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とりあえず学ぼう。

「おい、どうするんじゃあれ!?」

「知りませんよ、何で今頃来たんですか!?」


 ヒソヒソとラグドー隊の面々と緊急会議が行われた。

 彼らもイリアスの様子の異常さに気付いている。 


「イリアスは途中から非番で今まで連絡が付かなかったんですよね。それが今来たって事は」

「うちの者が探すのに手間取った上、この場所に来るまでも相当の時間が掛かったものかと」

「森を通る道ですよ、案内役置いておかなかったんですか!?」

「あー、坊主が無事だと聞いて、全員安心して洞窟で眠っておったわい……」

「私はその子に魔力放出の方法を教えていましたし……」

「それじゃあ一晩中夜の森を探し回っていたって事ですよね!?」


 ちらりと全員でイリアスを見る。


「どうしたんだ急に、まあ仲が良さそうで羨ましいな。ははは」


 すぐさま作戦会議に戻る。


「坊主、なんとかせい!」

「そこはカラ爺達の方が良いでしょ! 目上でしょあんた達!?」

「あれはダメじゃ、爆発直前の家内と同じじゃぞ!?」

「坊主を助ける為に来たんじゃから坊主がなんとかするのが筋じゃろ!」

「あ、それ言いますかっ!?」


 そして見事な連携で押し出される。

 こ、こいつら覚えてろよ!

 さて、こうなってはもうイリアスと向き合う他無い。

 今のイリアスの心中を考えるとしよう。

 午前中は仕事をしていた、だと言うのに突如非番になった。

 理由は定かではないにせよ、その後の行動は不明。

 こちらが拉致られた後、バンさんはカラ爺と接触し救助隊を編制。

 この時も連絡が取れていなかった、つまりは家に居なかった。

 バンさんの部下が探し回って見つけられないとなると、イリアスは転々と移動をしていたと見るべきか。

 非番に周囲を見て回る理由、よもや国の外に冒険に出ていた誰かさんを探して回っていた?

 日中は国を探し回り、そしてバンさんの部下がようやくイリアスを見つけ連絡をした。

 イリアスの性格ならば駆けつけただろう。

 だが大まかな場所を知らされただけで案内役もいない状況。森に入らざるを得ない状況となった。

 そして夜は明け、こちらが黒狼族の村で色々やっている間も捜索を続けた。

 やっとの思いで見つけた時には全てが解決しており、目の前には長い時間探し回り、心配したであろう人物がいる。

 ここまで来ると怒りよりも虚しさが先行しそうだなぁ……。


「――心配を掛けて悪かった」


 細かい作戦なんか考えている場合じゃない、まずは謝るべきだ。


「ああ、一体どれだけ心配を――」


 イリアスを抱きしめる。


「なっ、何を――」


 少女を抱きしめたときとは違い、鎧を着込んでいるイリアスの体は硬く、そして何より――

 い、いてぇ!?

 まるで岩にぶつかった様な感触を受けた。いや、そんなことを思ってる場合じゃない。

 おい、ギャラリー、口笛吹いてるんじゃないぞ!


「そんなボロボロな姿になるまで必死に探してくれていたんだな、ありがとう」

「いや、まあ……それは人として当然と言うか……その……」


 ここはオーバーアクションで感謝を伝え、勢いで流し込むんだ!


「詳しい事情も分からない間も、ずっと探して、ずっと不安だっただろう。本当にすまなかった、嬉しいよ」

「……ああ、無事で良かった」


 イリアスから危険な気配が薄まるのを感じた。

 よし、よおおし!

 これで無事に帰れるぞおおお!

 なぁに、この後はしっかりフォローを入れて『犬の骨』で上手い飯と酒でも奢ればきっと――


「ふう、一件落着じゃの。しかしイリアスが間に合っておればもっと早く事は済んだじゃろうな」

「いえいえ、『イリアスがいたら全部力で解決してかえって拗れる』とおっしゃってましたよ」

「それもそうじゃのう」


 バアアアアンッ!?

 カラ爺いいいいっ!?

 このタイミングでその会話をするのってなんなの!?

 『あ、やっべ』ってハモって呟いたの聞こえたぞ!?


「おい」


 ドスの利いた声が耳元で聞こえた。

 とっさに逃げ――離れようとしたが何故か動けない。


「は、はい」


 今の状況、イリアスに抱きついたままで硬直している。

 と言うより、イリアスがこちらの背中に手を回していてがっちり固定されている。

 何これ、硬すぎて揺れもしないんですが!?

