とりあえず、どうしようもないな、これ。
イリアスは午前中にラグドー卿の命により非番となった。
彼を見つけ、式典と立食会の招待を行い、参加させることが目的だ。
真面目なイリアスは早速街を歩き回り、彼を探し始める。
しかし見つからない。
『犬の骨』を訪れたらしいが、食事をした後その場を離れていた。
その先の居場所は聞いていないらしい。
マーヤのいる教会、自宅、市場、様々な場所を渡り歩いたが影も形も見えない。
ここまでくるとわざと隠れているのではないだろうかとさえ思えてくる。
気がつけば既に日が暮れている。
「待っていても、探していても見つからないのだが……どうすればいいのだ」
それに答える野良猫の鳴き声は虚しく響く。
何度か家に戻ったが、帰ってきた気配はない。
夜の街になれば営業している店も少ない。
なればと『犬の骨』を含めて店を巡る。
きっと、見つかるだろう、きっと。
「……何故だ」
それでも見つからなかった。
体力の疲労は無くとも精神の疲労は着実に蓄積され、その顔に表れていた。
仕方が無い。家に戻ろう。
ここで家にいたらもう、それだけで十分だ。
そんなことを考えながら自宅へ戻る。
するとそこで待つ人物がいた。
「や、やっと見つけた!」
どうやらこちらを探していたようだ。
しかしイリアスには心当たりが無い。
「ええと、どちらの方ですか?」
「ああ、私バン様の使いの者です!」
バン、そういえばこの街にある大きな商館の主人がそんな名前だったような。
両親が他界してからと言うもの、そういった施設を訪れる機会は無かった。
と、そこで彼と『犬の骨』で飲んだときの記憶が蘇る。
そのような名前の商人の所を訪れたと言っていた。
そして察する。ああ、そこにいるのか。
自分の節穴よりもようやく彼の消息が掴めそうなことが何よりも救いだ。
「もしかしなくても、うちにいる青年の話だろうか」
「はい、実は亜人に攫われてしまったそうで」
「……は?」
彼女の残業はまだまだ続く。
◇
次の日、朝方にオババの場所へ訪れ、話を切り出した。
「昨日の交渉の件だが一つ条件を付け加えたい」
周囲の黒狼族がざわめく。オババだけは静かにこちらを見据えている。
「急な話だね、坊やは昨日の話で既に了承した。それを覆そうって言うのかえ?」
「いや、交渉の席は追加の条件を飲もうと飲むまいと用意はする。ただし条件を飲んで貰えた場合には相応の対価を約束しよう」
「それはなんだい?」
「相手との交渉の際に、必ず対等な関係になれるように取り計らうと約束する」
「それは飲まなければ対等な関係を築かせないと言う事かえ?」
「いいや、ただ席を用意するだけで何もしない。そちらの技量次第ということになる」
「わしらでは無理だとでも言いたげだねぇ」
「できる自信があるなら飲まなくていい。約束通り対話の席を用意するだけだ」
「……そちらの条件を聞かせてもらえるかえ?」
「忌み子にこの村を出る機会を与えて欲しい」
周囲は再びざわめく、しかしそのざわめきは一段と大きい。
オババはそれを手を上げて黙らせる。
「一つ聞いても良いかえ?」
「ああ、もちろんだ」
「坊やがあれに執着を見せていたのはわかっておった。じゃが何故あれを寄越せとは言わないのかえ?」
「理由は二つだ。忌み子の為であり、あんたらの為だ」
「あれは喜んでこの村を出て行くじゃろう。わしらも喜んで差し出す。それを機会を与えるだけで済ますことに何の為になる?」
「機会の内容についてだが、この中で最も強いのは誰だ」
周囲の黒狼族を見渡す。
暫しの静寂の後に一人の男が手を上げた。
ひときわ体格が良く、戦士としての風格も申し分ない。
「俺だ」
「じゃあお前、忌み子と決闘しろ。忌み子が勝てばあの子を自由にしてもらう」
「俺に忌み子と殺しあえと言うのか?」
「いいや、いずれかが戦闘不能になればそれで良い。過ぎて殺しても文句は言わないがな」
「そうかい、なるほどねぇ」
