪魔を複数討伐したとされるユグラ教の聖職者ラクラ=サルフなども戦力として現れるだろう。

 そういった連中は罠にさえ嵌めてしまえば、俺の力一つでいくらでも無力化できる。その域まで達する為にどれほどの労力を費やしてきたかは知らないが、俺はそれを無価値にできる。誰であろうと読み勝つことさえできれば、いくらでも対処できるのが俺の力だ。

 ゴロツキどもだけではそろそろ心許ない。戦力として使える奴らも導入する頃合いだろう。


「他の落とし子の手を借りることは構わないが、使い潰す真似は避けるように。彼らだって我々の同士なのだから」

「リティアル、俺の考えていることが読めているのなら心配する必要はないだろう?」

「読めているからこそ、彼らのことを心配しているのさ」


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