表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/382

そして覚悟を。

 全身の感触がない。降り注いだ余波に巻き込まれ、僅かながら意識が飛んでしまっていたようだ。辛うじて動かせるのは瞼だけ。ぼやける視界を脳へと送り、水の染み込んだ綿から水分を取るようにこれまでの記憶と今の状況を再認識していく。周囲には何もない、跡形もなく拭き飛ばされてしまっている。そうだ、緋の魔王が放った魔力の攻撃。『俺』はそれに巻き込まれた。


「(声が……出ない。……クトウ、状況を……)」


 クトウに意志疎通を試みようにも反応がない。これだけの怪我を負っている状態なら優先的に『俺』を護るようにと命令を受けているクトウ、その反応がないということは『俺』を護るためにその力の大半を使い切ってしまったようだ。それほどにさっきの一撃は酷い威力だったのだろう。そんな攻撃を直撃したイリアス……そうだイリアスはどうした!?


「(イリ……アス……いた)」


 周囲の惨状に視線を奪われていたが、視界がはっきりとしたことで『俺』の前で片膝を付いているイリアスの姿を認識することができた。イリアスの背後にいるこちらまでの地面の被害が比較的軽微なことから、イリアスが奴の攻撃から『俺』を守ってくれたのだろう。呼吸で肩が僅かに上下していることから生きていることは遠目でも認識できる。その奥には悠然と立っている緋の魔王の姿、あれだけの大技を使用してなお疲れを感じていない様子だ。さらにその背後には地面に倒れ、立ち上がろうとするも動けないウルフェの姿。先の一撃は前方への攻撃だけだったようで、どうにか巻き込まれなかったようだ。


「(安心……している場合じゃ……ないな)」


 これまでイリアスの闘う姿は何度も見てきた。だがこれほどまでイリアスが圧されている光景は見たことがない。緋の魔王の本当の強さは『闘争』の力で得た最強の肉体ではなく、その力を余すところなく発揮できる戦闘経験の豊富さだ。慢心しているような態度を見せながらも二人の武器の特徴を見極め、己の攻撃を的確に当てる技術がある。あの無色野郎、何が二人掛かりなら良い勝負だ。

 完全に『俺』の失策、緋の魔王の強さを見誤っていた。イリアスやウルフェの攻撃を防御していたことから直撃を当てさえすればダメージが入ると期待し、その隙を突く方法を模索していたことがそもそもの間違い。ウルフェが合流した時点で逃げる手段に全力を注いでおくべきだった。緋の魔王の言葉を真に受けるのであれば、奴はこの世界に存在する理の中で生きるどの人間よりも強い。それを倒すためには『金』の持つ魔王としての超越した力を利用するなど正攻法以外を取る必要があった。もしくは交渉し、『俺』だけでも身柄を……いや、それができる相手ではない。交渉は対等な立場があって初めて成り立つ。奴からすればどう転ぼうとも結果は同じでしかないのだ。


「純粋な魔力の放出は魔封石では封じられぬ。しかしユグラの星の民を巻き込む我が一撃、身を挺して護り自身も耐えきったか。及第点は与えておこう」

「私は……まだ……」


 立ち上がろうとしたイリアスを巨大な斧が薙ぎ払う。イリアスの体がボールのように地面を跳ね転がっていく。金属音からして防御は間に合ったようだが、もはやイリアスに緋の魔王の攻撃を防ぎきる余力が残っていないのは明らかだ。生きている可能性を理解しているにも拘わらず、緋の魔王はもはや二人への興味を失っておりこちらへと歩み寄ってくる。


「体に纏わせていた悪魔も今の余波で魔力の大半が尽きたか。連れ帰ることは造作もないが、我が目的を果たすまでこの場に置いておくわけにもいかぬか」


 このまま引き回されて破壊活動を見せつけられるってのはゴメンだ。だがこちらには抵抗する術は皆無。むしろその道中に乱雑な扱いを受けて死ぬ可能性もある。


「……」


 いや、それ以上に……この余裕の面が気に入らない。イリアスやウルフェを傷つけ、見下し、それが当然だと思っているこの男が。何よりも、奴自身の闘う理由そのものが。


「――奇異な眼をするな。闘う力を持たぬ身でありながら、そのような眼を向けられるか。貴様のその眼にこの姿がどのように映っているのか、このような興味を持つことは久々だ」


