そしてぶっ飛ばす。
「あーっはぁっ!」
ギリスタの奴、目が輝いてやがる。俺に斬りかかった時よりもさらにハイな状態になってるのは間違いねぇ。下手に近寄ると巻き込まれてサクッと死にかねねぇな、こえぇ。ま、戦闘狂の前にわんさか獲物が転がってんだ。そりゃあ落ち着けと言っても聞かねえだろうよ。エクドイクの指示を受けて急いで村の近くまで来たのはいいけどさ、こんな数相手に挟撃とかただの特攻じゃねぇの!?
敵の接近を無視してくれるほど奴さん、鈍感ってわけでもねぇし。ギリスタはさっさと飛び込みやがるし……生きて帰れんのかな、俺。なーんて思ってた矢先にオークの剣が俺の首を狙ってくる。
「っぶねぇな!?」
見た目が中級でも中身は上級、直撃なんてしたらそりゃあ即死ですわ。もっとも、中級どもは瀕死でヘロヘロなのは見るだけで分かるし、上級の連中も分かりやすく疲れてっからな。油断してなきゃまず当たることはねぇ、乱戦特有の不意打ちも本能様が教えてくれるしな。
ただこいつら、生半可な一撃じゃ絶妙に急所を避けてきやがるもんだから仕留めにくいったらありゃしねぇ。問答無用でぶった斬るギリスタと違って、俺の戦い方は相手の急所をしっかりと殴り抜く必要がある。おかげで一匹仕留めるだけでもかなーりきつい。
「でもま……エクドイクと殴り合うのと比べりゃ全然余裕だけど……なっ!」
急所を狙うと反射的に防いでくるってんなら、その硬直を利用して足を砕いてやる。膝が崩れるのと同時に顔面に強打を浴びせる。くっそ、首を逸らして微妙に直撃を避けやがった!?さらに敵はそのまま反撃を仕掛けてくる。
「オオオッ!」
「やかましい!さっさとくたばってろ!」
どの一撃も本能様が反応するもんだから、常に先読みに近い形で反撃を回避できる。そしてそのまま空振りで硬直した相手にトドメ。元々瀕死なおかげで魔力強化の一撃をきっちりとあてられりゃぁ何とか沈んでくれる。これなら俺も中級相手ならどうにかこうにかだな。上級が来たらそっとギリスタにパス、あいつなら正面から武器をぶつけあっても相手を吹き飛ばせるからな。
「うっし、このままサクサク雑魚オーク狩りと行くぜ!」
「ほう、人間風情が随分とほざくな」
戦場で突如聞こえる声、同時に本能様がこれまで以上に大きく回避しろと俺の尻を蹴り上げる。何も考えずに前に向かって飛び出し、一回転。背中を掠める風圧の感触にヒヤッとした。直ぐに振り返るとそこにはひときわでけぇオークが俺を見降ろしてやがった。デカさもそうだが、装備している武器も他の雑魚とは随分と質が違ってやがる。ウルフェと同じガントレット、素手で殴りかかるタイプの奴だな。つか明らかにこいつユニーククラスだろ!?
「その人間風情を背後から奇襲かよ、余裕ねぇな」
「雑魚相手に正々堂々と戦う必要はあるまい?しかし貴様も運がないな。今の一撃で死んでおけば、全身を潰される痛みを味わうことなく楽に逝けたものを」
ガンガンと分厚いガントレットどうしを叩きつけ、憎らしい笑顔で俺を威嚇してきやがる。へん、それがどうしたってんだ。こっちにゃギリスタが……あれ、いねぇ。ってもうあんなとこに突っ込んでますぅ!?やべぇ、やべぇっすよ。あの位置まで逃げられるか?こんな奴に何度も背中向けられねーよ!?落ち着け、先ずは落ち着くんだ、俺。適当に会話でもしながら時間を稼いで……。
「……てめぇがこのオークの頭だな?オークの醜悪さを極めましたって顔してんもんな」
「俺の名はモベバドシュン。貴様のような雑魚に名乗るには惜しい名だがな。殺す者には寛容になるように心がけている」
「へぇ、なら俺も真似をして名乗らなきゃな。ハークドックってんだ、覚えておいて損はねぇぜ?」
「得か損かどうかは――貴様がどれだけ生き延びられるかによるがな!」
モベバドシュンはその巨体に見合わない速度で飛び込み、その剛腕で俺のいた場所を一気に薙ぎ払う。当然ながらそんなもん、回避だ回避。攻撃が振るわれる直前には相手の真下に潜り込み、頭上に巨大な空振りの音が響くのと同時に一撃を奴の顎へと叩き込んでやる。よし、会心の一撃が――ってやべぇ!?奴さん、俺の一撃なんざ気に留めずに追撃してきやがった。
「うぉっと!?なかなかタフじゃねぇか」
「タフ?何かしたのか?」
うおう、思いっきり殴ったんですがねぇ?ちっとも効いてませんね、やだー!スケルトンとかもっと楽に砕けてくれるんだから、お前も顎砕けてろよ!
