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そして激闘は終わる。

『――――。俺達、やったんだよな!?』


 無数の死体の転がる戦場、顔すら思い出せない友の声。勝利の喝采を吠えるのは共に戦った仲間達。ああ、そうだ。これはかつて人間だったころの――。

 世界は戦乱で溢れかえっていた。戦う理由などいくらでもあった。国が生まれては滅び、いつの日も戦争に備え武器を取る日々。その中で力のある国の戦士として生まれた我は幸運な方だったと自負していた。


「ああ、この勝利で我らの領土はより盤石なものとなる。他の隣国もおいそれと攻め入ることはできなくなるだろう」

『俺達が、俺達が掴み取ったんだ!ようやく、ようやく平和が訪れる……!』


 度重なる隣国の侵攻を食い止め、ついには近隣で最も力を持っていた帝国を打ち破った。多くの仲間が、友が、命を賭して掴み取った勝利。この時ばかりは寡黙な我でも気持ちを抑えきれず、仲間と共に勝利を吠えた。勝利を続けたことで我が国の領土、力を世界に示すことに成功した。世界は未だ戦いを繰り返していたとしても、我が国には当面の間平穏な日々が約束された。


『なぁ、――――。お前はこの後どうするんだ?』

「どうすると言われてもな。此度の勝利で将軍へと昇進した以上、この平和を護るために尽くすだけだ」

『そっか。この平和がいつまでも続くってわけじゃないしな』

「お前はどうするつもりだ?」

『俺は……アイツの夢だった鍛冶職人を目指そうと思う。ほら、アイツいつも夜に武器の手入れをしながらうんちくを垂れていただろ?本当ならアイツが鍛冶屋になるのが一番だったんだろうけどな』

「人の夢を継ぐか。お前自身の夢はないのか?」

『目先の平和のことばっかりだったからな。正直何もなかったんだ。でもアイツのことを思い出したらさ、なんかやってみたくなってさ』


 我が国は民の全てが武器を手に取り戦っていた。しかしその必要もなくなり、多くの戦士達が剣を手放した。これからの軍備はその道に特化した者達が務め、民を護っていく。私も友と同じように夢を持っているわけではなかった。夢を持てる者なぞ、限られるほどに戦いが繰り返されていたからだ。幸いにも私には戦う才能があった。その功績を認められ、国を護り続けて欲しいと王から頼まれた。断る理由もなければ、他に目指す道もない。自らの才能と役割に相応しい立場だと受け入れた。


「ここがお前の鍛冶場か。手狭ではあるが、味があるな」

『微妙に貶してないか!?良いんだよ狭くて。道具を取りに行く手間が省けるからな!』


 友と呼んだ者達は誰もが自らの道を進んでいった。戦場で見ることはなかった活気に満ちた顔。自らが勝ち取った平和を享受しようとするその姿は、多少なりとも羨ましいと思った。平和な年月が流れ、十数年。他国は争いを続けていたが、我が国は他国の侵攻を受けることもなく平穏な日々を送り続けていた……かに見えた。


『また増税か?軍備の拡張はもう行っていないんだろ?』

「王や貴族達の決定だ。国をより良いものにするために必要な費用となる」


 戦争続きの時代では誰もが蓄える余裕などなかったため、徴収できる税は限られていた。しかし民達が財を蓄え始めたことで国は税を集め出すようになった。貴族達も自らの私腹を肥やすことを覚え、あらゆる手を使うようになっていた。国家で一丸となって戦っていた時と比べ、それぞれの立場での溝が少しずつ深くなっていくのを感じていた。


