だから商いを。
トリン、この大陸において最も北側に位置する大国。しかし日本とは違い北上しても気温が下がるということはなく、むしろ温かい気候が頻繁に流れてくるため暑いくらいである。また海に面している大国の一つであり、漁業が盛んなのも特徴的と言えるだろう。しかしそれ以上に特徴として、国民における亜人の割合が多いのがこれまでの国との大きな違いだろう。
人間側の領土において亜人と呼ばれる者達の風貌は様々に分かれているが、大きく分ければ二つとなる。それは非獣系と獣系である。
非獣系とはファンタジーの常連さんであるエルフやドワーフなどが挙げられる。彼らはほぼ全てがセレンデに集中している。
獣系は主に耳や目が何らかの獣と同じような造りになっている。かつては同じ種族で集落を作っていたため、○○族といった感じで括られていたのだが、時代の流れにより異なる種族との交配が進んでいた。それにより外見による判断がつきにくくなったため、獣系亜人達は種族を名乗るのを止めるようになっていた。まあ貴族のように血を大切にしている者達もいないわけではないらしいのだが。
さて、ここまでトリンの大まかな情報を整理したのには理由がある。ラーハイト一派の逃げ道を防ぐため、本丸ではないトリン側の攻略を進めることになったのだが、ここトリンの人口の大多数が亜人なのである。普通の人間もいるにはいるのだがその大半は他国から稼ぎに来た商人、冒険者だ。何が言いたいのかというと、日本の田舎で外国人を見かけた時の反応が起こるといえばわかるだろうか。人間というだけで目立つのである。
「そんなわけで、対策としてノラの開発した魔法により耳や尻尾を生やし、亜人を装うことにしたわけだが……」
こう、ただでさえ異世界の連中はコスプレ感が残るのに、そこにケモ耳や尻尾まで備わると属性過多な印象を抱かざるを得ない。そういうお店に連れて行かれた経験があるのが一番の原因なのだが、それをこいつらに説明したいとは思わない。
ひと目でわかるのはミクス、豹柄の耳と尻尾なので非常にわかりやすい。ラクラはペルシャ猫のような感じ、エクドイクはラブラドールレトリバー、ハークドックはポメラニアン、ケイールはチワワといったところか。ノラ曰く、当人の性格が現れるそうだが、犬率が多くないか?
元々亜人である『蒼』はほぼいつも通り、ほぼとは角が目立つためにターイズの町並みを歩く時のように魔法で消している。つまるところ馬の耳と尻尾だけが見えるという状況だ。
「似合ってますぞ?ご友人」
「そりゃどうも。だが目立ちそうなんだよな」
そして『俺』は何故かウルフェの種族、黒狼族のような耳と尻尾になっている。耳や尻尾の毛色は元々の髪色に寄せられており、黒色は結局目立たざるを得ないのだ。
髪の色を変える魔法などを併用できないかとノラに改善の相談をしたのだが、この魔法は非常にデリケートな魔法らしく難しいと言われてしまった。実際凄い魔法でハークドックレベルの探知魔法を使わない限り、魔法による変異と気づかれないらしい。おまけに匂いなどでもバレないという。
「まあご友人は外出を控えるか、頭に何かを被ったほうがよろしいですな」
「尻尾はどうするんだよ」
尻尾もある程度自由に動かせるのだが、この黒いしっぽの長さはかなりのものだ。これを覆い隠すような格好だと目立つし、何より暑い。ミクスは特に気にしたような素振りはないが、ラクラがソファーの上でいつも以上にだらける程度には暑い。
「ふーむ……斬り落としますかな?」
「神経の通った部位を切り落としたくはないな。極力夜に行動することにする」
ちなみにこの魔法の維持にはクトウの力を借りているため、クトウを手放せば解除される。ただし、再度発動させるにはターイズに残ったノラがいなければならないので常に手放せなくなってしまった。就寝や風呂、トイレの際にはクトウから伸ばした触手を体の一部に括りつけるようにしている。ノラを連れてきたかったが、『紫』が必要だって言うんじゃ仕方ないよな。
などと考えつつ、自分の尻尾を触っていると家に何かしらの不備がないかを調査していたエクドイクと『蒼』が顔を出してくる。
「家の調査は済んだぞ同胞。トリンについたのはいいが、これからどうするつもりだ?」
「まずはこの家を提供してくれた人物、オデュッセと今後の方針を相談する」
トリンで活動するためには現地の人物との連携は必要不可欠だ。そこで比較的信用のおけるオデュッセ将軍に連絡をとった。事情を話したことでオデュッセは快くこの空き家を提供してくれた。彼も国にラーハイトのような危険人物がいることは快く思っていないらしく、非常に協力的に行動してくれている。
