そして穿つ。
同胞による奇策は想像以上に効果的だった。緋の魔王の力の恩恵を無駄に消費させ、その対価だけを背負わせた状態での強制戦闘。空を飛んでいたハーピィへの牽制などを行わないようにと言われた時には、ここまでの展開は予想することはできなかった。
「ユグラの与えた力を誇示していた矢先に、それを利用されて軍を瓦解させられたのだからな。今もなお緋の魔王は厳密な状況を把握できていないだろう」
「聞けば聞くほど嫌な作戦よね。人間性を疑うわ」
『元々まともな評価をしていないくせに。こっちにはバトラー・アーミーがいるがそっちにはいないんだ。状況は大分改善されているにせよ、敵にはユニーククラス互換の上級に上級クラス互換の中級が息をしている。中級の方は瀕死だとしてもメジス側の戦力としちゃ結構な難敵だからな。エクドイク達で上手く突破口を開くか、優位を保ち続けておいてくれ。こっちが終わったら援軍を送る』
敵の大多数は減り、残る敵も衰弱している。緋の魔王もまだ現状を把握しているかどうかのタイミング、更なる深手を負わせるには絶好の機会だろう。ここで各隊のユニーククラスを始末できれば戦況は更に傾く。
「了解した。俺達の狙いはユニーククラス、上級に絞り聖騎士達の後押しをするとしよう」
『異常には気づいているだろうからな。とりあえずで力を使ってくる可能性は高い。無理は禁物だ。それはそうと、お前の母親の件はどうなったんだ?』
「……まあ、あまり良い感じではなかったな」
「それどころか最悪よ。エクドイクったらありのままに喋って、ラクラはラクラでその場から逃げちゃうし」
「仕方ないですよ!?そもそも尚書様がもっとこう的確にアドバイスをしてくだされば、丸く収まったのですからね!?」
『俺のせいかよ。どうせラクラが逃げた理由ってのは、謝られることで今の生活の価値を下げられるのが嫌だとかそんなとこだろ』
「うっ……まるでずっと見てたかのように言いますね」
こうさりげなく人の心を見透かしているかのような振る舞いは流石と言うべきだろう。同胞の推測は外れたことがなく、しかもしっかりと核心を突いてくる。敵に回すと言う選択肢を奪う人心掌握術、実に恐ろしい。
『ま、気持ちは分かるさ。だけど逃げてばっかりじゃお互いにわだかまりが残るだろうに』
「だって……」
『あーすまん。酷な言い方だったな。それじゃあ詫びがてらにアドバイス――いや、魔法の言葉を伝えてやろう』
魔法の言葉と聞いてつい俺も反応する。いや、だが同胞には魔法は使えないはずだが……。
「尚書様の魔法の才能、微塵どころか絶望的に皆無じゃないですか」
『おう、人のことになるとほんと強気だよなお前。その喧嘩は後で買ってやる』
「はっ、つい口が!?……でもそんなに都合の良いものが――」
『ラクラ、子を想う親の言葉は確かに胸に突き刺さるかもしれない。それによりお前の今の人生への価値にケチがつけられるような嫌な思いもするだろう。だが気にするな。そんなもの、『俺』がいくらでも塗り替えてやる。今の人生が最も良いものだと嫌と言うほど味わわせてやる。約束だ』
「……凄く簡単に言い切りますね」
『できないと思うか?』
「……できる、と、思います。尚書様はできない約束はしない主義ですからね」
『よく分かってるじゃないか。そんなわけだ、少しくらい嫌な思いをしてこい。見返りは用意してやる』
どの様にするのか、そもそもできるのか。そんな疑問を抱く余地を感じさせない。堂々としている同胞の言葉を疑うことなど、この場の誰にもできないだろう。同胞はそれだけの実績を示してきた。なるほど、魔法の言葉だ。
「わかりました。でも絶対ですからね!納得いくまでやり直しを要求しますからね!」
『任せろ。ただそれは後回しだ。仕事はきちんと頑張れよ。じゃあな』
通信が途絶える。既にガーネでも戦闘に入っている。こちらも急いで戦場へと赴かねば。
「それじゃあ行くぞ。ギリスタはハークドックに詳細を伝えた後に自由に戦闘に入ってくれ。自由にと言っても標的は選ぶように」
「わかっているわよぉー。そもそもユニーククラスの魔物とやり合えるのだからぁー、聖騎士なんて後回しよぉー」
「後にも先にもなしだ。同胞に対する利敵行為をすればハークドックに背中を刺されると思え」
「味方なのに酷いわねぇー?じゃあ行ってくるわぁー」
ギリスタはふらふらと去って行ったが、その足取りは何処か軽く感じる。ようやく目の前に戦える敵が現れたのだ。多少ならばその気持ちも理解できる。
「私達も行きましょう。それにしてもあの男、よくもまああんな言葉を平然と言えるものね」
「そうだな。俺も『蒼』に同じ言葉を堂々と言えれば良いのだが。そこは未熟者故に許して欲しい」
「――ほんっと、この男も……」
