そして示す。
前線を離れたゴブリン達が最寄りの村、ここにやって来るまでそう時間は掛からない。話によれば陛下と懇意にしているとされる男の策略により、敵の大多数が酷く消耗させられていると聞く。つまるところこの場所に現れる敵兵も疲弊の激しい状態、迎え撃つには絶好の機会……なのだが……。今年騎士となり、晴れてレアノー隊へと所属が決まった。そこまでは良かったのだが、まさかその年のうちに魔王との戦争に駆り出されるとは思いもしなかった。山賊討伐の時には隊に組み込まれず、まともな実戦経験もないという状態。緊張するなと言われても、こればっかりはどうしようもない。
「ケイール、ターイズの騎士が敵を目前に震えるとは何事か」
「レ、レアノー卿!?も、申し訳ありません!」
そんな迷っている様子をレアノー卿に咎められてしまう。既にここが戦場となるのは避けられない。だからこそ飲まれてはいけない。剣を脇に抱え、両頬を手で叩く。
「それで良い。戦いが始まれば何よりも優先すべきは自分が死なないこと、そして余裕を作ることだ。余裕があって初めて仲間との連携を熟せることができるようになる。自分でやるべきこと、自分でやらねばならないことをもう一度思い出すように」
「はい!」
「力が入り過ぎている。ケイール、お前は数合わせで戦場に連れてこられたのではない。私の隊の戦力として十分に活躍ができると私が認めたからこそ、陛下のために戦う機会を得られたのだ。自信を持て、されど慢心は捨てろ」
レアノー卿はそう言って他の隊員の様子を見に行った。最多の騎士を保有するレアノー隊隊長、レアノー卿は自分の隊の騎士のことを隅々まで熟知している。レアノー隊が最多である理由はレアノー卿の隊員の管理能力の高さゆえだ。私自身もレアノー卿に課せられた訓練を通し、様々な技術を学ばされた。その中で最も伸ばさせられたのが戦闘で深手を負わない、生存時間を伸ばすための方法だ。戦う術というよりも生き残る術と言うべきレアノー卿の教えを学んだ私は、他の隊の騎士達と手合わせをした際、勝てずとも決して大敗しない苦戦させられるような戦い方を行えるようになっていた。
「相手は強大であれど……レアノー卿の教えを信じて戦うまで……!」
「おいおい、新米。レアノー卿の激励をもう忘れたのか?肩の力を抜けって。隣で戦うお前がそんなに力んでたんじゃ俺まで力が入っちまう」
「せ、先輩!?も、申し訳ありません!」
「だらけろとかは言わないけどな。ゆっくり呼吸をして、力を抜いた方が視野は広くなる。戦場でお前が戦うのは正面の一体だけじゃないんだからな」
「は、はい!」
「カチンコチンじゃねーか。仕方ねぇな、そんなお前のために力が抜ける話をしてやろう」
「話……ですか?」
「実はな、レアノー卿の奥さんってすげー美人でな。レアノー卿、すっげー愛妻家なんだよ」
「は、はぁ……」
「でもな、ある日ちょっと喧嘩になっちまったんだ。その日のレアノー卿の面白かったのなんの!執務室で謝罪の練習を何時間もやってたんだぜ?『おお、妻よ!あらゆる点をどう考えても私が全て悪かった!どうか、どうか私に許しを!』ってな!」
あのレアノー卿からはなかなかに想像できない話だが、ついイメージをしてしまい吹き出しそうになる。その様子をみて先輩はニヤリと笑い、私の背中を叩く。
「ちなみにこれを話しているのがレアノー卿にバレると、もれなくひでーしごきに遭うからな。俺は三日飯が食えなくなった」
「は、はい……」
「緊張したレアノー隊の新人に教える笑い話だ。次の機会にお前が新米に伝えるんだからな、きちんと生き残ろうぜ」
「……はい!」
先輩のおかげで体から無駄な力みが消えた。それと同時に遠くから咆哮が耳に届く。目を凝らせばゴブリンの軍勢が殺気をばら撒きながらこちらに突撃してくるのが見える。
「総員!結界を展開せよ!魔力強化は腕と足周りのみ重点的に!」
