だから交渉する。
友がラーハイトの一味を尋問している間にも、俺にはやることがある。ターイズの王として他の国の代表との情報共有、そして方針の決定などだ。そういったわけで何故か人の国に居座るガーネ国王と共に、通信用の水晶を通してエウパロ法王との会談を行っている。何故かの理由は直ぐに考えつくが、考えるのも馬鹿らしい。
「そんなわけでラーハイトの一味を二名捕獲するにはいたれたが、セラエスとその部下は相手側に回収されてしまったようだ。こちらの暗部の報告ではガーネ側の国境付近へと移動した後、痕跡を絶たれてしまっているとのことだ」
「その知らせを受け、妾の国の兵も動員して捜索を行ったが足取りは掴めんかったの。仮想世界を利用した捜索も行ったが、こうまで見つからんと何かしら特別な手法を用いておると考えるべきじゃな」
『ふむ……そうか。その捕獲した落とし子から何か情報は得られたのか?』
「まだ詳しいことは分かっていない。ただやはりラーハイトの一味はかつてターイズを襲った碧の魔王の配下、ネクトハールという魔族と繋がっているようではあるらしい」
父は民のことを想い、良き治世を行っていた素晴らしい王だった。だが、そんな父の王政に深い傷痕を残したネクトハール。ニールリャテスの話では今俺の背後にいる護衛、彼を追うように碧の魔王に命じられたネクトハールの独断での侵攻らしいが……その辺の関連性は後々追及すべきだろう。だが問題を起こした当人に関しては許すつもりはさらさらない。
『かつて大司教だった者が魔族と繋がるか……嘆かわしいことだな』
「嘆くのは事が終わってからで十分だろう。セラエスは中立を宣言する魔王に対する不可侵、それを約束したユグラ教の方針を破り各国を危険に晒した大罪人だ。その大罪人を匿ったのであれば、ラーハイトの一味はいよいよもって各国の総力を挙げて打倒しなければならない」
『それについては同意する。しかしユグラ教にとって、最優先となるのはセラエスに罪の代償を払わせることだ』
エウパロ法王がそれを求めているというわけではないだろう。ユグラ教の大司教が罪を犯した。その事実が公になった以上、セラエスを放任していては世界中に示しが付かないのだ。
「組織ならではの悩みだな」
『君とて王族が罪人となれば放置はできまい。メジス、そしてユグラ教は全面的な協力を行う。だがセラエスに関する情報を得た場合、最優先で提示してもらいたい』
「私情を抜きにしてもだ。エウパロ法王、俺は貴方を信用している。その要望には可能な限り応えるつもりだ。だがそれでは足りないということだな?」
『紫の魔王の一件があるのでな。ターイズ、いや彼のやり方というべきだろう。それを快く思わない者も少なくない。監視としてラクラ=サルフを付かせているが……彼女に関しては悪評しか知らない者も多い』
「監視を増やしたいということか。気持ちはわかるが、あまり彼を拘束する真似は避けた方が賢明だぞ」
友がエウパロ法王に対し友好的に接しているのは、エウパロ法王が筋を通した上で判断を行う誠実な人物だからだ。そこにユグラ教からの圧を増やせば、それは友にとって邪魔な存在となるだろう。友が一体どの程度で関係を見限るのか、そのラインは分からない。
『人選については慎重に選ぶつもりだ。この件に関しては彼にも伝えておいてくれ』
「伝えはする。だが説得することはしない。それで構わないな?」
『無論だ。その必要があるのならば、交渉するのは私の役目だからな』
通話を終了し、溜息をつく。友はエウパロ法王の要望を受け入れることになるだろう。友人として、彼の負担となるものは極力取り払いたいが俺にも限界はある。
「ある意味では王が直接監視しているガーネの方が、友としてはやりやすいのだろうな」
「んっふっふっ、何をいまさら。そもそも妾は監視の為にいるのではないぞ?」
「そうだな。もっと下世話な理由だろうな」
「なにおう」
