そして対峙する。
「――ゾベラミタヤもやられたか」
突如人間どもが蘇る謎の現象が起きてから、こちらのユニーククラス達が次々と撃破されている。魔王様の力を直接付与されているユニーククラスの生死は魔王様が直接感知できる。この事実は間違いようのない真実だ。
「魔王様のお力を使いながら負けるなどと……魔王様の采配がなければ生き残ることもできぬのか……!」
「『紫』の悪魔と違い、我が命令を迅速に伝える手段はない。故に個の戦いについては一任している。そこを責めるつもりはない。ハーピィ隊の様子はどうだ」
「それが……帰還中に敵兵による狙撃に襲われ……全滅したと……」
帰還させていたはずのハーピィも全て撃ち落とされていた。敵は最初から空にいた私の隊のことも理解していたということになる。それにしても全滅などと……。
「やはりそうか。敵の流した偽の情報に見事に騙されたようだ」
「偽の情報?」
「空を飛ぶハーピィの全てを射殺すには相応の数が必要となる。通常の弓では満足に届かぬ。魔力強化に秀でたターイズの騎士、あるいは一部のメジス聖騎士でなければ不可能だろう。だがそれはない。それだけの伏兵を潜ませる余裕があるのであれば、引けぬ位置まで撤退するまでに奇襲を仕掛けた方がより我が力を無駄に消費させることができたはずだ」
「それは……確かに」
「この絡繰りの仕組みは分かった。『紫』の悪魔を利用し、こちらの侵攻の最中にハーピィの支配権を奪ったのだろう。そしてこちらには偽の情報を流し、『闘争』の力の無駄使いを狙った……そんなところだ」
「な……」
人間どもが退きながら牽制を繰り返している間、私の隊が徐々に乗っ取られていた……。そんなことが……いや、確かに今起きていることの説明にはなる。ガーネとメジスを同時に攻撃している我が軍を指揮強化するに当たり、魔王様の位置取りはその中間に近い位置になければならない。その条件を満たすために私の隊を中継とし、情報のやり取りに使用していた。そこを利用された。
「ハーピィへの撤退指示を素直に受けたようにみせた理由は時間稼ぎ、その間にこちらのユニーククラスの撃破が目的だったのだろう。こちらとしては戦闘が起きている前提で『闘争』の力を使い続ける他ない。指揮系統を狂わされた状況で我が軍が取る行動は戦い続けることのみ。散開したところを的確に撃破されたようだな」
「ならば今すぐ、戦場に向かわせていないハーピィを動員して指示を――」
「不要だ。此度の戦いに加えていない魔物はこちらの指揮系統に対応できぬ未熟なモノ。今戦場に送り込んだとして、役目を果たす前に仕留められるだろう」
「し、しかし、このままでは戦場に送り込んだユニーククラス全てが――」
「構わん。あれらには攻撃と停滞を与えてはいても撤退を許可してはいない。最期の時まで戦い続けられればそれで良い」
魔王様は静かな表情のまま、戦場にいる者達に最期まで戦わせると言っている。保有する戦力を惜しみなく投入したこの戦い、負けることはないと思っていた。しかし……しかし……!
「このままでは我が軍は……」
「メルサシュティウェル、現在の状況を立て直せるほどの兵はもうない。既に我が軍の勝利はない」
魔王様の口から出た言葉に、全身の力が抜けていく。長い年月を掛けて用意した軍勢が、勝利を確信して揃えた精鋭が……負ける?