『あのなぁ、こんなに税を取られてちゃ仕事だってまともにできなくなるぞ?俺らなんかより、貴族連中の方が金を持っているんだろ?』

「あの時と比べ、我が国は遥かに豊かになってきている。食事にも困らず、他国からの侵攻の心配もない。その豊かな国を維持するためには民達の協力も必要不可欠となるのだ」


 王や貴族から言われた常套句を口にする。間に挟まれる立場として、どちらの言い分も理解できる。なればこそ、我がその間を取り持つべきなのだが……。


『そりゃあ平和だけどさ……なんて言うか、前よりも息苦しく感じるよな』

「それは……そうかも知れぬな」


 同じ国の民が相手では、反感する気持ちを容易にぶつけることはできない。しかし怒りをぶつけられる相手もおらず、彼らの不満は積もっていくばかりだった。


『ま、板挟みなお前に文句を言ってもしょうがないか。それにしてもお前、まだその斧を使ってるのか?』

「そうだが……」

『手入れはしっかりしてっけどさ、将軍様が持つ武器としちゃ微妙だよな。新調したらどうだ?』

「戦争も起こらない今では必要もないと思うのだがな。訓練に使えさえすれば十分だ」

『そう言うなよ、俺に仕事をくれると思ってさ。腕ならバッチリだぜ?』

「……ふっ。そうだな。お前の職人としての成長を確かめてみるのも悪くない」

『おうおう、言ってくれるじゃないか。お前の闘う姿はいつも俺達に勇気をくれた、その恩返しも含めて最高の一振りを打ってやるさ!このラキシオスの集大成ってやつを見せてやるよ!』


 民の多くは国を護るために共に戦った仲間、その意識が残っていたからこそあらゆる不満を飲み込んでこれた。しかしそれがいつまでも続くことはなかった。やがて民たちは自らの待遇を改善するようにと王に訴え、結託して声を上げるようになっていた。始めは言葉による抗議も徐々に過激になっていき、そしてとうとう国として放置できぬほどの問題を起こし始めた。


「民を鎮圧……ですか。しかし力で抑えつけてしまっては……」


 そして国を護る立場であった我が、武器を手に取ることは避けられぬことであった。彼らは戦争を生き抜いた者達、生半可な鎮圧ではまるで足りず国内での争いは既に戦争となんら変わりのないものとなっていた。


『……なぁ、――――。俺達が勝ち取った平和って、こんなものだったのか?』

「……」


 荒れ果てた街並み、転がる死体、鼻に残る火と血の臭い。だが勝利で得られるものは何もない。何の喜びも見いだせない。残っているのは友から授かった斧に残った感触のみ。


『こんな結末が待っているんだったら、俺は戦争の中で死にたかったよ。お前はどう思っているんだ?』

「……」

『――悪い、嫌味だったな。いつも不愛想な面なお前だけど、俺はお前の気持ちを汲み取ることはできているつもりだ。何も言わなくて良いさ』


 友は民の側として抗った。我は国の側としてそれを断罪した。


『悪いついでに一つ、頼まれてくれないかな。どうもこのままじゃ俺は死ねない。だけどこのまま捕まってもどうせ斬首だ。ならいっそ、その斧で……』

「友を手に掛けろと……言うのか」

『――嬉しいな。俺はまだお前の友でいられるんだな。――――。最期にもう一度、お前の姿を目に焼き付けさせてくれ。そうすりゃ、俺は昔に戻れた気持ちのままで……』


 斧に残った感触はいつまでも消えることはない。眼を閉じれば瞼に顔すら思い出せぬはずの友の笑顔が歪にちらつく。我は何を求めれば良かったのか、何をすれば良かったのか。

 国内での争いが激化したことで、他国は好機とばかりに攻め込んできた。抗いこそしたものの、民を自らの手で減らし、戦う力を失っていた我が国に再び戦乱の世を生き抜く力はもうなかった。それでも我は斧を振るい続けた。今更この斧を手放す理由など、あって良いはずもない。自らの命が尽きるまで、闘い続けなければ我には何も残るものがなくなる。


『おや、死体しかないと思っていたけど。息があるのもいたようだね』


 ユグラと出逢ったのは全てが終わると思った時。誰もが血に塗れた姿で大地に倒れている中で、一人だけが小奇麗なままで異様に浮いていた。


『あらら、死を受け入れちゃってる顔だね。まあ、別に良いけど。どうせ死ぬなら最後に独白くらいしたらどうだい?どこの誰とも分からない男だとしても、死体に話しかけるよりはマシだろう?』