彼を拘束するという意味では俺も他国のことを言える立場ではない。ガーネやクアマに比べれば多大な負担を与えてしまっているだろう。この話はこの辺で切り上げるべきだな。舌戦になれば優位があるのは金の魔王の方だろう。
「仮想世界の捜索で見つからないということはだ、セラエスはガーネを経由してメジス側に逃亡したと考えるべきか」
「そうじゃの。もっとも警備の薄い国境に逃げるにあたり、距離が近かったのがガーネだったと言う理由だけかもしれんがの」
「もともとセラエスはメジスから逃亡し、クアマまで移動していた。その道を戻るというのは考えにくい。ラーハイトの一味が案内したのだろうが、そうなるとその潜伏先はメジス、セレンデと考えるべきか」
「痕跡の消し方が異様じゃからな。そう思わせておいてクアマやトリンと言う可能性もあるじゃろ」
「転移魔法の使い手が他にいるかもしれないし、何か特異な魔法を使える新たな落とし子の可能性もあるだろうな。ユグラの使っていた手法で類似するようなものは思いつかないのか?」
「ユグラは底知れぬ奴じゃからの。できないことを探す方が楽じゃな」
それこそ無色の魔王と同じように空間を移動できる者がいても不思議ではない。考え始めればきりがない。
「友が上手く情報を引き出すのを待つしかないな」
「結局はそういうことじゃな。それにしても客に菓子すら出さぬとは、王の器が知れるの」
「その言葉、ガーネで同じ真似をしたお前にそのままそっくり返してやろう」
こいつ、別荘に他の魔王がいないからと平然とターイズを徘徊しているのだが、王としてどうにかすべきなんじゃないのか。とりあえず菓子を与えて城から追い払っておこう。
◇
「よっ、元気にしてるかモラ――」
「ふーっ!ふーっ!」
この一週間日課になりつつあるモラリのいる牢屋に顔を見せたら、凄く威嚇されてしまった。ついさっき満足げな顔のミクスとすれ違ったのだが、あいつどれだけやったんだよ。外傷はないからいいけどさ。
「どおどお、落ち着け落ち着け。話に来ただけだ」
「あの女……殺すっ!絶対に殺すっ!」
「まあまあ」
宥めようと肩に手を置くと、モラリはビクッと跳ねるように反応した。手を噛まれそうになったので慌てて引っ込める。こりゃ相当だな、危うくイリアスがモラリに斬りかかるところだった。そんなわけで暫く放置すること五分。どうにか落ち着いたモラリと会話を再開する。
「今度は何の用だ」
「そろそろ真面目に交渉しようと思ってな。内容を聞くくらいは構わないだろ?」
「交渉だと?応じるとでも思っているのか?」
「さてな。でもまあ試してみる価値はあるさ。リティアルに関する件だ」
リティアルの名を出した途端、訝しげな目つきをしていたモラリの表情が冷たくなる。流石に忠誠を尽くしている相手のことになると真剣にはなるようだ。ありがたい、これで色々と捗る。
「話せ、応じる気はないがな」
「ああ、お前にはある条件を提示する。それは――」
モラリに交渉内容を話す。彼女は真剣にその内容を一言一句聞き漏らさないように静かにしていた。嘘偽りを述べるつもりはなく、こちらができる最大限の譲歩を含めた内容だ。
「……」
「返事はすぐにしなくてもいい。ヤステトにも同じ交渉をするつもりだ。『俺』としちゃどっちが呑んでくれても構わない。ただモラリ、お前の方が確実に事を成せると思ってはいるがな?」
もっとも、片方が先に呑めばそれでもう一人も詰みだ。両方ともこの条件を呑むことだろう。『俺』は手を振って牢屋を出ようとする。
「――待て」
そんな『俺』をモラリは呼び止めた。背中ごしでもモラリがどのような返事をするのか、とっくにわかっている。きっと今、『俺』は悪い顔をしているに違いない。ちょうど『俺』の顔を見ていたイリアスが白々しい目で見ていたからな。
◇
ユグラの星の民、あの男は危険だ。ラーハイトだけではなく、リティアル様も危険視する程の人物。奸計に惑わされてはいけない、初志貫徹を貫かなくてはならない。リティアル様に絶対の忠誠を誓うモラリならば、裏切ることはまずない。気をつけなければならないのは俺だ。目を閉じ耳に神経を集中させ周囲の音に意識を向ける。