む、また機嫌を損ねてしまったのか?やはり俺には同胞の真似はまだまだ早いらしい。今後の課題は積み重なるばかりだ。
同胞とのやり取りがあったおかげか、ラクラの方もいつもよりやる気に満ちている。これはうかうかしていると全ての標的をラクラに奪われてしまうかもしれない。俺には競争するつもりはないのだが……いや、内心では競いたいと思っているのかもしれない。競争心は前向きに働く分には悪くないだろう。
◇
「コ、コガギョッス様!我々はどうすれば!?」
「狼狽えるな!敵がくる以上、我々の力を示すことが役目!」
狼狽えるなと言ったところで、この状況ではどうしようもない。敵が周囲に結界を張った時から今の今まで、とても魔王様の采配とは思えぬ出来事が続いている。下級の悪魔が小規模のまま突撃を繰り返し、それを薙ぎ払う。それだけならば魔王様の力を使う必要すらないと思っていた。
だが魔王様は常に力を解放させ、我々に全力でこの場を死守させた。兵の体力が危険だと伝えても返ってくるのは『現状を維持せよ』の繰り返し。そしてようやく敵が本腰を上げたと思った矢先に力を解除されてしまった。結果として今の惨状、本来ならば中級にも満たない敵兵にすらこちらの兵が圧されている。
「せめて、もう一度魔王様のお力が解放されれば――!」
背中を押すかのような感覚と共に魔王様の力が届いてくるのを感じた。そして同時に兵士達に力が宿っていくのを感じる。良かった。これならばまだ戦える。まだ――
「だ、だめです!兵士達の動きが明らかに鈍いです!コガギョッス様!」
「騒ぐな!魔王様の力がある以上、我々に敗北は許されぬ!徹底して交戦せよ!」
こいつは副隊長として、わざわざ魔王様の力を与えられて会話ができるようにしてもらったと言うのに、泣き言しか言わない。しかし一度長期間の力の発動の対価を支払った兵達の動きはあまりにも鈍い。獣は窮地に追いやられた時より獰猛になるが、万全の体制と比べれば衰えていることには違いないのだ。敵はまるで油断をしていない。むしろこちらの兵に魔王様の力が再度宿ったことでより慎重に、確実に数を減らしてこようとする。対するこちらの兵はやぶれかぶれな攻撃が増え、自ら隙を生み出してしまっている。
それだけではない。遠くに見える奇妙な服の集団、奴らの強さは明らかに異質だ。恐らくは悪魔、だがその全てがユニーククラスと同等以上。そいつらによる蹂躙が開始されている。万全の体制ならば十分に迎え撃つこともできたかもしれないが、この状態であの集団と戦闘をするのはかなり厳しい。現状を打破するにはそれ以上の力が必要、そしてその手段は……ある。そう、我々ユニーククラスの力だ。
我々ユニーククラスには全て魔王様から直接魔力を受け取り、任意でその力を解放することができる。負担も元からの強靭な肉体のおかげでさしたる影響はない。窮地に追いやられた場合にのみ使えと言われたが……。
「ここにおったのか。探したわい」
「貴様は――ボルベラクティアン!」
散々我々をかき回したターイズの騎士、敵の主力とも呼べる男が前に立ちはだかる。悪魔の集団を何とかしなければいけないこのタイミングで、やはり詰めを緩めるような男ではなかったか。
「これ以上は撤退せずにすみそうじゃからな。お前さんのご期待通りにやり合おうではないか」
「……良いだろう。人間の主力である貴様の首を掲げれば敵の士気も下がる。これまでの鬱憤も含めてまとめて薙ぎ払ってやろう!」
「いや、わし別に――まあ良いか」
「さぁ行くぞ!」
ボルベラクティアン、何度か見て大よその強さや動きは把握している。老いた体とは思えない怪力から繰り出される鎚の一撃、まともに受けることは避けなければならない。その力の秘密はその魔力強化の練度の高さにある。だが防御用の結界などは最低限しか展開していない。常に身に纏ってはいるようだがその防御力はこちらの一撃を防ぐことはないだろう。
牽制として剣を横に振るう。下に潜り込んだり、後方に下がったりするようであればそのまま体当たりをして体制を崩す。上に飛ぶのであれば即座に掴み取る。
「なんじゃ、覇気の感じられぬ一振りじゃな。雑念が見え見えじゃわい」
「なっ!?」
あろうことか奴は真下から槌を振り上げ、こちらの剣をかち上げた。腕には僅かな痺れ、真横に薙ぎ払われる剣の中央を的確に撃ち抜いたのだ。
さらにその槌は勢いを殺さず一回転、そしてこちらの顎を鋭く狙ってくる。体当たりのために重心を前のめりにしていたせいで回避は間に合わない。ならば――
「ふん!」
顎を打たれるよりも先に額を下げ頭突きで槌を迎え撃つ。槌の重さを利用しただけの一撃ならばまだ軽い。そして奴の攻撃は止まった、こちらからの追撃を入れる好機!