 鋼鉄の拘束具かなにか!?


「今の話は本当か?」

「い、いや、その……」

「正直に話せ」

「……その、色々込み入った事情がありまして、武力で解決するよりも搦め手でどうにかしたいなという事を相談した折にですね……」

「私がいなくて良かったと」

「い、いえ、本心ではなく……口が滑りまして……あ、痛い、痛い痛いいたたたっ! や、やめ、止めて! おい馬鹿、このゴリラ――」


 ギリギリと肋骨と背骨が悲鳴を上げる。

 ああ、これテレビで見たことがある奴だ。

 たしかベアハッ――

 懐かしい思い出を走馬灯に、意識が途絶えるのであった。



「まったく。事情はわかったが、言い方というものがあるだろう」


 帰りの森の中、イリアスは先陣を歩く。

 邪魔な茂みが視界に入れば剣を抜き、なぎ払う。

 意識を失った彼はカラ爺が肩に担いでいる。


「大体あの程度で気を失うとは情けない」

「いやぁ、アレはわしらでも地獄じゃわい」

「むしろ腰にくるわしらの方が効きそうじゃったわい、恐ろしいのう」

「しかも鎧じゃろ、嬉しさなんぞ欠片もないぞい」


 邪魔な木を切り払う為に剣を持ち上げる。

 あ、また抜けなかった。

 鞘のまま叩きつけ、へし折る。

 どうも最近鞘の方に錆が溜まっているのか、剣が咄嗟に抜けないことがある。

 鞘でも基本問題はないのだが、早い所鍛冶屋に持っていかねばなるまい。


「カラ爺、ボル爺、何か言ったか?」

「いや……なんでも……ないです……」


 しかし最後に言っていたゴリラとは何のことだろうか。

 何かの悪口なのは想像できるが、今度聞いておくとしよう。

 事情は聞いた。今バンの背中から彼を見ている少女の為に、彼は手を尽くしていたのだ。

 少女の経緯を聞かされた時には彼の言い分も理解できた。

 もしもこの少女の有様を見せられていたならば、恐らく自制することはできなかった。

 剣を抜き、黒狼族を一喝し、強引に連れ出していただろう。

 一秒たりとも少女を地獄に居させたくないと思い、行動したはずだ。

 だからと言ってあの言い方は――なんなのだろう。

 怒り、くやしさ、寂しさ……どの感情が勝っているのだろうか。

 さっきは延々と探しまわされた事と、それが無意味に終わった鬱憤をぶつけてしまった。

 だが今残っている思いはどのような物なのか。


「――頼ってくれても良いのに」


 ふいに口が滑った。

 幸いにも誰にも聞かれていなかったようだ。

 ああ、そうなのだな。

 彼は異なる世界からやってきた。

 それを特別視していないといえば嘘になる。

 他にも彼の行ってきた事は目を引くことが多い。

 私は彼に興味を抱いている。

 彼の成す事をもっと見たい、間近で。

 加わりたい、その一端を担えるように。

 だけど彼は私に依存しようとはしていない。

 聞けば今回の件の発端は、資金の工面だと言うではないか。

 異なる世界に放り出され、何も無い状態なのだ。

 もっと人に甘えても許されるのではないだろうか。

 彼に抱きしめられた時、彼を締め――抱き返した時に気付いたことがある。

 彼は想像以上に脆かった、一般成人よりも遥かにだ。

 下手をすれば女性以下、子供と同程度だろう。 

 きっと彼からすれば周囲の者達の力は脅威に映っているのだろう。

 それは悪人だけではない。騎士達や、私も……。

 だがそれは裏を返せば味方であれば頼もしいはずなのだ。


「これはこれで良い鍛錬になるだろうか」


 彼に頼られるように成れば、私はもっと騎士として成長できる気がする。

 今まで漠然とした道を進むだけであったが、そういう目標を持って行くのも悪いことではないだろう。

 彼に懇願され、仕方が無いと剣を手に取る姿を思い浮かべた。


「……何を考えているのだ私は」


 これでは想像と言うより妄想だ。

 頭を軽く振り、歩みを早める。


「しかし、この後はどうしたものだろうか」


 少女をこのまま門内に連れて行けば目立つだろう。

 まずは兵舎に連れて行き体を綺麗にするべきか。

