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そして幕切れる。

 カラ爺の戦いは今まで見た中で最も優れていた。己が鍛えた成果を余すことなく発揮し、遥かに個体能力に勝る緋の魔王相手に手傷を与えてみせた。しかし一撃でもまともに受ければそこまで。全身に『闘争』の力の影響を与えられ、満足な魔力強化を行えなくなってしまう。

 そこからは一方的な戦い、いや戦いと呼べるようなものではなかった。避けることも捌くことも許されず、ただただ緋の魔王の一撃を受け続ける光景。鎧は歪に変形し、血に染まっていない部位が存在しない。カラ爺の象徴とも呼べる槍は幾度の直撃を受け、もはや原型すら留めていない。それでもカラ爺は立ち上がり続けた。針の穴を通すような繊細な動きで死を避け続け、私以上に深手を負っているはずの体で緋の魔王の前にあり続けた。


「カラギュグジェスタ。人間が辿り着ける技巧の極致、確かに見届けさせてもらった」


 しかしその雄姿も終わりの時を迎えた。幾度目かの攻撃によって吹き飛ばされたカラ爺の体がピクリとも動かなくなっていた。緋の魔王が倒れたカラ爺の頭を掴み、持ち上げる。カラ爺の体は力なく揺れ、一切の抵抗を示さなかった。戦いが終わったことを悟った緋の魔王は手を放し、地面に崩れ行くカラ爺の姿を静かに見つめていた。そして奴の視線は彼の方へと向けられる。彼の容態も相当酷い、直撃こそ受けていなくとも『闘争』の力の余波を受けてあの体が無事で済むとは思えない。それ以上に、この場で緋の魔王に連れ去られてしまえばもう二度と会えなくなるだろう。


「(動け……動け……!)」


 魔力放出の直撃を受けたことによるダメージはそこまでではない。厄介なのは直撃を受けたことで全身の魔力をまるで操作できなくなってしまったことだ。カラ爺が奮闘している間も呼吸を整え、全身の魔力に集中し続けたおかげでようやく体の奥底で自分の魔力を感知することができた。徐々に押し出すイメージを続ければ問題なく元通りに動けるだろうが、そんな時間はない。奥底にある魔力を圧縮し、体内で一気に放出する。全身が熱い、自身の魔力放出の勢いに体の内部が傷ついていくのがわかる。


「が……ぁ……あああっ!」


 だがこれで体に浸食していた『闘争』の力を一気に外に押し出すことができた。体の自由を確認し、起き上がる。緋の魔王はこちらが立ち上がったことに気づき、視線を向けてくる。


「荒業だな。あの一撃を受け、これほど早く回復することは見事だが……貴様にはもう興味はない」

「緋の……魔王っ!」


 痛みを無視し、魔力強化を最大限に高めて斬りかかる。しかし結果は同じ、緋の魔王は造作もなくこちらの一撃を完璧に防御してくる。


「確かに個の能力の高さで言えば、貴様はカラギュグジェスタよりも優れている。だが技が未熟だ。体の動かし方を覚えたばかりの幼子の剣など受けるにも値しない」


 緋の魔王の反撃、威力は既に体が覚えており浸食された瞬間の対応も問題ない。そう思って剣を盾にし、衝撃に備えた。しかし剣に伝わって来たのは予想よりも遥かに弱いもので、耳に届く音も軽く金属同士をぶつけた程度の――


「――ッ!?」


 一瞬の動揺の隙を突くかのように剣ごしに強い衝撃。意表を突かれたことで防御も満足にできず、体が吹き飛ばされる。


「攻撃を受けることに意識を割き過ぎている。だからこうして児戯のような虚の一撃一つで容易く崩れる」


 魔力を放出するタイミングも逃し、再び全身へと緋の魔王の魔力が流し込まれてしまった。体は再び鉛のように重くなり、全身の魔力強化が解けていく。こちらが攻撃を防ぐことに集中していたことを利用された。私は馬鹿か、あんな安易なフェイント一つで……!