少し離れたところからレアノー卿の号令が響く。その号令に合わせ全隊員が武器を構え、結界を展開していく。戦闘が始まるまであと僅か、だが既にやるべきことは発生している。まずは先陣にいる敵の武装の確認。槍と剣が主体、先に突っ込んでくるのは槍の方だろう。次にその後方に弓兵、魔法を使用する類の相手がいるかどうかの確認。弓兵の姿を確認、弓の形状、大きさからこちらに届く距離を想定、どれほどのタイミングで攻撃を仕掛けてくるかの時間を把握。その間に敵が目前へと迫りくる。
「迎撃せよ!」
がむしゃらに仕掛けてはいけない。敵の先陣はまずこちらの前にいる兵士達を可能な限り減らしにくる。つまり、急所を狙った渾身の一撃を放ってくる。回避行動をしては隊列が乱れる。行うべきは魔力強化を行った武器によるいなし、どの敵が自分を狙っているかを冷静に見極め……、
「はぁっ!」
顔目掛けて突き出された槍を剣でそらす。そのまま崩れた敵に対し、防具のない箇所へと斬撃を浴びせる。ふらつくゴブリン、だが直ぐには追撃を行わない。敵の先陣がこちらに届いたということは、後衛にいる弓兵達も既に矢を放っている。半歩下がり、視野を広く持つ。上空から降り注ぐ矢の軌道を確認し、自分へと迫っている矢を見分ける。刺さる矢は剣で防ぎ、掠る程度の物は鎧を使い弾く。矢の雨が一時的に止んだのと同時に再度目の前の敵に集中。味方からの誤射を受けているゴブリンもいるが、その勢いはまるで止まる様子がない。繰り返される攻撃を丁寧にいなし、バランスが崩れるのを待つ。
「ケイール、右側合わせろ!」
「はい!」
先輩が攻撃を弾いたゴブリンが大きく体勢を崩しているのを確認し、二人掛かりで斬りかかる。先輩の攻撃は防がれたが私の攻撃は深々とゴブリンの喉に突き刺さる。しかしそれでも致命傷とは言えない。眼が死んでいない、武器を落としていない。素早く剣を引き抜き、隊列を維持する。先輩の正面のゴブリンを攻撃している間も、私の正面のゴブリンは攻撃を止めるわけではない。再びおちついて攻撃を防ぐ。
「放てっ!」
レアノー卿の号令と共に背後に控えていた弓兵が敵の前線へ矢を放つ。レアノー隊の騎士達の放つ矢の距離感は常に一定、的確に正面にいるゴブリン達へと突き刺さっていく。これが人間ならば倒れるのだろうが、ゴブリン達はさほど影響を受けていない。だがターイズ騎士の放つ矢を膝や肘に受ければその反動で体が動く。そのまま反撃をすれば無理な姿勢での攻撃となる。
「そこだっ!」
魔力強化を強め、敵の攻撃を強めに受け流す。姿勢が大きく崩れたのを確認し、剣で相手の足を切断する。バランスを崩し倒れた敵の首筋に剣を突き刺し、再び下がる。今のは手ごたえがあった。流石にこれで死んだ……いや、まだ動いている。魔物は死ぬ直前まで元気だとは聞いていたが、これはいくらなんでも元気過ぎる。
「ケイール、慌てるな。後続が前に出てくるぞ!」
先輩の声にはっとし、視線を正面に戻す。目の前のゴブリンが転倒したことで後方にいるゴブリンが私に標的を絞り、武器を振り上げている。急いで剣を構え、攻撃を受け流す。危なかった。
「ありがとうございます!」
「奴ら倒れた仲間を平然と踏みつけてるからな。ならありがたい、どんどん踏んでもらおうぜ!」
敵は倒れた味方に視線すら向けない闘争心の塊、だがそれは逆を言えば連携する気が微塵もないということ。仲間の体を踏めば転倒したり、姿勢を崩したりすることに繋がる。起き上がろうとしている者も踏まれれば満足に立ち上がることはできない。混戦になれば足元を確認する作業の回数は減ってしまう。だからこそ冷静に足場を見極めれば優位に戦うことができる。相手のゴブリン達は中級、上級が主体となっている。話の通り下級のゴブリン達は道中で力尽きているようだ。上級を相手にしている味方の騎士に注意を払い、目の前の中級を確実に封殺していく。なかなか死なない敵ではあるが、戦闘を続けていくうちにその動きにも慣れてきた。だが攻撃が直撃すれば無事では済まないのは中級だろうと上級だろうと変わりはない。焦らず冷静に、目を凝らし耳を澄ませ戦闘に没頭していく。これが他国の兵ならば敵の侵攻を許し、混戦に持ち込まれるだろう。だがターイズ騎士が守りを固めた隊列は崩れない。敵の有利となる乱戦を徹底して拒絶していく。