「エクドイク兄さんー、魔法で気温下げてもらえませんかー?」
「ん、わかった」
「自分でやりなさいよ、ラクラ……」
「暑過ぎてしんどいんですぅ……」
この暑い地域でいつもの司祭服を着ているのが悪い。しかも尻尾が増えたおかげで中は更に蒸れていることだろう。むしろ全身に鎖を巻いて暑がらないエクドイクのメンタルが異常なのだ。
エクドイクが部屋の気温を魔法で下げると、ラクラの表情が健やかになっていく。だらけているのは変わらないが。
「ふぃー、ありがとうございますー」
「メジスは魔界の侵食が深いせいか、気温が低いからな。トリンのこの暑さはメジス出身者にはなかなか堪えるだろう」
「お前もそのメジス出身なんだが、しかもそこでだらけてる奴と血縁だし」
「俺は鎖の温度を下げて全身に巻いているからな。問題ない」
「エクドイクの近くが涼しいと思ったのはそういうわけね……」
なるほど、しっかり対策してたというわけだな。賢い。ラクラも見習えと言いたいが、ラクラは複数の魔法を同時に使用するのが苦手だ。部屋の温度を快適に保とうとすれば他のことに手がつかなくなってしまうだろう。
「同胞は大丈夫なのか?」
「このくらいの暑さは故郷でよく経験している。といっても、外での肉体労働ができるほど余裕があるってわけじゃないがな」
真夏日よりかはマシな程度、流石にこの気温で走り回るというのは無理がある。それにしてもエクドイクはトリンにきてからというもの、随分と活発的だ。なんというか、人に対しての気遣いが目立つ。その原因は多分彼女にあるのだろう。
「兄弟、買い出し行ってきたぜ!」
「ちょっとハークドック、入り口で止まらないでよ」
「っとと、帰ってきたわね」
買い出し組が戻ってくる。ハークドックとケイール、そして新たに増えたメジス組のマセッタさんとメリーアだ。
マセッタさんに関してはラクラと同じ司祭であり、モルガナの冒険者としてもそれなりの知名度がある。ユグラ教の聖職者でも十分な評価を持っており、ハークドックと共にセラエスを追い詰めた功績が認められての抜擢だ。
メリーアは聖騎士になりたての新米。ケイールと同じ立場のようなものではあるが、我々が魔王と協力関係にあることに対し、偏見的な考えを持たないということで聖騎士団長ヨクスによって指名されたらしい。しかしエクドイクの知り合いが選ばれるというのはなんというか、世界は狭いなという感想が漏れる。こちらとしてはやりやすいのでありがたいことなのだが。ちなみにマセッタさんは猫型でメインクーン、メリーアは犬型のチャウ・チャウのような感じである。ほんと犬型が多いな?全員がこの国で一般的な私服を着ている。トリンの服は他の国に比べて布が少ない。まあ健全な範囲なので恥ずかしいということはないだろう。
「エクドイクさん、購入した物の確認をお願いします」
「ああ、外は暑くなかったか?」
「大丈夫です、いつもは鎧を着ているのであまり大差ありませんよ。あ、同胞さんもお水をどうぞ」
「ありがとな」
「……」
メリーアはエクドイクに対し、随分と懐いているような印象を受ける。エクドイクもメリーアに対して接する時は随分と穏やかな感じだ。『俺』の呼び方もエクドイクと似ており、誰かさんが不在の間に色々とあったようだが互いに良い関係を築けているようでなによりだ。まあ、ハークドックが気絶しないように隠れてこちらを見ている『蒼』の二人を見る目が些か気になるが、そこはおいおいどうにかしていくとしよう。
「あ、あの先生。先生に頼まれた物ですが……」
「ありがとうケイール。その辺に置いといてくれ」
ケイールは『俺』のことを先生と呼んでいる。名前を名乗れないのでどのように呼ぶのかと気にはなっていたが、ケイールの騎士団団長であるレアノー卿から『彼から色々なことを学んでくるように』と言われてこうなった。凄く根は真面目なので、悪いところを吸収されないように気をつけなければならないだろう。ちなみにマセッタさんの呼び方だが――
「だ、代表さん。言われた通りクアマの大まかな店のリストを用意してきました。ど、どうぞ」
という感じだ。第三勢力の代表であることには違いないが、今の所顔役はジェスタッフなのだ。だがそもそも名前を教えられないのが悪いし、その辺はあまり気にしないでおこう。
ただどうもマセッタさんはこちらに対し、緊張を隠せないでいる。怖がられているというよりは恐縮されているといったところか。気軽に接してくれと言いたいが、エウパロ法王と対等な関係に映ってしまっているし、常識人のマセッタさんには難しい注文だろう。