「貴様がどれほど身体能力を強化しようとも、我が肉体はその全てを上回る。技を持って接敵したカラギュグジェスタに比べ、貴様には何の脅威も感じぬ」


 緋の魔王の言葉に間違いはない。私はこれまでの戦いで、相手以上の攻撃力を持って勝利してきた。技を持った相手だろうと、より鍛錬を積んだ一撃ならば崩す隙はあると。だが私の能力を素で上回っている緋の魔王に対して、私には付け入る技が足りていない。力で、速さで、技で、全てに勝る相手に匹敵する術がない。


「それでも……私が剣を降ろす理由にはならない……っ!」


 カラ爺が倒れ、ウルフェも未だ動ける状態ではない。今この場で戦えるのは私だけだ。彼を護れるのは私だけなのだ。勝機が見出せなくとも、護るべき存在を前にして剣を捨てるのは騎士ではない。それはたった今、カラ爺が目の前で証明したばかりではないか!


「――道理。勝てぬ相手だからと戦う道を捨てられるのであれば、魔王が生まれることもなかった。人間とは、戦士とはそういう生物であったな」


 魔王が斧を構え、こちらへと迫る。その眼から確実に私を仕留めようとしているのがわかる。死が迫ると言う言葉の意味、今なら理解できる。それでも、それでも私は剣を握らねばならない。防御はもう行わない、これ以上の攻撃を防ぐことは動く力すら失うことになる。相打ち、狙うは奴の心臓……!


「かっけーけどな。未来のある若い騎士がやる真似としちゃーまだはえーぜ?」


 突如体が浮き上がる。逆さまの世界で緋の魔王が防御の姿勢のまま後方へと押し返されてる姿が目に入る。何が起きたのかを理解するまでの間、私はその光景を唖然と見続けることしかできなかった。やがて体の浮遊は終わり、落下を始める。そこでようやく私が投げられたのだと気づき、地面への着地を意識する。


「グ……グラドナ!?」


 そこにいたのはウルフェの師であり、かつて世界に名を馳せた冒険者の一人であるグラドナの姿があった。いや、それだけではない。私のすぐ横にはラグドー隊隊長、ラグドー卿が静かな顔で佇んでいた。


「受け身は取れたか。よく持ちこたえたな、イリアス」

「あ……」


 倒れているカラ爺を一瞥したラグドー卿はそれ以上何も言わず、私の肩に手を置きながら前に出る。それだけで私の中で張り詰めていた緊張が、留めることもできずに一気に緩んでしまった。『闘争』の力とは関係なく全身の力が抜け、膝が崩れる。


「増援か。今の技、なかなかに奇妙であった」

「不意を突いたのにしっかりガードしてからに。それにいかにも武人って感じの魔王じゃねーの。サルベ、お前と仲良くなれそうじゃね?」

「笑えん冗談だ。アレはお前の次に分かり合えん存在だ」

「まじで?わし魔王以上?誇っちゃうよ?」

「恥じろ」


 緋の魔王を前にしてもグラドナの軽口は変わらず、ラグドー卿も皮肉を飛ばしている。余裕があるのではなく、平常心が揺らいでいないのだ。


「そいつぁ無理だ。わしはわしの生き方が一番だとわし自身が誇ってるからな。つか本当ならわし一人でやりたいとこなんだけどなー。魔王と戦えるとかこれが最後なわけだし?」

「確実に勝てるのならば止めはしない、と言いたいところではあるが陛下の命がある以上その要求は却下だ」

「これだから勤め人は。そもそもサルベ、お前と連携とか無理じゃね?」

「グラドナ、お前には何も期待していない。私が合わせてやるだけだ」

「へーへー。それじゃあ合わせてみろってんだ!」


 グラドナが飛び込み、緋の魔王はその動きに合わせ斧で迎え撃つ。しかし斧がグラドナに届く直前にその軌道が変化し、グラドナの頭上を切るに終わる。あれは以前にウルフェを投げ飛ばした時の技に近い。グラドナは斧に纏わせていた緋の魔王の魔力を掴み、その軌道をそらしたのだ。空振りの隙を突き、グラドナの正拳突きが緋の魔王の体へと命中する。だが緋の魔王の体はビクともしない。


「曲芸とも言える技だが、肝心の威力がまるでないな」

「そりゃー殴るための突きじゃねーからな。ほらよ、つーかまえた」


 グラドナが正拳を戻すのと同時に緋の魔王の体が前へと引き寄せられる。あの一撃の最中、グラドナは緋の魔王の魔力を掴んでいた。緋の魔王は前方へと転倒させられるのを防ごうと足を前に出して踏ん張ろうとする。その瞬間に緋の魔王の首を刎ねようとする剣の一閃が飛び込む。グラドナが腰を低く落とし、緋の魔王を引っ張ることを予知していたかのように、間髪入れずラグドー卿もまた飛び掛かっていたのだ。