「……我は仲間と共に平和を願い、闘った」


 勝ち取ったはずの平和が更なる争いを生み出し、何も残らなくなったこと。死に瀕していた我はユグラに対し、疑念や警戒を抱くことなく心中を吐露していた。


『ふぅん。そんなことは良くあることさ。人は敵を作らずにはいられないからね。外敵がいれば団結しようとも、外敵がいなくなれば今度は内側で新たな敵を作ってしまう。人間だろうと亜人だろうとそれは変わらないさ。安心して良い。君は当たり前の理の中で、当たり前に抗えずに死ぬだけだ。今の君にできることは何もなかった』

「今の……か……。ならばいつの我なら……抗えるのだろうな」

『ああ、言い方が悪かったね。過去にどれだけ遡っても君には無理だ。ただこれから君が生きていくのであれば――という意味だね。君は今の今まで答え合わせをしていただけに過ぎない。その答えを踏まえた上で行動しなきゃ事態は何も改善しないのさ』

「……そうか。そうだな。しかし今の我でも、何かを成し遂げられるとは……到底思えぬな」


 そう言うものだと理解することはできた。だが何を成せばこのような結末を避けられるのか、その答えに至るまでに我は死ぬのだろう。そう考えていた時、ユグラは言った。


『魔王になれば良い』

「魔……王……?」

『人間達の争いを止めたいのであれば、君が彼らの共通の敵となれば良い。魔王は不死の存在だ。君が永遠に闘争をすれば、人間達は手を取り続け合うことができる』

「……なるほど、道理だ。だがそのような存在になれと言われてもな」

『なれるとも。君が望むのならばね。君に後悔はあるか?世界を敵に回す覚悟はあるか?契約を結ぶのであれば、僕は君の歪な願望を叶えてあげよう』

「――我は……」


 そして我は魔王となった。死しても滅びることのない、永久の時を生き続ける理の外の存在に。ユグラは更に『闘争』の力、全ての人間の敵となるに相応しい力を我に与えた。しかし他の魔王が同じ目的を抱いていたわけではない。一時期は『黒』の暴走により我が目論見が狂い始めたこともあった。


『悪いね。君に今動かれると人間は本当に絶滅しかねない。少しばかり眠ってもらおう。目覚めた後は自由にやると良い。その時には人間もちょっとは力をつけているだろうからね』

「ああ、そうさせてもらおう」


 ユグラは人間を存続させるため、魔王達を眠らせた。手に負えないと判断した『黒』を、二度と表舞台に出れないようにと処置も施した。これで良い。我は目覚めた後、ユグラとの契約を果たすために魔物の軍勢を編制することにした。

 我が全ての人間の脅威となり、憎しみを一身に引き受け、絶対的な障害となれば。我が在り続ける限り、全ての闘争は我が元へと向かうことになるだろう。少なくとも、この斧の感触を知る者はもう――



「本当にくだらない。理解しても決して相容れたくない思想だ」

「貴様に……貴様に何が分かる!?戦いが起きなければ人間はやがて――」

「ああ、そういうの良いよ。興味ないし、君の言葉なんか心に響かない」


 我を見下ろす男の眼、そこには何の意志も感じない。だが男の眼は我が心の内を完全に見透かしている。


「『俺』としては大切な者の命を奪われた怒りとか、まあ色々と思うところはあった。だけどそれ以上に『私』は純粋に君の生き方が気に入らない。不快なだけだ。是正できるのであればやりたいところではあるけど、君の覚悟は強く『私』では決して心は折れないだろうね。だから終わらせる。君はこの先、永遠にこの洞窟から出ることはない。君の闘争は今日、ここで終わる。誰にも理解されぬまま、無価値なものとして」