「……この後は……いかがなさるのでしょうか……」
「変わらん。お前はこれまで通り、兵の増強を続けよ。他種族のユニーククラスが失われた以上、他種族の管理も一任する」
「……え」
「我らに与えられた時は無限。故に何度でも力を蓄えることは可能だ。次は同じ轍を踏まなければ良いだけのこと」
魔王様は今回の敗北に対し、まるで動じていない。既に次の戦いの準備に取り掛かろうとしている。魔王は不滅、死しても蘇り永遠の時を生き続ける。積み重ねた成果が失われようと、何度でも積み重ね直せばよいと思っているのだ。私もユニーククラスとして長い年月を生きていたが、まだ若い存在に過ぎないということを実感する。この境地にはまだ至れていないのだと。
「承知いたしました……」
「メルサシュティウェル、お前は先に戻れ。こちらは最後の役割を果たしてくる」
そう言って魔王様は自らの斧を手に取り、ガーネの方へと視線を向ける。
「魔王様……?いかがなさるつもりで?」
「我が軍の勝利はなくなった。されど、敗北はない。その事実を人間にも理解させる必要がある」
この時、私は初めて魔王様が笑っているのを見た。
◇
「それにしたって言い方というものがあるだろう?」
「仕方ないだろ、『蒼』が端的に話せって言ったんだから」
ガーネ城へと戻る道中、どうにかこうにかイリアスを宥める。『蒼』との通信の際に言った言葉に対して誤解され、色々と責められたがそれがアドバイスなのだとようやく納得してくれた。いやまあ『死ね、それで済む』ってシンプルに言った誰かさんも悪いけどさ。仲間に言うわけないだろうに。ちなみに暫くしてから当人から連絡があり、無事敵を撃破したとのこと。今は残党狩りで特に苦戦もなく終わるだろう。ただラクラの母親の件は少々心配なので早めに『紫』と合流させる手筈は用意しなければ。通信用の水晶の一つを耳に当て、その内容を聞く。これはガーネ城にいるマリト達の様子をただ垂れ流すためだけに用意してもらった物で、一方通行ではあるが長時間の使用ができる仕様となっている。
「気にはなっていたのだが、情報ならば逐一陛下と連絡すれば十分ではないのか?」
「マリトからの連絡も重要だけどな。マリトは要領が良いから情報を綺麗にまとめ過ぎる節がある。そうなるとこちらが知りたかった情報が削られることも多々あるんだ」
今耳に入ってくる情報として、近隣の村でレアノー卿がゴブリンを主軸とする魔物の軍勢との戦闘を行い、レアノー卿がゴブリンのユニーククラスを仕留めたというものがある。これをマリトから聞くことになれば『レアノー卿がゴブリンのユニーククラスを仕留めた』といったものになるのだが、実際の報告は細かい戦闘の様子なども詳細に伝えられている。どれほど苦戦したのか、兵の損害などは、といった感じだ。個人的には勝った負けただけよりも、その様子を詳しく知りたい。だがマリトにそこまで要求すればあいつのタスク量がパンパンになってしまう。
ここまでの情報をまとめると、やはりユニーククラスの強さはかなりのもの。デュヴレオリ程にはないにせよ、『紫』の時に相対した大悪魔クラスに匹敵すると見ていいだろう。本来ならそれだけでも顔をしかめたくなるのだが、流石はターイズの騎士隊長クラス。それぞれが一騎当千で、スペックに勝る相手でもしっかりと勝利を掴み取っている。
「レアノー卿も結構強いんだな」
「そうだな。レアノー卿はラグドー卿ほど魔力強化に秀でているわけではないが、その護りの固さは騎士隊長の中でも群を抜いている。今の私でもレアノー卿から一本を取るのは相当に時間が掛かるだろう」
「経験の差ってやつか」
「ああ。単純な能力だけを見れば私に分があっても、騎士隊長クラスともなればそれぞれが独自の強さで補ってくる。私が勝つにはそれらの強みを活かさせないように立ち回る必要がある」
例えばかつてイリアスが手合わせて打ち負かしたというフォウル卿。部下の前で倒されたことでイリアスとは険悪な仲になっており再戦は行っていないものの、彼が本来の実力で戦えば勝敗は分からないとのこと。スペックだけを見ればイリアスの方が化物らしいのだが、そのイリアスが確実に勝利できない相手というだけでもターイズの質の高さはまだまだ底が見えない。
