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そして聳える。

 八十二、八十八、九十三……。そろそろ仕留めた敵の数を数えるのが億劫になってきました。確かに動きは悪魔達よりも早く力も強そうなのですが、紫の魔王さんの大悪魔と比べれば大した相手でもないですし特にいつも通り。ただ今回はなるべく多く、早く数を減らすように言われているのでいつも以上に淡々と最寄りの敵を倒さなくてはなりません。


「戦争も、いつもの魔物の討伐もそんなに変わらないんですよね」


 相手が人間ならば、きっと殺すことに躊躇して死なないように加減することで忙しくなるのでしょうけど。いつも通り魔物達は死を恐れずに私に襲い掛かってくる。私の命を奪うことになんの躊躇も持たない相手に私自身が躊躇する必要もないですし、そこはありがたいんですけど。ただやっぱり敵の何割かは蒼の魔王さんや村人の方へと向かってしまっているのが気がかりと言えば気がかりです。でもこの場を離れればさらに多くの魔物が向こうに雪崩れ込みますし、そうなると私が周囲に気を遣いながら戦わなければなりません。イリアスさんやウルフェちゃんのような人達ならば気兼ねなく戦えるのですが、一般の聖騎士や村人が近くにいると巻き込まないか……あ、今一瞬嫌な光景が。


「いけない、集中、集中」


 私にできることはこの場でできる限りの敵を倒す。それが蒼の魔王さんの負担を減らし、村人達の安全を確保することに繋がる。余計なことは考えず、この調子の良い状態を維持しながら戦い続けるだけ。


「やるな人間!貴様のような強者がいるとは、俺にも運が回ってきたようだ!俺の名は――」


 あれ、今話しかけられましたっけ?でも近くに人はいませんし、周囲には物言わぬ塵に還るだけの魔物の死骸だけ。そもそもこれ何の魔物でしたっけ?ただでさえ魔物の区別がつかないのに、首やら顔やらが切断されている状態ではほとんど判別ができません。……幻聴?いけない、雑念はしっかりはらわないと。

 首を振ってふと空を見ると凄い速度でこちらの方へ飛んでくる物体が。あれはエクドイクさん?村での迎撃はもう終わったのでしょうか?高度を落とさないことから私の位置ではなく蒼の魔王さんの方へと向かっているようですが……。


「ひょっとして、蒼の魔王さんのところが危ない?」


 私も向かうべきなのでしょうか。でも駆け付けたところで私の移動速度では時間も掛かりますし、何より周囲にはまだまだ魔物がいます。これらを放置することが危ないことは私でも分かりますけど、どうしてでしょうか。いつも以上に雑念が多い、何といますか、心配事を抱えているようなそんな気分で……。


「あ、お母さんがいるからでしょうか」


 尚書様に言われ、お母さんと話す覚悟は確かに持てました。尚書様にあそこまで大丈夫だと保証されたのだからそりゃあ私でもです。でももしこの戦いでお母さんを守れなければ――


「いえ、蒼の魔王さんとエクドイクさんを信用しなきゃ。あの二人ならきっと上手くやってくれるはずです!」


 私は私にできることだけを。それが最も皆さんの助けになるのだと尚書様が言ってくださったのですから、それを信じるだけです。


 ◇


 私は死ぬ、そう実感できる瞬間を経験していることは何の役にも立たない。何故なら実感した時には既に手遅れで、私自身ではもうどうしようもないことなのだから。次に意識が戻る時はまた百年以上時が進んだ後のこと。だから今こうして頭が回っているということは、もう私は――


「って、あれ?」


 目前には私に向かって振り下ろされている槌がある。タマッシャフォゼアの一撃は間違いなく私を殺す。だと言うのに、それをいつまでも見上げていられるのはどういったことなのかしら?


「ヌゥゥ?奇妙ナ技ヲ使ウ……ッ!」

「へ?」


 時が止まったのかとも思ったが、よくよく見ればタマッシャフォゼアの腕はプルプルと震えている。腕の筋肉の盛り上がり具合から、今もなお私に向かって槌を振り下ろそうとしている。動けていない?そのことを考えた時、最初に思いついたのはエクドイクの真なる『盲ふ眼』。あの技ならこの状態も説明がつく。ということは間に合ったの!?

 周囲に視線を向けるがアイツの姿は見えない。どこ、何処にいるの!?正面も左右にも見えない。上空にもいないとなれば残るは背後。振り返えれば彼の姿が――


「……え?」


 私は一体何度とぼけた顔と声をすれば良いのよ。だって仕方ないでしょう。そこにいたのは待ち望んでいたエクドイクでもなければ次点のラクラでもない。彼らの母親、ナトラさんの姿だ。どうしてここに、こんな危険な場所に。


「貴様ノ仕業カッ!結界ノヨウダガコンナモノッ!」


 タマッシャフォゼアは再び槌を振り上げ、私に振り下ろす。しかし先ほどと同様にその一撃は私の少し手前で見えない壁に阻まれたかのようにピタリと止まる。これは、まさか、そう思ってナトラさんに視線を戻し、彼女の眼を注視する。そこには私の姿、そしてその背後にはタマッシャフォゼアの姿を覆い隠す程の大きな盾が映りこんでいる。


