とりあえず助けて。
目覚めました。
体がとても痛い。筋肉痛というより足が乳酸漬けって感じ。
でも立ち上がる。弱音を吐く相手もいないんじゃ甘えることもできやしない。
時刻は昼に近い。太陽らしき物はあるが、この世界でも太陽って言うのだろうか? 某ロボットのコンニャク食べたらきっと太陽でOKだと思うけど。
あの幻想的な森は振り返ってももう見えない。
スライムはさておき、熊はまた出るかもしれないから慎重に進まねばなるまい。
ついでに木の実的なものを探しつつ進む。さすがにお腹が空き始めたのだ。
幸い木苺的な木の実を早い段階で発見。口に含みしばらく様子見。
甘みがあるが酸っぱさが強く、正直美味しくないが舌に痺れなどはないので食べられそうだ。
念のため大量摂取は控えて、じっくり味わいながら進む。
なお難易度が絶賛急上昇中。
「わぷっ、またか……」
最初にいた場所をスライム地帯と呼んでおこう。この辺はあそこと違い虫がいる。つまるところ至るところに蜘蛛の巣が存在するため、不快感が半端ない。
さらに勾配が急になり始め、真っ当な下山感覚になり始めている。
蜘蛛の巣に意識を向けていると足元が滑って危うい。
拾った棒切れを振りながら蜘蛛の巣を払い、進む。当然疲労は加速する。
枝木を掻き分け進む。ちょくちょく引っかかって痛い。
長袖の服装だったことに感謝。夏で半袖だったら、今頃悲惨なことになっていただろう。
登山中に道を外れて降りていけと言われたようなものだ。道のありがたさを痛感している。
この山を攻略できれば、富士山だってきっと登れるに違いない。体力はつけなきゃだけども。
正直スライム地帯の方が数倍マシだった。なんか帰りたい。スライム怖いから帰らないけどさ。
などと考えていると耳に新たな音が入る。
「……ん、この音は」
そう、この音は心待ちにしていたアレだ。
足早になり音の方に進む。
そして視界に映ったのは川だ。
浅く細いが、れっきとした川。
感無量で川辺に駆け寄り水を掬う。
飲みたいがそこは我慢。上流の湧き水ポイントならまだしも、このポイントは色々心配になる。
顔と髪を洗い蜘蛛の巣を流す。
不快感が一気に消えた事でだいぶ気持ちに余裕ができた。
そんなわけでしばらくは川で休息を取った。
その後、魚とか取れないかなと思いつつ川を眺めながら歩いていると、衝撃が走る物を見つけた。
ロープの切れ端である。
「お、おお」
そりゃ感嘆の言葉も出ますよ先生。異世界に飛ばされたって実感しかなくてこの世界に人がいるのかって問題があったんですよ。
それが解決しそうなんですよ。これ文明の証拠ですよやっほう!
というよりこの辺に人が通った形跡があるということはですね、もしかして登山道とかあるんじゃないんですかね? と言うことで周囲を散策。
するとありましたよ。道とはいえないけど意図的に折られた枝とかさ!
獣に折られた可能性も考慮したけど、刃物のようなもので切断されているものも発見。これはテンションあがります!
口がにやけるのを感じながらその道を進んでいく。
しばらく進むと岩場がちらほら見える地帯に入る。そして――洞窟を発見。
入り口の横には松明を置くような台座が一対、最近使った形跡も見られる。
これはもうあれだよね、ついに第一村人発見ですかね!
「……いや、ちょっと待てよ」
こんなところに住む人種を考えよう。
スライムがいたんだよ? じゃあゴブリンとかいるんじゃね? 人間だとしても山賊とかじゃね?
パターン1:ゴブリン
「ニンゲン、クウ。ニンゲンクッテ、ツヨクナル」
「ぎゃー」
パターン2:山賊
「おう、珍しい服着てるな。全部よこせ」
「ぎゃー」
パターン3:仙人
「修行」
「ぎゃー」
アカン、これは見極め必要ですわ。というわけでこの入り口が見えて隠れられそうな場所をきょろきょろ。
手ごろな場所の床を均し、場所を確保して伏せる。
しばらくはここで待機するとしましょ。
待つこと一時間後。寝てないよ? 意識飛んでたけど寝てないよ?
なにやら話し声が聞こえたので、洞窟入り口の草むらに潜みながら覗く。
そこには見事に人間が二人ほど、格好はだいぶラフで筋肉質だ。
やっと人に会えた喜びをぐっと堪える。だってあの人たちThe・山賊って感じだよ? 腰に剣とか斧ついてるよ?
