表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/382

だからついていく。

 メリーアの家は質素で、イリアスの家よりも幾分か小さく感じた。一人で暮らしているようで、他の同居人の姿は見えない。案内されるままに居間に座らされ、食事ができるまですることもない。メリーアはすぐそばの台所で料理をしており、料理の匂いが鼻をくすぐる。


「何か手伝うことはあるか?」

「大丈夫です!一人分も二人分も変わりませんから!」


 ラクラ達には食事をしてから戻ると伝えておいたが、『蒼』は心配しているだろうか。場合によっては剣を向けられる可能性だってあるのだから。


「お待たせしました!冷めないうちに食べましょう!」


 メリーアは軽く祈りを済ませてから食事を始める。ユグラ教徒ではない俺はそれを眺め、メリーアが食べ始めるのに合わせて料理を口に運ぶ。かつてレイシアから教わった料理に似ているが、どれも丁寧で工夫が凝らされている。


「……美味いな」

「本当ですか!?」

「ああ、こんなことで世辞を言うつもりはない。よく錬磨されているのがわかる」

「元々お姉ちゃ――姉に教わったんです。でも姉は聖騎士のお仕事でいつも大変だったので、代わりに作っているうちに得意になっちゃいまして」

「親は?」

「母は私を生んで間もなくして病で。父も聖騎士で、私が幼いころに。姉も聖騎士としての役割を果たして……」


 メリーアはレイシアのために毎日のように料理を作っていたのだろう。だがレイシアは任務の中悪魔に連れ去られ、殺された。そして十年以上もの間、メリーアは一人で生き続けてきたのだ。


「そうか。それでも聖騎士を目指したのだな」

「父や姉は聖騎士としてそれほど高名ではありませんでした。でも聖騎士であることに誇りを持って職務を全うしていました。私もそんな二人が護ろうとしたものを、代わりに護ってあげられたらって」

「敵討ちをしたいとは思わなかったのか?」

「……思っていました。でも今の私は未熟者です。聖騎士として国や民を護りたいという想い以外に何かを願っていては、きっと一人前にすらなれない。だから、今は家族に誇れるような聖騎士になることだけを考えています」


 メリーアの言葉に胸が締め付けられそうな気持になる。俺は復讐のためだけに生き、そのためだけに強くなった。そんな歪な俺と違い、メリーアは立派な人間の心を持っている。


「実力は未熟でも、心は立派な聖騎士だと思うぞ」

「そ、そんなことありません!今日だってエクドイクさんに負けたことで心が折れそうになっちゃいましたし……。わ、話題を変えましょうか!今日のスープは姉から教わったんですが特に拘っているのがこの野菜の下拵えで――」

「切った後、一晩水に浸けておくのだろう」

「し、知っていましたか」

「ああ。レイシアから教わった」

「……姉をご存じだったんですか?」


 誤魔化そうとも考えた。だがどうも俺にはそれができないようだ。少なくともメリーアに対し、嘘を吐こうという気持ちにはなれない。随分と正直者になってしまったようだ。


「――今から話すことは俺の生きてきた人生、そしてレイシアと出会った時のことだ」


 俺は包み隠さずに話した。大悪魔ベグラギュドによって育てられたこと。俺に人間のことを学ばせるために、レイシアを捕らえたこと。俺とレイシアがどのように言葉を交わしたのかを。そしてレイシアの最期を。メリーアは口を挟むことなく、静かに俺の話を聞き続けた。


「話は以上だ」

「そう……だったんですか」

「メリーア、俺はお前に謝らなければならない。俺がいなければレイシアが悪魔に連れ去られることはなかっただろう。レイシアは俺のせいで死んだようなものだ。お前は俺を責める権利がある。復讐する権利がある。だが今俺は死ぬわけにはいかない。この命をお前に差し出してやることができない。俺の命は既に別の者に差し出してしまっている。すまない」


 深々と頭を下げる。俺は『蒼』に生きる希望を見出させると約束した。その約束を破ることはできない。同胞への恩も返しきれていない。復讐のためならば死んでも構わないと思っていた時と比べ、今の俺には死ねない理由が増え過ぎた。それでもメリーアが望むなら、可能な限りその恨みを引き受けるつもりだ。その覚悟は既に済ませている。だがメリーアは動く気配すらなく、敵意を微塵も感じさせていない。