「――ほう」


 緋の魔王は素早く膝を曲げ、姿勢を低くして剣を回避する。だが回避と同時にグラドナの正拳が緋の魔王の顔面を捉える。私がどれだけ強く斬りかかってもビクともしなかった緋の魔王の巨体が後方へと弾かれ、瓦礫の山へと叩きつけられた。


「かってー!ガランより頑丈じゃねーの?」

「ユニーククラスと魔王を同格と見るな」

「そういうサルベこそ、首刎ね飛ばしそこねてんじゃん。今ので決めろよなー?」


 緋の魔王は静かに立ち上がる。さほど効いた様子は見えないが、それでも口周りから出血をしている。緋の魔王は腕で血を拭い、ラグドー卿達へと視線を向ける。


「見事な攻撃だ。名を聞こうか」

「ターイズ騎士団ラグドー隊隊長、サルベット=ラグドー」

「グラドナってんだ。よろしくな?」

「ラグドー……そうか、先のカラギュグジェスタの所属する騎士団の隊長か。そしてグラドナ……確か聞き覚えがあるな。確か『拳聖』と呼ばれた男か」

「うひょー、魔王にまでわしの名前轟いてるんだってよ?」

「酒癖の悪さまで轟いていなければ良いがな。緋の魔王、本来ならば正々堂々と一騎打ちで勝負をつけたいところではあるが、これは戦争。人数差の是非は問わないでもらおうか」


 ラグドー卿は緋の魔王へと剣を突きつける。……強い。単純な速度や力だけならば私と変わらないにもかかわらず、あの二人は攻撃を当てる技を持っている。『闘争』の力への対策も耳では聞いていたにしても、まるで手慣れた作業のように最小限の工程で処理をしている。


「元より単身で全てと敵対するつもりで来た身。二人掛かりを卑怯呼ばわりするつもりもない」

「そいつぁ何より。勝った時に『卑怯だー!』とか言われたんじゃ……締まんねぇしなぁ!」


 再びグラドナが飛び出す。緋の魔王は先程よりも深く構え、その動きを見極めようとする。しかし突撃するグラドナを追い越したラグドー卿の剣が迫る。緋の魔王は剣を斧で防ぎグラドナの攻撃に備えようとするが、ラグドー卿の繰り出す連撃に視界を奪われる。一撃の重さは私の方が上でも、その高水準の魔力強化を維持したままの連撃の速度は圧倒的にラグドー卿が上。渾身の一撃が戦場で降り注ぐ矢以上の間隔で繰り出されていく。そしてその剣撃の雨の間をすり抜けるように、グラドナの強烈な一撃が緋の魔王へと繰り出される。


「掴んだぜ!今だ!」


 先程と同じようにグラドナが緋の魔王の魔力を掴み取り、姿勢を崩しに入る。同時にラグドー卿が突きを繰り出す。しかし緋の魔王はその展開を読んでいたかのようにラグドー卿の突きを斧で防ぐ。崩されかかっていたはずの姿勢もしっかりと踏み込んで耐えきっている。


「同じ技を繰り返すか」

「展開は同じじゃねーんだよなぁ?」

「何――」


 緋の魔王の視線が二人以外の方向へと向けられる。そこには斧を握った右腕に深々とナイフを突き立てているミクス様の姿があった。魔法を利用し、姿や気配を隠していたにしてもあの緋の魔王に気取られずに接近できるというのか。私は離れて見ていたはずなのに、まるでミクス様の接近に気づかなかった。


「刺した方の腕が痺れるとは、かったい肉ですなぁ」

「……まだ増援がいたか」

「二人とは言っていないからなぁ?」

「悪くない奇襲だ。だが綿密な立ち回りにより成功した奇襲、そのようなか細い短剣の一撃が成果ではたかが知れるな」

「それはこのナイフの力を受けてから言って欲しいところですな!」

「――ッ!」


 ナイフが突き立てられた肉が不自然な脈動を始める。膨張し暴れるかのような動きをみせ、緋の魔王の右腕が破裂した。あのナイフ……間違いない。あれは紫の魔王がミクスに与えた魔具だ。緋の魔王は素早く距離を取り、傷口を一瞥し地面に落ちた自分の腕と斧を見つめる。