 こちらの頭よりも大きな手が迫る、それだけで周囲の温度が上がるのを感じる。どれだけ睨もうとも奴の心を揺さぶることができるはずもないが、それでも眼は逸らさない。恐怖は当然ある。それでも恐怖に勝る想いが内側から少しずつ溢れ出して――


「そこまでにしてもらおうかの」


 何かを察した緋の魔王が半歩後ろに下がると同時に、『俺』の目の前に一本の槍が降り注いだ。見覚えのあるフォルム、これは誰の槍だったか……。


 ◇


「――更なる応援が来たか。しかし興ざめだな」

「そうつれないことを言うもんではないわい」


 坊主と緋の魔王の間に割って入り、投擲した槍を回収する。間に合ったと言うべきか、間に合わなかったと言うべきか。イリアスとウルフェは辛うじて生きておるようじゃが、手酷くやられたもんじゃ。坊主にいたっては……まず立ち上がることはできんな。


「老兵一人で我が前に立つか。命を惜しまぬ振る舞いは戦士として相応しいが、相手としては不足にも程がある」

「そういう言葉はの、せめてわしを一合で叩き伏せた後にでも言うて欲しいもんじゃわい」

「ではそうさせてもらおう」


 緋の魔王が斧を振るう。馬鹿正直に受ければ無事に済まぬことは嫌でも分かるでの、最小限の槍捌きで攻撃をいなす。同時に槍に込めていた魔力を放出し、『闘争』の力の影響を防ぐ。


「……我が戦いを遠目で見ていたような動きだな」

「お前さんが倒した二人はわしにとって孫のようなもの。指を咥えて眺めるような真似はとてもできんわい。しかしお前さんの力の秘密ならば既に皆が知っておる。坊主の知略によってな」


 懐よりユグラ教から借りた通信用の水晶を取り出す。今現在、この水晶はイリアスの懐に入っている水晶の周囲の音を伝える状態になっておる。イリアスが咄嗟に起動したわけではない。イリアスと坊主の距離が一定以内かつ周囲に危険が及んだ際、坊主の木剣に纏わせている悪魔が自動で周囲に通信を飛ばすように仕込んでおった。この場所で爆発が起きて直ぐ、周囲にいたわしらにこの通信が届き戦闘の様子を逐一伝えてくれた。ウルフェとイリアスはただ敗れただけではない。緋の魔王の力を引き出し、対策する術を考える時間をわしらに残してくれた。


「なるほど。先ほどの女騎士との会話も全てそちらに筒抜けだったというわけか。だがそれがどうした。貴様の動き、魔力量、どれをとっても先程の相手よりも格下であることに変化はない」


 再度迫りくる斧。しかしの、一合やり合えば相手の力量を計れるのはお前さんだけではないわい。再び槍でいなし、返す突きで目を狙う。緋の魔王はその突きを僅かに首を傾けてかわす。


「動きは悪くはない。だが――」

「避けきれておらぬくせに、よく口が回るもんじゃ」


 緋の魔王の頬から紅い血が流れる。こちらの初動を見て完全に避けきれると高を括ったのじゃろうが、そんなもん突いてる最中に速度を上げれば良いだけのこと。


「……我が体に傷をつけるか」

「老兵の技も捨てたもんではないじゃろ?」

「……名を聞いておこう」

「おおう。そうじゃったわい。よもや魔王に名乗る日が来るとは、長生きはするもんじゃ」


 槍を地面に突き立て、ゆっくりと息を吸う。ターイズで毎朝休まずに練習していた成果、ここで活かさねばいつ活きる。


「我が名はカラギュグジェスタ=ドミトルコフコン!ターイズ騎士団ラグドー隊が一人!」


 よし、噛まずに言えた。これでもう思い残すことはないわい。いや、もう死んで良いというわけではないんじゃが。


「カラギュグジェスタ……その名前覚えておこう。人間で初めてこの緋の魔王に傷をつけた者として」

「光栄じゃな。しかしあまり長話する余裕はないようじゃの」

「然り」


 今この場に間に合ったのはわし一人。しかし既にこの場には多くの者が駆け付けている最中じゃろう。その中にはあのお二人もいる。わしの役目はそれまでの間死なず、坊主を護り続けること。じゃがの、愛する者達を傷つけられて、守りに徹せるほど冷めた人間として生きてきたわけではない。