「ケイール、そろそろ一回下がるか!?」
後方から響く仲間の声。最前線にいる騎士達とていつまでも戦えるわけではない。隙あらば下がり、息を整える必要がある。自身の呼吸、魔力量を確認し、振り返らずに声で答える。
「大丈夫です。もう暫くいけます!」
「わかった。良い動きだぞ!」
「ありがとうございます!」
敵の数はなかなか減らない。だがそれはこちらも同じ、いや負傷を繰り返す魔物と違い騎士達は全くと言って良いほど負傷をしていない。このまま時間が過ぎれば有利なのはこちら――
「危ないっ!」
突如先輩が私を後方へと突き飛ばす。視線で自分のいた場所に巨大な岩が降り注ぐのが見えた。敵が後衛から放り投げた!?落下物なら弓矢と同じように認識できたはず。それができなかったということは、この岩がありえない速度で降ってきたということになる。
「あ、ありがとうございます先輩!でも、これは!?」
「奴だ、あそこにいるゴブリンが岩を上空から投げつけてきやがった!」
先輩の視線の先、他のゴブリンよりも一回り以上大きなゴブリンがいた。装備も他のゴブリンに比べ質が良く、それに感じられる魔力も上級以上に高い。
「ユニーククラス……!」
「人間の陣形一つ崩せないとは、我が軍勢ながら情けない。魔王様より与えられた力に理性を失い、力を奮うことしかできぬ愚図どもめ。敵陣を崩すとはこうやるのだ!」
ユニーククラスのゴブリンが地面へと手をかざす。すると地面が隆起し、奴の手元に巨大な岩が生成されてゆく。あのユニーククラス、魔法も使えるのか!こちらの武装に魔封石があることを理解し、物体を生成した上で攻撃に利用する。知恵もかなり高そうだ。
「ケイール、くるぞ!」
「は、はい!」
ユニーククラスのゴブリンが生成した岩をこちらの陣に向けて投げつける。その速度は放たれる矢よりも早く、まともに受けることは避けなければならない。遠距離の攻撃故に騎士達の反応速度ならギリギリ回避できるが、陣形が大きく崩れていく。
「どうした人間ども!ご自慢の几帳面な陣形が崩れているぞ!ハハハッ!」
「くそっ、この程度の岩!」
「馬鹿、やめろケイール!」
飛んでくる岩に対し、剣を盾に受け止める。土魔法を使った岩ならばそこまでの硬度は――重いっ!?剣が折れ曲がり、勢いをほとんど殺せないまま岩が体へと直撃する。私の体は全身への強い衝撃と共に浮き上がり、後方へと吹き飛ばされた。岩は少し手前に落ちたものの、吹き飛ばされた勢いのまま地面に叩きつけられる。すぐさま起き上がろうと手を付くがまともに力が入らない。これは……腕の骨が折れているっ!?
「回転を加えた岩の直撃の味はどうだ?んー?貴様ら如きの魔力強化、このゾベラミタヤの攻撃を防げると思うな!」
ゾベラミタヤと名乗ったゴブリンは次々と岩を生成し、こちらの陣へと投げていく。私が吹き飛ばされたのを見た騎士達は回避に専念せざるを得なくなり、陣形がさらに崩れていく。その隙に敵兵が突撃し、戦いは混戦へと移り変わり始めている。
「大丈夫か、ケイール!」
「先……輩……。まだ……私は……戦え……ます!」
「馬鹿野郎!そんな手負いで戦えば犬死にするだけだ!お前は一旦下がれ!」
先輩が起き上がれない俺を担ぎ上げる。だがそのせいで飛んでくる岩への反応が遅れてしまっている。一つの岩が真っ直ぐにこちらへと向かってきている。この状態ではもはや回避も……!