「上等じゃねぇか。なんならもうちょっとでけぇ一撃を入れてやるからよ!耐えてみろよ!」
こっちから飛び込み、奴の腹部に向けて旋棍を振るう。案の定避けるつもりもねぇ、にやにやとしやがって。攻撃が命中する瞬間寸止めし、奥の手を仕掛ける。ラクラの結界を吹き飛ばせる一撃なら流石のこいつも――
「――ッ!?ふんっ!」
流石に危険を感じ取ったのか、こっちの体を腕で払ってきやがった。腰を入れた一撃ってわけでもねぇのに、防御ごしからすっげぇ響く。しかも簡単に体が浮きやがった。でもまぁモベバドシュンの表情も多少真剣さが滲んできたじゃねぇの。
「おいおい、耐える気ねぇのかよ?」
「なるほど。この戦場にのこのこ単身で姿を現すだけの武器はあるようだな」
モベバドシュンは熟練の格闘家のような構えを取り、ジリジリとこちらへ詰め寄ってくる。あ、これって警戒させただけじゃねぇの、やらかした。油断を誘ったうえで奥の手を叩き込めりゃそれで終わりだってのに、これじゃあ油断や隙を作ってくれるかもわかんねぇな。
ただまあ、一つだけ嬉しい誤算。魔物の癖になかなか堂に入る構えじゃねーの。型があるってのは動きを読むうえでやりやすいからな。
「ユニーククラスの魔物に本腰入れてもらえるたぁ、俺も出世したもんだね」
「行くぞっ!」
予備動作の少ない動きから突き出される拳、だが同時にこちらの旋棍がモベバドシュンの右目を深く抉る。流石に眼球は脆いか、よしよし。だが相手はそれで怯むことなく怖気の走るような蹴りを繰り出してくる。右に回り込むように回避しつつ、奥の手を相手の自重を支えている足へ――
「あぶっ!?」
蹴り上げた足を、そのまま強引に叩きつけてきたので咄嗟に回避。視界が塞がれ、死角に回り込まれても構わずに対応してきやがるな。もう片方の目も狙いたいとこだがここは鼻に一撃を入れて離脱。折れるほどじゃないにせよ、痛みくらいはあると思いたいが……期待薄だな。
「おのれ……よくも……!」
「いやぁ、運が良かったわ。適当に手を出したら右目にドンピシャだもんな」
「ぬかせ。貴様は今の攻防、こちらの動きを読み切ったうえで的確に合わせてきただろう。俺の動きを見切っているな?」
「――基礎能力に関しちゃ人間離れ、つか人間じゃねぇか。確かにやべぇけどな。だがその動きや練度はクアマの冒険者の中じゃわりといるぜ?」
こちとらガラの悪いリオドの顔役、ジェスタッフの兄貴の右腕やってんだ。多少の荒事はそれなりに経験してんのさ。格闘家と酒場でやり合うなんてそうそう珍しいことじゃねぇ。こいつの動きはただ相手を暴力で捻じ伏せるだけの喧嘩屋スタイル。単純な相性で言えば俺のカモだ。つってもこれだけ一撃を受けたらやべー奴は流石に酒場にゃ……ああ、ギリスタがいたわな。なんにせよ、搦め手を使ってこない相手なら読みやすいことにゃ違いねぇ。
「なるほど。魔王様の言っていた通り、人間は力の差を埋める術を持ち合わせているというわけか。ならばその差を埋め尽くせぬほどに開いてやるのみ……!ウオオォッ!」
突如本能様の警告が一気に跳ね上がる。つかやばい、これは意識が――いや、保て!ここで気を失ったらもれなく今見ている景色が最後の光景になるぞ!?奥歯を噛みしめ、どうにかこうにか耐えているうちに懐から兄弟に貰った丸薬を口に放り込んで一気に噛み砕く。
「う、うおおお、に、にげぇ……っ!?」
どこぞの虫を煎じて作った丸薬らしいんだが、効果よりも注目すべきはこの味!マジで苦い。素面の状態で口にしたら確実に吐く!だがな畜生!おかげ様で本能様の蹴りにも耐えられるぜ!
