だから捧げる。
同胞を救うための第一段階、碧の魔王の居城に辿り着くことはできた。ニールリャテスが扉の前へと歩み寄ると、その巨大な扉は意志を持っているかのように開きだす。あまり詳しい仕組みにはピンとこないが、恐らくはこの城を覆っている植物が原動力となっているのだろう。鎖に意識を向け周囲を探知してみるが植物以外の気配がまるでない。
「城を護る者はいないのか」
「人手不足でして。この城の管理は全て私が行っております。一応その気になれば周囲の植物に皆さんを襲わせるくらいはできますけどね?やる意味はなさそうですが」
ニールリャテスは振り返ることなく答える。その補足と言わんばかりに壁を這っている植物へ指を向けると植物の蔦が脈動し、ぐねぐねとこちら側の傍まで寄ってくる。
「そもそもこの城に到達するまでに十分な守りがあるというわけか」
「いえいえ、そもそも必要ありませんから。我が王一人いれば戦いは事足ります」
「そういうものか」
そう言い切る言葉に嘘は感じられない。よほど碧の魔王の強さを信じているのだろう。
「我が王は普段眠っておられます。退屈を潰す娯楽が何もありませんし。皆さんを案内した後は起こしに――ありゃ、もう起きておられますね。ではこのまま玉座の間へとご案内します」
ニールリャテスに案内されるまま城の奥へと進み、天井の高い部屋へと到着する。そこには何段もの階段の先に一つの巨大な椅子が置かれていた。そしてそこには既に一人の男が深々と座ってこちらを見降ろしている。
「……なっ」
「兄……様?」
イリアスやミクスが驚くのも無理はない。そこに座っている男、状況から考えれば間違いなく碧の魔王だ。だがその顔はターイズの国王、マリト=ターイズと瓜二つ。髪型や服装の違いはあれど、同一人物にしか見えない。碧の魔王はこちらを見降ろしたまま、何も喋らない。
「我が王、客人をご案内してきました」
「……直接会うのは数百年ぶりじゃな、『碧』」
前に出たのは金の魔王、この中では最も交渉に向いている人物ではある。
「魔王が雁首を揃え何用だ」
「単刀直入に言えば、頼み事に来たのじゃ。お主の『繁栄』の力を使い、救って欲しい者がおる。ユグラの星の民と言えばわかるじゃろ?」
「俺がその願いを聞き届けると思っているのか?」
「思うてはおらん。ゆえに交渉に来た。ここにいる者達は皆、そういう立場じゃ」
金の魔王に圧されている様子は感じない。しかし、碧の魔王もまた話に応じるような素振りは見られない。
「交渉か、くだらんな。お前達の持つ何が俺を動かすに足りると思っている」
「探せば色々あるじゃろ?」
「俺にそれを探せと?」
「妾ではお主の欲しがるものはわからぬのでな。可能な範囲であればあらゆる譲歩はするつもりじゃ」
「話にならんな。帰れ」
金の魔王はため息をつく。そしてどうしたものかと他の魔王と目を合わせる。その様子をニヤニヤと眺めていたニールリャテスが口を開く。
「おやおや。残念ですが、我が王の興味を引けるようではないようですね。おかえりはあちらですよ?」
「ニールリャテス、黙っていろ」
「は、はいぃ……」
声色を変えない碧の魔王の一言で縮こまるニールリャテス。だが今のやり取りには何か違和感を覚える。言い方はともかく、帰れと言った碧の魔王にニールリャテスは合わせただけだ。それを咎めるということは、何かしら交渉の余地があるということではないのか?
