そして搦めとる。
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聖騎士達の戦闘を観察できる位置を維持しつつ、敵兵を減らしていく。『蒼』とラクラは人間側が攻めいる側とは別の方向から魔物の軍勢を利用し攻撃を行っている。ユニーククラスとの戦闘になりそうな場合はいつでも呼び出すようにと言ってはいるが、ラクラが傍にいるのであればそこまで心配する必要もないだろう。
ガーネの兵に比べれば数こそ劣る聖騎士達だが、質が高いことで現状ではより効果的な反撃を行えている。大半が個人で結界を張れ、聖職者達も攻撃手段に手を回すことができることで乱戦の激化を防ぎ、堅実に敵を打倒している。ただしユニーククラスである隊長格が現れた場合には、聖騎士団長であるヨクスといった熟練の存在でない限りまともに相手はできない。無駄な被害を出さないためにも周囲の探知には細心の注意を払うべきだろう。
「これならば同胞達の援軍を待つまでもなく、十分に勝利できそうだが……。いや、流石に敵も知恵を回し始めるか」
後続で戦闘を行っていない敵兵が別れ始め、こちら側の兵の横をすり抜けるように走っている。包囲の危険性を感じ、聖騎士達は陣形を立て直すもそうではないようだ。これは……散開し、メジスに雪崩れ込もうとしているようだ。
メジスの軍もそれを防ごうとしているが、一部の敵兵はそれすらすり抜け戦場から離れていく。同時に『蒼』からの通信が頭に入ってくる。魔王は近くにいる魔族に対し意思疎通が可能で、その速度や利便性はメジスの秘術である通信魔法よりも優れている。
『エクドイク、敵がこの場から離れているわ!逃げると言うよりこれは――』
『そのようだな。この場で戦っていてもただ負けるだけと判断したのだろう。メジスの領土へと向かっている理由は少しでも村々を破壊するつもりなのだろうか』
『やっぱりそうよね。どうするの!?』
聖騎士達の一部も追いかけようとしているが、下手に兵の数が減れば今の好機を逃す可能性も高い。ここは自由に動ける俺達が動くべきだろう。それに――
『聖騎士に連絡し、俺達で最寄りの村で迎撃する。俺達が動く分にはメジス軍の統率が乱れることもない。それに最寄りの村と言えばやはりあそこだろう』
『ッ!後方支援であるナトラさん達は避難が間に合っていないはずよ。急がなきゃ!』
通信が途絶える。遠くで『蒼』の軍勢が引いていくのが見える。迂回しながら攻め込むつもりの敵兵と違い、真っすぐに村に向かうのであれば多少の迎撃の準備は可能だろう。
俺は近くの聖騎士に迎撃の話を伝え、彼らには戦線の維持を頼んだ。そしてそのままハークドック達にも連絡を済ませ、飛行して村へと向かう。
飛行中に気づけたが、空を飛んでいたハーピィ達がメジス魔界の方へと移動しているのが視界に入った。緋の魔王の命令により一時戻されたとみるべきだろう。となるとこちらの手のうちが読まれ始めている。洗脳が済んでいるハーピィ達だ、純粋に撤退させるのも時間稼ぎの一つだろう。村の入口へと到着すると既にラクラと『蒼』は俺を待っていた。だが既に視界には迫る敵兵の姿も見える。
「まだ村の中には人がいるわ!兵士も多少はいるけど戦える数じゃないわよ!?」
「反撃に出ている最中だからな。ラクラは兵士達に現状を伝え、村人達の避難を優先させてくれ。俺と『蒼』はこのまま雪崩れ込む敵を村で迎え撃つ。ラクラは村人と一緒に行動し、追撃を仕掛ける魔物をどうにか捌いてくれ」
地形があればある程度『蒼』の軍勢でも敵の足止めにはなる。俺自身も罠の設置などが行える分、村での戦闘の方が幾分か多くの敵を抑え込めるだろう。ハークドック達はまだ到着していない。徒歩か馬を使いこちらに向かっている頃だろう。追いつき次第戦闘に入ってもらうしかない。
「流石にあの数から守り切るのは難しいですよ!?」
「かもしれないな。『蒼』も適度に下がりつつラクラの援護を頼む」
「貴方はどうするのよ?」
「可能な限りの敵を村に閉じ込め戦い続ける。ついでに余裕があればユニーククラスの討伐も行うつもりだ。平地に比べて姿を隠しやすく、罠も張り巡らしやすい分十分に戦えるだろう」
「それって一人であの数を相手にするってこと!?」
「問題ない。だが敵全員を抑え込むことはできないだろう。漏らした分は二人でどうにか対処してくれ」
少しだけ不安そうな顔を見せた『蒼』だったが、直ぐに切り替えたのかいつもの強気な表情で俺を指差す。
「……不味くなったら逃げなさいよね!?」