「時間稼ぎをするつもりはない。お前さんの首、この槍で取らせてもらうぞ!」

「その意気や良し。だが不相応な願望は持たぬことだ」


 緋の魔王が仕掛けるよりも先にこちらから仕掛ける。二度の攻撃を受けた感想として、間違いなくこの魔王はイリアスよりも怪力。守りに徹していてはいつこちらの体が壊れてもおかしくない。ならば奴の手数を減らすためにもこちらから攻めなくては。

「ぬんっ!」


 手を抜いた攻撃ではその分厚い皮膚を貫くことはできん。一撃一撃に魂を込めて穿つ。しかし流石は魔王、既にわしの槍の動きを見切っておるな。油断もなくなり、堅実に攻撃を防御してきよる。


「よもやこれで終わりではないな」

「無論じゃ。わし自身が名乗っているわけではないが、『神槍』の二つ名は伊達ではないことを見せてやらんと……なっ!」


 緋の魔王の防御よりも早く、わしの突きが緋の魔王の肩へと突き刺さる。追撃を試みようとしたものの緋の魔王は素早く下がり、距離を作った。仲間内では使わんかったこの技、魔王にも通じるようで何よりじゃ。


「魔法……ではないな。我が守りをすり抜けるような一撃……これも技か。なるほど、寸分違わぬ動作から異なる速度の突きを放てるか」

「なんじゃ、もう絡繰りがバレてしまったか。いかにも、槍を振るい続けて数十年。わしが身につけた小細工じゃよ」

「悪くない妙技だ」

「来る世界の危機に備え磨き上げた技、よもや魔王に披露できるとはの。磨き上げた甲斐があったわい」


 強き者達は攻撃を見てからの回避や防御をすることはない。呼吸や体の脈動、気配から敵の攻撃の予兆を掴み取り、反射的に最適な行動を行う。わしの技はその予兆を狂わすもの、鏡と向き合い続け全ての速度の突きを同じ動作で放てるように鍛え上げた。認識した速度よりも速ければ防御も回避も間に合わず、遅ければ相手の呼吸が乱れる。速度に緩急をつけ、突きを繰り返す。緋の魔王は正確なタイミングでの防御を捨て、槍が来るだろう場所に早めに防御のための斧を傾ける。じゃがな、それではわしの思うつぼじゃ。


「甘いわっ!」


 斧で守られていない部位へと槍を突き立てる。巨大な斧により急所は狙えずとも、その巨体全てを守り切ることは叶わん。緋の魔王は煩わしそうに突き刺さった槍を払い、自らの間合いより外に出る。


「速度だけではなく、角度も変えてくるか」

「おうとも。先に守りを敷けばわしの槍はその場所以外を突くことができるでの」


 ラグドー卿のような神速もなければ、イリアスやボルのような剛腕もない。わしに出来るのはただ槍を突くことのみ。なればこそ、その一点を極めてこそ彼らの横に立てるというもの。


「『神槍』……か。確かにこれほどの槍に長けた者は過去の歴史でも見たことがない」

「わしより長生きしとる魔王に認められるとは、嬉しいもんじゃわい」

「だが貴様が『神槍』ならば我が斧は『魔斧』。洗練された技をも一撃で薙ぎ払う闘争の極地」

「自分から二つ名を名乗るのはどうかと思うぞい?」


 とはいえ、その言葉に嘘偽りはない。たったの一撃でも直撃を許せば全ての状況はひっくり返される。その圧やこれまで手合わせをしてきたどの強者よりも恐ろしいのじゃが……。視線を一瞬だけ坊主へと向ける。


「……」


 ――そんなに心配そうな眼をしてくれるな。言われずとも分かっておる。きっとお前さんが口を聞けたのであれば、『イリアスとウルフェを連れて逃げてくれ』と言うんじゃろうな。緋の魔王を言葉巧みに誘導し、自らの身を差し出すくらいこの坊主はやってのけるじゃろう。既に緋の魔王はイリアスとウルフェに対して興味を失っておる。わしが死に物狂いで二人を連れて逃げることは十分に可能じゃろう。じゃがな坊主、わしにとってお前さんも護るべき大切な存在なんじゃよ。

 イリアスは国のために若くして散った後輩、誇り高きラッツェル卿の忘れ形見。あやつと彼女の意志を尊重し、支えてやりたいと願っていた。じゃがわしではイリアスを護りきることはできんかった。他の騎士や貴族に侮蔑され、屈辱に塗れた人生を歩ませてしまっていた。そんなイリアスを、わしが生涯を賭してでも成し遂げようとしたことをお前さんは造作もなく救ってみせた。お前さんのおかげでイリアスはどこに出しても恥ずかしくない立派な騎士へと成長しておる。