「なるほど、魔具か。相手の体に魔力を流し込み破裂させる仕組みのようだが……込めたのは貴様の魔力ではないな。『紫』と『蒼』、両者の魔力を込めた物か」

「魔王は互いの魔力とソリが合わない。直接体に流し込まれて膨張させれば効果は絶大というわけですな。それにしてもご友人の発想はいつも素晴らしくえげつないですな!」

「わしでも一瞬引いたわー。でも急所狙えば良かったんじゃね?」

「それがどこにも隙がなくてですな……。ラグドー卿の一撃で硬直していた右腕しか狙えませんでした」


 ミクス様の表情は険しい。二人の魔王の魔力を注ぎ込む仕様上ミクス様の魔具は使用回数が限られていて、紫の魔王は使えて二回だと言っていた。確実にダメージを与えられるのは後一度、だが今の一撃で緋の魔王の警戒心はかなり高まってしまっただろう。ラグドー卿とグラドナの連携で隙を作り出せたとしても、二人に劣るミクス様が的確に急所を狙える可能性は低い。


「それでもお見事です。これで奴は隻腕、武器も落とした。我々の方へと有利になりつつあります」

「そうだと良いのですが……」

「片腕の不利は甘んじて受けよう。だが武器は回収させて貰おう」

「おいおい、それをわしらが許すと思ってんのか?」

「――戻れ、『ラキシオス』」


 緋の魔王が斧の名を口にした瞬間。地面に横たわっていた斧が急速に回転し、緋の魔王へと飛来する。そして残った左腕で斧を受け止めた。ありえない斧の動きにラグドー卿達は咄嗟に距離を取らざるを得なかった。


「その斧も魔具ということか」

「この斧は我が血肉、骨を素材として鍛え上げた魔斧。我が『闘争』の力を余すことなく受け入れ、意のままに操ることができる。――このようにな」


 緋の魔王は斧を大きく振りかぶり、三人へと投擲する。グラドナはしゃがみ、ラグドー卿は横へ、ミクス様は跳躍し回避を試みる。しかし突如飛んでくる斧の向きが変わり、宙へと回避したミクス様の方へと迫る。


「そういう仕組みかー。ほい」

「わひゅん!?」


 しゃがんでいたグラドナが腕を下に引き下ろすと、宙にいたミクス様が重力よりも早く落下する。斧はミクス様の頭の上スレスレを通り過ぎ、空中で軌道を変えて緋の魔王の腕へと戻っていく。流石はグラドナ、あの一瞬の最中にミクス様の魔力を掴んでいたとは。


「ご無事ですかミクス様!?」

「は、はひ……。グラドナ殿、ありがとうございます」

「気にすんな。可愛い娘の魔力を触るのが癖でな。わしほどになれば胸や尻を撫でるのと同じくらい興奮するのさ」

「じょ、上級者ですな……」

「グラドナ、貴様は後で裁判に掛けるとしよう。しかし自由に軌道を変化させられるか……厄介な攻撃だな」


 確か私やウルフェの魔力も頻繁に触れていた気がするが……いや、今はそんなことは後回しだ。ラグドー卿の言う通り、あの斧は厄介だ。遠距離から放られる分、投擲に関してはある程度の対処もできるだろう。だがもしも直接振るってきた際にその軌道を変化させてきたら?それこそカラ爺の妙技に匹敵する回避の難しさとなるだろう。


「よもやラキシオスの力を奮う時が来るとはな。だがそれで良い、我が爪痕をより深く残せるというもの。本気を出すに値する」

「本気出すのおせーっての。つかできれば出さないままにしてくれね?わしも年で腰がつれーのよ」


 軽口を叩いているグラドナだが、よくよく見れば背中ごしに大量の汗が流れている。ラグドー卿も表情こそ冷静だが、いつも以上に剣を深く握っている。ミクス様にいたっては体が震えていた。無理もない、彼らは強者であるがゆえに緋の魔王の強さを正しく理解してしまっている。一撃でもまともに入ればそこから立ち直ることはできないと。対する緋の魔王は片腕を失ってはいるものの、最初の対峙から何一つ疲労した様子が見られない。あの三人をしても、緋の魔王に打ち勝てる光景が浮かんでこない。