「ふむ……トリンはちょっと同じ系列の店が多いな。ターイズと比べ個人間の競争が多いと考えるべきか」
「ターイズと違ってトリンは中規模な集落が多いですから、他の都市の商人が多く顔を出しているのですぞ」
「その辺はクアマと一緒、というかターイズやガーネの方が珍しいだけか」
ターイズは地方を管理する領主、貴族がターイズの王都に集中して生活をしている。それゆえに中規模な集落が生まれにくい。王都に発展力を集中させているような形だ。ガーネに至ってはそれをさらに顕著にしている。集落すら集めているようなもんだし。
「野心を持つものが多く、栄えやすいといえばやすいですが、その分治安はよろしくないかと」
「普通はこのくらいの方が自然なんだよな。じゃなきゃ国は栄えない。ターイズやガーネが衰退しないのは王の手腕によるものが大きいからな」
競争相手が多ければ多いほど、生き残るために店は独自性を持つ努力を行う。値下げ競争に関しては規模の大きいところが勝つだけなので、品質や希少品の扱い、あとはサービスの内容なども重視される。
「これだけ店が多ければ、我々が活動しても目立つことはなさそうだな」
「そうだな。っと、玄関に誰かいるようだ。ちょっと見てくるぜ」
ハークドックが部屋を出てすぐに戻ってくる。隣には私服姿のオデュッセの姿がある。
「やぁ、ようこそトリンへ」
「オデュッセ将軍、今回は協力感謝する」
「なに、気にするな。それと今は非番ということになっている。オデュッセで構わん。それで早速だが、本題に入らせてもらおうか」
手紙や通信用の水晶では傍受される恐れがあるからと、トリンには『新たな隠れ家がある情報を得た、その調査のために協力をして欲しい』といった簡易的な連絡だけを行っていた。
今までの経緯を大まかに話し、トリンにあるラーハイト一派の拠点を攻略する旨を説明する。
「ふむ……その隠れ家がホルステアル商会の商館ということか」
「すぐにでも仕掛けたいだろうが、そこは我慢してくれ。半端に逃げられるとセレンデの攻略の際の難易度が増すからな。まずはそこにいる構成員の把握、落とし子の調査だ」
ホルステアル商会、トリンでも屈指の商人ランドスレ=ホルステアルが取り纏めを行っている商会だ。クアマでは冒険者ギルドの相談役、こっちでは商会のトップと実に幅広く根を張っているのは流石だと言いたい。
「うむ。それは重々承知している。陛下からも捜査については私に一任すると言われているからな。具体的な方針は君が選んでくれて構わない」
「トリン王は随分と寛容なんだな」
「そうでもない。だが、君は緋の魔王を打倒した英雄だ。それをトリン王は大きく評価している」
「英雄って呼ばれ方はむず痒いがな」
「謙遜するな。それに我々が戦争に加勢できなかったことについても、君のおかげで他国から非難の目で見られることもなかった。どちらかと言えばそちらの方が大きいだろう」
本来ならば協力を拒否するような国には然るべき応対をするのが筋ではあるのだが、亜人の多いトリンの軍では緋の魔王の『闘争』の力に対し相当な悪影響を受けていただろう。その事実をマリトやエウパロ法王、ゼノッタ王が正しく認識してくれたおかげで、トリンやセレンデに対しての態度を変えないようにしてくれていた。
「各国の代表の物分りが良かっただけではあるんだがな」
「それでも君と話したことがきっかけであることには違いない。信憑性のない話を信じてくれたことには私からも感謝したい」
「そうか。ならその礼は素直に受け取っておくよ」
オデュッセからすれば、トリンの代表としてあの場に立っていたのだ。各国が手を取り合う場面で協力を拒否する立場、他国からの心象を悪くすることは避けられないつもりだったのだろう。
「それで、具体的にはどのような行動を取るつもりなのだ?」
「まずは小規模な商いを始める。その後は上手いことホルステアル商会に取り入って、そこから情報収集を始めるつもりだ」
「ず、随分と回りくどい真似をするのだな……。てっきり暗部のような者達に探らせるものかと……」
「今回の情報を得たことが相手にもバレている恐れがある。今は警戒も強いだろうし、どういった落とし子がいるのかを調べるまで不用意な接触は避けたいからな」
自らの才能を理解した落とし子は、その才能を余すところなく発揮してくる。その才能の分野では伝説の勇者と互角、得意な土俵でやり合うことだけは避けたい。