「意気込みは立派だ。初陣なら及第点といったところだろう」
突如岩の軌道が逸れる。気づけばレアノー卿が目の前に現れていた。剣を抜いてるところからレアノー卿は何らかの技で岩を受け流したのだろうか。あれほどの一撃をどうやって……。
「レ、レアノー卿!」
「総員!下がりつつ陣形を保て!あのユニーククラスは私が受け持つ!」
号令に合わせて騎士達が下がり、再度陣形を組み直していく。レアノー卿は単身でゾベラミタヤへと歩んでいく。しかし道中には他のゴブリンが武器を振り上げ、レアノー卿へと攻撃を仕掛けていく。
「邪魔だ雑魚ども」
レアノー卿が剣を振るうのと同時に敵の攻撃が空を切る。敵は空振りの勢いのまま大きく姿勢を崩し転倒していく。レアノー卿は追撃を行うこともなく、ゾベラミタヤの元へと向かう。
「少しは手応えのありそうな人間がいるようだな。我が名はゾベラミタヤ、俺に殺される貴様の名を聞こうか!」
「言葉を話せる程度で武人ぶるな。汚らしいゴブリン風情に名乗る名などない」
「よく吠えた!その高慢な態度、恐怖で塗り替えてやろう!」
ゾベラミタヤが岩を投げつける。しかしレアノー卿は剣を振るい、岩の軌道を変えて見せた。岩はその勢いを残したまま、レアノー卿に迫っていた他のゴブリンへと直撃する。今の一連の動作に特殊な動きは見られなかった。まるで普通の攻撃をいなすかのような動作しかしていない。
「ふん、岩を投げつけるなぞ山賊でもやらん。所詮は申し訳程度の知恵をつけた獣風情か」
「ならばその獣の連撃、その身で受けてみるがいい!」
ゾベラミタヤは背中に背負っていた一対の剣を抜き、レアノー卿へと斬りかかる。左右から襲い掛かる斬撃をレアノー卿は一振りで真上へと受け流す。体勢を崩した隙に反撃がくると判断したのか、ゾベラミタヤはその勢いのまま後方へと回転しながら飛び上がり距離を作る。しかしレアノー卿は剣を降ろし、その動きを見つめるだけだった。
「連撃を期待したのだが、左右の一撃だけで終わりかね?過度な誇張にも程がある」
「……ハハ、ハハハッ!これは面白い!是非ともその余裕の表情を崩したくなった!――サァ!殺戮トイコウカッ!」
ゾベラミタヤの様子が急激に変化していく。体はさらに一回り大きくなり、腕や足の筋肉が倍以上に太くなっている。ユニーククラスは緋の魔王から与えられた力を個別に使うと聞かされていたが、これが……!こうして見ているだけでもはっきりと分かる。あれは強い、並大抵の騎士ではまるで歯が立たないだろう。魔力量を見るだけでもレアノー卿より遥かに――
「先輩、あれは不味いですよ!?レアノー卿を援護しなくては!」
「あのなぁ、そんな状態でどう援護するってんだ。お前はよく見とけ、俺達の隊長の実力って奴を」
「そんなことを言っている場合ですか!?明らかに相手の方が――」
「レアノー卿は勝てない戦いはしない。仮に勝てない相手ならばとっくに俺達に撤退命令を出している」
相手から感じる魔力を考えれば、どう考えても勝てる相手ではない。だがそんな心配をしている間に既に戦いは再開されている。ゾベラミタヤの攻撃は先程よりも遥かに速く、離れた位置から見なければ軌跡を捉えることはできない。レアノー卿はギリギリのタイミングでその攻撃を受け流してはいるが、とても反撃ができるようには見えない。
「ドウシタ!動キガ遅イゾ!コレガ魔王様ノ本当ノ力ダ!恐レヨ!震エヨ!後悔セヨ!」
「良く喋るものだな。すまないがもう少し静かに戦えないのかね?唾を切り払っていては私の剣が汚れてしまう」
「本当ニヨク吠エル贄ダ!」
「吠えているのはそちらであろう」
何やら会話をしながら戦っているようだが、正直見ているだけでハラハラしてしまう。敵の攻撃の勢いはまるで収まることを知らず、一撃でも命中すればと思えば……。しかしレアノー卿の戦いを見ている他の騎士達はまるで動じていない。粛々と近くの敵に対応することだけを続けている。
「どうして先輩達はそんなにも落ち着いて見ていられるのですか?レアノー卿は確かに素晴らしい騎士ですが、武勇に関してはそこまで有名というわけでもないのに……」