 その後は――まあ彼が何とかするだろう。

 こちらは新たな部族についての話を報告しなくてはならない。

 衝突も無く、温和な形で進みそうなのだ。

 陛下ならば悪いようにはしないだろう。

 森を抜ける、今日もまた忙しく――


「はっ、招待の件忘れていた!」



 腰の痛みが酷い。もうあのゴリラなんなの。

 意識が戻ったのは兵舎の中。

 カラ爺達は各々が元の仕事に戻っている。

 バンさんは黒狼族との交渉の件をラグドー卿に説明しに行ったとの事。

 『後はお任せください』との伝言。今の所心配する必要は無いだろう。

 この国には亜人こそいないが、そういう者に対する差別意識があるわけではないらしい。

 男女の役割に拘る古風な考え方が抜け切れていないと言う点は問題だが今はいい。

 亜人も当然のように暮らす国は確かに存在しているが、それは近くにその亜人だけが暮らす集落があって初めて互いに行き来が生まれるとの事。

 ターイズにはそういった集落が今まで見つかっておらず、人間だけがこの領土に生息していたわけだ。

 もしかすれば近い将来、このターイズにも黒狼族の者が市場で商売をする光景も見られるかもしれない。


「さてと、そろそろか」


 イリアスは現在兵舎の風呂場で少女を洗っているとの事、目の前で恩人を絞め殺そうとしただけあって抵抗も激しかったそうだが、その抵抗も虚しく連れて行かれたらしい。

 あの怪力に掴まれたらそうそう逃げられんだろう。

 時折叫び声や魔力放出の音が聞こえるが、気にしないでおこう。

 しばらく静かになったと思ったらイリアスがやってきた。


「おー、やっと終わったか」

「そっちはやっと起きたのか、お前が気絶していたせいで言うことを聞かなくて大変だったぞ」


 イリアスの手には少女の腕が握られている。

 別にホラー的な表現ではない。

 その先に力なく引き連れられている少女がいるだけだ。

 十分ホラーだった。

 少女はこちらに気付くと、泣き喚きながらこちらに駆け寄る。

 イリアスも用は済んだので手を離し解放する。すると勢い良く突撃してきた少女がこちらの腹に衝突する。


「ごほっ!?」


 忘れていた。この子も黒狼族なのだ。

 鍛錬こそしていないが、それなりのスペックはあるのだ。

 体を洗われた少女はもう臭わない。

 全身も綺麗になっており、その肌の白さが以前よりも映えている。

 その髪も昼間だと言うのにしなやかに光り輝いている。


「綺麗だが、このままだと流石に目立つな」

「そうだな、亜人と言うだけでも目立つがこの髪は目立ちすぎる」


 とりあえず大き目のタオルを貰い、頭に巻いてやる。

 これでまあ、大丈夫だろうか。

 耳も一緒に隠しておいたのでパッと見では見分けも付くまい。

 尻尾は現在着せられている男物の上着が被さっている為、そもそも見えない。

 ただ尻尾を振るとお尻辺りがもぞもぞ動くのはどうしようもあるまい。


「どの道目立つな。まあこれで妥協してマーヤの元に連れて行こう。憑依術を使えば意思疎通もできるようになる」

「そうだな、私も同じことを考えていた」

「そりゃあ以前も同じだったわけだからな」


 少女を連れて移動する。

 道中イリアスはハッとしたような顔で話を切り出す。


「そうだ、今言わねばまた機を逃しかねん」

「ん、何だ?」

「実はな、山賊討伐の褒章を与える式典、その後の立食会に是非君にも参加して欲しいとのラグドー卿の言葉があった」

「遠慮しとく」

「そうだろう、やはりこういった場に呼ばれる名誉は――ちょっと待て」


 ガッシと肩を掴まれる。

 慣性の法則にしたがって体は前に進むが肩が固定されている為、一瞬体が浮いた。


「ちょ、いた、痛いって、折れる折れる!」

「何故だ、君の功績を認めて貰えたからこその招待だぞ!?」

「目立つのが嫌いなんだよ。離せ、ほんと折れる!」

「あ、ああ」


 解放される、ほんとこいつ、咄嗟の反射で動くときの加減下手糞すぎない!?

 肩が外れるかと、いや砕けるかと思いましたよ!?