でも見た目で判断してはいけない。実はめっちゃいい人で、将来ブラザーって呼び合う関係になるかもしれない。
あーいやないわー。なんか人の腕取り出したわー。笑ってるわー。蛮族だわー。
しかも何言ってるのかさっぱりわかんない。
方言がきついとかじゃなくて言語が違う。
少なくともポピュラーな言語じゃないのは確かだし、日本語も通じないだろうよ。
蛮族の前に言語の通じない異世界人。襲われるしかないわー。
正直見るのも嫌なんだけど、もう少し様子見。取り出された腕には宝石のようなものが金属のチェーンのようなものに取り付けられて巻かれている。
これは想像だが商人とか金持ち襲って、腕についたアクセサリーを奪う時に外し難いから腕ごと持ってきたーって感じかな。
なんかどっかの国で腕時計盗む時に腕ごと切り落とすって話を思い出してブルー。
あまり視線を向けると気づかれるかもなので、そっと隠れなおして洞窟に入るか立ち去るかを待ちましょ。
しばらくして山賊は洞窟の中に入っていった。
ただこいつらが通った道ならそれなりの場所に出れそうなんだよな。
でも他の仲間と出くわす可能性もあるから怖い、どうしたものか。
とりあえず洞窟傍にて人が通った道を発見。
馬鹿正直に行くのは危険と判断して、隠れながら進むことに決定。
すぐそこに楽な道があるというのに、という気持ちを押さえ込む。
こんな山中で山賊とエンカウントするくらいなら苦労する道選びます。
はい、正解でした。
隠れながら進んでいたら山賊とすれ違うわすれ違うわ。
十人くらいすれ違ったし。っていうか一回気づかれかけたし。
斧に手をかけたのを見たときは冷や汗ものでしたね、はい。
だけどおかげで道を見失うことは無かった。これは素直に感謝。
そしてついに、下山し終えたのだ!
「まあ森の中だけどな」
でも道を発見。舗装された道路ってわけじゃないけど、馬車的なものが何度も通ったと思われる道だ。後はこの道を進めば、きっと真っ当な人が住んでいる場所に辿りつける。もううれしくて空腹とかどうでも良い。
この感動は計りしれない。
熊に襲われ――る前に熊さん食べられちゃったけど。スライムに襲われ、険しい山道を苦戦して下り続けて……。
うう、感動でちょっと涙ぐんできた。この感動を記念としてその辺の木に拾った石で落書きをしておこう。
『やせいじのきかん』
漢字は諦めた。
さ、どっちに進むかこの盟友蜘蛛巣薙ぎの剣《木製》で決めよう。さあ、どっちに倒れるかなっと。
「……倒れろよ!」
直立した盟友に突っ込みを入れて倒し、進むのであった。
◇
――洞窟入り口にて
「いやぁ、今回も良い塩梅じゃねぇか!」
「ああ、見ろよこの腕飾り。引きちぎれなかったから腕ごと持ってきたんだけどよ」
「お前血で他の宝汚してねぇだろうな?」
「どうせ川で洗えば落ちんだろが。あーロープどこにやったっけ?」
◇
――道中にて
「待て、今何か動いたぞ」
「獣だろ? 熊程度なら適当に返り討ちにすりゃいい」
「一応探知魔法を使う、『魔封石』を持って離れろ」
「へいへい」
「――魔力探知には何も引っかからないな。獣か」
「だから言ってんだろ?」
「一応念を入れて迂回してアジトに戻るぞ」
「うぇー」
◇
「ついに……ついに……!」
そう、ついに発見したのである。
眼前に映るのは左から右までずっと続く城壁。
道の先には巨大な城門。
その奥には白と青緑を中心とした、ファンタジー世界御用達のお城が見える。
距離感的にかなり大きな城で、城下町もそれなりの規模がありそうだ。
喜びを噛み締めて城門に近寄る。
「おーいっ! 助けてーっ!」
そして思い出す。言葉が通じないことを。
「あ、はい、なんかすいません、はい」
城門を守っていた衛兵さんに槍を突きつけられ、何か怒鳴られ捕まりました。
そりゃあ言葉の通じない不法侵入者なんて捕まえますよね。文明しっかりしてて素敵。
その後城の横にあった小屋に連行され、中にあった牢屋に放り込まれました。
あ、でも茣蓙敷いてある。ぐっすり眠れそう。
疲労を誤魔化していたけど森で仮眠取った程度。とりあえず寝よう。