「しかしそうなると長く掛かりそうだな……。そもそも商売が上手くいかなければホルステアル商会に取り入ることも難しいのではないか?君たちの中には商いの経験がある者はどれほどいるのか?」
「一応『俺』はある。他に誰かあるか?」
誰も返事をしない。冒険者、聖職者に騎士といった素敵な面子です。
「だ、大丈夫なのか?」
「なんとかするさ。オデュッセには周囲に違和感を持たれない程度の情報を集めて欲しい。基本的には将軍の仕事の範疇に収められるようにするつもりだ」
「それは構わないが……」
オデュッセにはこの国の地図、各領土の産業レベルなどを調べてもらうことになる。どれもそれなりの時間を掛ければ部外者でも調べられる範疇ではあるが、トリンの将軍ならば比較的早く集められるだろう。商業において情報は武器、これはどこだろうと変わらない。
オデュッセが帰った後はマセッタさんに集めてもらったリストなどを眺め、どのような商売にするかを検討する。
「ターイズのように塩を上手く使った飲食店などはどうだ?」
「料理できる人員が足りない。それに商会に取り入るにはちょっとな。やっぱり多少目新しい商品を扱える小売業が良いだろうな」
塩を使った加工食品も悪くないが、トリンは海に面している。塩の価値を再認識させるだけですぐに真似をする相手も現れるだろう。ホルステアル商会の目に入るためにはちょっとした話題性が必要だ。
「ターイズやガーネ、メジスなどの特産品を扱うのはどうですかな?独自の流通ルートがある商人ならば抑えておきたいでしょうし」
「マリト達に頼めば比較的安価で仕入れることはできる。ただそういったラインナップがリティアルの耳に入ると連想されてしまう恐れがある」
「商売の観点だけではダメなのですな……」
商会にもなれば相手の流通経路くらいは調べてくるだろう。あまり不自然な流れは避けたほうがいい。そうなると……まあ、あの辺が妥当ではあるか。
「何か思いついたようだな?」
「ああ、幸いにもこっちには丁度いい人材もある。その辺を上手く使っていくとしよう」
思いついた計画を説明し、行動プランを立てる。全員がなるほどと納得したので手応えはあるだろう。
「よくポンポンと思いつきますね、尚書様は」
「今後の財政をどうにかしようと、常日頃から考えていたからな。元の世界でも金は貴重だったんで、ある程度の商売に着手することには慣れている。特に綺麗な金が必要な時とかな」
「綺麗なお金という言葉だけで不穏な日常が垣間見えますね。昔の尚書様がどのような人だったのか気になります」
「今と大して変わらないさ。あーでも、一時期は荒んでた時期もあったな」
「一……時期……?」
「その今も荒んでないかって顔を止めろ。人間酷い時期なんていくらでもあるんだ」
エクドイクとハークドックがうんうんと頷いている。いや、お前らほど酷い人生じゃなかったと思うけどな?ちなみに荒んでいたといっても、不良少年だったとかそういう意味合いではない。裏切られることが多かったので、そのことで摩耗するよりもいっそ楽しんでしまえとか、そういった面で使用していた立ち位置があっただけのことだ。
「人にあまり語りたくない時期はありますからな。ちなみにご友人、それはどれほど昔の話なので?」
「会話の前後が噛み合ってないぞ。……ま、この世界に来る五年位前の話だ。若気の至り的な、そんな感じさ」
「若気の至りって……代表っていくつなんですか?」
実年齢を言うと知らなかった連中がぽかんと口を開ける。『蒼』、お前は遥かに年上だろうが。
「ちょっと、その私はもっと年上でしょうがって顔止めなさいよ!魔王になった時はまだ十代だったのよ!?」
「つまり心もまだ十代だとか抜かすつもりか」
「そ、そうよ!せめて二十代よ!」
「確かに『蒼』が魔王になってからはまともな人生を送ってきたわけではないからな。そういう意味では俺も年相応とは言えないな……」
「ある意味じゃお似合いってことだな」
「そうだな。互いに未熟者同士、上手く支え合っていきたいものだ」
「どうしてそういうことを真顔で言えるのよ……」
「むぅ……」
今度はメリーアが面白くなさそうな顔をしている。こっちはこっちで色々と波乱が起きそうな気がするが、その波がこっちまでこないことを祈る。とりあえずは『俺』の実年齢を知ったことで固まっているマセッタさんを正気に戻すことにしよう。
『蒼』を除くと年長者は主人公、次にエクドイク。下はケイールとメリーアが同い年くらいです。
なおエクドイクは28歳、ラクラは25歳くらいです。