 肩を摩りつつ浮かんだ涙を拭い取り、話に戻る。


「そりゃあ騎士にとって名誉は大事だ。出世の為だけではなく当人の信頼を築き上げる上で明確に示せる成果なんだからな」

「それは騎士でなくとも同じだろう。この世界で生活するのなら功績は立派な武器になる。ただでさえ弱いのに立場も無ければ苦労するだけだぞ!」

「あー、お前なら分かるだろ。変わり者が目立つことの意味は」


 こういう話題に持ち込むのは卑怯だと思うが、説明の為には仕方が無い。

 イリアスは女でありながら騎士として立派な功績を残している。

 そしてそれがどういう問題を生んでいるのかと言うことも。


「それは……だが私はそれでも――」

「お前がやっていけてるのは頼れる仲間がいるからだ」


 イリアスは口を噤む。

 イリアスが今の立場を維持できてきたのは彼女の実力だけではない。

 その実力を認め、補佐してくれたラグドー卿、ラグドー隊の助力が大きい。

 イリアスのメンタルでは彼らがいなければきっと――


「……達では、私達では頼りにならないのか?」

「なるさ、カラ爺もマーヤさんもバンさんも、そしてイリアスも頼れると思える人達だ」

「なら――」

「あのなぁ、ちょっと力を抜け」


 心配そうに見つめていた少女の両頬を引っ張る。


「こちとらこの世界に来てまだ一週間程度、右も左も分からない状態で放り出された立場だ」


 少女の変顔を盾に話を続ける。


「誰が敵味方になるかも分からない。誰に頼ればいいのか、どれだけ頼ればいいのか、そういったものを慎重に見極めて行きたい時期なんだ」

「……」

「別にこれはイリアスの考えが悪いって話じゃない。こっちが臆病なんだって話だ」

「臆病……君が……」

「当たり前だろ。この世界に来ていきなり死にそうになったんだ」


 熊やスライムに襲われた事はこの数日夢にも出てきている。

 山賊達に向けられた殺意もそうだ。


「イリアスが頼れると分かっていても頼りきれる勇気もない。自衛の為に不用意に目立ち敵を増やすような行動を避けたいと思っている。それだけなんだ」

「まだ私達を頼りきれない……」

「イリアスだって出会って数日の相手に、自分の人生を託すことができるわけじゃないだろう?」

「それは……そうだが」

「都合のいい事を言うが、今一番頼っているのはイリアス、お前だよ」

「む……う……ずるい言い方をするな……」

「そういう事で招待は遠慮する」

「そうか……ラグドー卿には君が参加するように説得を命じられていたのだが……諦めるしかないな」

「ああ、じゃあ出るよ」

「はぁっ!?」


 こういう顔大好き。

 そりゃあ慎重に生きたいとは思ってますが、恩人の立場を悪くするのは無難では無かろうて。


「そりゃあただの招待なら断る。でもイリアスの面子が掛かっているんだろ?」

「いや、それはそうだが……そうなんだが?」

「じゃあ世話になっているんだ。それくらいの恩返しはすべきだ、常識だろ?」

「あ、ああ、そうだな、そうだな?」


 混乱顔のイリアス。

 面白い顔だが笑ってはいけない。また絞められる。


「そもそも命令だったならそれを先に言えよ。こちとら社会人だぞ」

「す、すまない……うーむ?」


 納得のいかない顔をしているイリアスだったが、目的が果たせたのだからとこの話題は終了。


「そういえばこの子の名前、どうしたものかな」


 少女の頭を軽くぽんぽんしつつイリアスに相談する。


「名前? そういえば聞いてなかったな」

「村じゃ忌み子としか言われてなくてな。両親はこいつを生んでから数日で亡くなったそうだが、名前を付けられていたとして知っている者はいないだろうってとこだな」

「そうか……それでは名前を与えてやらねばならないな。黒狼族の子か……そちらの世界では黒とはどういう発音をするのだ?」

「あークロ、コク、ブラックとかだな」


 憑依術が機能していると日本語を伝える為にはある程度の意識がいる。

