そして迫る。
エクドイクが村の中で敵を抑え込んでいる中、後方の敵が村の外を迂回して私達の方へと迫っている。下手をすれば村に攻め入っている数よりも多いんじゃないの!?エクドイクの判断が間違っているというより、これは手柄欲しさに他の隊が村を無視、もしくは包囲しようとした矢先に逃げ出している私達を補足したと見るべきかしら。
「ラクラ、貴方は戦えるのよね!?」
「はい、それなりには!」
「なら無理をしない程度に足止めをしてちょうだい!私はスケルトン兵をできるだけ村人の護衛に回しているし、近くで指揮しないとただでさえ戦力差があるから!」
「わかりました!手当たり次第に倒せば良いんですね!?」
「ええ、もうそれで良いわ!」
あの男からラクラに指示する際には極力簡単な命令に留めておけと念を押されている。彼女自身の判断に任せた方が良い結果が出やすいということよね。仮にもエクドイクの妹で、エクドイクよりも強いと本人が言っていたのだからそこは心配しなくても大丈夫でしょ。馬を走らせ、村人達の近くへと寄って申し訳程度の兵士達と合流する。
「ある程度の時間稼ぎはできるけど、あまり持ちそうにはないわ!」
「我々も村人を守るために戦います!」
「ダメよ!貴方達の戦力があったところで焼け石に水、それよりも村人達がパニックになって散り散りに逃げるような行動を避けさせて!逃げる速度まで落ちたらいよいよ守れなくなるわ!」
「しかし……貴方一人で残りを食い止めると!?」
「一人じゃないわよ。さぁ、総動員していくわよ!」
地中に待機させていたスケルトン兵を全て登場させる。他の場所にいる兵も集めてはいるが、この戦いに間に合う可能性は低いと見るべきよね。単純な数だけなら『緋』の隊よりも数は上……なのだけれど慢心はできない。
「あ、貴方は……まさか……」
「細かいことなんて後にしなさい!正直長く持たせられないわよ!」
「は、はい!」
兵士達は突如現れたスケルトン兵達に驚きながらも、敵ではないと理解した途端に速やかに村人達の避難を始めた。『紫』ならまだしも、私ならメジスに恨まれる筋合いはないから当然よね。……いや、冷静に考えると同じ魔王だからどっこいどっこい?まあ今はそんなことどうでも良いわ。
「総員、迎撃陣形!」
号令に従いスケルトン兵達は一糸乱れぬ動きで陣形を作っていく。これが人間相手なら十分に効果はある陣形なのだけれど……さて、どうかしらね?敵兵の咆哮が間近に迫っている。既に視界に映る位置で衝突は秒読み。相手の疲労は確かに見て取れる。中級とか文字通り血反吐吐いているじゃない。
「弓兵、放て!」
弓兵による一斉射撃が敵の前列を襲う。多くの敵兵が防御姿勢をとるも、隙間なく降り注ぐ矢は次々と刺さっていく。だけど……効果は薄いわね。腕や足に矢が当たった所で相手の勢いは止まらない。急所はしっかりとガードしてきている。
「第二射、放て!槍兵、前へ!」
続く射撃も効果はほとんどなし。目の前にいる軍勢にとって致命傷以外の傷は多少の動きを鈍化させるだけの効果しかない。だけどその僅かな弱体化も――
「オオオオッ!」
宙に大量のスケルトンの骨が舞った。密集させ、可能な限りの守りを敷いた布陣が紙のように破られていく。戦力差は理解していたつもりだけども、こうして目の前で見せられちゃ色々な感情が湧いてくる。焦り、苛だち、悔しさ、だけどこんな感情は今抱くべきじゃない。この状況でどうにか止めるしか手段はないのだから。
「総員、喰らいつきなさい!一体でも多く倒すのよ!」
スケルトンの波が敵の魔物を飲み込んでいく。それでも敵の勢いはまるで衰えようともせず、力量に物を言わせて突破してくる。このままではこの位置まで敵の刃が届くのもそう遠くない。あの手段を使うにはまだ、まだ足りていない。それでも、このままじゃ――
「っ!出なさい!ダルアゲスティア!」
「ロオオオオアッ!」
味方のスケルトン兵を含め敵の前列ごと吹き飛ばし、大地の底から切り札を召喚する。ダルアゲスティア、現段階で私の保有する最も強力なユニーククラス。エクドイクと共に使役したスケルトンドラゴン。この子が正真正銘最後の砦となる。これまでの準備期間中に色々と手を施して通常のユニーククラスよりも遥かに能力は上がっているけども……。敵もダルアゲスティアの存在を脅威と感じ取ったのか、群れを成してダルアゲスティアへと襲い掛かる。
「目の前の敵を全て殲滅しなさい!」