兄弟の言っていた緋の魔王の『闘争』の力、正直雑魚相手でも本能様の警告はヤバかったがこいつから発せられる魔力は魔王と対峙した時のそれと同じだ。ユニーククラスは個別に力を与えられるって聞いちゃいたが、段違い過ぎやしねぇか!?見た目までゴリッゴリになってんぞ!?
「サァ……決着ノ時ダ!」
モベバドシュンが突撃を仕掛けてくる。今度の速度は目でギリギリ追えるが――反応が間に合わねぇ!?本能様の警告に任せて出鱈目な位置に飛ぶも、掠った攻撃で全身にありえない衝撃が襲ってくる。着地こそ失敗しなかったが全身の骨がビリビリしてやがる。元々ユニーククラスでもヤベェってのに、そこからさらに一段階、いや二段階の格上げは狡くね!?いやいや、悲観的になってる場合じゃねぇ、冷静に相手を分析するんだ。今の一連の動き、異常な速度なのはさておき、その動きはさっき以上に単調的。より獣らしい動きになった感じだな。恐らく防御面も野生の勘とかが滅茶苦茶冴えてるって感じか。いやー、どう攻めたもんかね?真っ向勝負じゃイリアスの姉御に挑む時並に勝機がねぇ。
「となると……こいつを使うしかねぇんだが……」
右腕に視線を向ける。兄貴から譲り受けたこの右腕、それに寄生している悪魔の力を借りる必要がある。変化の技術は未だに微妙、とは言ってもこれ以外に搦め手に使える手段がねぇ以上は出し惜しみする余裕なんてねぇからな。
右腕を横に伸ばし、カーテン状に悪魔を変化させる。奴さんの身長に合わせ、足元まで伸ばしている黒い布の重さはほとんど感じない。兄弟に教わった技、聞いた時はポカンとしたが、試しに使って見たらウルフェにも十分効果はあった。今の相手も突っ込んでくるだけの獣、勝機は十分……ありますかね?
「ドノヨウナ技ニセヨ、俺ノ力ヲ止メラレルト思ウナ!」
モベバドシュンが再度間合いを詰めてくる。言葉の後に突っ込んでくれるおかげでさっきよりも十分に反応は間に合う。本能様に体を委ねさせ、右腕の動きにだけ集中する。奴さんの攻撃を紙一重で回避し、その顔に黒い布を被せる。視界を完全に塞ぎ、これで次の攻撃は見えない。奥の手を構え、奴の腹に――
「これで――ッ!」
「舐メルナッ!」
モベバドシュンは見えずとも、俺の気配を確かに感じ取り追撃を行う。そりゃそうだ。俺の右腕から布が伸びているのであれば、俺の位置はおおよそ見当が付くからな。距離を取り、再び見合う形に戻る。奴さんを挑発するように黒い布をヒラヒラと振るう。今の攻防で仕込みは終わった。次が勝負だこの野郎。
「さぁ、かかってこいよ!次こそそのどてっぱらに渾身の一撃を打ち込んでやるぜ!」
「オオオオッ!」
さらに速度を上げて突撃してくるモベバドシュン。先の攻防と同じようにギリギリで回避し、奴の顔に布を被せる。そして回り込み、奥の手を構える。
「無駄ダッ!」
先ほどよりも鋭く、見てからでは決して反応の出来ない拳が正面へと突き出される。俺のような半端者の魔力強化なんて意味をなさず、一撃で死に至らしめるほどの剛腕が的確に俺がいるであろう位置に。
「――ナンッ!?」
「悪ぃな。その布、着脱可能なんだわ。つけたままだと動き難くて仕方ねぇんだもんな」
奴さんの一撃は空振りに終わる。二度目に被せた瞬間、俺は黒い布を右腕から切り離していた。一度目のやり取りは右腕に布が付いているという印象と、その隙に一撃を入れようとしていると思い込ませるため。そうすることで顔に布が被せられている間、俺が直ぐ近くにいると認識させるための布石ってわけだ。勝利を確信しての一撃、そしてそれが空振りに終わった際の動揺。いかに奴さんの本能も優れていようが、体が動かなきゃそれまでだ。
モベバドシュンの背中に旋棍を当て、奥の手を発動。喋る奴相手に直撃させるのは今回が生まれて初めてだ。なぁに、気にするな。思い切りやったれ!限界まで圧縮させた魔力を正面にだけ炸裂させ、その衝撃を以て相手をぶっ飛ばす。
「ガッ……アッ!?」
生臭さと焦げ臭さが鼻を不快にさせ、全身に気色の悪い液体が飛び散る。頑強な肉体なんて関係ねぇ、モベバドシュンの胴体は背中から正面まで綺麗ぽっかりと大きな穴が空いた。うーん、我ながらえげつねぇ威力。
「背中からだが、ちゃーんと宣言通り、どてっぱらにも渾身の一撃は届いたろ?――てっ!?」
「グ……ア……オオオオオッ」
モベバドシュンは腹回りを吹き飛ばされたのにもかかわらず、俺に向かって攻撃を行ってきた。本能様が有無を言わさずに蹴りを入れてくれたおかげでギリッギリ回避。ありがとうございます!ありがとうございます!