 知らない単語ならばそのままなのだが既知の単語になると勝手に翻訳されてしまうのだ。


「あまりイメージに合わないな……白は?」

「シロ、ハク、ホワイト組み合わせならビャクとかもあるが」

「ううむ……狼は?」

「ロウ、オオカミ、ウルフ、狼の伝承で有名なのはフェンリルだな。別名フローズヴィトニル、ヴァナルガンド」


 まあ意味を考えるとちょっと避けたい名前であるのだが。


「ウルフというのはいい響きだな」

「だがこっちの世界でウルフを名乗る奴って大抵男だぞ」

「ううむ……それではそれを文字って……ウルフェとかはどうだ?」


 ウルフェ、ふーむウルフに小文字を足した程度だが、確かに柔らかな感じが加わっている。

 しかしこれって太郎に子をつけて太郎子的な感じで、強引に女の子っぽくしているだけではなかろうか。

 だがまあ響きは嫌いじゃない。


「ウルフェ……まあ悪くない、決定だな」


 少女の眼を見つめ、語りかける。


「今日からお前はウルフェだ、それがお前の名だ」

「あ、う、……う、ふぇ?」

「ウルフェ、ウ・ル・フェ、だ」

「うるふぇ……うるふぇ!」


 どうやら気に入ったようだ。

 イリアスと顔を合わせ笑いあう。

 今日がこの子、ウルフェの新たな人生の始まりだ。

 喜び自分の名を何度も反芻するウルフェを連れて、マーヤさんの所へ連れて行った。



 ラグドー卿はターイズ国王であるマリトの執務室にて、今回の経緯を話していた。


「よもや長い歴史のあるターイズ領土内に、人知れぬ亜人の部族がいたとはな。未開の地が多いのも今後の課題としたい所だな」

「ええ、そしてそれを発見したのがこの国の商人のバンという者と、件のラッツェル卿の協力者という話です」

「山賊討伐、魔王に関する書物、そして今回の亜人発見、なかなか掻きまわしてくれるではないかその者は。立食会への招待は受けてもらえたのか?」

「それが、先日ラッツェル卿に確認したところまだだった為、伝えるまで休暇を与えました」

「ははっ、堅物のラッツェル卿では骨が折れそうだな。難しそうならお前も動いてくれ」

「御意に」

「それでもダメなら俺がこの部屋を抜け出して会いに行く。気楽にやってくれ」

「それは尽力せねばなりませんな」


 ラグドー卿は苦々しく笑い、マリトは愉快そうに笑う。


「それで商人であるバンより、黒狼族との交易は極力対等な関係を築きたいとの申請をうけましたが――彼らの兵力はこちらに比べ微々たるものです」

「それがどうした。彼らは長年この領土に住む者達よ。我らの庇護を受けることなく生きた者達に突如税を敷き、搾取するのは道理であれど人道では無い。彼らが下に付くことを望むまでは好きにさせれば良い」

「聞けばその森は希少な森、有益に使えば国の利益にもなるでしょう」

「発見した功労者に蜜を吸わせてやれ、成果には対価だ」

「御意に」


 マリトは背伸びをしつつ窓へ歩み寄る。

 この国に変化を与える者がいる。

 早く会って見たい。

 美女と言われた貴族の娘に会う以上に心が躍る。

 かの協力者が女ならば恋心さえ持ったかも知れぬ。我ながら好奇心の過ぎた王だ。

 マリトはこの国のどこかにいる男を思い、微笑むのだった。



「はい、終わったわ。失敗もなしよ」


 マーヤの憑依術は無事に終了した。内心ちょっとした副作用とか起きたら良いなーとか思ってませんよ?

 そんな小物じゃありませんとも、多分。

 ちなみにこちらの憑依術も魔力を補充してもらった。

 もしも黒狼族のところで魔力切れを起こしていたらと思うと、ぞっとする話である。


「ウルフェ、私の言葉が分かるか?」


 イリアスが声を掛ける。

 ウルフェは少し驚いて見えたが、こくりと頷き答えた。


「よし、何か喋って見ろ」

「う、うん、ええと、いいてんき」

「失敗してる気がしないでもない」

「失礼だね。大丈夫よ、坊やじゃあるまいし」


 少しはこちらの失敗に対する罪悪感持ってくれませんかね?