「……頭を上げてください。私はエクドイクさんに死んで欲しいなんて思っていません。だって、姉は貴方を導いたのだから。そして貴方は今、こうして国を救った英雄となっている」

「俺は……英雄なんてものではない」

「英雄ですよ。貴方は魔族が侵攻してきた村の人達を避難させるため、一人残って戦っていた。自分の母親の命と村人の命を天秤に掛け、多くの命を優先しようとした。それが英雄でないのなら私達は騎士ですらありません。例え貴方が人ならざる者だとしても、私にとっては英雄なんです。姉と同じように目指したいと思った方なのですから」


 いっそ剣で斬りかかってくれれば、腕の一つや二つ差し出しても良かった。罵ってくれれば、その言葉を一生背負って生きていくつもりだった。だがメリーアは俺を責めない。それはどんな攻撃や罵詈雑言よりも、痛い。


「だが俺はお前を孤独にさせてしまった。お前の大切な者を奪ってしまった」

「でも貴方は恨まれることを承知した上で教えてくれました。私が憧れていた姉の誇らしい最期を。最期まで聖騎士としての役割を果たしていたのだと。贖罪をする必要はありません。私はそれだけで十分です。ですからもう頭を下げないでください」

「俺は……俺は……」


 言葉が出ない。目が熱い。頬に何かが流れているのを感じる。ただ許されることがこれほど辛いと感じたことはない。俺は孤独に生きることの意味を知っている。メリーアが味わった悲しみを、全てではないにせよ理解しているつもりだ。


「もう、そんなに頭を下げられると私が困るんです!ほら、料理が冷めちゃいま――あ」

「……すまない」


 強引に顔を上げられ、ぼやけた視界の中にメリーアの驚いている顔が映りこむ。だが直ぐにメリーアは優しく笑い、俺の目元を拭う。


「ありがとうございます、エクドイクさん。私や姉のために、そんなに心を苦しめてくれて」


 そう言ったメリーアの瞳には涙が溜まっている。俺が落ち着いた時にはせっかくの料理が冷めきっていた。


 ◇


 私はターイズ城にある一室へと入り込んだ。そこにいたのはターイズ国の王であるマリト=ターイズ、そしてイリアスに剣を指南しているとされるサルベット=ラグドーの姿があった。私の姿を確認するのと同時にサルベットは警戒の姿勢を見せ、マリトは静かな表情でこちらを見る。


「いくら協力関係とはいえ、魔王直属の部下が単身で国の王の前に姿を現すとは感心しないな」

「これは主様の命にあらず。私個人として貴様に意見を聞きにきた」

「……話せ」

「あの人間を発見し、確保した」

「本当か!?彼は今どこにいる!?」


 あの人間の話になった途端、マリトの表情からは余裕が消え去った。あの人間と懇意にしている相手だとは聞いていたが、これほどまでに狼狽えるものなのか。


「私の腹の中だ。生きてはいるが危険な状態だ。治療ができる者はいるか」

「――医者は常に待機させている。部屋も用意してある」

「ならばそこに移動しよう。案内を頼む」


 案内された部屋には既に医者らしき者と、様々な道具が準備されていた。ガーネを抜け出した時点で相当な怪我を負っていたことを考えれば、その備えは自然なものと言えるだろう。私は『迷う腹』から人間を取り出し、ベッドに寝かせる。その様子をみて医者が血相を変えて処置を始めた。


「貴様に聞きたいことだが――」


 振り返りマリトの方を見た瞬間、その表情に思わず全身が強張った。マリトの戦闘能力は高く見積もっても主様と同等、私よりかは遥かに格下と呼べる存在に過ぎない。これまで多くの敵と対峙してきたが、これほど体が竦むことは初めてだ。この怒気が私に向けられたものでないことは理解しているにもかかわらずだ。


「陛下、医者の手が鈍ります。抑えてください」

「――すまない、ラグドー卿」


 サルベットの言葉に正気に戻ったのか、マリトは大きく息を吐きだし私と向き合う。


「話を続ける。私はこの人間の惨状を見て、主様に見せるべきかどうかで悩んでしまった。だが、主様の命令を遂行するのが私の役目だ。ゆえに第三者である貴様に確認をしたい。もしもこの人間の姿を主様が見た場合。主様はどのようなことになるか」