山賊に襲われることよりか悪いことは無いだろう。フラグじゃないよ。
「おやすみ、すやぁ」
なお、数十分後殴り起こされるのであった。
◇
――城門にて
「おい、止まれ。見ない格好だな」
「―――っ! ――――っ!」
「何を言ってるんだ?」
「黒い髪に意味不明の言葉……おい、ひょっとして魔族語、魔族じゃないのか!?」
「はっ!? おい、動くな! おとなしくしろ!」
「―、――、―――――――、――」
「先輩、こいつどうします?」
「とりあえず兵舎にある牢にぶち込もう。あとはイリアスさんに任せよう」
◇
イリアス=ラッツェルは悩んでいた。
先日上司であるラグドー卿に呼び出され、山賊討伐の任を与えられた。
男女の隔たり無く実力を評価してくれるラグドー卿のことは尊敬しているし、彼に期待を寄せられている事は理解している。
だが今回の山賊討伐の噂は聞いている。既に何名かの騎士達が任に就いたが、実績を残せないでいる。
彼らが無能というわけではない。事実報告を聞く限りでは、イリアス自身もそうしたであろう手段を取ったと聞いている。
だが山賊達はそれを凌駕していた。
あらゆる場所に出現し、森や山に消えていく。
決して実力の高い騎士に挑むことなく、非力な民だけを襲い続けている。
イリアスも先日護衛の任を行っていたが、自分達が通過した一刻後に後続の商人が襲われ死亡した。
貴重品を奪うために腕ごと切断され、放置されての失血死。いったいどれ程の苦痛と恐怖を味わわされたのか。
「だがラグドー卿の期待には応えねば……」
良案など既に先任が使い果たしている。自分に成す事ができるのだろうか。
一人で山賊全員を斬れと言われればそれを成せる自信はある。自負ではなく事実である。
騎士であった父は魔族との戦いで殉職した。聖職者であった母もその時に共に。
悲しさもあったが、勇敢に立ち向かった姿を目に刻んだイリアスは騎士になる道を選んだ。
鍛錬に鍛錬を重ね、その実力を認められラグドー卿の部隊に組み込まれることになった。
女という立場的なハンデを全て実力だけで埋め、有り余る力を示してきた。
だがそれは剣の腕での話である。
もし結果を出せねば、自分の立場はさらに窮屈なものとなるだろう。
自分を評価してくれる者は僅かである。
面子を潰された男性からは嫉妬を、異常な強さを振るうことで女性からは恐怖を。
自分が欲するものは騎士として生きる人生であり、騎士としての評価ではない。
だがそれでも思うところはあった。
山賊への怒り、騎士としての立場へのプレッシャー、様々な感情が交ざり落ち着かない。
「修行不足だな……」
自分の心の揺らぎに失笑しながら警邏を続ける。
すると報告が入った。
「イリアスさん。城門の門番が兵舎に来て欲しいそうです。何でも魔族を捕らえたとかで」
「――は?」
突然の問題追加に素っ頓狂な声を上げるのであった。
急ぎ門番達の利用している兵舎へと向かう。
兵舎は城門を出てすぐ傍に建てられている。簡易的なものではあるが牢もあり、城門でトラブルが発生した場合に世話になる旅人も少なくない。
「それで、彼が?」
そこにいたのは黒髪の青年。
牢で非常に気持ちよさそうに眠っていた。
黒髪というのはこの地域ではほとんど見ない。そして人型の魔族に多く見られる色だ。
一瞬警戒こそしたが、冷静になって見ればすぐに分かる。この青年からは何の脅威も感じない。
念の為魔力探知を行ったが、内在する魔力は微々たる物。というよりこんなに少ない人間を初めて見た。服装はだいぶ汚れているが、よく見ると手の込んだ物であり、靴に至っては見たことの無い素材が使われている。
門番の話では奇怪な言語で話していたそうだが……。
一応剣を携え、牢を開けてもらい中に入る。
「おい、起きろ」
返事なし。いい寝顔で寝ている。
「おーい」
肩を揺らす。起きない。すごくいい寝顔で寝ている。
「起きろー」
かるく頬を叩いて見る。反応したが寝たままだ。
「起きてー」
強めに叩く。お、目覚めたようだ。
眠そうな顔でこちらを覗き込んで、なにやら呟いて寝なおした。
「……」
剣の柄で良い音を出してようやく起きた。