とりあえずいただきます。
簡易的な常識の勉強をしつつ、夕方になった。
するとサイラが戻って来て、代わりに追い出された。
しばらく待った後、中に入っても良いとの声を聞いて中に入る。
「じゃーん!」
そこにはなかなか前衛的な服を着せられたウルフェの姿があった。
重装甲のイリアスとは真逆、動き易さを意識したコンセプトでラフなイメージを受ける半袖のトップスにショートパンツ。
後は袖やら足回りの布地が別々のようだが、オープンショルダーとかそういう感じなのか。
ついでに髪を結っており、ふさふさの耳の片側にはピアス――いや、穴は開けていないだろうからイヤリングだろう。
主体となる色は黒、そこに金のラインが入る。
色のセンスが極道の――いや、忘れよう。
「ウルフェちゃん白いからさー、もっと映えるように黒が良いかなーって!」
「それは分からんでもないがもっとこう、足を見せすぎじゃないか?」
「お兄さんお父さんみたい」
「流石にこの年の子供はいないなぁ」
イリアスやサイラは十八、それに対してウルフェは十六前後だろうか。
村では年を聞きそびれたな……今度確認するか。
「じゃーこれでどーだー!」
とサイラが余った布を使い、鎧のスカートの様な部位、草摺の様な装飾品を付け足した。
正面からは眩しい素足が見えるが、確かに露出は減った。
「悪くない。と言うより手際いいな」
ものの数時間で全身の服、さらに言えば靴や耳につけるアクセサリーまで用意しているのだ。
そして今目の前で服の手直しを見せてもらったが凄いの一言だ。
「ああ、私も初めてそういった作業を見たが見とれてしまった」
「イリアス様にそう言ってもらえるなんて光栄です!」
「いや、私は服に関しては素人なのだが……」
サイラはとても喜んでいる。
マーヤさんも唸っている手際だ。腕は確かなのだろう。
後はデザインセンスというところか。
似合っていると言えば似合っている。
ただこういった格好は漫画やアニメで見るくらいだ。
あとコミケ。
「こっちの世界ではあまり見られないがウケは良い感じだ。イリアス達的にはどうなんだ?」
「そうだな、悪くは無い。だが――うーむ」
「ちょっと前衛的かしらね。でも亜人ウケは良さそうね」
「なるほど、同意見と。だがウルフェの為に作ったと言う点なら十分な出来だ」
そこは満場一致。
「今度イリアスの私服を作ってもらって良いか?」
「えっ良いの!?」
「私の!?」
「人間向けに作った服も見てみたいが、他に着せられる知り合いがいないんだ」
「君自身という選択肢はないのか」
「ああ、そうだな。男向けの服も見てみたい。大人しい感じのを頼む」
「わかった、ばっちり任せてねっ!」
「こいつのは趣味全開で頼む」
「いや、私のも大人しい感じのをだな」
「若いんだから冒険しろよ」
「君だって見た目若いだろう!?」
「だから少しでも年相応に見られたいんだよ」
今着ているのはイリアスの所持していた服、どうも父親の物らしい。
これも悪くないのだが、いかんせん若く見られてしまう。
もうちょっとしっかりした体つきならまた違って見えるのだろうか。
「ししょ、ししょー」
ウルフェに袖を引っ張られる。
「うるふぇの、うるふぇのふく!」
「ああ、綺麗だな」
「うん、うん!」
「……」
なにやらイリアスが思案顔だが、それよりも話す相手はサイラだ。
「そういえば代金を払わないとな。材料費と制作料はどれくらいだ?」
「材料費だけで良いよ。作ってて楽しかったし!」
「それはダメだ。他人に物を作ってもらうということはその人間の技術力も買っている。その成果を認めるのならば払う必要がある」
原価だけで払うのならば確かに安いだろう。
だが外食であれ買い物であれ、そこには様々な経費が掛かっているのだ。
機材や材料の運搬費、施設の維持費。
制作を行う人の時間を買う人件費。
最後に彼らの培ってきた技術を買う制作費だ。
それらを全て揃えられるからこそ、製造業は安い原価でも高いクオリティを生み出せる。
だが実際にはそういった経費を全て制作費としてまとめてしまったあげく、それすら削りだそうとしている。
それが当然と思っている人間に質を求める資格は無いと言うのが持論だ。
「ええと、それじゃあ……こんなもので良い?」
「原価と同じにしてどうする。これくらいだな」
「ちょ、ちょっと待って、私まだこういう商売しているわけじゃないんだし……それにそんなに自慢できる腕じゃ――」
「なら理解しておけ。費用を抑えるために大量生産の同じ服だけを作る場合と違い、オーダーメイドで服を作るということは、それだけの報酬を貰う立場だという事だ。だからこそ技術を磨く必要がある。報酬に見合う価値を生み出す為にだ」
「う、うん」
「報酬が多いと震えるならもっと腕を磨け。少なくともここにいる者はお前の成長を確信している」
「うむ」
「うん」
「ええ」
物の価値を見失えば待っているのは地獄だ。
低コストを要求しながら、高クオリティを当然のように要求する生産者の立場を無視した意見が普及する。