「オババ?」
「坊やもわしらと同じよ。あれを哀れに思いながらも嫌悪しているのさ。だからお前と決闘させ、楽に死なせてやりたい。今後この村と交易する際に忌み子が居たら嫌だからわしらに処理して欲しいのさ」
「――なるほど」
「そう思いたいならそうすれば良い。それで受けるのか?」
「構わないよ、受けようじゃないか」
「そうか、言質は取ったぞ」
「だがあれを殺し、呪いを受けたいと思う者はこの村におらん。死なないよう手を緩め痛めつけるだけに終わっても文句は聞かぬからな?」
「いいや、その男は殺す殺さないは別にしても本気で戦うだろうさ」
「俺が?」
と、そこで外から一人の黒狼族が入ってきた。
「オババ、村の入り口に武器を持った者が!」
「迎えが来たみたいだな」
そして全員で村の入り口へ向かう。
そこにはカラ爺を初めとしたラグドー隊の面々、そしてバンさんの姿もあった。
全員が武装しており、ピリピリとした空気を生み出している。
カラ爺はこちらの姿を視認すると真っ直ぐに歩き出す。
しかし途中で止まり、振り返る。
もう一人のラグドー隊の騎士が歩き出し、カラ爺と正面に向き合った。
その騎士が持つ武器は巨大な槌、山賊討伐の時にもその活躍を見せた男。
ボルベラクティ……ボル爺と呼ばれている人だ。
その光景に呆気を取られている黒狼族を他所に、二人は構える。
「ふっ!」
カラ爺の掛け声と共に槍の一閃がボル爺を襲う。
目にも映らぬ速度の槍を当然のように槌で受け止める。
その瞬間に周囲に轟音と衝撃波が発生し、この場にいる全員の体に伝わった。
カラ爺の突きは止まらない。
だがそれを捌きながらもボル爺は隙を突き、槌を振り下ろす。
カラ爺が間一髪で回避し、槌は地面へと突き刺さる。
その振動たるや、村の家々を揺らすほどだ。
昨日は黒狼族達と彼らを一度比べ、それなりの優劣をつけた。
だが今の二人の動きは比べるまでも無く圧倒的であった。
打ち合う都度に村に衝撃が伝わる。
それを見ている黒狼族は、驚愕の表情を崩すことができない。
「おおおっ!」
「はああっ!」
最後に互いの渾身の一撃がぶつかり合い、ひときわ大きな衝撃が発生する。
中にはその衝撃に仰け反り、尻餅をつくものもいた。
「――ふう、こんなもんじゃろ」
「衰えておらんのおぬしは」
「そっちもな、ふぉっふぉっふぉっ!」
何事も無かったかのように二人は笑った。
この村最強の男の横に歩み寄り、声を掛ける。
「彼らは戦うつもりはない。少数で来たからこそ、侮られぬようその武勇を披露し見せた」
「……」
「では始めよう。彼らは何もしない、見届けるだけ。この村最強の男の決闘をな」
男は武器を強く握り締め直す。
最早彼に手を抜く選択肢は存在しえない。
あれ程の演舞を見せられた後、騎士達の前で、そして部族の前で手を抜き、温い戦いを見せようものならば、公にその実力差を示してしまうことになる。
たとえ対話によって対等に交渉を行ったとしても、彼らには今後重圧が圧し掛かる事になる。
ここで部族としての強さを証明できなければ、彼らは人間達に対して精神的に対等であると思う事はできなくなる。
村人達が少女を連れてくる準備に入っている間に、カラ爺はこちらに歩み寄る。
そしてオババに一礼し、こちらの横に立つ。
「どうじゃ、注文通りにできたかの?」
「良い演舞でした。これなら面白いものが見れますよ」
「そうかのう。わしちょっと心配なんじゃが……それにこの後の役目ものう」
「すいません。ラグドー隊の中で最もお願いができるのはカラ爺なもので」
「そう言われりゃ悪い気はせんがな。お、来たようじゃな」
少女が村人に連れてこられる。
棒で突かれ、広場へと追い立てられる。
この光景にカラ爺の握る槍が音を立てる。
「自制、頑張ってくださいね。一番辛いと思いますけど」
「おう、坊主を信じとるでな」
「一声掛けて来るが良いか?」
オババの方を向き、少女を指差す。
「構わんよ」