「ぬぅん!」
「ながっ!?」
奴が声を上げた途端、槌に加えられていた力が一気に膨れ上がり、頭ごと体が宙に浮く感覚を覚える。こちらが反撃の意志を見せるや、力業に切り替えて密着していたこちらを後方へと投げやったのだ。驚くべき瞬発力、腕力。やはり人間の中でこの老兵は段違いの強さを持っている。
宙で体を回転させ地面へと着地する。距離は先程よりも少し開いた状態。互いに負傷らしい負傷はないが、こちらの攻撃の切り口を無駄なく封じられた。
「頑丈な首の骨じゃな。へし折るつもりじゃったが体ごと浮きおった」
「ふ、ふふふ、流石だ!それでこそ闘争する価値がある!」
半端な攻撃はいなされる。ならば様子見などは不要。一撃一撃を必殺のつもりで振るうまで!
大地を蹴り、縦横無尽に剣を振るう。しかし奴はその軌跡を冷静に見極め、無駄のない動きで回避していく。だがその動きについていけない俺ではない。
「いつまで躱せるか!」
「もう避けんわい。ほれ」
「なんっ!?」
こちらが剣を振るおうとした瞬間、先んじて奴の槌がこちらの剣を穿つ。体勢を崩すも即座に立て直し、続く攻撃を行うも、またもや先んじて剣に槌が穿たれる。
まさか、こちらの剣の動きをたった数度回避しただけで見切ったと言うのか!?いや、驚くことではない。奴は最初からこちらの攻めの気配を嗅ぎ取り、素早く対応していた。ならばこのような芸当ができても――
「お前さん、頭が悪そうなわりに考え事が多いようじゃな。じゃが殺し合いの間合いの中で考えすぎはいかんぞ」
「――ッ!?」
側頭部に衝撃、槌の一撃だと!?いや、奴の槌は剣を穿つのに使われて――柄か!器用にも柄の握り手をずらし、僅かな空白からこのような一撃を叩き込んでくるとは……。だが槌の一撃に比べれば当然弱い。この程度、いくら撃ち込まれたところで問題はない。
「だから考え過ぎじゃ」
さらに強力な一撃が腹部へと叩き込まれる。今度は間違いなく槌の一撃。奴は間合いの中で武器を握り直し、隙のできた部位を的確に撃ち抜いてきたのだ。
鎧が砕け、体が後方へと跳ね飛ばされる。追撃がくるかもしれないと、防御の姿勢をとりながら地面へと着地する。追撃は……こない。いや、奴は先程の位置から動いていない。
「……何故追撃の手を緩める?」
「円の外に出た者に追撃などせんわい」
「円……?」
よく見ると先ほど打ち合っていた場所を囲むように円が描かれている。武器などで抉ったわけではない。恐らくは魔法を使用したものだ。あの攻防の最中にそんな余力を残しているとは……だかこの円の意味はなんだ?