「(……足音)」
この牢屋は地下に造られている。高窓から日光が差し込むことと、こうして時折外を歩く者の足音が聞こえるということは地下一階から二階ほどの位置にあるということ。モラリの捕まっている牢獄はこことは別の場所。どちらが脱出を試みるにしても、互いの居場所を探ることから始めなければならないだろう。
「(……錠を壊すまで、もう数日といったところか)」
魔封石で魔法を使用することはできないが、魔力強化ならばある程度気取られずにできる。俺の集中力ならばほんの一瞬を利用して爆発的に力を発揮できる。奴らは俺の戦闘力を見越した上でこの拘束を用意しているようだが、大技を繰り出す前に倒されたのが幸いした。
神経を張り巡らせ、遠くで聞こえる見張りの動きを把握。交代時に発生する扉の開け閉めに合わせて錠に負荷を掛ける。外見では分かり難いが、錠は確かに歪み始めている。奴らは拷問といった手段を取ってこない、暴れない限り錠を細かく観察することもない。
「(……この足音、ユグラの星の民か)」
高窓側からユグラの星の民の歩く音が聞こえる。隣にいるのは女騎士と……モラリだと?何故彼女が外を歩いている?牢屋を移動させるためか?何か会話をしているようだ。さらに耳に神経を集中させ、音を拾う。
「なんでこんな遠回りな道を……まあいい。約束は守ってもらうぞ」
「わかってるって。ただ約束は守るが、成功させるかはお前次第だからな」
モラリの声に間違いない。約束?何を話している?モラリが交渉に応じたというのか?そんな馬鹿な。モラリのリティアル様に対する忠誠心は絶対だ。例え僅かであろうともリティアル様に負担を掛けるようなことはしない――
「問題ない。リティアル様は必ず私が逃がす」
逃がす?今逃がすと言ったのか?聞こえた会話の断片だけではまだその全てが把握できない。だが不穏な感じがするのは間違いではないだろう。
「チャンスは一度しか与えられないからな。失敗しても恨むなよ」
「失敗するわけないだろ。……お前の方こそ、こんな約束をして平気なのか」
「リティアルはギルドの相談役を扇動し、国の転覆を計った罪人には違いないけどな。最優先事項はラーハイトとセラエスだ。リティアルは頭の回る奴だからな、レイティスという隠れ蓑を失ったとしても行動を続ける可能性はあるかもしれない。個人的には無難な範囲で活動して欲しいところではあるんだがな」
「……ふん」
ユグラの星の民はリティアル様を見逃す条件でモラリに情報の提供を迫ったのか?便宜を図るのではなく、モラリ本人に逃がさせる役割を与えることは相応のリスクが伴う。だがその条件ならばモラリは……いや、それはない。モラリがその申し出を受けるはずがない。その条件を飲んだ果てに敵に情報を渡しては、リティアル様の期待を裏切ることになる。
「(……モラリがこの条件を飲むはずがない。こんなことでモラリが首を縦に振るはずがない)」
「――それともう一つの約束だが、そっちの方はラーハイトを追い詰める前までには用意しておく」
「そっちの方が重要だ。信用できるのか、グラドナとバンって奴は」
グラドナ……『拳聖』グラドナか?何故その名前がここに出てくる?まて、確かグラドナはかつてリティアル様と共に冒険者として――
「ああ。飲んだくれのグラドナはさておき、バンさんの方は真面目な商人だ。彼はリティアルの過去をある程度知っている。かつて死に別れたリティアルの恋人だった女性の話もな」
リティアル様の……恋人だと?まさか、そんなことで、いや、モラリのことを考えれば……彼女はリティアル様に対し主人として敬意だけではなく……。恋人の情報を知って、モラリが考えそうなことは想像に容易い。しかしリティアル様の不利益になることと天秤に掛けることができるのか?