「つか、これで死なねぇのかよ……いよいよもって化物だな、おい!?」
「オノレ……オノレ……ハークドックゥゥッ!」
どうするよ、今の技は初回限定。他のレパートリーもあることにゃあるが、正直練習してねぇからぶっつけ本番ですぜ!?あ、ダメだわ、成功する感じがしねぇ。いっそ奴さんが力尽きるまで回避に専念……いや、あの剣幕で攻められちゃどっちが先に力尽きるか分かったもんじゃねぇ。どうする、どうするよ!?
「あはーっ!でかいのみーっけーっ!」
「ゴギュッ!?」
突如モベバドシュンの首が宙に舞い、そのままゴトリと俺の足元へ。うわ、まだ動いて……あ、死んだわ。頭を失った体は力なく崩れ落ち、その背後にギリスタの姿が現れる。どうやら暴れるに暴れた際にこっちまで戻ってきていたようだ。
「あらぁー?大抵の連中は不意打ちくらい対応してたのにぃー?情けないデカブツねぇー?って、ハークドックが戦ってたのぉー?」
「お、おう。ある意味助かった……ぜ?」
モベバドシュンの怒りは頂点に達していた。そりゃあそんな状態で第三者の不意打ちなんざ意識の範疇外、警戒もくそもねぇわな。なんつーか、ビミョーに勝った気がしねぇ。まあいいや。勝ちは勝ちだしな。
「これってもしかしてぇー、ユニーククラスかしらぁー?」
「おう。あともうちょいで仕留めるとこだったんだけどな。まあ、別にお前にくれてやっても構わねぇさ」
「でも見た感じほぼ勝負は決まってたようなものじゃないー?貴方の取り分で良いわよぉー?」
「あ、さいですか」
功績は欲しいっちゃぁ欲しい。ギリスタが俺の手柄だって言うんなら素直に受け取っておくとしましょ。いやぁ、ついに俺もユニーククラスの魔物を倒しちゃったかー!箔がついちまったなぁー!兄貴に書く手紙に吉報を記せそうだぜ!
「それじゃぁー私は他の魔物を狩ってくるわねぇー?」
「あ、おい待て。戦うなとかは言わねぇけど、向こうの方角に進んでくれよ?じゃねぇといつまでもエクドイク達に合流できねぇ」
そしてもれなく俺が死ぬ。お前を追いかけているうちに魔物に囲まれて死ぬ。暴走するのは勝手だが、方向くらいは守ってください。
「そうねぇー、あっちの方が敵も多そうだしぃー?じゃぁー行くわよー!」
ギリスタはバカでかい大剣を軽々と担いだまま、敵の密集しているところへと駆け出す。俺もアレくらい戦闘に積極的になった方が良いのかね?いやぁ、あれはないわー。笑いながら敵をぶった斬る神経は生まれた時から持ち合わせてないわー。
「とと、ここではぐれたらまーたユニーククラスと鉢合わせしかねねぇな。おい!ギリスタ!もうちょっとゆっくり走れ!こちとらさっきの戦闘で結構体がいてぇんだよ!?」
主人公「布が邪魔なら使った後に切り離せばいいだけだろ」
ウルフェ「あれはずるいと思います。ぷんっ!」
イリアス「(ハークドックに一本取られたの、結構根に持っているな)」
主人公「(その後十本連続で取り返して、ハークドックが起き上がらなかったけどな。あれは死んだかと思った)」