「そうじゃな……落とし子についての情報とかはどうじゃ?お主がユグラと共にこの世に創り出した存在、『色無し』との会話からして、お主が探している相手でもあるのじゃろ?」
「『金』、貴様がどれほどのことを理解しているかは知らん。だが提示できる情報がほとんどないことは分かる」
「一応ちょぼちょぼとは見つけておるんじゃがの」
「いると知っていれば国で一人二人見つけることは造作もない。そうなるように弄ってあるからな」
「むう。お主は落とし子をただ探しているというわけではないのじゃな」
「ものによる。くだらぬ才を持つだけの者を欲しがるわけがない」
「あ、あの!」
割って入ったのはウルフェだった。ウルフェは金の魔王の横に並び、碧の魔王を見上げる。
「ウルフェ、お主は――」
「ウルフェは、その落とし子だって聞きました!」
「ほう……」
碧の魔王は静かに立ち上がり、階段を降りてくる。魔力などが溢れているわけでもないのにかかわらず、その威圧感は相当なものだ。俺達と同じ高さまで下りてきた碧の魔王はウルフェの正面で彼女を見下ろす。
「……」
「――なるほど。確かにその魔力、通常の個体ならばあり得ぬ量ではあるな。ならば品定めをしてやろう。一撃だけ俺に向けることを許す。その力を見せてみろ」
「えっ……」
「資質ある無能を要するつもりはない。与えられた資質を扱う才があるかを見極める。その価値がなければこの話は終わりだ」
「……わかりました!」
ウルフェは数歩下がり、いつもの構えに入る。それに向かい合う碧の魔王は構える様子すら見せない。ウルフェは大きく息を吸いこみ、手足に魔力を蓄積させていく。動かない相手ならば素早い対応をする必要はない。ただ丁寧にその一撃の重さだけを求めればよい。先程ドラゴンを相手にした時とは比べ物にならないほどの膨大な魔力が練り上がっていく。
「いきますっ!」
地を蹴ったウルフェの姿が視界から消える。全力を出したウルフェの速度は俺ですら目で追うことが難しい。だがその動きがわかるのであれば、視線を向ける先はその先にいる碧の魔王。そこにはウルフェもいた。拳を碧の魔王の胸へと突き出しており、碧の魔王はその拳を左手で受け止めていた。
ありえない、今の速度のウルフェの攻撃の衝撃は尋常ではない。緋の魔王ですら幾重の結界を用いて防いだとされるウルフェの攻撃を、魔法の予備動作もなく片手で抑えきれるはずがない。止められたとしても、莫大な魔力の余波が発生しているはずだ。それすら感じることができない。その異様さは撃ち込んだウルフェが一番理解しているだろう。ウルフェはただ驚愕の表情をしていた。
「資質はあれど、才は未熟か」
「そんな……」
「――良いだろう。貴様を交渉の材料として認めよう」
「えっ?」
「『碧』、それはどういう意味じゃ?」
「そのままの意味だ。この亜人を俺の配下に加えるという条件ならば交渉に応じると言っている」
「お主はウルフェのことを未熟と言ったではないか」
「最低限の基礎しか身についていない雑魚であることには違いない。だが未熟ではあるが、無能ではない。石を磨く趣味はないが、原石程度ならば価値は見出せる」
碧の魔王は拳を掴んだ手を放し、右手でウルフェの顎を持ち上げその瞳を眺める。
「目に宿る献身の光も悪くはない。それで貴様はどうする?材料は貴様自身だ。決定権は貴様が持て」
「ウルフェは……」
「ちょ、ちょっとお待ちください我が王!一個人の身柄で取引などあまりにも安請け合いし過ぎでは!?」
その交渉内容に異議を挟もうとしていたのは他にもいた。イリアスやミクス、そして俺だ。だがウルフェの一撃を容易く防いだ碧の魔王に驚き、体が委縮していたのだろう。結果としてニールリャテスが最初に異議の言葉を唱えた。
「黙っていろと言ったはずだ」
「きゃぷっ」
視線をニールリャテスに向けていたにもかかわらず、事が終わるまで何が起きたか理解することができなかった。ニールリャテスが天井から降り注いだ植物に押しつぶされ、首と右腕だけが宙に舞った。腕が地面に落ちる音を聞き、そして転がる首を見て、ようやく碧の魔王がニールリャテスを攻撃したのだと理解した。
「なっ!?」
全員が遅れて身構える。自らの配下をも殺すという話は聞いていたが、これほどまで躊躇なく手を下すというのか。全身から冷汗が流れているのを感じる。殺気はおろか敵意すら感じられず、ここにいる誰もが碧の魔王の攻撃に反応できなかった。もしも碧の魔王がその気になれば、ここにいる全員を一瞬で皆殺しにできるのだろう。