「……率直に言えばお前の直感は正しい。今の友の姿を見れば紫の魔王が正気でいられる保証はない。良い判断だ」

「正気でいられないとは、具体的に説明してもらおうか」

「友ほど紫の魔王を理解しているつもりはないのだがな。……だが少なくとも友をこんな目に遭わせた者を許すことはないだろう。いかなる手段を用いても報復を考えるはずだ」


 そこまでは私も考えた。だが私が求めたい答えはそれではない。


「それは至極当然のことだろう。この人間は主様にとって最も優先する存在だ。それを踏みにじられた以上、相手を許す理由はない」

「いかなる手段と言うところが問題だ。紫の魔王は蒼の魔王や金の魔王のように人間のように生きようとする意志が弱い。相手によっては魔王として動くことになるだろう」

「それに何の問題がある?」

「友はそれを望まないだろう。友は紫の魔王が人間の敵になることを避けようとしていた。だが今、友はこの状態だ。紫の魔王を止められるものは誰もいないということになる。俺と同等以上の怒りを抱き、自由に動けばこれまでしてきた友の働きは全て瓦解することになるだろう」


 先程見せたマリトの抱く怒りは相当なものだった。もしも主様がそれ以上に怒り、自らの力を振るうようになれば……緋の魔王にも匹敵する脅威となることは間違いないだろう。


「納得した。だが私は主様に報告する義務がある」

「――どの道金の魔王には伝えるつもりだ。そこから情報が伝わる可能性は大いにあるだろう。止めるつもりはない。だが、もしも紫の魔王が暴走するようならば、俺は人間の王として紫の魔王を止めなくてはならない。その意味は理解しておけ」

「……承知した」


 ひとまずこの人間のことはマリトに任せておけば大丈夫だろう。だが魔法を受け付けぬ体でこの怪我、助かる可能性はほぼないと見ていい。


「陛下、他の者への通達はどのように?」

「通達はする。だが誰にも会わせるな」

「御意に」

「特にラッツェル卿には厳命せよ。間違いなく道を踏み外す」

「……でしょうな」


 人間の騎士の生き方はある程度聞き及んでいる。自らの信じる正義を貫き、誇り高く生きるとされる者達。イリアスの強さはそういったものから培われている。それほどの者が道を踏み外すことになるとマリトは言った。ならば主様はどうなる?あの方がどのような道を歩んでいるのか、私にはわからない。だがそれを違えるということは、どのような結末を迎えることとなるのか。


「そうだ、忘れていた。デュヴレオリ、友はどこにいたのだ」

「メジス領土にある施設の一つだ。以前ターイズを訪れたクアマに居を構える大司教の一人の匂いを感じた」

「――セラエス大司教か。エウパロ法王への報告は俺が行う。ラグドー卿は他の者達への通達を。デュヴレオリはその時の詳細を説明してもらえるか」

「わかった」


 もしもこの人間の意識があれば、私以上に主様を理解しているこの者ならば、主様にとって最良の行動を思いつくのだろう。人間よ、私はどうすれば良いのか。そう思いながらこの人間を見つめる。何かを語ってくれるわけでもない、死を迎えるだけの存在に。


 ◇


「おう、ハークドック。ターイズのラグドー卿から連絡があった。あの男が見つかったそうだ」

「んなっ!?ようやく冒険者達を動かしたばっかりだってのに!?」


 ジェスタッフの兄貴のところに戻って、兄弟の消息を調べるつもりで張り切っていたのにそりゃないぜ。まあ、見つかったってんならそれに越したことはねーんだけどさ。でもわざわざクアマ魔界で動いていた兄貴が本国に戻ってきたってのに、ほんと兄弟に振り回されてんな。まあ、魔王をぶっ倒したってくらいの奴だし、仕方ねぇっちゃあ仕方ねぇ。