「ただまあ、可能性としちゃ半々だろうな。かじった程度の話しか聞いてないが、いくらその恋人とお前の雰囲気が似ているからってリティアルがお前を女として見るってのはな」
「うるさい。殺すぞ」
モラリ……!お前と言う奴は……!だが彼女の気持ちは他の誰でもない、俺が一番よく理解している。もしも、もしもリティアル様が今ある野望を捨てることになり、その熱意が自分に向けられるならば……モラリは少なからず想像したことがあるだろう。
「とりあえず部屋は移すが錠はそのままだ。転移魔法で逃げられちゃ意味がないからな。監視も日夜つけることになる」
「好きにしろ」
「それと、本当にいいんだな?ヤステトを説得しなくて」
「(――ッ!)」
「しなくていいじゃない。できないだけだ。ヤステトもリティアル様には恩があるし、忠誠心が揺らぐことはない。情報なら私一人分で十分だろ」
モラリ……。お前はどうして、どうしていつも……!俺のことを理解しているようなフリをしている癖に、どうして肝心なことを……!俺がリティアル様の傍に居続けるのはリティアル様の為だけじゃ――
「……相棒のような関係だろうに」
「リティアル様の命令に従う上では役に立つだけだ。リティアル様を逃がすだけなら私一人で充分だ」
「危険は増すぞ?メジスの聖騎士達だって乗り込むことになる。戦闘力で言えばヤステトがいた方が」
「くどい。殺すぞ」
「わかった。交渉に応じた礼に彼の待遇も比較的マシにする。ただ事が終わるまでは外部との接触を絶たせてもらうぞ」
「勝手にしろ。それじゃあさっさと連れて行け。マシなベッドで寝たい」
モラリと女騎士の足音が離れていく。どうする、声を荒げて呼び止めるか?だがこの距離で声を聞き取れることがバレれば、今以上に情報を得ることが困難になる。私情で脱走の機会を逃していいのか?
「(……くそっ!)」
結局俺は声を出さなかった。モラリを呼び止めたところで、彼女を説得できるだけの言葉を思いつけなかった。いつも彼女の思うままにさせていた俺が、どうして彼女の本気の想いを妨げられるというのだ。
「聞こえているんだろ、ヤステト」
「――ッ!?」
ユグラの星の民の声が聞こえてくる。先程よりも少しばかり大きく、こちら側に近づいているのが分かる。高窓の先にいるため、姿は見えないがその気配は確かに感じる。
「話の通りだ。モラリは『俺』達に協力することになった。人の恋心を利用するってのは気が引けるが、当人にとっては比較的マシな内容だろう」
「……貴様っ!」
「ただ安心して欲しい。モラリに持ち掛けた交渉を破るつもりはない。しっかりとした根回しはできないが、可能な限りモラリとリティアルが逃げ出せる機会は作るつもりだ。できない約束をするつもりはないからな」
ユグラの星の民の声がハッキリと聞こえる。この男、最初から俺が話を盗み聞きしていることを知ってモラリを近くまで……!