「わしらラグドー隊の手合わせでの流儀での。お互い吹っ飛んでばかりでは移動するだけで疲れるし、周囲の建物を壊すといった迷惑を掛けるからの。だから打ち合う場をこうして決める。弾かれた者はさっさと戻ってくるのが決まりじゃ。ほれ、はようはよう」
「……ふざけるな!」
円の中だけで立ち回り、弾かれるものは未熟者ということ。そんな余興。そんな縛りを入れた状態で俺と戦うと言っているのだ。これは侮られているのも同じ。
一足で飛び込み、攻撃を行うも軽やかに回避される。やはりこちらの動きは読まれている。奴の視線は俺の全身をくまなく観察している。
「ほれ、また外じゃ。撃ち合いたいんじゃからさっさと入ってこんか」
「……良いだろう。その慢心、完全に打ち砕いてやろう!」
身体能力の高さでは俺の方が上、それは間違いない。だが技術でそれを超えてくる。この差は簡単に埋まるものではなく、そしてどれほどの差を生んでいるのかも定かではない。
ならば認めよう。そして思い知らせよう。俺が魔王様の恩恵を受けている存在であることを。
今こそ、『闘争』の力を解放する時だ。
◇
コガギョッスとか名乗っておったか。様子が変化しておるな。周囲の魔物達と同様に殺気が増しただけではない。獣らしい肉の付き方から随分と逞しく膨らんでおる。ついに切り札を切ったと見てよいな。
「――イクゾッ!」
今度は飛び込んではこず、悠然と徒歩で円の中へと進んでくる。先ほどに比べ無駄な思考も、隙も少ない。ならばこちらから牽制するかの。
槌の間合いに入ったと同時に頭部を狙う。少ない所作からの一撃、反応が遅れればそのまま命中するが――
「ヌンッ!」
奴は剣の一振りでこちらの一撃を払ってみせた。先ほどの意趣返しをするとは味な真似を。しかし今のでいくつか分かった。力も速さも格段に向上しておる。全力の一撃だけならばこちらに分があるとは踏んでおったが、この分じゃとそれすら後れをとることになるの。
続いて剣を振るってくる。一回程度ならば回避もできるが連続での回避はちと厳しい。槌を使いながら焦らずに捌いていく。
しかしその速度は徐々に上がり、目で追うのも難しい。体の動きで先読みこそできるがこのままでは槌が追いつかぬ。ならばあえて槌ごしに直撃を受け、奴に距離を作ってもらう。
予想よりも遥かに重い一撃、しかしこのくらいならば何度も受けたことはある。イリアスの旦那になる男の未来がつくづく心配になるわい。
「ドウシタ、ボルベラクティアン!円ノ外ニ出テイルゾ!」
嘲わらうかのような挑発。自らの力が増したことで慢心してきておるな。ならば頃合い、仕留めに入るとするかの。
「そのようじゃな。ならば直ぐに戻らねばならん……なっ!」
魔力強化を強め、高く跳躍。そして魔力強化を最大にまで引き上げ槌へと込める。この一撃は以前にも受けたのじゃから、鳥頭でもなければ覚えているじゃろう。コボルトで良かったわい。
「来イボルベラクティアン!貴様ノ最大ノ一撃、破ッテ見セヨウ!」
「言っておくが、これを受ければお前さんは間違いなく地面に埋まることになるぞ?」
「フハハハ!所詮人間ノ技!無駄ダト言ウコトヲ思イ知ラセテヤル!」
奴は次にくる一撃を察し、防御の姿勢をとる。普通なら避けるんじゃが、今の奴ならば受けきれる自信があるんじゃろう。緋の魔王の力で生存本能は増しておるのじゃから、その見立ては間違ってはおらんじゃろうな。まあ、その時点で詰みなんじゃが。
「ぬぅんっ!」
乾坤一擲の力で奴の防御の上から槌を叩きつける。わしにできる最大の一撃、それを奴は確かに防いでみせた。しかし防いだのはその一撃のみ。同時に発動した『円』に仕込んだ魔法には最後まで気づかなんだ。
「――ナンダトッ!?」
円には事前にわしの魔力を仕込んでおいた。発動した魔法は大地を柔らかい砂へと変化させ奴の体分の空白を用意してある。如何に頑丈であれど、わしの力を真上から受ければその体が一気に地面へと沈み込むのは当然のこと。奴の体は頭部を残して地面へとめり込んでいった。本来は相手の足場を崩す程度の小技なんじゃがな、ここまで盛大にやったのは初めてじゃわい。
「な?埋まったじゃろ?」
「貴様ッ!コノ円ハ罠カ!?」
「ラグドー隊の手合わせでは相手をわざわざ吹き飛ばすような真似はせん。そんな力技を使えば皆腰を痛めるからの。まあ一人程遠慮のない娘もおるが」
「コンナ砂ッ!」
おっと、そうはさせん。踏み込むのと同時に奴の腕周りの大地を固める。奴の怪力ならば然程の影響はないじゃろうが、それでも隙間なく固められれば即座には動けん。
「さて、どれほど首が飛ぶか見届けてやるわい」
「――ッ!?」
目の前で奴の頭部を見降ろす形。柄の端をしっかりと握りしめ槌を振りかぶる。真上に持ち上げるのではなく、左から右、右から上へと水平に。槌を後頭部よりも左後ろの位置まで持っていき、しっかりと止める。そして腰を軸に回転させ一気に振るう。振り下ろすのではなく、奴の頭部を遥か先に吹き飛ばすつもりで振りぬく。
「ボ、ボルベラクティアアアアアンッ!」
槌の真芯でコガギョッスの頭を撃ち抜いた。
※ゴルフスイングをイメージしてください。