その返答と同時に立ち上がり、少女の傍に歩み寄る。
少女は震えている。
無理も無い、周囲から向けられる視線は忌避の念が込められている。
少女の耳元で囁く。
少女は目を丸くし、こちらを見ていたがそれを無視しオババの元へ戻り座る。
広場の中央にはこの村最強の戦士と忌み嫌われた少女が対面している。
「上手く焚き付けてくれたもんだね坊や。ああされちゃ部族として手は抜けないねぇ……」
「一瞬で終わるだろうな」
「最も勇敢な若者が呪われた忌み子を手に掛けさせる……呪われ命を落とせばどちらにせよわしらの立つ瀬は無くなる……それが本当の狙いだったのかえ。ああ、してやられたよ」
「本当の狙いはすぐに分かる、好きに始めてくれ」
「そうかい……両者構え!」
男は石斧を構え、少女は持たされた剣をだらりと下げ立ち尽くしたままだ。
不安そうにこちらを見つめている。
「カラ爺、頼む」
「……うむ」
カラ爺が地面に突き立てていた槍が傾く。
「始めっ!」
「おおおおおっ!」
男は雄叫びを上げ、石斧を振り上げながら飛び込む。
その速度はカラ爺達にも引けを取らない。
誰が見ても全力の踏み込みだ。
少女はぎゅっと目を瞑り、剣を落とし、両腕で守ろうとする。
少女には武器を使う技術は疎か、発想すら持ち合わせてない。
乾坤一擲で振り下ろされた石斧は、少女のかざした腕と頭を正確に捉え、
――完膚なきまで砕け散った。
「――ッ!?」
驚愕したのは男だけではない。この場にいた黒狼族全員が信じられないという顔を作った。
そしてその動きが止まった男の姿を見て、こう叫ぶ。
「今だ! お前の手でその人生を終わらせろ!」
「あ、アアアアっ!」
少女は叫び、右腕を大きく後ろに引く。
そして全身全霊の力を込め、動きの止まった男の胸板に右手を突き出した。
眩い光が奔流する。
これは膨大な魔力、何の構築もされていない、ただただ馬鹿のように込められた魔力が周囲に漏れ出している。
イリアスがアンデッドを一蹴した一撃のような洗練さも無ければ、破壊力も遥かに劣る。
だが、その膨大な魔力を叩きつけられた男は宙を舞い、観衆の上空を飛び越え、遥か後方の家に叩きつけられた。
「……」
誰もが声を失った。
この村最強の男が、この村で最も立場の弱い忌み子に敗北した。
全力を出し、一瞬で敗れ去った。
そのことを理解できずに、ただただ固まっている。
安堵の息をつき、オババに告げる。
「これが本当の狙いだ」
立ち上がり少女の下へ歩み寄る。
少女は自分でも何が起こったのか正しく理解していない。
手のひらを見て不思議そうな顔を浮かべている。
「全員聞け、お前達が忌み嫌ったこの少女は呪われた子ではない」
今までの鬱憤を、怒りを、腹の底から搾り出すように声をだす。
「この子の正体はアルビノと言われる遺伝子疾患だ、これは呪いではなく一万人に一人発症するただの『個性』だ」
地球の世界ではその存在が知れ渡っているアルビノは、昔から存在していた事象の一つに過ぎない。
たった百人程度の部族が生きる村ならば、その発生間隔は歴史を通してもあるかないかだろう。
「子を産んだ事で親が死ぬことも、妻を失い、子に嫌悪を向けられた男がその心労から獣に後れを取ったことも、どこの国でも起こりうる普通の悲劇だ」
その稀な確率の発生と悲劇が重なってしまったからこそ、この少女は迫害される運命になったのだ。
「だがお前達はその事を知らぬまま、悲劇の重なりを恐れありもしない呪われた忌み子を生み出した。自らの無知を理解せず安易な結果を求め決め付けた愚行、それこそがお前達の罪だ!」
これだけ言っても彼らがこの子に抱いた畏怖の心は変わらないだろう。
今の話を信じることができるのは嘘を見破れるオババだけだ。
だがそれでいい。だからこそ彼らにとって最も後悔する言葉を伝えよう。
「だが、そんなことを言っても信じない者もいるだろう。自分の信じた妄想が正しいと耳を塞ぐ者もいるだろう。だからこそ、この決闘を行わせた。この少女の価値を証明するために」