 ウルフェは自分の意思を伝える言葉を持ったことに困惑している。

 事前に説明してはいたのだが実感を伴えばそうなるのも頷ける。

 今まで訴える術が首を振ることだけだったのだ。


「う、あ、ええと、その、うるふぇはうるふぇ」


 ウルフェはこちらを見て困惑しながら話す。


「こっち、は、いりあす」

「ああ、そうだ」

「あなた、は?」


 なるほど、なんと呼べばいいのか悩んでいるのか。

 名前を呼ばせるのも良いが年下だしな。呼び捨てにするイリアスの真似をさせるのも癪だ。

 なんと呼んでもらおうか? 兄と呼ばせるか、しかし何かが違う。

 パパ、ないな。

 ご主人様……いやいや召喚獣じゃあるまいし。


「ダーリンとか良いんじゃない?」

「それは危ういにも程がある」


 マーヤさんの発言をブロックしつつ考える。

 ウルフェとの今後の関係を考える。

 当然ながらウルフェが一人で生きていけるようにサポートするつもりはある。

 それを背負っていく覚悟をして今にいたるのだから。

 ウルフェには色々な事を教えていくつもりだ。

 なればこそ、


「先生、師匠といったところか」

「偉そうだな」

「ほっとけ」

「せんせー、ししょー?」

「どっちでも良いぞ」

「せんせ、ししょ、せんせ……ししょー!」

「よし、これからはそう呼べ」

「ししょー! ししょー! しっしょー!」


 ウルフェは愉快そうに連呼した。

 冷静に考えると師匠ってマスターって訳せるんだよな。そっちも良かったか?

 いや、和風な感じの方が好みだ。

 日本だとバーのマスターのイメージが強すぎる。

 さて、今後すべき課題を考えよう。

 まずウルフェの衣食住を考えねばなるまい。


「無論私は構わない。負担を考えるなら君の代わりでも良い」

「ちゃんと家賃いれるんで勘弁してください」


 イリアスの家の空き部屋がウルフェの部屋となった。

 食も何とかなるだろう。ゴッズに甘えれば当面金も必要あるまい。

 となると後は服か。この男物のぶかぶかな格好はよろしくない。

 そもそもこれ下着穿いてるの?


「マーヤさん。ウルフェに魔力の放出を抑えさせる方法は教えられますか?」

「問題ないわ。有り余る魔力なら小まめに放出させれば問題ないし、そうなれば普段から抑えていても日常に負担はないと思うわ」


 髪の発光問題はこれで大丈夫だろう。

 それでも透き通るような白い髪は目立つと思うのだが……。

 こっちもいつの間にか頭にタオルを巻かなくなったが、さほど言われていないので問題ないだろう。

 後は衣服だが……、まずはあれを連れてこよう。


「わぁー、可愛い!」


 サイラを連れてきた。

 今日はお休みだったため彼女の家に行き、呼び出したのだ。


「なぜこの子の家を知っていたんだ」

「そりゃあ住所交換は交友の第一歩だからな」


 イリアスが向ける人格を疑っていそうな視線は無視。


「それでウルフェに合う服を作ってもらえないか? 人間しかいないこの街に専用の服は売っていないだろう。どうせ制作を依頼するならサイラの練習にも良いと思ってな」

「まっかせてー、これは創作意欲が湧き上がるぅ!」


 テンションの上がったサイラにやや戸惑うウルフェだが、無事採寸を済ませた。


「さてウルフェ。お前はマーヤさんの憑依術によって他者と話すことができるようになった。だが憑依術に頼りっぱなしではいつまでたっても自立はできない。イリアス、わかってる。自分にも向けて言っている自覚はあるから、その目は止めろ」

「なら良いのだが」

「まずすべきは言葉の学習、そして常識の勉強だ。そういう訳でマーヤ先生、頼みます!」


 ウルフェを座らせ、手元に羊皮紙とペンを握らせる。

 これぞ教え子の姿。


「坊や、その子になんて呼ばせているか覚えてる?」

「生き方は教える。だけど言語や常識はこっちも初心者なんです。というわけでマーヤ先生、頼みます!」


 というわけでこちらもウルフェの隣に座る。


「構わないけどね、なんか腑に落ちないわ」


 自己流で言語の勉強ができないわけではないが、常識に関しては教わった方が早い。

 こうしてウルフェを迎える手筈は整った。

 今まで何も得られてこなかったからこそ、これからは得る為の努力をしていかなければならない。

 決して幸せだけが待っているわけでもない。

 それでもウルフェには良き人生が送れるように支えてやろう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お前の嫁だろ!なんとかしろ!
[気になる点] なんで普通に名前でなくて師匠と呼ばせるんだ 弟子にしたいのか?何かを伝授したいのか? それとも「転生したら剣でした」に思い入れがあるのか えーと・・・作者違うよね? 主人公より間違い…
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