 この男は我が心の内を、覚悟を理解した上で、我が願望を知りながらもなお、価値がないのだと踏みにじっている。このような者が、この世界にいて良いはずがない。しかし我が体は既に魔喰により機能を奪われてしまっている。指一つでも向けられれば始末できるこの存在に対し、何もすることができない。


「君の理想は名前も知らない、ただの一個人のエゴによって踏みにじられる。さようなら緋の魔王、あとは何の価値も生み出さない地獄を生き続けてくれ」


 奴は背を向けてその場を去って行く。このまま終わる、終わるのか。それでは一体、何のために我は魔王となった。何を成し遂げられた。ふざけるな、人間であるのであれば、我が心の内を理解したのであれば……!喉を突き破り、魔喰が体内へと流れ込む。もはや言葉を紡ぐことすらできない。


「オ……オオオオオッ!」


 我にできることはただ一つ。全ての想いを言葉にもならぬ咆哮に乗せ、奴を呪うことだけ。だが奴はたったの一度も振り返ることなく、この場を去って行った。


 ◇


 緋の魔王の体が完全に分解されるまで、もう少し時間が掛かるだろう。危険があるとすれば既に洞窟の入口付近にまで飛び散った方の魔喰だ。既に道中に魔物の姿は見られない。見えるのは周囲に存在する夥しい数の魔喰。魔力を持つ生物がいなくなれば、次は動くものを手当たり次第に襲う。だが魔喰がこちらに飛び掛かってくる素振りは今のところない。そりゃあそうだよね、『私』の体に流れる魔力は大気中の魔界の魔力よりも薄いのだから。

 魔喰は周囲の魔力すら取り込んでいる。『私』が捕食対象になるまでの時間はもう暫く先となる。とは言え無駄に大きな音を立てたり激しく動いたりすればその限りではないだろう。あの時と比べ、今は微量ながら魔力を持つ精霊を体に取り込んでいるわけだしね。

 周囲の魔喰は動きを止め、周囲の魔力を取り込みながら徐々に肥大化していく。この行動がそのまま続けばガーネ魔界全ての魔力を吸い尽くし、非常に危険な事になってしまうのだろうか、そこは大丈夫。既に一部の魔喰には変化の兆候が見られている。


「(何度見ても、神秘的なものだ)」


 一定以上の大きさになった動かない魔喰達が動き出し、他の個体とくっつきそのサイズを徐々に小さく変化させていっている。そしてその周囲の地形が徐々に透き通り、発光を始める。その光景は『黒魔王殺しの山』を彷彿させる。

 魔喰は魔力を喰らってその体積を増し、分裂し数を増やす。しかし一定以上の魔力を吸収した個体同士が近くにいればそれ以上の食料は見込めないと判断するのだろう。互いにくっつき合い、取り込んだ魔力を元に周囲の地形を変化させていく。自身の数が増え過ぎないよう、不要な個体を巣の材料としているのだ。『黒魔王殺しの山』があのように異質な空間になったのも魔喰の性質のせいだ。

 魔喰のことを知った当初、魔喰が魔力を保有する生物を全て喰らうのであれば、夜の中でも発光するほどに魔力に満ち溢れた木々を食料としないのは何故かと考えた。そしてあの周囲は全て魔喰自身が生み出したものではないかと言う結論に至った。他に分かったこともいくつかある。魔喰は自身のテリトリーを一定以上広げようとせず、最終的には一つの個となり活動が沈静化する。これは無限に巣を拡大していけばどう足掻いても人間が滅んでしまうことを危惧した生みの親の配慮と言ったところだろう。


「(湯倉成也らしいと言えばらしいか)」


 黒の魔王を止めるために魔喰を使用した。そのことから魔喰を生み出したのは白の魔王こと湯倉成也で間違いないだろう。人間が根絶されることを防ぐために用意した魔物であれば、ある程度の制約があると踏んだ『私』は『金』の仮想世界で何度かその生態の観測実験を行ってその仕組みを理解した。洞窟内は完全に魔喰の巣となるだろうが、魔喰の浸食は洞窟の周辺で止まることだろう。誰も寄り付けない場所にしてしまったが、緋の魔王が今後表舞台に出なくなるのであれば十分過ぎる対価となるだろう。