開発意欲は失せ、クオリティは上がらなくなる。
維持ができる者だけが生き残り、新参者は減る。
結果代わり映えのない商品が陳列されていく。
「うん、うんうんわかったよお兄さん、じゃあ次の服も期待していてね!」
サイラは職人魂に火が入ったのか、やる気に満ちた笑顔で応えてくれた。
「おう、こっちは大人しめでイリアスの分はどんと派手にしてやれ」
「そこで私に矛先を向けるな!」
どうせ似合うんだから良いだろうに。
サイラと別れた後、もうしばらく勉強を行って教会を後にする。
今後はマーヤさんのスケジュールを確認しつつ、ウルフェを送り迎えすることになりそうだ。
語学の勉強は共に自宅にて宿題。
憑依術の恩恵で文字は読める。それを書き取りながら暗記の補佐に利用できればそれなりには捗るだろう。
ウルフェには戦いの術を学ばせる事も考慮せねばなるまい。
流石にこの才能を捨て置くのは勿体無い。
上手く育てばこちらの護衛をして安く――いや、それは置いておこう。
それにしてもやはりウルフェは目立っていた。
通行人の視線がちょくちょく刺さる。
マーヤさんの指南によって髪の発光は抑えられたが、それでも透き通る白い髪は美しい。
ひときわ白い肌もやはり目を奪われる要因だ。
そこに獣耳、尻尾と付けば注目せざるを得ないだろう。
早い所黒狼族との交流を進め、国民には亜人慣れさせる必要があるだろう。
とは言え彼らも閉鎖された世界で生きて来たのだ。
ここのルールを覚えるのに苦労するだろう。
突然放り込まれては様々な問題も起こりうる、焦りは禁物だ。
「さ、ここが我が家だ」
「私の家だな」
「お、おおー!」
二階の部屋、右奥はマイルーム、右手前はイリアスの部屋、左手前は倉庫だ。
当然空いている左奥の部屋がウルフェの部屋となる。
「ここがウルフェの部屋になる。自由に使っていいが自分の部屋だということを忘れず、掃除もしっかりな」
「わかった!」
「夜が寂しければイリアスの部屋で寝れば良い」
「わかった!」
「いやそこは君――というわけにはいかないか」
「自制はできるだろうが、精神衛生上よろしくない」
「?」
掃除の仕方も後々教えねばなるまい。
ウルフェは言葉通り何も知らないのだ。
食事を溢してはいけない。服を汚してはいけないなどの当然の礼節すら知らないのだ。
今後常識を知らないが故のトラブルも多いだろう。
その都度、根気良く教えていかねばなるまい。
ちなみにイリアスが真っ先に教えたのはトイレの使い方だ。
どういう惨状が起きたのかは伏せておく。
「よし、夕飯は『犬の骨』に行くとしよう」
「おー!」
狼が犬の骨……ううむ。
気にしたら負けだな。
「そういえば君は自炊はできないのか?」
「日本ではやっていたがこっちの食材には疎くてな、『犬の骨』で多少は覚えたが調理は難しいな」
野菜を切るとかは問題ないのだが組み合わせとなると把握しきれていない。
ほぼ味も共通である肉や卵を使った料理程度なら問題は無いのだが……。
「それにこっちじゃ塩も砂糖も貴重品だしな。色々勝手が違う」
日本料理の基本であるさしすせそ、砂糖、塩、酢、醤油、味噌のうち砂糖、塩、酢は貴重品。
醤油、味噌は存在すらしていないのだ。
どうしろと言いたいレベルだ。
スパイスは豊富なのでカレーのような物は作れなくは無いのだろうがそこまで詳しいわけでもない。
そもそも地球の世界のスパイスとは名前から違う。要勉強なのだ。
「ふむ、では今度私が教えよう」
「いや、『犬の骨』で学ぶから大丈夫だ」
「……そうか」
微妙に残念そうな顔をしているイリアス。
そりゃあ頼る頼らないの話をした後にこれじゃあ気持ちも下がるか。
だがイリアスには他にして欲しいことがある。
「イリアスが非番の時にウルフェに戦い方を教えてやって欲しい、これに関してはお前しかいない」
「あ、ああ。だが他の騎士達にもできるのではないのか?」
「基本的な訓練ならな。だがウルフェの保有している魔力量の格はイリアスと同等なんだ。『そういう戦い方』を教えられるのはイリアスだけだろう?」
「そうだな。ああ、分かった。任せて欲しい」
「ただし、加減の仕方を最優先で教えること」
さもなくば死人が出る。特にここにいる男が無残な死体になるだろう。
兵舎でのタックルのダメージが残っている事は言わないでおく。
「加減か、苦手ではあるが……」
「良く知ってる」
「……そうだ、君も一緒にどうだ?」
「他にもやる事が多いからな、付き合い程度になると思う」
「それでもやらないよりは良いだろう」
うんうんと頷くイリアス。鬱憤晴らしに苛められないか心配だ。
そして『犬の骨』に到着。
そうそう、ゴッズとサイラの二人の頃は週三日の休みだったのだが、それが週二日に変更になったらしい。
昼の営業も動き始めた状態で更なる回転率、ゴッズは大変だろう。
サイラの負担はさほど増えていない。
というのもカラ爺の奥さんを初めとする騎士団婦人会の方々が、ローテーションで入るようになったからだ。
客の大半が思うことはこうだろう、もっと若い子の給仕が欲しい!