 ウルフェのこともそうじゃ。わしが護る国の中で、純粋無垢な少女があのように虐げられておった事実をこんな年になるまで知ることすらできなかった。お前さんは民を護ると誓って握ったこの槍を、誇らしく振るう機会を与えてくれた。

 賢王と呼ばれた孤高の陛下の孤独を埋めてくれたのも、家内に活気を与えてくれたのも、一年足らずの出会いじゃと言うのに数を上げていけばきりがない。それほどまでにお前さんはわしらに大きく、多くの恩恵を与えてくれた。


「何より、大恩あるお前さんに最も信頼できる騎士と言われて、格好の悪い姿は見せられんからの!」


 国や民を護るため、騎士の誇りのため、恩義に報いるため、いかなる理由を並べようと、この戦いはわし個人の見栄であることに違いない。わしを慕う若き青年に、格好良い姿を見せたいだけの見栄っ張りな老人の我が儘。騎士としてどうかとも思うが、騎士道とて生き様を貫く我が儘の一つに過ぎん。ならば貫くまで、この槍と共に。


「おおおっ!」


 咆哮を上げ、槍を繰り出していく。緋の魔王の守りはより堅く、精密になっていく。しかし意識を守りに割けば攻撃に回す手は確実に減っていく。仕掛けてくるタイミングをより容易に掴むことが可能となる。意図的に攻撃の間隔を作り出し、緋の魔王に反撃を行わせる。


「そこじゃっ!」


 攻撃を先読みし、構えを変えることで回避を行う。そして空を切った斧の隙間から奴の腹へと槍を穿ち、深々と突き刺す。頬や肩ではなく腹、確実な負傷を与えることができた。しかしこれで倒せるとは微塵も思ってはおらん。この手傷をさらに広げ――


「カラギュグジェスタ、貴様の槍捌きは実に見事だ。だがやはり惜しい。もしも先の女騎士程の力があれば、落とし子に匹敵する魔力があれば、更なる苦戦を強いられていたことだろう」

「槍が……抜けんっ!?」


 こやつ、腹の筋肉で槍を掴んでおるのか!はなからこうするためにわざとわしに攻撃を通させていたというわけか!?

 振るわれた斧が直撃し、体が放たれた矢のように吹き飛ばされる。


「柄を間に挟むように体を滑り込ませ、胴体の切断は免れたか。だが今の手応え、骨は砕け、筋は千切れ、肉は潰れた。臓物も無事ではないだろう」

「が……あっ……」


 咳と同時に口から血が溢れる。景色が揺らぎ、暗闇が視界を覆い始めておる。攻撃の衝撃で槍は抜けたものの、柄は折れ曲がり攻撃を受けた箇所の骨は無残なことに。緋の魔王は急くこともなく、堂々とした足並みで近づいてくる。


「だが誇るが良い。貴様の槍は間違いなく我が肉体へと届いた。斬るに値しない老体を、我が手で仕留めなくてはならぬ存在へと昇華したその人生。意義のあるものであった」

「……お前さん、話を……進め過ぎや……せんかの?」


 折れ曲がった槍を杖に体を起こす。膝を満足に伸ばせる状態ですらないが、折れ曲がった槍ならばちょうど良い。喉の奥に溜まった血を一気に吐き出し、呼吸を整える。回復魔法……回復を待つ時間を与えてくれはせんじゃろうな。ならばそんなものに魔力を回す余裕はあるまい。


「まだ立ち上がれるか。しかしその体ではもはや、満足に槍を振るうことは叶うまい」

「老人の体で……お前さんに褒められたんじゃ……。手負いでも……それなりにはいけるわい」

「――それもそうだな。手負いの獣が牙や爪を突き立てることを忘れぬように、その槍の妙技、最後まで堪能させてもらおう」


 緋の魔王は一度下ろした斧を構え直す。ちぃーとくらい油断でもしてくれればどうにかなりそうなんじゃが……これは流石に無理かもしれんな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] カラ爺カッコイイ!!
[良い点] やっぱり年寄りがかっこいい作品ってのは良作品。 緋の魔王がある意味では一番魔王をやってて好感が持てる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