「カラ爺とかも本気になったら相当凄そうだよな」
「そうだな。ラグドー隊の面々とは良く手合わせをしていたが、誰もが私の力を存分に発揮できるように立ち回っていた。もしも彼らが本気で私と戦うことになれば……想像はしたくないな」
ボル爺も今回の戦いでちゃっかりと敵のユニーククラスを撃破している。味方なら頼もしい限りだが、敵には回したくないとしみじみと感じる。『金』が仮想世界でターイズに何度も戦争を挑み、勝てる気がしないと言っていたのも十分に共感できる。
「それにしても今回は上手いこといったが、今後としてどうしたものかな」
「今回……それはどういう意味だ?」
「緋の魔王の立ち回りを分析するに、奴はこの戦いに勝利を欲していない。緋の魔王にとってはこの戦いを起こすこと自体が目的のように感じられる」
「戦いそのものに……?」
人間に対する侵攻を重視しているのであれば、ガーネとメジス両方への同時侵攻をすることはしない。自らも出陣しガーネ魔界を広げるためにガーネに全勢力をぶつけていれば、偽の情報に惑わされることもなく今頃ガーネ城の前には多くの魔物がひしめき合うこととなっていただろう。緋の魔王の采配は自らの力を人間達に誇示するかのような印象を受ける。しかしそれでいて勝利に拘っていない。このことが意味することは……。
「こっちの推論が合っているのなら、緋の魔王は今回の勝利には早々に切り捨てて次の戦争に備えようとするだろう。魔王ってのは不滅だしな、時間だけはいくらでもある」
「これほどの大敗をしても、なお侵攻してくるというのか……」
「流石に数十年単位での準備期間は必要だろうけどな。下手をすれば百年単位だ」
この世界の人間は内在する魔力により平均寿命が長い。長いといっても医療に優れた現代に負けない程度、一部例外はあるだろうが寿命に関しては常識的と見られる。こちとら百まで生きられたら御の字なのだから、当然次の侵攻には顔を出せないだろう。
「つまり、それまでに魔王本人をどうにかしなくてはならないというわけか」
「緋の魔王は兵の大半を失っているからな。魔界を浄化して本拠地にまで攻め込めれば良いんだろうが……まあ、現状の戦力じゃ厳しいよな」
魔界の魔力は人間にとって毒だ。結界を常に張っていなければ直ぐに体調を崩すことになる。ターイズの騎士達ならば可能かもしれないが他の国の兵ではそうはいかないだろう。少数のターイズだけで魔界を攻略するというのは流石に危険過ぎる。魔界を浄化し続け、満足に戦える状況で仕掛けるといったプランが妥当なのだが、魔界の広さを考えると十年単位の長期計画となる。その間に妨害が入る可能性もあるだろうし……。
「精鋭を集め、魔王を討伐するという手段はどうだ?」
「討伐しても復活するだろ。捕らえ、封印するような手段が必要になる。能力が未知数な魔王を封印できるかと言えばなぁ……」
「むう……」
これまでの魔王達のように懐柔することは無理と考えて良い。『金』はそもそも人間の国を統治することを目的としていた。『蒼』は死を求め緋の魔王に利用されていただけでそもそもの目的意識はなかった。『紫』は……まあ、うん。しかし緋の魔王は明確な目的を持っており、その目的がある限り人間の敵であることは避けられない。その目的自体を諦めさせるだけの材料があれば良いのだが、今現在では見当もつかない。交渉ができない以上は無力化する道を選ぶ他にない。いくつかの考えはあるにはある。だがどれもリスクが高く、実現させることは難しい。
「こればっかりは人間達で話し合ってもらって、しっかりとした計画を立てる他にないな」
「そうだな。それには少なからず君も知恵を出してくれるのだろう?」
「そりゃあな。遠い未来の連中のことはさておき、その時代まで生きていそうな連中が顔見知りってんじゃ放っておくことはできないだろうし」
緋の魔王だけではない。『金』を始めとした魔王達もその不死性を失わない限り、次の戦いの当事者となるだろう。そういやエクドイクも魔族になったしな。追い込んだ立場として放置は無責任にも程がある。