「分かっている。『蒼』こそユニーククラスとの直接戦闘は避けてくれ。時間が惜しい、取り掛かるぞ」
同胞のようにあらゆる可能性を考慮する。今回はその一部を真似して村で戦うことを想定とした罠の設置位置などは事前に考えていた。村の全体図を思い浮かべ、敵兵の侵攻方向と照らし合わせる。同胞個人を守る時とは違い、今守るべきは多くの命だ。……その中には俺の母親も含まれている。それが大きな意味合いを持てるほど感傷的なわけではないが、少なくとも見ず知らずの他人よりは守るべきだと理解しているつもりだ。
◇
優勢から突如理解の出来ない指示による窮地、更にはハーピィからの連絡も途絶えた。だが魔王様は力を部下達に飛ばしているのだ。この理由を自分なりに考えてみた結果、可能な限り戦い続けよと自分は受け取った。だが先ほどの平野ではただ悪戯に消耗するだけ、無様に散ることを魔王様が良しとする筈がない。故に自分は場所を前へと移すことにした。
「ヲッフォクトリッサ様、人間の村はもう間もなくです!」
「見れば分かる。だがこれほど戦場から近い位置だ、仮に人間がいたとしても微々たる数だろう。自分達の役目は狼煙を上げること、自分達の侵攻の証をな!ナーガ隊、村を焼き、人間を一人残さず殺せ!」
隊のナーガ達が咆哮を以て応える。副隊長以外は皆魔王様の力によりまともに言語を話すことすらできないが、その闘争心は長期間の力の解放の後だろうと揺るぎない。村へと侵攻し、周囲に人間が潜んでいないかを探す。
「臭うな。少し前までここに人間どもがいたことは間違いない。だが……こちらの向かってくる姿に臆して逃げたか。兵の半数はこのまま前進し村を抜けて人間どもを追え!残りは逃げ遅れがいないか村を索敵し、建物を焼き払え!」
魔王様の力を受けた魔物達にはまともな命令ができなくなる。だがそれでも戦うための命令ならば言葉の全てを理解せずとも、ある程度の誘導はできる。恐らく逃げ遅れた人間はいないだろう。これまでまともな戦闘を行っていなかった以上、深手を負っている兵は少ない。仮にいたとして、まともな治療のためにもう少し後方へと移されているだろう。
「ヲッフォクトリッサ様、モベバドシュン率いるオーク隊、タマッシャフォゼヤ率いるオーガ隊は村を素通りし、人間どもが逃げた方向へと進んでいるようです!」
「最初からここに人間はいないとふんだか。ならば自分達も早く村を抜けねばなるまい。索敵が済んだ者は順次合流せよ!」
村の中央を真っすぐに進んで行く。火を放つだけならばそこまでの時間は掛からないだろう。真っ直ぐ抜ける分、自分達の方が早く人間達を補足できるかもしれない。一匹、また一匹と合流し、その兵数は徐々に増加していく。しかし何かがおかしい。この違和感の正体……そうか、そういうことか。
「どうかされましたか?」
「合流の速度がいまいち遅いとは思わないか?」
「はぁ、言われてみれば……人一人見つからないのですし、入念に探しているだけでは?」
「いいや、魔王様の力を得ている今では細かい考えを持つことはできないはずだ。恐らくは……」
少しだけ道を引き返し、目に付いた隣接する建物同士の隙間を見つける。奥に入ろうとした段階で鼻が告げる。この先で部下が死んでいると。
「ヲッフォクトリッサ様、これは……!」
「ああ、村に残り自分達を迎え撃とうとしている存在がいる。数は少数、だが手練れだ。ナーガ隊!敵を探せ!単独行動はするな!」
自分も部下を引き連れ村の内部を索敵する。生物として蛇の力を受け継いでいるナーガならば建物の影に潜んでいる人間程度、見つけることは造作もない。そのはずなのだが見つからない。考え得るのは敵がナーガの特性を良く理解しているということだろう。
ともなればまずは敵の手の内を把握するのが先決。周囲を警戒しつつ部下の死体がある場所へと移動する。建物の間の狭い通路に塵となって消えつつある部下の亡骸を発見。死体の損傷を見るにこれは……毒か。毒攻撃を得意とするナーガを毒殺するとなると相手は相当の熟練者だろう。
……またしても違和感。これは何だ?違和感を覚えるのであれば何かが通常と違うはずだ。それを考える。……これは!?不味い、今狙われているのは自分達だ!
「近くに敵がいる!周囲を更に警戒せよ!」
自分の周りに控えさせた部下の数が既に数体、上級クラスさえもが減っている。このわずかな索敵の間に堅実に数が減らされている。こうして叫んだ合間にすら、数体の中級の反応が消えている。どこだ、どこから攻撃を仕掛けている!?