少女の白髪を手に取る。
「大気に含まれる魔力に応じて植物や木々はその姿を変える。過度な魔力は逆にその植物を枯らしてしまうからだ」
黒魔王殺しの山で見た植物の生態の理由、それはこの少女の症例と同じなのだ。
「この近くには透明な木々が生息する場所がある。その木は大気に含まれる膨大な魔力を養分とし育ち、有り余る魔力は葉から光として零れだす。この髪の輝きのように」
そう、この少女の髪が輝いていた理由はそれだ。
彼女の髪から、過剰な魔力が溢れ出ていたのだ。
「黒とは光を最も受け止められる色、だがこの少女には外からの光を受け止める為の黒は必要無かった。内側から溢れる魔力と言う光が存在していたからだ。最初から有り余る魔力を保有する事を約束されて生まれてきたんだ」
この少女を抱きしめた後、憑依術が機能する理由になったのは彼女に触れていたことで彼女の溢れ出る魔力が憑依されている精霊に干渉し、その魔力が染み込んだのが原因なのだろう。
それほどまでにこの少女は内在する魔力の量が桁外れなのだ。
バンさんに確認を取った所、その才は嘗て――
「その才は嘗て魔王を討ち倒した勇者にも匹敵する」
黒狼族の表情が揺れる。
「この子は忌み子では無い。魔王に怯え暮らすお前達に天が与えた奇跡の子だったんだ」
それがこの少女を決闘させた理由。
必ず勝てると確証を得る程の才をこの少女は持っていた。
十分な魔力を持たないはずの赤子の頃から、周囲の植物を栄養過多で枯らすほどの魔力を垂れ流し、触れているだけで相手の体内に存在する精霊に干渉するほどの特異な魔力を保有している。
本来ならば魔力の有無すら見ぬけない自分にだって、その風貌から兆候を感じ取れていたのだ。
確認が取れた後はもう迷わなかった。
バンさんに頼み、ただ魔力を放出する方法だけを教えた。
イリアスが片手で石槌を掴み、砕いたのと同じ原理だ。
ただただ暴力的に込めた魔力で肉体を強化しただけの技ともいえない芸当。
元々魔力が漏れ出すのを止められない体だったのだ、一気に出す方法はあっという間に習得することができた。
最初はデモンストレーションとして見せられれば良いと思っていたのだが、バンさんの『イリアス様と同等以上じゃ……』という呟きを聞いてこの場をお膳立てしたのだ。
あのゴリラと同等なら怖いものなどない。
そしてこの方法を取った最大の理由は二つ、一つは当然少女の為だ。
少女にはこの村への恐怖を拭い去る力も才能もあった。
ただその機会が与えられなかっただけなのだ。
だからそれを与え、自らの手で自由を勝ち取らせた。
今はまだ実感が足りていないがそれで良い。
この経験は必ずこの少女の基盤となるだろう。
そしてもう一つの理由はオババに言った通りこの村の為だ。
今後ターイズと交易を行う上で、迷信や不確かな情報に囚われるようなままではいずれ悪意ある者達によって搾取されてしまうだろう。
だからこそ自分達のして来た事を理解させ、後悔させた。
村一番の戦士を圧倒する程の少女の才を殺してきたと言う現実を突きつけて。
――ただ私情を挟み、諭すのではなく糾弾したのは単純に『俺』の未熟さ故だ。
これでこの村が変われば文句なし、変わらないのであれば対等の関係は手を出さなくとも終わるだろう。
「それでは約束どおり、この少女は連れて行く。残りの約束は必ず果たそう」
そう言ってカラ爺達と共に村を後にした。
少女は初めて歩く森の中を興味深そうに眺めている。
黒狼族の者達は誰一人として、引き止めようとはしなかった。
それがどのような意味を持つのか、――まだ決め付けるには早いだろう。
「……坊主、凄い演技じゃったのぉ!」
洞窟まで戻った所で沈黙を破ったのはカラ爺だった。
背中を叩かれてどっと力が抜けた。
「いやぁ、全力で責め立てたけど、反発されないで良かったですよ……本当」
正直な感想、ずっとビビッてましたよ!?