「さあ、闘争の時を存分に――」

「もう十分じゃろ。『緋』」


 私の背後から響く声に振り返ると、そこには陛下と金の魔王が立っていた。いや、陛下達だけではない。周囲を囲むようにラグドー隊を始めとする騎士達や、デュヴレオリとその配下の悪魔達、更にその後方にはガーネの兵も大勢いる。


「『金』……か。横にいるのは……現ターイズの国王か」

「こうして対面するのは数百年ぶりじゃな。相変わらず不愛想な面じゃ、妾のように鏡の前で柔らかい表情をつくる練習でもしたらどうじゃ?」


 緋の魔王の視線は完全に金の魔王へと注がれている。その横にいる陛下は静かに成り行きを見守っているが、彼やカラ爺の姿を見てしまったのだろう。その眼の奥には怒気が溢れているのが伝わってくる。


「自身の姿など魔王に生まれ変わった時に一度見たきりだ」

「御主はそういう男じゃったな。しかしの、此度の戦はもう終わった。いい加減去らんか、魔王の体面がどうこう言う前に見苦しいだけじゃぞ。それとも何か?妾とも戦いたいと言うのか?戦いにすらならんと思うのじゃがな」

「勝てると思っているのか?」

「思わん。御主の斧が相手では結界ごと妾の体は真っ二つとなろう。されど、死ぬ前に御主に触れることはできる。その時は二度とこの世界に戻れぬようにしてやるつもりじゃ」


 金の魔王の『統治』の力は仮想世界を作り出し、現実と全く同じ状態からあらゆる試行錯誤を行うことができる力。戦闘能力こそないに等しいが、その仮想世界には触れた相手の魂を即座に送り付けることができる。例え金の魔王を殺したとしても、仮想世界へと魂が送られれば目が覚める頃には自身も第三者によって始末、封印を施された後になるだろう。


「……確かに、貴様に斧を振るうことは闘争には程遠いか。それに一人、理の外にいる者がいるか。良いだろう、今回の闘争はこれまでとしよう」


 緋の魔王は斧を降ろし、金の魔王に背を向け跳躍した。その異常とも言える跳躍は破壊される前の城壁すら飛び越えるほどの高さで、弓を構えていた兵士すら唖然と見送ることしかできなかった。暫くの静寂が訪れ、それを最初に破ったのは金の魔王だった。


「ぷはぁー。本当にあの男は傍にいるだけで空気が張り付いて嫌になるの。皆のもの、瓦礫の撤去と生存者の捜索を開始せよ。怪我人を最優先じゃ」


 金の魔王の命令と同時に周囲のガーネ兵が動く。陛下もそれに合わせ、騎士達に同じ命令を下す。静寂に包まれていた惨状は瞬く間に騒がしくなっていった。私が動けないままでいると、陛下がこちらへと歩み寄ってくる。陛下の表情は物静かだが、今の私にはその内心を読み取る余裕もなかった。ただただ思ったことを口にしてしまう。


「陛……下……もうしわけ……ありません……」

「気に病むな。彼は生きていて、緋の魔王に連れ去られてもいない。護衛の任として最低限の役割は果たしている」


 そうだ、彼の容態を確認しなければ。よろめく体を起こし、彼の元へと向かう。既にミクス様が周囲の騎士達を先導し、彼を運ぶ用意を進めている。近寄ってくる私に気づいてミクス様が駆け寄ってくる。


「ご友人の怪我はなかなかに酷いですが、とりあえずは命に別状はなさそうですぞ!ウルフェちゃんも大事にはいたっておりません。むしろラッツェル卿の方が酷いのですから、無理をなさらぬよう!」

「私は大丈夫です……それよりも彼を……」

「もちろんご友人は最優先で治療しますとも!ですがラッツェル卿の治療も大事ですぞ!緋の魔王がまたひょっこり戻ってくるかもしれないのですからな!」

「……はい」


 気を失っており外傷などは酷いが、呼吸は比較的穏やかで確かに命の危険性はなさそうだ。安堵する一方、彼の傷ついた姿を見ていると彼を護りきれなかった自分の無力さが痛いほどに心へと突き刺ささってくる。それがとてつもなく痛くて、痛くて、悔しくて。


「ラ、ラッツェル卿、大丈夫ですかな!?どこかが痛むので!?」

「え……」


 ミクス様に指摘され、ようやく自身の状態を理解する。私の目からはいつからか、とめどなく涙が溢れていた。


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