「ロオオッ!」
ダルアゲスティアの前足の一撃が敵をまとめて薙ぎ払う。いかに防御能力や生存本能が強化されていようと、それを上回る物量をぶつけられれば無事では済まない。武器で防御しようとも、剣を砕き、槍を折る一撃は無慈悲に敵の肉体を圧し潰す。
この子は通用する。だけれども通用するのがこの子しかいない。いくら巨大で力強い存在でも、この数全てを短時間で殲滅しきることは難しい。前足の一撃は多くのオーガを吹き飛ばすも、何体かは受け身を取り、何体かは回避している。そして大振りの一撃の後に動きが止まっているダルアゲスティアへと武器を振り下ろしていく。他のスケルトン兵に比べその骨の硬度も遥かに高いが、強化されたオーガの一撃は中級のものであっても僅かな傷を与えることができる。上級も混ざればそのダメージは決して軽んじることはできない。
「上級の魔物を集中的に狙いなさい!」
「ロロロオオッ!」
この子は私に従順で敵に対して恐れは抱かない。だけどその巨体ゆえ、細かい動きには対応しきれない。今やユニーククラスと同等の力を得ている上級の魔物達は瀕死となっている中級を盾にし、堅実にダルアゲスティアへと攻撃を当てていく。それでも時には敵を捉え、大打撃を与えることができるが周囲に集まる敵兵の数も徐々に増えてきている。消耗は確実に起きている。もしも足の一本でも破壊されれば、この子の戦闘継続能力は……!
「ほう、敵もユニーククラスの魔物を出してきたか!どけ雑魚ども!この俺が前に出る!ウオオオッ!」
オーガの群れの中から一際大きな個体が仲間ごと吹き飛ばし、ダルアゲスティアへと飛び掛かる。間違いない、あれはユニーククラス……『緋』直属の部下!他のオーガとは比べ物にならない程の速さでダルアゲスティアの一撃を回避し、その腕に握られた巨大な槌を頭へと叩きつける。
「ロオォッ……!」
「ダルアゲスティアッ!?」
信じられない。いくら他の個体より一回り以上大きいからといっても、ダルアゲスティアよりは遥かに小柄。大人と赤ん坊ほどの体格差でこの子をふらつかせるような一撃を放てるの!?頭蓋にヒビが入り、ダルアゲスティアは苦しそうな声を上げる。だがすぐさま反撃の前足を敵のユニーククラスへと叩きつける。
「ぬぅん!」
上級の魔物すら跳ね飛ばした一撃を、そのユニーククラスは動くことなく受け止める。その衝撃で周囲の大地に亀裂が走るも、ダルアゲスティアの一撃は完全に止められてしまった。
「ロオオッ!」
「ふはははっ!良いではないかっ!このタマッシャフォゼアの一撃を受け、この重い反撃!これこそ敵!闘争に至ることのできる障害!魔王様に与えられた力を存分に振るえる相手!ウオオオッ!」
タマッシャフォゼアと名乗ったオーガから過去に感じたことのある魔力が溢れ出す。この濃さ、紛れもなく『緋』の魔力。これほどの純度、間違いなく『闘争』の力を発動している。全身の筋肉が隆起し、全身が真っ赤に染まっていく。対峙した時から感じていた圧力がさらに強大に――
「ヌウウウゥンッ!」
「――嘘っ!?」
起きた光景に更に目を疑ことになる。あろうことかタマッシャフォゼアは自らを抑え込んでいるダルアゲスティアの前足を掴み、真上へと放り投げたのだ。ダルアゲスティアの巨大な体が地面にいる敵味方全てを巻き込み、大地を激しく揺らして叩きつけられる。
「フハハハッ!コレホドノ相手ヲ投ゲタノハ生マレテ初メテダッ!ダガコレデ終ワリデハナイゾッ!」
タマッシャフォゼアは地面に置いた槌を拾い上げ、ダルアゲスティアへと駆けていく。危険を察知しての尻尾による攻撃が迫りくるも、その槌を振い尻尾を破壊してしまう。
「ロロロオォッ!」
「いけないっ、総員!あのオーガを止めなさいっ!」
もはや陣形など関係ない。ただの物量に任せてタマッシャフォゼアの突撃を抑え込みにいかせる。攻撃すら放棄し、無数のスケルトン兵がしがみついていき、見る見るうちに骨の山ができあがっていく。せめてダルアゲスティアが体勢を立て直すだけの時間だけでも――
「邪魔ダッ!貴様ラナゾ靄デシカナイワッ!」
咆哮と同時に飛びついたスケルトン兵達がバラバラとなって吹き飛ばされる。槌の一撃だけではない。その一撃から繰り出される風圧も容易くスケルトン兵の体を砕いている。タマッシャフォゼアは再び駆け出す。ダルアゲスティアは体を起こしてこそいるが、まだきちんと立ち上がれていない!