感覚に頼っていてはダメだ、直接視界で敵の攻撃を見極めなくてはならない。視線を左右に向け物音に神経を研ぎ澄ます。ナーガの進軍の音とそれ以外を聞き分け、奇妙な音がないかを……!突如一体のナーガの移動する音が止まったのを感知、そちらに視線を向ける。するとその一体の全身に鎖が巻かれており、次の瞬間には建物の中へと凄まじい速度で引きずり込まれて行った。
「その建物の中だ!」
建物の壁を破壊しながら部下を中へと突入させる。しかし同時に突入した部下の叫び声が響く。移動し、中を覗ける位置へと向かう。そこには数体のナーガが鎖によって捕らわれ、喉元に杭が深々と刺さっていた。傷口は猛毒により腐食しており、瞬く間に全身へと伝わっているようだ。間もなくして捕らわれたナーガは絶命し、塵へと還っていく。捕らわれたナーガが死んだのを確認したか、鎖は意志があるかのように蠢き、地面の中へと吸い込まれて行く。
「敵は鎖使いか。地面の中を這わせ、いたるところに罠を仕掛けて――!?」
部下に注意を促そうと振り返った時、そこにいたはずの副隊長が消えていた。自分が建物の中に注意を向けている合間に!?この村に居続けるのは危険だ。早く村を抜ける必要が――
「また数が!?」
副隊長が消えたことで動揺した一瞬、さらにこちらの数が減らされている。いや、それだけではない。本来ならば今もなお他のナーガ達が自分の元へと集うはずなのだ。しかしそれがない。つまり敵はこの村全てで自分達の数を着々と減らしている。不味い、この相手は非常に不味い。
「どうした。ヲッフォクトリッサ、狼狽えが目立つぞ」
頭上からの声に即座に首を上げる。そこには建物の天井同士に鎖を巡らせ、そこに膝を絡ませた状態でぶら下がっている男の姿がある。組んでいる両腕には夥しい量の鎖、間違いなくこちらに攻撃を仕掛けていた鎖使いに違いない。しかしあれは人間なのか?魔物としての直感が正しく機能していない。人間の姿だというのに、人間だと思えない。冷酷で残忍な視線をこちらに向けたまま、奴は動かない。
「そこにいたか!自ら姿を見せるとは!」
毒液を飛ばし攻撃を仕掛けるも、周囲から現れた無数の鎖がそれを阻む。既に周囲には無数の鎖が張り巡らされているようだ。ならば部下達に命じ――
「周囲にいる貴様の部下なら既に仕留めた。全員ものの見事に首を上げてくれたからな」
ハッとして周囲に視線を向けると、数匹のナーガの腕や尻尾が建物の影へと引きずり込まれて行くのが見えた。既に自分の周囲には部下はいない。奴が姿を見せたのは既に一対一に持ち込む準備が整ったからか!
「人間風情が、よくも!」
「少し前までならその言葉を素直に受け取れたのだがな。今の俺は人間ではない、魔族だ」
男の髪の色と肌の色が徐々に変化していく。肌は浅黒く髪は濃い蒼色に、そして流れる魔力の濃さが増している。魔族、魔王の寵愛を受けた人間の成れの果て。奴は恐らく自分達魔王様の敵となっている三体の魔王の何れかの配下……!
「一対一なら勝てると思って出てきたか!その傲慢、捻じ伏せてやろう!」
魔族が相手ならば手加減や様子見などする余地などない。魔王様よりいただいたこの『闘争』の力を発動し、確実に仕留め――ッ!?動かない!?体がまるで鎖によって雁字搦めにされたかのように苦しい。魔王様の力は既に発動している。だというのに――
「ヲッフォクトリッサ、貴様は一つ勘違いをしている。一対一ならば勝てると姿を見せたわけではない。既に勝敗が決まったからこそ俺は姿を見せた。貴様はもう、俺の鎖に囚われている」
奴の眼、その中には無数の鎖によって拘束されている自分の姿が写り込んでいる。だが実際には鎖はまるで見えない……これは奴の眼の中、奴の視界にだけ映る鎖だというのか!?強化されたはずの肉体を以てしてもビクともしない、あらゆる魔法を使用しようとしても発動することすらできない!
「グ、ガ……!」
「相手の注意を意図的に逸らさせ、こちらの優位な情況へと誘導させる。同胞から教わったミスディレクションという技法、意識的に使いこなせれば……なるほど、注意散漫な相手には非常に効果的だな」
周囲の物陰からいくつもの鎖が這いだしてくる。その全ての先端には杭が備わっており、禍々しい魔力が込められている。徐々に、徐々にそれらが自分の周りへと接近し、まるで蛇の群れのように……!
「ヤ、ヤメッ――」
「俺の存在に気付いた段階で力を発動していれば、あるいは本能が警告してくれていただろうが……蛇の魔物の末路としては哀れなものだな。だが時間も惜しい、命乞いは不要だ」
夥しい数の鎖が全方向から飛び掛かり、自分の体を貫いていった。