「本当はもう少し丁寧に仕込みをしたかったんだが、お前が錠を壊すまでに済ませたかったんでな。悪いが錠はもっと頑丈な物に付け替えさせてもらう。薬漬けにされるよりはマシだろ?」
「……そこまで見通していたのか」
「臆病な性格なんでな。目の前に自分を簡単に殺せるような奴がいれば、拘束に綻びがないかって常に気を張るもんだ。まあ、それはいい。それよりもお前はどうしたい?」
「……どうしたいとは、どう言う意味だ?」
「モラリはリティアルの為に交渉を受け入れた。だがお前を巻き込むつもりはなかった。恋路の邪魔ってことはないだろ。となるとモラリはお前を気遣ったわけだ」
「……」
モラリが俺を……?そんな筈がない。彼女はいつもリティアル様と自分のことだけを考えていた。今の会話だって――
「ヤステト、お前がリティアルに忠誠を誓っていることくらいはモラリだって理解している。だからこそ自身の目的の為に、お前にリティアルに不都合になることをさせたくなかった。本当に何も思っていないのであれば、少しでも安全にリティアルを逃がすことを考えてお前を利用するくらいはするだろ」
確かに……いや、だが俺がこの話を聞けば反対することも、説得に応じないことも理解しているはずだ。だからモラリは俺に協力しろと言わなかっただけに過ぎない。
「モラリはお前が反対することも、説得に応じないことも理解しているはずだとか考えているんだろ?」
「――ッ!?」
この男……やはりリティアル様の言った通り、油断ならない存在だ。あれだけの接触で俺の考えていることを手に取るように……!
「今お前が考えていることをモラリも思っていただろうよ。だけどな、だったらって思わないか?『俺』ならお前を説得できるかもしれないって」
「……それは」
「お前は役に立つ奴なんだから、ダメもとでも説得を試みてみるべきだろう?だがそうしなかった。モラリは『俺』にお前を説得させる方法を選ばなかった。つまりはそういうことだ」
モラリが俺を巻き込まないように気を遣った?邪魔者だからと排除したかっただけではないのか?いや、いくらモラリが交渉に応じたとしても、最優先するのはリティアル様のことのはずだ。ならばこの男の言う通り、俺がいた方がより確実にそれが可能になることを彼女だって理解しているはずだ。
「……俺は……俺は……」
「『俺』達にとってヤステト、お前の価値はもうない。戦力として使うこともできないし、新しい情報もほとんどないだろ。モラリの方が地理には詳しいだろうしな。だからお前に望むのは事が済むまで敵でいてくれるなってことだけだ。今ある選択肢くらいは自由に選ばせてやる。傍観者となって舞台から降りるか、お前を遠ざけた彼女の為に行動するかだ」
与えられた選択肢について考える。どちらの道を選んでも、モラリとリティアル様は危険な道を渡ることになる。だが、その度合いは確かに変わる。だが、だが、だが……!
「どちらの道を選んでも大局は変わらない。お前が今後抱くのが罪悪感か後悔かの二択だ」
俺が選ぶ道はどちらも望ましい道ではない。だが選ぶしかないのだ。ならばどちらを取る。……答えは決まっている。
「……俺を、モラリと同行させてくれ。俺は二人を護らねばならない」
「なんだ、思ったよりかは男前じゃないか。片想いの相手の為に罪悪感を抱くなんてな」
「……勘違いするな。俺がモラリに抱く気持ちはそういうものではない」
「そこは読み違えたか。まあいい。ただしモラリが答えたものと同じ情報を話してもらう。お前を信じることができるかはその内容が一致した時だけだ」
「……ああ」
リティアル様、申し訳ありません。俺もまた貴方の期待を裏切ってしまった。ですが貴方とモラリを護るためにはこうするしかなかったのです。俺が抱く罪悪感など、二人の無事に比べれば……。
◇
「よっ、元気にしてるかモラ――」
「ふーっ!ふーっ!ふーっ!」
「またかよ。悪い悪い、そろそろミクスには控えるように言っておくからさ」
モラリのいる牢獄で前日に見た光景が繰り返される。ミクスの奴、悪い癖がついてないだろうな?まあ被害に遭いそうなのはラクラくらいだから大丈夫だとは思うが。