 今後緋の魔王が復活したとしても、それは魔喰の巣食う洞窟の最奥。活動を行う前に捕食され、動くことすらできずに復活を繰り返し続ける。『私』を召喚した黒の魔王のような特殊な魔法の知識を持たない緋の魔王にとって、あの場から抜け出すことはおろかその意思を他者に残すことも不可能だろう。


「(――本当にこれで良かったのかい、『俺』)」


 この方法を使用するつもりは『俺』にはなかった。理由は簡単、イリアスやマリトが許すはずがないからだ。魔喰を捕獲するにしても、緋の魔王を襲わせるにしても、全て一人でやらねばならなかった。この世界の住人が傍にいては決してできない手法。誰かに自殺覚悟で持たせるなど『俺』が認めることもなかっただろう。この方法を実行するためには、彼女達を遠ざけなければならない。蚊帳の外に追い出さなければならない。だが『私』にこの方法を委ねたのは『俺』だ。これらのことに対し、罪悪感を持たずに実行できる『私』を『俺』は頼った。自分自身のことなのだから当然理解はできる。だがそれでも自問自答のように言葉を投げかけてしまう。


「(――カラ爺が死んだかどうかすら、確かめてもいないのに)」


 マリトはあの時、他に取り急ぎ報告することはないと言った。エクドイク達の母親の件さえ報告したのだから、カラ爺のことを報告しなかったのは『する必要がないと判断したから』と考えることもできたはずだ。ならばカラ爺は無事である可能性も十分にある。いや、高いとさえ言える。それでも『俺』はあの部屋を抜け出し、『私』を使うことを選択した。


「(我ながら、臆病にも程があるよね)」


 その理由は明白だ。もしも後日にカラ爺が死んでいたと聞かされてしまえば、『俺』はこの手法をとることができなかった。イリアスやエクドイクの護衛がある中で魔喰を使った復讐をすることはできず、緋の魔王を放置せざるを得ない状況になっていただろう。『俺』はそれが怖かった。決して許せない相手を前に、何もできないことが怖かった。だからあの夜、マリトにカラ爺の安否を確認することさえしなかった。その確認をしてしまえば最後、マリトは『俺』の寝ていた部屋の周囲の警戒を強化してしまっていただろうから。


「(別に話さなくても良いけどね。『私』は君で君は『私』だ)」


 どちらが本物ということはない。ケースバイケースで切り替えるだけの精神の在り方の違いに過ぎない。いっそ二重人格であればもう少し交流する機会もあったのかもしれないが。『私』と『俺』の間には差ができつつある。理由は言うまでもなく彼女達、彼女達が『俺』を変化させているのだ。この変化を悪く思うつもりはない、むしろ良いことだとさえ思う。ただ地球の頃から変わらない『私』の方を頼ってしまったのは『俺』からすれば良いこととは言い難い。上手く執り成すのは君の仕事だからね、『私』には無理だ。


「(さて……残る問題は……)」


 魔喰が生み出す光のおかげで転倒する心配はない。全身の痛みは後々『俺』が後悔するだろうからこれも心配はない。問題はこの洞窟を出た後だ。洞窟の外には魔喰はいない。もう暫くすれば現れるだろうがそれはまだ先だ。この場から離れる時間はまだまだある。何が問題かと言えば無事に帰れるのかという話だ。この体でガーネ魔界からガーネまで徒歩は流石に死ぬ。道中に魔物と遭遇して死ぬし、体力が尽きて死ぬ。クトウは既にデュヴレオリが回収していると見て問題はないが、クトウから情報を得たデュヴレオリはこの洞窟に近寄ることができない。『私』が魔喰を持ち込んだことくらいマリト達は理解しているだろう。