ガーネ本国へと到着し、第一層の門で手続きを行う。戦争の最中、ラーハイトやレイティスに所属していた連中が裏で工作を行う可能性を考慮し、第一層の警備はかなり厳重となっている。第二層以降は普段とさほど変わらないのだが、その警備の厳しさから各国の商人などは現在自国で大人しくしている。こんな時でも動くのは物資の補給を依頼されている商人くらいなものだろう。専用の手形には登録者の魔力が付与されており、手形と通行人の魔力を第一層の門に常備してある魔道具を通して確認する。誰かさんは魔力がないのだが、クトウの魔力を登録することで事なきを得ている。
「どうぞ、お通りください」
「ああ、お疲れ様」
門を開けてもらい、中に入る。門は直ぐに閉じられ施錠される。本来ならば第一層に入ったと同時に多くのガーネ国民の姿が目に入るのだが、現在は第二層以降に避難を行っている。敵が散開し、個別にガーネ本国に攻め込んでくる可能性を考慮した上での判断だ。
「それにしても、随分と厳重なものだ。君の入れ知恵とは聞いているが、ここまでする必要があるのだな」
「ラーハイトは精神関与の魔法で他人になりすませるからな。それを利用して一度に工作員を送り込んでくる可能性がある。一人一人にチェックを行えば肉体を奪えるラーハイト以外の侵入は防げる。門番も複数人置いておけば一度に催眠に掛けられるリスクも減らせるしな」
戦況が有利な今、最も注意すべきは兵を前線に送り込み手薄となったガーネ本国やメジスの中枢でのテロ活動だ。レイティスがジェスタッフのように扇動する手駒を他に用意している可能性も否定できない以上、最低限でも警備は上げておくべきだろう。とは言え、前線の戦闘ももう間もなく終わり、局所に散った敵兵も順次撃破し終えるだろう。
「……ところで疲労がいつも以上に目立っているようだが、体調の方は大丈夫か?」
「流石に疲れたな。直接の戦闘はしてないとはいえ、こうして戦場付近を移動して回って色々な手配をするってのは初体験だし」
「ガーネ城に着いたらゆっくり休むと良い。仮眠は取っていたがしっかりと寝れていないだろう?」
イリアスやウルフェの護衛の頼もしさはあっても、戦場の近くで満足に睡眠がとれるほど豪胆ではない。多少の睡眠時間の減少は何度も経験しているが、それが連日となると一般人の体力としてはそろそろ限界が近い。イリアス達はまるで疲れていないってのは凄いを通り越して呆れるばかりだ。
「そうだな。事後処理とかはマリトに任せれば大丈夫だろうし、半日くらいぐっすりと――」
「――伏せろっ!」
突如イリアスがこちらの体を押し倒し、地面に伏せさせてくる。それと同時に轟音と衝撃が同時に全身へと襲ってきた。体が浮き、地面をバウンドするように転がるのを感じる。イリアスがこちらの体にしっかりと抱きつきその衝撃を緩和してくれているも、その痛みは半端じゃない。動きが止まったあと、自身の体の感触があることを確認し体を起き上がらせる。イリアスは既に立ち上がり、門の方へと向き直っている。
「一体何が……っ!?」
視線を門へと移すと、そこには先ほどまで堅牢に閉じられていたはずの門が無残なまでに破壊されている光景があった。そしてその奥には巨大な斧を携えた一つの影。亜人に分類されるのだろうが、知っているどの動物の特徴とも合致しない。鬣に巨大な角、赤々と輝く鍛え抜かれた体。その姿を見て、その人物の名前が自然と口に出る。
「緋の……魔王っ!?」
「――黒髪に黒い瞳。そうか、貴様がユグラの星の民か。ユグラと違いその体は驚くほどに脆弱とは聞いていたが、まさか今の余波程度で危うく殺しかけていたとはな。死ななかったことは僥倖だ。せっかくの交渉材料を失うところだ――」
緋の魔王の言葉に割り込むようにイリアスが斬りかかる。緋の魔王は素早く反応し、その斧でイリアスの剣を受け止めて見せた。
「君は下がれ!クトウに体を護らせろ!」
「そうしておけ、ユグラの星の民よ。もっともその足でこの場を離れられるかどうかは疑問だが」
足がなんだって?クトウに体の周りを護衛する指示を出しつつ、自分の足へと視線を向ける。……まじか、右脚がありえない方向に曲がってやがる。いや、冷静に体の様子を確認するとかなりヤバいことになってる。全身が余すところなく痛いおかげで現状の把握すらまともにできていなかったが、多分これ体の何ヶ所かにヒビ入ってやがる。イリアスが咄嗟に結界を張った上でこのダメージ、もしもイリアスの反応が遅れていたら余裕で死んでいた。