「騎士団の団長を担う隊長ってのはな、適性があるだけじゃ務まらない。確かにターイズの騎士で名高いのはラグドー卿を始めとする古参の騎士で固められたラグドー隊の方々だ。だが他の隊の隊長達ってのはな、そんなラグドー隊の面々も認める実力があるからこそ任命されているんだ」
先輩の言葉は自信に満ちている。レアノー隊に長くいる者達は誰もがレアノー卿の勝利を疑っていない。あの方が退くことを選択しないということは、勝利はそこにあるのだと。ゾベラミタヤの攻撃は衰えることはない。しかしよくよく見れば互いの動きに変化が見える。レアノー卿の攻撃を捌くタイミングが徐々に……早くなっている?ギリギリのタイミングに見えていたのが今ではある程度余裕があるかのように感じる。
「ついこの前だったか。ターイズでアンデッドの群れと戦ったことがある。奴らは斬っても再生し、聖職者の力がなければ死ぬこともなかった。貴様らもなかなか死なぬし、動きだけで言えば随分と早い。だがまぁ、私から言わせてもらえれば死なぬアンデッドの方が手間ではあるがね」
「貴様ッ!」
「身体能力の高さにものを言わせただけで、微塵の練度も感じぬ攻撃に何を見出せというのかね?」
絶えず響いていた剣と剣がぶつかり合う音が突如強く響き、ゾベラミタヤの体が大きく崩れる。あれは……完全に攻撃をいなされた時の動きだ。今のゾベラミタヤの攻撃は私が防げなかった岩投げのそれよりも遥かに強い。その攻撃を完全に見切ったというのだろうか。
「ヌゥ……!何ヲシタ!?」
「何の変哲もない受け流しだが、それがどうかしたかね?」
「人間ノ力デコノ攻撃ヲ受ケ流スナド――」
「そのための魔力強化だ。受け流しに使う体の部位にのみ魔力強化を集中させ、瞬間的に高めれば圧倒的に力が勝る魔物の攻撃にも十分に匹敵できる。全身を馬鹿みたいに強化させたところで無駄な魔力を消費するだけだからな」
「クッ、コノッ!」
ゾベラミタヤは攻撃を再開しようとするものの、レアノー卿の切り払いによりさらに体勢を崩す。今度は攻撃を放つ前に姿勢を崩された。
「そして貴様はがむしゃらに攻撃をし過ぎだ。せっかく強化した能力だというのに、すぐに手の内を全て見せてどうするというのだ。動きを覚えてくれと言わんばかりではないか」
レアノー卿は体勢を崩したゾベラミタヤの右膝に剣を突き立てる。ゾベラミタヤは直ぐに距離を取ったため傷は浅い。浅いはずなのだがガクリと膝をつく。自身の体に起きた変調を理解できていないといった顔で呻く。
「オ、オオオッ!?」
「アンデッドの方が手間だと言っただろう。奴らは直ぐに傷が癒えてしまうからな。だが貴様らは傷ついても動けるだけに過ぎん。傷口を介し、魔力強化を少し乱せば素人のように直ぐに動きが崩れる。大方魔物同士で武器を手に取り、競い合う程度の鍛錬しか積んでいないのであろうな。その程度で魔王が生まれてから数百年、己より能力の勝る魔物に抗う術を模索し続けた人間の研鑽に届くと本気で思っていたのかね?」
ここにきて初めてレアノー卿が先に仕掛けた。ゾベラミタヤは攻撃を防ごうとするも、即座にレアノー卿のフェイントに引っかかり、体の一部を切り裂かれる。その箇所の動きが鈍り、更なる一撃を受けていく。防御も回避もおぼつかず、ゾベラミタヤは次々と全身をきざまれていく。新たに増える傷口は徐々に深くなり、それに伴い動きはさらに悪くなっていく。隊長の危険性を感じ取った他のゴブリン達もレアノー卿に攻撃を仕掛けるが、レアノー卿は余裕をもってその攻撃を捌いていく。
「オノレ……オノレ……ッ!」
「ああ、一つだけ感謝することがある。前線から離れた他の魔物達も同様に近隣の村へと侵攻をしているようだが、最も強い隊長格の貴様がその程度ならば他の場所に援軍を送る必要はなさそうだ。多少の誤差はあれど、他の騎士団隊長達も問題なく討伐できるだろう。その懸念を払拭させてくれたことには礼を言わせてもらおう」
「オノレエエエッ!」
ゾベラミタヤは咆哮し、レアノー卿へと攻撃を行う。しかしその攻防は私が最初に抱いていた不安を微塵に砕くほどに一方的なものとなっており、レアノー卿がゾベラミタヤの首を刎ね飛ばすまでそう時間は掛からなかった。