「『紫』のことだ、クトウを置いていった場所にデュヴレオリを待機させてはいるのだろうけどね。そこまで辿り着けるかと言えば……無理だろうなぁ」

「良く分かっていらっしゃる」


 背後からスタンガンを押し付けられたかのような衝撃、正直そんなことをしなくても軽く押すだけで倒れるんだけどさ。まあ、君は念入りに行動するだろうからね。


「……見た通り怪我人なんだ、手加減くらいして欲しいものだね。ラーハイト」


 完全に起き上がることはできないが、どうにか背後を確認することができた。そこにいたのは三人の見知らぬ人物。いや、一人はラーハイトの新しい体だと直感できる。


「護衛もなしに単身で緋の魔王の元へと向かうとは。貴方らしからぬ行動ですね」

「そうでもないさ。勝算ありきでの行動だからね」

「『黒魔王殺しの山』に向かった時には自殺でもするのかと思いましたが、魔喰を利用するとは。本当に厄介な人だ」

「その辺まで遠巻きに監視していたのなら、その時に捕まえれば良かっただろうに」

「我々としても貴方が緋の魔王にどの様な接触を試みるのか興味がありましたので。障害の一つを取り払ってくれたことに関してはレイティスとして感謝させてもらいますよ」


 ターイズの騎士やガーネ兵、魔王組の行動は予想してその包囲を抜けることができたが、手の内が完全に読み切れていないラーハイト達の行動を完全に掴むことはできなかった。しかしこの人間と緋の魔王の戦いに何らかの干渉を企て、様子を伺っているのだろうと言う確信はあった。『私』が一人で行動していることに気づけば、確保を狙うであろうことも。……デュヴレオリとラーハイト、どっちと先に遭遇するかは運否天賦ではあったがこうなるか。ま、仲間を頼らずに行動した男の運なんてこんなものだろう。


「それで、連れ去るつもりなら早いところ済ませた方が良いと思うのだけども。君達の魔力を感知すれば魔喰は直ぐにでも飛び出してくるだろう」

「そうですね。魔力を抑える魔法は使用していますが、それも時間の問題でしょう」

「ラーハイト、リティアル様のところまで連れて行くのか?」


 ラーハイトの連れの一人が声を上げる。声色的に女のようだが、まるで機械のように感情を感じない。『紫』やデュヴレオリと接触したリティアルの取り巻きと一致するが……そうなると転移魔法の使い手か。これはデュヴレオリの追跡を期待することは難しそうだ。


「いえ、リティアルさんとは既に彼の処遇については相談済みです。彼には取引材料として役立ってもらう事になります。まずはこの場から離れるとしましょう」

「わかった。あと様をつけろ。ぶっ殺すぞ」

「殺されても体を乗り換えるだけですので、無駄な労力を使わせないでください」

「よし、後で殺す」

「……移動しよう」


 残ったもう一人の男がこちらの体を担ぎ上げる。どうも苦労人っぽい感じがするが、ラーハイトや転移魔法を使う女の性格を考えれば納得もいく。――崩すのであればこの人物からか。


「ああ、その男は気を失わせておいてください。取引相手に引き渡すまで一切話をしないこと。そうしておけば脅威はありません」

「わかった」


 学習能力のある人は嫌いじゃないけど、ラーハイトに関しては好きになることはないかな。ため息と同時に『私』の意識は途絶えた。



これにて激闘編が終了です。開幕編より大分短く済みましたね。

次章は想像通り碧の魔王、そしてレイティスを交えた話になる予定です。あとウルフェ視点も。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ギルドの相談役達の冤罪手法、特に人に言えない性癖を民衆に広めて陥れたりと主人公はいつか盛大なぎゃふんしないとバランス悪いな…と思ってた所に今話の展開がきて納得。ある意味バッドエンドフラグを…
[良い点] 今まで見てきたけど、これはもっと評価されるべき
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