「ナトラさん、その力……っ!?」


 ナトラさんの眼に映る盾が砕けるのが見えた。同時に彼女の両目から夥しい出血が流れ出す。彼女は堪らず両目を抑え、その場に座り込んでしまう。この力、紛れもなくエクドイクと同じ大悪魔から譲り受けた魔物の力よね。

 頭の中に一つの推論が浮かんでくる。この力はラクラもどういうわけか使える。それは血の影響ではないかとあの男が言っていた。ならばエクドイクとラクラの間に存在するナトラさんにもその影響があるのも納得できる。ただこの力は魔法などに長けたエクドイクでさえ、初めて使った際には同じように眼から出血をしていたと聞く。戦いの経験のない素人がそんな力を使えばその負荷は計り知れない。

 幸いにも追撃はまだこない。ナトラさんに駆け寄り、容体を確認する。体内の魔力が乱れ、本来存在しえないはずの魔物特有の魔力が彼女の眼の近くに溢れていた。その影響か、彼女は声を出すこともできず、痛みに震えている。

 これは不味い、体内で魔力の操作ができないナトラさんにこの力は危険過ぎる。相手の魔力を吸い取る魔法を使用し、頭部に溜まっている魔力を吸い出す。完全に吸い取ればそれはそれで危険、今の段階でできる処理はこの辺が限界よね。


「――ッア、ハァッ、ハァッ、ハッ……」

「呼吸できる余裕はできたようね。扱えない力を無理に使うなんて、無茶し過ぎよ!?」

「ハァ……ハァ……。これは……なんなの?突然盾が現れて……砕けたと思ったら……」


 この様子、どうやら力のこともまるで知らないようね。だけどそんな状態でどうして……ううん、理由なんて一つしかない。力を使える状態で力が発動した、それが意味することはナトラさん自身が盾を出現させようと思ったから。つまり、彼女は私を守りたい一心だけで力を暴発させたに違いない。


「エクドイクが悪魔から授かった力よ。きっと血の繋がりのある貴方にも呪いとしてその片鱗が伝わっていたのね。自分の眼の中にだけ念じた物質を出現させる力で、とても強力なのだけれど負担も大きいの。魔力強化もなしに使えば……」

「……そう、なの。ある日を境に、目に違和感を覚えていたのだけれど……。これが、そうなのね……。貴方が危険だと思って……でも何もできなくて……それでもどうにか護れないかって思っていたら……ごめんなさいね?逆に迷惑を掛けちゃって……」

「迷惑なわけないでしょ!?それより体は大丈夫なの!?」

「貴方が……何かをしてくれたのよね?体にまるで力が入らないけど……大分楽になったわ……」


 そうは言っているが、明らかに容態が悪い。早くしっかりと手当てをしないと取り返しのつかないことにもなりかねない。だけど相手がそれを待ってくれるほど、現状は優しくない。それどころか、これは私自身も不味い。タマッシャフォゼアからすれば攻撃を防ぐ見えない壁が消えたことで攻撃を再開しようとしている。当然ながら今の状態でどうこうできるわけも――


「ロロロオオオッ!」

「ヌゥッ!?」


 飛び出してきたダルアゲスティアの体当たりがタマッシャフォゼアを吹き飛ばす。ダルアゲスティアはその勢いのまま私達の前に倒れ込み、ジタバタと起き上がろうとする。この子……足が砕かれ、満足に立ち上がることもできないはずなのに……。


「蒼の魔王……さん。私は良いから……逃げて……。この状態じゃ……もう動くことも……」

「ふざけないでよ!?なんで私がここで戦っている理由を放棄しなきゃならないのよ!?」

「……貴方は、あの子にとって……大切な存在だから……私より……だから……」


 ああもう、そんなことこの状況で言う!?見捨てられるわけないでしょ、そんなことしたら私はどんな顔してアイツと向き合えば良いのよ!?人の一生ならまだしも、半永久的に背負い続けるのよ!?そんなの、そんなのごめんよ!

 タマッシャフォゼアの方を確認する。既に起き上がり、悠々とこちらに歩みを進めている。ダルアゲスティアにトドメを刺し、その後は間違いなく私達を殺すわよね。エクドイクやラクラがこの場に間に合う奇跡なんて待っていたらまず無理。この現状を打開する方法は私自身しかいない。最後の手段を切ろうにも、その準備はまだ整っていない。だけど可能性があるのはそれしかない。時間を稼ぐ?絶対無理、ならどうすれば――


『おーい、聞こえるかー?』

「わひょっ!?」


 懐に入れておいた通信用水晶から突如声が響き、思わず変な声が出る。こんなタイミングで通信してくるって空気読みなさいよ!?いや、ちょっと待ちなさい、むしろ好機じゃないの!あの男ならこの状況でも何とかする手段とかあるんじゃないの!?