「聞くまでもないが、貴様が緋の魔王で間違いないな!」
「如何にも。悪くない剣圧だ。これ程の力を持つ者が人間にいるのであれば、我が配下が敗れるのも十分に納得がいく」
緋の魔王とイリアスは鍔迫り合いの状態から互いにピクリとも動かない。少なくともイリアスの怪力と互角、いやイリアスが追撃に転じないことを考えればそれ以上と見るべきだろう。
「まさか総大将自ら単身で乗り込んで来るのかよ……。戦術を考えた先人達が泣くぞ」
「人間の定石に付き合う必要が何処にある。我は魔王、故に魔王として闘争を行うまで」
「これまでの戦いは児戯だとでも言いたげな言い回しだな、おい」
「児戯……か。我が魔界にて生まれ落ちた魔物に『闘争』の力を与え、人間と戦わせる行為。言われてみれば子供に道具を与えて遊ばせることと同義と言えよう。だがユグラの星の民、貴様の功績は素直に称賛に値する。例え児戯であっても魔王として振る舞った我が采配を上回ったのだからな」
さて、どうする。この体じゃ満足に動けないのは確実。クトウに命令をすれば飛行して移動することは可能だが、イリアスと互角以上の相手から逃げきれるかというと微妙なところだ。奴はさっき『俺』のことを交渉材料と言っていた。『俺』を交渉材料にできる相手ともなればおおよその見当はつく。ラーハイトのいるレイティス、もしくは色無しの野郎だろう。ただレイティスからは厄介者の扱いを受けているだろうし、色無しの方か。湯倉成也から様々な叡智を与えられているあいつなら緋の魔王が欲しがるような物を用意できるだろうし。その辺は置いとくとして、少なくとも奴の狙いの一つは『俺』の身柄、やすやすとは逃がしてくれないだろう。
「とりあえず『色無し』には感謝しとくか。いや、やっぱしたくないな、あんな奴に」
「――やはり頭は回るようだな。この場で殺すつもりは毛頭ないが、精々その体につけている悪魔を使い自分の身を護ることだ。我が手加減の範疇ではどうあっても殺さずに済むことは難しいだろうからな」
この場で『俺』にできること、言葉で注意を逸らす?イリアスと鍔迫り合いの状態で悠々と喋るような奴を動揺させる程の内容がそうポンポン出てくるわけがない。下手に逃げる素振りを見せればこちらに攻撃が飛んできて、それを庇うイリアスの足を引っ張ってしまうことになる。第一層の門が破壊された異変は既にガーネ本国中に伝わっていると考えて良い。そうなれば援軍が来るのは間違いない、ここは時間を稼ぐ。
「目的は『俺』個人を捕まえにきたってだけじゃないだろ。そもそもここにいることすら知らなかったようだしな。一人でガーネ本国の人間を皆殺しに来たって感じでもなさそうだが」
「目的はたかが知れている。貴様の功績により我が軍の勝利はなくなった。だが魔王の敗北はなく、人間の勝利もない。それをわきまえさせるために足を運んだだけに過ぎん」
「自信家なことで。そんなに余裕があるんだったら前線にでも突撃しとけってんだ」
「戦いの場で敵を殲滅したところで、人間全てに恐怖を与えることはできない。より明確に勝利を奪うのであれば、それはより深い傷痕を残す必要がある」
「兵を殲滅するより、国を焼いた方が印象付けられるってか」
「その通りだ」
「聞いていれば好き勝手なことを!私がそれを許すと思うか!」
イリアスが一度距離を取り、さらに強く斬りかかる。結果は同じ、緋の魔王は造作もなくその攻撃を受け止める。しかし先ほどと違い、緋の魔王の足場に亀裂が入った。
「……人間はかくも戦う力を身につけたか。それで良い。それでこそ我が身が魔王と堕ちた意味があるというもの。我が理を超えた力を奮う価値があるというもの」
「―ッ!?」
何が起こったのかは見えない。だが激しく武器がぶつかる音と共にイリアスが後方へと押し返された。これまで見た魔王とは明らかに別格、個の強さも魔王として相応しい存在。イリアスが勝てるかどうかは分からない。だがそれでも信じるしか手段がない。『俺』にできることは……一つしかない。