騎士達より弱いつっても、山賊よりも段違いだからねあの部族?
そんな連中の真ん中で、若造が説教垂れるとかドンだけだよって話だ。
「この子は忌み子では無い。魔王に怯え暮らすお前達に天が与えた奇跡の子だったんだ――いやあ痺れたのぉ!」
ボル爺が顔真似までして弄って来る。
やめてください。考えている段階ですっげぇ恥ずかしい台詞なんですよ!
それを真顔で言うのがどれだけ勇気いると思ってるんですかねぇ!?
この子の事で決意固まってなきゃ絶対無理だよ!?
「勘弁してくださいよ……本当」
「いやいや、本当に気分が良かったぞい、なあ嬢ちゃん!」
カラ爺は少女に笑いかける、しかし少女はカラ爺から極端に距離を取り、警戒の眼差しを向けた。
「……坊主、早く誤解を解いてもらえんかの?」
「はいはい、わかりましたよ」
正直これを少女に説明するのは気が引けるのだが……。
カラ爺がこちら側に来た理由、それは護衛の為ではない。
少女にはっぱを掛けるためだ。
バンさんのレクチャーのおかげで魔力の放出を身に付け、盤石なように見えた作戦だが問題があった。
この少女は村人達に強い恐怖心を抱いている。
もしもその恐怖に飲まれ、教えたことを忘れてしまったら――と言う心配事だ。
そこで……えー、はい。
一芝居打たせてもらいました。
少女はこちらに心を許してくれていた。
そこを利用してしまったのです。
『この決闘に負ければお前は死ぬ。だけど安心しろ、もしダメだったら俺も一緒に死んでやる』
と伝え、カラ爺に槍を向けてもらったわけです。
この子凄い良い子でね、初めて好意的な意思を伝えてくれた人が自分のせいで死ぬとか思ったら――とかね?
こう、村人への恐怖とかそっちのけになるなってことで……。
「やっぱりそのうちにします」
「なん……じゃと……」
流石にドコラみたいな悪人とこの純真無垢な少女とでは、騙す事の罪悪感に差が出るんですってば。
驚愕の顔をしているカラ爺を放っておき、洞窟を進む。
少女はすぐ後ろをしっかりと付いてくる。
「どうしたものかな……」
今回は少女に才能があったからこそ、胸がスカッとするような形で終わることができた。
だけどただのアルビノの症状だけだったらどうだろうか。
彼女のトラウマを拭い去り、村の人々に自分達が犯した過ちを理解させることはできたのだろうか。
ありもしない仮定の話を頭の中で想定し、考える。
差別迫害の事をターイズに訴え、交易相手としての立場を利用し責め立てるか。
ただ村から引き離し、少女に過去を忘れさせ前だけを見る生き方を教えるのか。
カラ爺やイリアスのような本物の誇り高いヒーローに救ってもらうか……。
それらが上手くいかないならどうしただろうか。
少女の為に流した涙は本物だ。
だけど、同時に湧き上がった怒りや憎しみも本物なのだ。
それに身を任せていればどういう手段を選んだのだろうか。
「ま、その時にしか分からないこともあるよな」
ターイズに帰ったらまずはこの少女を綺麗にしてやろう。
サイラに頼めば着れる服を作ってくれるだろうか。
ゴッズの飯も食わせてやりたい。
マーヤに頼めば相互の意思疎通も取れるようになるはずだ。
その後はどうしようか、そうだ名前を考えてやらねばならないな。
やることはまだまだ沢山あるがゆっくりやって行こう。
先にある未来に進む為なら大抵の事は頑張れるさ。
「……あ」
「どうした坊主、急に止まって……あ」
「どうしまし……あ」
後続の騎士達も思わず声が漏れる。
洞窟を出てすぐ、それは茂みから現れた。
「ふ……ふふふ、その様子では全部終わったようだな」
うつろな目で笑っているイリアスがいた。