「ロロロロロオオッ!」
「コノ一撃ッ!耐エラレルカッ!」
「ダルアゲスティアッ!」
タマッシャフォゼアの一撃がダルアゲスティアの右肩へと命中する。周囲の骨が破壊され、右側の前足を残してダルアゲスティアは後方へ、私の方へと転がってきた。足を破壊されてはその巨体を満足に支えることは難しい。
ここまで、ここまで差があるの!?この子の強さは今まで引き連れていたアンデッドに劣らない。いや、それ以上の強さがあったというのに。違う、差があるのはこの子の強さじゃない。常に人間との戦争を準備していた『緋』と、ただ死にたいと願うだけで何もしてこなかった私との差だ。魔王としての格の差が、ここまでもはっきりと、明確に表れているに過ぎない。
「ロオオオオッ……!」
ダルアゲスティアは無理やり体を起こし、タマッシャフォゼアの方へと向き直る。だけどもうまともに戦えるような状況じゃない。もう少し、もう少しで準備が整うのに……!
「スケルトン兵!ダルアゲスティアを護る壁になりなさい!」
新たな命令など出さなくても、既にスケルトン兵達はタマッシャフォゼアへと飛び掛かっている。だけれど何の意味も成していない。あのオーガは笑いながら迫りくるスケルトン兵を粉砕し、悠々と歩み寄ってくる。タマッシャフォゼアだけではない。他のオーガ達も同様に……。
「ああもう!なら私がやるしかないじゃない!」
魔法で氷塊を作り出し、タマッシャフォゼアへと放つ。基礎的な魔法だけなら私だってユグラから学んでいる。多少の相手なら十分戦える……ただ相手はユニーククラスであるダルアゲスティアをいとも簡単に捻じ伏せられる相手。造作もなく氷塊は砕かれてしまう。
「攻撃魔法……ソコニイルノハ……蒼ノ魔王カ!コレハ何タル僥倖!貴様ノ首ヲ持チ帰レバ魔王様モサゾ喜ビニナルニ違イナイ!」
攻撃した甲斐はあった。私の存在に気付いたことでタマッシャフォゼアの標的はダルアゲスティアから私に移ってくれたようね。……でも正直こんなの相手に時間稼ぎとか無理よ!?こんな時エクドイクがいれば……ってそうだった!あいつを呼び出せば良かったんじゃない!ああもう!どうしてこんなギリギリまで忘れているのよ!?エクドイク!ちょっと不味いから急いでこっちに来て!今敵のユニーククラスと戦闘中なの!ダルアゲスティアもやられちゃったわ!
『どうしてそんな瀬戸際なタイミングでっ!?今すぐに向かう、戦闘はするな!逃げられるか!?ラクラはどうした!?』
あーちょっと無理かも。足の速さで勝てる気しないし、すっごい獲物を見つけたって顔でこっちにきてるし。ラクラは私と貴方の位置の中間くらいのところで戦っているわ!とにかく急いで!なんとか生きておくから!って聞こえてる!?あ、ダメだ。多分何も考えずにこっちに急行してくれてるっぽいけど、村からここまでの時間……ちょーっと無理よね。
「でもま、流石にこんなところでやられたくはないわね。『緋』に自分の生首を見せることになるなんてまっぴらごめんだわ!」
氷塊を飛ばし、その後ろに氷の槍を追随させる。ただでさえスケルトン兵で視界が妨害されている状態で、完全に見えない一撃なら少しくらいは意表もつけるんじゃないの!?
あー、ダメね。氷塊はさっきと同じように砕かれたし、氷の槍にいたっては頭突きで粉砕されたわ。攻撃系魔法の中じゃこれが一番相性良いんだけど……手持ちの弓じゃスケルトン兵とさして変わらないし……魔法のエンチャントをしても氷塊より弱い。
「フハハハッ!ナンダソノ攻撃ハ?我ラガ魔王様トハ天ト地ホドノ差ダナ!」
「うっさいわね。あんな寝ても覚めても戦うことしか考えてない脳筋と一緒しないでもらえる?」
「貴様ッ!魔王様ヲ侮辱スルカッ!」
あ、これは失言。でも正直な感想だし仕方ないわよね。タマッシャフォゼアは一気にこちらまで飛び込み、槌を振るう。回避とかそんな反応ができるレベルじゃない。むしろ槌が振るわれてることを理解できているだけ私としては良く気づいたものじゃ――
夏バテで四日更新を続けていましたが、無事夏バテも解消されました。
更新頻度を上げていこうと思ったのですが、二巻の書き下ろしをすることとなり必要文字数が万単位となっているのでもう暫くこのペースを続けさせてもらいます。