「その冒険者達だがな、しばらくはそのまま探させろ」

「へ?どうしてですかい?」

「攫った犯人はまだあの男を奪われたことに気づいちゃいねぇ。それを悟らせねぇためだ」


 兄貴の話によりゃあ、兄弟は下手に動かすこともままならない相当危険な容態らしい。デュヴレオリはそんな兄弟の姿を模した分身を置いてその場を去った。魔法が使用できない以上、魔法で調べられることも早々ないだろってことらしい。


「俺だけでもターイズに戻っちゃダメなんですか!?」

「あの男を攫ったのはラーハイト、レイティスの連中だ。お前は連中が探している落とし子の一人だ。遠巻きでお前の動きを監視している可能性もある。そこから情報が漏れねぇって確証がないんじゃ、動くべきじゃねぇな」

「それは……」


 俺の本能様は命の危険にゃ敏感だが、遠方からの観察程度にゃ大人しい。俺の探知魔法の範囲外から動きを監視されてちゃ対応のしようがねぇ。だけどよ、兄弟が死ぬかもしれねぇって時に指を咥えて待ってろってのは酷過ぎる。


「ま、お前の気持ちはよく分かる。その手段くらいは俺が用意してやるさ」

「ほ、本当ですかい!?」

「明日までには準備を整える。お前は暫くここに籠れるように冒険者達への指示をすませておけ」

「わっかりました!ぱぱっとすませてきます!」


 流石は兄貴!俺には思いつけやしねぇことをすぐに計画できる!だがこうしちゃいられねぇ。明日にはクアマを発つんだ、俺は俺の仕事をきっちりこなさなきゃならねぇ。俺は屋敷を飛び出してリオドの本部へと向かうことにした。その道中、知った顔を見つけた。


「あら、ハークドックじゃない」

「よぉ、マセッタ。お前もクアマに戻ってたのか」


 モルガナに所属するユグラ教司祭、マセッタ。クアマじゃナトラさんとの関係で色々と世話になった。そういやあれ以来ちゃんと話をしてなかったな。


「あの人がレイティスに攫われたって話があったでしょ?ユグラ教の方でも捜索を手伝うように言われたのよ。私はモルガナのギルドメンバーでもあるから、その辺のツテでも利用しようかなって」


 兄弟もマセッタのことは信用できるって言ってたしな、マセッタ本人も兄弟のことは気に入っているみたいだし、話しておいても大丈夫だろ。


「ああ、そのことなんだけどな。……ちょっと耳貸してくれ」

「いいけど……あんまり近くで息かけないでよね」

「なんだよ、耳でも弱いのか」

「……そうよ、悪い?」


 ……なんだかこっちが恥ずかしくなってきたな。まあいいや。一応探知魔法で周囲に気を張りつつ、ジェスタッフの兄貴から聞かされた内容をかいつまんで話す。本当に耳が弱いらしく、気をつけてはいたのだが体がもじもじしてやがる。


「そう……。ねえ、私も一緒に連れて行ってもらえないかしら?」

「それは構わねぇと思うけど、なんでだ?」

「一つは私もあの人のことが気になるから。もう一つはラクラに悪いことしちゃったから、何か埋め合わせのために動きたいのよ」

「ラクラは今別のところにいるんだがな」

「どうせすぐに合流できるでしょ?」

「それもそっか。んじゃあ後でジェスタッフの兄貴には話を通しておくぜ」

「ええ、よろしくね。それじゃあ行きましょうか」

「……?」


 明日出発するって言ってんのに、何言ってんだこいつ。そう思って首を傾げていたら逆に近寄られて耳元で話された。くすぐってぇ。


「馬鹿ね、今の会話が聞かれていたら不自然でしょ。今から私もクアマの本部に顔を見せにいくって言ってるのよ」

「お、おう」


 そういやマセッタの言葉はそう取れるように考えてやがるのか。こいつもすげー機転が利くんだな。いや、俺がダメなだけか?


「お前ってすげぇのな」

「急に何よ」

「いや、色々器用に立ち回ってんなーって」

「何それ、皮肉?」

「純粋に褒めてるんだけどな」

「……まあいいわ。クアマの本部に入るのは初めてなのよね。ギルドメンバー以外だと入るなり絡まれるって本当?」

「半々だな。俺がいりゃあ野次られる程度だ」

「冗談で言ったのに……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