「――答えは決まったか?」
碧の魔王は何事もなかったかのようにウルフェに問いかける。今さっき起きた出来事を目撃したウルフェにも、碧の魔王の危険さは伝わっただろう。だがウルフェは震えながらも、口を開いた。
「わかりました……」
「ウルフェ、お主はそれで良いのか?」
「……はい。その代わり、必ずししょーを助けてください!」
「いいだろう。それでそのユグラの星の民はどこにいる。連れてきているのだろうな?」
碧の魔王は誰と視線を合わせることもなく、玉座の間の外へと歩きだす。
「ええ、勿論よ?デュヴレオリ、『碧』についていきなさい?」
「……承知いたしました」
「ニールリャテス、その悪魔を培養室へと案内しろ。俺は道具の準備を済ませる」
「は、はひぃ!」
目を見開いていたままのニールリャテスの頭が、ビクンと跳ねる。近くに落ちていた右腕が蛇のように移動し、ニールリャテスの頭を掴み上げる。
「生きて……いたのか」
「頭を潰されていたら危なかったですけどねぇ。『あ、これはくるな?』と思っていたのでギリギリでしたよぉー。うーん、生きているって素晴らしい!あ、でもまずは体治さなきゃですね」
ニールリャテスはそのまま自分の体を押しつぶした植物の元へと近づき、下りてきた植物を天井へと戻していく。その下からは無残に押しつぶされた肉塊が出てきた。ニールリャテスの右腕はその肉塊へと頭を投げ入れ、自身も這っていく。すると肉塊は蠢きだし、徐々にその形を変えていき、元のニールリャテスの姿へと戻っていった。
「ああ、この生還の喜びは全身があってこそ存分に味わえるんですよねぇー」
ニールリャテスは自分の肩を抱きしめ、もぞもぞと体をくねらせている。その表情は恍惚に満ちており、その感情を理解することは危険なのだと直感した。
「魔族ってそんなに丈夫なのね」
「再生力は私がちょっと特別なだけですけどね?貴方の魔族は――まあ死にはしないかもしれませんね。あーでも死んじゃいますかねー?まだ完全に染まっていないようですし?」
「それはどういう意味――」
「おっと、早く我が王の元へ向かわねば!ほら、デュヴレオリさん?行きますよー!」
ニールリャテスは足早に玉座の間から出て行く。それを見てデュヴレオリもその後をついていった。二人が部屋の外に出た後、ニールリャテスの首が扉の先から出てきた。
「あ、皆様はその場でお待ちを!ぱぱっと済ませてきますので!」
そう言って首は引っ込んだ。部屋の空気が大分落ち着いたように感じる。とはいえ全身を護る結界は維持し続けなければならないが。
「『蒼』、ニールリャテスの言っていた染まっていないとは?」
「私にもちょっと分からないわね。ただニールリャテスの髪の色とかは黒だったし、そう考えると貴方はまだ完全に魔族になりきったというわけでもないのかしら?」
俺の髪の色は元々が濃い紫色、『蒼』の魔族になってからは青紫色へと変色している。これからさらに黒くなる可能性があるというわけか。あまり目立つ髪色にはなりたくないが、同胞と同じ色と思えば悪くはない。そんなことよりも、今気を配るべきはウルフェだろう。そちらの方へと視線を向けると、既にイリアスとミクスがウルフェの傍で話していた。
「ウルフェ、どうしてあんな真似をしたんだ?」
「ししょーは一刻も猶予がないから……」
「だからと言って自分を差し出すなんて――」
「ウルフェは!ししょーのためなら死んだって良いんです!碧の魔王の配下になるくらいなんてことありません!」
ウルフェの大声に全員の視線が集まる。それぞれが思うところがあるのだろう。金の魔王や紫の魔王はこの展開を想像していたのかもしれない。『蒼』も考えにはあったのだろうが、複雑そうな顔をしている。イリアスやミクスは……いや、俺もか。同胞を救いたいと思う気持ちがありながらも、碧の魔王と交渉できる内容を思いつけなかった。ウルフェにはそれができた。もしも俺がウルフェの立場なら……同じように迷わなかっただろう。だがどこかわだかまりが残っている。他に手段はなかったのだろうか……。そう考えていると俺の服をラクラがこっそりと引いてくる。
「あの、エクドイク兄さん……」
「どうしたラクラ?」
「ケイールさんが気を失っているのですが、どうしましょう?」
言われてみると、ケイールが泡を吹いて気を失っていた。よくよく考えれば碧の魔王の強さを目の当たりにして、俺やイリアスでさえも震えたほどだ。一般的な騎士であるケイールからすれば相当なプレッシャーだったのだろう。