もっともそんなことは言えない、誰もが命が惜しい。
きっとサイラの存在はこの店の常連にとって、癒しのオアシスになるに違いない。
ただまあ――いや、これは今度にしよう。
とりあえず端の席に座る。
それでもウルフェは目立つ、視線がちらちらと向けられている。
だが絡んでくる様な客はいない。
そりゃあイリアスが同じ席に座っているのだ。萎縮するのも当然だろう。
「おや、坊や。可愛い子を連れてきたねぇ」
カラ爺の奥さんがドン、と酒を持ってきた。
まだ注文していないのだが……。
「ああ、ウルフェには酒じゃないやつをお願いします」
イリアスは十八、この世界ではギリギリOKだ。
だがウルフェは恐らくアウトだろう。
体に魔力が馴染む馴染まないの問題ならとっくに平気そうではあるのだが、法律は守らなきゃね。
「すぐに持ってくるよ。他に食べたい物あるかい?」
机に置かれているメニューをざっと読む。
知らない料理が結構増えている。
奥様達のレシピが追加されているのだろう。
どういった料理か分からないのでイリアスに注文を任せる。
ついでに待っている間にメニューに載っている知らない料理の解説を聞いた。
「ふむ、そういう感じの料理か……女性が作る料理だけあって女性向けのものも増えたな。これならそろそろ次の段階を考えても良いな」
「次の段階?」
「ああ、今この店は貴族御用達の塩を取り入れた料理を出す店として繁盛し始めている。そして次の段階は――砂糖を使った甘味だな」
男だらけの居酒屋ならば甘い物は微妙と後回しにしていたのだが、周囲を見た感じ女性の客もぽつぽつ見かけるようになっている。
恐らくは味に満足した旦那が嫁さんを誘って――とかそんな所だろう。
後々塩が安くなれば普及は一気に加速するだろう。
後は徐々に他の嗜好品も便乗させて行けば良い。
「甘い物か、果物は嫌いではないが……」
「忘れた頃に驚かせてやるさ――来たようだな」
注文した料理が届く。
ウルフェはその匂いを興味深そうに嗅いでいる。
スプーンを持たせつつ訓練を開始する。
一応昼にも食事を与えたのだが、その光景は獣が餌を貪る姿と言うのが相応しかった。
人として生きていくためには、ある程度の作法を覚える必要がある。
「ウルフェ、今から同じように食べるんだ」
「うん!」
そう言って目の前で食べてみせる。
あらこのスープ美味しい。
古参の騎士団の奥さんともなれば、塩に触れる機会もあったのだろうか?
それとも単純に料理の腕が良いのだろうか、塩の扱いも慣れた物である。
やや物足りなく感じるのはまだ日本での味付けを舌が覚えているからだろう。
ウルフェはこちらの動きをしっかり真似をして、スープを口に運ぶ。
一瞬尻尾が逆立つ。
そして左右に元気良く振り出す。
続いてもう一口、ぱく、ぱくぱくと。
後は一心不乱に食べ続けた。
時折ナイフやフォークが必要な料理の際は動きを止めさせ、動きを見せる。
ウルフェはそれをすぐに真似をして料理を美味しそうに食べる。
それを見ているだけでこちらの食欲も湧いて来る。
イリアスと視線を交わし、笑いながら食事を取るのであった。
「今日は潰れない様にな」
「わ、分かっている!」
「おかわり!」