『変な声出すなよ。ビックリするだろ』

「こっちの台詞よ!?何も言わずに知恵を貸しなさい!今ヤバイのよ!」

『――端的に現状を言ってくれ』

「ユニーククラスと戦闘中!エクドイク達は近くにいない!ダルアゲスティアもやられた!アレの準備が整う前に間違いなく死ぬわ!!あとナトラさんがここにいて動けない!」

『なら今すぐ準備を整えろ』

「それが間に合わないから困っているんでしょ!?」

『間に合わないなら間に合わせろ』

「だから――」

『死ね、それで済む』

「はぁっ!?いきなり何を――あ」


 違う、これは私に向けての言葉じゃない。そういうこと、そういうことね!確かにそれなら間に合う……!通信用の水晶の先で何やら騒ぎ声が聞こえるけど無視、やることが分かった以上呑気に通話している余裕なんてない。

 念のためナトラさんの全身に結界を張る。彼女を抱え上げ、倒れているダルアゲスティアの上へと飛び乗り、声を掛ける。


「落ち着きなさい、ダルアゲスティア。私の言葉に、存在に全てを委ねなさい!」


 無理に起き上がろうとしていたダルアゲスティアも、私が上に乗ったことで暴れるのを止めた。ダルアゲスティアと私自身の魔力を繋ぐ。それにより、ダルアゲスティアの意志が漠然と私に伝わってくる。嗚呼、この子もまだやる気に満ちているのね。大丈夫よ、貴方はまだ戦える。いえ、これから戦える。その力を貴方に与えてあげる……!こちらへ向かっているタマッシャフォゼアを見降ろす。


「ホゥ、覚悟ノ出来タ顔ダナ」

「そうね、随分と取り乱して無様なところを見られたわ。でも勝算が見えた以上はもう狼狽える必要もなくなったわ」

「フハハハハッ!虚勢ダトシテモ、滑稽スギル!弱キ魔王ヨ、貴様ニコレ以上何ガデキル?」

「そうね。私自身は弱いわ。でも魔王なのよ。だから魔王にしかできないことをするだけ……スケルトン兵!武器を構えなさい!」


 号令と共に全てのスケルトン兵が武器を握り直し、構える。タマッシャフォゼアはその様子を眺め、鼻で笑う。


「今サラ雑魚ニ何ガ――」

「――総員、自害なさい」

「ッ!?」


 私の言葉と同時にスケルトン兵達が武器を自らの体へと突き立てる。武器を落としている者もその両腕で自らの頭蓋を鷲掴み、握り砕いていく。一切の躊躇なく、自らの体を破壊していく。一定以上の破壊を受けた体は見る見るうちに崩れ落ち、亡骸となって転がる。


「血迷ッタカ!ダガ潔イト言エバ潔イガナ!」

「そうね、潔いと言えば潔いわよね。せっかく集めて訓練した兵を自分の一声で殲滅させるなんて、本当にもったいないわ。でもこれでようやく必要な数が揃った!」


 ダルアゲスティアを通し、『殲滅』の力を発動する。『殲滅』の力は人間の死骸を核に呼び出した魂を付与し、アンデッドを生み出す力。だけどこれはその応用、核にするのはもちろんダルアゲスティア。ただし付与するのは魔力の塊であるこの場に転がっている全てのスケルトン兵の亡骸。本来ならば自然と長い時間を経て吸収される魔力を、私の力で一気に注ぎ込む。

 ユニーククラスの格を上げるためにはその個体自身に魔王である魔力を注ぎ込むだけでは足りない。その個体自身が魔王の魔力に耐えうるだけの魔力を保有するまで力を蓄える必要がある。巨体であるダルアゲスティアは並の個体よりも遥かに多量の魔力が必要とされていた。それこそ、私の持つスケルトン兵の総数に匹敵するほどの。

 ダルアゲスティアの体が急速に修復され、その体はさらに太く巨大な骨格へと創りかえられていく。


「さぁ、咆哮なさいダルアゲスティアッ!蒼の魔王が僕として相応しきその力、世界に轟かせるのよ!」

「ウロロロオオオオオオオアァッ!」


 ダルアゲスティアの咆哮が空気を、大地を振るわせる。『闘争』の力によって奮い立っていたはずの魔物達が、その衝撃に否応なしに動きを止めてしまう。丘ほどの大きさでしかなかったスケルトンドラゴンは、その場にいる全ての魔物に影を与える巨大な山となった。


「ナ……コンナ……ッ!ウ、ウオオオオッ!」


 流石は『緋』直属の部下というだけはある。タマッシャフォゼアは進化したダルアゲスティアの姿に驚愕しつつも、咆哮を上げ突進してくる。


「殲滅しなさい、ダルアゲスティア!」

「ウロロロオオォッ!」


 ダルアゲスティアは前足を大きく振り上げ、工夫の一つもなく思い切り叩きつけた。大地が割れ、土の塊が宙に舞う。その中には無数のオーガの肉片も混ざり、土と混ざって大地へと落下していく。その後、タマッシャフォゼアの姿を見つけることは二度となかった。


なお、一番不条理な目に遭っているのは主人公。


元々のダルアゲスティア<クアマの防壁<巨大アンデッド<現在のダルアゲスティア

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