「何の用だ……!」
「そう睨むなよ。昨日の交渉の続きをと思ってな」
「続きだと?ふざけてるのか。私は断ったはずだ」
モラリに持ち掛けた話、それはヤステトにも聞かせた内容と同じものだ。ただし、グラドナやバンさんについての話については少しだけ違う。
『リティアルが過去にパーティーを組んでいた人物達と知り合いなんだがな。もしかすればリティアルの望む女性像の情報とかも出せるかもしれないな』
死に別れた恋人なんて話は聞いたことがない。要するにそこだけがデマだ。そう都合のいい話が転がっていてたまるかって話だ。だが、モラリはこの話題を出した時、明らかに反応を示していた。結局は確実性もないわけだからという理由で拒否したわけだが。だが『俺』が聞きたかったのはどのように断るか、その言葉と態度だ。
「『私のリティアル様への想いは本物だ。小賢しい餌で釣ろうと思うな』だったな」
モラリは本心からその言葉を言った。だが、不確定な情報を提示されただけで考え込むほどに意識してしまったのは間違いない。モラリが本気でリティアルを愛していることを理解できたわけだ。
「そうだ、だから――」
「ヤステトは賛同したぞ」
「……は?」
ヤステトがモラリを強く意識していたのは既にわかっていた。ならばモラリのことを熟知しているだろう。特にリティアルに対する想いについてはな。だからヤステトにはもう少し話を盛ってやったというわけだ。モラリが心揺れるほどの美味い話を用意してやったと。
「もちろんヤステトには別のオマケを用意した。あいつが協力しても良いと妥協できるだけの条件を提示してな」
「馬鹿を言うな。あいつが情報を漏らすはずが――」
「トリンとセレンデ、両方に隠れ家があるとはな」
「ッ!?」
「そして今リティアルはセレンデにいる。ラーハイト達も一緒にな」
モラリは信じられないと言った顔で『俺』の顔を見る。だがおかげでヤステトから聞き出した情報の信憑性も確認できた。
「ヤステトが……そんなわけが……」
「ヤステトのことをより理解できていたのは『俺』の方だったってわけだな。いやまあ、お前だって同じ交渉材料を思いついたかもしれないけどな?」
例えヤステトに話した内容でモラリと交渉していても、その真偽が確認できるまでモラリが交渉に応じることはなかっただろう。その点に関してはモラリの方が遥かに厄介だったからな。だから先にモラリへ交渉を持ち掛けた。より具体的な交渉材料を浮き彫りにさせるために。
もっとも、それだけではインパクトが弱いからと治療の済んだデュヴレオリの『空目する背中』を使ってもらい、モラリの姿に変身してもらった。ぶっきらぼうな会話だからそこまで難しくはなかったし、事実ヤステトは『俺』とデュヴレオリの会話を『俺』とモラリの会話と勘違いしてくれた。モラリならこう言い返すだろうってのはこの数日で理解できていたしな。演技指導に三日ほど掛かったが。
「さて、交渉の続きだ。情報に関してはもう必要ないが、リティアルを敵に回すのが厄介なのは事実だ。正直生け捕りを意識する余裕もないだろうしな。もしも『俺』達が優位な状況で連中とケリをつけることになった時、無駄な犠牲を出さない為にもリティアルを連れてどっかに逃げてほしい。こちらが提示する条件は以前と同じで、その機会をお前らに与えること、あとはオマケでリティアルの過去話だな」
「――少し、考えさせろ」
これでモラリも詰みだ。モラリはリティアルの身の安全を第一に考える。ならばヤステト一人に任せるような真似は選ばない。どちらにせよリティアルの身に危険が及ぶのならば、選ぶ道は一つしかない。
「急かしはしないさ。ゆっくり考えればいい。考えるべきはヤステト一人でリティアルを逃がすことができるかって点だな」
その夜、モラリは交渉に応じた。信用するための条件として、ヤステトが供述した情報との照らし合わせを行わせた。これで必要な情報は一通り確保することができたわけだ。ついでに上手く優位を演じればリティアルを排除する手段もセットで。ただまぁ、ネタバラシを受けた二人が『俺』を恨むことになるのは避けられないだろうがな、うん。




